「……そんなの……ウソだよ」
ツカサは目を見開きながら声を震わせる。
カイリはマサヨシが言ったことに驚いたのと同時に、ツカサがこれ程恐怖を感じたような表情をしたのを初めて目撃した。
「ウソだよね?これだけヴァンガードを盛り上げることに尽力してきたアメージングドリーム社がムシャロードに乗っ取られるなんて……ウソに決まってるよ……」
マサヨシに確認を取るのと同時に、自分に言い聞かせるかのようなツカサ。
カイリ達は彼の動揺する姿に一種の憂虞を感じるのだった。
いつも、どのような状況でも飄々とする彼の姿は、アネモネのムードメーカーとしてカイリ達の安心感を助長させる役割を担っていた。
そんな彼が、今はまるで死刑を宣告された囚人のように目の前の現実を拒み、それが幻であると懇願するほどいつもの『ツカサらしさ』が損なわれていた。
「そう考えるのも当然でしょう。貴方方はヴァンガードの復興の為に他の誰よりも努力をしてきた。そしてそれが実を結び、ヴァンガードがこれ程までの急成長を遂げることのが出来たのですから、感謝さえされても恨みを買う覚えなどないでしょう」
ツカサの気持ちを察するようにマサヨシは悲しげな目線で彼を見ながら呟いた。
「しかしこれは紛れもない事実です。『木谷芳明』という人物が何を考えているのか、それを知りさえすれば貴方方も少しは納得していただけると思います」
「なるほどなるほど。あなたが何故僕達にフーファイターズを敵視させようとしたかはわかりましたな。そしてそれを黙っていた理由も、ツカサ君のようになるのを恐れてということも。よければ、社長が何を考えているかという理由とは別に、どうやって乗っ取るかの手筈まで教えていただけないものですかな?」
驚くほど冷静に、ショウはツカサを一瞥しつつそうマサヨシに言った。
「勿論そのつもりです。しかし物事には順序というものがあります。まずは事の発端、ムシャロード社長『木谷芳明』が何故アメイジングドリーム社を乗っ取ろうと思ったかの動機についてお話ししましょう」
何か探りを入れているかのようなショウの言動は、マサヨシからしても気持ちのいいものではなく、少ししかめっ面になりながらも柔らかな口調でそれに答えた。
「時はモーションフィギュアシステムが稼働以前。つまり、ブースターパック[竜魂乱舞]以前ということですが、それまでのカードは全てムシャロードによって制作されてきました。基本的にはヴァンガードの生みの親である『斎藤明』が提案し、それを社内で改良して世に送られていました」
「本当に何でも知ってるんですね。そんな制作状況まで把握しているとは……」
「フフッ、これは私の優秀な仲間が集めてくれた情報です。彼がいなければ私もこの深刻な問題に気づくことが出来ませんでした」
吉田君が関心を示したことに、マサヨシは満足げにそう語った。
「特に社長の木谷はカード制作に対してとても精力的でした。余程カード作りが好きだったのでしょうね。ヴァイスシュバルツなどの多くのカードゲームを生み出す原動力は、彼の並々ならぬ努力の賜物と言うことでしょう」
「確かに……。特にヴァンガードなんか『ムシャロード史上最大の作戦』って銘打ってるだけあって尋常じゃない数のCM流れてたもんな」
ハジメは災害時にほとんどの会社がCMを自粛している中で、CMが流れ続けたことを思い出しながらそう呟いた。
「少しづつ知名度を上げていったヴァンガードは、ついに全国レベルの大会、第一回ヴァンガードチャンピオンシップを開催します。内容については今更説明するまでもないでしょう。そこで以前から計画されていたモーションフィギュアシステムが初稼働。そこから、ムシャロードとアメイジングドリーム社は非常に強い繋がりを築くに至りました」
「そう、そうだよ~!ボク達とムシャロードの人たちは強い絆で繋がってる。前に社長会った時もボク達にとっても感謝してくれてるって言ってくれたんだよ?そんな人たちがボク達を邪魔に思ってるなんてありえないよ!」
「確かにその時は感謝を示していたのかもしれません。しかし、それからの展開がいけなかったのだと私は考えます」
訴えかけるようにツカサはマサヨシにそう言うが、マサヨシは彼に向ける悲しげな視線を改めることはなかった。
「モーションフィギュアシステム稼働以降、全てのカードはモーションフィギュアシステムに対応したICチップを内蔵した物へと変わりました。そこで一つの深刻な問題が発生しました。皆さんにも覚えがあるのではないでしょうか?」
