先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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あいつは会った時からそうだ。

自分勝手にことを進めて、何があってもヘラヘラ笑っている。うわべだけの笑顔。乾いた笑い声。

何でもかんでも自分の思う通りに物事が進むと思っている。

甘すぎるんだよ。その考えは。

どうしようもない力の差ってやつをあいつは知らない。

しかし、悩むことはない。別段悪いことではない。気にすることはない

何故なら、それは、自ずと、自然に、気付いた時には既に、


まとわりついてくるんだからな。


本気モード

デッキを集めもとあったポケットにしまうとショウはスタンディングテーブルを降りた。

 

『ごめん、カイリ君。負けちゃったよ』

 

敗北という言葉がカイリの心に深々と突き刺さる。

 

それは、最後のチャンスを無に帰することを表していた。

 

ハジメがどこにいるのか。どうしてクリアがここにいるのか。

ツカサは本当にいなくなってしまうのか。

 

ショウはこちらへ歩いてくる。前髪のせいで口元からしか表情を伺えないが、悔しいというわけでもなく申し訳なさそうとしているわけでもない。かといって笑っているわけでも無かった。

 

カイリは思い切り手を握る。

 

いや、たとえ自分がやったところでおそらく結果は変わらない。むしろ、ショウのおかげでここまでのいい勝負になったのだ。

 

感謝はしても文句を言うのはお門違いだ。

 

「ありがとうございます。ショウさんのおかげで、俺凄く良いものを見せてもらえました。何から何までありがとうございます」

「気を使ってくれなくても平気さ。むしろ僕は罵倒されてもおかしくないことをしたんだ。あれだけ大口叩いて、負けましただなんて……カッコ悪いにも程があるよね」

「ううん、そんなことない。お兄ちゃんは実際凄く強かったしもう少しで勝てたんだもん。少し見直したかな」

 

シロウの気遣う言葉にショウは驚きつつも、穏やかに笑うとシロウの頭に手を乗せた。

 

「そっか。出来れば勝って名誉挽回といきたかったなー。まぁ、それでもいいかな。――じゃ、帰ろっか」

 

ショウは振り向き、女性に視線を向けるとフッと笑い最初に入ってきた扉に歩を進めた。シロウは、少し駆け足でそれについていく。

 

カイリは下を見ながら拳を握っていたが、すぐにパッとはなし、けじめをつけた様子で歩き出した。

ショウが扉に手をかけ、今にも扉を開こうとした瞬間だった。

 

「お待ちください」

 

女性からの声。

 

カイリ達はどんよりした空気を纏いながら振り替えると、女性は優しそうな笑みを浮かべこう言った。

 

「気が変わりました。貴殿方をツカサの元へ案内致しましょう。もちろん、貴殿方の聞きたいことも可能な限りお答えしますわ」

「なっ……!?え?」

 

思わぬ言葉だった。先ほどまでのファイトを帳消しにする発言。自らが提示した条件を気分で彼女はかなぐり捨てたのだ。

 

困惑し言葉をつっかえるカイリの変わりにショウが前に出て口を開いた。

 

「うん?どういう風の吹き回しですか?最初はあんなにその事を話そうとはしなかったのにさー。それじゃあさっきの僕とのファイトは無駄だったってこと?」

 

少し刺のあるショウの言葉に、女性は右手で左腕を掴み申し訳なさそうに呟いた。

 

「気にさわったのでしたら謝罪致します。私のわがままに付き合わせてしまい申し訳ありません」

「わがまま……ですか?じゃああなたは最初から俺たちを追い返す気は……」

 

カイリがそう言うと、女性は穏やかな笑みを浮かべ頷いた。

 

「えぇ、そんな無礼なこと、私には出来ません。ですがわかっていたたきたいのです。ツカサがどういった環境で、どういった方と喜怒哀楽を過ごしてきたのかが私は知りたかったのです」

「ほほう、それはなかなか仲間思いなことですなー。でもおかしくないですかね?アイデティック・イメージを持つツカサ君への興味は僕にもあるけど、そんな生活環境にも首を突っ込もうとするのはさ」

「――ごもっともですわ。貴方がそう疑問に思うのは普通だと私も思います。ではその事についてから話しましょう」

 

