「俺のダメージが7……ヨシキのダメージ1だと……!?」
普通にやったのでは起こり得ないあまりにも不自然な数値。
たしかにこのダメージではヨシキは一枚しか表に出来ないため、男の目的を遂行することは出来ない。いや、最早そんなことはどうでもよいだろう。
何故このような事態が起きたのか……。今までの怒りが吹き飛び、男の頭の中にはそれがグルグル回っていた。
(どういうことだ……。こんなこと、意識せずに起こるわけがない。だが、もしこいつらが狙ってやったのであれば、お互いがそれを理解する必要がある……)
歯を食いしばりながら、男はクリアとツカサを見る。
(俺達のデッキが分かった時点ではまだそんな怪しいことはしていない。いや、そもそも銀髪のほうはタッグファイトのルールそのものを理解していなかったんだ。おそらくこれを考えたのは学ランのほう。そしてコンタクトを取ったのはファイトの中盤だろう……。だが、俺が最初に相談することを禁止したからこっそりそのことを伝えることは出来ない……。どうやって……)
「俺たちがこの策を共有したのか……とでも考えてる顔だな」
上目遣いで男の伺いながらクリアは言った。
「チッ!そんなことどうでも……!」
「まぁ落ち着けよ。お前はいいかもしれないが、こっちの奴はなにがなんだか分からないって顔してるぞ?」
クリアは横目で状況が飲み込めずあたふたするヨシキを捉えた。
「そんな見栄をはらなくても教えてやるよ。どうやってお互いがこれを共有したのか。そしてそのふざけたダメージにしたカラクリを」
ツカサとクリアは似たような笑みを浮かべながらそこに君臨する。
彼らのことを知っている者がその場にいれば違和感を生むであろうその光景を少年は口を開けながら茫然自失にそれを見つめていた。
すると、今度は含み笑いを浮かべながら口を開く。
「と言ってもカラクリなんてそんな難しいことじゃない。やることは至極単純だ」
そう言うと、クリアはヨシキ達のダメージを一瞥した。
「俺がダメージを与え、ツカサはダメージを与えないようにする。まずこれで相手のダメージを調節する。まぁ、普通に淡々とやったんじゃすぐに気付かれるから、出来る限り意識を別に向かせる必要がある」
そこまで言うと、「ん?」と真顔になったツカサがクリアに声をかけた。
「そんなことやってたっけ?」
「あぁ。やったのは俺じゃなくお前だがな」
更に首を傾げ、理解出来ない様子をとるツカサ。しかし、男はギリッと歯軋りを鳴らしながらクリアを睨んだ。
「お前の普段の行動が普通じゃないからな。見た目のインパクト、口調、煽り、プレイング。まずはそれで単純なヨシキっていうやつの気を引き付けるようになった」
「んだとっ!?てめぇ!」
「違うのか?」
「ぐっ……」
自信たっぷりに問いかけるクリアに堪らずヨシキは口を詰まらせた。
「たが、お前はこんなことじゃ周りを見失わないというのはファイトをしている間になんとなく察することはできた。正直、ばれてるんじゃないかとハラハラさせられた」
クリアはキッと瞳を尖らせながら男の顔を見る。
「だが、ばれなかった。何故だかわかるか?」
クリアの問いかけに、男はただギラキラとクリアを睨み付けながら黙った。
「暴走する相棒をコントロールし、かつゲーム全体を采配。ツカサの発言に気をかけつつ、俺の動向を伺う。そして最後に俺の煽りに乗せられたことだ」
クリアもそれを察していたかのように語り出す。根拠があるわけではない。が、この結果から考えるに理由はこれくらいしか考えられなかった。
「それを同時にこなすだけでもお前は十分強いファイターだ。それだけは認めよう。だが、一人ではタッグファイトには勝てない」
