先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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仕組まれた嘘

「…………」

 

静寂に包まれるアネモネ店内。

 

誰もがこのショウの発言をどう受けとれば良いのかがわからず、混乱し、言葉を失っているのだ。

 

『僕はこのファイト!負けを認めます!僕の夢であり!生きる希望であり!永遠の妻であるナイトメアドール ありすちゃんを攻撃するなんて……僕には……出来なああああああい!!!』

 

ただ一つだけはっきりしているのは、ショウが敗けを認めたということ。

 

状況は完全にショウのほうが有利。にも関わらず、ただヴァンガードにありすがライドしたというだけで敗けを宣言したのだ。

 

理不尽で横暴。しかし、彼らしいと言えば彼らしいのかもしれない。

 

元々、ショウは勝敗に拘るファイターではない。

 

ただ、自分の満足するファイトをする。それはファイトの過程にのみ存在し、その後に待つ勝敗は彼にとっては二の次なのだ。

 

「……ない」

「ん?」

 

俯き、身体を震わせながらミヤコをポツリと呟く。あまりにも小さな声に、ショウは感嘆の声を漏らした。

 

「そんなの……納得できるわけないって言ってるのよ!!」

 

ドン!っと机を叩き、立ち上がりながら鬼の形相でミヤコはそう言い放った。

 

彼女にとって、ヴァンガードファイトは力と力をぶつけ合い、その先の勝利を勝ち取ってようやくその意味を成す。

 

運で負けたならば、ヴァンガードという特性上仕方がないが、圧倒的力で負けたならば、その雪辱を晴らさなければ気が収まらない。いわば、ショウとは真逆の人種。

 

「ありすには攻撃出来ない?馬鹿言わないで!これはただのカード、アタックされようがされまいが、カードが泣いたり喚いたりするわけないじゃない!そんな半端な気持ちでファイトしてたというなら、むしろこの子達に失礼よ!」

 

声を出す度に熱がこもる。

 

真面目にファイトして負けるなら……いや、もはや勝ち目がなく敗北を認めるなら未だしも、戦況は自分有利。にも関わらず負けを認めてくるという行為は、ミヤコにとって、敗北以上の侮辱そのものだった。

 

「さっさと座りなさい。まだファイトは終わってないわ」

 

声に力が入るのを抑え、ミヤコはショウへ視線を向けながら座った。

 

自分がどういう間違いを犯したのか、それを認めさせる為の最後の猶予期間だった。

 

「…………」

 

しかし、ショウは一向に座る気配はない。ただ、前髪越しにミヤコを見下ろすのみだった。

 

「っ!?あなた、聞いてなかったの?さっさと座れと……」「このファイト、僕は負けを認めた」

 

「あなた……あたしを馬鹿にしてるの……!?」

 

決して折れない二人の意地。たしかに、常人には理解出来ないというのはショウも理解している。

 

しかし、それでも彼にとってこれ以上ファイトを続けることはあらゆるタブーを破ることと同義なのだ。

 

だからこそ折れない。ここで折れたら、今まで自分を形成してきたものが崩れ去ってしまうかもしれないから。

 

「……むしろ崩れ去ってほうがいい気もするけどね……」

 

カイリは誰にも聞こえない大きさでそう呟く。

 

「と……とにかく、ルール上はサレンダーは認可されています。予選の時にもありましたっが、今回もルールに則り……」

 

事態を収拾させる為、二人の間に入る吉田君。これを見たカイリ達は、一先ず落ち着くだろうと胸を撫で下ろした。

 

「……わかったわ」

 

……が、事はそう上手くは終わりそうになかった。

 

「なら、あたしも負けを認める。こんな形で勝ったってなんの意味もないもの」

「「えっ!?」」

 

ミヤコの突然の発言に思わず声が揃うカイリ達。またややこしいことになってきたと冷や汗を流す一同であった。

 

「……お前はなんでそんなに嬉しそうなんだ?」

「ん~、なんか面白いことになってきたな~って思って」

 

ツカサに関してはむしろ楽しいんでいるようだが。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!両者敗北は困ります!ルール説明の時にも言いましたが、これは決勝トーナメント決勝。つまり、次の地区大会へと繋がる重要な一戦です!どちらか一方は必ず勝者を出さなければ、出場者不在という形になってしまいます!」

