「よし……トモキの奴を探すぞ」
パックのカード確認し終え、満足したような笑みを浮かべたクリアはそう言った。後ろからそれを見ていたツカサは、彼のその表情から笑顔で問いかける。
「儲かっとりまっか?」
「あぁ、ウハウハにな。さぁ、行くぞ」
「あいよ~」
そう笑みを浮かべながら答えると、特に鞄などを持ってきていなかったクリアは、剥いだカードを数枚に分け、それぞれポケットにしまい、そうツカサに声をかけながらトモキの捜索を開始した。
人が多いため手分けして探す二人だったが、探すのは難航を極めた。フリースペース、レジ、ショーケースなど回ったが、それらしき影は見られない。
ある程度見て回った後、クリアとツカサは合流した。
「ふぅ……トモキ君は見つかったかい?」
「……いや、それらしいやつはいなかった。こんなに人がいるとは予想外だった」
「そうだね~。こんなことなら最初から店員さんに聞いたほうが早そうだね」
「……そうするか」
話が纏まったクリアとツカサは、とりあえずレジの対応していた眼鏡の店員に話しかけることにした。
「すまない、一つ聞きたいことがあるんだが……」
クリアがそう話しかけると店員はレジに集中しながら返答した。
「すいません、僕は忙しいので要件は店長にお願いします」
「店長?その人はどこにいるの?」
「多分どこかのショーケースのカード整理をしてるかと。お待たせしました、次の方どうぞ」
眼鏡の店員は会計を終わらせ、そう言って次の客を呼んだ。
「……どうやら、今度は店長を探さないといけないようだな」
「ぐぬぬ、病み上がりにこの肉体労働は堪えるぜ……」
「お前、本当に何しに来た……」
二人は店長を探しに再び二手に別れて探した。ショーケースでカードを整理しているということだったので今回は簡単に見つけることが出来た。
クリアは早速その青年に声をかける。
「すまない、一ついいか?」
「はい、なんでしょう?おや、貴方はこの店は初めて訪れた方ですね」
穏和そうな雰囲気を醸し出す店長と思しい青年は穏やかな笑みを浮かべながらそう話した。
「ん、ああ。そうだが……」
「お初にお目にかかります。私は久我(くが)マサヨシと申します。他の方にはセイギさんやジャスティスなど色んな名前で呼ばれますが、お好きな名前でお呼びください」
「あ、ああ。悪いな……」
一方的に話しかけられ調子を狂わされたクリア。
「それで、どんなご用でしょうか?ファイトであれば喜んで受けてたちますが」
「いや、ちょっと人探しをしていてな。俺の制服と同じ服を来た奴がここに来ていないか?もしくは今までに見たことはないか?」
「人探しですか……。そうですね……」
マサヨシはまじまじとクリアの制服を見つめる。すると、マサヨシは吐息を吹き出すと申し訳なさそうに口を開いた。
「申し訳ございません。ご覧のように当店を訪れる方はかなりの数を占めております。もちろん、貴方のような学生の方も来店なさるので一概にそれが貴方の探し人だと判断しかねます。ですのでその質問には答えられません……。そうですね、あそこの銀髪の方のような印象に残る方なら覚えると思いますが……」
マサヨシは辺りを見渡し、ツカサを見つけるとそう言った。クリアもツカサを見ると恥ずかしそうに頭をかくと返事を返した。
「……そうか。すまない、時間を取らせたな」
「こちらこそ、お力になれず……」『セイギさんいる!?暇ならこっち手伝ってよ!相手が多すぎて私だけじゃ相手出来ないわ!』
マサヨシがそこまで言うと、フリースペースのほうからマサヨシの名を呼ぶ女性の声が店内に響いた。
マサヨシは「おやおや」と微笑むと、クリアに会釈をした。
「どうやら行かないといけないようですね。それではここで失礼させていただきます」
「ああ」
そう声を交わし背を向け、声の方へ向かうマサヨシ。しかし少し歩を進めると、マサヨシは思い出したように声を出すと再びクリアを見た。
