「さぁ、チェックメイトだ。イービルのブースト、バスカークでVにアタック!イービルのスキルでデッキを二枚削りパワー+4000!」22000
最後の三枚を残し、全てのカードをドロップゾーンに葬るツカサ。
ツインドライブ!!でギリギリ一枚残るように調節されたこのアタックは、ショウをより挑発するようなツカサの意向が見て取れる。
(……君は最後の最後まで僕を弄びたいようだね。自分が有利になったことを皮切りになかなか味なまねをしてくれるじゃないか……奇術師さんさぁ!)
眼球が剥きだすのではないかというほど見開くショウの瞳。
恐らく今のショウは人生において最大の怒りに包まれている。
自分が馬鹿にされたことではない。期待していたツカサというファイターが自分の期待を裏切った事に怒りを覚えたのだ。
自分と同じ数少ないファイターであり、良き理解者と信じていたが故の失望。外界との接触をあまりしていなかったが故の無防備な心情。
そうなってしまった彼にもはやまともなファイトを続けることは出来ないだろう。
いや、少しでも自身が不利であればそれを危惧して気を保つことが出来たのかもしれない。
しかし、現状は圧倒的なショウ有利。
展開されたユニット達もパワー不足で5000でガードできることを考えるとその気になれば全てのアタックをトリガー込みで完全にガードすることも可能であった。
「……あれ、本当に師匠なのか……?」
「そうだと思います……。僕もあんなお兄ちゃんの顔初めて見ました……」
あまりの豹変ぶりにファイトを見ていたカイリ達も思わず息を飲む。ファイトの決着はほぼついたが、その後の収拾をどうつけるか……。
しかし、それほどの変化をもたらした張本人は至って飄々としていた。
「サイキックバード、バトルシスター じんじゃーでガードォ!」31000
苛立ちをそのまま言葉に乗せガードをするショウ。今自分にできるこの行為がいかに無意味であるかを、彼は心の中で嘆いた。
「あっそうだ、ショウさん。もう特にすることもないだろうし、1つ言っておきたいことがあるんだけど、いいかな?」
あまりにも空気の読めないツカサの問い掛け。臨戦態勢の猫のように敏感なショウの気持ちなどお構いなしといった様子だ。
ショウ自身は既に結末が見えていることで投げやりになってることもあり、勝手にやってくれと言わんばかりに目を瞑りながら手札を置いた。
「ありがとう、簡潔に済ませるからもう少し我慢してね」
何故か感謝の意を唱えたツカサはニヤリと笑みを浮かべた。
「人っていうのは考える生き物だ。合理的に物事を捉え、効率的に事を成す。そうやって人は文明を築いてきた。それが人の性(さが)であり、本質だ」
開口と共に自分の前髪をグルグルと回しながらいじりだした。
「でもいつも何かを考えて動いているわけじゃない。無意識に何かをすることだってある。じゃなきゃあ、人はいつまでも意識を張り巡らせなければならない。そんなの、ギターの弦みたいにすぐ傷んじゃうよね」
不機嫌そうに話を聞くショウなど気にせずに髪を引っ張ったり戻したりするツカサ。
「だから無意識に行える行動は極力負担を軽減させる。これも人の本質に通ずるものがあるよね」
そこまで言うと、ツカサは真っ直ぐショウを見据えた。
「それが"癖"だよ、ショウさん。今までの経験から導き出した最善の、簡潔なる処置。効率を主眼に置く人が唯一持つ能力の一つ。特性、習性だ」
「……一体君は何が言いたいんだい?」
「特に理由なんてないよ。ショウさんも知ってるよね、ボクの性格。これは演出、ボクの目指す結末へのプロセス」
そう言ってクスリと笑うと、ツカサは徐にドロップゾーンをシャッフルし、カードを一枚ずつドロップゾーンに戻していった。
「さぁ、ボクがここで何故この話を持ち出したのか。それが気になるわけだよね。この局面でどうして癖の話をしたのか。それはヴァンガードにもそういったものが潜んでいることを言いたかったんだ。最善なる行動と効率的な運用が望まれるヴァンガードにおける癖。何かわかるかい?」
ツカサの問いに、ショウは黙ったまま彼を見つめ続ける。
「VによるVへのアタック、クリティカルをVへ、パワーをRに、完全ガード。色々あるけど、これらはその状況下における唯一の手段でしかない。残された選択肢から導き出される答えとは一線を画す存在だ」
ツカサは最後に残った一枚、おばけのちゃっぴーをショウに突き付けた。
「無意識下における安定行動、そうすることでその場を凌げると信じての一手、それは一枚分ガードのことだ」
残り時間は後僅か。しかし、ツカサは話を続ける。
すでに諦めていたショウに焦りはなかったが、ここで一つの違和感を感じる。
(彼の性格は知ってる。だからこれも単なる時間稼ぎではないということも理解してる。問題は……この工程は、ファイトの最後を飾るものだったはず。自分の勝利をより大々的に示すために。しかしそれを単なる時間切れにでこれほど悠々と舌を回すことが出来るだろうか?)
