ファイターズドーム。
第一回ヴァンガードチャンピオンシップ決勝の舞台となった場所であり、世界で初めてモーションフィギュアシステムが実装された施設。
現在、全国に設けられたモーションフィギュアシステムはこの施設で取り込まれたデータを元にビジョンが投影され、普段は解放されているモーションフィギュアシステムも新カード実装時にはメンテナンスという形で一時的に閉鎖される。
そして、その新カードを実装する上で必要不可欠な存在。3Dモデルデータ処理を制作した天才少女、新田ソラ。アイデテック・イメージによって、精密なイメージの創造を可能にした異端者、新田ツカサの二人が揃って初めて可能となる。
「はぁ~、疲れた~。ソラ~、まだあるの~?」
「文句を言うな。あたしだって本来ならこの貴重な時間をセネストパチーの対策に費やしたかったのに、とんだ気苦労だ。まぁ、大好きなヴァンガードの為には仕方のないことかもしれないがな……」
疲労困憊になりながら、ツカサはパソコンを打ち込むソラに声をかけるが、彼女も自分の立場を嘆きながら業務に打ち込むのみだった。
二人がいるのは、ファイターズドームのモーションフィギュアシステムが備え付けられている半月上の観客席に囲まれた体育館の中央。スタンディングテーブルの上をファイトをするスタイルで立ち構えるツカサの傍に、どこからか引っ張ってきたノートパソコンを地べたに置いたソラがポテトチップスを食べながら作業を続けていた。
ツカサは脳波を読み取る為のブレイン・マシン・インターフェースを装着しており、そこから伸びたコードは、スタンディングテーブルから伸びるコードと同様に、ソラのパソコンに繋がっていた。
ツカサは溜め息をついた後、登録し終えたカードをドロップゾーンに置き、残り5枚となったデッキのカードを全て手札に加えた。
すでにドロップゾーンには通常のデッキの何倍もの高さのカードが積み上げられており、その中のカードはどれも見慣れないカードばかりであった。
「はぁ……、こんなにたくさんのカードを一辺にイメージするのは初めてだから流石に疲れちゃったよ……。イメージをはっきりさせる為にカードの設定を全て覚えないといけないし、いくらアイデテック・イメージが使えるボクでも限界があるんだけどなぁ~」
手に取った5枚のカードを見たツカサはまた溜め息をつき、そうぼやく。
そんな時、同じく多くの情報を処理しなければならないソラも同じ気持ちにあり、悪態ばかりつくツカサの態度に少しずつ鬱憤を溜めていった。
「あたしだってこんなに沢山のカードを記録するのは初めてなんだから疲れたぞ!そういう風に自分だけ疲れたみたいに言うのはやめるんだな!」
「ハハッ、ごめんごめん」
金色の髪を揺らしながら指差すソラに、ツカサは苦笑いを浮かべながら謝る。
これが彼らの普段のやり取り。兄ではあるものの、主導権は完全にソラが握っており、基本的にツカサは彼女には逆らえない。
しかし、それが彼にとっての幸福であり、今まで孤独だった彼がこうして居られるのも彼女のおかげと言っても過言ではないだろう。
ツカサがクリア達に接触した理由が、ソラの理想の為に己の実力を見極めるというものであり、彼はもともと友人を必要としていたわけではなかった。
それが実際に彼らと交友を深めていく中で、ツカサの中にも彼らへの好意が芽生えたのは大きな変化と言えるだろう。何故なら、それまでに彼は友人と過ごすことの喜びを知らなかったのだから。
――たった一人を除いて。
「やぁ、やっと見つけましたよ。ツカサ」
「ん~?あぁ!?」
「げ……明星(みょうじょう)カガヤ……」
広いドームの中央にいたツカサとソラは、ドームの出入口が開いたことに気づかなかった。故に、フードを被ったその青年が入ってきたことは、彼が話しかけるまで気づくことが出来ず、面識のあった二人は各々の反応を示しながら声を上げた。
「カガヤ~!久しぶり~!」
「お久しぶりですね。君が元気そうでなによりです」
カガヤと呼んだ青年を見るやいなや、ブレイン・マシン・インターフェースをスタンディングテーブルに置いたツカサは、すぐに彼の手を取り満面の笑みを浮かべた。
「最近全然音沙汰ないからどうしたのかと思ったよ~。」
「ボクも色々と忙しかったんです。ボクとしても、可能であればツカサと常に行動を共にしたいところなのですが……」「随分と勝手なことをほざくな!貴様!」
意気投合している二人の間に小さな体を潜り込ませたソラは、ツカサとカガヤの二人に距離を取らせた。
「忠告するぞ!お兄ちゃんには貴様と戯れる余裕などないのだ!今この時もMFSのメンテナンスをしなければならぬし、この先も大事な大会が……」「知ってますよ」
凄い剣幕で訴えかけてくるソラにカガヤはニコッと笑うと端的に答えた。
「第三回ヴァンガードチャンピオンシップに出るんですよね?知ってますとも、ツカサのことは何でもね」
「ぐぬ……、あたしは貴様のそういう知ったかぶりな態度が嫌いなのだ……」
「それは困りましたね……これが素なんですが……。しかし、わからないこともあるんですよ」
「わからないこと?なんだい?」
苦笑いを浮かべたカガヤは、そう言いながら視線をツカサに向けた。
「何故ツカサはアネモネという簡素なショップから出場しようと思ったのですが?たしか、大会へはアイデテック・イメージを進化させ、フーファイターズで経験を積み次第そこで出場すると聞いていたのですが……」
