曲げられない思い
「やっぱりおかしいと思うんすよね、俺は。どうしてペルルは胸大きいのに、妹であるペルラはあんなにぺったんなんですかね……。俺には理解できないっすよ……」
カードとカードが擦れる音、カードを机に叩く音、種類は様々だが、アネモネの屋内ではいつものように至る所でカードの鳴る音が響いていた。
そんな中、ハジメは机にバミューダ△のカードを並べながらそう相手に言った。
ツカサの一軒から数日後、いつもの日常に戻った彼らはいつものメンバーでつるみながら日々を過ごしていた。
しかし、一つだけ違うことがあった。
「……いいか」
ハジメの座る机の向かい側に座っていた青年、ショウはガタッっと椅子を引きずりながら立ち上がると口を開いた。
「おっぱいには大きさ、形、感触などなど種類は無限にも匹敵する!そして、そのいずれにも需要が存在している!この数多のおっぱいの中でとりわけ好まれる傾向を把握し、万人に好まれるおっぱいを持つものこそがトップアイドルになれるといっても過言ではない!」
熱心に語るショウ。すると突然悔やむような表情をしながら拳を握った。
「しかし、どれだけがんばっても一つのおっぱいで万人に好まれることは不可能っ……!貧乳、巨乳、爆乳、etc.と明確な違いがあるからこそジレンマが生まれ、己の進むべき道を失うこともある……」
握りこぶしを震わせながら、ショウはなんともいえないもどかしさを表すような悲痛な表情を浮かべる。しかし、それを振り払うかのように机に手を当て、立ち上がった。
「しかし、彼女達は違う!様々な環境において役割分担し、対応!様々なジャンルの大きなお友達にも最高のもてなしをすることのできる層の厚さが彼女らが人気である要因なのだ!特にパール姉妹は汎用性の高い巨乳と貧乳を兼ね備え最強に見える!」
「っ!?たしかに……考えてみればその通りだ……」
あまりの熱弁に、ハジメもその本質に気づき、驚愕の色を隠せずにいた。
「たしかに君の意見は一理ある。しかし、彼女らは君のアイドルではなく僕達みんなのアイドルだ。それを履き違えるんじゃない」
「そ……そうだ……。大きければいいんじゃない……そんな簡単なことも気づかないなんて俺……紳士失格だ……」
頭を抱えながら自分の愚かさを嘆くハジメ。そんな彼に救いをさしのべるショウの姿がそこにあった。
「悔やむことはない。始めは誰でも過ちを犯すもの。僕もそうだった。これから正せばいいのさ。僕たちの戦いは始まったばかりなのだから……」
「ショウさん!いや!師匠と呼ばせてください!」
熱い友情が芽生えた二人。
そんな二人をカイリとシロウはファイトそっちのけで呆然と見ていた。
「なんですか……あれ」
「さぁ、なんだろうね……」
なんとも言えない空気がカイリとシロウの間に漂う。
「お兄ちゃんは、まぁいいです。もともとああいう人間なので。でもどうしてハジメさんまで……」
「多分何か波長が合ったんだろうね。あんなに生き生きとしたハジメ久しぶりに見たよ」
困惑した様子で呟くシロウにカイリは乾いた笑みを浮かべながらそう言った。
今までと違うこと。それはショウがアネモネに通うようになったことだ。
本人曰く、注目を浴びることがあまり好きではないらしく、カードショップに通っていなかったということだったが、知り合いが出来たことで足を運ぶに至ったらしい。
テンション高く話し合いをするハジメとショウの声が店内全てに行き渡るのは容易であり、そのため他の客も彼らのことが気になってチラチラ視線が向けられていた。
(目立つことは嫌いでも目立たないようにすることはしないんだなぁ……)
その現状にカイリは苦笑いをすると、シロウとのファイトに戻った。
その時、店の自動ドアが開き一人の青年が店内に入ってきた。
