先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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弱者のあがき

「――で、なんで俺がここに座ってるんすかね……?」

 

口元を痙攣したかのようにヒクヒクひくつかせながら苦笑いを浮かべたハジメはそう呟いた。

 

今まで一言も口を挟まずノータッチを努めてきた自分が、何故か自分のデッキの置かれた机に座っており、目の前には既にトラウマになりつつある不敵な微笑を浮かべる久我マサヨシの姿があった。

 

「流石にクリア君やミヤコさんを相手にさせるわけにはいかないでしょう?消去法ですよ、消去法」

「まっ、いいんじゃな~い?これもいい経験だと思えば美味しいじゃん!」

「なんだったらここで勝って地区大会への景気付けにしちゃえばいいさ!」

「どうせ遅かれ早かれこうなる。諦めるんだな」

 

吉田君とツカサ、そしてショウとクリアに推され、どうにも引くに引けないハジメ。どうにかこの状況を切り抜けるべく打開策を考えた彼は、冷や汗をだらだら流しながら親友の方へと顔を向ける……

 

「皆好き勝手言いやがって……えげつなさすぎんだろ……。よ、よしカイリ。いいこんないい体験を俺だけで独占するのもあれだしお前が……」

「私としても相手は貴方が望ましいのですが、私とファイトをするのはお気に召しませんか?貴方の言う通り、悪い経験とはならないと思いますが」

 

一貫して微笑むマサヨシは、ハジメの声を断ち切る様に自分のデッキを差し出した。全く逃げ場のないこの状況に、ハジメは蜘蛛の巣に引っかかった蠅と同じような気持ちになった。

 

(ごめん、ハジメ。でも流石に俺も身代わりになる勇気はないんだ……)

 

カイリがそう同情を寄せるも、本人にそれが届くわけもなく、ハジメはただ自分の運の悪さを呪った。

 

(なんで……なんでいつも俺ばっかり……)「こうなったらもう自棄だ!行けるとこまで行ってやる」

「フフッ」

「…………」

 

「うおおおおお」と全力でデッキをシャッフルするハジメと、帽子を被ったまま涼しげな顔でシャッフルをマサヨシを、ミヤコは黙ったまま食い入るように見ていた。

 

(第二大会覇者の適合者としての力、絶対に見極めてやるんだから)

 

 

 

軽く準備を終えた二人は、各々がセットしたファーストヴァンガードを掴む。

 

マサヨシは、こちらを恐る恐る見つめてくるハジメに心の中でため息をついた。

 

(やれやれ、困りましたね。多少強引に言ってしまったせいか、彼を少し怯えさせてしまったようだ。これでは本来の力を発揮していただけるか怪しくなってしまいました。さて、どうしたものか……)

 

マサヨシは次に自身のデッキを見つめると、不意に「フフッ」と笑みを浮かべた。

 

それに対して今回ハジメが使うデッキはいつものメガコロニーデッキ。彼は、目の前の優男がどんなクランを使うのかを半ば恐怖しながら、自分の分身を立ち上げる。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「マイ」

 

「「ヴァンガード!」」

 

 

二人の分身が表を上げるが、ハジメのデッキがどんなものかを知るアネモネのメンバーの視線は当然、来訪者であるマサヨシのヴァンガードに向けられた。

 

「ういんがる・ぶれいぶ」5000

「ぐっ……幼虫怪人ギラファ!」5000

 

マサヨシのヴァンガードを見たハジメは一瞬臆しながらも自身の分身の名を挙げる。

 

マサヨシの使うクランはロイヤルパラディン。そしてこのういんがる・ぶれいぶというファーストヴァンガードが用いられる場合、ほぼ間違いなくあのカードを軸にしたデッキであるということが推測できる。

 

「マジェスティ・ロードブラスター……」

「さて、どうでしょうか。まずは私のターン、ドロー。小さな賢者 マロン(8000)にライド、マイ・ヴァンガード。ぶれいぶはスキルでV後ろに移動。これでターンは終了です」

 

ハジメの発言もどこ吹く風と言わんばかりに早々と自身のターンを終了させ、目の前の相手に微笑みかけるマサヨシ。

 

このデッキが分かった段階で、先攻後攻を決めるジャンケンで負けてしまったことをハジメは大いに悔やんだ。

 

「俺のターン……ドロー!蛹怪人 ギラファにライド!」8000

 

何とか連携ライドを成功させ、ハジメはデッキからエリート怪人 ギラファを手札に加える。この一つのプレイをゆっくり処理しながら、ハジメはマサヨシをじっくりと観察した。

 

(この人は俺のことを舐めてるかもしれないが、これでも適合者とのファイトはツカサ先輩とミヤコさんで体験済みだってんだ!ツカサ先輩もミヤコさんも、自身の能力を最大限に発揮できるクラン特性でデッキを構築していた。つまり、この人の能力もロイヤルパラディンであることに意味があるはず……)「フフッ」

「ッ!?」

 

完全に自分の世界に入っていたハジメは、唐突にマサヨシの笑い声に不意を突かれ声にならない声を挙げてしまった。

 

マサヨシは帽子のツバを掴み、顔を隠すように帽子を深々と被るとハジメに話しかける。

 

「随分とゆっくりですね。そんなに怯える必要はありませんよ?ただの野良試合なのですから気軽にやりましょうか」

 

「そ、そんなの、俺の勝手っすよ!」

(落ち着け俺!まだ1ターン目だ。この段階で何かを仕掛けてくるとは考えにくい。まずは自分のプレイに集中するんだ!)

