先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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なんか文字数が滅茶苦茶長くなってしまってすいません……。詰め込みすぎました……。


作戦会議

ヴァンガードチャンピオンシップ ショップ大会。

 

数々の激闘を繰り広げたその舞台は、嵐が通り過ぎたかのような静寂に包まれていた。

 

賑わっていたフリースペースは綺麗に片づけてあり、再び来るであろうファイター達を迎える準備が出来ていた。

 

「よしっ!やっと片付いたわね!」

 

グッと伸びをしながらそう呟くのは、このアネモネの店長。

 

ショップ大会が終わり、難しい手続きやファイター達のフォローに回っている吉田君の代わりに、店内周りを整頓していた。

 

「色々あったけど、いいチームになって良かったわー。一時はどうなるかと思ったものね」

 

静まり返ったフリースペースを眺めながら店長はそう言った。

 

大会初め、コウヘイとショウによるいざこざから始まり、初戦からショウとツカサの全く読めない空中戦。

 

次のファイトではノブヒロとミヤコの実力者同士のファイト。規格外適合者というものの存在を思い知らされた。

 

そして決勝トーナメントではまさかの両者辞退という異常事態。吉田君と相談してたところをチーム戦であることがばらされ、色々あってノブヒロが大会を辞退した。

 

「ノブ君、クリア君とファイトする為に出ていったけど、いいショップ見つけれたのかしら……」

 

彼がしっかり者であることは分かっているが、見切り発車をするところも知っている。ノブヒロの心配をしながら、少し休憩を取ろうと店の奥に入ろうとした時だった。

 

 

「あの~」

「あら?」

 

出入口の扉が開き、気の抜けたような少年の声が店内に響いた。それに気づいた店長は、すぐに声のする方へと目線を向ける。

 

「君……見ない顔ね」

 

無造作に伸びた銀色の髪をボロボロのパーカーのフードで隠し、ふらふらと体を揺らしながら一人の青年が店内へと入ってきた。

 

「当然です。何故ならボクはここに来るのが初めてですからね。少し用事があってここにやって来たわけですが……」

 

早口にそう言うと、ふらふらと横に揺れながら青年はキョロキョロ店内を見渡した。

 

「あなた、知ってそうな顔していますね。よろしければ一つ教えてくれませんか?」

「……誰に話しかけてるの?」

 

青年は何を思ったか、近くにあったカードの飾ってあるショーケースを前にしゃがみながら話しかけた。その不気味な光景に、店長は思わずそう問いかける。

 

しかし青年は、声をかけられてもそちらに視線を向けることなくニコニコ笑いながら口を開いた。

 

「誰に聞いてるなんて、そんなことを知ってどうするんですか?もしボクが満員電車で誰かに話していたら貴方は誰と話しているか気になるんですか?すぐ近くの人に話しているかもしれないし、電話してるかもしれないのに?」

「……たしかにいらぬお節介かもしれないわね。でも、ここは私の店であって満員電車じゃないし、そもそも電車内で電話はしちゃだめじゃない!」

 

とても早口に言う青年。まったく目を合わせる素振りを見せない彼の態度にムッとした店長はそう言い返したが、その少し的外れな答えに青年は思わず笑ってしまった。

 

「あぁ、たしかにそれは言えてますね~。今回はボクの敗北のようです。あなたは面白い人のようですね」

「お、面白い人……?」(なんなのこの子……。どことなくツカサ君に似てるけど……)

 

依然としてショーケースを見続けるその青年を見ながら店長はそう思った。すると、青年はおもむろに立ち上がった。

 

「ボクもそう思います。それでは、そんなあなたにお尋ねしましょう」

「い、いいわよ!ドンと任せておきなさい!」

「それは頼もしい限りですね。では一つお聞きしましょう」

 

突然立ち上がった事に驚きながらも、威勢よく返事をする店長。それを聞いた青年は微笑を浮かべた後、身体を店長の方へと向けた。

 

「ボクは『新田ツカサ』を探しています。ここに通っているはずなのですが、どこにいるか知りませんか?」

「…………」

 

青年と目が合った瞬間、店長は言い知れぬ悪寒に襲われた。まるで蛇に睨まれた蛙のように凍り付いた後、店長はなんとか声を絞り出した。

 

「ツカサ君なら……近くのファミレスに……来てるはずよ……」

「そうですか、教えていただきありがとうございます。あなたは面白いだけでなくとてもいい人のようですね」

 

