プレイングの差はあれど、ファイターであれば現在公開されているカードを全て把握することは当然のたしなみ。
相手の使用するカードからどのような戦略が繰り出されるか、それらを予想するには不可欠な情報だ。
もしそれを疎かにした場合、相手の思わぬ手に振り回されることもある。予想外という意味では、宮下ショウのファイトがそれ近いだろう。
そして今、ハジメは初めて未知なるカードの脅威に直面することになった。
「『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』……パワー12000のG3なんて聞いたことないっすよ……。しかも何すか、そのスキルの量は……」
サーチ時にマサヨシが公開したカードの情報を何とか見ることの出来たハジメはその前代未聞のスペックに狼狽える。
しかし、その問題のスキルについてはテキストが長く、小さいことも災いし確認する前にマサヨシの手札に加えられた。
「おい、ツカサ。お前なら知っているだろ。あのカードが公式で使えるカードなのかどうかを」
誰もがこの詳細不明のカードに驚きを隠せない中、一人だけ真顔で眺めていたツカサにクリアはそう問いかけた。
「うん、あのカードは覚えてるよ~。『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』、初めて見たときはそのパワーに驚いたけど、効果は面白かったから結構印象に残ってるな~」
ニヤニヤ笑いながらツカサはそう語った。
クリアが何故ツカサに聞いたかというと、公式のカードとして扱われる基準としてモーションフィギュアシステムに登録しているか否かというものがあるため。
それは公式から既に公言されており、例え公開されていないカードであろうとモーションフィギュアシステムで投影できるのであれば使用することに問題はない。
そしてそれを登録するにはツカサのアイデテック・イメージが必要不可欠であり、事実上、ツカサは全てのカード・効果を掌握していることになる。
しかし……
「でも、効果は教えないよ~。前にも言ったけど、せっかくの新カードのスキルを先に言っちゃったら面白味半減しちゃうもんね~。この人の味方をするつもりはないんだけどさ」
「フフッ、そのご厚意、感謝させていただきますよ」
拗ねたようにマサヨシへ向けてツカサが呟くと、まるで嫌味を言うようにマサヨシは笑いながら礼を述べる。
(まただ……)
マサヨシが人を見下したような態度を取る中、カイリは彼から発せられる違和感に少しずつ順応していた。
(とても自然に言ってるけど、今、この人の言葉にノイズが走ったような気がする。最初、ハジメに向けて言った暴言と同じようなノイズが……。それに……)
カイリはファイトを再開したマサヨシをジッと見つめながらとあるファイターの姿を思い浮かべた。
(どうしてこの人はハジメにあんな言い方をしたのに、『あの人』のことを話題に挙げないんだろうか。この人にとって、『あの人』が一番アネモネと接点があるはずなのに……)
ハジメへの暴言で皆がマサヨシを目の敵にしているにも関わらず、親友であるカイリはそれ以上にその疑問で頭がいっぱいであった。
「少し間が空いてしまいましたが、続けることにしましょう。爆炎の騎士 バロミデスでアイアンカッター・ビートルにアタックです」18000
「ノーガードっす、アイアンカッター・ビートルは退却」
ロイヤルパラディン
手札7
ダメージ表1
ダメージ裏2
最後のアタックを終え、ターンはハジメに移行する。
ハジメのダメージは四点。クリティカルが2であるマジェスティの攻撃を食らえば即死となるダメージ量。
しかし、そんなことはハジメにとって大きな問題ではなかった。
(このタイミングであのえげつなさそうなテキスト量のカードを手札に引き込んだのには理由があるはずだ。……ってかまず、標準パワー12000っていうのがそもそもえげつなさすぎんだろ!一体どんなカードなんだよ!あれはよ!)
