「エグザイル・ドラゴンはリアガードのこのカードを退却することで相手のG0のユニットを退却させるスキル。僕はここでさっきコールされたウォータリング・エルフを退却させますぞ!」
どや顔で宣言するショウに、シロウは呟いた。
「……それだけ?」
「それだけ」
山彦のように同じ言葉を繰り返すショウ。
単純明快、かげろうのユニットであるエグザイル・ドラゴンは他のかげろうのユニットの例に漏れず、除去のスキルを搭載したユニットである。
しかし、スキル自体はG0限定の退却効果。G0のユニットが場に存在することは稀であり、リアガードに移動したG0を退却させようにもこのユニットはG3であるため、このユニットが出る頃にはFVがいなくなっていることなんていうのもよくある話。
そもそも同じG0退却効果を持つガトリングクロー・ドラゴンが存在しており、このカードはドロートリガーであるため、フル投入することも容易であるが、エグザイル・ドラゴンはG3。最終的にゲームを左右していくG3の枠に不確定要素の高いこのカードが採用されることはまずない。
ただ、ガトリングクロー・ドラゴンに比べて勝ってる部分が無いわけではない。
このスキルの使用にはCBを使う必要がなく、ヴァンガード指定がないためどんなクランのデッキでもスキルを使用することが出来る。
とはいえ、他のクランでも結局他のG3ユニットを差し置いてこのユニットを採用すらかと言えばその選択肢はない。理由は同上。
また、スキルを使えたとしても一対一交換でしかなく良くて相手の裏をかく程度にしか働かない。
故に誰にも採用されることがなく、スタードライブ・ドラゴン、クレステッド・ドラゴンに次ぐネタカードとなった。
「なんてことはない、地味なスキルさ。でもこれでお姉さんの策略は根底から崩れたと思うんだ。僕は」
ニヤニヤ笑いながらショウはそう言った。
「……」
苦虫を噛み潰したような表情で女性はウォータリング・エルフをドロップゾーンに置いた。
なんなんだ……この青年は……。
シナジーがあるとはいえ、この舞台で混色デッキを使用するという精神。
悪いわけではない。しかし、それでも単色より安定性に欠ける混色デッキを使用する理由が彼にはあったのか。一体それは……?
そしてあのエグザイル・ドラゴン。こんなアブノーマルなユニットを使う人なんて……。
「……!?」
女性はハッとし、俯いた顔を上げショウを見つめた。
いる……。たった一人だけ、女性にはその思い当たりがあった。
誰にも真似できないような奇抜なプレイスタイル。
普通なら扱うことの難しいカードもまるで当然の如くドンピシャのタイミング使用してくるトリッキーさ。
そして……、
「非常に珍しい赤いスリーブ……。あなた、魔法戦士ですわね」
「えっ、魔法戦士?」
予想もつかないような言葉が女性から発せられた。
魔法戦士?一体なんの話だろう……。
そう考えてるカイリとは違い、ショウは感嘆の声を上げながら口を開いた。
「へぇ、まさかリアルでその名で呼ばれる時が来るとは思ってもなかったなー」
「ショウさん、何なんですか?魔法戦士って……」
「あぁ、いや、こういうのはあんまり説明したくないんだけでさー……」
カイリの問いに苦笑いを浮かべながら何故かはぐらかそうとするショウ。
「――ネットの噂ですわよ。スカイプというものをご存知かしら?スカイプというのはWEBカメラを使ってビデオチャットで他者と会話したりすることの出来る媒体なのですが……」
「あー……、変わりに説明してくれるんですか……。とってもありがたいなー……」
変わりに説明を始める女性にゲッソリとした表情でそう呟いた。
「知ってますよ。ゲームとかをオンラインでやるときにも話しながらやれる電話みたいなやつのことですよね。でもそれとヴァンガード、何が関係あるんですか?」
カイリはそう言うと、女性は少し呆れた表情でカイリを見た。
「そこまでわかっているならもう気づいてもよいと思いますが……。例えば、WEBカメラを繋げて電話をするとしましょう。カメラは何も自分を映すものであるとは限りませんわよね?むしろネットで知り合った見ず知らずの相手であればむしろ顔を出すのはご法度。ではカメラは何に使われるでしょう?」
「え……。ゲームだったらわざわざカメラで映さなくても自分のやつを見ればいいし、別のこと……。お互いに自分の身の回りを映してすること……。――つまり、カメラでフィールドを映してカメラ越しにヴァンガードファイトをすることですか?」
