先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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集結!ヴァンガードチャンピオンシップショップ予選

すると、まるで店長が待つのを待っていたかのように自動ドアが開く。

 

入ってきたのは二人。その圧倒的な存在感を放つ銀髪と、愛想のない仏頂面の二人の青年は、瞬く間に皆の注目を集めた。

 

「遅いっすよ!二人とも!もうすぐ受付終わっちゃうっすよ!?」

 

魂が抜けたようなゲッソリとした表情から一転、二人を視線に捕らえたハジメは喜んでいるようにそう言った。

 

「ほら!やっぱり9時からだったじゃん!何が大会は9時半から、だよ!嘘つき!」

 

ハジメの言葉を聞き、訴えるように嘘つき呼ばわりするツカサ。それに対し、クリアは心底面倒そうな顔をしながら口を開いた。

 

「知るか……。大体そう思ったなら一人で行けば良かっただろ。俺を無理やり連れてきやがって……」

「だってクリア君、大会の話をしても全然乗り気じゃないんだもん!あっ!もしかしてさっき9時半って言ったのも実は大会に参加したくないために……」

 

二人が言い争いをする中、まるで割り込むようにして二人にとある人の声が届く。

 

「ほらほら二人共!何かと言いたいことがあるかもしれないけど、まずはやること済ませちゃあいましょう?」

 

自分たちのことを呼ばれたと思ったクリアとツカサがその声の方へ顔を向けると、ニコニコ笑いながらペンを持つ店長の姿があった。

 

「二人共時間までに来たってことは参加ってことでいいのよね?」

「勿論!新田ツカサ、正々堂々戦うことを誓います!」

「もう、どうでもいい……。好きにやってくれ……」

 

やる気の違いはあれど、二人共参加する意志を見せてくれた店長は、心の中でガッツポーズを作りながら二人の名前を書いていく。

 

「とりあえず主役はご到着のようだし、後一人枠は空いてるけど時間的にこれで全員かしらね」

 

店長は一度辺りを見渡しながらそう言うと、持っていたペンその場に置いた。

店長の言葉でとりあえず落ち着いたクリアは、そのままいつもの隅の席に向かう……。

 

が、

 

「なぁ。あんた、小野クリアだろ?」

 

自分の名を呼ぶ聞き覚えのない声を背中で感じとる。何事かと後ろを振り向くと、そこにはバンダナを巻いた一人の青年がニヤリと笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 

「俺に何か用か?」

「おうともよ。――っていうか俺のこともしかして知らない?一応第二回大会でここの代表で出てたんだが……」

 

ノブヒロは、冷や汗をかきながら自分の頬を指で掻くとそう言った。クリアはそんなノブヒロに目を細めると、目を瞑りながら口を開く。

 

「顔は知っている。それなりにここには来ていたようだからな。だが、そんなことはどうでもいい。さっさと俺の質問に答えろ。俺に何のようだ」

 

まだ先ほどの鬱憤が残っていたのか、不機嫌気味な口調でノブヒロに問う。

 

「いや、一応挨拶でもしとかないといけないだろ?アネモネ最強のファイターさん?俺の名前は椿ノブヒロ。あんたと本気の戦いをしにやって来た!」

 

ノブヒロは自分のデッキが入ったデッキケースをつきだしながらクリアに言い放った。

 

しかし、やる気が迸るノブヒロに対し、クリアは無気力にため息をつくと、面倒くさそうに口を開く。

 

「お前が何を思って俺とファイトしたがっているのは知らないが、別にファイトしたいなら別に大会でやる必要なんてないだろ。どうして前に来た時にでも俺に申し込まなかったんだ?」

 

ファイトすることに抵抗はない。ただ、こういう祭りごとがあまり好きではないクリアは再び質問でノブヒロに返した。

 

この何度も聞いて慣れたセリフに、ノブヒロは特に考える素振りも見せず、すぐに答えを返す。

 

「当然、真剣勝負をするために決まってるじゃねぇか。大会という勝敗に意味がある中でのファイトでこそ、真の力が発揮出来るってもんだからな」

 

己の生き様を語るかのような自信のある意気込みでノブヒロは言った。しかし、このノブヒロの発言をあまり好ましく思わなかったのか、クリアは眉を吊り上げた。

 

「ならお前は、俺が普段加減してファイトしているとでも思っているのか?もしそうだとしたら――」

「いや、別にそういうわけじゃないぜ?ただ俺の気分が乗らないってだけだ。あんたとの初めてのファイトを普通にやるんじゃ勿体ないだろ?」

 

