先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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ピオネールとパンドーラー

「はぁ……はぁ……どこだよ……ここ……」

 

一足先に来ていたハジメはユウとのファイトを終え、ツカサ達がいるMFSの部屋へ向かっている途中だった。しかし、ここへ来るのが始めてのハジメは、ファイターズドームの中をひたすらに走り回っていた。

 

簡単に言えば迷子である。

 

「くっそー……、もしかしたらもうツカサ先輩とクリア先輩のファイトが始まってるかも知れないっていうのに……。こんなことなら大人しく案内してもらえばよかった……」

 

自分の強がりを後悔し、ハジメは手当たり次第扉を開けていた。

 

誰かに聞こうにもファイターズドームは点検日という名目上誰もいない上に、さっきまでユウがいた部屋もどこにあるのかすらわからない。

 

まさかこんなところで自分の方向音痴が発揮されるとは……。考えればよく一人であのスタンディングテーブルの置かれたところまで行けたものだと感心する。

 

……って、よく考えればあそこまではほぼ一方通行で、たまにあった分かれ道やドアからは人の気配を感じたため迷うほうがおかしいか……。何となく悲しい気分になった。

 

そんなことを考えながら気を牧らわしていると、なんの気構えもなく目の前の扉を開けた。

 

「うわっ!なんだ……こりゃ……」

 

部屋に入ったハジメは思わずそう呟く。

 

見渡す限りの青い空、そして地平線にまで続く大地。

 

自分が屋内にいることを忘れてしまいそうなこの光景にハジメは開いた口が塞がらないでいた。疑問に感じるのは今自分が立っている場所だ。

 

この自然溢れるこの場に不釣り合いなまでの存在感を放つ観客席。そして自分の入ってきた開いたままの扉。それらがこの景色が幻影であるということを認識させてくれる。

 

「――あっ!あれってもしかして……」

 

視線を下に向け、半月状の観客席の中央に位置するところにあったスタンディングテーブルと二人の人影を見てハジメは声を上げた。

 

ハジメはその二人を近くで見るために観客席の階段を急いでかけ降り、最前列の柵に寄りかかりながらその人影を凝視した。

 

「ふぅ、焦った……。どうやらまだファイトを始まってないみたいだな……。でもなんか二人ともいつもと雰囲気が違う……。ツカサ先輩の目はなんか赤く充血してるし、クリア先輩はサングラスかけてるし……。俺が来るまでに一体何があったんだ……?」

 

クリアとツカサは相対する。

 

ツカサは、クリアの赤いスリーブに身を包んだデッキとサングラスをかけたクリア自身を交互に見比べると、突然笑いだした。

 

「ハハッ!なーんだ、やっぱりクリア君がピオネールだったんだね」

「やっぱり……だと?」

 

クリアはサングラス越しにツカサを見据えながらそう言った。ツカサのこと言い方から察するに、もとからクリアのことをピオネールだと知っていたととれる。

 

クリア自身はもともとピオネールという単語そのものは知らなかったものの、前にハジメとファイトした時にそのことについて一方的に聞かされたため、ピオネールが自分であることは自覚していた。

 

「そうだよ。まぁ、確証はなかったけどね。もともとボクがこの町に来たのはそのためだし。――とある情報網から聞いた話でね。ピオネールの一人がこの町にいるって話。その頃から強くなるための算段をしてたボクからすればそれは朗報だったんだ。」

『またか……』

 

クリアは聞こえない程度大きさでそう呟く。

 

前にアネモネに訪れた尾崎ミヤコも同じようなことを言っていたらしい。その時既におかしいと思っていたが、まさかツカサもまた誰かに自分の居場所を知らされていたとは思いもしなかった。

 

自分の正体を知っているのはトモキと店長と吉田君だけだというのにどういうことだ。自分の知らないところで自分のことを言いふらしているやつがいる……ということか。

 

基本的にクリアは何かあっても面倒であるため、よほどのことでなければ気にしないが、やはりそんなことをされていい気はしなかった。

 

「そんなこと、今はどうでもいい。」

 

そのことについては後々考えるとして、今はとにかく目の前のことを処理する必要がある。クリアはFVをヴァンガードサークルに置くとそう言った。

 

「あ、そうだね。ハハッ」

 