女性もまたスタンディングテーブルが降りると、カイリ達のもとまで歩みより思いもいよらぬことを口にした。

 

「私の名前は新田ユウ。貴殿方が探している新田ツカサは私の息子なのです」

 

驚愕の事実に声が出ないカイリとシロウ。ツカサの身を案じて戦いを挑んだ相手がまさかその母親だったとは……。

 

「息子……。じゃああなたは……ユウさんはツカサさんのお母さんということですか?」

 

この信じがたい事実に、カイリは疑心暗鬼に思いながらそう呟いた。

 

「――そういうことになりますわね」

 

この事実にカイリとシロウは絶句した。自分達の障害となっていたこの人がまさかツカサの母親だったとは……。

 

しかし、特にツカサへの思い入れのないショウは納得した様子で頷いた。

 

「ふんふん、ではユウさんはアメージングドリーム社の人間ではなくあくまでツカサ君の保護者という立場でここにいると捉えるのが正しいのですかな?」

「少し違います。たしかに私がここにいるのはツカサの存在がいるためなのは確かです。しかし、私はただツカサの保護者というだけの立場でここにいるわけではありません」

 

ユウはそう言うとカイリ達を背に振り返った。

 

「そろそろ行きましょう。もう間もなく始まる頃でしょうから。続きは向かいながらにでも」

「もう間もなく始まる?何が始まるんですか?それにどこに……」

 

カイリの問いにユウは、今まで向かい側の扉に立っていた黒服の男達に目配せをすると男達はそれがわかったように扉の前から退くと扉を開けた。

 

「このドームの反対側。貴方のご希望のMFSの設置されている場所にですわよ」

 

ユウは、視線をショウに向けて笑いながらそう言った。

 

「おぉ!待ってました!じゃあ遂に僕もMFSデビューが……」

「残念ながら、貴殿方にあれの使用を許可することは出来ません。既に先客がおりますので」

「先客……。じゃあもう間もなく始まるっていうのは……」

 

カイリは最初にユウが言っていたことを思い出した。

カイリが悟ったことに気づいたユウはワクワクしたような笑みを浮かべ呟いた。

 

「お察しの通り、今から貴殿方にお見せするのはMFSによるファイト。それも対戦するのはツカサと、貴殿方の通っているアネモネ最強のファイター。小野クリア君とのファイトですわ」

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

雲ひとつない晴天の朝。

 

俺は朝早くから家の前でポケットに手をかけながら立っていた。

 

何故、俺が何もせず突っ立っているのか。それは前日の話だ。

 

どうやって知ったのかは定かではないが、ツカサからのメールが届いた。

 

あの一件から学校にもアネモネにも来なかったツカサからのメール。

 

あくまでメールの中にツカサの名前があっただけで本当に本人からのものかどうかははっきりとはわからないものの、文体はあいつそのものだった。

 

内容は、もう一度俺と真剣にファイトをしたいというもの。

 

突然居なくなって突然またファイトがしたいだと?自分勝手にもほどがある。ファイトがしたいならアネモネに来ればいい。俺がいないのが懸念となるなら学校で誘ってこればいい。もしメールにそれだけしか書かれていなかったのであれば俺はそのメールを無視していただろう。

 

だが、あいつはMFSでのファイトを望んでいた。

俺とのファイトは唯一無二のファイトであると。あの雨の日の決着をつけたいと。

 

「はぁ……」

 

俺は深くため息をつく。

 

あいつと会ってからろくな目に合わない。面倒ごとには出来る限り関わらないようにしてきたつもりだったが……。

 

しかし、悪い気はしなかった。少なくとも、あいつと会うまで俺のヴァンガードへの思い入れは完璧に冷めきっていた。

認めたくはないが、あいつの存在が俺に再びヴァンガードへの情熱を引き出したのだ。

 

俺は右ポケットの中にあるものに手を触れた。懐かしい感触が触れた箇所から脳に伝わってくる。

 

あいつが望んでいるのであれば、俺は俺の持つ全てをあいつにぶつけてやろう。

それが結果として俺のためになるのだから。

 

