僕の手札にもうアタッカーはいない。クリアさんのRにインターセプトを持つユニットもいないし、ここで無理にブースターを展開する必要もない。
僕にできることはただ一つ。
「タフボーイのブースト、シュテルンでVにアタック!」19000
このアタックを通し、決着をつける。完全ガードを恐れる必要なんてないんだ。
僕にはみんながいる。僕を信じて付いてきてくれる仲間がいるんだ。だからそれに僕は答えてみせる。
それが僕の戦う理由なのだから!
「ノーガード」
やっぱりそうか――ここでのノーガードは想定の範囲内。いや、むしろ賭けに等しい。
そもそもクリアさんにはここでシュテルンにライドされることへの対処法がない。
だからクリアさんが狙っていたのは恐らく僕が深読みしてシュテルンにライドしてこないということ。
僕のイメージしているクリアさんのイメージ。そしてそこから導き出される予想を前に、僕はここでシュテルンにライドするのは戸惑うと考えていたのだろう。
あえて4点ダメージを与えることでこちらに完全ガードがあることを危惧させる為に。
そうなればよりアタック回数を増やすことができ、手札を温存できるアシュラを継続させて使用すると僕は考えるだろう。パワーは同じ11000。完全ガードがあればこそ成立する理屈。
しかしそれはフェイク。確かに完全ガードがあればそのほうがメリットとなりうるものの、なければシュテルンで一気に展開を持っていくことが可能なんだ。
本来ならばほぼ神頼みの局面。
それをプレイングのみで回避しようとするファイターなんて世界広しと言えどそうはいないだろう。
聡明かつ合理的、あらゆる状況下をも操るクリアさんだからこそ出来る芸当だ。
――そしてその圧倒的限られた状況下を打破するのはこの僕、宮下シロウ。
初めての大会をただ楽しもうとする気持ちは既に薄れている。目指すのは地区大会への切符ただ一つ。
ここで流れを掴み、みんなと共により高みへと到達してみせる!その気持ちを胸に、僕はデッキに眠るユニット達の力を借りる為、高らかに宣言した。
「ツインドライブ!!ファースト!ロケットハンマーマン。セカンド!キングオブソード。トリガー無しです」
有利なのはこちらで間違いない。けど、この連続アタックが成功したからと言って僕が勝てるとは限らない。
「ダメージチェック、半月の女神ツクヨミ」
クリアさんのダメージはこれで三点。残り二回のアタックを通したとしてもダメージは五点。仕留めきれない。
いや、仕留めきれないばかりか、僕はシュテルンのスキルを使うために手札を大幅に消耗する分返しのターンが厳しくなってしまう。
たとえトリガーをキングに乗せたとしても、クリアさんには後二回のダメージチェックがある。そこでトリガーが発動しないほうがおかしい。
つまり僕は……
「シュテルンのアタックがVにヒットした時、CB2と手札のノヴァを二枚(ハンマーマン、タフボーイ)捨てスキルを発動!シュテルンと後列のタフボーイをスタンドさせます!」
次の二枚のドライブチェックでクリティカルトリガーを引かなければいけない。確立は低いかもしれないけど、そんなものは考える意味もない。
「タフボーイのブースト、シュテルンでVにアタック!」19000
ヴァンガードは運ゲーなのだから。
「ノーガード」
クリアさんは先ほどと同じように無表情でノーガードを宣言する。クリアさんもただトリガーに祈るしかないのだろう。
僕はそのままデッキに手を伸ばす。シュテルンのスキルによってスタンドした場合、このカードはツインドライブ!!を失ってしまう。故にここで引けるのは一枚だけ。
「ドライブチェック!……GET!クリティカルトリガー!効果は全てVに加えます!」16000
たとえ一枚でもトリガーはトリガー。僕は沸き上がる気持ちを抑えながらそう宣言した。これでシュテルンはクリティカル2の状態でスタンドすることが出来る。
「ダメージチェック。一枚目、三日月。二枚目、GETドロートリガー。ドリームイーターの効果で一枚引き、パワーはVに加える」14000
やっぱり発動した……。僕は顔をしかめながらも、状況は何も変わっていないと自分に唱えながら再びコストを払う。
ツクヨミのパワーが上がったけどそれはこちらも同じ、今までのアタックが防げないならこのアタックも防げない。
……いや、今のドローがG3以外なら防げるけど、それならクリアさんの手札を削ることが出来る。問題はない!
