先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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それぞれの陣営

「今回の追加はヴァンガードチャンピオンシップの開始に伴い、全てのクランの強化、先ほどのファイトで使われていた『なるかみ』・『ゴールドパラディン』に加え、『エンジェルフェザー』・『ジェネシス』・『むらくも』・『アクアフォース』の計6クランの追加となっています。今までのことを考えると、これは大規模な環境の変化が予想されるでしょう」

 

今までのことを振り返るように、吉田君はそう説明する。予め知っている情報を話してはいたものの、もう一度整理するため、そしてその場の空気を緩和させる為に再びそう言い聞かせた。

 

「今までの追加が薄く思えるくらいの大強化ね……」

「これくらいしないと追いつかないからね~。何にとは言わないけどさ~」

 

関係者であるツカサはニヤニヤ笑いながらそう言った。既に全てのカードに目を通しているツカサは、ソラから釘を刺されていることもあり、特に詳しいことは口にしなかった。

 

「それと同時に追加された新要素、『リミットブレイク』。発動条件としてダメージが4点以上の時にしか使えないという制約はありますが、それを補うに有り余るほどの強力なスキルであることは、今のファイトで皆さんわかったと思います」

「――それどころか、これからの環境は今まで通りの戦い方は通用しないだろうな」

 

腕組みをしながら壁にもたれかかるクリアは、目をつむりながらそう言った。その声に反応してそちらを振り返ったシロウは、より詳しく聞くために口を開く。

 

「どういうことですか?クリアさん」

「これまで、4点というダメージは単なる即死圏内でしかなかった。ヴァンガードのアタックであればクリティカルが出てしまえば6点。敗北に繋がる可能性のあるこのアタックは防がなければならない。したがって、これまでは可能であれば3点ダメージを抑えるということが基本だった」

 

これまでの環境を振り替えるようにクリアは呟く。次の世代に向けた新たな環境を既にクリアは見据えていた。

 

「しかし、このリミットブレイクというスキルによって4点ダメージにするメリットが生まれた。他のカードがどういうスキルを持っているかは知らないが、状況を一転させるには十分な力を持っていることは今のファイトでわかった。全く、面白いスキルを考えたもんだ」

「そんなこと……いつでもどうにでもなるっすよ……」

 

関心を示すクリアの傍ら、先ほどのファイトから終始沈黙を続けていたハジメが遂に口を開いた。

 

「どうするんすか!?あんなの、どうやって倒せっていうんすか!」

 

今まで溜めていた蟠りを爆発させるハジメ。元々自分の実力に自信の無かっただけに、これほどの実力の差を見せつけられ、不安で押しつぶされそうだったのだ。

 

それはカイリも同じ。彼もここまで一度も言葉を発していないが、内心はこれから先のことに対する不安と恐怖に支配されていた。

 

チーム戦である以上、自分の敗北が他の誰かに影響を及ぼす。これが個人戦だったらどれだけ楽だったか。引くに引けないこの状況に、二人はただその答えを求めるのみだった。

 

「はぁ……目を瞑っていましたが、やはり“あれ”に手を付けないわけにはいきませんね……」

 

溜め息をつきながら吉田君は再びリモコンを取ると、テレビをつける。予め録画をしていた先ほどの動画を再び流し、如月トキが眼帯を取ったところまで早送りした。

 

「如月トキ……。まさか、これほどの能力を有しているとは……」

「も、もしかしたらエキシビションマッチということで実は仕組んでたとか……」

「……はずれね」

 

二人をなんとか安心させようと思ったシロウはそう呟くが、すぐにミヤコによって遮られた。

 

「前にフーファイターズの施設に行ったときに、彼は幾人もの相手とのファイトで絶対予告を成功してたわ。事実、彼の実力はピオネールの第二位と言われてるだけあって本物だし、勝ち続けるのにそういう能力があっても不思議ではないでしょ?」

「そうなんですか……。フーファイターズに……って、えぇ!?ミヤコさん、フーファイターズの施設に行ったことあるんですか!?」

 

シロウは意気消沈する寸前、ミヤコの発言の中に驚愕の事実があることを発見し思わず声を上げる。これに驚きを隠せないのは、何もシロウだけでは無かった。

 