 

突然の事態に、慌てて吉田君が二人を改心させる為にそう説明するが……、

 

「そんなこと、あたしの知ったことじゃないわ」

「僕の目的は元々ツカサ君とファイトすることだったからさ。まぁ、クリア君と出来なかったのは少し心残りだけどさ」

 

真顔で答えるミヤコとショウ。二人とも、考え直す気は微塵もなかった。

 

「…………」

 

この二人の反応に、もう何を言っても無意味と悟った吉田君。その額から、滝のように汗が流れ落ちていた。

 

「ど、どうなるんでしょうか……?このファイト……」

「さーな。まー、終わっちまった俺たちにはあんまり関係ないしなー」

「少なくとも、これ以上ファイトは続けられないだろうね……。引き分けということになったら、地区大会への出場権はどうなるんだろう……」

 

傍で見ていたカイリとシロウとタイキは、そう言いながら成り行きを見守る。それは、このファイトを見ていた者も同類である。

 

「なーっはっは!二人とも頑固だな!まぁ、気持ちはわからんでもないがよ」

「そうだね~。せっかく二人とも強いのに、こんなところで終わっちゃうなんて勿体ないな~。っていうか、ここまで上がった人皆地区大会に行けたらいいのにね!ね、店長……って、あれ?」

 

手を後頭部に組みながら笑うノブヒロと一緒に、ツカサは笑いながらそう店長に声をかける。しかし、先ほどまですぐ横にいた店長は、いつの間にか吉田君の近くに移動していた。

 

「どうしたのかな~?」

「この事態をどう収拾つかせるかの相談に決まってるだろ。変わり者だが、お互い実力者であるのには変わらない。どちらを上に上げるか、簡単には決められないんだろ」

「そういうことなのかな~?決められないならこのままボク達四人でファイトして、そこで三位を決めてその三人が地区大会に行くっていうほうのが手っ取り早くないかな?」

「いちいち俺に聞くな。提案があるなら直接言えばいいだろ」

「ハハッ!そうだね~。ちょっと行ってくるよ~」

 

「クリアとツカサって本当仲がいいのな!」

「……黙れ」

 

面倒くさそうに言うクリアの意見を聞き入れ、ツカサはいつもの笑顔を浮かべながら店長と吉田君に近づいた。

 

『どうしましょうか……。折角ここまでスムーズに来ていたのに、ここにきてこんなことが起きるとは……』

『吉田君のせいじゃないわよ……。ちょっと偶然が重なって起きてしまったことだもの。仕方ないわ』

「ね~……ってあれ?」

 

先ほどミヤコとショウがファイトしていた卓に背を向けるようにしてひそひそと小声で相談をする吉田君と店長。そんな二人に構わず声をかけようとするツカサだったが、少し様子がおかしいことに気づいたツカサは声をかけるのをやめ、二人の話を盗み聞きした。

 

『しかし、どうしたものでしょうか……。このまま二人の処置をせず進めるわけにも行きませんが、下手なことを言って二人に帰られてしまっても困りますし……』

『もう面倒だし、本当のこと言っちゃえばいいんじゃない?折角綺麗に強い子が揃って決勝に上がってくれたんだし、私達としては万々歳じゃない?』

 

首を傾げながら二人の会話を聞くツカサ。筋が通ってるようでなにやら違和感のあるこの二人のやり取りに、ツカサは独特の嗅覚から面白い匂いを嗅ぎつけた。

 

『それこそ駄目ですよ。このタイミングでそのことを言ってしまったら、事態が悪化するのは目に見えてます。騒動が起きたら店長は止めてくれるんですか?』

『吉田君は心配しすぎよ。そもそも運営側が勝手に言い出したことなんだし、私達はあくまでそれに従っただけなんだから、何か起きたって全部運営側の責任にすればいいじゃない』

『そんな無責任な……』

 

呆れた様子で吉田君はそう呟く。しかし、店長の矛先は既に定まっており、声に出してその話をしているうちに沸々と溜まっていた鬱憤を吐き出した。

 

『大体いけないのは運営のせいじゃない。こんなややこしいやり方を提案してきて……こっちの身にもなりなさいよ……。三つしか出場権がないなんて嘘ついて……。今回の地区大会は……』