「一つの問題か……。第一大会以降といえば、あれしかないだろうな」
「ええ、わざわざ考えるまでもないわね」
カイリとシロウ以外の皆は身に覚えがあり、マサヨシの言葉に相槌を打った。
「やはり覚えているようですね。深刻な問題というのは、生産の遅れのことです。」
「生産の遅れ……というのはカードを作ることのですか?」
「そうです。カード自体の制作はムシャロードで行われ、その後にカードはアメイジングドリーム社に送られ、それらカードのデータ登録とICチップが内蔵するという工程が行われていました。しかし、第一大会から爆発的に人気を獲得したことと、今まで以上に手間のかかる制作工程が災いし、深刻な品薄が勃発するに至りました」
「あの時は凄かったですね。元々1つ150円のパックがオークションで何万円で売られることもありましたね」
「金のなる木ってことで転売厨が輝いてたっすよね……。本当にあの時はヤバかった……。俺の周りとかずっと竜魂乱舞で止まってたっすよ……」
昔を懐かしむ吉田君とは対照的に、ハジメは当時がどれ程壮絶なものであったかを彷彿させるようなげんなりとした声で言った。
「人気を獲得したはいいものの、供給の追いつかない現状に、生みの親である斎藤はとある提案をします。それは、社長の木谷とって苦渋の決断となるものでした」
ぼんやりとマサヨシの話を聞きながらツカサは当時のことを思い出していた。首脳陣達が話していたのを傍らで聞いていたツカサは、その時の社長の顔をアイデテック・イメージによって鮮明に覚えていた。
「それというのが、カード制作を全てアメイジングドリーム社に委託するというものです。元々、お互いの会社が大きく離れてたことが原因で遅れていたこともあり、これによって問題を解消することが出来ました。しかし、それと同時に二つの会社の間には溝が生まれました。不可抗力という何とも悲惨な原因によって」
あの時は特に何も思わなかった。ただもし、自分にカイリと同じ感受性を持っていたならば、その時に何かを感じ取ることが出来たのかもしれない。
ツカサがそう思い悩む最中、マサヨシの話を聞いていたショウはまだ納得のいかない表情を浮かべながら口を開いた。
「それがムシャロードがアメイジングドリーム社を吸収したいことの理由なんですかな?僕としては少し動機として弱い気がしますがね。今の話だと、社長一人の個人的な理由にも感じるし、完全にカードの制作に関われなくなったということでもないのではないですかな?実際、エキシビションマッチで社長自らがあの『リミットブレイク』というスキルを考えたと豪語してたしさ」
「それ以外にも理由がある、という事でしょう。カード制作を委託したことで収入もアメイジングドリーム社に流れてしまったという事もありますし、我々が想像絶する何かを企んでいる可能性もあります。モーションフィギュアシステムという技術は、あらゆる意味で革新的ですからね」
世界初の立体映像化を成功させたモーションフィギュアシステム。これの秘める可能性まだ未知数であり、現状でもヴァンガードのみという制約を持つこの技術は、ムシャロードの人間からしてみれば都合のいい先端工業品とも言える。
そのことを理解していたショウは、このマサヨシの説明に一応の納得をした後、話は次のどうやってアメイジングドリーム社を乗っ取るかの話へと移った。
「皆さんは今回の大会の景品についてはご存知ですか?」
「勿論っすよ!優勝したチームは自分達の考えたオリジナルカードを作ってもらえるんすよね!」
一気にテンションの上がったハジメの表情から、どれだけこの景品を楽しみにしているかを感じ取ったマサヨシは、思わず噴き出したように笑うと肯定した。
「フフッ、Exactly。その通りです。しかしそれは一般的な認識です」
「一般的な認識……ですか?俺は実際に公式からそう聞かされていたのですが……違うんですか?」
「いえ、違いはしません。今回のヴァンガードチャンピオンシップで優勝すれば貴方方のおっしゃるとおり、希望のカードを制作していただけるでしょう。生みの親である斎藤明によって。そして、これからの話で重要なファクターとなるのがこの斎藤明です」
吉田君の問い答えたマサヨシは、打って変わって真剣な表情で答えた。
「今回の大会で、斎藤明は優勝チームに対して、望むのであればヴァンガードの著作権を譲り渡すと宣言しました」
「ヴァンガードの著作権を譲り渡すだと!?馬鹿な……何故そんな何の得にもならないことを」