「タフボーイのブースト、シュテルンでVにアタック!」24000
怯むことなくアタックを宣言する。あわよくばこれで……最悪最低ガードをされたとしてもトリガーや次のキングのアタックでどうにか出来る。
僕がそう考える中、クリアさんは手札からカードを一枚抜いた。
「ガード……」
「っ!?そんな……」
予想外の事態。いや、予想はしていたがそれは違うと証明したはずの事態。
今この人がガーディアンサークルに置いたカードは、僕にとって一番見たくなかったカード。
「バトルシスターしょこら。手札のアマテラスを捨て、完全ガード」
あらゆる攻撃を完全にシャットアウトできる完全無比の絶対防御、守護者(センチネル)
さっきの僕の推測はあくまでクリアさんが守護者を持っていないことを前提としたもの。
当然、本当に完全ガードを持っている可能性もあった。
でもどうしてこのタイミングに……。ダメージを溜めたかった?もしかして今のドローで引いたのか。
様々な臆測が頭の中を飛び交う最中、クリアさんはまるで僕が何を考えているのかわかっているかのように諭す。
「お前の疑問はいずれはっきりする。まずはすべきことを全うしろ」
落ち着いた様子でクリアさんはそう言う。全て計算通りということなのだろうか……。
とりあえずクリアさんの言う通り、まずはドライブチェックを確認しよう。情報が足りないとどれだけ思案を巡らせたとしても中途半端に終わる。
「ドライブチェック、シュテルン・ブラウクリューガー。トリガーなしです」
警戒する素振りを見せながら引いたカードを手札に加える。
正直な話、このタイミングでのG3はあまりよろしくない。トリガーでもガードにも使えないこのカードは、手札を圧迫する最大の要因となる。
でもこんなことでネガティブになってはいけない……。逆に考えるんだ、ガードしなくてもいいさと……。
……いやいやガードはしないと駄目だ、何を考えてるんだ僕は……。
邪念を振り払うように首を振ると、再び手札を見つめる。
このカードは次の僕のターンのアタッカーとして使えばいいんだ。クリアさんの手札に10000ガードがある以上、このターンで仕留めることは不可能。なら……
「ハンマーマンのブースト、キングでRの満月にアタック!」16000
Vの満月のパワーはトリガーで16000になっている。普通にVにアタックして5000でガードされるなら少しでも戦力を削ぐためRにアタックするのは定石。
さすがのクリアさんも次にアタッカーを引く確信がないならここは10000でガードしてくる。手札によってはVにアタックしても10000でガードしてくるかもしれない。
次のクリアさんのターンもVのアタックは10000ガードで事足りる。なんの問題は……
「ノーガード、満月は退却する」
「……僕のターンは終了です」
三点と手札を二枚、更に前列の満月を退却させ僕はターンを終了した。
ノヴァ
手札4
ダメージ表0
ダメージ裏4
僕は確かめるようにクリアさんの手札を見つめる。
クリアさんの手札にはサイキックバードはあるはずなのにそれを疑問視してしまうようなプレイング。
サイキックバードは自身をソウルに入れることで一枚ドローできるスキルを持つものの、この局面で何が来るかわからないドローに賭けるのはあまりにもリスクが高い。
口ではああいうものの、プレイングは常に堅実であるクリアさんがこんなことをするとは思えない。つまり、サイキックバードは必要なパーツの1つであるということ。
……ここで僕の中に1つの仮説が立つ。
しかしそれはあまりにも非現実的で、運命の女神様が微笑まない限り起こり得ない事象。
もしこれが正しければ……あの時に引いたカードは……。
ゴクリと息を飲む僕に、クリアさんはドローした後に一枚のカード取り出す。
……もはやそれしか有り得ない。クリアさんがあの時言った言葉から、もうこれしか可能性はなかった。
「ライド、The・ヴァンガード。満月の女神ツクヨミ。続けて、手札のサイキックバードをコールし、スキル発動。ソウルに入れドロー。この瞬間、ツクヨミはスキルの使用条件であるソウル6枚を満たした。よって、俺はCB2をコストに二枚ドローすることが出来る」
ツクヨミが強カードである所為。それこそがこのスキル。
使用条件はあるものの、満たしてしまえばいつでも使うことが出来るドロー補助能力。
二枚引けるものの、手札から一枚ソウルに入れなければならないのでそこまで驚異ではないが、このスキルは事故を起こした時にその真価を発揮する。
「俺は手札からドリームイーターをソウルにいれる。続けてCB。二枚ドロー」
