先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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扇動者

「あ、あのー……、規格外適合者というのは何でしょうか……?」

 

熱気に包まれていた会場は、いつの間にか静寂という名の氷河期を迎える。

 

初めはテンションの高かった実況者のキョウコでさえ、トキの漂わせる圧力の為か、小さな声で社長に訊ねた。

 

「……規格外適合者とは、本来デッキ構築・プレイング・運を競うヴァンガードにおいて、第4の力を用いてより有利にファイトを行う者達の総称だ」

 

社長はチラリと彼女を一瞥し、すぐに視線をファイトに戻すとそう言った。

 

「第4の力……?先程仰られていた3つの要素の他に何かヴァンガードで出来るものなんてありましたっけ?」

「言っただろう。本来はその3つを競うものだと。常人に図ることの出来ない力、本来の規格を越えた芸当を可能にするからこそ、彼らは規格外適合者と呼ばれているのだ」

「そ、そんなものがあるなんてわたくし知りませんでした!!あ、すいません……。つまり、運ゲーであるヴァンガードで勝ち続けられるのは、その規格外の能力によって有利に試合を運べるからなのですね!」

「概ねその通りだが、トキの場合は少しだけ違う」

「違う……と言いますと?」

 

事の趣旨を理解したと思っていたキョウコはそう問いかける。

 

「能力とは、常人に比べより有利にファイトを運ぶ扱い方であるが、奴の場合……」

 

社長は一貫して視線をトキに向ける。自分と馬が合わない彼に一抹の不安はあるものの、トキの力が本物であることは社長本人がよく知っていた。

 

「能力そのものが結果に直結している」

 

 

 

 

「1ターン……」

 

右目につけていた眼帯を外したトキはおもむろに宣言する。

 

左目の黒色の瞳とは対照的に、その開いた右目はトキ本人の個性を表すかのような異質な白色に広がっていた。

 

「其方に1ターンくれてやる。その間、余は決してはガードはせぬ。例え、ダメージが5点になろうと。だが……」

 

開眼したトキは、カードを一枚取りながらカンナにそう語る。白の右目に映るカンナの姿は、今までの締まりのない表情から打って変わって厳しい表情でトキを見ていた。

 

「次の余のターン。その攻撃が其方にとってのレクイエムとなるであろう」

 

取ったカードを指先で回転させ、トキはそのカードを飛ばす。遠心力によって安定した軌道を描いたそのカードは、主に付き従うように自らの体をヴァンガードとして委ねる。

 

「ライド、My・ヴァンガード。サンダーストーム・ドラグーン。抗うがよい。余のこの力、看破出来るのであれば、世界最強も夢ではない」

 

薄ら笑いを浮かべながらトキを目を怪しく光らせる。彼の放つその言葉に嘘偽りはなく、トキはさらにユニットを展開する。

 

ドラゴニック・デスサイズ/サンダーストーム/サンダーストーム

サイシン//

 

ドラゴニック・デスサイズがコールされた瞬間、トキのダメージが二枚裏返り、投影されたデスサイズはヴィヴィアンの後方から現れ、己の獲物を刈り取ったデスサイズはそのまま自身のあるべき場所へと戻った。

 

首先に突き付けられた矛先を前にも、カンナは動揺を見せることはなかった。それどころか、彼は唐突に笑いだすと、またいつもの調子で目の前の最強のファイターの力を見据えた。

 

「にゃはは、久しぶりに間近で見るにゃりよ、トキのそれ。折角の機会だし、ここでカンナが看破してみるかにゃ~?」

「そうでなくては面白くない……サンダーストーム!」10000

 

トキの声を合図に、サンダーストームは目の前の灼熱の獅子に向けて空を駆ける。

 

「ドライブチェック、ワイバーンガード ガルド」

「ダメージチェックにゃ、光輪の盾 マルク」

「次だ。デスサイズ、サイシンの援護を受け、己が任務を遂行せよ」14000

「それもノーガードにゃ。ダメージチェックは大いなる銀狼 ガルモールにゃりよ」

 

少ないトリガーで交錯する二人の攻防。次のリアガードのサンダーストームのアタックも、カンナはノーガードし、サイレント・パニッシャーをダメージに置いた。

 