『ちょ、ちょっと店長……』

 

少し暴走気味になる店長を止めようとする吉田君。しかし、その吉田君の心配への矛先ははすぐに変わることになる。

 

 

 

「今回の地区大会はチーム戦で出場枠は六つなの!?」

「「えっ!?」」

 

突然発せられたその声に身体をビクッと震わせ、店長と吉田君は何が起きたかを理解する為に、その声の発信源と思われる方向へと振り返る。

 

そこには、自分達の話を聞いていたツカサが顔をキラキラさせながら立っており、そんな彼を見た吉田君は何とも言えない悪寒が走った。

 

「そんなの聞いてなかったよ~!そういえばお母さんとソラがボクが大会に出るって言ってなんかそわそわしてたけど、もしかしてこの事を言わないようにしてたのかな?でもこれで決勝に上がった皆一緒に地区大会に上がれるじゃん!これは楽しくなってきたね~」

 

自分たちの話を完全に聞かれていた……。このツカサの反応から、全てを悟った。

 

そして同時に、この決定的事実をその場にいた全てのファイターに聞かれてしまったという最悪の事態を危惧した。

 

「えっ?えっ?どういうことですか?カイリさん?」

「さ、さぁ……。俺にもよく……」

「こいつは……ややこしいことになってきたな……」

 

現状を案じる三人。それは自分達が当事者ではなく、既に関係のない立場にいるからこそ出来る発想。

 

しかし、実際にツカサの言っていた「六人」は、彼の言っていることの本当の意味を知る必要があった。

 

「チーム戦……六人……?一体何を言ってるの……?」

「今までの大会は全て個人戦でしたかな?つまり、今回から仕様が変わったといったところだろうさ。良かったー、ならこのファイトはもうやらなくもよくなったわけだ」

「五月蠅い!あたしはそういう理屈を聞きたいんじゃないわ!」

 

そう怒鳴りながら、ミヤコはツカサの元へと歩み寄った。その額からは、焦りからか一筋の汗が滴っていた。

 

近くで見ていたクリア、ショウ、ノブヒロは、なぜミヤコがこれほどまでに焦っているのか理解できずにいた。もともと、彼らは地区大会への未練があるわけでもなく、どういう方式で地区大会への枠が決まるかなどは眼中になかったからだ。

 

そしてそれはミヤコも同じだったはず。クリアとファイトしたいという思いでここできている。同じ思いを胸に秘めるノブヒロは特に、彼女が何を聞こうとしているのかを予測することが出来なかった。

 

しかしその他人事のような思いは、今から言うミヤコの言葉によって改めざる負えなくなる。何故ならノブヒロにとってもその事項は死活問題のであったためだ。

 

「今あなた、今回の大会はチーム戦と言ったわよね?」

「うん、そうだよ~。さっきそう店長さんと吉田君が言ってたんだ~」

 

食いぎみにそう問いかけるミヤコの圧力にも顔色を変えず、ツカサは気楽そうにそう言った。

 

「そう……。ねぇ」

「「はい!」」

 

ギロリと鋭い視線が店長と吉田君を襲い、二人は背筋を伸ばしながら反射的に返事をした。

 

「今回の大会は六人によるチーム戦。間違いないわね?」

「……間違いありません」

 

まるで尋問のように一つ一つの事柄を確認するミヤコ。この彼女の質問から、チーム戦であることには特に問題はないように感じる。

 

「次よ。このチーム戦というのは、最後まで。つまり、決勝まで通してチームで行動するということ?」

「はい、その通りです……」

「――最後よ。例えばもし、このままチーム戦として地区大会、果ては全国大会優勝に至ったとして……」

 

ここから、ミヤコの声質が変わる。今までの質問は建前と言わんばかりに、彼女の質問はその本質に向けて矢を放った。

 

「あたしはその過程で、こいつとファイトすることは出来るの?」

「……あれ?」

 

クリアを指され、全員の視線がそちらに集中する。少しの静寂の後に、何か違和感を感じたノブヒロは首を傾げながら苦笑いを浮かべた。

 

「そうだよ!チーム戦ってことは皆で力を合わせて優勝しようぜってことだよな!それじゃあここでチームになっちまったらクリアとファイト出来なっちまうじゃねぇかよ!」

「当たり……ただうるさい上に今あたしが確認を取ってるところよ」

 