 

こちらをジッと見てくるマサヨシから視線を逸らしながら、自分を落ち着かせるように自分の手札に視線を集中させた。

 

(先攻を取られたのは仕方がない。ぶれいぶがヴァンガードの後ろに下がったということは、恐らく手札には既にキーとなるブラスターがいるということだ。ここはダメージを最小限に抑え、攻めの起点となるトランペッターの起動を遅らせる!)

 

「そのままギラファでアタックっす!」8000

「それはノーガードです。ダメージチェック、閃光の宝石騎士 イゾルデ」

 

1点のダメージを与えたハジメは気を緩めることなくターンの終了を告げる。本当に怖いのはここからだということを、ハジメは無意識的に感じていた。

 

「私のターン、ブラスター・ブレード(9000)にライド、マイ・ヴァンガード。――一つ、確認してもよろしいでしょうか?」

 

「な、なんすか?」

 

ハジメの予想通り、キーとなるブラスター・ブレードにライドしたマサヨシは、目を細めると唐突に質問を投げかけた。

 

驚きつつも何とか返事を返したハジメであったが、次のマサヨシの一言でハジメの保っていた理性が脆くも崩れ去ることになる。

 

「何故貴方のような何の取り柄もない方が、これ程の地力を持つショップの選手なのですか?」

「「!?」」

 

今までの礼儀正しい印象を吹き飛ばすかのようなマサヨシの暴言に、カイリ達は絶句した。

 

今、恐らくハジメが一番気にしているであろう最もデリケートな部分を、マサヨシはまるでそこらにいる虫を踏みつぶすように逆撫でたのだ。

 

「そ、それは俺がショップ大会で最後まで勝ち残ったから……」

「なるほどなるほど、つまりヴァンガード特有の運によって運悪く勝ち残ってしまったのですね」

「……」

 

なんとか震える声で答えるハジメであったが、マサヨシは全く容赦することなく追い打ちをかける。

 

「おい」

 

その無慈悲なまでのマサヨシの言葉は当然、その場にいた者を敵に回すに至った。

 

「お前はここに喧嘩を売りにきたのか?そういうことなら、初めにあんな紛らわしいことを言う必要はないだろ」

「クリア君……」

 

マサヨシの横まで歩み寄ったクリアは、机に手を置くとマサヨシを見下すような姿勢でそう言った。そんな彼を、吉田君は心配そうな表情で見つめる。

 

いつにもまして険しい彼の表情からは、仲間を罵倒されたことへの怒りが沸々と湧き上がってくるのがわかった。

 

「喧嘩を売りに?フッフ、そんな野蛮なことをしにわざわざここに足を運ぶ必要はないでしょう。私の目的は初めに言った通りです。ただ……」

 

しかし、そんなクリアに対してもマサヨシはいつもの調子でそう呟く。それどころか……

 

「私は本当に彼がこのショップに必要があるのかどうかを疑問に思っただけにすぎません。別に悪気はありませんよ」

 

「チッ、クズが……」

 

完全にこちらに挑発しているような発言と微笑みに、クリアはいらついたようにして吐き捨てた。

 

そんなクリアの態度を見て、マサヨシはまるで申し訳ないとでも言うように頭を下げた。

 

「随分と反感を買ってしまったようですね。しかし、彼が弱いというのは貴方方も思っていることではないのですか?」

 

「なんだと?」

 

顔を俯かせながらマサヨシはそう言うと、クリアは眉をひそめた。

 

現状、当初の目的であるマサヨシの能力の披露を意識しているのはミヤコのみ。

 

それ以外のアネモネのメンバーは、このマサヨシに怒りを覚える者、何を企んでいるのかと疑心暗鬼になっている者と様々な分類に分けられる。

 

ツカサもこのマサヨシの態度に憤りを感じていたが、近くにいたショウによって何とか抑えられていた。

 

「ボク、ここまで腹の底からむかむかすることは初めてだよ……。突然ここに来た人が知ったような顔で人の悪いことを言うなんて流石のボクでも信じられない……」

 

「それは僕も同じさ。でも、だからと言って僕達が彼の術中に嵌っていいわけじゃないさ。彼の言っていることが誠実なものなのか、それともこちらの混乱を誘う為のものかの判断は、このやり取りを見届けてから判断しても遅くはないさ」

 

このような状況であっても、ショウは冷静にそう呟く。ファイターズドームの一件とはまた違った緊張感に、ショウは自分も驚く程慎重に成り行きを見守るのだった。

 