既にショウは自身の敗北を危惧してはいない。
(彼の言う一枚分ガードというのは今僕がガードしたガード値のことを言いたいのだろうか。いや、確かに僕は何も考えずにこれを出した。しかしそれに意味があるのか?)
それほどの優勢を敷く彼には1つの決定的な事実に辿り着くことは出来なかった。
(そして彼が翳すおばけのちゃっぴー。まるでクリア君の時のゼノンを彷彿させる……。あのカードがこの状況を打破する鍵になるということ。彼があのカードのスキルを使っていればこの状況を作ることは出来なかった……?)
心の中で問いかけるショウ。瞳を瞑るツカサにこの思いが届いているかはさして重要なことではなかった。
いや、彼にとってあらゆる事象は意味をなしてはいなかった。たった1つ。彼が見出した答え以外には。
「このちゃっぴーが意味すること。それはボクがこのカードでガードした時のことを思い出してほしかったからだ。グランブルーにおいてこのカードのスキルはメリットしかない。であるにも関らずボクはこのスキルの使用を否定した。何故だかわかるかい?」
「……この状況から察するに、僕とのファイトを先延ばしするのにデッキを削ることは得策ではないと思ったからじゃないのかい?」
「それもあるね。でも、考えてほしい。ファイトを先延ばしするだけならルインやイービルのスキルの使用を控えればいいだけのこと。たった1枚のデッキ破壊でどうこうなる話ではないということを。ならば何故ボクはこのカードの使用を否定したのか」
話ながらちゃっぴーをドロップゾーンに戻す。元ある場所に帰還したそのカードは、どことなく主人を妬ましくみているような気がした。
「"デッキをシャッフルされては困るから"だ。神様がボクに残してくれた最後の可能性を無碍(むげ)にするわけにはいかない」
(デッキをシャッフルされては困る……?無碍にしたくなかった……?そして一枚分ガード……)「!?まさか……君は!?」
ついに真実に辿り着いたショウ。しかし、もはや手遅れ。
「ツインドライブ!!ファースト!GETクリティカルトリガー!効果は全てVに!セカンド!GETクリティカルトリガー!効果は全てVに!」32000
圧倒的無勢をも容易く跳ね返すダブルクリティカルトリガー。
彼が最後まで諦めなかった理由は、時間切れを狙っているわけでも、引き分けに持ち込むことでもない。
たった一つの勝利を勝ち取る為の策略だったのだ。
勝利を確信……いや、最低でも引き分けにもつれ込むと思っていたショウにとって、この事態は最悪以上の何物でもない。
そう、最初に抱いていたツカサへの期待、失望、軽蔑といった感情は、全てツカサに躍らされていたに過ぎなかったのだ。
(全てが……フェイク……。あの時ちゃっぴーのスキルを使わなかったことも、ギャラリーが増えていることを教えたのも、僕が彼に失望させられたことも、彼が時間切れを狙っていることを示唆させたことも、全てはこのたった一つのプレイを完全なものにする為のフェイクだったというのか……)
驚き、愕然する奇策師。彼の油断が生み出した僅かな隙をこの奇術師は己が腕で無理やりこじ開けた。
「残りデッキは三枚。普段のショウさんなら、残りのトリガーからデッキに眠るトリガー枚数を予測することなんて造作もないことだよね」
先ほど捲った二枚のクリティカルトリガーをフリフリ振りながらツカサは呟く。
逆転により優位にたったこともあるが、何よりツカサはショウを出し抜けたことに喜びを感じていた。
故に笑みを抑えることが出来なかった。自分の勝利を確信したあの時のショウと同じように。