不意に、かつてツカサを迎えに来たのと同じような車が俺の前に止まった。

 

「お待たせいたしました。どうぞ」

 

車から黒服の男が降りてきて、扉を開けながらそう俺を誘導した。何も語ることなく車に乗り込む。いや、語る必要がないというのが正しいか。

 

何処へ行くのか、何をするのか、俺のすべきことは既にテンプレートの中に存在している。

 

程なくして車はファイターズロードに到着する。

 

俺は車から降りると、その巨大な建造物を見上げた。

ここに来るのも久しぶりだ。外観に特に変わったところはない。

 

強いて違う点を言えばそこに訪れる人の数か。これを見るといかにヴァンガードが昔に比べて人気がでているのかを伺うことが出来る。

 

「こちらへ……」

 

黒服の男がそう俺を諭した。俺は横目でそちらを向くと、目をつぶりながら案内する方へと向かった。

 

車が止まっていたのは一般客の駐車場から少し離れた業務用の駐車場。しかし距離は本当にそこまで離れておらず、俺は人が行き来する脇を黒服の男についていきながら通った。

 

俺がその人混みに視線を向けたその時、俺は歩みを止めた。

 

「……?どうかなさいましたか?」

 

前を歩いていた男が歩みを止めた俺に気付きそう聞きながら同じように人混みに視線を向けた。

 

「いや、何でもない。さっさと連れていってくれ」

 

俺はぶっきら棒にそう言った。

何やら知ったような顔をしたやつが目に写った気がしたが、今の俺には関係ないことだ。

 

男は少し不機嫌そうな顔を浮かべたが、何事も無かったように前を歩き出した。ファイターズロードを通りすぎ、俺はその先のファイターズドームへと案内された。

 

出入口には点検中という張り紙と仕切りが貼られていたが、男は気にすることもなく仕切りを潜り、俺もそれに続くように中へ入った。

 

中は灯りがついておらず、日の光も届いてないためか、薄暗い。

 

「ちゃんと着いてきてくださいね」

 

その事もあってか、男は後ろを振り向くと俺にそう念を入れてきた。

 

たしかに道がわからないのであれば、この暗さ。黒い服と相まって男を見失ってしまうかも知れない。

しかし、俺にとってそれは杞憂に過ぎなかった。

 

俺はそれを聞き流すも、とりあえず男についていった。

程なくして男は今まで見てきた扉の中でも取り分け大きな扉の前で立ち止まった。

 

「こちらです、準備はよろしいですか?」

「あぁ、さっさとやってくれ」

「では……」

 

少ない言葉を交わした後、男は扉に手をかけ、ゆっくり扉が開かれていく。扉の隙間から漏れる光が徐々に大きくなり、それは暗いところに慣れていた俺の目に突き刺さる。

 

扉が開き、中へ入る。

 

半月状の構造。弧の部分には観客席が置かれ、そのしたの所々に待合室のような空間が存在し、それはさながら野球のドームを彷彿させる。

 

そして俺は、このドームの中央へと視線を向ける。

 

それなりの広さを持つドームの中央にポツンと設置された一つのスタンディングテーブル。その他には何もなく、あまりにもスペースが空いたこの空間には些か違和感を覚えたことだ。

 

しかし、今はそんな感情は全くない。

俺の視線はスタンディングテーブルの前に向けられた。その人影に。

 

「――ようこそ、ボクの世界へ」

 

見たことのある銀色の髪。そいつは何度見ても気にさわるそのニヤニヤした笑顔を浮かべながら俺と相対した。

 

 

「歓迎するよ、我が最愛のライバル、小野クリア君」

 

俺は舌打ちをすると呆れた顔で口を開いた。

 

「何が歓迎するよだ。人をこんなところまで呼びつけておいてずいぶんと偉そうじゃないか?」

「あ~、ごめんごめん。こういうこと前から言ってみたかったんだよね~」

 

俺の言葉にも悪びれることなくツカサはそう言った。

特に前と変わった様子は見られない。いつもと同じツカサの態度。

 

しかし、場所が場所だけに俺は警戒を解かなかった。

ここはあいつらのテリトリー。全ての決定権はあちらが握っている。

 

すると、まるで俺の考えを読んでいたかのように最初の黒服の男が扉をしめ、その前にまるで門番のように仁王立ちした。逃げ場を無くすように。

 

「じゃっ、せっかく来てもらったんだからお礼をしないといけないよね。――約束も守らないといけないし」

「約束だと?」

 

ツカサは俯きながらそう言った。約束?昨日のメール以外に約束など交わしたか……?

