先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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本物の……

「それでは、第二回戦目……いえ、決勝と言った方が的確ですね。決勝の対戦表を発表していきたいと思います!」

 

吉田さんは微笑みながらそう声を上げた。

 

俺こと上越カイリは、惜しくもノブさんとのファイトに敗れ、同じく敗退したシロウ君とタイキ君と共に、決勝まで上り詰めた群雄割拠のファイター達を眺めていた。

 

「まー、あらかた予想してたが案の定だったなー」

「そうですね。でもむしろあの人達だったら納得ですよ。僕じゃあの中に入るのはなかなか……」

「それは俺もシロウ君に賛成かも……。大丈夫かな、ハジメの奴……」

 

俺は、大会開始時と同じように居心地が悪そうに他の5人、小野クリアさん・新田ツカサさん・尾崎ミヤコさん・宮下ショウさん・椿ノブヒロさんと共に吉田さんの話を聞くハジメを見ながら言った。

 

それが当たり前だ。どれだけ大会の緊張が消えたとはいえ、あれだけの実力者の中に一人ポツンと放置されたら俺だってああなるのは目に見えてる。

 

トーナメントである以上、先にどこかで強者同士が潰しあってくれることもあったものの、結果的に全員残ってしまったのだ。絶望以外ないだろう。

 

「っていうか、タイキ君はどうだったの?クリアさんとのファイトは」

 

思い出したように俺がそう問いかけると、タイキ君はムスッとした表情で口を尖らせた。

 

「んなもん負けたに決まってるんだろ!G2でライド事故を起こした時は、もしかしたらいけるかもとは思ったが、そんなことはなかった……」

「あはは……だよね。っていうか、なんかあの人達と俺たちがファイトする時って。なんかいつも向こうライド事故起きてる気がする……」

「いつもそれで僕たちのほうが負けてますけどね……」

 

嫌な事実が発覚し、思わずため息を零す俺とシロウ君とタイキ君。それだけ実力の差があるということなのだから、仕方ないのだけれど……。

 

「まず最初のファイトは……この人達です!」

 

俺たちがそんな風に話している最中、吉田さんは一番左側のトーナメント表に貼られていたテープを勢いよく剥がしていった。

 

「うそっ……」

「あらら、そうなっちゃいますか……」

 

驚愕の意を隠せないというような声が2つ上がる。それの原因は当然、その対戦相手によるものだ。

 

「決勝第一戦目は、グローリアさんVSQMAさんの対戦です!」

 

最初に決まった対戦カードは、尾崎ミヤコさんと宮下ショウさんとなった。

 

「まー、こうなるともう対戦カードがより取り見取りだな。ハジメにはマジでどんまいと言わざる負えねぇ」

「どうしてですか?」

 

タイキ君がそうほくそ笑みながらそういうと、首を傾げながらシロウ君がそう問いかけた。

 

「だってせっかくの対戦カードなのにあいつはファイトしないといけないから見れないだろー?お気の毒だなっていう意味で」

「タイキさん忘れたんですか?ここからは平等に大会を進める為に一つずつやっていくって吉田さん言ってたじゃないですか」

「あ、そういえばそっか。まーでもあんな状態じゃあまともにファイトなんか見てられないだろうな」

 

テープを剥がし終わった後、ハジメは全力疾走した後のように心臓を抑えながら息を荒げていた。

 

「それにしても本当に凝ってるよね~。わざわざ一つずつ対戦カードを見せる為に、テープの下にさらにテープ貼ってその上にあみだくじみたいに線を描くなんてね~」

「店長達からすれば一大イベントだからな。俺としては、アイツと当たらなくて助かったが」

 

トーナメント表に関心を示すツカサさんとは別に、クリアさんは横目で名前を呼ばれた二人の様子を窺う。

 

「…………」

「いやー、これは参りましたな……」

 

対戦が決まったミヤコさんは、恨めしそうな視線でショウさんを見つめる。勿論、これにはショウさんもお手上げだった。

 

「多分お前と当たらなかったのがよっぽど効いたんだろうぜ!」

「何故それを俺に言う」

 

面白そうに笑いながらノブさんはクリアさんにそう耳打ちした。

 