「あっ、そうでした。初めてご来店いただいたあなたに一つ質問をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ん、ああ。なんだ?」
クリアは無警戒のまま、そう返事をした。そして、次のマサヨシの質問を聞き、クリアは眉をつり上げる。
「あなたは今のヴァンガードの環境をどう思います?」
「今の環境……だと?」
唐突に言われ、訳がわからないといった様子のクリア。
「少し分かりにくかったでしょうか。ではもっと端的に話しましょうか」
それを見てクスクス笑うと、マサヨシはそれまでの穏和な表情を解きクリアを真っ直ぐ見据えながらこう言った。
「貴方は今回追加されたあのカード群をどう思いますか?」
「……ジエンドとマジェスティか」
突如、張り詰めた空気がクリアとマサヨシの間に流れた。
マサヨシがクリアの答えにニヤリと笑うのを見てそれが正しいのだと理解する。
クリア自身、これらが公開された時は少なくなからずこれが環境を支配するだろうという思いを抱いたことはある。
従来のパワーを2000も上回るジエンド、パワーはそれに下回るがクリティカルが常時2となるマジェスティ。そしてそれを補うに有り余るほどのサポートカード。これらを強くないと思うほうがどうかしている。
だが……、
クリアはフッと笑うと、自分の持つ意見をそのままに述べた。
「どうとも思っていないな。ヴァンガードは運ゲーだ。どれだけ強いカードを出ようとそれが揺らぐことはないからな」
「……そうですか」
マサヨシはその答えに少し驚いたのか、目を丸くした。しかし、すぐ微笑みを浮かべると答えてくれたことにお礼を述べた。
「とても参考になりました。それではまた機会があればよろしくお願いしますね」
再び背を向けたマサヨシは歩みを進めた――
「――小野クリア君」
――不敵に笑いながら。
二人はそうして別れた。誰もまさかあの第二回大会優勝者とピオネールが対峙していたとは夢にも思うまい。
「……初めは人当たりのいい奴だと思ったが、意外と胡散臭い奴だったな」
クリアはため息をつき、マサヨシの後ろ姿を見ながらそう言った。
どうやら先ほどいた行列はここの店員とファイトするために並んでいたらしい。
(とにかく、出来ることは全てやった。収穫は無かったが、もう長居する必要はないだろう……)
クリアはそう考えながら視線を適当に向けると、またパック売り場が視界に入った。
「……ツカサを探して帰ろう」
猛る思いを抑え、何故かフリースペースのほうを眺めているツカサの方へ向かった。
人混みを掻き分け、ツカサの近づいたクリアであったが、ツカサは依然として視線をある方向に向けていた。
「おい、何をボーっとしている」
「あ、クリア君。店長さんは見つかったの?」
声に気付いたツカサはチラリと視線をクリアに向けそう言うと、無表情のまま視線を戻した。
そんなツカサの態度にムッとしたクリアは澄ました顔で嫌味を言う。
「ああ。お前がそうやってるうちにな。手がかりは掴めなかったが、もうここにいる必要はない。帰るぞ」
クリアはそう言うと、出口に体を向け歩き出す……
「……なっ!?」
ツカサは視線をそのままに、突然制服の襟を掴みクリアの進行を止めた。
「お前……どういうつもりだ!」
「ねぇ、クリア君。君はあれどう思う?」
ツカサはそう言うと視線の方向を指差した。
「あ?なんだって言う……」
苛つきながらもクリアはツカサのほうへ視線を向けた。
フリースペースの一つの机。そこで男と小学生と思われる少年がファイトをしており、ファイトしている男の仲間と思われる男が少年の側で立っていた。
既にファイトは終局を迎えており、今少年が六点目のダメージを受けたところであった。
「あれがどうかしたのか?」
「今まで彼らのファイトを見ててね。多分あの小学生の子が初心者で側の人に教えてもらってたみたいなんだ。それであの子とても嬉しそうな顔をしてたんだけど、男の人に何か言われて顔がたちまち青くなったんだ。それで、何か怪しいと思って見てたんだ」
