先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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エトランジェ
テクニシャン


マサヨシが挨拶をして暫く経つ。しかし、その返事が帰ってくることは一向になかった

 

「フッフ、困りましたね。随分と警戒されているようだ。遠路遥々尋ねたというのに」

 

それどころか、警戒の視線を送られるこの現状に、マサヨシは再び帽子を被りながら卑屈っぽく微笑み、そう言った。

 

このままでは埒があかないと感じた吉田君は一歩前へ踏み出すと、険しい表情を浮かべながら口を開いた。

 

「よくもそんなことが言えますね。あなたには自分が一線級の要注意人物だという意識はないんですか?」

「それはごもっとも。ですが、これでも私は最も警戒されない状況を選んでここへ赴いたつもりです。しかし、まだ貴方方には我々と共通の敵がいるということをご理解いただけていないようだ」

「共通の敵……?」

「そうです」

 

マサヨシはそう言うと、先ほどまでエキシビションマッチを見ていたテレビの前まで歩み寄り、再び身体をカイリ達の方へと向ける。

 

「ご覧になったのでしょう?ショップ大会の折に開催されたエキシビションマッチを。そこで行われたフーファイターズのお二人のファイトを。真に面白いファイトでしたが、それと同時に我々は彼らの力を間近で体感するに至りました」

 

マサヨシは目を瞑りながらそう話し始める。

 

「そして貴方方は少なからず脅威を感じたはずです。如月トキの能力を、フーファイターズが持ち合わせているファイター達の存在を。……しかし貴方方はその脅威を緩和する手段を持っていたようですね。非常に興味深い。我々としても、その要因についてご教授していただきたいものです」

 

瞑っていた目を開き、マサヨシはそう言いながら再び歩みを始める。その行く先には無関心そうに視線を逸らしていたミヤコがいた。

 

「尾崎ミヤコさん。貴方は依然、如月トキにフーファイターズへの加入を勧められた経験がありますね?」

「っ!?なんであなたがそのことを……」

 

思わず立ち上がりながらミヤコは狼狽えた。

 

マサヨシから溢れ出る並々ならぬオーラは、瞬く間にショップ内を覆い、息苦しさを感じるような淀んだ空気が漂い始める。

 

 

 

……が、そんな中でも彼らはいつも通りだった。

 

「あの人、かなりやばそうだね~。ショウさん」

「敵前にたった一人で乗り込んでこの一騎当千ぶりは称賛に値しますな。ショウさんだけに」

「あー、こっちの人のがやばかったみたいだね……」

(銀色の髪……彼がMFSの製作者にして、最高クラスの能力を持ち合わせているという新田ツカサでしょうか。たしか彼はあのクリアに勝つほどの実力者。要注意ですね。そしてそのとなりにいる前髪の長い青年はかなり掴み所がない印象を感じますね。あまり相手にしたくないものです)

 

自分が訪れてようやく口を発した彼らの様子を観察するマサヨシ。持ち合わせていた情報と実物の印象を頭の中で彼は考察を始めた。

 

「えげつなさすぎんだろ……。これから俺たちはあんな人達とファイトしなきゃいけないのかよ……。クリア先輩とはまた違ったえげつなさを感じるぜ……。カイリもそう思うだろ?」

「うん……。噂通り、只者じゃないね。でも、あんまり怖い人ってわけじゃなさそう……」

「まじか。俺もうあの人の笑い方が若干トラウマになりそうなんだけど」

(彼がコウさんに勝ったという少年。聞いていた話と些か食い違いがありますが……なるほど、面白い。そしてその隣にいる少年も同じくこの店の代表であると思いますが……さて)

 

マサヨシはハジメを見ながら少し頭を悩ます最中、突然話を振られたのにいまや完全に眼中になくなってしまったミヤコが不満そうに声を上げた。

 

「ちょっと!あたしの話聞いてるの!?」

「おっと、失敬。話の続きでしたね。そして彼は貴方にフーファイターズへと入ってもらう為、ファイター養成施設『ヴァルハラ』を案内するに至ったのですよね?」

「……全くあたしの話聞いてなかったわね」

 

何事もなかったかのように話を再開したマサヨシに、げっそりとしたような表情でミヤコは呟いた。

 

「それほどの経験を持つ貴方のことです。他のファイターが知りえない貴重な情報を多くお持ちなのでしょう。突然の訪問でいささか無礼かと存じますが、よければその情報を共有させてはいただけないでしょうか?」