「たしかあそこはフーファイターズに加入しなければ入れない程の機密保持施設と聞いていましたが……」

「らしいわね。でも、あたしは別にフーファイターズに加入したわけじゃないわ。向こうから案内してくれたのよ。如月トキ直々にね」

「えぇ!?まじっすか!?」

 

次々と飛び出す新事実に空いた口が塞がらない一同。そんなミヤコは、何をそんなに驚いているのかという表情で首を傾げる。

 

「前に言わなかった?あたしの姿なき不発弾頭(ギュゲースクラスター)の名前ははその如月トキがつけたって」

「聞いてないっすよ!大体フーファイターズと接触してること自体初耳っす!」

「……とにかく、あたしが言いたいのは、如月トキの力が本物だということ。あのファイトも、そしてこれまでのファイトも、あの絶対予告を外したことはほぼないらしいわ」

「成程、『ほぼ』な」

「……何が言いたいの?」

 

ミヤコの話を聞いていたクリアはあざ笑いながらそう言うと、明らかに敵意を放ちながらミヤコはそう問いかけた。

 

「そう殺気立つな、別に悪気があるわけじゃない。ただ、『ほぼ』ということは外したこともあるということだ。そうだろう?」

「……当たりよ。如月トキの絶対予告は彼の勝利によって初めて成立する代物。つまり、一度でも負けたことがあるなら絶対予告は成立しなくなる」

 

知ったような口をするクリアの発言に苛立ちを感じながらも、それを抑えつつミヤコは答えた。

 

「でも、負けたことを確認する方法ってありますかね……。そうでなくてもフーファイターズは公式戦以外でのファイトをあまりしないみたいですし、いつも張り付いていない限り……」

「いや、負けたことならあるぜシロウ。お前も知ってるはずだぜ」

 

不安そうに呟くシロウに、何かを悟ったハジメは自然と笑顔を綻ばせながらそう言い聞かせた。

 

「第一回ヴァンガードチャンピオンシップで如月トキは狭間シンジに負けてる。つまり、絶対予告は絶対じゃないってことっすよね!クリア先輩!」

「フ……そういうことだ」

「絶対予告なのに絶対じゃないとはこれいかに」

 

ハジメの希望に溢れる呼びかけに自信満々で答えるクリアを見ながら、ツカサは苦笑いでそう呟いた。

 

「そういえば、王様と聞いてツカサ君のあのファイターズドームの一件で王様目指してたのを思い出したよ。ライバル登場というところかい?」

 

ツカサの声を聞いてその時のことを思い出したショウはそう言って内緒話の要領で声をかけた。

 

「流石に自分のことを余とか言っちゃう人には勝てないかなぁ~。あれこそ正に、王様!って感じだよね~。ヘッ、ヘックシュン!」

「ありゃ、風邪かい?」

「ううん、違うと思う。なんか唐突に鼻がムズムズしたんだよね~」

 

ツカサがそう元気に笑顔を作る中、まるでそれに対極するように不安そうな表情を作る吉田君が口を開いた。

 

「しかし油断はいけませんよ。負けたとはいえ、相手もまたピオネール。それ以外の相手に勝っているのも間違いない事実です」

「そういうことなら問題無いんじゃないっすか?こっちにもピオネールがいるわけだし」

「当たりね。ただそのピオネールさんは、その大会で彼に負けちゃってるけどね」

「……お前達、誰かと勘違いしてないか?」

 

厚い信頼を込めた視線を送るハジメと、わざとらしい言い方をするミヤコに対してクリアもまたわざとらしそうに首を傾げた。

 

「まさか、まだ否定するつもりなの?ここまできてそんなことを言うなんて流石に往生際が悪いわよ?」

「往生際が悪いとは言い草だな。俺がピオネールでないことは、あの如月トキ本人が証明してくれたと思ったのだがな」

 

済ました表情で言うクリアにまた蟠りを覚えたミヤコだったが、前にも同じように言いくるめられてしまったことを思い出し、彼が取り留めのない嘘でまた自分を言いくるめようとしているのだろうと思い冷やかに笑った。

 

「そんな手には乗らないわよ。あの中継で、トキはフーファイターズのことは口にしてもピオネールのことに関してはほとんど触れてなかったわ。あたしを騙そうと思ってもそう何度も同じ手に……」