ニコッと笑み浮かべた青年は、颯爽と踵を返し、出入口へと向かう。その勢いのよさは、もはやここは用済みと言わんばかりに軽快であった。

 

いささか無礼なその態度は、普段の店長であれば文句の一つで垂れるところであるが、店長は依然としてその場に突っ立ったままであった。

 

(なんなの……あの子の私を見る目……)

 

青年が店から出ていった後、店長は額に滴る汗をそのままに、ジッと彼が去って行った出入口を見つめていた。

 

(まるで物を見るような冷たい目……。あんなに他を拒絶したような目は初めて見たわ……)

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

青年がアネモネを出る15分前。

 

吉田君を含めた地区大会出場ファイター達全員は、アネモネ近くのファミレスで広い机を陣取っていた。

 

「いやはや、こんな団体さんで来るのは昨日ぶりですな。心なしか、僕の胸の奥が熱くなる気がしましたぞ。あ、僕はカナディアンビーフの粗挽きペッパーハンバーグをお願いしますぞ」

「いつも一人で来てるもんね、お兄ちゃんは。っていうかここにはご飯を食べに来たわけじゃないって分かってる?」

 

集団の中にいることを噛みしめながら注文を頼むショウを白い眼で見ながらシロウは言った。

 

「ん、そういえばなんでシロウがここにいるんだ?今日はショップ大会の地区大会出場者だけで話し合いをするって言ってた気がするんすけど」

「そういえばそうだね。まぁ、俺としてはいてくれたほうが気楽だけど」

「シロウ君にはショウさんの保護者で来てもらいました。彼を放置すると面倒なことになるというのは前回のショップ大会で学びましたからね」

 

シロウの存在に首を傾げるハジメと頼りにしてるカイリに対して、吉田君は苦笑いを浮かべながらそう補足した。

 

吉田君がそう考えるようになったのはショップ大会最後のショウの敗北宣言が原因である。その時に引き起った騒動は、吉田君の中で軽いトラウマになっていた。

 

楽しそうに談笑する5人を見ていたクリアは、痺れを切らしたように持っていた水の入ったグラスを机に置きながら口を開いた。

 

「そんな話はどうでもいいだろ。さっさと、要件を済ませてもらいたいものだな」

「当たり。こんなところで話す時間があるならファイトでもして力を蓄えたほうがいいんじゃない?ねぇ、小野クリア?」

「いや、事はそんなに単純じゃない。吉田君はこれから先の方針を決める重要な話をしようとしている。これからチームで戦う以上、目標を立てるのは大切だ」

 

ミヤコの反応に速攻で手のひらを返すクリア。さながらコントのようなそのやりとりに口を押えながらハジメは笑った。

 

「クリア先輩って意外と尻に引かれるタイプなんすね!」

「ほう……なかなか言うようになったな。……覚悟は出来ているんだな?」

「マジですいませんっしたぁ!」

 

右手をパキパキならすクリアの前を、席を飛び出したハジメの土下座が繰り出された。

 

「ハジメも意外とメンタル弱いよね。大会の時のことを見ても」

「君も大概でしたよ?カイリ君」

 

笑いながら指摘するカイリに隣に座っていた吉田君はそう付け加えた。

 

「あ、そうですね……」

「別に怒ったわけじゃないですよ。たしかにクリア君の言う通り、皆さんを呼んだのは他でもありません。これから行われるヴァンガードチャンピオンシップ地区大会にむけての作戦会議をするためです」

 

そう言うと、吉田君は持ってきていた紙袋を机の下から取り出し、中の一枚の模造紙を机の上に広げた。

 

「今回の大会は皆さんの知っての通りショップ単位のチーム戦です。5対5で一人ずつファイトを行い先に三勝したほうのチームの勝利。地区大会ではいつも通り予選リーグを行い、各リーグの一位が決勝トーナメントへ進出。最終的に決勝戦まで勝ち残れば全国大会への切符を獲得することが出来ます」

「つまり準優勝以上の戦果を挙げれば次のステップを踏むことが出来るということだな」

「そういうことです……そういえばツカサ君の姿が見えませんが何か聞いていませんか?」

 

クリアの言葉を聞いていて違和感を感じた吉田君はそう問いかける。いつもならクリアの発言にいつも茶々を入れる彼の姿が今は見受けられなかった。

 

