「さっきのハンデスの場面の話だけど……」
ドレッドに手を添えると、ショウは徐に口を開いた。
「君はヴァンガードにおける最重要ユニット、完全ガードを捨てたよね。それもいさぎのいいくらいすぐにさ」
ドレッドを二枚レストし、ナイトミストへ攻撃。これにツカサはもちろんノーガード。
「あの段階ですでに僕の盤面は完成していた。だから君は僕のパワーラインの低さに気付いていたんだろうね。このデッキではどれだけ頑張っても相手に素で15000ガードを要求出来ないことを」
淡々と語りながら次のアタックに取りかかる為、ワイズマンに手を添える。
「しかしそれだけの理由で完全ガードを捨てるのはあまりにも無謀。トリガーによるパワー上昇がある以上、本来であれば下手に完全ガードを捨てることは自殺行為。しかし君にはアイデテック・イメージがある」
ワイズマンの矛先がルインに向けて突き刺さるも、これは手札のサムライによって防がれてしまう。
「Vのアタックをノーガード。そこでトリガーが出たとしてもこちらもあらかじめ配置しておいたトリガーをダメージチェックで発動させればプラスマイナス0。10000ガードで間に合うということだ」
全てのアタックを終え、役目を終えたロゼンジをデッキに戻しシャッフルする。
「君の行動は様々な要因を繋げた果てに決定される。だからこそ常人にはその奇怪極まりない行動に混乱し、流れを容易く引き戻される。でも……」
このターンのアタックを難なく退けたツカサ。しかし彼の顔からは余裕の表情は感じない。
「僕は君の行動のあらゆるを把握した。もう君の奇行は僕には通じないよ」
それがこのショウの圧力によるものか、それともデッキの配置が悪いのかは定かではない。
オラクル
手札4
ダメージ表2
ダメージ裏1
「ボクのスタンド&ドロー。バスカークのSC(ナイトミスト)ドロップゾーンのナイトミストのCB。カットラスを退却し、右上にナイトミストをスベリオルコール。空いた右下にはロマリオ(8000)をコールしてバトルに入るよ」
ルイン/バスカーク/ナイトミスト
案内/イービル/ロマリオ
今までに比べて静かにユニットをコールするツカサ。デッキに眠るトリガーの位置を加味しながらアタックする順番を決める。
「案内するゾンビのブースト、ルインでVにアタック。スキルは発動しないよ」14000
5000ガード要求のアタックをインターセプトがいながらVにアタックするツカサ。本来であればここでRを狙い、堅実に相手の戦力を削るのかがセオリー。何故ならVにアタックするということは相手にインターセプトをするかダメージを受けるかの選択肢を与えることになるからだ。
これにショウは感嘆の声をあげる。
「ほほう?わざわざRではなくVをアタックしてくるとはね……。僕の忠告にもあまり動じていないと見える」
参った様子で手を上げながらそう呟く。しかし、心の中ではその逆。彼が自分の挑発に対して乗ってくれたことに喜んでいた。
「君も知ってるように僕は継続的にデッキにトリガーを戻している。変わってノーマルユニットはデッキからなくなっているわけだから、デッキ内のトリガーの割合は最初に比べて高まってるといえるね」
己の言葉の証明。それを主張するようにショウは長ったらしく話を始めた。
「もし先にVでアタックしてくれるなら僕はノーガードをする。ほとんどの確率でトリガーが来ることが分かっているんだから、後のガードが楽になるここでガードする必要はない。というのが君の視点からの僕の構想」
「君がこの行動を取った理由は僕のダメージを四点にしたかったからだ。そうすればデッキをコントロールしてクリティカルを出せばそのままゲームエンドに持っていけるからね。例え僕がトリガーを出してもイービルのスキルを使えばトリガー込みで15000ものガードを要求出来る。防がれてもトリガーをナイトミストに乗せ10000ガードを要求。僕がトリガーをデッキに戻している関係上、手札に10000ガードがほとんどないこと見越してのプレイングと言える。いや、見事だよ。本当に」
「他にも色々あるよね。ナイトミストからではなくルインからアタックしたのはデッキ内のクリティカルトリガーを警戒させない為で、ルインのアタックがヒットしたかどうかでイービルのスキルの使用を選択。さしずめ、スタンドの範囲とクリティカルの範囲が綺麗に分かれてて使用の是非で調節できたんだろうね。じゃなきゃあ、おとなしくナイトミストからアタックしたはずだしさ」