特徴的な赤いバンダナを額に巻いたその青年は、無心で業務をこなす吉田君に近づいた。
「おいーっす。吉田君久しぶりだな!」
青年は手をあげながら親しげに声をかけた。
「ん?やぁ、君でしたか」
知り合いだったのか、声に気づいた吉田君は作業の手を止め、柔らかい笑みを浮かべながらそう返事を返した。
「しかし、本当に久しぶりですね。前のショップ大会に参加して以来ですか?ここに来るのは」
「そうだなぁ……。本当にたまに来てたんだが、その時は吉田君いなかったかもしれんな。悪いな、せっかくアネモネ代表で出させてもらったのにあんな結果で」
「いえいえ、寧ろ健闘していたほうだと思いますよ。何せ相手は全国大会優勝を成しとげた方と言うではないですか。少し早めの決勝戦したと考えれば俺たちも鼻が高いですよ」
「へへ、悪いな。気使わせちまってよ。まっ、そうポジティブに考えたほうがいいよな」
カウンターを挟んで談笑を楽しむ二人。すると、吉田君が別の話題を青年にふった。
「ところで今日は何しにここへ?」
「ん、ああ。もうすぐ第三回ヴァンガードチャンピオンシップのショップ予選が始まるだろ?ちょっと様子でも見にこようと思ってな。――でさ!」
クワッ!とカウンターに身を乗り出し、顔を輝かせながら青年は吉田君に問いかける。
「あいつは参加するのか!?あいつは!」
「あ、あいつとは……?」
顔を近づかせてくる青年に吉田君は顔を引きながら苦笑いを浮かべそう聞いた。
「クリアだよ!小野クリア!正直な話、今回大会に出場する理由ってのがあいつと戦いたいがためなんだよな。くぅ……この時までどれだけ待ったか……」
感極まる青年。カウンターから退いた後、吉田君は一呼吸すると口を開いた。
「ファイトをしたいのなら彼がいる時間を狙ってここに来れば良いのでは?」
「野良ファイトじゃ燃えないだろ?負けられないプレッシャーがあってこその真剣勝負だ。そこで俺の祈願は達成される!」
「なんと言いますか……大袈裟ですね」
「まぁ、そう言ってくれるなよ。で、クリアは出るのか?」
「さて……どうでしょうか……。特に彼から何か聞いてるわけではありませんし、ちょっと分かりかねますが、今までの調子ですと恐らく出場しないほうが有力でしょうね」
「そうか……」
吉田君の答えに青年は一気に冷めた声でそう呟いた。
そんな青年を見かねた吉田君は少し辺りを見渡した後、笑みを浮かべ青年に提案を出した。
「俺は分かりませんが、もしかしたら彼らなら知ってるかもしれませんよ。最近良くクリア君と付き合っているのを見かけるので」
「マジか!ちょっと行ってくるわ!」
先ほどまでの落ち込んだ表情から一変、希望に満ちた笑みを浮かべた青年はそういうとすぐにカイリ達の座る卓上に足を運んだ。
「うーん、ここは完……」「なぁ!君たちクリアについて知ってるって本当か!?」
カイリがまさにガードをきろうとしたその瞬間、横から赤いバンダナを巻いた青年が突然自分達に話しかけてきた。
「えっ!?はい、まぁ……。あなたは一体?」
突然の出来事に戸惑うカイリとシロウ。カイリはなんとか絞り出し青年の詳細を聞くと、青年は特に躊躇することなく自分の名を明かした。
「俺か?俺は椿ノブヒロ!ノブって呼んでくれ」
「ノブさんですね。俺は上越カイリです」
「……宮下シロウです」
「カイリにシロウだな。で、どうなんだ?」
カイリとシロウは顔を見合った。ある程度アネモネに通う二人が初めて見たこのノブヒロと名乗る青年。
彼が何者なのか、クリアとどんな関係なのかがわからない今、下手にクリアのことについて言うのは本人に悪いと感じた。
カイリは言葉を選びながらノブに対して質問を続けた。
「えっと……一応知ってますけど……。ノブさんはクリアさんとはどんなご関係で?」
カイリのよそよそしい態度に、自分が信用されていないと察したノブヒロは、ニカッと笑いながら親しげに話しかけた。