ツカサもFVをヴァンガードサークルに置き、お互いのデッキをシャッフル、マリガン、再びシャッフルを行い、手札を五枚手に取った。

 

FVが掴み、ファイトの始まりの声を上げる瞬間だった。

 

意識していたわけではない。しかしなぜか、前にツカサと下校していた時のことをクリアは思い出した。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

『そんなに変かな~?Theってつけるのって』

『さぁな。少なくとも、お前のようにいつも必ずそいつをつけているやつはあまり見ないな』

『う~ん。でもボクだって何も考えずにTheつけているわけじゃないんだよ。一応さ』

『ほう?そんなものをつけることに意味があると言いたいのか?』

『あっ、なんか馬鹿にされてる気がする……。悲しいな~』

『安心しろ。Theをつけててもつけてなくてもお前が変なやつだということだけは理解してる』

『ハハッ!本当に直球で返してくれるよね~。クリア君は期待を裏切らないな~。まぁ、実際大したことじゃないから否定出来ないのが辛いところだよね……』

 

ツカサは乾いた笑いを浮かべた後、しおらしげに呟く。

 

『ヴァンガードっていうのはボク達ヴァンガードファイターが本来訪れることの出来ない惑星クレイにその身を捧げることで導いてくれたユニットのこと。どこの誰ともわからないボク達に委ねてくれる精神、そしてそれらにボクらは敬意を表さないといけないと思うんだ。他の誰でもなく、その気高いユニットにね』

 

そう言うと、ツカサは胸ポケットに入っていたカードを取り出し、まるでそれに問いかけるように言った。

 

『それを表したのが「スタンドアップ、The・ヴァンガード」。その身を捧げたユニット達の為に、必ずこの手に勝利を誓うために』

 

そこまで言うと、ツカサは苦笑いを浮かべながらクリアを見た。

 

『というわけさ~』

 

そう言うツカサの表情からはどことなく恥ずかしく思っているということをクリアは感じ取った。

 

たしかに話していることは子供じみた空想だ。しかし、クリアはその空想を不思議と感心している自分に気づいた。

 

決して相容れないと思っていた相手に思わず賛同してしまったことにクリアはフッと笑うとこちらの様子を伺うツカサに返答を返した。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

クリアは不意に緩んだ口元をそのままに、ツカサの掛け声に合わせて自分もFVを表に反した。

 

「「スタンドアップ、The・ヴァンガード!」」

 

 

「リザードソルジャー コンロー!」

「どらんがる!」

 

お互いがFVを表替えした瞬間、ツカサとクリアの後ろにヴァンガードサークルが現れ、そこから放たれた光の粒子のようなものが飛散し、それは次第にものの形をかたどり始める。

 

「おぉ……。やっぱり画面越しで見るのとリアルで見るのじゃあ迫力が違うな……」

 

MFSにより作り出されたユニット達を見て、ハジメはそう言った。

 

展開されたユニットはG0のユニットでありながら、クリア達に比べて一回り大きく、それらのユニットは目の前の敵に対して威嚇を放つようににらみあっていた。

 

ただ、そこにもっとも近くにいるツカサとクリアはまるで慣れているように盤上を見る。

 

「さすがピオネール。もうMFSを見てもどうとも思わないんだね~。ボクは見慣れてるから別だけどね」

 

ツカサはいつもの調子でそう呟く。そしていつものならここで眉間にシワを寄せたクリアが鬱陶しく返答するのだが……、

 

「あぁ、そうだな」

 

クリアは表情を変えることなく、手札をスタンディングテーブルに裏向きに置き腕組みをしながらそう呟いた。

いつもと違った反応に「ふーん」と少し残念そうに呟くとツカサはデッキから一枚カードを引いた。

 

「それじゃあ、どらんがるのスキルを発動させてもらうね」

 

そう言うと、ツカサはデッキの上から五枚のカードを裏向きのまま手に取った。

 

どらんがるのスキルは、クリアの使っていたツクヨミと同じライドフェイズの始めに発動される連携ライド。

指定のユニットがVに居れば、ライドフェイズの始めにデッキの上から五枚を確認し、その中に指定のユニットが居ればそのままそのユニットをライドさせることが出来る。

 

この連携ライドの特徴は、たとえ手札にライドさせられるユニットがいなかったとしても、五枚の中にあればライド事故を回避することができ、さらにライドに手札を使わないため、手札も温存出来る。