現在、トキはダメージ2点 手札6枚。カンナはダメージが4点 手札4枚。先にG3にライドしたカンナであるが、単純なアドバンテージではトキが圧倒的に有利であった。

 

「カンナのスタンド&ドローにゃ。このターン、絶対にガードしにゃいということにゃけど、正直このターンに決めるには4点ものダメージを与えないといけにゃいもんね。カンナがクリティカルを引いてかつトキがヒールトリガーを引かない限り負けないわけにゃ。現実的なハンデにゃけど、カンナの力も忘れたわけじゃにゃいにゃりよね?」

 

彼は右手につけた自身オリジナルのファイターズグローブを見せつけながらそう言った。

 

トキの影に隠れているが、カンナもまたトラプル・ゲイン。何かしらの能力を持っているのは明白だった。

 

「ライドファイズはスキップ。守護聖獣 ネメアライオンを前列……」

 

「……よく見ることだ」

「えっ?」

 

唐突に社長が呟くと意表を突かれたキョウコはそう声を漏らした。

 

「あれは私が提案した新たなスキル。現在の環境を大きく変える革命的なギミックだ。今からカンナが使おうとしているスキルというのはそういうものだ」

「革命的なギミック!?まさか、あのブロンドエイゼルというカードにはパワーを上げる以外にも特殊なスキルを持っていると!?」

 

キョウコの問いに、社長は肯定を意味するように笑みを浮かべる。

 

それを合図に、カンナは右手を前に振りかざす。線のように細い目を開き、そこから覗かせる小さく鋭い瞳から、トキを射抜くような視線を走らせる。

 

「閃け、限界の剱よ!ブロンドエイゼル!リミットブレイク!!」

 

カンナがそう叫ぶと、その目の前に巨大なヴァンガードサークルが煌めく。その前にいたヴァンガードであるブロンドエイゼルは、身体を発光させながら天に向けて荒々しく吠えた。

 

「ダメージが4点以上の時、ブロンドエイゼルはダメージを2枚裏返すことでスキルを発動にゃ!」

 

二枚のダメージを裏返したカンナはそう宣言し、デッキの方へと手を動かす。

 

「デッキトップのカードをオープン、そのカードがゴールドパラディンならスペリオルコール出来るにゃ!さらに、スキルに成功した時、コールされたユニットのパワーの分だけブロンドエイゼルのパワーが加算される!」18000

 

スキルによって右下にコールされたガレスは、ブロンドエイゼルと同じように発光していた。

 

「リミットブレイク……。たった二枚のコストを払うだけでユニットを一枚展開してさらにパワーも上げるなんて……」

「それだけでない。このスキルによってユニットがコールされたことで、もう一つのスキルも発動する。更に言えば、同じようなスキルを持つ騎士王と違い、あのカードはブーストすることが出来る。単体での最大パワーは35000。それを自力で発揮出来るのは、今までのユニットでは考えられない所業と言えるだろう」

 

社長はほくそ笑みながらそう言った。

 

環境を大きく変えるであろう新たなギミック。ましてやそれを自分で考えたとあれば高い地位にいる彼であっても、達成感を感じずにはいられないのだろう。

 

その優越感に浸っている声はカンナ達にも届いており、社長の意向に沿った動きをするカンナは、従順にその強烈なパワーを発揮させようと再びダメージへと手を伸ばす……

 

「にゃんてね」

 

惚けた様子でそう言うと、カンナは両手を挙げながら実況席の方へと視線を向けた。

 

「社長さんには悪いけど、カンナは別にパワーを上げたくてこのスキルを使ったわけじゃないんだにゃ。必要なのは手札を温存するスペリオルコールの能力。どれだけパワーを上げても、相手がガードしないなら意味がにゃい。豚に念仏猫に経と言ったところかにゃ?」

 

カンナはそう呟くと、今度は視線を顔をしかめているトキへと向けた。

 

「トキとはそれなりの付き合いになるからにゃ。こうなった君は、絶対に自分の言ったことを曲げたりはしない。普段もそうだけどさ」

 

人懐っこい笑みを浮かべたカンナは、手札から一枚取り場に展開すると手を翳した。

 