「ご名答。ヴァンガードは一人では出来ませんものね。しかし周りにヴァンガードをする相手がいないという時があるとしましょう。これを使えば家にいながらファイトが出来るということが可能なのです。今や2chを始め、多くの募集板がネットには存在しております。相手にも困らないでしょう」
「ファイトする相手がいない……」
シロウはそう呟きながら哀れみの目でショウに視線を移すと、何故か胸を抑えながら悶えていた。
「――なるほど。でもそれと魔法戦士っていうのとは何が関係するって言うんですか」
「貴方もなかなかに鈍感ですわね。スカイプを繋げてファイトするにしても、自分の名前を証すなんて真似はしないでしょう?各々が考えたハンドルネームを用いてファイトをするのが普通ですものね」
「確かに……。じゃあ、ショウさんのハンドルネームが魔法戦士……」
「それは違うぞ!カイリ君。そうやって言うとまるで僕がその名前を好んで使ってるみたいに聞こえるけど、そんな湧いてるような名前を使うわけないじゃないか!もともとは僕の誕生日の『27』って名前だったのがなんか周りがヨイショしてきたから……」
「それにしたって自分の誕生日の数字をハンドルネームにするのも普通じゃないと思うんだけど?」
「仕方がないさ……。思い付かなかったんだからさ……」
「……ちょっとよくわからないですね……。どうして27って名前がヨイショされて魔法戦士になるんですか?」
「いやぁ、僕も最初はよくわからなかったんだけどさー……」
頭を掻きながらそこまで言いかけるが、女性の言葉によって遮られた。
「無自覚でその名前を付けたということなのですか。一種の奇跡ですわね。――もともと魔法戦士という名前には元ネタがあるのですよ。とある業界の一人のゲームプレイヤーの話。その方はそのゲームにおいて断トツの最弱キャラクターで果敢に大会に出場し、勝つ姿から魔法戦士と呼ばれるようになったのですが……」
一息つくとまた言葉を続けた。
「その面影が彼、宮下ショウさんに似ていたことからネットで広まったのがことの始まりです。彼は頻繁に掲示板に現れるので様々なファイターがその存在に気付き、エグザイル・ドラゴンを始めとするネタカードばかりを使うファイターというのですから、噂にならないほうがおかしいですわよね」
「そうだったのか……。そこまでは僕も知らなかった……」
驚きながら呟くショウを横目に女性は続ける。
「そして魔法戦士を象徴するとされる魔法の数字『27』と、デフォルトと違う赤いスリーブ。それらが拍車を掛け、今ではもはやネットのヴァンガード界において知らぬ人などいないほどに名前が知れ渡るようになったのです」
「そうだったんですか……。――でも、どうしてあなたはそんなにそのことに詳しいんですか?たしか始めたばかりって……」
「知っていますよ。なにせ、私も一時期はそこでお世話になったのですから」
それを聞いたショウは突然声を上げ、スタンディングテーブルに身を乗り出した。
「おぉ!そうなんですか!ということはどこかで僕とファイトしたことが!?」
「残念ながら、貴方とファイトしたことは一度もありません。時間帯の違いもあるでしょうが、私の目的はそこで色んなファイトし経験を積むことでしたので貴方のようなアブノーマルな方とは控えておりましたの」
「ん……、あれ……もしかして避けられてた……?」
「とにかくこれではっきりしましたわ。あなたの奇怪じみたプレイングは私を軽く見ているということではなく、それが貴方本来の戦い方ということだったということ。それが分かっただけで満足ですわ」
「ほほぉ、ではここから挽回ということですかな?」
言葉を遮られることにもめげないショウは上から目線でそう言った。
「挽回も何も、今まで有利だったのは私の方。これでようやく対等の立場に立ったと言ったほうが正しいのではなくて?貴方の演出には驚きはしましたが、今までの話でだいぶ落ち着きました。ここからは単純にお互いのヴァンガードファイターとしての力量、トリガーを引けるかどうかの勝負です」
「お察しが宜しいようで……。デッキ自体のポテンシャルの低さを意外性でカバーしてたんだけどそれすら退かれたとあっては、もう真剣に行くしかないようだね」
女性とショウはお互いニヤリと微笑む。相手を舐めたわけではなく、対等の、この素晴らしい相手に巡り会えたことの喜びが表情に出たのである。
「ここからが正念場ですね……カイリさん……」
黙って成り行きを見ていたシロウも決着が近づいていることを神経が感じとり、真剣な面持ちでそう呟いた。
が、そんな中カイリは別のことを考えていた。
「演出……意外性……」