覚えのない俺を尻目にツカサは話を続けた。

 

「そうだね~。じゃあこのことからでも」

 

ツカサは一度辺りをキョロキョロ見渡した後、スタンディングテーブルに歩みより手を置いた。

 

「まず、これが何かわかるかな?」

 

馬鹿にしたような口振りでそう呟く。ペースを持っていかれているような気がするが、まぁいい。

 

「あぁ、MFSだろ?この場所でこんなもの。それ以外にない」

「さっすがクリア君!何でもお見通しってわけだ。それじゃっ、わざわざ説明する必要はないね……」

「待て。お前は一体何を考えてる。約束なんて俺には前のメールの内容以外に覚えなどないぞ」

 

そのまま話を進めようとするツカサの言葉を遮り、俺はそう言った。ツカサは、スタンディングテーブルに手を擦っていたが俺の言葉でその手を止める。

 

「忘れちゃったかい?時が来たらボクは総てを打ち明けるって約束。そして時は満ちた」

 

ツカサはスタンディングテーブルに沿うように歩き、俺と向かい合う形で歩みを止めた。

瞬間、一瞬辺りが暗くなったかと思うと俺はいつの間にか見知らぬ大地に立ち尽くしていた。

 

足場だけではない。天井は青い空が広がり、壁は無くなり辺り一面見渡す限りの大地が広がっていた。

 

「MFSはボクが作り出したんだ。いや、正確にはこの機械によって産み出されたこの惑星クレイの世界そのものがボクのイメージそのものなのさ!」

 

まるで新カードの情報を先取りした中学生が自慢気にそのことについて語るように、ツカサは大袈裟に抑揚をつけながらそう言った。

 

「だから……なんなんだ?」

「あれ、なんか反応薄いな~。ちょっと残念」

 

音符のつきそうな口調でツカサは言った。

 

別に驚いていないわけではない。だが、やつがアメージングドリーム社に関わっていることを知ってから何かしらの関係を持っているとは考えていた。むしろ、突然そんな話をされても困る。

 

だが、その話を聞いた後、俺はツカサの言っている約束を思い出した。

 

あいつとの帰路。俺が初めてあいつの意見に賛同したあの日。

なぜ身体に負担をかけてまで、なぜアイデテック・イメージを用いたファイトをしてまで勝利に固持するのか。

 

「それでこのMFSって言うのはね~……」

「おい!俺はそんなことを聞きたいとは一言も言って……!」

 

しかしツカサは、頑なにMFSについての話を進めようとした。

俺がそう怒鳴ると、ツカサこちらに手をかざし、俺の言葉を遮った。

 

「わかってるよ。――でも順序って言うものがあるから」

 

……来やがったか。一週間会っていないだけなのに、この雰囲気を味わうのを懐かしく思う。

 

普段はお調子者のお気楽者だが、ファイトにおいてここぞという時にあいつは全てを呑み込む威圧を放ってくる。

 

俺が黙ったのを確認したツカサは、再びMFSについて語りだした。

 

「MFSはカード内に描かれたユニットを三次元立体映像化し、あたかも本当にファイターがユニットを先導すること目的としたシステム。でもこれにはかなりの不安要素があった」

 

ツカサはまるで懐かしむようにそう呟いた。

 

「ユニットを三次元立体映像化するなんていうのは簡単じゃない。二次元のものを、三次元に。しかも実際に存在しない惑星クレイの数多のユニットを作るのは技術・コスト・時間、どれも圧倒的に足りなかった。ましてや今と違ってお金のないアメージングドリーム社には到底出来ない所業さ」

 

だろうな。これほどのものをそう容易く作れるのであれば既にその技術は、世間に広まっているだろう。

 

「そこである人は考えた。『人が脳に描いたユニットをそのまま三次元に抽出することは出来ないか?』ってね」

 

今までの話の中で、俺は初めてこのツカサの言葉に不信感を持つ。

 

人の脳がイメージしたユニットをそのまま三次元にする……だと?