「あいつか……あいつはアメージングドリーム社に用事があるらしく先に帰った。大会についてはわざわざ言わなくても誰かしら知ってるだろう。正直言って、あいつがいないほうが俺は清々するから何の問題もない」

 

ニヤリと笑みを浮かべるクリアに、吉田君も「そうですね……」と相槌を打った。ショウと並び、彼もトラブルメーカーであることに違いはないのだ。

 

そんなことを話していると、店員が料理を机の上に置いていった。先ほどシロウが言っていた通りご飯を食べに来たわけではない為、おつまみ程度の物しか運ばれてこなかった。

 

「あれ……僕のカナディアンビーフの粗挽きペッパーハンバーグが来てないんですけど……」

「他の人が軽いものなのに一人だけガッツリ料理頼んでるだから当たり前じゃん。子どもじゃないんだからさ」

「ぐぬぬ……」

 

シロウの反論の余地のない発言に、ショウは狼狽えるしかなかった。全く話を聞く気のないショウを見て溜め息をついた吉田君は、彼をよそに再び広げた紙に皆を注目させた。

 

「それでは気を取り直して……今現在、参加が決定しているショップはここに書かれている通りです。まだ受け付けは終わっていないので、これからまた増えるかもしれませんが、今はここに書いてあるチームの注意点だけ説明していきます」

 

吉田君に言われ、皆はその模造紙に書かれた表を覗き込んだ。表には、手書きで書かれたショップの名前と今までの大会の戦績。要注意人物などの情報が解りやすく書かれていた。

 

「なかなか綺麗にまとめてあるわね。あなたが書いたの?」

「そうですよ。俺に出来ることはこれくらいしかありませんし、今の俺に出来ることはなんでもやらせていただくつもりですから。皆さんがこれからのファイトで勝ってもらえるように」

「ふぅん、そう……」

 

真剣な眼差しで吉田君が言うと、ミヤコは探るように吉田君を見つめた。

 

「結構色んなところが出場するですね。俺が知ってる名前一つもないや……」

「むしろお前はアネモネしか行ったことないだろ!って言っても、俺もほとんどわかんないっすけどね……」

「別に名前を覚える必要はありません。重要なのは、どこに、どんなファイターが所属しているかです。例えばここ……」

 

カイリとハジメを両サイドに、吉田君はある一つのチームの名前に指を置いた。

 

「チーム『ストレイン』。前回、前々回ともに全国大会出場者を輩出した強豪チームです。たしか、元々ミヤコさんもここに通っていたんでしたよね」

「え?えぇ。当たり。ここみたいにド派手な奴はいないけど、着実に勝利へ向かう堅実さが売りのファイターが多いわね。少し面倒な奴もいるけど……」

 

面倒くさそうな表情を浮かべながらミヤコはそう言った。何か事情がありそうだとカイリは思ったが、吉田君はそのまま話を続けた。

 

「そのようですね。特にこの『五十嵐アキラ』さんは、前回の地区大会で準優勝を勝ち取るほどの実力者です。皆さん、注意して……」「ふん、くだらんな。その程度のファイターが一人や二人いても意味はない」

 

吉田君がそう注意を仰ぐ中、クリアは腕組みをしながら鼻で笑った。その言葉の意味を理解したハジメは、テンションを上げながら席を立った。

 

「そうっすよ!何てったってこっちには規格外適合者が二人もいるんすから!そのツカサ先輩に勝てるクリア先輩もいるし、ショウさんもいる!この四人がいれば楽勝っすよ!」

「……たしかに俺たちがいなくてもいけそうな気はするね」

 

自分を棚に上げた発言に少し罪悪感を覚えながらも、カイリもハジメの考えに賛同した。前のアメージングドリーム社での出来事を知っている者であれば、クリアとツカサの実力が既に全国大会クラスの実力を持っているのは疑いようのない事実であり、ミヤコもクリアと同じように大会経験を持っており、ショウは誰にも予想できないファイトを展開出来る。

 

自分達のような穴はあれ、彼らがいれば負けるわけがないと思うのは無理もない、と吉田君も二人の思いを察した。しかし……、

 

「二人の言う通り、このアネモネは結果としてとても高い水準のチームとして纏まりました。各々が全国大会へ進んでも戦えるクラスの力を持っている、これは事実です。ただ、忘れてはいませんか?」

「……な、何をっすか?」

 

吉田君は人差し指を立てながらハジメにそう問いかける。その圧力に押されたハジメは後ずさりしながら答えを聞いた。

 