フッと息を吹き出しながら肩の力を抜く。少し前の自分では有り得ないことを言おうとしている自分自身に戸惑いを感じる。
だがこれは居心地の良い違和感。拒もうという気など端から持ち合わせてはいない。
「仲間を信じることが出来なかった。それがお前らの敗因だ」
まるで似合わない言葉にツカサは目を丸くしてクリアを見る。しかし、驚きによる一時的なもので、ツカサは穏やかな笑みを浮かべると目を閉じた。
ただ、これに反感を買ったものがいた。
「けっ、何が仲間を信じるだ。むしろ最初はお前らのほうが身内のことを不信がってたんじゃねぇのか?」
揚げ足を取るようにニヤリと微笑む男。たしかに最初はタッグファイトが分からないツカサにクリアが振り回されていた節があった。
「そう思うか?……いや、たしかにあの時は信用してなかったな……。勝手に勝負を吹っ掛けておいて自分はタッグファイトしたことないとはな……」
眉間に皺を寄せ参った表情をするクリアを見て、自分もその後ノリノリでヤル気満々だったじゃないか、とツカサは苦笑いを浮かべながらも何も言わないことにした。
「けど俺は信じていたさ。こいつのファイトセンスを。こいつならすぐにタッグファイトを理解してくれることを」
クリアはそう言うと口元を緩め、ツカサを一瞥した。
「信じていたさ。こいつなら、俺の言っていることを理解してくれることを」
「俺の言ってることだと?」
男は眉を吊り上げるとそう呟く。
「あぁ、あんたらは気付いてなかったんだな。俺はあんたらにも聞こえる声でこいつに言ったんだぜ?まぁ、こいつがその真意に気づいたのは途中からだと思うがな」
「おぉ、本当にクリア君は何でもお見通しなんだね!正直最初は何が目的なのかよくわからなかったよ」
ツカサが興奮したようにそう呟くさなか、クリアの言葉を聞いた男は今までのファイトを振り返っていた。
(俺達にも聞こえる声で……だと?今までの会話の中で何かしらの暗号を取り合っていたということか?いや、そんなものを取り合う考える時間なんてなかった。おそらく会話の中でそのままの意味を言ったに違いない。違和感なく、文脈の中に潜ませた……。だが、いつ……)
スタンドアップを宣言した時から今までを思い出す。単語、行動に神経を尖らせる。
(っ!?あの時か!)
「どうやら気づいたようだな」
男はハッとしたように顔を上げる。記憶の中を回りようやくたどり着いた事実。そしてこの反応にクリアも男が気づいたことを感じ取った。
『ただしアタック出来るのは目の前の相手だけだ。お互いが共有しているのはダメージ、ソウル、ガードのみだということを覚えておけ』
『ダメージはCBを使う場合共有出来るが、効果範囲が指定されているもの。たとえばトリガーだが、あれは自身のダメージを回復出来るのであり、味方のダメージは回復することは出来ない』
『手札を二枚削ったんだ。ダメージはこっちで稼いでやるよ』
『つまり何かしらの考えが合ってあえてこの状況を作ったんだとボクは思う。だからボクは信じるだけさ。クリア君の思惑をね』
『タッグファイトの真髄ね~。かげろうの強力なCBをノヴァのコスト回復で使い回すってわけだ。なるほどね』
『それはどうかな。――最終的には君が傍観者になってもらうよ』
まるで今聞いているかのように脳裏に浮かびあがる二人の言葉。こうして聞くことで、はっきりと彼らの策略を伺うことが出来る。
「――何故だ」
「?」
俯きながら呟く男。しかしその矛先はクリアではなかった。
「何故お前はこいつの言葉からそれを理解することが出来た?あの発言は俺達でさえ普通に受けとめられるほど自然なもの。それを何の気なしに受けいられる理由が俺には分からない……」
どれほどの事態にも、仮定と憶測で自分を納得させてきた男。そんな彼でも、どのようにしてツカサがあの会話の中からクリアの真意を読み取ったかということにはどうしても納得がいかなかった。