「ぐっ……」

 

言い知れぬ恐怖を感じさせる彼の微笑みに、ミヤコは珍しく顔を青く染めながら後退りをする。

 

今までクリアにピオネールであることを言及してミヤコだったが、同じように全く面識のない相手に自分の素性が晒される恐怖を、彼女は初めて思い知ることとなった。

 

(なんてタイミングだ……。まだ俺たちもミヤコさんからフーファイターズの施設に行ったことがあることを告白されたばかり……。かと言ってこのまま追い返すというのも至難の技……。下手に口を開こうものならこれほど聡明な方だ、出せるカードの無い俺では瞬く間に言いくるめられるのが落ち……。)

 

自分の店、そして相手は一人だというのに、吉田君はこの久我マサヨシという存在そのものに気圧され、アネモネの店内は完全に彼によって支配されていた。

 

「ふん、ハズレよ。あなた、もう一度自分の立場を再認識する必要があると思うわよ?貴重な情報をあなたのような敵になりうる相手に教えるなんて愚か者のすることよ」

 

そんな中でも強い気で発言するミヤコに、マサヨシは静かに微笑む。

 

「フッフ、もちろん、タダでその貴重な情報いただけるとは考えていません。しかし、これは貴方方の為でもあるのですよ?貴方方には、己の立場を今一度再認識していただく必要がありますね」

「……どういうことよ」

 

ここに来た最初に言っていたことと同じニュアンスでマサヨシはそう言った。

 

既に彼らが自分のことを敵なのか味方なのか、自分達にとってメリットがあるのかないのかの判断が揺らいでいることをマサヨシは感じ取る。

 

帽子から覗かせる視線を全てのファイターに向けると、マサヨシは畳みかけるように口を開いた。

 

「よろしいですか?フーファイターズは我々が考えている以上に強大な存在です。彼らは全国から集められた屈強なファイター達のよって構成されています。つまり、我々のような存在を除き、ほぼ全ての全国区クラスのファイターはフーファイターズであると考えるのが自然でしょう」

 

フーファイターズという組織の本質と力。未だ実感の湧かないアネモネのファイター達に、マサヨシは熱心に訴えかける。

 

「エキシビションマッチでもトキが予言ということで言っていましたが、この大会、出場するチームの7割以上がフーファイターズで占めています。それ以外の3割も、フーファイターズに対抗しうる力を持つチームはほんの一握りでしょう」

 

自分達がどのような立場に立たされているのか。今の自分たちに出来ることが一体何なのか。漠然とファイトするだけでは彼らに勝つことが出来ないことを、本能的に感じ取らせる必要があった。

 

「そのような環境で我々のようなフーファイターズでないチーム。ここでは『エトランジェ』とでもいいましょうか。圧倒的なこのアウェーの中で、これから勝ち続けるためには、エトランジェ内での情報交換は必須であると私は考えています。例え、それがいずれ敵として相対する可能性を孕む相手であっても」

 

ここで自分の企みを明かす。同じフーファイターズに反旗を翻す者達として、エトランジェとして共に戦おうと手を差し出したのだ。

 

話を聞いていたカイリ達は、このマサヨシの言葉に少なからずの共感を覚える。フーファイターズという組織について漠然ではあれど、大きな脅威となるこということは無意識に感じていたからだ。

 

しかし、だからといって相手の差し出した手に何が隠されているのかもわからない以上、その手を取るにはどうしても抵抗があった。

 

「……たしかにマサヨシさん、あなたの話には筋があります。しかし、それを真っ直ぐ受け入れられるとでも思っているんですか?」

「フッフ。たしかに、いきなりそうは言われてもそれを割り切るのも難しいでしょう。そこで、貴方方の信用を買う為の手土産をお披露目しようと思います」

 

まるでそうくることを知っていたかのようにマサヨシは不敵に微笑む。

 

聡明かつ穏便。自分の思い描くシナリオを最短距離で達することが出来た彼は、最後の仕上げと言わんばかりに、ポケットからデッキケースを取り出すと、近くの机にデッキを置いた。

 

「どなたか相手をしていただけますか?私の適合者としての能力、『神の待降節(サペリアート)』は、比較的認識しずらい能力なので実演するのが一番手っ取り早いのですが――」


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