そういえばミヤコさんはクリアさんとファイトする為にここに着てたんだっけ。これが決勝戦だから、大会で対戦するにはここで勝って地区大会で当たることを祈るしか無くなったわけだ。

 

わざわざここまで来てこの仕打ちだから、まぁ……無理もないのかもしれない。

 

気になることがあるとすれば、ショウさんのほうだ。困惑した表情を浮かべているが、それはミヤコさんからの敵意によるものだけではない気がする。

 

「それでは先ほど説明した通り、今回は先に二人のファイトを始めたいと思います。二人は準備をお願いします!」

「……そうさせてもらいますかな」

「…………」

 

お互い釈然としない様子でデッキを取り出しながら席に着く。全員、二人のファイトを眺めるようにズラリと二人を囲った。

 

「クリア君はどう見る~?この二人のファイトは~」

「さぁな。お前がわからないのであれば俺にわかるわけがないだろ」

 

ニヤニヤ笑いながらツカサさんがそう問いかけると、クリアはそっけない態度でそう返した。

 

「……ただ、」

「ただ?」

 

二人がデッキをシャッフルしているのを見ながら、クリアは口を開いた。

 

「嫌な予感がする。今までで感じたことのないほどの、まがまがしいほどの、な」

「ふ~ん、嫌な予感ね~……」

「人に聞いて返事を返されたらそういう無関心な反応をする。そういうところが俺は嫌いだ」

 

適当に返事を返すツカサさんに、クリアさんは眉間にしわを寄せた。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

(……結局、アイツと当たらなかった。それだけでも頭にくるのに、アイツのあのしたり顔を見てると腸が煮えくり返るわ……。まだファイト出来ると決まったわけじゃないのに……)

 

自分の横でニヤニヤ笑いながら観戦しているノブを見ながらミヤコはそう思った。しかし、そう不満ばかりも言っていられない。

 

「どうすっかな~……」

 

そう呟きながら口を引き攣らせ、デッキをシャッフルするショウにミヤコは視線を向ける。

 

ここで負けては何もかもが無駄になってしまう。例えショップ大会で当たらなくても、次の地区大会にさえ上がれればチャンスはある。

 

ミヤコは、自分のシャッフルしていたショウのデッキを前に突き出すと、挑戦的な態度で言い放った。

 

「あなたの実力は十分分かってるつもり。でも、そんなものがあたしに通用すると思わないことね」

 

いつもと同じ強気の姿勢のミヤコ。自分のファイトスタイルを挑発されたものの、いつものショウであれば、こんなことは笑ってそれに対抗心を表すだろう。

 

と、見ていたカイリ達は思っていたが、その予想は覆される。

 

「それはそれは……困りましたな……」

 

本気で困っているように頭を掻くショウ。いつもと違い、全く自信というものが感じられない。

 

それだけミヤコのプレッシャーが強いのか、それとも何か別の理由があるのか。それはショウ本人にしかわからないだろう。

 

「準備はいいですね?それでは、第一試合!始めてください!」

 

二人が手札をマリガンし、ファイトを始める支度が終わったのを見て、吉田君はそう合図を送る。そして、それに合わせるように、ミヤコとショウはFVに手を置いた。

 

「「スタンドアップ、ヴァンガード」」

 

「ラーク・ピジョン(5000)」

「神鷹 一拍子(5000)」

 

お互いのFVが表を上げ、二人のファイトは開始する。

 

初めのこのFVから、相手がどのようなデッキを使うのか。それを認知出来るか出来ないかで、先のファイトの流れが決定すると言っても過言ではないだろう。

 

特にショウのデッキにおいては、あらかじめ予想することは必須条件。例えそれが的外れだとしても、少なからずその情報は生かされる。

 

そして今回のショウのデッキはオラクルシンクタンク。クリアも使っているツクヨミの起点となる神鷹 一拍子がFVであった。

 

ミヤコはいつもと同じペイルムーン。ショウのこのデッキが、ツカサとファイトしていた時に使っていた物と同じなら、あのデッキにはぬばたまが入っている可能性がある。

 