「おいおい、そう警戒しなさんなって。そりゃ俺はあまりここには来ないから怪しく思うのも分かるけどさ。同じヴァンガードファイターなんだ、仲良くしようぜ?」
そう言うとノブはポケットからデッキホルダーを取りだし、カイリ達に見せびらかした。
「あっ、ノブさんもヴァンガードやってるんですね。ということはクリアさんとは普通のファイター仲間ということですか?」
ヴァンガードをやっているということを知り、一気に警戒を解いたカイリはそう聞いた。
「あー、俺はあいつのことを知ってるけど、多分あいつは俺のこと知らないと思う。――って、そんなことはどうでもいいんだよ!」
ハッとし本来の目的を思い出したノブヒロはそう声を上げた。
「もうすぐヴァンガードチャンピオンシップが始まるって君らも知ってるよな?」
「えっ、はい。知ってますけどそれがどうかしたんですか?」
「俺はさ、大会でクリアとファイトしたいと思ってるんだ。けど、せっかく出たのに本人が出ないんじゃ本末転倒だろ?だからあいつが大会に出るかどうかを君らに聞きに来たってわけだ」
「なるほど……。そういうことですか。うーん……」
ノブヒロの説明に納得したカイリは唸りながら考える。が、あの一件から大会のことを話す機会などなく、そもそもクリアはそう言ったことについて話すような人柄でもないため、カイリにもその答えがわからなかった。
「……シロウ君は知ってる?」
「……すいません」
「だよね……。すいません、ちょっと分からないです」
シロウの返事に苦笑いを浮かべると、カイリは申し訳なさそうにノブにそう言った。
「そうか……。なら仕方ないな。やっぱり本人に聞くしかないかぁ……」
カイリの言葉がよほどショックだったのか、ノブヒロは残念そうに呟くとため息をついた。
そんなノブヒロを気遣ってか、ファイトの途中だというのに、カイリはおもむろに席を立つ。
「まだ、分かりませんよ!俺よりもクリアさんのことを知ってるやつがいるので今から聞いてきます!」
「おお!マジか!期待していいのか!?」
「あ、過度な期待はやめてください……」
「自信はないわけか……」
始めの自信満々の態度がどこへやら、カイリはしおらしくそう呟くとノブヒロは苦笑いを浮かべた。
「というわけで、ちょっとハジメの所に行ってくるね」
「はい。じゃあ僕はここでカードを見てますね」
カイリはそうシロウに了解を取ると、ようやく落ち着いたと思われるハジメとショウの座る机に近づく。
「メガコロニーって皆インセクトなんすよね……。パラライズ位しか良さげなのいなし次の追加で可愛いの出ないかな……」
「ねぇ、ちょっといい?」
ぼんやり喋っていたハジメに、カイリはそう声をかけた。
「ん?なんだ、カイリ。あれ、そっちの人は?」
ハジメは、カイリの後ろにいた赤いバンダナを巻いた青年に視線を向けるとそう聞いた。
「あっ、この人は椿ノブヒロさん」
「ノブって呼んでくれな!」
カイリが紹介した後にノブヒロは顔を出しながらそう強調した。
「ノブ……先輩っすね。よろしくっす。俺は里見ハジメです」
「僕は宮下ショウ。あそこにいるシロウのお兄ちゃんなんだ。ハジメ君が知らないってことはノブ君もここに来るのは初めてなのかい?」
「いや、まぁ結構前に訪れたくらいだから常連とまでは言わないが、初めてではないぜ」
「なんだ……そうなんだ」
新入り仲間が出来たと喜びかけたショウであったが、ノブヒロのその返答にしょぼんと俯いてしまった。
「へぇ、そうなんすか。結構前に……。ところで何か俺に用があったんじゃないのか?」
「あ、うん。実はさ……」
カイリはノブヒロの代わりに事情を説明する。恐らく自分たちの中で最もクリアと付き合いが長いハジメなら何か聞いていてもおかしくない。そんな期待をしながらカイリは聞いた。