「……そりゃいつもだったらそうさ。こっちにはダブルトリガーでも防げる術がある。冷静に考えればそれが得策だっていうのは理解できるさ。でも君がそれをさせてくれなかった、そうだろう?」
フッと口元を緩ませながら問いかけるショウ。先ほどまでの怒りや動揺といった感情の高ぶりが嘘のように穏やかな表情を浮かべていた。
「圧倒的優位な試合展開による一抹の油断、君の動向への状況把握と対処、多くの観客への驚き、時間切れを思わせる策略、これほどの要因を抱え込ませておいてまともな思考なんていくら僕でも出来ないよ」
両手を挙げながら仕方なさそうな言い方をするショウ。
ただ純粋に目の前の相手に出し抜かれたことを認める潔さ。この展開にショウがどれほど驚かされたかが伺える。
ショウのダメージは四点。ダブルクリティカルによるこのアタックを凌ぐには、六点目から二回連続でヒールトリガーを引かなければならない。
しかし、ショウにとってそんなことはどうでもよかった。ただ1つ、ショウにはツカサに聞きたいことがあった。
「でもあれはないんじゃないかな?別に制限とか設けてるわけじゃないから攻める権利はないけど、嘘までついて僕を嵌めようなんてさ」
咎めるように指摘を述べるショウに対し、ツカサはわざとらしく首を傾げた。
「嘘?ボクはまったく嘘なんかついてないよ?」
「んん?でもあの時君は『こんな結末は望んでない』って言ってなかったっけ?ギャラリーで時間切れを示唆させたこともそうだけどさ」
疑り深そうに呟くショウ。
彼が言いたいのは、ツカサがあたかも自分が時間切れを狙っていることを、そしてそれをすることが残念であるという嘘の発言について。
策を弄することはあれ、お互いは相手の策を探りながらより有利に試合を運ぼうという暗黙のルールが出来ていた。
しかしツカサは偽りの発言でショウを惑わし、結果的にその発言がこのような展開を生み出したといっても過言ではない。
「あぁ、あれのことね。たしかにあの時のボクの言い方はまるで時間切れを狙ってるみたいに聞こえたかもしれないけど、ボクは一言だって時間による引き分けを狙っていたなんて言ってないよ?」
悪戯っぽく笑いながらツカサは言う。まるでそれを狙っていたかのような口ぶりは、ファイトを見ていたクリアに不快感を与えた。
「それにこの勝ち方を望んでいなかったのは事実だ。できればボクは戦術による策でショウさん打ち負かしたかった。こんなダブルクリティカルなんていうよくあるパターンで終わってしまうのはボクとしても満足に喜べるような結果じゃないよ」
手にした二枚のクリティカルを感慨深そうに眺める。
ファイトが始まったあの時、ここまで長引くことはないと気にもしていなかったこれらのカードは、今自分の手の中にある。
運命の神様は、どうやら今までの自分達をちゃんと見ているのだと、ツカサは悟った。
「フフン、また一枚食わされたというわけだね。君の策略に。でも、まだ終わりだとは思っていないよね?」
頭を掻きながらショウはツカサを見る。
「僕のデッキのは4枚のヒールトリガーが残ってる。これさえ引ければ僕は負けはしないんだからさ」
普段のおちゃらけた雰囲気に戻ったショウの最後の強がりとも取れるこの発言。たしかに彼の言っていることは間違いではないが、それはあまりにも非現実的であった。
「勿論知ってますとも。だからこそボクはショウさんのダメージを常に4ダメージでキープしてたんだから。いくらデッキのヒールトリガーの割合が多いといってもそこから二枚連続で引くのは至難の業。勝利フラグの立ってたお母さんとのファイトでも負けたショウさんにその一縷の望みを掴み取ることはできるかな?」