事態の深刻さに気づいたノブヒロは、顔を青くしながらそう嘆いた。そのこともあり、何故自分が指を指されたり、自分の名前が挙げられたりしているのかをクリアは理解した。

 

「クックック、そういうことか……。残念だったな、まぁ仲良くやろうじゃないか。同じチームとしてな」

「っ!まだそうと決まったわけじゃないわ!大会の中で自分のチームとファイトしないといけない機会が必ずあるはずよ!」

 

したり顔で言うクリアに、唇を噛みながらミヤコはそう怒鳴った。そんな中、回答を持つ吉田君本人はどう答えるべきかを模索していた。

 

「さぁ、どうなのよ!?」

「どうなんだよ!その辺よ!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてください……」

 

ミヤコとノブヒロに問い詰められ、引くに引けなくなってしまった吉田君は本当の事を告白するしかなかった。

 

「地区大会以降、我々はショップ単位でチーム戦を行います。六人一組、一人は補欠なので最低でも五人一組戦います。その中で、全国最高のファイターチームを決定し、それにて第三回ヴァンガードチャンピオンシップは終了となります」

「そんな説明はいいんだよ!」

「あたし達は小野クリアとファイト出来るの?出来ないの?」

 

ショップ大会開始時と同じような説明をする吉田君を急かすように二人は迫る。その圧力に参った吉田君は、あきらめた様子で重い口を開いた

 

「チーム内での公式の対戦は……ありません」

「なっ!?」

「くっ……」

「フッ」

 

吉田君の答えに憮然とするミヤコとノブヒロに対し、クリアは安心したように鼻で笑った。

 

「元々、チーム戦を実施されたのは多くのファイターを大会に参加させたいという名目で出来たルールです。一度のファイトに時間がかかる個人戦より、連続的にファイトできるチーム戦のほうがより効率がいい。時間に限りのあるこの大会で、そのような不毛なファイトの場は設けられないのです」

 

何とか機嫌を取り戻そうと事の成り行きを説明する吉田君であるが、決定的にファイトの場はないと宣言された時点で、ノブヒロとミヤコの気持ちは沈んでしまっていた。

 

「嘘よ……。じゃああたしは何のためにここに……」

「おいおい……第一大会からずっと待ってたのにこの仕打ちはないぜ……。何か方法はないのかよ……」

 

地区大会の代表に決まったというのに、完全に意気消沈してしまった二人。彼らを見ていたカイリ達や店長達は、なんと声をかけたらよいのかわからず茫然としていた。

 

「別にそんなに落ち込むことないじゃん!地区大会から全国大会まで行くまでに時間はいくらでもあるんだし、合間にでもクリア君とファイトすればいいと思うよ!」

 

そんな中、一人空気の読めない銀髪頭が気楽そうにそう励ました。しかし、その励ましが逆効果であると、その場にいた誰もが思った。

 

「それじゃあ駄目なんだよ……。こういう場じゃなきゃ意味がないんだ……。俺は……」

「たしかに、それも一理あるわね……」

 

そう思われていた最中、ミヤコは顔を上げるとクリアを指さしながら見下したような視線で言い放った。

 

「同じチームともなればもう逃げられないわよ、小野クリア!これから先、一度もファイトもせずに大会に勝ち上がるのは無理でしょ?あたしが練習相手になってあげるわよ?」

「チッ……本当にしつこいな。お前は……」

 

別の方法を思いついたことで一気にやる気が戻ったミヤコとは対照的に、クリアは先ほどの余裕から一気に顔を顰めた。

 

「ふぅ。本当、あんたはいい性格してるよな」

「なんですって?」

 

溜め息をつきながら手を腰に置くノブヒロ。けなされたと思ったミヤコは反射的にそう反応するが、ノブヒロのその悲壮感漂う風貌にそれ以上の言葉が続かなかった。

 

「なぁ、吉田君よ」

「な、なんでしょう?」

 

心臓にダメージ受け続けた吉田君はオドオドしながらそう受け答えると、ノブヒロは頭に巻いていたバンダナを取りながらそれを自分の腕に巻いた。

 