「忘れたのか?トキが最後に自分を含めて3人のピオネールがトラプル・ゲインに所属していると言っていたことを」

「それが何?ピオネールは4人いるのよ?3人で当たり前……」「通らないな。その道理は」

 

クリアはそう言いながら不敵に笑みを浮かべる。

 

「お前の言っていることが正しければ、現在フーファイターズには如月トキと毛利ヒノワに加え、狭間シンジがいることになる。だが、奴は既にフーファイターズへの参加を完全に断っている。それをお前が知らないわけではないだろ?」

「くっ……」

 

クリアの言葉に思わずたじろぐミヤコ。

 

フーファイターズは、第一回ヴァンガードチャンピオンシップ終了後に発足された組織であり、そのトップたる人物はやはりこの世で最も強いファイターであることが求められた。

 

故に発足させるきっかけを作ったムシャロード社長、木谷芳明は大会終了後、優勝者である狭間シンジにフーファイターズのトップとして立ってもらうよう社長自らが勧誘を諭すのであったが……、

 

『すまんなぁ。ワイ、人とつるむちゅうことようせぇへんのや。悪いんやけど、他を当たってや。あ、ゆうとくけど、これから何度来ても絶対これは折れへんから、そのつもりで頼みますわ』

 

と、大会を見に来ていた大衆の面前で断られたのだった。

 

このことは口コミで多くのファイターの耳に触れ、それはクリアやミヤコも例外ではなかった。

 

「これで分かっただろう?俺がここにいるということは、俺はフーファイターズではない。しかし、あの如月トキが3人いるというのであれば実際に3人いるのも間違いない。」

「そんな……一体どういうことなのよ……」

「いや、本当にそうっすよ……。なんか俺もわからなくなってきたっす……。じゃあトキ……フーファイターズをどうやって倒したら……」

 

クリアの言葉に、実際に彼がピオネールであることを知っているハジメ達も困惑の表情を浮かべる。

 

シンジの件が事実であることは、実際に聞いているハジメやショウを含め、あのミヤコが言い返せないということでカイリやシロウも信じざる負えなかった。

 

「だが、安心しろ。お前らは今見たファイトにかなりの不安を感じているようだが……」

 

まさかの逆転劇を演じたクリアは満足げな笑みを浮かべた後、持ってきていた荷物を手に持ちながらそう口を開く。

 

「如月トキは俺が倒す。アイツには言い尽くせないほどの借りがある。何より、ヴァンガードが運ゲーではないというのが気に食わない」

(あぁ……多分そこが本当に気に食わなかったんだろうなぁ……)

 

満足げな表情から一気にしかめっ面に変わったことから、あのトキの発言がどれだけクリアの癪に障ったのかを物語っていた。

 

「もう帰るのですか?」

「ああ。収穫はあった。後は俺のやりたいようにさせてもらおう」

 

そこまで言うと、恨めし気に視線を送るミヤコを一瞥した後、再びニヤリと笑みを浮かべたクリアは、店の出口まで足を運ぶ……

 

 

 

 

「おやおや、困りましたね。貴方に帰られたのでは、私としても些か予定が狂ってしまうというものです」

「なっ!?お前は……」

 

クリアが自動ドアを開けると、目の前には肩まで伸びる緑色の髪に、つば付きの帽子を被った中性的な男性が目の前で微笑んでいたのだった。

 

男性は、クリアを再び店内へと追いやる様に前へと進むと、店内にいた全ての人間を見渡した後に被っていた帽子を脱ぎながら頭を下げた。

 

「どうぞ、お初にお目にかかります。この度、皆様方と同じく東海地区でファイトをさせていただきます、『レッドバード』オーナー、久我マサヨシと申します」

 

マサヨシは依然として友好的な微笑みを浮かべながらそう挨拶を送る。

 

既に顔を知っているクリアは勿論、前に吉田君から話を聞いていたカイリ達も敵陣営の長が自分たちの元へと何故訪れたのか皆目見当がつかなかった。

 

頭を下げるこの物静かな青年が一体何を企んでいるのか、皆は無意識に身構えながらマサヨシに注目する。

 

「以後お見知りおきを――」

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「ご苦労じゃったな、二人とも。見事な茶番にわっちもニヤニヤが止まらぬわ。特に、トキの喋り方にはな」