「ファッ!?何故そのことを……」
目を見開きながらショウは椅子をがたつかせた。
「お母さんから直々聞かせていただきました~。前々からショウさんのことは気になってたから、パンドーラの後遺症がまだ直ってない時にお母さんにその事を聞かせてもらったんだ~。いや~、お母さんも楽しそうに話してくれるもんだから一層ショウさんとのファイトを楽しみにしたことですよ」
「なん……だと……。ということは僕のあのデッキのことも……」
声を震わせながら恐る恐る問いかける。間違いであってくれという彼の思いは、本人も報われないということを知っていた。
「さすがショウさんですね。エグザイル・ドラゴンをあんな方法で使うなんて。それに『友達に会わせるという約束、果たしてみせるさ』なんて臭いセリフはやっぱりショウさんにこそ似合いますよね~」
「やめろぉ!後からそういうこと言わると恥ずかしいでしょうが!ぐぬぬ……何故か中学二年生の時を思い出させられたよ……。まさかこの状況でこんな心理攻撃をしてくるとは……」
大声で自分の声を掻き消そうとするショウの姿にツカサは思わずぷっと吹き出した。
「心理攻撃は基本ですよ。さてさて、そろそろ時間も限られてきたし、ダメージチェック行ってみましょうか」
ツカサがそう促すと、ショウもはっと我に返り、深呼吸をすると今まで止めていた髪留めを外し、前髪を下ろした。
「ふぅ……、そうさね。時間切れになるほうが勝ち負けよりもっと悲惨。ファイトは真剣勝負、何が起きても恨みっこなしだ。ダメージチェック、一枚目!」
フェイズの宣言をしながらゆっくりダメージとなるデッキトップのカードを表にする。
ショウを敗北へと突き落とす三回のダメージチェックうちの一枚目。
皆が固唾をのんでそれを見守るが、ツカサのダメージ五点。ここでヒールトリガーを発動しても意味はない。――むしろ、
「……ロゼンジ・メイガス」
この段階でヒールが捲れることは、その後のトリガー発生率を大きく下げることに繋がる。
故にこのヒールトリガーはショウにとって大きな痛手。いくらデッキ内の圧縮が出来ているとはいえ、これで彼は三回連続でヒールトリガーを引かなければならなくなった。
「いや~、まさかこんなに早くお目見えするとは。ちょっと焦りすぎちゃいましたね」
「頑張ってくれるのは超嬉しいけど、もうちょっとタイミング計ってくれませんかね……僕のデッキ……」
事態の深刻化に気を落としながら祈る気持ちで自分のデッキを見つめる。
彼のデッキは、目の前のハンドアドバンテージを狙うのではなく、トリガーによる不確定ながらも膨大なアドバンテージに賭けるヴァンガードのギャンブル要素に特化している。
本来なら絶望的なこの状況でも、彼がかけた手間と労力から生み出された可能性は、普通のファイターのそれを大きく凌駕する。
「気を落とすな、まだ希望は三枚残ってるんだからさ。僕のデッキはこんなところで朽ちるほど……」
二枚目のダメージを捲る。
そこにはショウという人物ではなく、奇策師でもなく、たった1人のファイターとして、こんなに簡単に終わらせるわけにはいかないという気迫を感じさせた。
「柔な橋は渡ってない!」
バッと一気に捲られるカード。その左上には、【治】の一文字が刻まれていた。
「……ふぅん、さすがショウさんだ。ここまではお手の物というわけですか」
「僕と君とのファイトだ。最後の最後、クライマックスを飾る駆け引きを演出できなきゃ君の名に傷をつけてしまう」
「えっ」と小さく漏らすツカサ。そして思い出す。自分達のショータイムはまだ終わっていないことを。