そんなことが可能なのか……?

 

脳から情報を受けとる、取り分け信号を読み取るとするなら脳波を利用する以外にない。しかし、脳波は非常に微弱なものであり、絵どころか当人が一体何を考えているかを読み取ることも難しいとされている。

 

――先ほど怒鳴った身であるが、心做しか、俺は少しずつ興味を持ち始めていた。今まで特に気にしていなかったMFSの全貌に。

 

「となると今度はそれをどうやって抽出するかって話しになってね。だから結局ふりだしに戻っちゃったんだよね」

 

俺の考えを答えるようにツカサは呟く。

 

「でも彼女は諦めなかった。幾度の試行を重ね、ついに見つけたのさ。微細で見つけることも困難な答えへのカギを。人の発する脳波の違いを」

 

ツカサは自分の頭を指差しながら続けた。

 

「人の脳波っていうのは個人差があってね。といっても元の大きさがあまりにも小さすぎてほとんど誤差の範囲なんだけど、取り分け強い感情を抱いた時に発する脳波っていうのは強くなるものさ。僕にとっては……これだね」

 

自分のデッキに取ると、ツカサは顔の横にまで持ち上げて俺にアピールした。

 

「ただそれは想いの強さでしかない。そんなことで情報が抽出出来るならもうすでにそれ関連の研究が進んでるからね。だから着眼点は普通とは違う、特別な脳波を発する脳に注目した。そしてそれはすぐに見つかったよ」

 

ツカサは、デッキをスタンディングテーブルに置くと左手で自分の胸を押さえた。

 

「このボクが、その総てを繋げるカギになった。ボクのアイデティック・イメージは後天的なものであり、過去の強いショックによって発現したためか、ボクの脳から発する脳波は常人に比べて、目に見えて大きかったんだ。本来存在するリミッターが綻んでいたためだろうけどね」

「カギを見つけ、後は扉をこじ開けるのみ。彼女は、脳波から取り出した振幅や波長などをユニットの像に写し変えることに専念した。簡単なことじゃないけど、それが自分の好きなヴァンガードを認めてもらえると信じていたからこそ続けることが出来た」

 

俺は黙ったままツカサの話を聞いていた。そして気づいた。

 

ツカサの話が少しそれていることに。

話の主がMFSではなく『彼女』と呼んでいる人物のものとなっているということに。

 

「そして遂に完成したんだ。僅か半年という短い期間で彼女はそれを成し遂げた。そして夢にまで見たMFSの本格稼働となる第一回ヴァンガードチャンピオンシップ。そこにはヴァンガードに魅了される多くの人々の姿があった。ピオネールという肩書きに隠れはしたものの、MFSはヴァンガードの復興に成功し今や多くのヴァンガードファイターを生み出すに至った……」

 

話が途切れる。ツカサは、神妙な面持ちで自分のデッキを見つめた。

 

「けど駄目だった。如何なる苦労も省みず努力を尽くしたにも関わらず、最も認めて欲しかったあの人は変わらず見向きもしてくれなかった。彼女は、崩れ落ちたよ。己の全てを注ぎこんだMFSに、あの人は『その技術をもっと別のことに生かせばいいものを……。こんな紙切れに……』と、決してヴァンガードを認めてはくれなかった」

 

ツカサは、目を瞑り平静を努めた。握った手はプルプル震え、普段のあいつからは想像できない程に感情を漏らしていた。

 

自分の好きなものを否定される苦しみ、たとえそれの矛先が自分ではなくても我慢することは出来ないのだろう。

 

「だから彼女は考えた。認めてくれないのはヴァンガードがまだ全国に浸透していないからだってね。あの人が否定仕切れない程の人気を獲得することが出来ればきっと認めてくれる、その為にはどうすればいいのか」

 

ツカサはおもむろにスタンディングテーブルに備え付けられていたファイトグローブを付ける。

 

「かつてピオネールが全国のファイターを奮起させたように、ヴァンガードにさらに息吹を吹き込むために彼女は王を作り出そうと考えた」

「王……だと?」

 