信じられないといった表情でクリアは声を荒らげる。若干着眼点が違うように感じたマサヨシであったが、それが事実であるとさらに付け加えた。
「いえ、真実です。彼が何を考えているかはわかりませんが、実際にそれは記録に残っており、社長などもそれを承諾しています」
「ほっておいても勝手に金が入る権利を自ら棒にふるだと……いや、既に遊んで暮らせるだけの資金が溜まったという事か……。むしろこれはチャンスと考えていいのか……?」
「……何か変なことを企んでいませんか?クリア君」
思っていた以上にお金への執着を見せるクリアにマサヨシは思わず苦笑いを浮かべる。
「あ~なるほど、あなたの言いたいことはわかりました」
話の筋を掴んだショウは、どことなく疲れた様子で頭を抱えながら、近くの椅子に座った。
「わかったんですか?ショウさん」
「ああ、残念なことにさ。木谷社長の目的、それは今回の大会でその著作権を独占して、アメイジングドリーム社にヴァンガードに関する製品の制作権利を剥奪することなのさ。違いますかい?」
カイリの問いに答えたショウは、はずれくじでも引いたかのような表情でマサヨシに確認を取る。
「えぇ、その通りです」(これだけの情報からそこまで導き出したのですか、彼は……)
ショウのことは前情報からある程度知っていたマサヨシであったが、彼のこの研ぎ澄まされた推理力に度胆を抜かされる。
普段はおちゃらけているようで、彼のあのようなファイトスタイルは持ち前の高い頭脳によって生み出されていたのだろう。
「よくわかったね。お兄ちゃん」
「簡単さ、シロウ。元々、アメイジングドリーム社はあまり大きな企業じゃない。それがモーションフィギュアシステムによって一流企業まで上り詰めたわけだ。大きな資本、多くの人材、それらがこのモーションフィギュアシステムという一枚岩によって増加していく中、もしそれの関連商品の生産が不可能となったらどうなる?」
「それは……」「仕事がなくなるよ……、そりゃね」
シロウが答える前に、俯いたツカサが低い声でそう答えた。
「当然だよ。今のアメージングドリーム社にはモーションフィギュアシステム、もといヴァンガードしかないんだ。それを奪われれば経営を続けることはおろか、会社そのものが潰れちゃうよ」
「それが社長の目論見なのさ。権利を失ったアメージングドリーム社に残された方法はただ一つ、ヴァンガードに関する全面的な権利を持つムシャロードに吸収されざるおえない。そうなれば、モーションフィギュアシステムの技術をあらゆる方向に活かすことが出来、カード制作においても自分達が一任することが出来る。少なくとも……」
ショウは重い面持ちでツカサのほうへと視線を向ける。その表情からは、仲間を心配するチームメイトとしての一面も、そのような行為をしようと図るムシャロードへの怒りの一面も含まれてはいなかった。
「ツカサ君やソラ様は、今まで通りの自由な創作活動が出来なくなると思った方がいい。上からの命令でただもくもくと作業する日々が待っているだろうね」
ただ悲しげに、まるで自分が犯した過ちを悔やむような懺悔の一面が現れていた。
ショウから放たれた言葉は、カイリ達の心に重くのしかかり、今までの大会を楽しもうという感覚は消え失せていた。
そんな惨状に、マサヨシは予想通りという意味も込めて重いため息をついた。
「こうなるのは目に見えてました。だからこそ私は黙っていたのです。元々ヴァンガードチャンピオンシップというのは、ファイター達の祭典です。それを何も知らない貴方方にこのような形で無碍にしたくはありませんでした。しかし身内の問題でもある以上、私はこうして貴方方にオブラートに包みながら様々な情報を提供するに至りました。しかし、こうなってはもはやその必要もないでしょう」
マサヨシはそう言うと、帽子を再び被り直しアネモネの出入口へと足を運んだ。
「帰るんですか?」
「いえ、貴方方の為に持ってきた荷物があるのでそれをここに持ってくるだけです。負けられない理由が出来たのならば、今できることをしていただきます。私が貴方方に出来ることはもうそれくらいでしょうからね」
吉田君の声に答えながら振り向いたマサヨシは、こちらへ視線を送る皆の顔を見渡すと、笑みを浮かべながら一人の名を呼んだ。
「上越カイリ君」
「ふぇっ!?な、なんですか!?」
突然自分の名前を呼ばれたカイリは慌てながら立ち上がり、マサヨシのほうへと歩み寄った。
「良ければ荷物を運ぶのを手伝っていただけませんか?一人で運ぶには些かてが足りないので」