しかし、説明を聞いた後ハジメは少し考えるが、すぐに息を吐きながら参った様子で口を開いた。
「悪い、カイリ。俺もそのことについては知らないんだ。先輩、大会とかの話題を避けてる節があって、そういうことを話そうとすると凄い目付き威圧してくるもんだから俺もお手上げなんだ」
「そうなんだ……やっぱり……」
「おいおい、その感じだとガチで大会出てこないのか?せっかく楽しみにしてたのにそりゃないぜ……」
暗いムードが漂う四人。そんな空気に耐えきれなくなったハジメはそれを押し退けんとテンションを上げながら言った。
「まだわかんないっすよ!大会を避けてたのは本当っすけどそれはちょっと前の話で、最近はツカサ先輩の影響で明るくなりましたし、もしかしたら考えが変わったかもしれないっすよ!」
「そうですよ!まだまだ分からないですって!」
カイリとハジメはファイターズドームの一件を思い出しながらそう言った。
パンドーラー・イメージを過度に使いすぎたツカサはそれから数日間はアネモネに訪れてはいなかった。
しかし、つい先日ようやくアネモネにいつものニヤニヤ顔でやって来た。
その時はクリアもおり、彼は特に変わった反応はしなかったが、心なしか笑みを浮かべていたのをカイリとハジメは見ていた。
「そうなのか?っていうかツカサって誰だよ?」
「ツカサさんですか……。多分見たほうが早いと思いますが、俺がここに来た同時期に来たファイターで、この人がまた凄く強いんですよ」
「間違いないな。よく考えればツカサ先輩は十中八九大会に出るだろうし、あながち普通にクリア先輩も大会出てくれるかもしれないな」
ツカサについて熱心に語るカイリとハジメであったが、ノブヒロは特に興味を見せていないのか、「ふーん」と受け流した。
「そんなにクリアが注目してるファイターなのか。まぁ、クリアが大会に出てくれるなら俺はなんでもいいけどな。ところでクリア本人は今日来ないのか?」
「あー、なんでも今日は用事があるらしくて来れないらしいっすよ。なんかツカサ先輩もついていくとか言ってたような気がしたけどどこか遠出でもしたんすかね」
「そっか。よし!ならちょっくら俺とファイトしないか?結構暇してんだよな、俺」
「あっ!いいっすね!負けませんよ!」
「おっ、気合い入ってるな!――ところでこの人は大丈夫なのか?」
「あぁ、いつものことなので大丈夫だと思いますよ」
ピクリとも動かないショウを見ながら呟くノブギロにカイリは苦笑いを浮かべながらそう返した。
* * * * *
ノブヒロとハジメがファイトを始めた同時刻。
先ほど話題になっていたクリアとツカサは珍しく二人で電車に乗っていた。
「うわ~!凄いよ!クリア君!景色が物凄い勢いでどんどん後ろに下がってる!」
「おい、お前……」
靴を脱ぎ、まるで初めて電車に乗る子どものようにツカサは座席に膝をついて外を眺めていた。
当然、大の高校生(銀髪)がそんな幼稚なことをすれば周りから視線を向けられるのは当然の成り行き。
そんな状況に当然クリアが納得するはずもなく、どすのきいた声でツカサを呼び、ちゃんと座るように諭させる。
「え~、そしたら景色が見にくくなっちゃうじゃん」
「お前のその姿のほうが見るに耐えないんだよ!さっさと座れ」
「ぐぅ……」
ツカサは不満げに顔を膨らませると、仕方なく靴を履き、普通に席に座った。
「大体、どうしてこんな電車なんかで騒いでるんだ。お前位のご身分なら電車なんて大して珍しくもないだろ」
クリアがため息をつきながらそう言うと、ツカサは目を見開きながら訴えるようにこう言った。
「そんなことないよ!たしかに車とか新幹線だとか飛行機は乗ったことはあるけど、こんなに景色がはっきりして見える乗り物に乗ったのは初めてなんだ」