「貴方方も、彼がこのショップの中で最も弱い、ファイトをさせても大きな痛手が起きないと思ったからこそ、私の当て馬として彼を抜擢したのではないのですか?素晴らしい人選だと私は思いますが」

 

「こいつ……次から次へと揚げ足を取りやがって」

「もういいっすよ……、クリア先輩」

「ハジメ……」

 

マサヨシの言い分に顔を顰めるクリアに、ハジメはそう呟いた。そして、視線をマサヨシのほうへと向ける。

 

「マサヨシさんっすよね。たしかに俺はこの中では何の取り柄もないどこにでもいるファイターっす。いや、寧ろ弱者に分類されるファイター。現に俺はあのトキのファイトを見て、尋常じゃないくらいの不安に駆られたっすから」

 

「なかなか自分のことが分かっているのですね。それは素晴らしいことだと私は思いますよ。では、貴方はその未熟な腕で一体何をしようと思うのですか?」

「チッ……何もかも一言多いんだよ……」

 

狙ったかのようにこちらを虐げるような言い方をするマサヨシに、クリアは舌打ちをした。

 

「何をしようかなんてまだ俺には分かってないっす。けど、弱者には弱者なりのあがきってものがあるっす。このゲームは運に大きく左右される運ゲー。その中で、俺は俺に出来るあがきを、このファイトの中で見せつけてやるっすよ!」

 

「フフッ、そうですか。それは楽しみです」

 

(これ以上、クリア先輩を困らせるわけにはいかねぇ。何がなんでも俺が)

 

決意を露わにするハジメのこの言葉に、マサヨシは面白そうにそう笑いながら呟いた。

 

「では続きを始めましょうか。私はこのまま、ブーストを受けたブラスターでヴァンガードにアタックします」14000

 

ぶれいぶのブーストを受けたブラスターのアタック。このアタックがヒットした場合、マサヨシはぶれいぶをソウルに送ることで、デッキからブラスターの名のつくカードを手札に加えることが出来る。

 

呼ばれるカードはおそらくデッキの中核を担うユニット、マジェスティ・ロードブラスター。G3であるこのカードをサーチすれば、次のライドが確定し、早い段階でデッキのコンセプトを遂行させることが可能となる。

 

もしこれが後攻からのアタックであればこちらもG2になっており、双剣覚醒時点ではパワー9000のユニットしかいないブラスターのアタックは、10000ヴァンガードに10000のガードを出すだけで防ぐことが出来た。

 

(恐らく、この人は自分の能力を既に使用している。はっきり言って、俺が勝てる可能性は3割も満たない。今、俺が出来ることは……)

 

ハジメはこちらをジッと見つめてくるマサヨシを見据えると、意を決して手札からカードを切る。

 

「マシニング・スコルピオでガードっす!」18000

 

「トリガーが出ないことに賭けますか。それもいいでしょう。ドライブチェックです」

 

マサヨシは、トリガーを捲る時でも決してハジメから視線を外すことはなかった。そして、ハジメもそれを見逃しはしなかった。

 

「マジェスティ・ロードブラスター。残念、トリガーはなしです。他に出来ることもないので、これで私のターンは終了します」

 

トリガーを確認する瞬間のみハジメから視線を逸らしたマサヨシは、そう言いながらターンの終了を宣言した。

 

ロイパラ

 

手札6

ダメージ表1

ダメージ裏0

 

「俺のターン、ドローっす!マサヨシさん、俺からも一つ、聞いていいっすか?」

 

「いいでしょう、なんでしょうか?」

 

ハジメはカードを引いた後、こちらを凝視してくるマサヨシに対してそう問いかけた。

 

「マサヨシさん、さっき言ったっすよね?自分の能力を見せるにはファイトをするのが一番手っ取り早いって。いつになったらその能力というのを教えてもらえるんすかね?」

 

(当たりよ、ハジメ。やっと本筋に戻ってくれようね。さぁ、教えてもらいましょうか。あなたの能力を)

 

ファイトを始めた趣旨を振り返るようにハジメはそう問いかける。

 

そのことに対して特に敏感になっていたミヤコは、この問いに対するマサヨシの返答を特に注目した。

 

「そういえばそういう話でしたね。しかしおかしいですね……」

 

マサヨシは微笑みながら首を傾げる。この反応に、ハジメは彼がわざとそのような態度をとっているということを感じ取った。

 

「私は“お披露目”すると言いましたが、一度も“説明する”とは言ってはいませんが?」

 

「なっ!?」

「つまり、能力は見せるから後は自分達で考えろってことっすか?」

 

驚き声を上げるミヤコとは別に、ハジメはわかっていたようにそう確認を取る。

 

マサヨシはそれを肯定するように首を縦に振った。

 

「そういうことです。貴方方の誰かがそれに気づくことが出来たのであれば、更に詳しく説明しても構いません。分かればの話ですが」

 

嫌らしく笑みを浮かべるマサヨシに、ハジメは眉間に皺を寄せ、ポケットから縦長のケースを取り出すと、中から眼鏡を取り出し、それをかけた。

 

「なら、遠慮なく暴かさせてもらうっすよ。あんたの底を」


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