「さぁ、行くにゃりよ。このターンで決めるか、次のターンでトキの攻撃を防ぎさえすれば、カンナの勝ちにゃ!」

 

ネメアライオン/エイゼル/ネメアライオン

ガレス//ガレス

 

2枚のエスペシャルインターセプトのスキルを持つネメアライオンを展開したカンナは、まさに万全の態勢と言えるだろう。

 

「遊び相手は目の前にゃりよ!ネメアライオン!攻撃にゃ!」16000

「えっ!?2体同時に攻撃!?」

 

同時に駈け出した2匹の獅子を見て、キョウコは思わず狼狽えた。ルール上、バトルフェイズは一度ずつ処理しなければならないが、そんなこともお構いなしにカンナはトキの二度のダメージを食らわせる。

 

「本当にガードする気がないのだろう。例えトリガーが出たとしても、カンナの攻撃は16000。トリガーによってアタックを防ぐことは出来ない」

「モーションフィギュアシステムは使用者の心情まで認識すると聞いていましたが、まさかこういうことも起きるのですね……」

 

驚きのあまり、自分の持ち味を見失う。そんな彼女の前に繰り広げられる一戦は、今まさに佳境を迎えようとしていた。

 

「これでダメージは4点。一枚でもクリティカルが出ればお陀仏ってわけにゃ。つ・ま・り、」

 

音符のつきそうな軽いテンポで呟くカンナ。そんな中でも、トキは黙ったまま目の前のやり取りを見据えていた。

 

「猫の肌を狙う如し!これで終わりってことにゃ!ブロンドでアタック!ツインドライブ!!でぇ~……」

 

パン!

 

カンナはそこまで言うと、ファイトを始めた時と同じように思いっきり両手を叩く。意味深な彼の行動と表情は、次の彼のトリガーチェックでその実を知ることとなる。

 

「イー!サイレント・パニッシャー!クリティカルトリガーの効果はブロンドエイゼル!アル!フレイム・オブ・ビクトリー!ダブルクリティカルトリガーでブロンドエイゼルのクリティカルあっという間に3!3点ダメージ、受けてもらうにゃりよ!」

 

まるでこうなることがわかっていたかのような素振りでカンナは言った。この攻撃でトキが被るダメージは7点となる。

 

「ちょっと勝負を急ぎすぎたんじゃにゃいかにゃ?もう1ターンくらい様子を見ておけば、ダブルヒールなんていうものに頼らなくて済んだのににゃ~」

「自ら選んだ道、躊躇いもない。心配せずとも、答えは其方が提示したであろう?」

 

絶体絶命という局面にあっても、トキは動揺を示すことなく淡々と話す。

 

そしてダメージチェック。連続ではないにしても、3回の中の2回をヒールトリガーで埋めなければその時点で敗北が決定する。

 

しかし、このような状況も彼にとっては余興にすぎなかった。

 

「刮目するがよい。これから先の戦い、これが節理となる世界であるということを……。ダメージチェック。アプス、魔竜仙女 セイオウボ。ティア、魔竜仙女 セイオウボ。ムンム、オールド・ドラゴンメイジ。トリプルトリガー、これで余のダメージに臆する者は存在しなくなった」

 

白い右目を手で覆いながらトキは呟く。カンナ、トキ共に怒涛のトリガーフィーバーを巻き起こし、彼らのそれまでの口振りから、観客はこれらがまぐれで起きているのではないということを無意識の中で認識することとなった。

 

「にゃはは、こりゃ猫の前の鼠だにゃ……」

「申したであろう?これが其方にとってのラストターンであると。尽力したことは認めよう。だが、余を降伏されるにはまだ足りぬ」

 

乾いた笑い声を出すカンナに、トキはドローしながらそのカードを天に向けて振り上げた。

 

「余がその気になれば、赤子の手を捻る程造作もなく全てのダメージを退けることも可能であった。しかし、ノルン(運命)はそれを許してくれぬようだ」

 

振り上げたカードをヴァンガードへと振り下ろす。それと同時に、トキの周りから唐突に稲光が辺りを照らし始めた。

 