「僕の先行、ドロー。神鷹 一拍子のスキル発動……三日月の女神 ツクヨミ(7000)にスペリオルライド。残りのカードはデッキボトムに……」

 

淡々と事を進めていくショウ。そこに、いつもの覇気は欠片もなかった。

 

「……どう思いますか?ツカサ君」

「ん?何が~?」

 

吉田君はファイトに視線を向けながら、横にいたツカサにそう声をかけた。

 

「ショウさんのことですよ。いつもの彼なら、君のようにファイトを冗談交じりに楽しんでいたのに、今はそんな雰囲気が微塵もない。まるで何かに恐れているかのように、ファイトを続けている。彼女の実力は確かに凄いですが、ショウさんをあれ程気後れさせるというのには何か理由がある、と俺は思うんです」

 

内の中ある違和感に、我慢のいかなかった吉田君は、そうツカサに自分の考えを吐露する。ツカサなら、ヒントになる何かを見つけているかもしれない。そんな期待を込めて。

 

「ん~。どうかな~。確かあの人って規格外適合者っていうのなんだよね?そのせいもあるかな~?……と思ったけどそれはないか」

「?何故ですか」

 

成程と思った最中、すぐに否定の一言を述べたツカサに吉田君は首を傾げる。しかし、次のツカサの返答によって、その疑問はすぐに晴れた。

 

「だってボクも一応その規格外適合者じゃん!もしそういうのが怖いっていうなら、ボクとファイトした時にそういう反応をするはずでしょ?あの時はむしろお互い楽しみながらやってたわけだしさ~」

「たしかに……。一体、彼らの間で何が起こっているんでしょうね……」

「吉田君でも全く分からないのね」

 

首を傾げながら考えていると、吉田君の横にいた店長は少し驚いた様子で口に手を当てた。

 

「正直、まだツカサ君とショウさんに関しては分からないことのほうが多いんです。こういうところで出来る限り情報を集めないといけませんからね」

「本当、吉田君は勉強熱心ねー」

「出来れば店長ももうちょっと色々と勉強してくれるとありがたいんですけどね……」

 

感心したように呟く店長を、横目で見ながら吉田君はぼやいた。

 

 

「続けて、僕は右下にダーク・キャット(7000)をコール。スキルで一枚引いてターンを終了」

「スキルでドローして、そのままあたしのターンでドロー。パープル・トラピージスト(6000)にライド。その後列にレインボー・マジシャン(4000)をコールしてバトルに入るわよ」

 

/トラピージスト/

/レインボー/

 

「レインボー・マジシャンのブースト、トラピージストでVにアタック」10000

「ノーガード」

「ドライブチェック、スカル・ジャグラー。トリガーなし」

「ダメージチェック……忍獣 チガスミ。ブランク」

「レインボー・マジシャンのスキル発動。SC(宵闇の奇術師 ロベール)、レインボー・マジシャンをデッキに戻して、あたしのターン終了」

 

ペイルムーン

手札6

ダメージ表0

ダメージ裏0

 

大きな変化もなくお互いG1に昇格。ミヤコの姿なき不発弾頭(ギュゲースクラスター)は、今回も順調に発動しているようだった。

 

一つ分かったことがあるとすれば、ショウのデッキにぬばたまが入っていたということ。恐らくこのデッキは、対ツカサ戦で使っていたものとほぼ同じもの。

 

あの時のようにダークキャットを前列にコールしてこなかったが、一度術中にはまってしまえば抜け出すのは難しい。

 

そういう意味では、手札差によって使えるぬばたまのハンデス能力を、レインボー・マジシャンで上手く誤魔化せたのは大きいかもしれない。

 

今、ショウの手札は六枚。上手くハンデスコンボを決める布陣を揃えることが出来たとしても、ドライブチェックを行ってからぬばたまでアタックするには手札の差が少ない。

 

ミヤコは自分の手札にある10000ガードを確認しながら、ショウの動向を窺った。

 

「ドロー。三日月のスキル発動……失敗。手札から、半月の女神 ツクヨミ(9000)にライド。スキルで二枚SC(サイキック・バード、三日月の女神 ツクヨミ)。後列のダーク・キャットを前列に移動。左上にダーク・キャットをコール。スキルで一枚ドロー。これでバトルに入るよ」

