先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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その時カイリは少し混乱していた。

ヴァンガードの大会という初めての舞台で、自分はどういう気持ちで挑めば良いのか。それがどうしても思い付かなかったのだ。

「…………」

カイリは自分のデッキを見つめる。
他のファイターはそれぞれ自分の目標の為に戦っている。

戦いたい相手に巡り会う為、自分の力を試す為、そして最後まで勝ち残る為に皆は自分の持てる力全てをこの大会に注いでいる。

しかし自分にはそのどれもない。ただ皆と楽しめればいい。結果はどうあれ、ファイトを楽しめればいいと思っていた。

しかしここに来て自分の考えが甘かったことを思い知る。

ここにいる人は、他を蹴落とし何がなんでも上に登り詰めようとしている以外の考えは持ち合わせてはいない。ましてや楽しもうなんていう輩は恐らく自分だけだろう。

そんな自分がこの場にいていいのだろうか。
ヴァンガードは少なからず運が絡むゲーム。もしこんな自分が勝ってしまったら、相手の人はどう思うのだろうか。

カイリはそれが一番怖かったのだ。
なんの気概もない自分が勝って、もし相手が納得しなければどうしよう。

相手に勝ちを譲る?いや、それこそ相手に対しての冒涜だ。

そんな事をすればそれ以降、皆の僕を見る目が変わるのは火を見るより明らかだ。

なら一体どうすればいい……。
どうすればその場を丸く治めることができる……。
どうすれば相手の機嫌損なわせないようにできる……。

どれだけ考えても、カイリにはそれが分からなかった。


友情の在り方

「まさか一発目からお前と当たるとは思ってなかったな。けど、上に上げればいずれやらなきゃいけなくなるんだから結局変わらねぇか。いいかカイリ!今回のファイト今までのような遊びとは訳が違う!いつも以上の力でぶつかってこい!」

 

気合いの入ったハジメの声が耳に伝わるが、その言葉はカイリの心までは届かなかった。普通のファイトでないのはカイリも重々承知している。

 

そしてその意識は、今までで最もファイトしたハジメでさえ、控えめにならざるおえないほどカイリの身体に染み込んでいった。

 

ファイターズロードでのプレッシャーとは別の物。どうすれば勝てるのかではなく、どうファイトすればいいのかが分からなかった。

 

しかし時はそんなカイリとは裏腹に過ぎて行く。吉田君の合図とともに、カイリとハジメはFVを表替えした。

 

「バトルライザー(3000)」

「幼虫怪人ギラファ(5000)」

 

お互い見慣れたFV。

いやFVだけではない、二人にはお互いがどのようにファイトするかさえ手に取るように分かっていた。

 

もう幾度と繰り返したファイトの中で、お互いの戦術は体が覚えていたのだ。

 

「俺の先攻、ドロー。ライザーカスタム(6000)にライドしてバトルライザーは右下に移動。これでターンエンド」

 

危なげない滑り出しでカイリはターンを譲る。いつもと同じ無難なプレー。

故にハジメはなんの躊躇もすることなく自分のターンを迎える。カイリの様子がいつもと違うことも知らずに。

 

「俺のターン、ドロー!メガコロニー戦闘員B(6000)にライド!あーあ、カイリが順調ライドなのに対して俺の方は若干お粗末になっちまったな。けど、まだ勝負は始まったばかりだ。油断大敵だぜ!」

 

苦い顔をしながらもすぐに覇気のある姿勢でハジメはアタックを宣言する。

 

カイリとは対称的にハジメのやる気はいつもと同じ……いやいつも以上に燃えていた。

 

そしてその心情を当然のようにカイリは読み取り、ハジメがこの大会にどれだけ意気込んでいるかを察した。

 

「……ノーガード」

「だな。じゃあドライブチェック!エリート怪人ギラファ!トリガーはなしだ」

「ダメージチェック、タフボーイ。トリガーなし」

「これで俺のターンは終了だ。さぁ、俺は今エリート怪人手札に握った。その状況下でお前はどう攻めてくるよ?」

 