「終局と発端は相容れぬも類似する。英雄没する終わりの日、鳴神は世界の前に立つ。古より降り立った龍皇は、赤き黙示録の雷で新たな軌跡を築くであろう。ライド、My・ヴァンガード」

 

次第に激しくなる稲光は、トキのその言葉と共に彼の前に強烈な赤い雷を起こし、白い煙に包まれた中からは、至る所から鋭利な光を迸る赤き竜が君臨していた。

 

「ドラゴニック・カイザー・ヴァーミリオン(11000)。教えてやろう、何故余がわざわざ汝の矛を通したのかを……。ブライトランス・ドラグーン(10000)、レッドリバー・ドラグーン(8000)。其方らの為に蓄えた力だ、受け取るがよい」

 

列を作ったその二枚のカードの前列のカード、ブライトランス・ドラグーンはスキルでCB1につきパワーを1000追加する能力を持っている。トキをそれを2回発動、レッドリバーと合わせて20000のパワーを手に入れた。

 

「サンダーストーム・ドラグーン、リザードソルジャー リキ(7000)。布陣に余念はない。足りぬのは残り一つ」

 

サンダーストーム/ヴァーミリオン/ブライトランス

サイシン/リキ/レッドリバー

 

そう言うと、トキは残り3枚となった表ダメージを全て裏返し、目の前の己の分身に向けて

名を呼ぶ。

 

「新たな力は新たな時代を築き上げる、面を上げろ。ドラゴニック・カイザー・ヴァーミリオン、リミットブレイク。『エターナル・サンダーボルト』」

 

その瞬間、ヴァーミリオンのいる真上から強烈な稲妻が走り、それを受けたヴァーミリオンの体は今まで以上の光を迸る。と、共にヴァーミリオンのパワーが2000上がった。

 

その光景に冷や汗を流すカンナであるが、それでも彼にはまだ余裕があった。

 

「にゃー、物凄い迫力にゃね。でもカンナだってまだ負けてないにゃ!どれだけヴァンガードのパワーが上がっても、カンナには前のドライブチェックで引いた完全ガードがあるにゃ。それを使ってもまだ手札は2枚、左右にはエスペシャルインターセプトが……」「無意味だ」

 

トキはそう言ってカンナの言葉を遮る。圧倒的な威圧感を放つヴァーミリオンを前にしても、トキの存在感は全く衰えはしなかった。

 

「その程度の壁で余を塞き止めるようとは浅はかな。烏合の衆がどれだけ騒ごうと、王はただ前を進むのみ。ヴァーミリオン!」

 

トキの呼号に、ヴァーミリオンは呼応を上げながら雷を帯びる翼を翻し空中へと飛翔。閃光の如く目の前の騎士へと飛来する。

 

その傍らにいた守護者ともいうべき2体のネメアライオンが進行を止めようと間に入ろうとするが……、

 

「二度は言わぬ」

 

その瞬間、ヴァーミリオンの体から微弱な電流が2体のネメアライオンに向けて発射され、それを受けた2体の獅子は天空より降り注ぐ巨大な雷柱によって消滅した。

 

「なんということでしょう!!インターセプトしたというのにカンナさんのヴァンガードのパワーが上がっておりません!!これはバグか何かでしょうか!?」

「いや、違うな。あれこそがあのカード、ドラゴニック・カイザー・ヴァーミリオンのリミットブレイクの効力」

 

これくらいは知ってるとでも言いたげな表情で言うキョウコの横で、依然としてどっしりと構える社長の優越感に浸ったような声が飛び出した。

 

「傍目にはただ2000のパワー上昇が起きたように見えるが、3枚ものCBを労して起きながらそれだけでは無意味。『エターナル・サンダーボルト』とは即ち、相手の前列の全てのカードをバトル対象とするスキル」

「前列全てに攻撃!?つまりあのネメアライオン達はインターセプトしたのではなく、普通にアタックされて退却したということですか!?」

「そもそもルール上、アタックされているユニットはインターセプトをすることが出来ない。……奴の言葉通りというところだろう」

 

どことなく釈然としない様子で社長は最後に付け足した。トキ自身を良く思っているわけではないが、彼のヴァーミリオンの扱い方はまさに、社長の理想通りのものであったからだ。

 