自分が出し抜かれたということ。戦況が不利になったということ、彼にとってこれらはもはや気にするに値するものではなくなっていた。
「う~ん、なんでクリア君の考えがわかったかか~。ボクにもわかんないや」
「何?」
後頭部に手を当てながら惚けたような笑みを浮かべるツカサ。しかしその表情からはまるで嘘をついているようには見えなかった。
「おそらくそれは無意味な質問だな」
「……どういうことだ」
立っているのが疲れたのか、卓上に手をつきながら唐突に語り出すクリア。
「簡単な話だ。こいつは俺の真意を読み取ったわけでも、ましてや自分でこの考えを抱いたわけでもない」
クリアはそこで区切る。何故なら、これこそがツカサを信じていたという最もたる所以であったからだ。
「こいつはただ俺の言うことをそのまま受け入れたにすぎない。俺がダメージを与えるということをそのまま受け取り、漠然とそれに沿った行動を移していただけなんだからな」
「ただそのまま受け入れただと?何故本人ではなくお前にそれがわかる」
まさかのクリアからの返答に嫌悪感を露にする男。二人と出会い、ここまで接してきた彼のクリアへのイメージは、悪い意味で彼の脳に深く刻まれていた。
「さっきも言っただろ?俺はこいつを信じていたと。こいつの性格なら、必ず俺の望んだシナリオを演じてくれると俺は信じていた」
堂々と、もはやこの言葉に恥じらう素振りなど無意味であった。
「初めから理解なんてしてなかったんだよ。タッグファイトのルールがまだはっきりせず、ただいつも通りのファイトをするしかできないこいつにとって、唯一の助けはこの俺の言葉しかない。だからこそどんな言葉も受け入れた。タッグファイトのルールを理解することを。ダメージを出来る限り与えないという行為を」
憶測ではなく確信を持ったクリアの発言。しかしクリアの言葉では納得しない男は、疑り深くクリアを睨み付けた。
「よく分かるね~、クリア君。そうだね、ボクがクリア君のやりたいことが分かったのはノヴァの人がかげろうとのコンビネーションを説明してくれた時かな?突然ダメージは自分で与えるとか言い出したから本当に驚いたよ~」
お気楽な調子で言葉を伸ばすツカサ。この発言によって、クリアの言っていたことが正しいということが証明された。
しかし、これにも満足しなかったのか、男はギリッと歯軋りを鳴らした後、声を上げた。
「馬鹿な、そんな話があるわけがない!ならばお前は細い吊り橋の上を目隠しで渡るのと同じことをしていたんだぞ!どこにゴールがあるのか分からないそんなリスクの高いことを……」
「それは違うよ」
男の言葉を遮るツカサ。その表情は人を馬鹿にするには程遠い、穏やかな顔をしていた。
「たしかにボクのやっていたことは無謀かもしれない。君の言うように今にも切れてしまいそうな先の見えない吊り橋を渡るのと同じようにね。でもボクには命綱がある。どれだけ大きな風に煽られても絶対に切れない最高の綱がね」
ツカサはチラッとクリアを一瞥した後、男を真っ直ぐ見据えながら呟く。
「だからボクは自信をもって歩くことが出来る。たとえゴールが遥か彼方にあったとしてもボクは何度だって挑戦し、たどり着いてみせる!勝利という名のゴールに!」
勝利への執着。収まることのないその飽くなき欲望は、自らの肉体から飽和し、二人の体から滲み出していた。
「――お前ら名前は?」
前屈みになっていた自分の体を起こし、男はそう問う。
今までの噛み殺す獣のような激しい態度は解かれ、クリアとツカサはお互いの顔を向き合うと、自分の名を明かした。
「小野クリア」
「新田ツカサ」