「えっ……いいですけど……」
一緒に来るよう誘われたカイリは、皆のいる店内を見渡した後、マサヨシの後を追って店を出ていった。
「全く、今日だけで色々起こり過ぎだ……」
「何もやってないのに肩が凝ってきたわ……」
マサヨシがいなくなったことで、緊張が解けた店内は、重いため息が流れた。
「しかし、やはり彼は只者ではありませんね。その情報量もそうですが、こちらの手の内まで完全に把握しているとは……」
吉田君は、マサヨシがミヤコとツカサの能力を口にしていたことを思い出しながらそう呟いた。
「でも悪い人じゃないと思うっすよ!俺は!あの人が来てくれたおかげで実際に色々とわかったこともあったわけだし!」
「僕もそう思いました。わざわざ自分の能力を僕達に教えてでも僕らに忠告をしにきたのは間違いないですし……」
「どうだかな」
ハジメとシロウがそう説得するのを、クリアは間髪無く一蹴した。
「自分のチカラを公開するとは言ったが、まだ奴は底までは見せてはいないだろ。あの胡散臭そうな感じは、まだ何かを隠してるに決まってる」
「相変わらず人を信用しないっすね、クリア先輩は……。あっ!っていうかツカサ先輩大丈夫っすか!?」
思い出したように声を上げたハジメは、今の話で最もダメージを受けたであろうツカサに歩み寄った。
俯いているツカサは、髪で目元が見えず、ぐったりとした様子で椅子に座っていた。
「うん、大丈夫。確かにあの人の言っていたことには驚いたけど、ボクも身に覚えがないってわけじゃないからね。社長が辛い思いをしていたということについてはボクにも責任があるかもしれないし……でも――」
ツカサはゆっくりと顔を上げる。その顔を見ていたハジメは思わず後退りした。
「――誰であろうと、ソラを傷つける奴は絶対に許さない。次の大会、ボクの働きに期待しててよ」
パンドーラを発動している時と同じような充血した瞳、そして獲物を見つけたかのように不気味な笑みを浮かべたツカサは、ハジメにほうを向きながら自信ありげにそう言った。
その表情を見ていたクリアは、自身のデッキケースからデッキを取り出す。それはいつものオラクルデッキではなく、本気の時にのみ使用するかげろうデッキであった。
(ツカサ。お前には悪いが、お前が本気を出す時は来ない。何故なら、アネモネにはこの俺がいるからな)
「…………」
ショウはただ一人、先ほどまでエキシビションマッチが放送されていたテレビの前に立っていた。
真っ暗な画面に映る自分の姿を見つめるショウ。
「……僕って鈍感だからさ。君が一体何を考えているか分からないんだ。僕としては共感してあげたい、でもこうして仲間が悲しむ姿を見てたらさ、それに賛同することが出来ないのさ」
その姿はいつの間に子どもの頃の姿に変わり、自分の傍には笑顔で戯れる同じ年くらいの二人の少年がいた。
「一体君は何を考えているんだい……?……エース」
* * * * *
「――カイリ君、別に遠慮する必要なんてありませんよ?」
「えっ……何のことですか……?」
マサヨシとカイリの二人は、近くに止めていたマサヨシの車へと歩いていた。
カイリがマサヨシの問いに困惑していると、マサヨシはポケットから取り出した鍵のボタンを押し、車のロックを解除した。
「フフッ、貴方には私に聞きたいことがあったはずです。今なら誰かに聞かれることなく尋ねることができるでしょう?」
「あっ……はい。……えっと、じゃあ二つほど聞かせてください」
マサヨシは車の後ろ側に回るとトランクを開き、中にあったアタッシュケースへと手を伸ばした。
「どうしてハジメにはあのような手解きをしてたのに、俺には何もないんですか?はっきり言って、俺はハジメよりも弱いです。多分、地区大会では俺が一番足を引っ張ると思います。なのにどうしてハジメにはお荷物とか言ってたのに俺には何も言わないんですか?」
「フフッ、そのことですか。なら理由は聞かずともある程度は察することが出来るのではないですか?」
「えっ?」
カイリはマサヨシの返しに困惑を覚える。
カイリにはマサヨシのいうような理由が思いつかないからである。
「そんなに難しく考える必要はありません。私が貴方に何も言わないのは、何も言う事がないからです」
「そんなわけないです!だって俺にはツカサさんやミヤコさんみたいなチカラもないし、クリアさんやショウさんみたいにプレイングが上手いわけじゃない……。継ぎ接ぎだらけのファイトしかできない俺がこのまま大会を進めていけば、本当に足手纏いになってしまいます。そうなったら、マサヨシさんも困るんじゃないんですか!?」