 

ファイトを終え合流したトキとカンナの二人を待っていたのは、長い茶髪の巫女服に身を包んだ一人の女性だった。彼女は、年寄り臭い喋り方でそういうと悪戯っぽく笑った。

 

そんな彼女の態度が気に食わなかったのか、カンナは目の前まで近寄ると人差し指立てまるで角でも生やすかのように手を頭に当てた。

 

「なんにゃ~?カンナ達があんなに一生懸命やってたのにまさかクラマは猫の前の鼠の昼寝をしてたわけじゃにゃいにゃりよね!?もしそうにゃらもうプンプンにゃりよ!」

「何を世迷言をぬかしておるか。わっちとて仕事を真っ当に果たしておったわ。ところでトキはなにゆえにあのような話し方をしたんじゃ?」

 

「それが気になって夜も眠れぬわ」と付け加えたクラマは、一体どのような返答が来るのかとワクワクしながらトキが口を開くのを待った。

 

「折角のエキシビションマッチだ。あれくらいインパクトがあったほうが見てる者にとっても俺の凄さを知るには十分な材料になるのだよ。俺のファイトを見て、あれこそ正に、王!と思った者も少なくないだろうな」

((そうやって思うのはかなり変人くらいなもんだな……))

 

全く恥ずかしがる素振りのないこのトキの発言に、カンナとクラマは苦笑いを浮かべながらそう思った。

 

「そんなことはどうでもいいのだよ。クラマ、さっさと成果を教えてもらいたいのだが?」

「そう焦るでない。わっちもあまり期待してなかったが、なんと2人もの適合者を見つけたのじゃ!大したものであろう?」

 

その大きく実った胸を張りながらクラマは自慢げに言い張るが、トキは一向に表情を変える様子はなかった。

 

「腑に落ちんな」

「なんじゃ?わっちは嘘は言っておらんぞ?」

「そんなのはとうの昔に知っていると言いたいのだよ、俺は。この如月トキを甘く見るな。さしずめ、その二人というのは偵察にでも来ていた『シンジ』と『トシ』のことなのだろう?」

「ぬぅ、流石じゃのう。誰かに聞いておったのか?」

「俺にはこの眼がある。他人の力を借りずとも、近況を知る程度は他愛もないのだよ」

 

優越感に浸るような笑みを浮かべながら、トキは眼帯を捲りその中から覗かせる純白の眼にクラマを映した。

 

「にゃ~、ヴァンガード界のレイヴン(傍観者)がカンナ達を偵察に来てるとは予想外だったにゃね。トキのことでも見に来たのかにゃ?」

「興味がない。力を持ちながら、それを用いないのでは宝の持ち腐れなのだよ。しかし、貴様には失望したぞ、来留間(くるま)クラマ。自分にしか適合者を見つけられないというその慢心が、貴様のそのような腑抜けの原因になっているのではないか?」

 

再び眼帯をつけたトキは一変して顔を顰めると、クラマに叱責を飛ばす。その迫力はかなりのものであったが、クラマはやれやれと言わんばかりに手を上げると、自分が身に纏う白衣の袖の部分を揺らした。

 

「おーおー言いたい放題じゃのう。わっちとてわざわざ眼力を強化する為に好きでもないこんなひらひらを着ておるというに……。まぁよいわ。わっちが意地悪しているのもあるしのう。ほれ」

「……こいつは?」

 

クラマは唐突に一枚の写真をトキへと渡す。

 

「御所望の品じゃ。中々の逸材でな、そやつがフーファイターズに加われば即刻トラプル・ゲイン入りも……」

 

そこまで言って、クラマの声は途絶えた。いや、彼女はそのまま喋っていたのだが、それ以上に大きな怒号にも近い声が、3人のいる通路に響き渡ったのだった。

 

「何故これをさっさと出さんのだ!!ああ……久しぶりの適合者……、一体どんな能力を持っているのだろうか……。この溢れ出るこの世に在らざる気は相当な手練れ……こんなことをしてる場合ではない!」

 

トキは恍惚とした表情でそういうと、一目散に走り去ってしまった。

 

取り残されたカンナとクラマはぽかーんとトキの後ろ姿を見ながら立ち尽くし、しばらくしてクラマが腰に手を当てながら不機嫌そうにぼやきだした。

 