名前を聞き、ブツブツとその名前を繰り返し呟くと、男は顔を上げ冷静な態度で口を開いた。
「……ヴァンガードは運ゲーだ。たとえどれだけ戦況が有利でもトリガーの出方次第で簡単にひっくり返る理不尽なゲーム」
淡々と、静かに、しかし確信を持った力強い声で呟く。
「だが勝つのはいつだって強者だ。人として、ファイターとしてより凄味を持つものが上へのしあがることが出来る」
「すなわち、『弱肉強食』の世界。まさに今の俺達がその関係だ。より強い者が相手を食らい、利益を得ることが出来る」
自分の人生観を語る。どんな心境の変化か、男の表情は先ほどの不服な態度が嘘のような満足した笑みを浮かべていた。
「出し抜いて満足するのは勝手だが、勝負はまだ終わっていない。なぜなら、お前らはその利益をまだ得られていないんだからな。せいぜい、その喜びがぬか喜びにならないよう努めることだな」
まるで自分が有利であるかのような口調で男は言った。男の態度の変化に呆然とするクリアとツカサとヨシキであったが、クリアとツカサはニヤリと笑うと、負けじと男に言い返す。
「フフーン、そんなの当たり前じゃん!ねぇ、クリア君!」
「当然だ。既に俺達はお前らの首根を捕らえている。食らってやるよ。お前らが取ったそのカードをな」
終始ファイトを観察していた少年は、ファイトが始まった瞬間から張り詰めていた空気が晴れていくのを感じた。
お互いのダメージは8対7。この僅かのダメージをお互いは残された力を振り絞り、相手を食らおうと奮起する。
下手な小細工はもう何もない。ただひたすらに己の運を信じて攻撃を加えていく。
「…………」
しかし、ただ一人だけ。ヨシキはこの空間に違和感を感じていた。こんなにも潔よい男の言動に。
* * * * *
「――兄貴……いいんすか?あいつらをそのまんま帰しちまって……。何にもしないでこのまま見てていいんすか……!」
静かになった路地裏に響くヨシキの声。その声はどことなく訴えるような主張が見え隠れした。
ファイトは結果として負けた。男の発言から、何かしら考えがあると考えたヨシキであったが、特になんの音沙汰もなく、不利だった戦況がそのまま勝敗をわけた。
クリアとツカサとのファイトに負けた男は、大人しく少年のカードを返す。二人も勝ち誇るような男の態度から何かしらしてくると思い身構えていたが、そんなことはなかった。それは不自然なほどに。
ヨシキは知っている。いかに男が聡明であることを。どんな状況でも何かしらの策を講じ、結果はどうあれ最善を尽くすことを。
そんな彼だからこそ自分は付いていっているのであり、あの人も一目をおいている。
だからこそ問いただしたい。今、彼が何を思っているのかを。
ヨシキの声を聞いた男は黙ったまま、カードを集めデッキに戻すとそのデッキをデッキホルダーにしまった。
「ヨシキ、俺達はここに何しにきたか覚えているか?」
「えっ……何しにっすか?」
問いに問いで返されたヨシキはそう声を漏らす。ファイトの余熱が残っていたヨシキはすぐに答えがでず、しばらく唸った。
それを見かねた男は、ヨシキの頭を掴み滅茶苦茶に振り回した。
「次の大会で台頭するであろうファイターを見つけることだろうが!」
「ちょっ!そんなに脳をかき回さないでくださいよ!忘れたのは謝るっす!」
「これくらいの刺激を与えないと直らないだろうが」
男はそう言いながらヨシキの頭から手を離した。ヨシキはクラクラする頭を抱えながらしゃがむ。
「で……それとあいつらを見逃すのとどんな関係が……」
その時、ピキッと男の額の血管が浮き上がる。
「まだ刺激が足りんようだな……」
「ああ!すんません!すんません!これ以上は勘弁っすよ!」
指を鳴らしながら近づく男にまるで命乞いをするようにヨシキは手を前に出しながら必死にそう言った。