「…………」
視線を向け、答えを求めるショウ。無言の圧力。
当然、いくらツカサでも自分の思惑を暴露するほど馬鹿ではない。ショウもそれはわかっている。
重要なのは自分が主導権を握っているということをツカサに意識させること。どのような愚行も無意味であると実感させること。
そしてそれは行動として再現することで現実味をおびる。
「そこで、ここで僕が最もローリスクで回避する方法がこれだ」
そう言うと、ショウは場のワイズマンに手を乗せ、そのままガーディアンサークルに移動させた。
「5000でガード。これで君のクリティカルは怖くなくなった。一番怖いのはクリティカルダブルだけど、もしそうならこんなややこしいことはしないだろうしね。次のVのアタックはノーガードだよ」
アタックに移る前にノーガードを宣言するショウ。言う通りにするのは気にくわないが、その通りにする他ない。
「……イービルのブースト、バスカークでVにアタック。ツインドライブ!!」
ノーガードならばイービルのスキルを使用する必要はない。仕留められないならば、例えトリガーを考慮したとしてもこれ以上のデッキ破壊は自滅を招く。
「ファースト、おばけのちゃっぴー。セカンド、スケルトンの見張り番。スタンドトリガーの効果はルインをスタンド、パワーはナイトミストに加えるよ」13000
トリガーが出たにも関わらずニヤリとほくそ笑むショウ。自分のシナリオ通りにことが運ぶのだ。当然といえば当然だろう。
「ダメージチェック、バトルシスターでじんじゃー。クリティカルトリガーの効果は全てVに」16000
「結局ショウさんもトリガーですか。壊れるなぁ」
フッと口元を緩ませながら呟くツカサ。
ようやく私語が飛び出したことでショウも突き刺すような視線を抑え、表情を和らげた。
「今回はお互い様じゃないかい?まぁ、この殴り殴られの白兵戦においてトリガーの有無は戦況を左右されるわけだから嫌な気持ちはわかるけどね」
「白兵戦?」
「そうさ。僕ができるのは後はただ殴ってトリガーが出ることを祈るのみ。そして君は何かしらその場で策を練ってるだろうけど、それは僕に防がれるわけだからトリガーに頼るしかない。つまり、お互いその場の武器に頼るしかないないのさ」
「ふ~ん、なるほどね。じゃっ、次のアタックに行くよ」
平静を装いながらルインに手を置くツカサ。しかし、内心はこの状況に追い込まれていた。あのツカサがだ。
(まったく完璧だよ、ショウさん。お互いやることはわかっていてもその細部にまでは手をつけられるとは思ってもいなかった。ここまで正確にボクのやることを先読みされちゃこっちは手も足も出ないよ)
珍しく弱音を吐きながらドレッドにアタックする。それほどまでにショウのプレッシャーがツカサにはのしかかっていた。
(白兵戦とはよく言うよ。そっちはデッキ内のトリガーが充実してて物資は十分。それに対してこちらの残りデッキ枚数が26枚。背水の陣を強いられてるようなもの)
ショウはそのアタックをノーガード。次にツカサはロマリオとナイトミストでVにアタック。これもショウはノーガードを宣言。ダメージは三日月。
(でも運ゲーなのは間違いないよね。ボクはトリガーを操作できるけど、それ以上に左右されるのがショウさんのヒールトリガー。それの出方次第でこちらのトリガー操作なんか全て覆される)
じっとショウのデッキを見つめるツカサ。
自分のデッキと比較して圧倒的に勝るその枚数もそうだが、その中にまだ多くのトリガーが残っていると考えるとゾッとする。
(ボクに残されたチャンスは1度。このチャンスを生かしきれるかどうかでこの勝敗は左右される)
全てのアタックを終え、ターンの終了を告げるツカサ。しかし、彼のそれは一向に攻めの体勢を崩すことはなかった。
(それまでにボクは凌ぎきらなければいけない。ショウさんのトリガーの出方次第でその前に負けてしまうかもしれないけど、何が何でも時が来るまで忍ぶしかない)
ショウもそれに気づくと、面白そうに笑みを浮かべながらデッキに手を添えた。
(今までにないこの緊張感を作ってくれて感謝するよ、ショウさん。だからこそボクは貴方に勝ちたい。このアイデティック・イメージの名誉にかけても……!)