わざとらしく挑発していくハジメ。しかしその揺さぶりに、カイリは全く動じてはいなかった。

 

「俺のスタンド&ドロー。ハイパワードライザーカスタム(8000)にライド」

 

ライザーカスタムに続けてハイパワードにライドするカイリ。

 

ライザーデッキにおいて最も重要なのは如何に迅速にソウルにライザーを入られるかということ。

特にライドによるライザーの差し込みは、手札消費を抑え、来たるパーフェクトライザーライド時に入れなければならないライザーを最小限に抑えることが出来る。

 

必要なソウルは4枚。これでパーフェクトライザーは高いパワーと共にクリティカルを得ることが出来る。

 

つまり、ここでカイリが連続でライザーにライドしたことで必要なソウルは残り2枚。最初にSコールしたバトルライザーを数えれば残り一枚ライザーを配置すれば準備は整う。

 

「右上にストリート・バウンサー(8000)をコール。そしてスキルを発動するよ」

「なっ!?ストリート・バウンサーだと!?」

 

カイリがコールするのと同時に目を見開きながらハジメは声を上げた。

 

ストリート・バウンサーは最近発売した双剣覚醒のユニット。

発売当初はまだ手をつけていなかった新カードを、大会という大一番で使用してきたことに驚いた。

 

「このカードと後列のバトルライザーをレストしてドロー」

 

しかしこのカード自体はライザーデッキと非常に相性がいい。相手に依存しないドローソースは、ライザーを集めるのに適しており、スキルの対象をバトルライザーにすることで、ブーストしたらデッキに戻ってしまうこのカードを最大限に利用することが出来る。

 

「お前……いつの間にそんなカードを……」

 

ハジメがバウンサーを見ながら訊ねると、ハッと我にかえったように顔を上げながら答えた。

 

「えっ!?あぁ、これはショウさんが教えてくれたんだ。俺のデッキならこれを使ったほうがいいと思うよって」

 

説明を聞き、ハジメは「なるほど」と納得したように頷いた。

 

デッキ制作のプロフェッショナルであるショウさんらいし的確なアドバイスだ。デッキ構築で彼の右に出るものはいないだろう。

 

(今度新しいカード出たら俺も聞いてみよ……)

 

しかし、そんな大胆な行動に移ったのはカイリの決断。

 

ハジメはにやりと笑みを浮かべる。

 

ショウの助けはあったものの、これはカイリが大会に向けて何かを見出したからこそ導き出された答えなのだとハジメは思う。

 

ハジメがカイリにヴァンガードを誘った理由。その真意に迫るこのカイリの心意気にハジメはワクワクしていたのだ。

 

そう、今の段階では――

 

「続き、行くよ。俺はライザーカスタムをV裏にコールしてバトルに入る」

 

/ハイパワード/バウンサー

/カスタム/バトルライザー

 

2枚目のライザー。これで次のターン、カイリはパーフェクトにライドするだけで全ての条件を整えることができる。

 

圧倒的優勢。

 

普段とは違うポーカーフェイスとトーンの変わらない声でのプレイング。

 

それらが相乗効果となってあたかもカイリが歴戦のファイターを思わせるほどの錯覚をハジメは覚える。

 

「ライザーカスタムのブースト、ハイパワードでVにアタック」14000

「……ノーガード」

 

さすがのハジメもこの状況には成す術がなかった。

 

メガコロニーに後列を除去するユニットはいないでもないが、それを使うことができるのはG3以降。カイリが次の自分のターンにパーフェクトにライドしたら意味がないのだ。

 

故に今できるのはカイリがパーフェクトを持っていないことを願うこと。しかし……

 

「ドライブチェック、パーフェクトライザー。トリガーなし」

 