ツクヨミを指定のカードが無ければ持ち前の防御力が発揮出来ず、パワーが極端に下がるデメリットを持つが、このスキルを使えば……。
「手札から三日月をソウルに入れる。この瞬間、ソウルに指定のカードが入ったことで満月のパワー11000に戻る」
手を労することなくリカバリーすることが出来る。
そう、クリアさんが五点ダメージを受けたのはこのスキルを二回使う為であり、満月を守らなかったのはこのスキルを使う過程でガードをする必要が無かった為。
この人には先が見えていた。己が勝つための道を、真っ暗闇の中から脱する方法を知っていたんだ。
手札を補充したクリアさんは、次に空いたRを埋めるように場に展開していった。
「左上にアマテラス(10000)、右上に戦巫女タギツヒメ(9000)をコールし、バトルに入る」
アマテラス/満月/タギツヒメ
三日月/みるく/
準備を整え、攻撃に移ろうと僕を見たクリアさんは何かに気付くと、 カードへ動かす手を止めた。
「……?どうかしたんですか?」
「いや……ただ最初あれほど自分のミスを後悔していたお前が、今回は特に気にしていないようだから少し気になってな」
クリアさんがそう答えると僕はフッと笑いながら自分のデッキを眺めた。
「なるほど、そういうことですか。後悔なんてしませんよ。そんなことをしたら僕は僕を信じて付いてきてくれたみんなを裏切ることになるんですから」
「ほう?それはどうして考えた?」
クリアさんは口元を緩ませながら興味深そうにそう問う。
「後悔するということはその行為が間違いであったと認めることです。先導者である僕がそんなことで落ち込んでいては先導者失格です」
クリアさんの言葉から宿った僕の信念。ブレブレな僕の心をクリアさんは真っ直ぐに引き伸ばしてくれた。
だからそれをクリアさんに証明したい。あなたの言葉が、あなたの力が――
「反省はしても後悔はしない。ただ自分が正しいと思う道を真っ直ぐに突き進む。それが僕の先導者としての在り方です。そしてその道がかならず勝利に続いてると僕は確信しています」
――あなたの存在が僕にとってどれほどの変化をもたらしたのかを。
決して見失わない。この人の辿った道には常に勝利が待っているということを信じているから。
「そうか……そうだな。ここまでの展開は俺が運がよかっただけのこと。お前に非はまったくない」
無表情で話を聞いていたクリアさんはそう口を開いた。
「勝てば実力、負ければ運。言い訳に聞こえるかもしれないが、ヴァンガードとはそういうものだ」
クリアさんはそう言いながらタギツヒメに手を添えると不適に微笑む。
「行くぞ、宮下シロウ。お前はこの攻撃を凌げるか?」
クリアさんが僕に直接挑戦をしかけてくれた。ならば僕もそれに応えなければならない!
「凌ぎきって見せます!たとえクリティカルが出ようと、僕はデッキに眠る4枚のうちの1枚のヒールトリガーを引き当てて見せます!」
* * * * *
「――対戦、ありがとうございました」
僕は清々しい気持ちを胸に抱きながらそう礼を述べた。
「あぁ。いいファイトだった」
散らばったデッキを集めながらクリアさんもそう返す。
納得のいくファイトができたからこそこうして勝ち負けを気にせずに会話を交わすことができた。
大会だから多少は気にしたほうがいいんだろうけど。
「しかし、あれは面白い展開だった。宣言通り、デッキからヒールトリガーを引き当てるとはな」
デッキを纏めたクリアさんは微笑しながらそう呟いた。
「そうですね。正直言ってデッキに4枚あるからと言ってあれだけデッキ枚数があったら確立はそこまで高くはなかったのであまり自信はなかったんですが……」
僕もデッキを纏めながら恥ずかしそうにそう言うと、あの後のことを思い出した。
クリアさんのバトルフェイズ。
先鋒はタギツヒメによるR潰し。こちらのダメージが4点である為、このアタックはクリティカルが乗る可能性のあるVのアタックを通しやすくする為のお膳立てと言えるだろう。
そして僕の手札にはガードに使えないシュテルンと10000ガードが2枚、5000ガードが1枚ということで、トリガーが乗れば最低でも1点通ってしまう手札だった。
次の満月のアタック。クリティカルが出たらどちらにしてもガード出来ない僕はノーガードを宣言。しかし結果は無情であり、クリアさんはクリティカルトリガーを引き当てた。
「ライド事故を補うかのような運の良さだったな。まぁ、お前には勝てないが」
クリアさんは笑いを堪えるようにしながら言った。
「そんなこと言わないでくださいよ……。あんなこと言って恥ずかしいのは僕なんですから……」