 

ダーク・キャット/半月/ダーク・キャット

//

 

「おっ、この布陣は……」

 

ショウの盤面を見て、ツカサはニヤリと笑みを浮かべた。前に自分とファイトした最初のターンに並べてきた布陣。ただ、今回はあの時と違って普通にアタックすることが出来る。

 

奇策というには些か平凡ではあるが、無難でやられたらなかなかに困る布陣である。

 

「右のダークキャットでVにアタック」7000

「ノーガード。ダメージチェック、ニトロ・ジャグラー」

「半月でVにアタック」9000

「ノーガード」

「ドライブチェック、オラクルガーディアン ブルーアイ」

「ダメージチェック、レインボー・マジシャン。ドロートリガーGET。一枚引いて、パワーはVに加える」11000

「ありゃりゃ、これで僕のターンを終了」

 

オラクルシンクタンク

手札7

ダメージ表1

ダメージ裏0

 

ドロートリガーの発動によって一ラインアタックできなくなってしまったショウ。加えて、ドローもされてしまったのだが、どことなくその時のショウの表情が和らいだような気がした。

 

「ねぇねぇ、クリア君」

「なんだ。いちいち俺に話しかけるな」

 

機嫌が悪そうなクリアにも構わずにツカサは声をかけた。

 

「クリア君って、相手に沢山ドローしてほしいと思ったことってある?」

「……また面倒な質問を……」

 

ウンザリした様子で溜め息をつく。しかし、そんな態度を見せたところでツカサが気を使ってくれたことなど皆無であった。

 

「ね~ね~。教えてよ~」

「物をねだるガキみたいに言うな。……そうだな、相手がライド事故とか起きた時には思ったりするかもな」

「ふ~ん、なるほど~」

 

クリアは若干食い気味に答えると、ツカサは心底納得したように頷いた。

 

「何がなるほどだ。突拍子もなく突拍子もないことを言われる俺の身にもなれ」

「突拍子もないことじゃないよ~。これでも結構真剣なんだから」

「その真剣というのは、このファイトに関する?ツカサ君は、ショウさんがワザとミヤコさんにカードを引かせていると思っていると?」

 

二人の話を聞いていた吉田君は、そう話に介入する。

 

「ボクはそう思うってだけで本当かどうかわ分からないけどね~。ボクとファイトした時にもダーク・キャットでカードを引かせてたけど、その時はちゃんと理由が合ってやってたって雰囲気だった。でも、今はちょっと違う気がするんだよね~」

「違う気……ですか」

「流石にツカサ君ね……同類の人種じゃないと意思疎通出来ないというわけよね」

「いえ……多分そういうことではないと思うんですけど……」

 

違う捉え方をして納得している店長を、吉田君はそうツッコミを入れた。

 

「あたしのスタンド&ドロー……」(困ったわね、あのカードが来てくれないと少しキツイ……。それにしても嫌に慎重ね……。予定とは違うけど、普通にやってくれるなら好都合……!)

「クリムゾン・ビーストテイマー(8000)にライド。右下にスカル・ジャグラー(7000)をコール。スキルでSC(ニトロ・ジャグラー)。V裏にトラピージストをコール。スキルでスカルをソウルに入れ、ソウルからニトロ・ジャグラー(9000)を右上にスペルオルコール。スキルでSC(ダークメタル・バイコーン)。バトルに入るわよ」

 

/クリムゾン/ニトロ

/トラピージスト/

 

ショウのダーク・キャットとドロートリガーによってかなり手札に余裕があるミヤコであるが、盤面に並べたカードはたったの二枚。

 

ミヤコの姿なき不発弾頭(ギュゲースクラスター)は、たしかにSCによってトリガーの発生率は高くなるが、逆に言えば、ドローでトリガーを引きやすくなるとも言える。

 

まだそこまでSCを行ったわけではないが、もしトリガーが溜まっているのであれば、これからの展開は厳しくなる可能性がある。

 