「もし、ここで俺が地区大会への出場の権利を破棄したら、変わりは誰になるんだ?」

「……その場合は大会規定上、ノブさんの前の対戦相手がそのまま繰り上がりの形になります。つまり……」

 

吉田君は視線を移す……。その視線の先には、自分を見られて茫然とするある少年の姿があった。

 

「彼、上越カイリ君が地区大会の代表として、我々と共に戦うことになります」

「……そうか」

 

フッと笑みを浮かべたノブヒロは、スタンバイしていた自分のデッキをデッキケースに入れた。

 

「なぁ、クリア」

「なんだ」

 

顔を合わせることなく、ノブヒロは出口へ向きながらクリアを呼んだ。

 

「俺はずっと前から、お前とファイトをすることが夢だった。お前と戦う為のデッキだって作ってきた。けど結局、俺はお前とファイトすることは出来そうもない。神様はどうやっても俺たちを鉢合わせたくないみたいだよな」

 

クリアは黙ったままノブヒロの言葉に耳を傾ける。彼がどれだけに自分とファイトしたかったか。どれだけ我慢をしてきたのかが、その言葉以上に気持ちが伝わってきた。

 

「けどよ、俺は絶対に諦めないぜ。お前とファイトすること、それによって俺はまた一つ上に上がれるはずなんだ。そこにたどり着くために、俺はまた歩き出そうと思う。だからよ――」

 

ノブヒロはクリアの横にまで歩み寄ると、クリアに拳を突き出しながらニヤリと笑った。

 

「それまで、絶対に負けんなよ?」

「さぁな、ヴァンガードは運ゲーだ。どれだけ頑張ったって勝つときは勝つし、負ける時は負ける。――だが、」

 

素っ気ない態度で呟くクリアだったが、おもむろにフッと笑みを浮かべると右手を突き出した。

 

「負けるのは好きじゃない。せいぜい、人の心配なんて出来る余裕を保つことだな」

「なっはっは!努めてみんよ。じゃあな!」

 

高笑いをあげた後、ノブヒロは手を振りながらアネモネを出ていった。その後姿には、先ほどまでのブルーな雰囲気は消えていた。

 

「ノブさん、君は決して立ち止まらないのですね」

 

いつもと同じ活気に満ち溢れたその後姿は、かつて第二大会終了後にアネモネを出ていった時と全く同じだった。

 

どんなことが合っても、たとえ回り道をしないといけないような道で合っても、彼は決して迷うことはない。彼にとって、後ろを振り向くという言葉は存在しないのだ。

 

「……あっ!ちょ、ちょっと待ってくだ……!?」

 

ノブヒロを見送った後、自分が地区大会へと出場することになったことをようやく気づいたカイリは、慌ててノブヒロを呼び止めようと出口へと走るが、その進路を吉田君によって止められてしまった。

 

「どうして止めるんですか!俺なんかよりノブさんの方が……俺じゃあノブさんの代わりなんて出来ないですよ!」

「それは違いますよ。カイリ君」

 

そう訴えかけるカイリに、吉田君は優しくそう微笑んだ。

 

「先ほど、ノブさんは誰が自分の代わりに代表になるかを聞きましたよね?」

「……はい」

「俺が君の名前を言った時、ノブさんは笑っていました。何故だかわかりますか?」

「……わかりません」

 

普段と違い、どことなく拗ねたような態度でカイリは答える。本人がいない為心理を読み取ることが出来ず、何より自分が代表に選ばれることに対して不服だった。

 

「ノブさんは責任感の強い方です。もしここで自分がいなくなって、皆に迷惑をかけてしまうのではないかとね。でも、君が自分の代わりを務めてくることを聞いて安心した。だからこそ、彼は何の心配も抱くことなくここを去ることが出来た。自分の夢を叶える決心がついた」

「…………」

 

吉田君の言葉を真に受け止めるカイリ。腕が震えているのを感じながらも、最初にノブヒロを呼び止めようとしていた時とは別の感情を、カイリは抱いていた。

 

「君はノブさんに負け、自分の意思を彼に託したはずです。そしてその意思に、ノブさんは全力で受け止めたはずです。しかし、それを叶えることは出来なかった。だから彼はその意思を返した、自分の意思を乗せて」