「全く、適合者を見つけると人が変わったように五月蠅いのう。あやつは」

「そこがトキのいい所でもあるにゃよ。彼が適合者に溺愛してくれるおかげでこうして多くの適合者がこのフーファイターズに来てくれるわけだしにゃ」

「わっちとお主の扱いは杜撰じゃがな。……おやおや、迷子がお出ましのようじゃな」

 

クラマがチラリとトキ達が来た方向へ視線を向けると、まだ年端もない少年が一生懸命こちらに走ってくるのを見かけた。

 

クラマ達に気づいた少年は今までの不安そうな表情がぱぁっと明るい笑顔へと変わり、クラマに目がけて突進するかのごとくぶつかった。

 

しかしまだまだ小さい身体の少年の体当たりなど大した威力はなく、難なく受け止めたクラマは、少年と同じ高さまでしゃがむとニッコリ笑いながら頭を撫でた。

 

「あ!お姉しゃ~ん!トキしゃまがどこにいったか知りませんか?ファイトが終わったらしゅぐに会いに来てくれるって言ってたのにじぇんじぇん来てくれないから我慢出来なくてきちゃったんです!」

「おーおー、健気じゃのう。お主の主は今しがた待合室に本を読みに向かったところじゃ。どうやら行き違いになってしまったのじゃな」

「ありがとうごじゃいましゅ!おねえしゃん!トキしゃまー」

 

少年はまた満面の笑みを浮かべながらお礼を言うと、トキの向かった方向と同じ方へと一生懸命に走って行った。

 

「本当にトキに溺愛みたいにゃね。あの子は」

「そのようじゃのう。あれで世界に指の数ほどしかいない『カードに愛されし者』だというのだから驚きじゃ」

 

和やかな気分になった二人はそう言いながらその少年の後ろ姿を見送る。

 

 

 

「『泉堂アイキ』。彼の成長が楽しみだにゃ」

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「――余に刃向う者は精々、死出の旅路とならぬよう精進することだ……だってよ」

 

トキとカンナのファイトが終わり、明かりに照らされた観客席の一席。

 

スーツ姿に身を包み、ポケットに手を突っ込んだトシはヘラヘラ笑いながら馬鹿にしたようにそう隣の友人に声をかけた。

 

「そないな言い方は関心せぇへんな。せっかくワイらの為に一肌脱いでくれたんや、称賛の拍手くらいしてもバチは当たらんで?」

 

いつものブレザーを身に纏うシンジは、完全に年上であるトシを保護者のように諭した。

 

そんな彼の態度があまり気に入らなかったのか、不服そうに口を尖らせると腕を頭の後ろで組みながら全体重を背もたれに預けた。

 

「前から思ってたんだが、シンジにはチャンピオンとしての自覚が足りないんじゃないか?」

「な、なんやねん。突然」

「俺が折角魔王としての名を世に知らしめたというのにお前がそんな調子じゃあ全然威厳が発揮されないじゃないか」

「はぁ?何言い出すかと思えば、そんなんトシが勝手にしただけやろ。ワイ関係あらへんやん」

 

案の定不機嫌になってしまったシンジ。腕組みをしながら顔を逸らす彼に、今度は俯きながら少し声のトーンを落としながらトシは呟き始めた。

 

「全く分かってくれないな、シンジ。お前の名前が売れれば売れる程、それに対抗しようとする奴が増えるってことくらいはわかるよな?お前の望みを一刻も早く叶えてやろうとしてる俺の優しさが伝わってなかったと思うと悲しいことこの上ない無い」

「そ、そうだったんか……。てっきりワイをただ困らせようとしてるもんかと……」

(やっぱりシンジはからかい甲斐があるな)

 

完全に口車に乗せられたシンジが心配そうに慰めようとするのを、トシは俯いて顔を隠しながら密やかに笑っていた。

 

少しして、話はこれから始まるヴァンガードチャンピオンシップの話題へと移る。

 

今まで限られたファイターしか知りえなかった規格外適合者のことを何故公表したのか。フーファイターズが一体何を目的に活動を続けているのか。トラプル・ゲインの規格外適合者の名前・能力。

 

二人にとって、これらのことで知らないことなど何もなかった。

 