 

このギミックは、G0~3まであり単純に全ての連携ライドが成功すれば手札三枚分のアドバンテージを得ることが出来る。またG3以外のパーツもバニラより1000低いだけなので、フルバウサイクルと違い、最低限のパワーラインも確保出来る。

 

しかし、必ずしも他の連携ライドに比べて優秀というわけではない。

 

FVもこのスキルを持っているため、最初は必ず使うことは出来るとしても、五枚の中に指定のカードがあるかどうかは運次第。さらにデッキに指定のカードが四枚あるとして、最初のスキルで五枚の中にそのカードがある確率は約四割と他の連携ライドに比べて確率は特に低く、フルバウサイクルと違ってライドに成功してもパワーが上昇しない。

 

よって一概に優れているとは言えないが、ツカサの狙いはこのスキルにある。

 

「先に宣言しておくよ」

 

ツカサは、手に取った五枚のカードを裏向きのままにして言った。

 

「上から二枚目のカード。これが探求の騎士 ガラハッドね」

 

そう言ってツカサは二枚目のカードをクリアに見せびらかしながらニヤリと笑った。その探求の騎士ガラハッドを。

 

「ほうら、当たりだ。うん、やっぱり覚えてると確信はあっても実際に合ってたら嬉しいよね~」

 

無邪気に喜ぶツカサを前にクリアは依然として腕を組んだままツカサを見据えていた。

 

「――わざとそう演出することで俺にお前の能力を自覚させようという魂胆か」

 

唐突に口を開いたクリアに反応が遅れるも、ツカサ笑いながら返した。

 

「……ハハッ、そうだね~。さすがに長い間勝ち続けちゃうとそのうちボクのパンドーラーを気づかれちゃうと思うんだ。だからそういうことも考えて、出来る限り君にはその対策を練ってもらいたいんだ。対策っていうのはパンドーラーのって話ね」

 

そう言うとツカサは見せびらかしていたガラハッドをそのままVに重ねライドした。

すると後ろにいたどらんがるは遠吠えを上げ、再び光となり姿を眩ますと隻眼の騎士が興味深そうな視線を送りながら姿を表した。

 

「じゃないとパンドーラーがばれて負けました~なんてこともなきにしもあらずだからね。王は完全無比でなくっちゃいけないし。んじゃっ、残りの四枚はデッキボトムへ戻してっと。これでボクのターンは終了だよ。さてさて、本気の君がどんな戦い方をするか。見せてもらうよ!」

 

クリアはデッキから一枚引き、チラリとそのカードを確認した後、手札と同じようにスタンディングテーブルに伏せた。

 

そのまま手を平行に移動させ別のカードを取りライドした。

 

「ライド、The・ヴァンガード。アイアンテイル・ドラゴン(7000)。コンローはスキルでリアに」

 

蜥蜴の姿をした戦士、コンローは素早くバックステップを取ると、今まででコンローの居た場所にヴァンガードサークルが現れ、眩い光と共に斧のような尾をを持った赤いドラゴンが現れた。

 

「コンローのブースト、アイアンテイルでヴァンガードにアタックだ」12000

 

宣言と共に、後ろに引いたコンローの身体全体が光だし、その光は前にいるアイアンテイルに分け与えられていく。最小限の動きで済ませたクリアのプレイング。いや、正確には無難な立ち上がりと言えるか。

 

序盤からアタックすることでダメージを与え、プレッシャーを与えるのも悪くはない。しかし、ダメージを与えるということはそれだけ相手にコストを分け与えることになり、そのためにユニットを展開することは相手に攻めの選択を広げることに繋がる。

 

ガラハッドは、新たに現れたドラゴンに静かに見据えると戦闘体勢に入った。

 

「そう簡単に手の内を見せてはくれないわけね。そのアタックはノーガードだよ」

 

ツカサの宣言を皮切りにアイアンテイルはその翼を翻し、ツカサ達を跨いでガラハッドに突撃する。

 

「ドライブチェック、GETドロートリガー。ガトリングクロー・ドラゴンのスキルで一枚引く」

 

突撃したアイアンテイルはその鋼鉄の尾を降り下ろし、攻撃を加える!