胸に抑えていた不安をマサヨシにぶちまけるカイリ。
あれほど親身になってこちらに情報を提供してくれたマサヨシが、自分に対してだけ身勝手な言い方をすることに少しの苛立ちを覚えていた。
そんなカイリにマサヨシは持っていたアタッシュケースから手を放すと、安心させるように笑みを浮かべカイリの方へと体を向けた。
「それは違いますよ、カイリ君。君には他の誰にも負けない最高の持ち味を持っている。それさえあれば、わざわざ私が何か言わなくても自然に強くなれる。私はそう確信しています」
「そう……ですか。なら、もう一つの質問にも答えてください」
再びアタッシュケースに手を伸ばし、一向に考えを改めてる気配のないマサヨシに、カイリは追い打ちとばかりに次の質問をぶつけようと試みた。
「元々、俺は地区大会の選手ではありませんでした。それというのも、とあるファイターが試合を辞退したことで、俺が後釜として選ばれたからです。それはマサヨシさんも知っていますよね?」
「……えぇ、知っています」
「その人が、第二大会でマサヨシとファイトしたことがあることも知っていますよね?」
「……えぇ、知っています。その方の名前が椿ノブヒロさんだということも」
「なら!どうして俺に言わないんですか!俺はこのショップにはいらなかったって!ノブさんがいたほうが何倍も良かったって!」
やはり全てを知っていた、とカイリは思った。それと同時にハジメがファイトを始めた時からずっと思っていた鬱憤をマサヨシに向けて全てをぶちまけた。
それは、カイリ自身もノブヒロが出たほうがアネモネにとってより良いと思ったから。自分が出たことで他の人に迷惑をかけてしまう、というカイリが最も嫌う行為への背徳感から生まれた叫びであった。
叫ぶカイリの頭の中に、この行為がマサヨシに迷惑をかけるのではないかという思いは全くなかった。
しかし少しして自分の行いを自覚したカイリは、慌てて謝罪を述べようとするが、先にマサヨシの手が自分の頭に乗った事で口が止まった。
「そこまで追い詰められていたのですね、察してあげることが出来なくてすいません。しかし、私は知っていました。彼が最終的にショップ大会を辞退することを」
「え……どうやって……」
「フフッ、私は彼と一度ファイトしたことがあります。その時に感じた印象としては、とても分かりやすいファイターというのが私の見解です。ただひたすらに強い相手を求め、大きな舞台での華やかなファイトを楽しむというスタイル。ここまで純粋な心を持つファイターも中々いません」
朗らかに話す様は、マサヨシの中でいかにノブヒロの印象が良かったかを表していた。それはカイリも同じであった。
「恐らく、彼がアネモネのショップ大会に出場した目的はピオネールであるクリア君とのファイトではないですか?」
「はい、そうみたいです。……って、クリアさんがピオネールだって知ってるんですか!?」
「えぇ。先ほどはその話題を避けてほしいというような空気を感じましてね。言った方が良かったでしょうか?」
「いえ、ナイス判断だと思います」(もし言ってたらミヤコさんがどうなってたことか……)
マサヨシの機転が無かったらどうなっていたかと考えたカイリは、思わず身震いした。
「あらかじめチーム戦だと知っていた私は、クリア君とファイトすることが出来なかった場合に彼がそのままチーム入るとは考えづらかった。だからこそ、ノブヒロさんはあのままチームに残らずに、辞退すると思ったのです」
「そうなんですか……、マサヨシさんはノブさんが大会に参加しないことに何も思わないんですか?フーファイターズに負けない為にも、ノブさんのようなファイターは大会に参加するべきだと思うのですが……」
「フフッ。勿論、私もそう考えます。だから私は彼を信じています」
マサヨシは車の中のアタッシュケースを2つ取り、それをカイリに渡しながらそう言うと、おもむろに空を見上げた。
「この広い空の下で、彼がひたむきに大会に向けて準備を進めていることを」
ようやく長い長い説明パート終わった……。
個人的にはファイト描写書いてる方が考えるの好きなので出来る限り早く済ませたかったのですが、結果はこのザマです……。
色々積み込み過ぎたので、わかりにくかったりすると思いますが、この後も色々と補完していく予定なのでこれからもよろしくお願いします。
あと感想などもありましたら是非是非お願いします(血涙)