グランブルー
手札5
ダメージ表2
ダメージ裏1
(懲りずにまた何か企んでいるようだね。でも無駄だよ。君が行動を起こした段階で僕には君のやりたいことが手に取るようにわかる。普通の人が惑わかされる君の策略も僕には丁度いい特効薬なんだ。でもその負けず嫌いなところは嫌いじゃないよ)
引いたガードを確認し、手札に加える。そのまま手札の別のカードを二枚取ると、空いた前列のRにそれぞれコールした。
「半月、チガスミをコール。そしてバトルに入るよ」
チガスミ/満月/半月
ドレッド/ブルーアイ/
再び降りかかるぬばたまの魔の手。
しかし、配置した本人はこれらのハンデスを使用することに躊躇していた。
(ツカサ君の手札にはバスカークとネグロマールの二枚のG3がある。例えハンデスを要求したところでバスカークを捨てられるのが落ち。少なくとも先方はそこまでハンデスに脅威を感じてはいないだろうね。ならここは余り好きじゃないけどセオリー通りに行こう)
勝利への渇望。
それが最善の一手であるならば、自分のプレイスタイルに反したとしても躊躇はしない。
今のショウは、恐らく今までのファイトの中で最も強い力を発揮しているだろう。それほどのポテンシャルを、ツカサは引き出したのだ。
「半月でルインにアタック!」9000
「ナイトミストでインターセプト」14000
「フフン、だよね。ブルーアイのブースト、満月でVにアタック!」16000
まるで全てを見通しているような口振りで次のアタックを宣言するショウ。
どちらが有利であるかを再確認するかのように、ショウの言葉がツカサの胸に突き刺さる。
「ノーガード。知られてても結構。ボクはボクなりのファイトを努めるだけだよ」
しかし、ツカサはこれに屈したりはしない。
具体的な勝ち筋があることもそうだが、何より彼はヴァンガードにおいて最も大事なことを知っている。
「ツインドライブ!!ファースト、ロゼンジ・メイガス。ヒールトリガーGET。回復してパワーはチガスミに。セカンド、オラクルガーディアン ワイズマン」
「ダメージチェック、スピリット・イクシード。ボクはトリガーなし」
「フフン、こちらとしては別に一枚くらいトリガーが出ても良かったんだけどね。Vとルイン、どちらにアタックしてもおいしいからさ。では改めて、ドレットマスターのブースト、チガスミでVにアタック!」23000
「おばけのちゃっぴーとルインをインターセプトでガード!スキルは使わないよ」25000
深刻な表情で宣言をするツカサ。
おばけのちゃっぴーのスキルは、このカードがガーディアンサークルにコールされた時にデッキからグランブルーを一枚ドロップゾーンに置くというもの。
ドロップゾーンのカードの有無で立ち回りが大きく左右されるグランブルーにとっては非常に効果的なスキルであるが、すでにドロップゾーンに必要なカードがある為か、ツカサはこれの使わなかった。
「……ほほう、それはまた面白いことをなさる。僕のターンはこれで終了」
当然ショウもこの行動が頭についたが、小さく感嘆をついただけで終わった。
(あそこでルインを捨てたのは恐らく他に丁度いいカードがなかったからかい?まぁ、手札にネグロマールがいることは知ってるから、また蘇生してくるのはわかってるけど、問題はあのちゃっぴー。わざわざスキルを使わなかったのは長期戦を危惧してのことか。いずれにせよ、長期戦になればデッキで辛くなるのは君のほうだ。君に残された手段は焦ってでも攻めること。さて、君はどういう選択をする?)