ガキィンッと鉄のぶつかる音が鳴り響き、剣でなんとか受け止めたガラハッドはあまりの重さに片膝をついた。

 

「これはギャラティンかな。ダメージチェック、うん、だよね。ギャラティンさんチーッス」

「……エンド」

 

ツカサ

 

手札6

ダメージ表1

 

クリア

 

手札6

 

「……一つ、いいか?」

「ん?なんだい?」

 

ツカサがスタンド&ドローをした後、クリアは唐突に切り出した。

 

「お前は本当に無敵の王になれると思っているのか?この運ゲーのヴァンガードに」

 

それを聞いたツカサはフッと笑うと、ツカサもクリアと同じ手札をスタンディングテーブルに置いた。

 

「そういえば初めて君に会った時も同じようなこと言ってたね。ヴァンガードは運ゲーだってさ。たしかにそれは否定しないよ。初心者だって相手が三点の時にクリティカルダブルすれば勝てることもあるしね。でもボクの場合、普通じゃないことはわかるでしょ?なんてたってデッキの中身を完璧に把握出来るんだもん」

 

ツカサは赤く染まった瞳を手で覆った。

 

「これさえあれば運ゲーなんて関係ない。クリティカルでダメージが六点になるなら、ボクはその六点目のダメージにヒールを引き当てて見せる」

「――そうか」

 

クリアはそう小さく呟いた。

 

「それじゃあ続きをさせてもらうね」

 

ツカサは手札を手に取ると、ガラハッドのスキルでデッキの上から五枚を取る。

 

と思ったらツカサはその五枚をそのままデッキの下に置いた。

 

「言わなくても分かると思うけど、今の中にガラハッドは無かったからそのまま戻させて貰ったよ。まぁ、出てもらっても困るしね」

 

そう言うとツカサは、手札のカードを一枚取るとそれを掲げながらVにライドした。

 

「さぁ、来い!ボクの分身!ライド、The・ヴァンガード!」

 

ガラハッドの下に再びヴァンガードサークルが現れる。しかしガラハッドは消えることなく、膝をつきながら何かを待っている様子だった。

 

その時、上から一振りの剣が降り注ぎ、地面に刺さった瞬間、土煙を上げながら爆風を起こした。

 

「うおっ!凄いな……。本当に風とかも吹くのか……」

 

唐突の起きた出来事にハジメは呆然としながらそう呟いた。

 

土煙が晴れていくとそこには白い鎧を纏った一人の剣士が愛用の剣を地面に刺しながらそこに君臨していた。

 

「神聖国家ユナイテッドサンクチュアリの英雄。ブラスター・ブレード。ここに見参!」

 

「……と、ドヤ顔で言ってみたけどCB溜まってないから特に意味ないんだけどね~。まっ、気持ちの問題って感じかな」

 

ブラスター・ブレードにライドしたツカサは、そのままユニットを展開して行った。その様はまるで先人を切ったブラスター・ブレードに続くかのように、この広いファイターズドームを覆う勢いであった。

 

「探求の騎士ガラハッド、試練の騎士ガラハッドをコールするよ」

 

ブラスター・ブレードと入れ替わるように探求の騎士ガラハッドは後方に、試練の騎士ガラハッドは同じように攻めるために左側前列にコールされた。

 

試練/ブラスター/

/探求/

 

「それじゃいこうか、ガラハッド!まずはお前からだ!」9000

「ガトリングクロー・ドラゴンでガード」12000

 

ガラハッドが攻めに転じる瞬間、ガトリング銃を構えたドラゴンの弾幕が降り注ぎ、ガラハッドは顔を歪めながら元の場所へ後退した。

 

「ちなみに、いちいちMFSの描写書いてたらいくらページがあっても足りないから必要なところ以外は省略するよ!」

「……誰に言ってるんだ」

「みんなにだよ、みんな。まっ、ガードされちゃうよね~。じゃっ、次は通るアタックをしよう。ガラハッドのブースト、ブラスターでヴァンガードにアタック!」16000

 

拳をつきだしながらアタックを宣言するツカサ。遺憾なく挑発していくも、クリアは眉すら動くことなくノーガードを宣言した。

 

「ドライブチェック、GETクリティカルトリガー。幸運の運び手エポナのスキルでブラスターのクリティカルは2となる!」

「……ダメージチェック。アインストリガー、魔竜導師ラクシャ。ツヴァイトリガー、槍の化身ター」

「無駄トリガーが出ちゃったね。ボクのターンは終了だよ」

 