「ヴァンガードは運ゲーだということです。どれだけ力を持っていても、少しの不運で戦況はガラリと変わるということです。事故が起こる以上、チームの中に妥協が合ってはなりません。状況に合わせて最高の五人を選出しなければ勝利はあり得ないんです」

「そ、それはそうっすけど……。それを引っくり返せるのが規格外適合者の力じゃないっすか!たしかに事故はあるっすけどクリア先輩はそんな中でも勝てる実力はあるしなんとかな……」「もう一つ、妥協できない理由はあります」

 

言い訳のように呟くハジメを制して吉田君は再び広げた模造紙に腕を伸ばす。

 

「……そのチームが何かあるんすか?」

「はい。俺としても無名のチームということで全くのノーマークでしたが、最近になってようやくその内情を掴むことが出来ました」

 

吉田君の指が止まったその場所を、ショウ以外の皆は注目した。その中で、ここに書かれていた名前をクリアだけは知っていた。

 

「チーム『レッドバード』。最近出来たばかりの新参ショップなのですが、その店長があの『久我マサヨシ』だということが分かったんです」

「『久我マサヨシ』って……あの第二回ヴァンガードチャンピオンシップで優勝したあの!?」

(あいつ……そんな大物だったのか……)

 

ハジメが驚愕の意を隠せずにいる中、クリアは当時のことを思い出しながらそう思った。

 

「そうです。しかも運営という立場でありながら、彼は出場することが許可されており、彼が運営している他の店員もかなりの実力者だと聞いています。もし、彼らと当たれば例えツカサ君やクリア君が相手で合っても負けてしまう可能性が出てくる。たった一度の敗北も許されないのです」

「…………」

 

クリア達の存在から、例え自分が負けても大丈夫だという安心感を持っていたハジメは、この吉田君の一言に口をつぐむ。

 

それはカイリも同じ。ノブヒロの代わりに出場するということで、そのプレッシャーをチームに委ねるという形で気を保っていた彼は、この事実に言い知れぬ不安に襲われた。

 

 

 

ドン!「「っ!?」」

 

そんな緊迫した空気の中、それを打ち破るような打撃音が辺りに響き渡り、それに続いてある人物の奇声が放たれた。

 

「カナディアンビーフの粗挽きペッパーハンバーグッ!!……ぜんっ!ぜんっ!来ないっ!」

「…………」

 

その発信源には机に突っ伏し、ドンドンと机を叩きながら涙を流すショウの姿。そのあまりにも惨めな姿に、見ていた人間は呆れと共にこんなことに涙を流せるショウの心の弱さに同情した。

 

「もうさ……店員さんに聞きに行ったらいいんじゃない?お兄ちゃん……」

「……行ってくる」

 

ゆっくり立ち上がったショウは、覚束ない足取りでレジのほうへ歩いて行った。

 

「……本当に彼は読めない人ですね」

「あの、なんというか……すいません……」

「いえいえ、君も苦労しているようですね」

 

申し訳なさそうに頭を下げるシロウに、吉田君は同情を意を込めてそう述べた。

 

そんな彼らのやりとりを見て、シロウがショウのファイトを見るまで彼を軽蔑していたことを吉田君は思い出した。おそらくそれは趣味だけでなく、彼のこの自分勝手な行動にも問題があるのだろう。

 

もしシロウがショウの奇怪で奇抜なあのファイトを見ることが無かったら、今も昔のようにショウのことを軽蔑し続けていたのかもしれない。

 

「これも、ヴァンガードのおかげということなのかもしれませんね……」

「?何か言いましたか?」

 

近くに座っていたカイリがそう聞くと、吉田君は微笑し視線を表に戻した。

 

「いいえ、何も言っていませんよ。話がずれてしまいましたね。早速話を戻し……」「あの~」

 

吉田君が表に手を伸ばした瞬間、ふらふらと体を揺らしながら一人の青年がカイリらが座る机に近づいた。

 

「君は……どなたでしょうか?」

「ボクの名前を聞いてるんですか?それを聞いてどうするんですか?名前を聞くならまずは自分からと言いますが、ボクは自分から名乗っていない。つまり、ボクはあなた方から名前を聞く気は毛頭ないんです。この意味がわかりますか?」

 

ニコニコ笑みを浮かべながら青年は長ったらしくそう言った。当然、そんな対応をされて嬉しく思う人間なんておらず、温厚な吉田君もその青年の態度に少し気分を悪くした。

 