男は一つため息をつくと、呆れた様子でヨシキに言い聞かせる。
「よく考えてみろ。そもそも今回のことで、俺達には何ら損失はないんだ。1だったものが0に戻っただけ。無駄に抵抗したところで奴等の反感を買うだけだ」
「別にいいじゃないっすか?反感の一つや二つ貰うのなんて慣れてるし。あ!もしかして兄貴も実はビビって……」
ギロリと瞳孔の開いた威圧的な瞳でヨシキを睨み付ける。
「何にもないっす!すんません!」
「ったく……。反感を買ったらその後何かと警戒される。そうなると尾行するのに都合が悪くなるだろうが」
「あぁ、たしかにそうっすね……。っていうか今から尾行するんすか!?」
ヨシキは納得したように頷いたかと思うと、信じられないというような顔で男の顔を見た。
「だらしねぇ顔でこっちを見るんじゃねぇよ。おそらく奴等は他の奴等と同じ開店セールでここに来たといったところだろ。つまり、もともと行きつけの店がある中わざわざここまで訪れた」
男はクリア達が去った方向を見ながら呟く。
「あれだけの実力者が二人もいるショップが存在するというのは俺達にとって脅威。だが、それを大会前に知れた辺りやはり俺達は運がいいようだ」
淡々と語る男に呆然としながらヨシキは聞く。すると男はヨシキに顔を向けると不敵な笑みを浮かべる。
「前に言ったよな。ただファイトが強いだけじゃこの世界で勝ち残ることはできない。重要なのは情報だ。如何なる相手であろうと、対策さえ整えれば容易にその牙城を崩すことができる」
男は服の袖を捲り、腕に付けていた赤いリングを強調させる。
「『弱肉強食』とは、あらゆる手段を用いても勝利を食らわんとする者にのみ訪れる条理。ちゃちな敗北に燻ってんじゃねぇよ。俺達が目指すものはもっと上にあるんだからな」
その言葉を聞き、ヨシキはスッと立ち上がる。自分の腕の赤いリングを掴みながら。
「……すんません、俺マジで馬鹿なんですぐ忘れちまって……」
そうだ、これが彼の知っている男の姿。いや、最初から何も変わってなんかいなかった。
自分が付いていく決めた男の面影に、ヨシキは自分を奮起させる。
「行くっすよ!あいつらの正体を徹底的に暴いて、あの人の手土産にするために!」
「――誰の正体を暴くだぁ?」
「っ!?」
背中に気配を感じたヨシキと男は勢いよく後ろを振り向く。
「黒柳……コウ……」
「よぉ、久しぶりじゃねぇか?……シュウイチ」
男は釈然としない様子でポツリと呟く。そこには面白いものを見るように嘲る青年・黒柳コウとクリアの着ていた学生服と同じものを身に纏った青年がキョトンとしながら立ち塞がっていた。
「なーんだ、知り合いだったのかよー。それならそう言ってくれりゃ良かったんじゃない?コウさんよー」
青年は不満げにそう言うと、コウは面倒くさそうに口を開く。
「知るか。お前が勝手についてきただけだろうが。何でそんなことを話さにゃならんのだ。そもそも――」
コウは足を一歩踏み出す。それに反応し、状況を飲み込めないヨシキは後退りをし、男……シュウイチはその場で立ち尽くしていた。
「俺はこいつに用があってここに来たんだ。この藤原シュウイチにな」
「てめぇ……!何もんだ!何で兄貴の名前を知ってんだ!?」
「知ってて当然だろぉ?何せこいつは……」
蔑むような視線でヨシキを見た後、コウはそのままシュウイチを見据えた。
「昔のヴァンガード仲間だったんだからな」
その言葉と裏腹に懐かしむなどという感情を一切持ち合わせていないコウの態度。シュウイチもまた一歩踏み出すとコウの名を呼ぶ。
「コウ……お前はあのマサヨシって奴についていくことにしたようだな」