「……お前の気のせいじゃないのか?」
変に頭を突っ込んで面倒事に巻き込まれるのはごめんだと言わんばかりに、冷や汗をかきながらクリアはそう言った。
(考えなくても分かる……。間違いなく今こいつの好奇心は……)
すると見ていた二人の男、そして遅れて一人の少年が、出口へ向かっていくのを見た。
「あっ!行っちゃうよ!ついてこうよ、クリア君!」
「……だよな」
顔を輝かせながら笑みを浮かべるツカサに、クリアは諦めたようにため息をついた。
二人は見失わないよう、小走りで外に出ると、外に出たツカサはキョロキョロと辺りを見渡した。
すると近くの路地裏に二人の男が入り、それについていくように少年もそこに入っていくのを見かけた。
「どうしたんだろう、あの子……。でも、あの表情からやっぱりあの二人があの子に何かしたんだろうね……」
「ああ、そうだな……」
まるで探偵のような人相をするツカサにクリアは適当にそう返した。
路地裏に入った二人の男は、怪しい笑みを浮かべ、お互いの顔を見ながら口を開いた。
「しかし兄貴、今日は偵察ってことでしたが来てよかったっすね。新設のショップってことでしたが、客の強さは大したことなさそうでしたね」
「ああ。しかし、店員の方は馬鹿がつくほどの強さだったが、まぁ運営側は大会に参加出来ねぇから関係ねぇしな。それにこの収穫……文句なしだな」
兄貴と呼ばれた無精髭を生やした厳つい男は、ポケットからカードを一枚取るとニヤリと笑った。
「待ってよ!」
「あん?」
その時、後ろから呼び止められ、二人は後ろを振り向く。
すると、そこには先程の少年が震えながら立っていた。
「どうした?坊主、まだ何か用か?」
兄貴と呼ばれた男は見下ろしながらニヤリと笑い、それに一瞬臆した少年は拳を握りしめ、勇気を振り絞り、口を開いた。
「……やっぱりおかしいよ。ヴァンガードを教えてくれる代わりにカードを取るなんて……」
その言葉にもう一人の男がわざとらしく首を傾げると嫌らしく笑った。
「何言ってんすかね、こいつ。こっちは親切でやったって言うのによ」
「そうだぞ?坊主。これは受講料。坊主がやり方を教えて欲しいというから、わざわざデッキまで用意してやったんだ。これを親切と言わずなんという?それに、ちゃんとファイトに勝ったらチャラにしてやると言ったんだ。チャンスはやっただろ?」
男がそう言うと、少年は喉を詰まらせたように掠れた声で呟いた。
「そんな……始めたばかりなのに……勝てるわけないよ」
今にも泣き出しそうな少年に、一切の遠慮をしない男は持っていたカード、騎士王アルフレッドを見せびらかしながら不敵に微笑んだ。
「とにかく、こいつを返す義理はない。諦めるんだな」
「そんな……」
少年は俯きながら顔を歪める。試しに買ったパックから出た初めてのカード。そのイラスト、輝きに魅せられ、ヴァンガードを始めるきっかけとなったカード。それを容易く奪われ、自分の無力さに絶望した少年は今にも泣き叫ぼうとした……、
と、その時。
「ねぇ、お兄さん達」
気抜けたような声が三人に耳に届く。突然のことに、警戒した様子で二人の男と少年はそちらに振り向いた。
「良かったらでいいんだけどさ~。ボクらにも教えてくれない?ヴァンガード」
そこには、圧倒的な存在感を放つ銀髪の青年と学生服を来た青年が立っていた。
銀髪の青年はまるで自分たちのことを馬鹿にしたようなニヤケ顔を浮かべ、その傍らにいた制服の青年はぐったりした様子で頭を抱えていた。
兄貴と呼ばれた方の男は眉を顰めながら突如現れた二人の青年に声をかけた。
「なんだ、あんたら。こいつの知り合いか?」
「ん?知らないよ?」
ツカサは惚けたようにそう言う。そしておもむろに右手を上げカードを持っている男を指差した。
「ただ気になっただけだよ。それ、いいカードだよね~。欲しくなるよ」
ツカサがニヤリと笑う傍ら、クリアは低いトーンでツカサに話かけた。