「にゃるほどねぇ……。遂に複数同時にアタック出来るユニットが出たわけにゃりね。でもまだにゃ。カンナのダメージは4点。ここを完全ガードで防ぎさえすれば例えクリティカルトリガーが一枚出たとしても……」「くどい」

 

ヴァーミリオンの攻撃を前に、ブロンドエイゼルはセンチネルであるマルクの陰に身を潜めるも、ヴァーミリオンは構うことなく真っ直ぐ突き進む。

 

「ツインドライブ!!アプス、毒心のジン‎。ティア、毒心のジン‎。ダブルクリティカルトリガー」

 

強烈な一撃浴びせたヴァーミリオンであったが、やはりマルクの盾を覆すことは出来ずノーダメージ。しかし、後に控える彼の配下達には、目の前の相手を屈服させるに十分な力を蓄えていた。

 

対してカンナの手札には先ほどトリガーした2枚のクリティカルトリガーのみ。どちらか片方のアタックは防げたとしても、もう片方のアタックによってダメージ2点を受けてしまう。

 

「弁えを知らぬ痴れ者よ。己が破滅を前にしてもなに、悲観することはない。其方は余の庭に足を踏み入れた。それだけで其方は幾年という時を得なければ達することのないであろう境地に達することが出来たのだからな」

「全く、カンナに対しても容赦ないんだからにゃぁ……。やっぱり君には敵わないよ」

 

お手上げというように両手を上げるカンナ。まるで主人が諦めたことに同調するように、次のブライトランス・ドラグーンの攻撃を受けたブロンドエイゼルは自分の非力さを嘆きながら姿を消していった。

 

長いようで短いファイトの終焉。結果的に、トキの予知通りに物事は進んだのだ。

 

「本当にこのターンで終わらせた……」

「その勢い衰えず……ということか。相変わらず、悪魔じみた能力だ」

 

ファイトを見ていた全ての者が唖然とする中、社長は呆れた様子でそう呟く。

 

「後ろを顧みず、ただ自身が示した軌跡を辿るのみ。何人も侵すことの出来ない嚮後を征するは世界に於いてただ一人」

 

静寂の中でトキはそう唱える。ピオネールという器がどれほど強大なものかを身に染みて感じるのと同時に、ここにいる者達は規格外適合者の、如月トキという大きすぎる力に我を忘れるのだった。

 

「これが、規格外適合者としての余の能力」

 

 

 

絶対予告 悠久界繋す開闢の軌跡(エヌマ・エリシュ)

 

 

 

「おかしいですよ!」

 

止まっていた時を乱暴に動かすかのように、キョウコはマイクの乗っている机をバンッ!と叩きそう訴えた。

 

「ほう、何故そう思う?」

「当たり前じゃないですか!初めに聞いた時はどんな物かとワクワクしていましたが、こんなの……イカサマか何かじゃなきゃ起こるわけがありません!」

 

そんな彼女に社長は興味深そうにそう問いかけると、キョウコは自分の中にある有耶無耶な事を吐き出した。

 

そう考えるのも当然だ。これほど連続にトリガーが出来るのはそうありはしない。社長もその事を念頭に入れた上で口を開く。

 

「……『シュレーディンガーの猫』というものを知っているか?」

「シュレー……なんですか?」

 

聞きなれない名前を耳にし、先程までの剣幕が嘘のようにキョウコは首を傾げた

 

「『シュレーディンガーの猫』。ある箱に猫と1時間に50%の確率で青酸ガスを発生させる装置を一緒に入れた場合、1時間後に箱の中の猫が生きているかどうかという量子力学の実験のことだ」

「りょ、量子力学……!」

 

あまり耳にしたくない単語であった為か、キョウコは反射的に身構える。そんな彼女に呆れながらも、社長はそのまま話を続けた。

 

「難しい話ではない。この実験の本質は、あくまで『箱の中の猫が一時間後に生きているかどうか』ということだけだ。君はこれについてどう答える?」

「どう……ですか……。そんなこと言われたも問題の中に50%って言ってるくらいなんですからどちらもあり得ることじゃないですか……」

「そうどちらもありえるのだ」

 

まるで拗ねた子どものような口ぶりでキョウコの答えに、社長は満足げにそう言った。

 