惚けた様子でノブヒロは言った。

 

「チッ……勝手にしろ」

「おう、勿論そうさせてもらうつもりさ」

 

あきらめたように舌打ちをした後にそう言うと、ノブヒロはニヤリとそう返し、カイリ達の座る席に戻った。

 

「はぁ……どうしてこうも面倒ごとに巻き込まれるんだ……。まさかあいつも俺の正体を知って……」

 

クリアは正面に組んだ両手で自分の深刻そうな顔の下半分を隠すと、冷や汗をかきながらそう呟く。

 

すると、ドンッと机を叩く音が鳴り、その音の原因と思われる手が視界に入ってきた。

 

クリアはその腕の持ち主を見るために視線を上に持っていくと、まるで勝ち誇ったような笑みを浮かべる少女、尾崎ミヤコがこちらを上から見下ろしていた。

 

「やっと来たわね。待ってたわよ」

「っ!?お前は……」

 

そう言いながら柄にもなく目を丸くするクリア。そんなクリアの反応に満足したのか、声に出しながら笑った。

 

「フフフ、その反応だとちゃんとあたしのことは覚えてるみたいね。小野クリア」

「ちぃ……。あぁ、覚えてる。それで、俺に何のようだ……?」

 

クリアは参った様子で頭を抱えた後、観念したかのようにそう問いかけた。ミヤコはご機嫌に腕組みをするとドヤ顔で答えた。

 

「勿論、あんたとファイトするために決まってるじゃない。今日は大会。また別の日に来てまた断られでもしたらかなわないもの」

 

ミヤコは前にクリアにファイトを申し込んだ時のことを思い出しながらそう語る。

 

「逃げ場はない、とでも言いたいのか……。それほどまでにお前は俺をピオネールに仕立てあげたいのか?」

「仕立てあげる?わざわざそんなことしなくても、既にピオネールって事実があるんだから意味ないでしょ?」

 

首を傾げながら呟くミヤコの言葉を、クリアはばつの悪そうな表情で聞き取る。はっきりしないクリアの態度に、ミヤコは「まぁいいわ」と呟きながら言葉を続けた。

 

「全てはファイトをすれば分かること。あんたとのファイト、楽しみにしてるわ」

 

そう言うと、ミヤコは振り向き様に手を振り、クリアから離れた。

 

「はぁ、どいつもこいつも……」

 

ミヤコが離れた後、クリアは重いため息をつきながら両手で組んだ手で頭を支える。

 

「モテモテだね~、クリア君!」

「……はぁ、次から次へと……」

 

ニヤニヤ笑いながら話しかけてくるツカサを一瞥した後、クリアはもう一度重いため息をつく。

 

「そんなあからさまに嫌そうな顔しなくてもいいじゃん。それにボクからしたらああやって向かってきてくれたほうが燃えるんだけどクリア君は違うの?」

「お前と同じ感性で考えてる時点でお門違いだ……。俺はもっと匿名的にファイトがしたい……」

「匿名的?どういうこと?」

 

ツカサは首を傾げながらそう言うと、クリアは顔を手で押さえ、困惑した様子で答えた

 

「最初のあいつはよくわからんが、俺のことをピオネールだと思ってファイトを申し込んでくるやつが多すぎる。俺はこのアネモネの一ファイターとして、漠然とした存在感の中でファイトがしたいと言いたいんだよ」

 

まるで懇願するかのように訴えるクリア。しかし、彼は端からツカサにわかってもらおうとは思っていない。

 

ただ、自分のこの願いを誰でもいいから聞いて欲しかった。ピオネールというブランド目当てにファイトしたくはないということを。

 

そして案の定、ツカサはその願いを軽く流し、話は何故クリアのことをピオネールだと知ったのかという話になった。

 

「だってクリア君、最初のチャンピオンシップじゃああの時みたいにサングラスをかけてたんでしょ?」

「あぁ。少なくとも、俺がピオネールと呼ばれるまで俺の顔をファイトした時から覚えてるという奴はいないはずだ。現にあの尾崎ミヤコっていうのは最初俺がピオネールかどうか品定めしてたらしいからな。――いや、例外がいたか」

 

クリアは少し間を空けた後そう言いながらツカサを流し目で見る。クリアの視線に気付いたツカサは、首を傾げながら見つめ返すと、すぐになんのことかを察した。

 