「ニトロでVにアタック」9000

「……三日月でガード」14000

「トラピージストのブースト、クリムゾン・ビーストテイマーでVにアタック」15000

「ノーガード」

「ドライブチェック、スパイラル・マスター。ドロートリガーGET。一枚引いてパワーはVに……っ」

「ダメージチェック、ロゼンジ・メイガス。スキルで回復はしないけどパワーはVに加える……。どうかしましたかい?」

「……何でもないわ。あたしのターンは終了」

 

ペイルムーン

手札8

ダメージ表2

ダメージ裏0

 

引いたカードを確認し、少し苦い表情を浮かべたのを気にして、ショウはそう声をかけるが、すぐに素っ気ない態度でミヤコはそう言った。

 

「ありゃ、そうですか……。じゃあ僕のスタンド&ドロー……」

 

そのせいもあってか、ショウは更に気分を落としながらカードを引く。

 

「なんだかショウさん、調子悪いのかな?いつもより……っていうか、不自然なほどに元気がないけど」

「そんなはずないですよ。お兄ちゃん、あんまり運動しない癖に今まで病気とかかかったことないですし」

「いや、そっちの調子が悪いってことじゃなくてね……」

 

苦笑いを浮かべながらカイリはそう訂正する。

 

(誰がどう見ても元気がない。いや、それよりも……)

 

カイリは感じ取っていた。ショウが何かに怯えていることを。

 

(一体何に怯えているかは分からないけど、少なくともそれはミヤコさんのことではない。そう、もっと別の……もっと漠然とした何か……)

 

その真意は本人しか分からないだろう。それがはっきりさせるには、やはりこのファイトを静かに見守るしかない。

 

「半月のスキル発動……失敗。手札から満月の女神 ツクヨミ(11000)にライド。右側のダーク・キャットは後列に。サイキック・バード(4000)をコールしてスキルでソウルに入れてドロー。V裏にオラクルガーディアン ブルーアイ(5000)、右上に忍竜 ボイドマスタ-(9000)をコールして、バトル」

 

ダーク・キャット/満月/ボイドマスター

/ブルーアイ/ダーク・キャット

 

遂に現れたぬばたまのユニット。ドレットマスターの存在から、わざとダーク・キャットにアタックしなかったミヤコだったが、こうなってしまったなら防ぎようがない。

 

そして今の手札の差は八枚と四枚。これだけ差があれば、恐らくドライブチェックをした後でもスキルを発動させることが出来るだろう。となれば……、

 

「ブルーアイのブースト、満月でVにアタック。ブルーアイのスキルで、一枚引き、手札を一枚デッキボトムに置く」16000

「ノーガード」

 

先にヴァンガードからアタックし、トリガーによるパワーの底上げを狙ってくる。普通に考えればわかる思考。

 

今のところ、ショウは普通の混色デッキを使っているに過ぎない。大きな動きをせず、無難に、堅実にファイトを進めている。

 

ファイトの内容に拘るショウを知っている者からしたら、これは少しだけ不気味な現象である。

 

そしてその違和感を、対戦相手であるミヤコも感じていた。

 

(傍から見てるのとは全く別物ね……。実際にファイトしたらこんな感じということ……?まさか、最初にあたしがああ言ったのを気にして普通にファイトしている……?)

 

幸か不幸か、普段と違うショウの態度は、ミヤコの中にファイト以外のことを考えさせるという前代未聞の現象を起こすに至った。これによって、彼女の集中力が下がってしまったのは言うまでもない。

 

「ツインドライブ!!ファーストチェック、忍竜 ドレッドマスター。セカンドチェック、オラクルガーディアン ニケ。クリティカルトリガーで、クリティカルはVに、パワーはボイドマスターに加える」14000

「……ダメージチェック。一枚目……ターコイズ・ビーストテイマー。二枚目、バーキング・ケルベロス」

「ダーク・キャットのブースト、ボイドマスターでVにアタック」21000

「……仕方ないけどノーガード。ダメージチェック、お菓子なピエロ。ヒールトリガーGET。ダメージを一枚回復させるわ」

「アタックがヒットした時、ボイドマスターのCB。手札を一枚捨ててくださいな」

「ここは……ナイトメアドール ありすを……」「ぐふぉっ!?」

 

ミヤコがカードをドロップゾーンに置こうとした瞬間、突然ショウが口を押えながらえずいた。

 