「箱の中にいる猫が生きているかどうか実際に箱の中を見なければ分からない。実際にこの実験がどう意味合いで使われているのかが気になる者は自分で調べるとして、ここで重要なのは、どちらもあり得るという事だ。それはヴァンガードにおいても同じだ」

 

社長はそこで話を止めると、視線を真っ白な風貌のトキに向けた。

 

「彼らがやっていたことは、その確率的に起こりうる事象に過ぎない。トリガーを連続で出すことも、低い確率ではあれあり得ないことではないのだ」

「で、でも!!こんなことがしょっちゅう起こってたら誰も勝てないじゃないですか!!こんなの卑怯ですよ!!」

「卑怯?痴れ事は己の分け前を知ってから言うことだ」

 

このキョウコの訴えに反論を述べたのはトキ。ファイトが終わり、惑星クレイを模した景色はいつの間にかどこにでもある体育館のような場所に変わっており、その中央にいるトキはその場の観客全てに向けて呼びかけた。

 

「――この先、余のようなファイターはごまんと現れる」

 

「それは何故か。何故なら余が統治するフーファイターズ、その中の精鋭であるトラプル・ゲインは全員が規格外適合者であるからに他ならぬ」

 

「彼らは常にそれぞれの能力の鍛錬に励んでいる。これは、フーファイターズという組織が成せる業とも言えよう」

 

「力ある者よ、そして力を求める者よ」

 

「自身の可能性にかけるという志を持って我が元、フーファイターズに訪れるがよい。必ず報われるとは言い難いが、力があればのし上がれることの出来る弱肉強食の世界だ」

 

「予言しよう。この大会、我がフーファイターズが支配することなる」

 

「13人のトラプル・ゲイン。その中には余を含めたピオネール3人。この堅牢な牙城を崩せる者は少なくとも規格外適合者でなければならぬ」

 

「余に刃向う者は精々、死出の旅路とならぬよう精進することだ」

 

そこまで言うとトキは満足したのか、自分のデッキはしまうと早々に自分の来た方向を戻って行った。

 

シーンと静まり返る会場に、一人取り残されたカンナは大きく溜め息をつくと、トキの後ろ姿を見送った。

 

「やれやれにゃ。最初は乗り気じゃにゃいって言っておきながら最後は結構ノリノリじゃにゃいか」

 

「よっ」とカンナはスタンディングテーブルから飛び降りると、タッタと自分の来た方向へと戻って行った。

 

「ど、どうしましょう?これ」

 

主役達に自分勝手な行動を取られ、どう収拾を付ければ良いのかわからないキョウコは思わず社長へと問いかける。

 

「ふん、気取った言い方をしおって。さしずめ、扇動者(アジテーター)にでもなったつもりか。あのわけのわからん喋り方もなんでやろうと思ったのか」

 

同じく自分勝手な行動を取られ憤りを感じていた社長は、今のこのトキの勝手な発言には流石にくるものがあったのか、今まで感じていたことを吐き出した。

 

「あ、それわたくしも思いました。っと!!そんなことはどうでも良くて、このふんわりした空気をどうにかしないとですよ!!一応これ生放送ですよ!リアルタイム!!現在進行系!!」

「それをどうにかするのが君の仕事だろう。それでは、私もそろそろ席を立つとしよう」

「そんなぁ!!」

 

非情にも全てを自分に押し付けられ、部屋を出ていく社長の後ろ姿を涙目で見送った。

 

「うっ……こんなことになるんだったらこの仕事受けなきゃよかった……。台本無くてもいけるって言った奴後でとっちめてやるんだから……。とにかくお終いです!テレビ見てる人!!これ以上見てても何も起きませんよ!!ちょっとスタッフも早くCM入ってよ!!大体……」

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「――さて、最後色々ありましたけどとりあえず終わりましたね」

 

吉田君はテレビの電源を消すと、アネモネに収集した面々の顔を見渡した。

 

予想はしていたが、殆どがただ茫然と真っ暗になっているテレビを見つめていた。それも当然、吉田君本人もこれほど多くの事を一度に見せられ、まだ頭が整理しきれていないのだから。

 

「それでは一つずつ整理していきましょうか……」


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