「ああ!ボク達に関してはわざわざ聞くまでもないでしょ。だってあっち側の人間なんだからさ」

 

ツカサはにこやかに笑いながら大会のポスターを指差した。

 

「それもそうか」と若干口を緩ませながらそう言うと、クリアはツカサを見ながら取り出したデッキのカードを一枚指に挟んだ。

 

「言っておくが、俺はあの時のことなんてまったく気にしてない。もしお前とやることがあれば全力でやらせてもらう」

 

ツカサも負けじと言い返す。

 

「それはこっちの台詞だよ。あの時の借りはきっちり返して貰うからね!」

 

好敵手としてお互いを認め合うからこそのやり取り。

この光景に、クリアに一目を置いているミヤコとノブヒロはツカサの存在を疑った。

 

(またあの銀髪の子……。最初は単なる友達だと思ったけど、あの感じじゃあただのファイト仲間とは思えないし……何者かしら……)

 

デッキの調整をしていたミヤコは、自分を軽くあしらったクリアがやる気を顕わにするツカサを目を細めながら品定めをする。

 

ノブヒロもまたツカサを一目見た後、大会について話し合っているカイリ達に話しかけた。

 

「なぁなぁ。あそこにクリアと一緒にいる銀髪の奴は何者なんだ?」

「あぁ、彼が前に言ってたツカサさんですよ」

「へぇ、アイツが……」

 

銀髪という言葉に直ぐ様対応したカイリの回答にノブヒロはそう呟きながら再びツカサを見据えた。

 

(アイツが新田ツカサ……。クリアを大会に連れてきた張本人ということか……。それより気になるのは……)

 

ノブヒロはそのまま視線を上に向け、その特徴的な銀色の髪を凝視した。

 

(銀色のファイター……、おそらくアイツに間違い無いんだろうな。まさかこんなに早くお見受け出来るとは……。ということは、もう一人の学生服で仏頂面の青年はクリアのことか……)

 

今朝見た情報と照らし合わせるノブヒロ。特に気にもかけていなかったこの情報がまさかこんなところで繋がるとは……。

 

ノブヒロはクリアとツカサを交互に見ていると、自然と笑みが溢れた。

 

それはまるで新しいオモチャを買ってもらった子どものようにワクワクしている印象を与えた。

 

「こりゃあ……面白くなってきた……!」

 

独り言のようにそう呟くノブヒロ。それを見ていたカイリはフッと微笑んだ。

 

(ノブさん、ツカサさんを見てワクワクしてるのかな?それともクリアさんとやれることにワクワクしてるのかな?何にしても、これだけのメンバーが揃うと壮観だなぁ)

 

カイリは、ノブヒロの視線の先にいたクリアとツカサに向ける。

 

(自身に宿る『アイデテック・イメージ』の力を活用することでデッキ内のカードの場所を把握することを可能にした奇術師、新田ツカサさん)

 

(そして、そんなチートな能力に拍車をかけた能力、『パンドーラ・イメージ』を打ち破り勝利を勝ち取った、かつて全国を震撼させた集団『ピオネール』の一人であるアネモネ最強のファイター、小野クリアさん)

 

次にカイリは、二人を見ているミヤコとノブヒロに視線を向けた。

 

(そのクリアさんに闘志を燃やす、尾崎ミヤコさんと椿ノブヒロさん。ハジメとのファイトじゃあ完全に流れを持っていき、圧倒的とは言わないものの快勝を果たした。二人とも、並のファイターじゃない)

 

カイリは目を瞑りながら懐かしむような表情を浮かべる。

その後、談笑楽しむ我が親友、ハジメに視線を向けた。

 

(でもハジメのポテンシャルだって負けてない。いつも、初めての相手で戸惑うこともあるけど、もうそんな余念はどこにもない。初めての大会ということもあって意気込みは誰よりも強く、持ち前の柔軟さでどんな問題にも対処出来る)

 

余り活躍はしていないが、もっとも身近で見ていたからこそわかるハジメの実力。故に期待するのだ。

 

(そう……問題があるとすれば俺だ……。こんな実力者が多く参加するこの大会で俺は本当に勝ち上がることが出来るのだろうか……)

 

突如不安にかられたカイリは、視線を落としながら俯く。

 

しかし、そんな自分の負の感情を振り払うかのように首を振り、自分のデッキを取り出した。

 