「そうか」
「あっ、凄いどうでもいいって感じだね……。自分から聞いておいて……あ」
拗ねたようにそう言うと、ツカサは思い出したように声を漏らした。
「そういえば、今からどこに行くんだっけ?」
「……勝手についてきて今さらそれを聞くのか……」
クリアは呆れた様子でツカサを見ると、仕方なさそうに口を開いた。
「最近、トモキが部活に行かなくなったみたいでな。理由は飽きたからといういつもの気紛れなんだが、止めてからのあいつの動向が少し妙なんだ」
「妙?でも前会った時は特に変わりなかったと思うけど」
真顔で呟くクリアの言葉にツカサは首を傾げた。
「お前に対してはそうかもしれんが、俺に対しては違ったんだよ。何か余所余所しい……いや、何かを隠していてそれを話そうか話さまいかを迷っているようなそんな雰囲気だった」
「ふーん、気のせいとかじゃないの?」
疑り深そうに言うツカサに、クリアは「それはないな」とキッパリと言いきった。
「俺とトモキはガキの頃からの付き合いだ。少しの違いでも、お互いがそれを気付くことは難しいことじゃない」
虚空を眺めながら自信満々に語るクリアの言葉に、ツカサはまた「ふーん」言いながら、視線を落とした。
「それで、それと電車に乗ってるのはどんな理由があるんだい?」
ツカサの質問にクリアは横目で彼を見た後、ポケットからメモ用紙を取り出した。
「学校に電車で通っている友人から聞いた話なんだが、最近よくトモキがある駅で降りている姿を見かけるらしい。時期的にも一致する。トモキの隠し事とその訪れる理由は少なからず関係があると俺は考えた」
「ふむ、なるほどね~。それで実際にそこに行って真意を確かめようってわけだね。ところでそのメモは一体なんなの?」
顔を出しながらクリアが手に持つメモを除き込むツカサ。そこには、簡単に書かれた地図が描かれていた。
「最近、その駅の近辺に新しくカードショップが出来たらしく、そこまでの地図を書いてもらった。その他にあいつが興味を持ちそうなものはない。おそらくその店に関係があるのだろう」
「へ~、結構駅から近いんだね。これはいい立地。名前はっと……【レッドバード】っていうのか~。ところでそのトモキ君が今日何をしてるか知ってるの?」
「さぁな。本人はただ今日は忙しいと言っていただけだ」
「なら、もしかしたらトモキ君その店にいるかもしれないね~」
笑みを浮かべながらクリアを見て呟くツカサ。そんなツカサにクリアは目を瞑りながら口を開く。
「それを見越して今日行くことに決めたんだ。――まさかお前がついてくるとは思ってなかったがな」
クリアは面倒くさそうな視線をツカサに向けながらそう言った。
「え~。だって一人より二人のが楽しいじゃん」
「お前と一緒にいて面倒ごとに巻き込まれる俺の身になれと……」「事件が起きたほうが楽しいじゃん?」
「……お前にわかってもらおうと思った俺が馬鹿だった……」
キョトンとするツカサにクリアは頭を抱えながらそう言った。
「後気になったんだけどさ」
「なんだ?」
ツカサはそう言うとクリアの服装を見ながら続けて呟いた。
「なんで制服で来たの?」
今日は休日……というよりすでに春休みの期間であり、部活などやっていないクリアはわざわざ制服で出歩く必要などないのだ。
クリアは「あぁ」と自分の服装を見た。
「もしトモキがいなかった時に店員にトモキが来てないかを聞くためだ。お前と違って、特に特徴的な見た目をしてるわけじゃないからな」
「ははっ!そうだね、それは間違いないや!」
クリアの言ったことにツボが入ったのか、ツカサは大笑いをしながらそう言った。
そんな会話をしながら目的の駅に着くまで待つ二人。
そうこうする内に、電車は目的の駅で止まり、電車から離れるのを名残惜しそうにするツカサと共に、クリアは駅の外に出た。