「ノブさんの……意思……」

「そうです。傍から見れば、自分勝手な行動かもしれません。しかし、無理をしてその意思を繋ぐことは君に対して失礼であると考えたのでしょう。カイリ君は、ノブヒロさんに託されてどう思いましたか?」

 

考えが揺らぎ、カイリはすぐに返答することが出来なかった。ただ一つだけ、思ったことがある。

 

「……不安に思いました。俺なんかがノブさんの代わりを務めていいのかって……」

「そうですね。確かに君とノブさんでは実力の差があるかもしれません。しかし、彼自身は君を選んだんです。その意味はわかりますよね?」

「……はい。ノブさんは……俺に期待してるってことですよね」

 

ぎこちなく答えるカイリに、吉田君はニコッと笑った。

 

「その通りです。だから君は気落ちする必要なんてないんです。ただありのままのファイトをすればいい。それをノブさんは望んでいます」

「はい……わかりました!」

 

カイリの顔に光が戻ったのを見た吉田君は、後ろを振り返りながらノブヒロが出ていった出入口を眺めた。

 

(今日の戦いで確証が得られました。彼は自分のプレイスタイルを見つけることが出来た。もし彼が敵として現れたとしたら……これほどの脅威はありませんね)

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「ヴァンガードは運ゲーヴァンガードは運ゲーヴァンガードは運ゲー……」

 

「おい、何ブツブツ言ってんだよ」

「五月蠅いぞタイキ!こっちは精神統一中なんだよ!誰と当たっても絶望的!ライド事故が起きることを祈るくらいしか勝つ方法がないんだからな!」

「勝つ方法?ハジメさん聞いてなかったんですか?」

「シロウか。何の話だ?」

「まーお前はずっとそんな調子だから知らないかもしれないが、大会は色々合って終わったぞ」

「はぁ!?終わった!?なんで!?まだ俺ファイトしてないじゃん!」

「なんか元々チーム戦でやることになってて、六人決まった時点で本当は終了のはずだったらしいですよ」

「だからお前も晴れてアネモネ代表の一員ってわけだ。まー、良かったんじゃねぇの?」

 

「……チーム戦?……六人?……代表?」プシュー

 

「うわ!?大変ですよ!ハジメさん頭から湯気出しながら気絶しちゃいましたよ!」

「緊張がピークにきてたんだろうな。まー、ほっとけばいいんじゃね?」

「いいんですか!?」

 

 

アネモネ・ショップ大会終了

 

地区大会出場選手

・小野クリア

・新田ツカサ

・尾崎ミヤコ

・宮下ショウ

・里見ハジメ

・上越カイリ

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「――と、威勢よく出てきたはいいが、これから俺どうすりゃいいんだ?」

 

空を見上げながらノブヒロはそうぼやいた。

 

クリアとファイト出来ないならば、あのままあそこにいる必要はない。かといって、他にあたれるショップがあるわけでもなかった。

 

途方に暮れているノブヒロは、おもむろに最後のカイリの顔を思い出した。

 

「アイツには悪いことをしちまったな……。あの顔を見るに、自分が地区大会の代表になることを受け止めきれてないんだろうな……」

 

短い期間であったが、ノブヒロはカイリの性格を完全に理解していた。恐らく今も、自分が代表に選ばれたことに納得できずにいるだろうと。

 

「まぁなんとかなるだろうよ。お前ならきっとチームの一員として勝利に貢献出来るはずだ。それは保障しておいてやるよ」

 

笑みを浮かべながら、虚空に向けてノブヒロはそう囁いた。

 

この気持ちが伝わっているかは、今のノブヒロにはわからない。しかしその思いは、吉田君の手によって確実にカイリに伝わっている。

 

「…………」

 

そんな時、ノブヒロは唐突にカイリの言葉を思い出した。仲間の為に戦うという彼の言葉を。

 

常に一匹狼で、誰とも行動を共にしてこなかったノブヒロとは真逆の存在。何が合っても自分で解決し、喜びは一人で堪能したノブヒロであるが、今の彼にはこの状況を打開する方法は何もなかった。

 

ノブヒロはポケットから携帯を取り出すと、電話帳を開いてある人物の名前をタッチした。

 

「……久しぶりにこっちから連絡してみるか」


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