(いや、そんな深刻に考えることじゃない。ヴァンガードは時が勝敗を分けるんだ。自信を持て、俺にはショウさんに改良してもらったこのデッキがある。落ち着いて、いつも通りファイトに挑めばいいんだ)

 

自分のデッキの一番上にあったパーフェクトライザーを見ながら、カイリはそう自分を奮い立てると、あることに気付いた。

 

(あれ、そういえばショウさんはどこいったんだろう?さっきまでそこに座ってたと思ったんだけど……)

 

カイリは、空席になっている椅子に顔を向けながらそう思った。

 

「どうしたんだよ、カイリ。そんなキョロキョロしてよ」

 

カイリの様子が気になったタイキは向かい側の席からそう問いかけた。

 

「ん。ううん、大したことじゃないよ。さっきまで座ってたショウさんはどこに行ったのかな?って思っただけなんだ」

「師匠?あれ、本当だ。いつの間に……」

 

カイリの言葉にショウがいないことに気付いたハジメはそう呟く。

 

「あっ、それならさっき受付をしに行きましたよ」

 

ショウの行方を知るシロウはにこやかにそう教えた。

 

「受付?なんのために?」

 

タイキが首を傾げながらそう問いかけると、シロウは声を荒げながら机を叩いた。

 

「それが聞いて下さいよ!お兄ちゃんったら、今の今まで大会の参加の申し込みをしてないっていうんですよ!?信じられないですよね!?」

「お、おう……そうだな……」

 

シロウの勢いに圧されぎこちなく返事を返すハジメ。

 

「でも大丈夫かな?もう9時過ぎちゃってるし、受付間に合わないかも……」

「それに関しては、いいんじゃないか?大会開始は9時半ってことになってるし、店長に言えばどうにでもなるだろうし」

「そうだといいんだけどね……」

 

ハジメは安心させるようにそう答えるが、カイリは依然不安そうにカウンターに向かったショウを見つめる。

 

「大丈夫だって!普通に考えてみようぜ?あの店長が師匠を大会参加させないわけないだろ?なんてったってあのツカサ先輩と同類のファイターなんだぞ?」

 

そんな姿のカイリを見るに耐えなくなったハジメは、満面の笑みを浮かべながらそう言い聞かせる。

 

「そうだね……。ショウさんならなんとか出来そうだもんね」

 

それにつられるかのようにカイリもまた笑みを浮かべる。

 

感受性の高いカイリは、当然ハジメが自分に気を使っていることを感じとる。

 

しかし、何もカイリがその期待に答えようと、安心させるように笑みを浮かべたのではない。ハジメの言葉で思い出されたのだ。ファイターズドームでのショウの姿を。

 

ツカサと同じように、相手をあっと言わせる妙技の数々を披露する奇策師、宮下ショウ。

 

常人には理解し難いそのデッキは、おそらく本人にしか初見で扱うことは出来ないだろう。

見る者を魅了するショウのファイトをただ見てみたい。その一心で、カイリはショウの大会参加を期待した。

 

「うーん……おかしいわね……」

「あの~、ちょっと時間いいですかな?」

 

レジのカウンターの側に置かれたパソコンとにらめっこしている店長に、ショウは遠慮がちにそう尋ねる。

 

「あら、ショウ君。何か用かしら?」

 

営業スマイルを作りながら返事を返す店長。

 

まだあまり面識のないため、店長は出来る限り親しみやすい印象をショウに与えるよう努めた。

 

噂では、気さくな性格と言っていたが、実際に目の前に立ち尽くす青年は何処と無くおどおどしているように見受けられた。

 

「えーっとですね……。ちょっと言いづらいことなんですが……」

 

苦笑いを浮かべながらくぐもるショウの口調に、店長は何事かといった様子で首を傾げる。

 

「実は僕、まだ大会の参加の受付をしてなかったんですよね……。いやぁ、本当に馬鹿やってしまいました」

 

頭を掻きながら恥ずかしそうに告白するショウ。

 

しかし店長は特に気に咎める様子もなく、ただ純粋にショウが参加していなかったことに驚いた。

 

「あれ、そうだったの?宮……宮……ほんと、書いてないわね」

 

参加者の書かれた紙を指でなぞりながら確認する店長。ショウの言葉通り、紙には彼の名前は書かれていなかった。

 

「大丈夫!まだ枠は一人残ってるし、ショウ君程のファイターなら寧ろ参加をお願いしたいところだわ。ちょっと待ってね、書くもの取ってくるから」

 

ショウの大会参加を歓迎するかのように店長は微笑んだ。

 

その一言に肩の荷をおろしながらショウは、安心した表情を作るとペンを取りに行く店長を見送る。

 

(やっぱり駄目だなぁ……。店長さんはいい人だったから良かったけど、やっぱり僕は年上の人とは上手く会話出来ないや……。まっ、今に始まったことじゃないし、とりあえず参加出来そうだから良しとしよう!)