「……では言い方を変えましょう。何か俺たちに用ですか?俺たちも暇ではないのでさっさと要件を済ましてほしいものですね」

「それはごもっとも。それではお聞きしましょう。『新田ツカサ』はどこにいるんですか?ボクはここにいると聞いてやってきたんですが、どうにもここにはいないようですね」

 

ニコニコ笑いながら辺りを見渡す青年。ここまで、彼は誰とも目を合わせてはいなかった。

 

「あいつはここにはいない。誰に聞いたかは知らないが、人に物を聞く態度がなってないようだな。お前」

「そうですか?これでも態度には気を使ってるんですけどね~。敬語は出来てるし何がいけないんでしょうね~?」

 

そんな彼の態度が気に食わないクリアは、しかめっ面を浮かべながら立ち上がった。しかし、青年は全く彼を気に咎めることなく天井を見上げた。そんな一触即発の状況に、同じく快く思っていなかった吉田君も二人を仲裁に入ろうとするが……、

 

「あの!」

「ん?なんだい?ボウヤ」

 

意を決したシロウの声が先に飛び出し、皆の視線がシロウに集中した。それは、青年も同様であった。

 

「あの……、ツカサさんなら……ファイターズドームにいる……と思います……」

「ファイターズドーム……あぁ~!あそこですね!たしかに、今の時期でしたらそこにいるのが普通ですもんね!」

 

手を叩きながら満面の笑みを浮かべる青年。そんな彼の表情を見て、シロウも何故か安心感を覚えた。

 

「ありがとうございます、君のおかげで全て解決しました!この恩は忘れません!それではまた会いましょう!」

 

青年は早口にそう言うと、手を振りながら颯爽と店を出て行った。

 

「……なんだったんだ……あいつは……」

 

嵐のように去って行ったあの青年を見送りながらクリアはそう言った。おそらくそこにいた誰もが同じ気持ちだっただろう。

 

「シロウ君、あの人は君の知り合いだったりするのかな?」

「いえ……僕も初対面です……。ただ、困ってたので助けてあげたいなと思って……」

「へぇ、カイリなら未だしも、シロウがこんなことをするとは驚きだな」

「そんなに僕のことを無礼な人だと思ってたんですか!ハジメさん!」

 

関心するハジメを、シロウは驚きながらそう吠えた。三人のやり取りを見ていた吉田君は、自分の中の煮え切らない思いがなくなってゆくのを感じながら目を細めた。

 

「さて、色々と邪魔が入ってしまいましたが話を戻しましょうか」

 

一度流れを戻す為に吉田君はパンッ!と手を叩いた。クリアもまだ釈然としていないが、不満そうな顔を浮かべながらも乱暴に座った。

 

「早い話、カイリ君とハジメ君の早急なレベルアップが必要だということなのです。これからのことを考えて。そこで俺に一つ提案があります」

 

そう言うと、吉田君は再び紙袋に手を突っ込み、数枚の紙を机の上に置いた。それは、白紙のメンバー表のようなものだった。

 

「次の地区大会、カイリ君とハジメ君には全てのファイトで先鋒と次鋒を務めてもらいます!」

「先鋒!?」「次鋒!?」

 

ニヤリと笑みを浮かべる吉田君のこの提案に、カイリとハジメは思わずそう声を上げた。

 

「それ本気で言ってるんすか!?もし俺たちが負けたら、その後誰か一人でも負けた時点で終わっちゃうんすよ!?」

「そ、そうですよ!ここは俺達のどちらか片方を出して出来る限り負けの可能性を少なくした方が……」「あら、別にいいんじゃない?」

 

二人が考え直すよう必死に弁解をするが、ミヤコはこの吉田君の提案に賛同した。

 

「どうせ貴方達、今回が大会初めてなんでしょ?なら、沢山ファイトして大会慣れたほうが身の為よ。特に、戦況が激化する全国大会までにはね」

「た、たしかに納得できなくもないですけど……」

「いや、でもあれだぜカイリ……。もし俺たちが負けてそれでチームそのものが負けってなっちまったら……」「その心配はいらないだろ」

 

心が移り変わりそうなカイリをなんとか引き戻そうと不安を助長させるハジメであったが、すぐにクリアの声によってかき消された。

 

「この四人がいれば楽勝。お前が言ったことだ。なら信じろ。俺たちのことをな」

「クリア先輩……」

 