まるで詰め将棋のように可能性を駆逐されてゆくハジメ。

 

いくらハジメと言えどこれほどの盤上には苦痛に歪める表情を浮かべずにはいられない。

 

彼もまた、上を目指す為に尽力してきた者。勝てないまでも、こうも容易く負けてしまうのはヴァンガードファイターとして避けたかった。

 

「これは厳しいな……ダメージチェック、邪甲将軍 ギラファ」

「……俺はこれでターンを終了するよ」

 

カイリはその淀んだ瞳で苦悩するハジメの姿を見る。

人の心を読み取るカイリには、ハジメは一体どのように映っていたのか。

 

それは本人しかわからない。

 

ノヴァ

手札4

ダメージ表1

ダメージ裏0

 

「俺のスタンド&ドロー!お前のブン回りは他のデッキに比べても脅威だ。けどそれで負けるほどヴァンガードは甘くねぇ。エリート怪人 ギラファ(9000)にライド!」

 

ハジメも普段のおちゃらけた雰囲気を絶ち、緊張感を纏い、顔を引き締める。言葉の通り、今不利なのは紛れもなく自分であり、自分にはそれを打破する術もない。

 

故にこれはそうならざる終えなくなったと言った方が正しいのかもしれない。

 

(あの2枚のライザーをスタンド禁止にしたところで次のターンにはソウルに入って意味がなくなる……。今ここで俺にできる最善の手は……)

 

3枚のカードを手に取り、カイリを見据える。

 

「攻め続けることだ!右上にエリート怪人ギラファ、左列にアイアンカッタービートル(10000)と戦闘員Bをコールしてバトルに入る!」

 

アイアンカッター/エリート/エリート

B//

 

パーファクトライザーの弱点はその完成形への難易度の高さだけではない。パーフェクトライザーにライドした時のバキュームによるディスアドバンテージ。

 

完成形の攻撃時の脅威は、おそらく全てのユニットを上回るが、防御時には単なる11000、9000に戻る。

 

完成したパーフェクトライザーの対処法は、このアタックを最小限に抑えて攻めきる短期決戦がベスト。

 

「Rのエリート怪人でVにアタック!」9000

「ストリート・バウンサーでインターセプト」13000

 

使い終わったバウンサーを処理するカイリ。新カードの使用法は完璧のようだ。

 

「VでVにアタック!」9000

「……ウォールボーイでガード」19000

「ドライブチェック、レイダー・マンティス!ドロートリガーで一枚引き、パワーはアイアンカッターへ。そのままBのブースト、アイアンカッターでVにアタック!」23000

「ノーガード。ダメージチェック、バトルライザー。効果は全てバトルライザーに」

「これで俺のターンは終了」

 

ハジメはそう宣言すると、視線をカイリに向ける。

 

最善とも思える見事な立ち回り。

VのエリートにはVへのアタックヒット時スタンドを禁止にスキルを持つが、恐らくカイリはそんなスキルなど眼中にはない。

 

本命は単純なる延命。次のアイアンカッターのアタックが素で15000ものガードを要求するからこその手。

 

このアタックを妥協することで他のアタックを抑制できるとなれば、例えダメージチェックのトリガーがあてにならなくなったとしても被害を最小限に抑えられる。

 

(カイリは大会という重圧を全く感じてない……。いや、むしろ今まで以上にキレが増してやがる……。これは本格的にヤバイかもな……)

 

メガコロ

手札4

ダメージ表1

ダメージ裏0

 

「俺の……スタンド&ドロー……」

 

カイリは顔を俯いたままカードを引き、それを手札に加える。

 

見たところそのカードを確認する素振りを見せないのは、確認せずともライドするものは決まっているからだろう、とハジメは思った。

 

あらゆる状況を考えてもここでパーフェクトライザーにライドしない手はないのだ。故にハジメはライド後の展開を予想する。

 