 

ショウはポジティブにそう考えると、視線をクリアとツカサに向けた。

 

(君達が全然来ないからちょっと不安になっちゃったよ。でも、良かった。これで僕は大会に参加する理由が出来たのだから)

 

ショウは口を緩める。

ショウが大会に参加した理由は、ミヤコやノブヒロと同じあの二人とファイトしたかったため。

 

ただ二人とは彼らとファイトする理由において決定的に違う点がある。

 

それは、彼が純粋に自分のファイトを見てもらいたいということ。

 

勝敗以上に、自分のファイトにどんな反応を示すのか見てみたいと思ったからだ。

 

故に彼は二人が来るまで大会参加の申し込みをしなかった。彼が大会にかける意気込みそのものは、その程度の物だったのだ。

 

「お待たせー。ん、どうかした?」

 

小走りで戻って来た店長は、何処かを見つめるショウに問いかけた。

 

「いや、特には……」

 

声をかけられたショウは挙動を乱し、苦笑いを浮かべながら誤魔化した。

 

「ふーん。とりあえず、名前書いてもらえないかしら?ショウ君の名前、私知らないのよね」

「あっ、わかりました……」

 

店長からペンを渡され、最後の空白の枠に自分の名前を書こうとするショウ……

 

「ちょっと待ったあぁ!」

 

瞬間、ショウが書くのを遮るかのように店の扉付近から店内に声が響き渡った。

こんな朝っぱらから誰が大声を出しているのかと皆が店の扉に視線を集中させる。

 

「あ、アイツは……」

「あらら……」

 

知ってる顔だったのか、ノブヒロと店長はそう呟きながら苦笑いを浮かべた。

 

扉の前にいたのは見た目からしておそらく高校生位の男。ツンツンに逆立った黒髪を蓄えたその青年は、皆からの視線を受けてなお気後れせず、堂々と歩みを進めながら名前を書こうとしていたショウに近付いた。

 

「ちょっとちょっと店長さんよー。まさか俺抜きで大会始めようなんて思ってないよな?」

「あ、あらコウヘイ君、久しぶりね」

 

コウヘイと呼ばれた青年は、図々しい態度でそう言うと、ショウが書こうとしていた用紙を除き込んだ。

 

側にいたショウは呆気に取られたようにただコウヘイを見つめた。

 

「おっ、丁度後一人だったのか。流石店長!わかってるじゃないのー」

「うおーい!僕の存在はスルーですかい!?」

 

自分を差し置いて勝手に話を進めるコウヘイに、堪らずショウは声を上げた。

 

「あん?」と明らかに不機嫌そうな表情でショウを見ると、追い払うように手を振りながら呟いた。

 

「なんすか?もう用が済んでんだからもうどっか言ってくださいよ」

「これが残念ながら済んでないのさ、これがさ。ちょっとこのペンでそこに僕の名前を書くだけだからさ。ちょっと退いてくれないかな?」

 

流石のショウも少し頭にきたのか、皮肉を交えながらコウヘイに言い返す。

 

「はぁ、だから言ってるじゃん。俺が来て、俺がここに名前を書いて、それで受付終了。ほら、お兄さんもう用無しでしょ?」

 

面倒くさそうにため息をつくと、憎たらしげな笑みでそう言った。

 

 

「誰何ですか?あれ」

 

突然店に入ってきてショウと何か喋っている青年に、カイリは何やら知っていそうな反応を示したノブヒロに問いかけた。

 

「ん?ああ、アイツな……」

 

ノブヒロは何処と無く困惑したように冷や汗をかきながら答えた。

 

「アイツは俺と同じ第二回大会でのアネモネ代表のファイター。たしか名前は長谷コウヘイだったか……」

「ノブさんと同じアネモネ代表のファイター……ってことはあの人も結構強いんすか?」

「……正直こう言うことはあまり言いたくないんだが……」

 