ツカサ

 

手札5

ダメージ表1

 

クリア

 

手札5

ダメージ表2

 

観客席で二人のファイトを観戦していたハジメは、二人のファイトを考察していた。

 

「ここまではほとんど普通だな……。いや、ツカサ先輩は手札にガラハッドがあるにも関わらずあえてブラブレにライドしてる点で普通じゃないか……。ブラブレにライドする必要があった――アルフレッド・アーリーかガンスがあのデッキに入ってるということか?いや、ツカサ先輩の場合、アイデテック・イメージがある。それを考慮するとガラハッドはスキルでライド時に五枚確認するスキルをした場合欲しいカードが下にいってしまうことを恐れて……?くっそー、こっからじゃあ離れすぎてて先輩達が何話してるかわかりゃしない……」

 

頭を掻きながらブツブツ呟くハジメ。

 

ファイトの状況は、天井に吊るしてあるテレビに映されたスタンディングテーブルの映像が流れていたため把握出来るが、さすがにスタンディングテーブルからかなり離れている観客席から二人の会話を聞き取るには無理があった。

 

何故このファイターズドームがこんなに広く建造されているかは大体わかる。おそらくMFSを使うにあたってどんなユニットでも空間を圧迫しないようにするためだろう。

 

しかし、これほど離れていては結果を確認するのが精一杯で二人が一体どこにアタックしているのかがわからない……。

 

そんなことを考えていると、不意に向かい側の観客席の扉が開いた。

 

惑星クレイの世界が投影されたこの空間において、遠くから見るそれはまるで空間が切り離されたような違和感を抱かせる。しかし、扉から現れた人物を見たハジメはそんなことがどうでもよくなった。

 

「あっ!カイリ!」

 

そこから現れたのはカイリを始め、シロウ、先ほどファイトしていたユウ。そして前髪で顔のよく見えない青年だった。

 

ハジメは二人のファイトから視線を外し、慌ててカイリ達のいる向かい側の観客席へ走った。

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

「さぁ、ここですわ」

 

ユウに案内され、カイリ達三人はあのスタンディングテーブルが置かれていた部屋と同じような扉の前に立っていた。

 

ユウの話ではすでにハジメはここに来ているらしい。

 

カイリは唾を飲み込み、覚悟を決めると、扉に手をかけ一気に扉を開いた。

 

「なっ!?なんなんだ!?ここ!?」

 

カイリは思わずそう呟いた。

 

自分が今いるのはファイターズドームの中。つまり屋内にいるはずだ。なのに天井には空が、しかも大地まで広がっている。

そう、まるで惑星クレイの世界に迷い込んだように。

 

「うわぁ……すごい……」

「これがMFSで作られた世界……!予想以上のリアリティーですな!」

 

シロウとショウもカイリと同じように感想を述べるとユウ嬉しそうにそれを聞いていた。

 

「この景色に感心を抱いていただけるのは私としても光栄の限りですわ。ですが、今はそれ以上に魅力的なものがここにあることをお忘れなく」

「魅力的な……あっ!」

 

ユウの顔を見たあと、カイリは視線を下に向けるといくつかのユニットを従えたクリアとツカサがスタンディングテーブルを跨いで相対していた。

 

「ほほう、あれが噂のツカサ君……。なかなか特徴的な見た目をしてるようで」

「ここで見るのもあれですので、もう少し近づきましょうか」

 

ユウの提案でカイリ達は観客席の階段を降りる。

その時、カイリを呼ぶながらこちらへ走りよってくる一人の影があった。

 

「おーい!カイリー!」

「ハジメ!」

 

カイリ達の元にたどり着いたハジメは肩を揺らしながら呼吸を整えた。

 

「ハァハァ……なんだ、やっぱりお前も来たんだな……」

「やっぱりじゃないよ!俺に何にも言わずに先走ってさ!」

 

カイリは珍しく怒鳴りながら疲労状態のハジメを見た。

 

「悪い悪い……。それにしてもお前良くここまで早くこれたもんだな……。俺は車で送ってもらってようやくファイトに間に合ったっていうのに……」

 

特に悪びれる様子のないハジメにカイリは「まったく仕方ないな……」と呟きながらため息をつくと、後ろからこちらを見ていたショウに視線を向けた。

 