俺は自分の耳を疑った。いつものあいつならまだしも、この状況で冗談を言うとは思えない。

 

「訳がわからないって感じだね。まっ、突然王なんて言われてわかるほうがおかしいけどね」

 

ツカサは俺の心境を察したようにそう呟いた。

 

「誰もが認める最強のヴァンガードファイター、皆の頂点に君臨する存在、すなわち王を作ることが彼女の目的なんだ。人っていうのは目標が無ければ決して走り出すことは出来ない。ゴールがないということはスタート地点が存在しないということだからね。逆に言えば、人は目標を持つことで強くなることが出来る。いや、強くなりたいと思うようになる」

 

話している間、決して視線を合わそうとしなかったツカサが初めて俺を見据え、乾いた笑い声を上げた。

 

「わからないよね、こんな夢物語のような理想。ヴァンガードという限りなく勝敗を運に委ねなければならないゲームで無敵でなければならないという矛盾。でも彼女に出来ることは他に無かったんだ。全力を尽くしたいと願っても自分ではどうにも出来ない無力さ。それに苦しむ彼女をボクはもう見たくないんだ」

 

グローブを嵌めた手を握り目を瞑りながら拳を胸の辺りにまで持っていく。

 

「だから……ボクが……」

 

瞑っていた瞳をゆっくりと開けていく。その瞳を見て俺もまた驚きから自分の瞳を見開いた。

 

鋭く光る赤い瞳。日本人特有の黒眼を覆い尽くすように、その赤い光は俺をじっと捕らえていた。

 

「ボク自身が彼女の理想になる。誰にも負けない無敵の王に。これが君の抱いた疑問への答えだ」

 

 

-―どういうことだ。

 

俺は赤く変色したツカサの瞳を見てそう思った。

 

いや、正確には瞳孔の周りの白目が著しく赤く染まり、黒目の部分はそれに伴って澱んで見えた。簡単に言えば、目が充血していたのだ。

しかしその発現が不可解極まりない。一瞬、少し目を瞑ったあの一瞬でここまで赤く染まるものなのか……。

 

俺の反応からツカサ自身も気づいたのか、目の辺りに手を抑えるとクスッと笑った。

 

「あ、もしかして今ボクの目赤くなってたりするかい?参ったなぁ、まだこれには慣れてないから少し気が立つだけすぐに出てきちゃう」

「すぐに出てくるだと?お前、自分に一体何をした……!」

 

俺は無意識にそう怒鳴った。あいつの今までの言動、そこから導きだされる彼女と呼ばれる人物への忠誠心。

 

今ならわかる。

 

こいつは目的の為ならどんな危険も省みない。それが己の肉体であっても。

 

「何をした……か。そんなの聞くまでもない。これはボクが王となるための証。アイデティック・イメージを越えた先に存在した決して止めることの出来ない絶対無比の力」

 

目を瞑り、両手を広げ、誇ったようにあいつは俺にいい放つ。

 

「『パンドーラー・イメージ』誰にも開くことの出来なかった箱。それをボクが開いた。そして、これにより――」

 

デッキを手に取り、広げ全てのカードに目を通すとシャッフルし再びスタンディングテーブルに置いた。

 

「ボクはデッキに存在するカードを100%記憶することが可能になったのさ。どこに、何が、いつ来るのかが、ボクには手に取るようにわかる。こんな風にね」

 

ツカサは置いたデッキの上から一枚を自分に見えないように俺に向け、そのカードの名を呼んだ。

 

「『ブラスター・ブレード』ボクがヴァンガードで初めて知ったカード。この力と彼等の絆によってボクの王への道は完成する。そしてクリア君、君にはその道の礎となってもらいたいんだ。王への道を絶対なものにするために」

 

決意を露にするツカサの発言。今、こいつが言った言葉の一つ一つに嘘偽りは無いだろう。

 

「ふっ、なるほどな。これではっきりした」

 

鼻で笑いながら俺もまたツカサのほうへと視線を向けた。

 

「お前が俺を呼んだ理由。確かに俺とファイトしたいというものだろうが、それは見せかけ。本当は、そのパンドーラーとかいうやつを試すために俺を利用した。違うか?」

 