「う~ん、よかったよかった。ボクとしてはあれくらいのスピードが一番丁度いいからね。また乗りたいな~」
伸びをし、駅を眺めながらツカサは言った。
「帰りに嫌でも乗ることになるから安心しろ。行くぞ」
そんなツカサを背にそう言うと、クリアはそうそうに歩き出した。
初めてくる場所であったが、道はかなり単純で手書きの地図でも気を付ければおそらく迷うことはないだろう。
と、歩きながら考えていたクリアであったが、不意に周りから違和感を感じた。
「おい」
「ん?なんだい」
突然足を止めたクリアに後ろからついてきていたツカサも止まりそう返す。
「今まで気にしてなかったが、さっきまで電車から降りた人間のほとんどが俺達の向かう方向に行ってないか?」
「ん~……そういえば……」
ツカサは前にいたクリアを避け、先に視線を向けると明らかにカードをやっていそうな鞄を背負った集団がそれぞれのグループで戯れながら歩いていた。
「あの様子だと、ボクらが道に迷うことはないようだね~。先に行かせてもらうよ!」
「そういう問題なのか?まぁいいか」
道案内が出来たことで先に歩き出したツカサを不信な目で見るクリアであったが、自分も地図をポケットにしまいツカサについていった。
前のグループについていき、しばらすると案の定カードショップ【レッドバード】にたどり着くことが出来たクリアとツカサ。
店の前まで来た二人はその中から漏れる声の大きさから、どれだけこの店が賑わっているのかを感じとることが出来た。
「なんか、凄い賑やかだけど、ここって最近出来たばかりの新店なんだよね?」
「その筈だが……」
思わずそれを疑ってしまうほどの活気の良さ。
しかし、名前は合っており、この辺には他にカードショップがないこともあり、ここで間違いないの明白であった。
「ここにいても埒が明かない。さっさと入ってさっさと済ませるぞ」
「あっ、ちょっと待ってよ~」
二人はそう言いながら店内へと入っていった。
「うわっ……」
中に入ったツカサは思わず声を溢す。
店内はアネモネに比べてかなり大きかったが、ごった返す客のせいで非常に狭苦しく感じた。
至るところで話し声が飛び、それは宛ら騒音ではないかと錯覚させるほど。レジには人気ラーメン屋のような行列が並んでおり、何故かファイトをする為のフリースペースにも列が出来ていた。
「あぁ、なるほどな」
「何がなるほど?」
クリアがある所へ視線を向けると何故これほど客が訪れているのか理解出来た。
「あのパック売り場。開店記念で全てのパックが100円で売ってるのがこの現状の原因なんだろう」
「あ~、そういうことか~。確かに100円ならよほど悪いカードじゃなきゃアドが取れるもんね。ボク達も並ぶかい?」
ツカサは笑いながら冗談混じりにそう言いながらクリアを見る
「……並ぶぞ」
「えっ?」
唐突にそう言うと、クリアは迷いのない手でパックを何十枚か取り、列の最後尾に並んだ。
「あれ?トモキ君探しは?」「常識知らずのお前に一つ教えてやろう」
声をかけられたクリアは、開口一番にそう言うと、身体をツカサに向けながらまるでファイターズドームでのツカサへ言った時のような口調で言った。
「チャンスというのは常に周りに漂っているものだ。ただ、それを認識することが困難なのであり、気づいた時には終わっている。だからこそ――」
持っているヴァンガードのパックを握りしめ、クリアは真顔で言い放った。
「目の前のチャンスを逃すな。俺が言いたいのはそれだけだ」
まるで次に言うであろうツカサの言葉を押しつぶすように言うと、クリアは何事もなかったようにレジのほうに身体を向けた。
そんなクリアに苦笑いを浮かべながら、ツカサもその後ろに並んだ。
(なんだかんだ言って、クリア君も普通の高校生なんだな~)