「ああ、まぁな。うちの大将は良いぞォ?お前んとこのフー・ファイターの三下大将と違って、うちの大将は実績も名誉も……」
ザッ!と土を蹴る音が響くと共に、コウとの距離をつめたシュウイチはその胸ぐらを掴みながら額が当たるギリギリのところまで顔を近付ける。
「ケンタさんのことを悪く言うやつはたとえお前だとしても許さねぇぞ……?」
「ほほう、そりゃずいぶんと大層なことを言うじゃねぇか。上手いこと調教出来てるってわけか?」
まさに一触即発の状況。学生服の青年は「俺知ーらね」と呟きながら頭の後ろで腕を組み、ヨシキはシュウイチが有利だと思っているのかガッツポーズを作るながらその成り行きを見ていた。
「良いぜ!兄貴!その生意気な野郎に一泡吹かせてやれ!」
「だってよ?おら、やってみろよ?」
調子の上がったヨシキの声を聞き、コウはそうシュウイチを煽る。少しの間が二人を支配したのち、シュウイチは胸ぐらを離した。
「フン、まぁいい。所詮お前らはショップ店員という身の上。大会には出られないんだ。何を言われても、お前の言葉は減らず口にしか聞こえんな」
シュウイチはそう語る。まるで勝ち誇ったように笑みを浮かべる彼の態度に、コウは頭を掻きながら目を閉じた。
「ほほぉ?そりゃお利口なこった。けどよぉ……」
コウは手を腰に当て、上目遣いでシュウイチの顔をせせら笑いを浮かべながら見た。
「お前が本当にあの久我マサヨシが大会に参加しねぇと思ってるんだと言うならそりゃお門違いってもんだぜ?」
「なんだと?」
シュウイチは眉を吊り上げる。そんなシュウイチの反応に満足したのか、「ククク……」と笑いながらコウは続けた。
「そのお利口な頭でよォく考えてみな?激戦を繰り広げ、数多のファイトを勝ち上がった第二回大会優勝者が、たかが身の上だけで大会の参加権を取り下げられると思うか?」
シュウイチは眉間に皺を寄せながら目を細める。コウの意図する本質を見極めるために。
「あちらさんはヴァンガードを盛り上げるのが目的だ。エンターテイメントだからなァ。肩書きが大きければ大きいほど大会は盛り上がる。じゃなかったら、たかがピオネールがいないってだけで第二回大会があんなに冷めたりはしねぇからな」
コウは歩きながらそう言うと、先ほどまでシュウイチとクリア達がファイトをしていたスタンディングテーブルを手で擦った。
「立役者のいない劇なんてライド事故を起こしたヴァンガードみてぇなもんだ。見栄えの変わらない先に行き着く勝敗なんてなんの面白味もありゃしねぇ。――先に宣言しといてやんよ」
コウは親指で自分を指差しながらシュウイチに向き合った。その表情は、今までシュウイチには見せたことのないような希望に満ち溢れた顔であった。
「俺達、レッドバードは次の大会に参加する。そして優勝した暁にはこのヴァンガードという世界を変える!お前らはそれをじっと堪能してな!」
右手を突き出し、開いた手のひらをギュッと握ると、コウはそう言い放った。すると――
「――ヒヒヒ……ヒャーハッハッハ!」
「あん?何がおかしい」
――顔に手を当て、狂ったように高笑いをあげるシュウイチ。
「いや、なに。お前らの情報不足に思わずな」
「情報不足だァ?俺達のどこが情報不足だってんだよ」
「そうだな、そんなお粗末な頭じゃ思い付かないだろうから説明してやるよ」
シュウイチは目を瞑りながら淡々と語りだした。
「お前らのとこの大将、久我マサヨシは確かに強い。単純な力量もそうだが、何より奴は数少ない規格外適合者。直接対決は無かったものの、理論上はピオネールにも負けず劣らぬ実力者だろう。だが……」
シュウイチは不意に歩きだす。視線をコウに向け、不敵な笑みを浮かべながらそちらに近付いた。
「お前らは甘く見すぎだ。その肩書きなんざ、俺達にはなんら驚異にもなりえねぇんだよ。フー・ファイターの頂点に君臨するファイターっていうのはな」