オラクル
手札5
ダメージ表3
ダメージ裏1
ファイトは緩やかに進行する。
決して早いとは言い難い二人のダメージレースは、少しずつ決着へと収束しつつあった。
不利な流れはそのまま敗北の一途を綴り、ツカサのダメージ、デッキ枚数は共に後がなくなる。にも関わらず、この現状に不信感を抱いていたのは他ならぬショウであった。
(結局最後まで何も起きないまま終わりになりそうだなぁ。何か企んでいる気がしたけど、怪しいことは何もしてこないしさ)
ショウのアタックを防ぎきったツカサであったが、残り手札は今からドローする一枚のみ。五点のダメージは全て裏返っており、残りデッキ枚数はSCを考慮しても僅か五枚。
このターンに決めなければ、ツカサは次のターンにVでアタックすることができなくなる。
(ファイトが停滞しだしたあの時、ツカサ君は何かを企てていた。それは間違いない。でもそれ以降、彼はただ安直にこちらのRを削りながらファイトを進めた。こちらの戦力を削り、次のターンに託す……悪い手ではないけど、トリガーの発生率とデッキ枚数を考えた場合、それはジリ貧になると考えられないわけじゃない。むしろ焦ってでも攻めて活路を見出すくらいのことをしなければ、この戦況を打破することはできない。それでも彼はグダグダとファイトを先延ばしにした……一体なんの為に……)
複雑に絡み合ったファイトであったはずが、こうもあっさり王手をかけてしまったことに、彼はどうしても納得できなかった。
(ファイトを先延ばす必要があった……?デッキの底に眠るトリガーの束に辿り着くまで時間を稼ぐために……。考えられない手ではないけど、そんな単純な方法で勝って彼は満足できるのか……?)
何もしないからこそ不気味。虎視眈々と獲物を狙う獣であるからこそ、一体どこから牙を剥くのかがわからない。
ましてや、目の前の相手は自分と同じジャンルのファイター。この状況を警戒しない訳にはいかないのだ。
なぜなら普通であることが、彼にとっては異常なのだから。
「ボクのスタンド&ドロー……」
それほどまでに苦悩するショウのことなど露知らず、ツカサはドローしたカードを手札に加える。
いや、これには語弊があるか。
確かにツカサは今ショウが悩んでいることを知らないが、そもそも戦況が不利なのはツカサ自身。
ショウが先を読めずに苦しんでいるのと同じように、ツカサも現状を打破する為、ひたすらに策を模索しているのだ。
(なんとか凌いだけど、もうこっちは虫の息。慣れないことはするもんじゃないね、ほんと――)
結果を目前に自分の行いを悔やむツカサ。
慣れないプレイングにストレスを感じつつも、下手に動けばそれを逆手に取られて不利になる。無難というこの苦汁の策も、もともと不利な戦況には意味を成さない。
しかし、まだ彼には勝機があった。
(――それでもここまで持ちこたえたんだ。今までの凌ぎを無駄にしないためにも、ここは全力で攻めて見せる!)