会話から察してもわかるように、結論から言えばこのダメージチェックでヒールトリガーは出た。
そう、出るには出たのだが……
「俺のダメージは5点。1点目からヒールトリガーを出した時のお前の顔ときたらお笑い草だった」
そう、クリアさんの言う通りトリガーは出たのだが、1点目から出たことで回復は発動せず、案の定連続ヒールは叶わず僕は6点のダメージを受け負けてしまったのだ。
あれだけ大きな声でヒールを引き当てて勝つと言っておきながら結末はヒールを出したのに負けたという悲惨なもの。
あの時は後悔しないと言ったが、こればかりは後悔せざるおえなかった……。
「あんなこと言わなければよかった……」
落胆しながら呟く僕に、クリアさんはデッキと対戦カードを持ちながら立ち上がるとこちらを見下ろした。
「そう自分を卑下する必要はない。考えてもみろ。低い可能性であったはずのヒールトリガーをお前は結果はどうあれ引き当てたんだ。それはお前のユニット達がお前を信じて着いてきたということだ。そうだろ?」
「確かにそうですけど……」
釈然としない僕の態度に、クリアさんは表情を変えることなく続けた。
「お前の気持ちもわからないではない。だが、勝利を欲するがあまり自分のダメージを確認せずがむしゃらにヒールを求める様はいかにもノヴァグラップラーらしいやり方だ。お前はそういうこいつらのことが気に入って使っているんだろ?」
……クリアさんが僕を面倒とかかわいそうとか思っているかは僕には判断することはできない。
けど、クリアさんの言ってることは間違いなく僕の心に届いていた。
『ノヴァはね、器用な立ち回りとか手札を補充するといったことはあまり得意じゃないんだ。不器用なクランだからね。スタンドしたりパワーを上げたり、ただひたすらに力で捻り潰すしか脳がないんだ。でも逆に言えばそれは真っ向から相手に対抗するという意味で潔いクランでもあるんだ』
初めてカードを買った時のカイリさんの言葉を思い出す。それはまるで走馬灯のように自然と頭の中に流れ込んできた。
『俺はその中でもこのバトルライザーが気に入ったんだ。みんなの力を糧にして勝利を掴むユニット。ノヴァの中で唯一自分だけでなく仲間と一緒に勝利を目指すこのカードが俺にはとてもかっこいいと思えたんだ。だからシロウ君も特にこだわる必要なんてない。自分の好きになったクランを好きなように使えばいいんだからさ』
「そうか……そうですね。クリアさんの言う通りだと思います。……僕はこのデッキが、このクランが好きでこうやって使ってる。この事実だけは決して変わりません」
僕は自分のデッキを握りながらそう呟いた。するとクリアさんは満足したかのように口元を綻ばすと、静かに去ろうとした。
「あのっ!」
僕が慌ててそう呼び止めるとクリアさんは首だけをこちらに向けた。
「クリアさんはなんの為にヴァンガードをやってるんですか?」
この問いに特に意味なんてない。そう、単なる好奇心に過ぎない。
けど興味があるのは確かだ。今まで理由なくファイトしているクリアさんが一体どんな思いで戦っているのかを僕は知りたかった。
「……倒したい奴がいる。俺の理由はそれだけだ」
短くそう答えると、再び歩みを始めようとするクリアさんに僕は再び問い掛けを送る。
「もう一つだけいいですか!どうしてクリアさんは僕にこんなに色んなことを教えてくれるんですか?僕がお兄ちゃんの弟だからですか?」
クリアさんの心境など考えず僕はそう訊ねる。
普段から無愛想なクリアさんがどうして僕にこれだけ気を使ってくれるのか。こればかりは皆目検討がつかなかった。
「さぁな、それは俺にもよくわからん」
背を向けながらクリアさんはそう答える。
表情の見えないクリアさんのその返答に、僕は自分の行いが失礼なことをそこで気がついた。
「あっ、すいません……。変なことを聞いてしまいました……。今のは忘れてもらって構いません」
申し訳なさそうに呟く僕に、クリアさんは何も言わずにその場を立ち去った。
小野クリア
その名は僕の中の理想であり、あらゆる物を打ち砕く最強の象徴。
あの人の背中を見て僕は……彼が先を歩いている限りいつまででも強くなれるような……そんな根拠のない思いを抱いた。
(ありがとうございました!)
僕はそう心の中で言うと、満足したような笑顔でデッキをしまい、お兄ちゃんのファイトを見にいった。
(まるで昔の自分を見ているようだったから……なのだろうな……)
クリアは自分のデッキを見つめながらそう心の中で思ったのであった。
ショップ予選 2回戦目
勝者 小野クリア