「あ~、その話ね~。簡単な話だよ」
カガヤの疑問にツカサは「なんだ、そんなことか」と言わんばかりに笑みを浮かべ、ポケットの中からデッキを取り出した。
「アネモネにはボクの興味をそそる物が沢山あったんだ~。パンドーラーを完成させる為と銘打ってたけど、あの店に通ってるうちにそれ以上の色んなものをボクは手に入れたんだ。上手く説明できなけど、きっとあそこにいたほうがボクはもっと強くなれるような気がしたんだ」
「フーファイターズに入るよりも……ですか?」
「うん、多分ね~」
キョトンとしながら問いかけるカガヤに、ツカサはいつものニヤニヤ顔でそう答えた。そのツカサの対応にカガヤは微笑を浮かべ、目の前の友人が全く変わっていないことを悟った。
「それなら問題ありませんね。ボクは大会には参加しないので、君の活躍を遠くで見物させていただきましょう」
「えぇ~!カガヤ出ないの!勿体ないな~」
「仕方がありません。そういう約束なので」
「ふん、いい気味だ」
「本当にソラはカガヤのことが嫌いなんだね~」
「そんなににこやかに言われると流石のボクもショックですね……」
ツカサとソラのやり取りを見て、カガヤは乾いた笑みを浮かべながら冷や汗を零した。
「あらあら。皆さん賑やかですね」
「あっ、お母様」
3人がそう騒いでる最中、長い金髪の髪を紐で縛ったソラとツカサの母、新田ユウが足に包帯を巻いた黒猫を抱きながら3人に近づいた。
「あっ!そうでした、ツカサとの会話が楽しくて忘れてしまいました。この子の容体はどうでなんでしょうか?」
ユウの顔を見て思いついたように彼女に走り寄るカガヤ。ユウはニコニコ笑いながら抱く黒猫を見つめるカガヤを見つめた。
「問題ありませんわ。まだ歩くことは叶いませんが、きちんと看護すればいずれその心配もなくなるでしょう」
「良かった……。ありがとうございます、勝手に連れてきてお任せしてしまって……」
「その猫、どうしたの~?」
肩の力を抜くカガヤの後ろから、ツカサとソラは猫を覗き込むとそう言った。
「カガヤ君が道端で拾ったらしいですわ。怪我をしてるということで、来た時のカガヤ君の形相は凄いもので私驚きました」
「あはは、あの時は物凄く焦ってましたからね~。でも、何事もなくて良かったです。本当にありがとうございます!」
「いえいえ、どういたしまして」
涙目になりながらお礼を述べるカガヤに、ユウはニコッと笑みを投げかけると、ぐっすりと寝ている猫をカガヤに渡そうとした。
ツカサは二人のやり取りをぼーっとしながら眺めていると、カガヤの来ている黒いパーカーにその猫の物と思われる毛がいくつかくっついていた。
「フフン、カガヤは本当に優しいんだね。初めてボクと会った時と何にも変わってないや」
「そうですか?そう言ってもらえると嬉しいですね。それに、変わってないのはツカサも同じですよ」
顔を綻ばせながら昔の事を懐かしむツカサとカガヤ。風貌もそうだが、雰囲気も似ている二人はまるで兄弟のようにお互いの事を理解しているようだった。
「あっそうだ!君にこれを返しておかないといけないね」
「なんですか?あぁ、そのデッキですか」
ツカサが思い出したようにはっとすると、手に持っていたデッキをカガヤに差し出した。
「うん、あんまり会う機会もないし今のうちに返しておこうと思ってね~」
「そうだったのですか。――それはツカサが持っていてください。ボクにはまだ必要のないものなので」
「いいの?かなり珍しいカードだと思うんだけど。今回の新カードの中にも含まれてないカードだし、知らないクランだし」
「はい、構いませんよ。まぁ、君には不要な代物だとは思いますが。ですが……」
首を傾げながら手に持つデッキを眺めるツカサを見て、カガヤは微笑すると被っていたフードを脱ぎ、その長い銀髪の髪を露わにした。
「いずれ、このカードが必要となる時がくるとボクは予想します。だから、持っていてください」
「そう?ならありがたくもらっておくよ~。カガヤの言う通り、本当に使いたくなった時に使わせてもらうね」
「そうしてください。それでは、ボクはそろそろお暇するとします」
笑顔で言葉を交わした後、カガヤは再びフードを被るとそう言った。
「あら、カガヤ君もう帰ってしまうそうですよ?」
「フン、奴がいない方が清々するぞ」
「ふふ、相変わらず素直じゃないんですから」
「ぐぅ……」(お母様はわかってないのだ。確かに身振りは丁寧だが、奴の目はいつも何かを見定めるような不快感がある。しかも、お兄ちゃんだけは普通に見ているのがより気に障る……)
ツカサを赤色の瞳で反射するカガヤを睨めつけながらソラはそう思った。
クリアと同じようにソラも彼に対して不信感を抱いたのは確かであったが、カガヤ自身はソラには気を使っている節があり、ソラが心を開いてくれないことを気にしているのも確かであった。
「それでは皆さんまた会う日まで」(結局ソラは今回もボクとまともに話してくれませんでしたか……)
こちらを睨めつけているソラを苦笑いで見ながらカガヤは落ち込んだ。そんな彼の心境など知らないツカサは、満面の笑みを浮かべながら手を振った。
「うん!今日は来てくれてありがとう!楽しかったよ!また来てね~」
そんな面持ちの中、カガヤはツカサに視線を移す。自分のデッキを託し、これから戦場へと赴こうとする彼に対し、カガヤはニコリと笑み浮かべた後、猫を左手で抱き抱えながら右手を振った。
「BYE-BYE」