ハジメの問いに、どう答えるか迷うノブヒロ。少し考えた後、変に隠して誤解を招くより、いっそ言ってしまったほうがいいという結論に至った。

 

「はっきり言うとだな……」

「はっきり言うと……?」

 

カイリ、ハジメ、タイキ、シロウの四人は固唾を飲んでノブヒロの返答を待つ。

 

「弱い……」

「「へっ?」」

 

予想外の返答に気抜けた声を出す四人。ノブヒロ本人も四人の反応を予想していたのか、苦笑いを浮かべた。

 

「はっきり言うと、アイツは結構弱い……。多分、シロウよりもな……」

「えぇ!?僕よりもですか!?でもアネモネ代表のファイターってことはノブさんと同じようにショップ大会を勝ち上がったから選ばれたんですよね?」

 

当然の疑問。自分の言っていることの矛盾はノブヒロも重々承知している。

 

しかし、そんな矛盾もたった一言で解決出来る言葉をノブヒロは知っていた。

 

「それは……あれだ……。ヴァンガードだからな……」

「あっ……なるほど……」

 

全てを察したように声を漏らすシロウ。ヴァンガードという運ゲーの中ではあらゆる事がこれで通用してしまう。

 

「別にそれはいいんだけどな。問題は若干運に頼って得た実績を実力で勝ち得たと思い込んでることなんだよ。あんなにでかい態度とってちゃあ後々辛いだろうに……」

 

同情の眼差しでノブヒロは、余裕綽々でショウに物言うコウヘイを見つめる。

 

基本的に過ちを犯す者を放っておけない性格のノブヒロであるが、これに関してはまったくのお手上げだった。

 

過ちに気付かず我を押し通そうとする者に何を言っても通じない。それをノブヒロは知っていた。

 

だからこそ、自分自身でそれに気付くしかない。そのきっかけが出来ることを祈るしかないのだ。

 

「あのさぁ……。君は何様のつもりなのさ。僕も人のこと言えた義理じゃないけど、少なくとも参加しようとしてたのは僕の方が先なんだよ?」

 

正論でコウヘイを丸め込もうとするショウ。自分も募集時刻を過ぎた後に申し込みをしているため、あまり強気にはなれないが、それでも自分とコウヘイでは自分のほうが有利だという主旨を伝える。

 

しかしそんなことを全く気にしていないコウヘイは、澄ましたような表情を浮かべていた。

 

「でもギリギリセーフ。俺が来るまでにまだ書けてなかったわけで、そうなると結果を残してる俺と、無名のお兄さん。どっちが参加した方がいいかは明白と思うけど?」

 

更に言い返すコウヘイ。もし彼の言っていることが本当なら、有利なのは自分ではなくコウヘイ。

 

「結果を残してる?そうなんですか?」

「え?えぇ……そうね。一応彼は第二回大会でうちの代表として地区大会に出場してたけど……」

 

真意を確めるべく、店長に確認をすると、ぎこちなくも事実であるということが店長の口から明かされる。

 

「ほら、見たことか。わかったらさっさとそのペンを俺に寄越して、観戦でも帰るでもして大人しくしててよ」

「結果を残してるのは分かったさ。でもそれで僕が君より劣っているかどうかなんて分からない。ヴァンガードは別に強いから勝てるゲームでも無いんだし」

 

真実であることは分かった。だが、退く相手がカイリやハジメなら未しも見ず知らずのこの口の悪い青年とあれば、プライドが許さない。

 

「チッ、しつこいなぁ。お兄さんも」

「君ほどでもないさ」

 

お互い一歩も退かないこのやり取り。こうなってしまうと、お互い何を言っても快く参加権を譲るようなことはしないだろう。

 

どうにかこの場を丸く治めようと考える店長。

 

手を額に当てながら考えていると、不意に自分の時計が目に入った。今の時刻は9時5分。大会までは後25分あった。

 

「ストップ!二人共、そこまでよ」

 

普段は出さない大声を上げながら言い争う二人を制止させる店長。しかし効果はてきめんで二人口を閉じ、店長に視線を向けた。

 

「二人の言い分はよく分かったわ。どちらも正論だし、二人共大会に参加するには十分な素質がある。だからこうしましょう。まだ大会まで少し時間があるし、この際どちらが強いか実際にファイトをして決める。そうすればお互いが納得して相手に参加権を譲ることが出来るでしょ?」


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