「長かった勝負もそろそろ潮時だね。ショウさん」
唐突に話し掛けてくるツカサにワンテンポ遅れたものの、すぐに平常心を装いなら返事を返す。
「うん、そのようだね。途中から若干グダりだしたけど、君の困った顔が見れただけでこのファイトは有意義な時間を過ごせたと言えるよ」
モヤモヤする心を抑えながら笑みを返す。
自分が彼に怯えていることを知られれば、心のゆとりを与えることになる。
だからこそ、常に自分が優位に立っているということを相手に感じさせるよう心掛けなければならない。
「本当にショウさんは凄いよね。まさかボクがこんな目に遭うとは思ってもいなかったよ。今までボクが相手にしていた人はきっと今のボクのような心境だったんだろうね」
「フフン、いい経験になったかい」
「とってもいい経験ですよ。それはそれはね。だから……」
しかし、ツカサにはそんなことはもはやどうでもよかった。
彼の薄い赤色の瞳は、完全にショウを捕らえていた。
「ファイナルターン。この感情をできたらショウさんにも体験させてあげるよ」
「ファイナル……ターン?」
思わず繰り返しながら、信じられないというように目を丸くするショウ。
それも当然。この状況でツカサがショウに勝つことはほぼ不可能だからだ。
ショウのダメージは四点、手札も四枚あり、残り20枚のデッキの中にはヒールトリガーがまだ四枚もある。
まさに、ツカサを死に追いやる四の連鎖。誰が見てもこの状況からツカサが勝つことなど想像出来なかった。
そんな中でも、彼は大胆にもファイナルターンを宣言し、まるで勝利を確信したような不敵な笑みを浮かべていた。
「あっ、わかった!どうせこのターンで決めないと自分のターンはもう回ってこないから、最後にお得意の演出を……」
「あ~、それは違うよ~」
あらかじめそう言うと知っていたかのように話を遮るツカサ。
「ショウさんはボクが勝敗なんか気にせずに残りのファイトを楽しくさせようと思ってるかも知れないけど、それは誤解だよ。ボクには敗北を覚悟する度胸も、ましてや自分の敗走をネタにするおおらかさも持ち合わせてないんだから。このファイナルターンはすべからく、この戦いをこのターンで決着をつけるということ。ボクは負ける気は毛頭ないよ」
完全なる勝利への宣告。これにはショウも呆気を取られるが、すぐに気を取り戻し、面白そうに声を上げて笑った。
「さすがはツカサ君だ。そうでなくちゃあ面白くない。でも実際どうするんだい?今までの君の動きに特に怪しいものはなかった。ここから挽回に転じる布石もなしに、逆転なんて出来るもんじゃないさ」
「布石なんて必要ありませんよ。ボクがするのは単純にショウさんの弱点をつくだけの簡単な作業。無理に布石をたてても逆に利用されるのがオチだろうし」
「弱点……?僕に弱点があるって?」
首を傾げながら再度確認を取る。馬鹿にしている訳ではなく、純粋な疑問。
自分に弱点があるなどとは考えもしないし、ましてや自分と同じジャンルのツカサからそんな言葉が出るとは思いもしなかった。
自分に弱点があれば、それはツカサにとっての弱点であり、わざわざ公言する意図がショウにはわからなかった。
そんなショウ対し、ツカサはまるで彼の言葉が聞こえていないかのような素振りで話を続ける。
「ねぇ、ショウさん」
その言葉こそが彼の弱点たる所為を表すものであったが、それに気付く者は誰もいなかった。
「随分とギャラリーが増えてきたと思わない?」
「ギャラリー?うおっ!?」
ツカサの言葉に辺りを確認したショウは、椅子をガタつかせながら声を上げた。
そこには自分たちのファイトを見ようと体を押し付けながら狭いスペースにごったがえす人々の姿があった。
(なんだこれ……。ファイトに夢中で全く気づかなかった)
あまりの多さに圧倒されるショウであったが、すぐに我に返り、視線をツカサに戻した。
「確かに驚いたよ。まさかいつの間にかこんなに人が来てたなんてさ。でもそれと僕の弱点とは何か関係があるとでも言うのかい?」
驚きに冷や汗をかきつつも、澄ましたような表情で問いかけるショウ。
人に注目されるのはあまり得意ではないが、意識は完全にファイトに向けられており、コウヘイとの一戦である程度は慣れていた。