ツカサはニヤリと笑みを浮かべ、自分の胸に拳を突きたてた。
「気を使ってもらって痛み入ります。ならば、残り二枚の希望。ボクにショウさんの最後の維持を見せてくださいよ!」
「上等!この波乱のファイトの中でよりどちらがトリックスターとしての気質が高いか。決着をつけようじゃないか!」
名残惜しくも後悔もない。これが自分達の運命。2人の奇術師の戦いに今、終止符が打たれる。
「ファイナルチェック!」
ショウは右腕一気に振りぬく。その手には最後のダメージとなるカードが握られていた。
「君は僕が一枚分ガードをした時点で勝ちを確信したはずだ」
まるで時が止まっているかのように振りぬいた腕をそのままに語りだすショウ。
何故いまさらそんなことを言い出すのか。そんなことは愚問でしかない。
彼はツカサの為に、敬意を表する目の前のファイターの為にこのような演出をしているのだから。
「第一ターンのダークキャット。VによるRへのアタック。アイデテック・イメージの精度の向上。ぬばたまの奇襲。デッキ破壊によるトリガー操作。ブルーアイやロゼンジによるデッキ圧縮。奇策の封印。ちゃっぴーのスキルの放棄。デッキアウトを危惧する状況下からのタイムアウトを示唆。僕の感情を利用したダブルクリティカルトリガーの貫通。たった一回のファイトで色んなことがあったことだ」
ファイトを思い返しながら伸ばした腕を戻す。この場においてカードの中身を知るのはショウのみ。俯いたまま口を話すショウの顔からはそのカードがなんなのかを検討付けることはできなかった。
「それほどのことがありながら、最終的にファイトの終焉を飾るのは運ゲー。まったくもってヴァンガードはブレないこと。君もそう思うだろう?」
ショウの問い掛けに対し、ツカサは黙ったままニヤリと笑みを浮かべるのみ。
「でも君は心のどこかでもう勝利を確信しているはずだ。例え僕が二枚目のトリガーでヒールトリガーを出したとしてもさ」
指に挟んだカードを顔の近くまで持ってゆく。
「その思いは時に弱点となる。それも致命的で、決定的な。そう、さっきの僕と同じように」
手首を返しながらツカサに挟んだカードを公開する。
ピンクを基調とした背景にその神秘的な衣を身に纏ったその女性は、誰が勝者なのかを決定付けるかのように己の存在を誇示していた。
「勝利を確信したその瞬間、そいつは既に敗北しているということを」
ヴァンガードは運ゲー。
まるでそれを体現するかのように、ショウの三枚ものダメージはドロップゾーンへと吸い込まれてゆく。
その息を飲むような攻防に終止符が打たれたところで、店長は思い出したように手首に付けていた腕時計を確認した。
「残り……30秒……」
静寂の中に、吉田君の言葉が虚しく響き渡る。
歓声が挙げるわけでも、落胆に嘆くわけでもなく、その場にいた全ての人間は、一体この状況でどのような反応をとればよいのかがわからなかった。
このままいけば二人ともタイムアウトによる引き分け。そのような曖昧な結果を目前に、彼らはただ二人の奇術師の反応を待つしかなかった。
「……僕の演出、どうだったかな?」
最初に口を開いたのはショウ。本来であれば完全に勝利を勝ち取った彼は、時間切れによる引き分けへの危機感など全く感じてはいなかった。
「とても良かったよ。圧倒的不利からの逆転劇。そんな圧倒的な向かい風の中で引き当てたトリプルヒールトリガー。きっとそれはショウさんが当然であるかのような物言いで切り開いたが故の結果なんだろうね。完敗だよ」