「俺も同じだよ。ここまで送ってもらったんだ。この人に」

「この人……?」

 

ニカッと笑いながら手を上げるショウ。ハジメはそれを見つめると少し間をおいて答えた。

 

「――誰なんだ……?」

「ありゃ……」

 

ショウは苦笑いを浮かべながら参ったようにそう呟いた。

 

「話しは聞いたことあるでしょ?この人は宮下ショウさん。シロウ君のお兄さんだよ」

「あぁっ!?じゃあこの人があの噂の!」

「そうそう、その噂の……」

 

ようやく自分の素性に気づいたハジメに対し、ショウは嬉しそうにハジメの反応を伺った。

 

「引きこもりしてるお兄さんっすか!」

「うおぉい!?ちょっと待って一体どんな風評をされてたんだ僕は!間違ってないけど!」

「あっ、否定はしないんですね……」

 

取り乱しながら言うショウにカイリは冷静に突っ込んだ。

 

「ハジメさん……僕もいるんですけど……」

 

ショウの脇から顔を覗かせるようにシロウはそうボソッと呟いた。

 

「あれ、シロウも来てたのか。なんか悪いな……面倒ごとに巻き込んじまったみたいで」

「いえいえ!カイリさんとハジメさんには色々とお世話になってますし、僕もツカサさんのことが心配だったのでここまで来れて良かったと思ってます!」

「そうか!」

 

パァと満面の笑みを浮かべながら言うシロウにつられてハジメも笑顔でそう答えた。

 

「感動のご対面のところ悪いですが、今はその時間は惜しいのではなくて?」

 

カイリ達が騒いでいる傍らを通りながらユウは言った。

 

「えっ……。あっ、そうだった!」

 

階段を降りていくユウを見ると、その視界にクリア達の姿が映ったハジメは慌ててユウの後を追った。

 

「俺たちも行こうか」

「はい!」

「引きこもり……いや、間違ってないけど……まぁニートって言われるよりはましか……?」

 

あまりにもショックだったのか、ショウはそうブツブツ呟きながらトボトボ階段を降りた。

 

観客席の最前列に着いたカイリ達は柵に寄りかかりながらツカサ達を見つめた。ユウは近くの椅子に座りながらそれを見る。

 

ファイトはクリアのターンに移り、既にクリアはG2のユニットにライドし終えたところだった。

 

しかし、カイリ達にはそれよりも目を引くものがそこにあった。

 

「ツカサさんの目……凄く赤い……」

「なんなんだ……あのツカサさんの目……。それにクリアさんはサングラスをかけてる……。一体何が……」

「カイリとシロウも気づいたか。やっぱりおかしいよな……雰囲気もなんか違うし……」

 

MFS以上に目を引かせるもの、それはツカサとクリアの風貌の変化だった。

 

クリアが普段からサングラスなんてかけているところなんて見たこともない……。どうしてこんな時に。

 

そしてそれ以上に気がかりなのはツカサの目。普通では考えられないほど充血したその瞳にカイリ達は言葉が出なかった。

 

「ほほう、なかなか二人ともいい厨二を発揮してるなー。MFSも凄いけど彼らもなかなか見せてくれる」

 

ショウとユウ以外は。

 

「どうやら、間違いないようですわね」

 

ユウの言葉を聞き、カイリ達は一斉に振り向いた。

 

「間違いない?一体どういうことですか?」

「気づきませんか?彼――小野クリアさんはピオネールの一人。かげろう使いの『リセ』だとということです」

「えっ!?クリアさんが……あのヴァンガードの頂点に立つピオネールの一人!?」

「まじかよ……。聞いた時は全然答えてくれなかったのに……」

 

動揺するカイリ達三人。さらにユウの発言を補うようにショウは口を開いた。

 

「どうやら間違いないようだよ。見てごらん、彼の使ってるカードのスリーブを」

 

そう言われ、目を凝らしながらクリアのデッキを確認した。

 

「僕の使ってたのと同じ赤いスリーブ。前にも言ったと思うけど、あれは第一回ヴァンガードチャンピオンシップの記念にピオネール全員に配られた特別なスリーブだ。一応、僕みたいに別の方法で手にあれた可能性はあるけど、使用クランがかげろう、サングラスをかけた青年、そしてスリーブという情報からみて間違いない」