「……俺もう帰っていいか?」
「えぇ!?どうして!?」
「別に俺がいなくてもどうにでもなるだろ……」
顔の表情から滲み出るどうでもいい感。帰り方がわからないツカサはそんな態度のクリアを慌てて説得した。
「いやいや、ここは胸熱な展開だよ!?もっとやる気が出てもいいんじゃない!?」
「いや、むしろ面倒なんだが……」
「ヒッヒッヒ、そうか。お前ら、俺たちのやり取りを見てたんだな?」
クリアとツカサのやり取りを見ていた男はそう笑いながら言った。
「だったらどうだって言うのさ」
話を合いをしていたのを邪魔され、少し不機嫌気味になりながらツカサは言った。
すると、男は痰を吐き捨てると鬱陶しそうに呟いた。
「けっ、正義の味方ぶるんじゃねぇよ。他人の為とか言ってよ、ドヤ顔でやりたいことをする。正統性を盾にお前らはただ自分の欲求を満たしたいだけなんだろ?ったく、偽善者が……」
その言葉に流石のツカサも頭にきたのか、足を一歩踏み出し言い返そうとする。
「なにを!」「そうだな、たしかに俺たちの行いは自己満足の偽善だ。何も間違ってない」
ツカサの言葉を遮るように目を瞑りながらクリアは言った。それを聞いたツカサは信じられないと言った表情でクリアを見る。
「まさか、クリア君はあっちの肩を……」
「たがな……」
カッと瞳を見開き、クリアは二人の男を威嚇するように睨み付ける。
「悪いことやって自分に酔ってる奴よりはましだ。そうだろ?」
クリアの言葉に二人の男は同時に額の血管を膨れ上がらせ、舎弟と思われる男はたまらず声を上げた。
「んだと……?てめぇ!」
「おお!クリア君、遂にやる気になったんだね!」
「別にそういう訳じゃない。俺は誰が何をやろうと、たとえ悪事を働こうと俺に関係ないなら特に何も言わない。だがな……」
クリアはツカサの横を通り、前に出ると男達を見ながらニヤリと笑った。
「悪を正当化しようとする奴は許されない。ここで俺たちに見られたのが運のつきだぜ。お前ら」
クリアの威圧的なその言葉にもう一人の男は後退りをした。
「あ、兄貴……」
「何、餓鬼相手にびびってんだ!ヨシキ!シャキッとしろ!」
情けない声を出すヨシキと呼ばれた男をしかりつける男。
そして兄貴と呼ばれる男は、真顔でクリアに視線を向けると口を開いた。
「お前らの主張はよぉくわかった。良いじゃねぇか、お前らに本当のヴァンガードってやつを教えてやるよ」
クリアと男がそんなやり取りをしている最中、ツカサは状況を飲み込めず困惑している少年に気付いた。
「ほら、こっちにおいで」
優しくそう言うと少年は一目散に走りだし、ツカサの服を掴みながら後ろに隠れた。
「それは光栄だな。俺が勝ったらそのカード、返してもらおうか?」
「いいとも。ただし、条件が二つある」
男は指を二本立てながらそう言った。
「条件だと?」
「当然だろ。お前ら、俺達にお願いしてる立場なんだぜ?こちらにその権限があるのは当然の摂理だ」
見下したような笑みを浮かべる男に、クリアは舌打ちをした。
「ちっ。で条件とはなんだ」
「生意気だが物分かりは言いようだな。まず第一の条件として、お前らにもそれ相応の物を賭けてもらおうか。こっちはこんなレアカード取られるかもしれないんだ」
「ああ、それは問題ない。俺は……このカードを賭けよう」
そう言うと、クリアはポケットからあるカードを取り出した。
「ドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンド。俺が負けたらこいつをやろう。それで文句はないだろ」
男はクリアの出したカードを見てニタァと笑みを浮かべた。
「ヒヒ……ああ、十分だ」
「それで、二つ目の条件とはなんだ?」
「ん?二つ目か?それはだな……」
男は口許を緩ませながら背を向け、近場に合ったスタンディングテーブルに手を置いた。
「勝負方法はタッグファイトだ。俺達かお前ら。勝ったほうが、商品を手に入れることが出来るって寸法よ」