最も自分の勝ちに向かう為の確立が高いのは何かを模索する。全力で勝利を目指すのがヴァンガードの務めであるからだ。

 

そしてそれはカイリも同じ。ここから怒涛の攻撃が待っているだろう。

 

自分から勝利をもぎ取る為に……

 

「ライド……Mr.インビジブル(10000)」

「なっ!?」

 

しかし、このハジメの予想は覆される。

 

ハジメの考えでは、このライドの瞬間にカイリのRはなくなっているはずだった。しかし今、カイリのRは今だ健在であり、VのカードはレッドライトニングをSCしていたのだ。

 

自分の裏を付いてきた……。それをつくことがパーフェクトライザーにライドする以上にメリットがあるのか……?

 

いや、考えるまでもない。Rの損失、ソウルの補充。これらの要因はパーフェクトの圧倒的攻撃性能の前には見劣りするのは必至。

 

「おい!カイリ!これはどういうことだよ!」

 

ハジメは最低限周りに迷惑をかけない程度にカイリに問いただす。

 

いや、そもそもこの行為も大会にはあるまじき行為。他人のプレイングにケチをつけるなど愚の骨頂だ。

 

しかし……もしもカイリが本当に本気でやっているのであればこんなプレイをするわけがない。普段あれほどパーフェクトライザーに拘るカイリが、この状況でライドしないなどというのは起こりえないのだ。

 

考えられる可能性は1つ。

 

「まさかお前……俺のことを気遣ってるんじゃねぇだろうな!」

 

大会という舞台の特性。

 

敗者はその場であらゆる可能性を失い、その先への進路を断たれる。

 

カイリは知っている。ハジメがどれだけこの大会を楽しみにしていたのかを。そして彼がより高みを目指していることも知っている。

 

カイリではないが、ハジメにもその時のカイリの考えていることが簡単に察することができた。

 

「やっぱり……俺なんかが勝ってもしょうがないよ」

 

カイリはそう言いながら苦い笑みを浮かべ、顔を上げた。

 

「俺が勝っても仕方ない?そんなわけねぇだろ!勝ち負けに誰かの承認が必要だと思ってんのか!?」

 

ハジメはカイリの心境などお構いなしに問い詰める。なぜならカイリの言っていることは間違っているからだ。

 

何故彼がそんな考えに至ったのかは分からないが、少なくともハジメのことを気遣っているのは間違いないだろう。

 

カイリはそんなハジメを尻目に、まるで罪を認めた罪人のような申し訳ない面持ちで口を開いた。

 

「そうだね……勝ち負けに誰かの承認なんて必要ない。言うなればこれは俺のわがままだ。自分という存在を、この場においての自身の立ち居地を確立できないという葛藤。そこから何も考えずに逃げ出したいという俺の情けない決断なんだ……。ここでもし俺が運良く勝っても、俺は満足に喜べない……むしろ負けて悔しがるハジメを見て俺は後悔すら覚えるかもしれない……」

 

カイリは頭を抱えながら自分の考えを口々に吐露してゆく。まるで何かに怯えるような自分の様がいかに情けないかを心の中で嘆いた。

 

「勝つことが怖いんだ……。もし今回のように運良く勝ち上がってしまったら……もしたまたま地区大会出場まで残ってしまったらと思うと頭の中がパンクしそうになるんだ……。かといって今更辞退することも出来ない……そんなことをすれば俺はみんなを裏切ることになる。だから出来る限り自然な形で勝ちを譲るようにしようと思った……。でも俺はミスを犯した……。ドライブチェックでパーフェクトライザーを引いておきながら、さも当然であるかのようにインビンジブルにライドするなんて、ナメプもいいところだ……」

 

ゆっくり顔を上げる。今までの行いから、自分がどういう人間なのか、そしてそれを自分自身で醜いものと感じたカイリはどうしようもなくただひたすらに嘆いた。

 