「それで、どうするんだ?多分だが、あいつらに勝てるのは俺たちくらいなものだが」

「トシならわざわざ聞かんでも分かるやろ?」

 

それらを踏まえたこれから先の展望。第一大会から前線退き、傍観者として環境の揺らぎ見守ってきたシンジは、この現状を良しと思うことが出来なかった。

 

「出るに決まってるやん。今しがた称賛を送った身やけど、フーファイターズがやろうとしてるんこと野放しにするわけにはいかへんからな」

「それは結構なことだ。だが、いいのか?お前が出ることで、他の多くのファイターがチャンスを失うことになるんだぞ?」

「これから先のファイターのことを考えればまだましやろ。四の五の言ってられる時ちゃうで」

 

自分達が出てしまえば決勝トーナメントまで勝ち上がるのは余裕だろう。しかし、その過程で自分達とファイトをする相手は成すすべもなく敗北を期すことになる。

 

そういうファイターを見るのが嫌で第二大会を辞退した彼が、今こうしてまた前線へと赴こうとするのを見て、トシはそのシンジのどうしようもないくらいの甘さに思わず声を上げて笑うのだった。

 

「かっはっは。それもそうだな。なら、一応教えておいてやるか。奴らに対抗しうる力を持つ3チームを」

「おー、もうピックアップできてるんか。ホンマ、これだけはトシに敵わんなぁ」

 

シンジがトシに唯一信頼を置いているのがこの情報収集力。彼らが知りえた情報のほぼ全てがトシの力によるものであり、彼の情報の信憑性の高さも売りの一つであった。

 

トシはポケットからスマホを取り出すと、少し触った後に不死鳥の絵を貼った画面をシンジに向けた。

 

「まずは東海地区、第二大会覇者である久我マサヨシ率いる『レッドバード』。俺たちを除けば、恐らく最も奴らに対抗しうる存在だろうな」

「実績があるっちゅうことやな。せやけど、一人強いやつがおっても意味あらへんで?」

「あの男を侮らないほうがいい。まだ具体的な大会方式も決まっていない中、マサヨシはこのヴァンガードチャンピオンシップが始まる半年も前から同志を集めていたそうだ。かなりの切れ者だぞ。奴は」

 

そういうと、トシはスマホの画面を右にフリックし、今度は紫色の花の画面を映した。

 

「もう1チームも同じく東海地区。『アネモネ』というチームだ」

「あぁ、そこは知っとるで。小野クリアがおるところやな。同じピオネールでは彼が一番好きやなぁ」

「消去法だと誰でもそうなるだろうな……。最初は俺もリセもとい小野クリアだけのワンマンチームだと思っていたが、最近急激に勢力を伸ばし始めている。適合者の中でも最高クラスの能力持つ奇術師、新田ツカサ。フーファイターズにもスカウトされたこともある適合者、尾崎ミヤコとなかなかの粒ぞろいだ」

「おぉ。やっぱ強い奴の周りには強い奴が集まるんやな。」

 

シンジがそう関心しながら頷いていると、トシはまた画面に指を当てながらシンジのほうを見つめた。

 

「そして最後の一チームだが……」

「なんや?そんな慣れもせぇへん真剣な顔して」

「慣れてないは余計だ。大したことじゃない。ただ、このチームはかなり面白くてな」

 

そういうと、トシはスマホ自分のほうに向けてシンジに画面が見えないようにフリックする。

 

「受付最終日に滑り込みで登録。しかも結成して登録するまでに一日経ってないというなんとも騒がしいチームだ。前にも同じような騒がしい奴が俺たちのところに来たのを覚えてるか?」

「騒がしい奴なぁ……。あー、おったおった。常に全力投球!って感じの奴やろ?」

 

トシの問いかけに、シンジは少し悩むと、閃いたかのように手を叩きトシのほうを向きながらそう問いかけた。

 

正解という意味合いでニヤリと笑みを浮かべたトシは、白の眩い光に覆われた一人の巨人が映った画面をシンジに向けて言った。

 

「そう、お前の期待通りだったわけだな。第三のチーム、『ブレイブアルビオン』。そしてこのチームを率いるのが前に俺たちのショップに訪れた流浪人、椿ノブヒロだ」

 

 

 

 

第二章 集結!ヴァンガードチャンピオンシップ予選―完―


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