冷静に考察しようと試みるハジメであったが、マサヨシが手札に加えた『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』のあまりのインパクトに考えを乱され、はっきりとしないもどかしさを発散するかのように頭を掻きむしった。
情報は集まりつつある。しかし、コツコツと積み上げてきたその貴重な情報も上手く繋ぎ合わさなければただの持ち腐れとなってしまう。
それを自覚しているにも関わらず、ハジメの心を支配していたのは『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』という未知のカードへの好奇心だった。
アニメや漫画で新しいカードが紹介された時の高揚感。期待を膨らませ、公開を待ち望むというファイターであれば当然の好奇心に、ハジメは縛られてしまっていた。
(大体、なんでそんな貴重なカードをこの人は持ってるんだよ……。あれか?第二大会覇者のみが与えられる特権ってやつか?滅茶苦茶羨ましいじゃないかちくしょう……)
悔しそうに『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』の加わった手札を眺める。すると、今度は自身の手札を確認した。自分のみが知ることが出来、相手には知る由もない手札の内容を。
(なんかさっきよりもムカムカしてきた。実際問題、今の俺にできるのはあのフィニッシャーとして持ってきた『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』にクリティカル上昇がないことを祈ることくらいだ。どうせマジェスティのパワーはこれ以上上がる可能性は低いからガードはそこまで難しくないし、今の俺の手札には完全ガードがないから、あのカードが『ブロンドエイゼル』と同じような超パワーでクリティカルまで上げられたらどっちにしてもお手上げだしな)
自分の死期を感覚的に感じ取るハジメ。しかし、あの『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』の登場によってハジメの中で再び何かが変わろうとしていた。
(この人の力を見抜くことが一番大事なんだろうけど、なんでかな……やっぱり負けたくないな……。負けそうっちゃ負けそうだけど、なんかこの人には絶対負けたくなくなってきた。……あ、そっか)
その時、ハジメはこのファイトで初めて笑み浮かべる。と、同時に手札からユニットを展開した。
「カルマ・クイーン(7000)をヴァンガード裏にコール!CBでバロミデスのスタンドを封じて、さらにブラッディ・ヘラクレス(10000)とグルーム・フライマン(7000)を左列にコールしてバトルに入るっすよ!」
ブラッディ・ヘラクレス/邪甲将軍ギラファ/ヴァイオレント・ヴェスパー
グルーム・フライマン/カルマ・クイーン/ファントム・ブラック
「嬉しそうですね。何か思いついたのですか?」
先ほど頭をかき乱していたところから一転、嬉しいそうにユニットをコールするハジメを見てマサヨシはそう問いかけた。
「ばれちゃったっすか?俺ってさ、結構正直なもんで、今マサヨシさんが手札に加えたカードを見て思ったことが『羨ましい』なんすよね。俺の言いたいこと、わかるっすか?」
「ファイトとは全く関係のない感想ですね。さて、私としてはこの『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』持っていることに対して貴方がそう思っているようにお見受けしましたが?」
「たしかにそれもあるっすけど、本質は違うんすよ」
そう言うと、眼鏡をクイと上げた後、ハジメはその腕をゆっくり伸ばし、マサヨシに対して指を指した。
「『そのカードを世界で唯一所有しているあんた』のことを羨ましいと思ったんすよ。別にそのカードがほしいわけじゃない、俺がほしいのは『誰も持っていないカードを持っているという優越感そのもの』が欲しいんすよ。あんたの能力を見破ることが一番大事なのは分かってるけど、やっぱり俺は――」
次のハジメの言葉で、マサヨシの堅牢と思われた笑みが消える。今まで全てが思惑通りだった彼は、予想外の事態に驚き、初めて表情を崩してしまった。
「――俺の持ってない物持ってるあんたをどうしても打ち負かしたい。俺のこの笑みは、ファイトの中で余りの心変わりの多さに自分自身に向けたものっすよ。んでもって……」
どういう気まぐれか、それとも開き直りか。
もはや勝敗など意味のないこのファイトに、この少年は全力でぶつかろうとしていた。
「グルーム・フライマンのブースト、リアガードのブラッディ・ヘラクレスでヴァンガードにアタックっす!」17000
「幸運の運び手 エポナでガードです」22000
「カルマ・クイーンのブースト、ヴァンガードの邪甲将軍ギラファでヴァンガードにアタックっす!」18000
「……ノーガードです」
ダメージが三点であるマサヨシは、例え一枚クリティカルをトリガーしても負けることはない。
「ツインドライブ!!俺達はこの大会で勝って、賞品である俺たちのオリジナルカードで皆に自慢する!これが俺の今の夢っすよ!」
ハジメはデッキから二枚カードを捲る。
決して裏付けられた何かがあるわけではない。しかし、それでも、彼のカード達は――
「ファーストチェック!シャープネル・スコルピオ!クリティカルはヴァンガード、パワーはヴェスパーに!セカンドチェック!シェルタービートル!効果は全て前のシャープネル・スコルピオと同じっす!」
ハジメを自分たちの真のヴァンガードであることを認めていた。
「おぉ!なかなかいい演出でのクリティカルダブルだね~!ハジメ君!」