「結局俺は……自分が穢れるのが嫌なんだ。敵意を向けられることが耐えられないんだよ……」

 

ひたすらにネガティブな発言を繰り返していくカイリ。こんな態度をしてイラつかない人間などいないだろう。

 

しかしハジメは怒るわけでも、慰めるわけでもなく、ただ一つため息をついた。

 

「はぁ、あれから結構経つが結局お前何も変わってないのな」

「あれから?あれってなんのこと?」

 

皆目検討のつかないことに呆然とそう問いかけるカイリに、ハジメはキッと鋭い視線を向けながら言った。

 

「そんなの決まってるだろ。黒柳コウとかいうやつとファイトした時のことだよ。お前が相手の意志を無視して立ち向かった初めてのファイト。あの時のお前は一切の遠慮がなく、自分の中の力を遺憾なく発揮していた。そう、普段のお前からは想像できない程に」

 

当時のことを思い出しながらハジメは語る。勿論カイリもその時のことは覚えている。いや、忘れようにも忘れられないのだ。

 

あの時は、気が動転していて本来の自分を見失っていた。今まで心の隅に押し込んでいた物が開放されたような感覚。

 

カイリにとってあの記憶は後悔以外の何物でもない。だからハジメがここでこの話を振ったことで、カイリは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 

「俺は正直安心したよ。お前のその異常なまでの他人思いの性格は、いずれ自身に思いがけない不幸呼ぶことになると思っていた。だから俺はその時のお前を見てもうそんな心配はしなくても大丈夫だと思った。なのに……」

 

ハジメはカイリの場を見る。初めのあれほど完璧だった場から想像できないような惨状。

 

自分がメガコロニーであるということをまったく気にしていないまるで初心者のようなプレイング。

 

「なんなんだよこれ……。あの時のファイトとファイターズドームの一件を乗り越えてもお前は何も感じなかったのかよ」

 

白い目でカイリを見ながらそう吐き捨てる。カイリも言い返そうとするが、すぐにハジメが遮った。

 

「それは……」

「仕舞にはこの俺に気を使う始末。正直失望したよ。こんなにお前が臆病者だったことにな」

 

グッ……と胸を押さえながら歯を食いしばるカイリ。ハジメの言っていることは正論。それは自分でも理解している。

 

しかしその期待に応えられるようなものなんて自分にはない。

 

「……仕方ないじゃないか。俺には他の人が持っているようなものを何も持っていない。こんな真剣勝負もまともにできない俺とファイトしても、何も生み出せない……!」

 

胸をさらに強く握りながら悔しそうに訴えるカイリ。

しかし、そんなカイリに一切の同情を示さないハジメは、再び重いため息をつきながら口を開いた。

 

「はぁ、今度は記憶喪失か?忘れたのかよ、あいつが……黒柳コウが何て言ったのかを。あれほど険悪な中だったあいつが、最後に見せたあの言葉を」

「あの時の……言葉……」

 

『俺は黒柳コウ。いいか、上越カイリ。今回は俺がてめぇに油断をして招いた結果だ。次にまたやるとき、こう上手くいくとは思わんことだなぁ』

 

カイリの脳裏に甦る彼の言葉。そして自分の言葉を証明するようにハジメは続ける。

 

「言い方は悪かったが、あいつはきっとまたお前と戦いたい願ったはずだ。あいつだけじゃない。俺やシロウ。師匠やツカサさんやクリアさんだってお前と戦いたいと思ってる!」

「みんなが俺と戦いたいと思ってる……?なんで……」

 

重みのあるハジメの言葉にカイリは目を丸くしながらそう問いかける。

 

自分には何もないと思っているカイリに対し、ハジメはさも当然かのようにその答えを述べた。

 

「お前に期待しているからに決まってるだろ。あれだけ色々あって強くならないほうがおかしいんだからよ。そしてお前自身も、心の奥でまたあいつと戦いたいと願っていたはずだ。思い出せ、あいつがそう言った後の自分の言葉を」