「ほほう、それはありがたいお言葉。しかし完敗と言うには少し語弊があるんじゃないかい?確かに状況だけみれば僕の勝ちだけど、君の力によって結果は引き分けなんだからさ。いや、力量だけで見ればこれは妥当な結果だと僕は思うよ」
お互いの力を認めたからこその発言。ファイトする依然にも彼らはお互いの実力を認めてはいたが、実際にファイトしたことでそれがより深まったと言えるだろう。
「10秒前……」
遂に秒読みを始める吉田君。ツカサにはまだ二つのアタックが残っている為、もはやショウになすすべはない。
「ボク達の実力は均衡している……ということだね。普通とは違う結末、ボク達らしいっちゃボク達らしいかもね。こうやってボクの犯したこの行為をショウさんが認めてくれたおかげで少し気が楽になりましたよ」
「5……」
「でも、やっぱりそんな形で終わったら居心地悪いよね。自分の勝利を改竄されるなんていうのはどれだけ理解していても満足出来るものではないよ。だから……」
「1……」
「ボクはこのファイト、負けを認めます。勝者がいないなんてあり得ない。運、プレイングにおいてどちらが上をいっていたかなんて火を見るより明らかなんだから」
「そこまでです。今ファイトをしている方はいますぐファイトを止めてください」
制限時間に達し、吉田君はフリースペース全体に響くように声を上げる。
しかしそれは建前。何故なら、ツカサとショウ以外にファイトしている者はもう誰もいないのだから。
皆が現状を理解できないでいる中、最後に残ったファイトの裁定をする為に吉田君は無表情で群がっていたギャラリーを散らすように諭した。
「最後に残ったファイト、すなわちQMAさん対クリスさんのファイトですが……」
皆の疑問を代弁するかのように淡々と吉田君は語ってゆく。
「タイムアップ間際にクリスさんの口から投了ととれる発言がありました。その瞬間、クリスさんの敗北が確定。したがって、今回のファイトはQMAさんの勝利とします。これにて、一回戦を終了とし、続けて二回戦の抽選を行います。皆さん所定の位置で待機していてください」
まるで何事もなかったかのように次のステップへと移る。見ていたファイターも、次々とその場を離れ、再び始めと同じような緊迫した空気が漂い始めた。
壮絶なファイトも終わってしまえば儚きものだ。
しかし、そこにいたファイター達は感じ取った。ここでファイトしていたファイターがどれほど聡明で奇怪で異常であるかを。
そして今一度思い出す。己が今までにどんなファイトをしたのかを。彼らのように気高いファイトが出来たかどうかを。
「まったく……君という人間は本当に掴みどころがなくて困っちゃうよ。こんな疲れるファイト、1週間に1回できれば十分さ」
「それは残念だな~。でも、ショウさんも以外とそういうのが好きだったとは意外だったかな」
ショウは腰に手を当てながらため息をつきと立ち上がる。そして片付けた自分のデッキを手に取るとデッキホルダーにしまった。
「当然さ。あれは酷く最低で、そして素晴らしく最高な作品なんだからさ。こんな最高の舞台に立たされたら自然と口から溢れてしまうよ」
「そうですね、その気持ちはボクもよくわかりますよ。次のファイトはもっと奇妙なものにしたいですね」
ツカサは座ったまま、無邪気な笑みを浮かべながらそう言った。
「君はまったくブレないねぇ。出来れば次もこういう大舞台でやりたいものさ。……さて、それじゃあ僕は行かせてもらうよ」
二人の奇術師はそこで背を交わす。再戦を約束した彼等は、また更なる高みを目指し歩き出した。
「「ディ・モールト グラッツェ!」」
ショップ予選 1回戦目
勝者 宮下ショウ