俺は挑発的な笑みを浮かべそう言い放つと、ツカサは真顔になり参った様子で頭を掻いた。

 

「やっぱり君には隠し事は出来ないか~。その通り、この力は最近ようやく実戦レベルにまで使用出来るようになったんだけど、これを用いたファイトをするにもそれに見あった相手がいなくてね~。何て言っても目指しているの頂点だ。それこそ全国レベルのファイターで試してこそ意味がある」

 

チラリとこちらを見ながらツカサ言った。特に隠す素振りもなく言い方はあれだが潔い。

 

しかしこの発言によって俺は顔をしかめることになる。

 

あいつは全国レベルと戦わなければと言った。だが、俺は大会経験について話した覚えはない。というより、それについて知っているのはトモキと店長、吉田君くらいなものだ。

 

俺は謙遜したように呆れ顔で吐息を吐いた。

 

「おいおい、まるで俺が全国レベルのファイターみたいな言い種だな。所詮はショップ大会上位程度の実力だと言うのに」

「それは謙遜し過ぎだよ~。ボクと始めてファイトしたあの時。あれは単純にボクの戦い方がクリア君に対して相性が良かっただけ。初見限りのハンデみたいなものをボクがもらってたが故の結末だよ。でも今は違う。お互いの性格、戦い方、総てを知った上でのファイトだ。これで全力でファイト出来るってものだよね?」

「――たしかにな。あのファイトは見事にお前のおかしな術中に嵌まったが、もうあんな間違いは起きない」

「さっすが~!なら早速……」「待て」

 

ツカサは惚けた表情でデッキに触れようとした手を止めクリアを見た。

 

「お前はそう言うが、実際本気で負けないと思ってる。そうだろ」

「そ、そんなことはないよ~」

 

ツカサは冷や汗をかきながら否定する。動揺してるのが丸見えなんだよ。俺はそんなツカサに対して追い討ちをかけた。

 

「どうだかな。ならお前は、もしこのファイトで負けた時、どうするつもりなんだ?」

 

俺はそう言うと、ツカサの動向伺う。

何故ならこの発言はツカサが返答に困るだろうと思ってのものだからだ。

 

理由は単純に調子に乗ったツカサに気にくわなかったという感情的な理由なのだが、自分の性格には基本的に従順でありたいのだから仕方ない。

 

そしてもう一つ……。

 

あいつの返答次第で俺のこのあとの言動の移行が決定する。

しかしそんな俺の考えとは裏腹にツカサはクスッと笑いすぐに返答を返してきた。

 

「その時はその時だよ。勝てれば、もうワンランク上の段階へ移行。ここを離れ、本格的に王への玉座の準備を始める。負ければそれを諦めるだけさ。パンドーラー・イメージを使う以上、運が悪いなんていうのは通じない。いや、運が悪い程度で負けるようじゃ王にはなれない。――どうかな?これで満足できたかい?」

 

ツカサはニヤリと笑うとそう俺に言った。

なるほどな、負けるとは毛頭思ってないというわけか。

 

だが……、

 

「あぁ、満足した。つまりこれで俺が勝てば、お前はここに留まるということだな」

 

目を瞑り、ポケットに手を入れながら俺もまたニヤリと笑う。

 

「……ふ~ん、クリア君はボクに勝つつもりなんだ。そう来なくちゃね!全力でやってくれなきゃ意味ないし」

「それは良かったな。俺としてはお前が居ようが居まいがどっちでもいいが、お前がいなくなることを好まない奴がいるからな。仕方ない」

 

俺はスタンディングテーブルに歩み寄り、そしてツカサに相対する。

 

「安心しろ。お前の望み通り、全力でやってやる」

 

右手ポケットからデッキを取りだし、スタンディングテーブルにセットする。そのデッキを見たツカサは目を丸くした。

 

「赤いスリーブ……?」

「光栄に思えよ?俺もその気でやるのが何ヵ月ぶりになるかわからないんだからな」

 

そして左手ポケットから取りだしたサングラスをかけると、俺は無表情で言った。

 

「さぁ、手加減……なしだぜ」


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