 

ショウの話を聞き、クリアがピオネールであることを実感したカイリ達。

 

たしかにクリアの実力ならばピオネールであっても不思議ではない。ただ、色んなことが起こりすぎた彼らにはそれを受け入れるのに時間がかかった。

 

「でも、たしかにあのツカサって子の目は異常だよ、うん。あれは一体どんなカラクリでああなってるんですかね?」

 

ショウは視線をツカサからユウに移すとそう言った。それを聞いたユウは一度俯くと視線をツカサに向けた。

 

「あれは……副作用です。あの能力の」

「あの能力って……もしかしてアイデテック・イメージのことですか?」

 

それを聞いたカイリはそう言った。

 

「少し違います。たしかにあれはアイデテック・イメージですが、その容量はそれを大きく上回ります」

「大きく上回る?それって今まで以上にデッキの中身を記憶出来るってことっすか?」

「えぇ、そのとおりです。今のツカサは44枚のデッキ全てをそれぞれ一枚ずつ記憶することが可能となってます」

「44枚全てって……FVと手札を考えたらそれもうデッキ全部じゃないっすか!?」

「まさにそう言ってるのです。今ファイトをしているツカサはお互いの手札、ダメージ、盤面、そしてデッキのこれから引くであろうカードを加味しながらファイトしています。引いたカードを予測するその様はさながら未来を予言しているかの如く。そこから私たちはあの状態を『パンドーラー・イメージ』と呼んでいます」

「パンドーラー・イメージ……」

 

カイリ達はその言葉を呟く。

 

「なるほどねー。未来を予知する能力が残されていたパンドラの箱の話を元にしているわけですな。でも、あの箱には元々それ以外にも災いが含まれていた。彼にもその何かしらのリスクが伴っててそれがあの赤い瞳に隠されているというわけだ。そういうことですよね?」

 

ショウの核心をつくような一言にユウは少し黙った。

 

カイリ達もまたユウを見ながらそれを黙って待っていた。

 

「先ほども申したようにあの充血した瞳は副作用です。あの状態になると血圧があがり、血液が増加することによってあのような現象が起こるだけで、特にファイトに差し支えることはありませんわ」

 

言葉を選びながら女性はそう言ったが、ショウは「ほほう」と呟きまだ納得していない様子だった。

 

「でもそんな膨大の量の情報を取り扱ってて何もないってことはないでしょう。いくら彼がもともとそういうことに長けてるっていってもさー」

 

一向に引き下がる気配を見せないショウにユウはため息をついた。観客席から立ち上がり、ユウも柵の側まで近寄るとツカサ達のファイトを見つめた。

 

「それはいずれわかることです。しかし、今は彼らのファイトを見届けるのが先ではなくて?」

 

その言葉を聞き、カイリ達はここで再びツカサ達のファイトに視線を向ける。

 

戦況はすでにユニットを配置し終えたクリアがバトルに入るところであった。先ほどの疑り深かったショウは、すぐにファイトのほうに気が逸れ、何事もなかったかのようにファイトを観戦していた。

 

「おっと、そうだそうだ、見逃すとこだった。ほほう、これはなかなか面白い采配……。しかしここからじゃあ彼らが一体どこにアタックしているのか見えないなー。ユニットの配置は上のテレビでわかるけどさ」

「あ、それ俺も思ったっす。どうにかならないんすかね?」

 

ハジメはそう言いながらユウの顔を見る。

 

「たしかにそれはありますわね。少々お待ちを」

 

そう言うと、ユウはポケットから携帯を取り出すと、少ない口数で電話の相手に要件を伝えるとユウは電話を切り、もとあったポケットへしまった。

 

『ベリコウスティで……』

 

しばらくして、どこからともなく何者かの声がこの空間全体に響き渡り、それを聞き取るのは容易であった。

 

「これって……クリアさんの声?」

「えぇ。画面だけでは誰がアタックしたのか、なんのスキルを使ったかがわかりませんものね。こういう時のためにMFSにはマイクがつけてあり、そこから拾った声を部屋全体に伝わるようにしてあります」

 

それを聞いたショウは感心したように頷いた。

 

「用意周到というわけですなー。しかし、自分の声がこうも響き渡ると恥ずかしいことこの上ない……」


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