 

ハジメがそう言うと、再び脳裏にあの映像が浮かび上がる。最もカイリが後悔の念を抱くきっかけとなったあの状況を。

 

『そうでしょうね。ですが、次も勝つのはこの僕です』

 

自分も負けじと言い放ったあの言葉。ハジメの言う通り、あの時の自分は間違いなく彼と再び戦うことを意気込んでいた。

 

「教えてやれよ。お前がどれだけ成長したのかを。見せ付けてやれよ。お前の実力を。明確な理由なんて必要ない。もしどうしても必要ならこれからのファイトの中で探していけばいいだろ?俺達の未来はまだまだ長いんだからよ」

 

今までのキツい口調から柔らかい口調に転調する。その時のハジメの顔は、あの後自分が取り乱し、そして落ち着いた時の安心したような表情に似ていた。

 

自分には何もないと思っていたのは自分だけだった。逆に言えば、自分は自分のことをちゃんと分かっていなかったとも言える。

 

こうして誰かに教えられなければ気づけない自分を、心の中で笑いながらカイリは呟いた。

 

「本当、俺って情けないよね。いつもいつもハジメに助けてもらってさ。哀れったらありゃしない」

 

顔を俯きながら相変わらずのネガティブ発言。ハジメはまた眉間に皺を寄せながら口を開くが、

 

「カイリ……!」

「でもね……」

 

ハジメが言いきる前にカイリは遮った。顔を上げる彼の表情は、今までの負の感情を一切感じさせない程に輝いて見えた。

 

「俺も本当は皆と同じなんだ。シロウ君やショウさん、ツカサさんやクリアさんともこの舞台で戦いたいと思ってた。でもそれ以上に俺の頭は恐怖してたんだ。皆が何を考えているか分からないことが自分の考えを曲げることに繋がった。でも、それもここまでだ」

 

カイリは真っ直ぐハジメを見据えると手札のガードを二枚取り出した。

 

「ハジメの言うとおり、理由がないならこれから探せばいい。この長い旅路の果てに俺は、みんなには負けないような信念を見つけてみせる!」

 

まるでツカサのようにニヤリと微笑むカイリ。邪念を振り払い、自分の目的を定めたカイリの気概は、ハジメの心にまで届いた。

 

「いい感じになってきたじゃねぇか。けど、お前のそのプレミは流れに多大の影響を及ぼした。もうここからは俺が主導権を掴ませてもらうぜ!」

 

同じように笑いながら拳を握るハジメ。

 

ここから本当のファイトが始まる。

 

普段の遊びとは違う緊張感を纏ったこの戦いに、二人は一切の迷いもなく挑んだ。

 

「臨むところだ!俺は更に右上にハイパワードとキララ(9000)をコールしてバトルに入るよ!」

 

キララ/インビンジブル/ハイパワード

/ライザーカスタム/バトルライザー

 

「キララでRのエリートにアタック!」9000

「レイダー・マンティスでガード!」14000

「ライザーカスタムのブースト、インビンジブルでVにアタック!」16000

「ノーガードだ!」

 

ハジメのノーガードを聞き、デッキに手を添えるカイリ。

 

このファイト、例えどちらが勝ったとしても後悔はないだろう。それはお互いがこのファイトを純粋に楽しんでいるからだ。

 

勿論、これから先もこんなファイトが出来るとはカイリ自身も思ってはいない。遅かれ早かれ相手に不快な思いをさせてしまうことはあるだろう。

 

しかしこれだけは……ヴァンガードだけは自分のわがまま押し付けてもいいのだとカイリは考えた。いや、ハジメがそう教えてくれたのだ。

 

だから自分は出来る限り純粋気持ちでファイトがでるように努めよう。ファイトに負けて悔しいなら思い切り悔しがろう。

 

それが自分に許された正直な思いなのだから。


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