ツカサの目的がそれに関することならば、胸を張って否定してやろう。それが彼にとってより大きな負担になるのだから。
澄ました顔の裏にそのような思惑を忍ばせていたショウであったが、現実はそう上手くはいかなかった。
「ん~、実際にはあんまり関係ないかな。これは成り行きで出来ちゃった副産物ってだけだし」
悪びれもなく、彼は自分たちのファイトを見守る観客を見渡した。観客の中にはカイリ達の姿もあり、目と目があったツカサはニヤリと笑みを浮かべ、視線をショウに戻した。
「でもこれは既に事が起こっていることの証明なんだ。ボクの思惑が正常に作動していることを、ボクが絶対に負けないということをね」
根拠不明の自信。それがショウにとってもどかしさを覚えさせるきっかけとなるのは必然であった。
「さすがにまだ気付かないみたいだね。じゃあヒントをあげるよ。ボクのこの自信の根源になった一端。それはショウさんが“まだ大会に慣れていない”こと。この事実が、ボクにとって最後に残された綱になったんだ」
自慢気に語るツカサのネタバレ。しかしそれにもショウはまだ答えが出なかった。
(大会に慣れていないことが僕の弱点……?確かに僕は大会には慣れてないけど、だからって気が上がったり緊張したりなんかはしてない。それに、それとこの埋め尽くすような観客になんの関係性があるというのか……。大会に不慣れ……ファイトを終えたファイター達……)
その時、ショウは頭の中で雷が落ちたような錯覚を覚える。
その事実は、あの絶対有利のショウを臆させることなど容易であり、表情が強ばるショウの顔にツカサはいつものニヤニヤ顔を浮かべていた。
今まで抱いていた蟠りが解け、全てを悟ったショウ。彼は切羽詰まったように慌てて近くにいた店長にあることを問う。
「店長さん!後何分ですか!?」
「えっ!?何分って……」
突然声をかけられオドオドする店長に、ショウは急かすように答える。年上への苦手意識は完全に忘れていた。
「残り時間ですよ!後ファイトは何分出来ますか!?」
「そ、そうね……後3分だけど……」
「後……3分……」
現状を把握し、己のタイムリミットをポツリと呟く。
(やられた……、もう時間は残されていない。しかもターンは彼方に移り、完全に主導権を握られてしまった。もう僕に現状を打破する手段が残されていない……!まさか彼がこんな強行手段を取るとは……)
ショウが気付いた驚愕の事実とは、ルールによる時間切れ。本来、大会でのタイムアウトは両者のダメージの量で決定するが、今回のルールの裁定は両者敗北扱い。
どれだけダメージを与えていようと、どれだけ手札に差があろうと、タイムアウトしてしまえば引き分けなのだ。
そして、これこそがツカサの狙い。
どうせ真っ当にファイトしたところで勝ち目はゼロ。ならば、時間を引き延ばし、結果をイーブンにしてしまおうと言う魂胆なのだろう。
「君の思惑にやられたことは認めよう……。しかし僕にはわからない……。確かにこれなら君は負けることはないが、こんな終わり方で君は納得出来るのか?」
普段のショウからは信じられないほどの形相。怒りと困惑が入り交じったような感情な中、彼はどうしてもその真実を確かめたかった。そう、時間が限られていたとしてもだ。
「ショウさん、貴方は一つ勘違いをしてる。僕のファイトの本質は相手を僕のプレイであっと言わせること。だからボクは奇策を行使し、相手の驚く顔を見てたいのに、貴方は逆にそれを利用してくるんだ。それじゃあ奇策を使う意味がない」
ショウの軽蔑を含んだ言葉にも怯まず、ツカサは自分の論理を語る。
「でもショウさんの言うことも一理あるよ。正直、ボクもこんな結末は望んでいなかった。自分の力を真っ向からぶつけて勝利を勝ち取る。それがベストだったけど、そう上手くはいかなかったからね、仕方ない。でもボクは後悔はしていないよ」
手札にあるカードを全て展開させる。誰が誰を追い詰めているのを証明しているかのように。
「こんなに驚き取り乱すショウさんが見れたんだ。この結末を笑顔で受け入れるよ。それがボクの出した答えなんだ」
遅延行為は基本的にルール違反ですが、今回の場合は、ツカサ君がアイデテックのトリガー把握能力を防御方面に集中して行使することで、ファイト自体が長引かせだけで、長考などはしてないのでなんら問題はないと考えてくれるとうれしいです;