「俺達フー・ファイターにはピオネールが“二人”も所属している。いや、それだけじゃねぇ。数多の実力者がこのフー・ファイターという名の下に次の大会に望む。各地方でな。そして全国大会はフー・ファイター一色になることだろうぜ?」
「はっ!そりゃねぇよ。所詮お前らは只の寄せ集めだろォ?そこの馬鹿が所属してるみてぇに、中途半端な奴を取り揃えてるのがお前らフー・ファイターだろ?」
コウは蔑むような視線で見ると、ヨシキは血管を浮きあげながら怒鳴り声を上げた。
「んだと、てめぇ!」
「それは否定しない、事実だからな。――だが、俺達にはもう一つ切り札がある。特に知られても差し支えないことだから特別に教えてやるよ」
シュウイチはコウすれ違い様に、勝ち誇ったような笑みを浮かべながらいい放った。
「俺達は遂にあの『泉堂アイキ』を獲得する事に成功した」
「なにっ!?」
「もはや、俺達に敗北という文字はない。それまで精々頑張ることだな……。行くぞ、ヨシキ」
「あ、待ってくださいよ兄貴!」
シュウイチはそう言うと、ヨシキと共に路地を出ていった。
「泉堂アイキ?一体誰なんだってんだよ?そいつは」
制服の青年が、二人の後ろ姿を見送りながらコウに話しかける。
「お前、SPYクオリアを知ってるか?」
真顔でそんなこと言うコウに青年は首を傾げた。
「そりゃヴァンガードやってる奴なら知ってることだけど、なんでそんなこと聞くってんだ?」
そう聞くと、コウは青年を一瞥したあと、ゆっくりと口を開いた。
「泉堂アイキ……知ってる奴ならピオネール以上に恐怖する最凶のファイター。今現在、“SPYクオリアに最も近い男”だ」
「“SPYクオリアに最も近い男”ねぇ……」
青年が虚空を見ながらそう言う。コウは、その疑り深そうな発言に口を開いた。
「信じねぇのか?」
「いや、あんたがそんだけ臆するんだから本当なんだろうけど……」
そう問いかけるコウに対し、青年は困った様子で頭を掻いた。
「実感がわかねぇんだよな……正直。まだ俺はその規格外適合者っていう輩のファイトを見てないもんだからどうにも……」
「ファイトを見たことがないだぁ?前言ってたデッキの中身が見える奴はどうした」
「ん?あぁ、あれはただ友達の話をそのまま言っただけだから、実際にファイト事態はちゃんと見てないんだわ」
苦笑いを浮かべながら言う青年に呆れた表情をする。
「本当に適当な奴だな……お前。ところでいいのかよ?あいつら、もう行っちまうぞ?」
コウはそう言いながら路地を抜け、少年にカードを返し帰路に就くクリアとツカサを見た。
青年も後ろから追うようにして二人を見つめると微笑した。
「ああ、もういいんだ。クリアに黙って何かやるのは本人に悪いかって最初は考えてたわけだけどな……」
青年……梶山トモキは、忘れかけていた過去の記憶を呼び起こす。
第一回ヴァンガードチャンピオンシップ。そこで自分のわがままで親友を裏切ってしまったことを。だが、本人も自分の性格を理解しており、特に咎めるようなことは無かった。
だからこそ口惜しい。自分から言い出した事をこんな形でふいにしてしまった自分に。
しかし、チャンスは回ってきた。過去の過ちを挽回する方法が、その術がここにある。
トモキはコウの顔に視線を向けると、ニヤリと笑った。
「しっかし、今思えばコウさんに会えてまじで良かったわぁ。あの時会えたのは運命だったんかなー?」
「気持ちわりぃこと言ってんじゃねぇよ。用がねぇならさっさと戻るぞ」
コウはポケットに手を突っ込むとそう言いながら店の裏口に歩みを進める。
トモキは目でそれを追った後、視線を再びクリア達に向けた。
「上で会おうぜ。クリア」