自信満々に言い切るクリアを見ながらハジメをポツリと名前を呟く。このハジメの言葉には二つの意味があった。

 

一つ目は期待。頼りになるこの四人のファイターが後ろにいるなら大丈夫だという安堵の思い。

 

二つ目は後悔。あの時にあんなことを言わなければ良かったという自責の思い。

 

そんな曖昧な心境を察してか、吉田君は最後の切り札をハジメの前に繰り出した。

 

「それでは決定ですね。大丈夫です、君たちの頑張りには見返りがあるんですから」

「見返りっすか……?でもヴァンガードチャンピオンシップって優勝してもスリーブとかが貰えるだけで特に目立った賞品とかはないんすよね?」

「えぇ、“今までは”ね」

 

不敵な笑みを浮かべながら吉田君はそう言った。そして次の吉田君の言葉に、底辺にまで下がっていたハジメのテンションが一気に最高潮にまで跳ね上がることになる。

 

「今回優勝したショップには、『そのチームで考えたオリジナルカードを公式のカードとして発行する権利を得る』ことが出来るんです!」

「オリジナルカード……俺たちが好きにカードを作ることが出来るってことっすか!?しかも大会でも使えるカードを!」

「その通りです!」

 

期待を込めた瞳でハジメは問いかける。誰しもが考えたことがあるオリジナルカード。それを実際に公式のカードとして使用することが出来るようになるというのだから、テンションが上がらないわけがなかった。

 

「それじゃ、複数のクランを持ったカードとか他のクランを別のクランに変えるカードとかも作れるってことっすか!?」

「そういうことです。ただ、そこでカードはチームに一人ずつしか配布されず、今後そのカードがブースターに収録することはないのでよく考えないといけませんが……」「うおぉ……それじゃあ未だに強化が来ないぬばたまでもデッキが作れるのかもしれないってことか……すっげぇ……」

「……聞いてませんね」

 

完全に自分の世界に入ってしまったハジメに吉田君は呆れた様子でそう呟いた。

 

「それで話は全てか?」

「そうですね。地区大会から先のことはまたその時に考えるとして、今は目の前のことに全力を尽くしましょう。その為に皆さんには明日、アネモネに集まってほしいのです」

「明日?何かあるのか?」

「えぇ、実は……」

 

クリアと吉田君がこれからのことを話し始めた傍で、カイリは俯きながら水を口に運ぶ。

 

ミヤコのいう事にも一理あるが、それでも自分の敗北が他の全員の敗北につながるかもしれないというプレッシャーは、先日のショップ大会以上に重くのしかかっていた。

 

「どうしたのさ、そんなに暗い顔して」

「え……ショウさん!?」

 

後ろから自分の名を呼ぶ声が聞こえ、咄嗟にふり向いた先には一人細々とハンバーグを食べるショウの姿があった。

 

「どうしてそっちで食べてるんですか?」

「いやぁ……ちょっとシロウが怖いからね……。あの時のシロウの顔は前に僕の抱き枕を初めて見た時と同じような顔をしてたからさ」

「そ、そうなんですか……」

 

頭を掻きながら後ろめたそうにショウはそう言った。カイリはそんな彼を見て羨ましそうに目を落とした。

 

「ショウさんはいいですね。どんな時でも迷いがなさそうで。俺なんて今も昔も迷いっぱなしで、今もこうやって自分の責務を果たせるか不安になってるんです。情けないですよね……」

「それは違うさ」

「え?」

「君は自信がないだけなのさ。自分の力ではこれが限界って、自分のリミッターを決めてしまう。どれだけ頑張っても、それ以上の戦果はあげられないとさ。なら、話は簡単さ」

 

ニヤリと笑みを浮かべるショウは、人差し指を立て、それを自分に向けた。

 

「僕が君を強くしてあげよう。カイリ君の性格はわかってる。今回の大会で、君を一皮むかせようじゃないか」

「そ、そんなことが出来るんですか!?」

「それは君の頑張り次第さ。ちゃんと覚悟してもらうよ?僕がこれからやろうとしてることは、それなりに大変なことだからさ」

「はい!俺、頑張ります!」

 

ハジメが賞品につられてやる気を出したように、カイリもまたショウのおかげで活気を取り戻そうとしていた。

 

しかし、その時のカイリはまだ知らなかった。

 