勿論、それにはそこにいた誰もが彼の容体を心配したが、本人は「平気平気」と苦笑いを浮かべた。

 

今までの元気の無さといい、今のえずきといい、これは本当に体の調子を崩してしまったのではないかと心配するが、まだ今はファイト中。最後まで見届けるしかないのだ。

 

「……とりあえず、これで僕のターンは終了ですな」

 

オラクルシンクタンク

手札6

ダメージ表1

ダメージ裏1

 

「これは一大事ですね……。俺としてはここでファイトを止めたほうがいいと考えますが……」

「それは駄目だよ!まだお互い始まったばっかりだし、ショウさんまだ何もやってないもん!」

「……もう彼にそんな余裕はないと思うんですが……」

 

なかなか決断を下せない吉田君に、ツカサはどうにかこのまま続けさせようとアピールを続ける。その横で、店長が今のショウの姿を見て不安そうな表情を浮かべなら冷や汗を流していた。

 

(……訳が分からない……。本当に体調が悪いのなら、そう言ったほうがいいに決まってるのに。万全じゃない状態でやるんならこっちだって願い下げよ。もしまた調子を悪そうにするなら、その時点でファイト終了ね……)

 

げっそりとしたショウの姿を見ながら、ミヤコはそう考えながらデッキに手を伸ばす。そして引いたカードを手札に加えたその瞬間、今自分が置かされている状況を再認識するのだった。

 

(っ……しまった……。こいつに気を取られて完全に忘れてた……。この状況でロベールを握れないなんて……)

 

ミヤコは、今しがた引いたありすを見ながら唇を噛んだ。

 

今、ミヤコが陥った現象はライド事故。いや、ライドすることは出来るが、手札にあるG3のカードはヴァンガードではなんのスキルを持たないナイトメアドール ありすのみ。それに対し、ショウはほぼ盤石の態勢をしいている。

 

ここでロベールに乗れないのは痛いが、こういうことはよくあること。このカードでどうにかするしかないのだ。

 

ミヤコはそう決意を固め、ありすを手に取る……。

 

「ぐぼぁはぁ!?」「っ……ちょっと!いい加減にしなさいよ!」

 

再び声を上げながらえずくショウに、堪らずミヤコは声を荒げた。

 

ノブヒロのファイトで、進行を妨げられることに嫌悪感を感じるようになった為か、こういうことに敏感になっていたのだろう。

 

突然の事に吉田君は、穏便に事を済ませようと二人の間に入ろうとするが、その前にショウが目を見開きながら口を開いた。

 

「そ……そのカードは……」

「……?あたしだってこのカードにライドするのは気が乗らないわ。でも、仕方がないのよ。今はこれで済ませるしかないんだから……。ライド!ナイトメアドール ありす」

「あ……ああ……」

 

眉間に皺を寄せながら、握ったナイトメアドール ありすをヴァンガードに重ねるミヤコ。その光景を目のあたりにしたショウは、体中を震わせながら、ありすを指さした。

 

状況を全く整理出来ないショウ以外の人間は、ただただその状況を見つめることしか出来なかった。

 

「一体なんだっていうのよ……。あたしはライドに失敗、あなたは成功した。これで満足?」

「あぁ……そうさ、分かってるとも。いつか、こういうことが起きることはさ……」

 

少しイラつきながら言うミヤコに、ショウは何かを悟ったように顔を俯かせ、徐に立ち上がる。先ほどまでの脱力感を感じさせる雰囲気から一遍し、まるで修行僧のような悟りのような何かが、ショウの身体からにじみ出ていた。

 

「決めていたさ……。こうなった時、どうするのかということをさ……」

「あなた……一体なにを……」

 

あまりにも様子が違うショウに、ミヤコも恐る恐る問いかける。そして次のショウの一言で、ミヤコは勿論、その場にいた全ての人物が、この宮下ショウという人物が本物の変態であるということを確信することになる。

 

 

 

「僕はこのファイト!負けを認めます!僕の夢であり!生きる希望であり!永遠の妻であるナイトメアドール ありすちゃんを攻撃するなんて……僕には……出来なああああああい!!!」


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