「ハジメ、このファイトの中で随分とたくましくなりましたね……」
「フッ、ここでクリティカルダブルを出すか。お前にしては上出来だ」
ハジメのドライブチェックによって戦況を一気に引っくり返したことで、圧倒的劣勢に不安の表情を隠せなかった一同は、まるで息を吹き返したようにハジメを褒め称えた。
「凄いです!あの流れからあの人に致命傷を与えるなんて!ね、カイリさん!」
「えっ!?あ、うん。そうだね……」
そんな中、シロウに声をかけられて初めてファイトの状況を理解したカイリは、視線をデッキに手を伸ばすマサヨシの方へと向けた。
「フフッ、参りましたね。まさかこの私が追いつめられるとは……」
予想外の致命傷となるダメージを被ったにも関わらず、マサヨシはいつもと同じように笑み浮かべていた。
受けたダメージは三点、この中の一度でもヒールトリガーが出れば、まだファイトは終わらない。
「ダメージチェックです。ウーナ、幸運の運び手 エポナ。効果は全てヴァンガードに……」
致命傷ではあるものの、3回ものダメージチェックの中でヒールを引く確率はそこまで悪くはない。
沸き立ったショップ内は、マサヨシのダメージチェックから再び息を飲むような静寂が支配した。
「ドゥオ、爆炎の騎士 バロミデス。トリア、小さな賢者 マロン。ヒールトリガーなし。認めましょう、私の敗北です」
マサヨシはそう潔く宣言した。
唐突なる結末に、彼も少なからず動揺しているに違いないが、それでも彼はいつまでも笑みを絶やすことはなかった。
「で、どうだった?俺たちと同じアネモネの代表のファイターであるこいつの実力はよ」
「えぇ、彼は強いですよ。どうやら、私は余り人を見る目が無かったようですね」
ニヤニヤとしてやったりという笑みを浮かべながらクリアはマサヨシに問いかけた。
マサヨシは帽子のツバを掴み、顔を隠すようにそう言った。
第二大会覇者である彼が、どこの馬の骨ともわからないファイターに敗北を喫す。傍から見れば、これほど屈辱的なことはないだろう。
ましてや、先ほどボロクソに蔑んだ後でのこの結果。ハジメの味方であるクリア達は、彼に少しの同情も示すことは無かった。
「だろうな。ヴァンガードは運ゲーだ。第二大会覇者だが知らないが、さっきみたいな舐めたような口は……」
「もういいっすよ。クリア先輩」
今まで溜まっていた鬱憤を晴らすように話していたクリアに割り込むようにハジメはそう制した。
「どうかしたのですか?私は何を言われても文句を言えない身の上です。貴方こそ、自分を悪く言った私に文句の一つでもあるのではないですか?」
「そりゃあるっすよ、盛りだくさんに。さっきも言った通り、俺はあんたのことが羨ましいんすからね。でもそれ以上に俺はあんたに感謝しなきゃいけない」
「感謝……ですか?」
マサヨシは驚いたように顔を上げると、視線をハジメのほうへと向けた。
すると、彼はニッと笑み浮かべた後、眼鏡を胸ポケットにかけ立ち上がった。
「俺はマサヨシさん、あんたとファイトしたことで今までとは比べ物にならない色んなことを教えてもらったっす。戦う目標を、俺の持ち味を。これで俺は、今までよりももっと皆の力になることができる。それもこれも、すべてはあんたのおかげっす。本当にありがとうございました!」
深々と頭を下げながらお礼を言うハジメ。
誰もが驚きを隠せず、茫然としている中で、マサヨシは「フフッ」と小さく笑った。
「――もういいかしら?あなたもこれで気が済んだでしょ?」
待ちくたびれたというように、ミヤコはハジメの肩に手を置くと、ハジメは頭を上げ清々しい表情で返事を返した。
「うっす!これで俺の役目は終わ……ぐふぇ!?」
「はぁ、何勝手に終わろうとしてるの?まさか、私が気づいていないとでも?」
わき腹にキツイ一発を貰ったハジメはうめき声を上げながら悶えると、それを見下ろすようにミヤコは溜め息をついた。
「分かったんでしょ?久我マサヨシの適合者としての能力を」
「ほほう?それは本当ですか?」
ミヤコがそう呟くと、マサヨシは興味深そうにそう確認を取ろうと試みた。
「気づいてたんすね……、流石はミヤコの姉貴は違ぇや。ぐふぉ!?」
「姉貴言うな」
最後の一撃を食らったハジメは椅子に崩れ落ちるように座る腹を抱えながら唸った。
「ミ、ミヤコさん。ちょっとやり過ぎなんじゃ……」
「まったく、調子に乗りすぎるのは余り好きじゃないのよ、あたしは」
吉田君がそうなだめるが、ミヤコは特に悪びれる様子もなく腕を組んだ。
「容赦のない奴だな……こいつは。ハジメもいつまでも呻いてないでシャキッとしろ」
「クリア先輩も大概っすよ……」
首根っこを掴み、無理矢理身体を起こさせるクリアに、ハジメはかすれるような声でそう呟いた。
「大丈夫ですか?なかなか良い一撃を貰っていたようですが」
「そう心配してくれるおかげで少し楽になったす……。やっぱりマサヨシさんはいい人っすね」
「人として当然の心配だと私は思いますけどね」
引き攣ったような笑みで言うハジメに、マサヨシは苦笑いを浮かべた。
「そんなことはないっすよ。最初はあんな風に言っておいて、実はちゃんと能力を理解するヒントを沢山出してくれたんすから。それがなかったら俺はボッコボコに負けてたっすよ」
照れくさそうに頭を掻きながらハジメはそう言った。
「フフッ、気づいていましたか。では、教えてもらいましょうか。私の適合者としての力、『
自身の力を見透かされたというのに、異様に嬉しそうなマサヨシ。
それに答えるようにハジメは声を挙げると、自身の手札を手に持ち、それをマサヨシに見えるように突きつけた。
「いいっすよ!第二大会覇者、久我マサヨシさん。あんたの能力、『
自信満々に言うハジメに、マサヨシは今までで一番の笑みを浮かべると、帽子を脱ぎ口を開いた。
「Exactly。お見事です」