この奇策師が考えていた強くする方法は、彼の想像以上に過酷なものであるということを……。

 

 

 

「――おい、ミヤコとか言ったか?」

「当たり。珍しいわね、あなたの方からあたしに話しかけてくるなんて」

 

吉田君と相談をしていたクリアは、いつも避けてきたミヤコに対して話かける。その時のクリアの顔は真剣そのものだった。

 

「あなた、何かにつけてやる気なさそうな態度なのにこのことについては随分精力的ね」

「やるからには本気でやる。後悔はしたくないからな。そんなことより、お前も話を聞け。恐らく、お前の方が詳しいだろ」

「詳しい?何の話?」

「そうですね、たしかにミヤコさんのほうが詳しいかもしれませんね。……このことに関しては」

 

クリアの考えに吉田君も賛同の意を示すが、ミヤコはまだ何のことか皆目見当がつかなかった。

 

「お前、『フーファイターズ』を知ってるか?」

「『フーファイターズ』?えぇ、勿論知ってるわよ。世界最高のファイターズ集団、ファイターなら誰でも知ってることでしょ?」

 

何を当たり前のことをと言わんばかりにミヤコが答えると、吉田君が補足するように話を続けた。

 

「そうです。かつて、第一大会で世界を震撼させたピオネール、『如月トキ』や『毛利ヒノワ』がおり、その他にも第二大会準優勝者『鉄穴(カンナ)エース』などの実績のあるファイターが所属しているファイター達の最高機関。今回の地区大会において、その『フーファイターズ』と思しきチームが一つあるんです」

「『フーファイターズ』のチーム?」

 

ミヤコが首を傾げたのを確認すると、吉田君は相槌を打ち模造紙に手を伸ばした。

 

「チーム『アクロマ』。具体的にどんなファイターがいるのかはまだわかっていませんが、彼だけは特定することが出来ました」

「よく見つけたわね……そんな情報」

「フーファイターズの中でもなかなか有名な方ですからね。この方は……」

 

チーム名の横に書いてある要注意人物が書かれた枠に指を移す。そこに書かれていた名前を見て、ミヤコも目を見開いた。

 

「『紅(くれない)ケンタ』。フーファイターズの精鋭部隊、『トラプル・ゲイン』の一人です」

「『紅ケンタ』……。えぇ、たしかに知ってるわ。詳しいことは知らないけど、彼もあたしと同じよ」

「同じ……ということは彼も規格外適合者ということですか……」

 

予想はしていたが、事実を述べられたことで吉田君は肩を落とした。

 

あえてこのことをハジメやカイリに伝えなかったのは、彼らにこれ以上のプレッシャーを与えることは悪影響だと考えたためだ。

 

『レッドバード』という凶悪的に強いチームがいても、とりあえず決勝までいけば負けても全国大会に出場することはできる。その保険があることで、まだ二人は希望を見出すことが出来た。

 

「多分、彼以外にも適合者は所属しているでしょうね。『トラプル・ゲイン』は全員適合者と聞くし、その中の誰かがここに配属されている可能性も十分あるわ」

「なるほど……、気が重くなるばかりですね……。少し気が進みませんが、一応彼らにも明日アネモネに来てもらい、『フーファイターズ』のことだけは気に留めてもらったほうが良さそうですね」

「無難な判断ね。まぁ、あたしは別にどうでもいいけど。ところで、明日何かあるの?」

「はい、出来ればミヤコさんも来てくださるとありがたいです。ミヤコさんにも“あれ”を見ていただいた感想を聞かせていただきたいですし」

「あれ?」

「今回のヴァンガードチャンピオンシップの式典だ。一つのくだりが終わった段階で、その時に参加していた注目選手同士でファイトするエキシビションマッチが行われる。明日、それのテレビ中継が始まるらしい」

 

吉田君の代わりに説明するクリア。そのことを語る彼の顔は、少し曇ったような雰囲気をミヤコは感じ取った。

 

「注目選手同士のファイト……。それってもしかして……」

「そうです。『フーファイターズ』の上位に属し、第二大会で準優勝を果たしたファイター、『鉄穴エース』と……」

 

吉田君はそこまで言うと、一度息を飲む。その二人のファイトがどれほど過激なものになるか、吉田君にとっても見逃せない一戦であった。

 

「『フーファイターズ』の頂点に君臨し、今なお伝説と語り継がれるピオネールの一人、『如月トキ』のファイトが行われます」


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