「……?……カイリさん?」
ブツブツ呟くカイリにシロウは声をかけるが反応はない。
カイリは思い出したのだ。ファイトの中で生まれるモヤモヤした違和感。そして先ほど会ったばかりにも関わらず、絶対的な安心感を与えてくれるショウの面影。
「そうか……似ているんだ。ツカサさんに……」
初見では到底理解出来ない戦い方。そしてどんな状況でも冗談混じりに呟く言動。そしてこのモヤモヤした感情が、ツカサとハジメのファイトの時に抱いていたものということ。
しかし、全てが同じというわけではない。
ツカサは相手の斜め上をゆくプレイングで翻弄するのに対し、ショウは構築段階。すなわちデッキを作っていく過程で、自分がどのように立ち回れば相手が自分の思い描く動きに誘導させることが出来るのか。そのようにするにはどのようなカードを使用すればいいのかを考えた上でデッキを組み、ファイトをしている。
今回の場合、スタンド禁止に特化した構築で相手を攻め倦ませることで、緊張状態を作り出し、相手にG0を呼びやすくさせることが目的となっている。
G0のユニット……FVはもちろん、トリガーに存在する、自身をソウルに置くことをコストにするスキルを持つユニットをターゲットとしていた。オラクルのサイキック・バード、グランブルーの荒海のバンシーと言ったものがそれに当たるだろう。
さらにショウは、わざと『徹底的にV裏を縛る』という戦略の元にファイトを進めることで、相手をその裏をかくプレイング、すなわち『縛られても問題ないユニットをV裏に置く』という戦略を抱かせることで、その対策となるユニットを誘い出した。
結果として、女性はウォータリング・エルフをしてやったりといった様子でコールさせるに至り、見事エグザイル・ドラゴンのスキルを使用することに成功した。
疑問が残るとすれば、これだけのことをしておきながらやることがG0の退却ということだろう。
自分も手札を一枚消費しているため、完全な一対一交換である。
しかし、スタンド禁止に対策出来ると踏んだ上でコールしたそのユニットを退却される等とは思わない。取り分け、優れたヴァンガードファイターであればなおのこと――。
ファイトの終盤、何かしら対抗策を講じ、最悪それを打開された場合に備え、手札にはもしもの時のためのユニットを握っているものだ。
女性の場合、ウォータリング・エルフが脅かされることはないと踏み、他のリアガードの補完についての対策しかしていなかった。
既に均衡は僅かな線で繋ぎ止められている。しかし、ショウの残り手札は残り一枚。この太い線が切られることは回避されただろう。と女性は安堵する。
しかし、現実は無情であり、今このとき神はショウに向けて微笑んでいた。
「僕はこの空いた右上にレディ・ボムをコールするよい!」
「……!?そう……この局面で……。それを引き当てたというのね……」
シュビーラ/インビンシブル/レディ
ドグー/カルマ/カルマ
驚愕する女性。エグザイル・ドラゴンはもともと握っていたカード。つまりこのレディ・ボムは今引いたカードということだ。
「そういうこと。じゃあレディ・ボムのCB!カローラ・ドラゴンのスタンドを禁止する!」
安定行動……。本来ならここでローレルかカローラのどちらを縛るかを迫られるが、今までのドライブチェックでG1は完全ガードのみ。G3のローレルは退却させることで火力を下げることは出来るが、G2をコールするのであれば防御力は変わらない。
ここでカローラ・ドラゴンを縛ればたとえ変わりのG1が一枚あったとしても、一ライン確実ブーストなしでアタックしなければならない……。
「まぁ、手札六枚もあるから一枚位G1があっても不思議じゃないと思うけどさー。やることはやらないとね。さて、じゃあバトル!カルマのブースト、レディでヴァンガードにアタック!」16000
最初のアタック、ガード強制力のあるシュビーラではなくレディからアタックするのはこちらが三点をキープしたいがためにガードしてくると思ってのもの。しかし、これはその通りにするしかない……
「スイート・ハニーでガード」21000
「カルマのブースト、インビンシブルでヴァンガードにアタック!」17000
問題はここだ。出来れば15000でガードしたいところだが、手札にもう10000ガードがない。カローラは次のターンに出すため捨てられないとして、残りは四枚。
ここで完全ガードを切るべきか……。しかしその場合トレイリングローズを捨てることになりトレイリングローズのガード強制力を下げることになる。
女性は手札は一枚とり、ガーディアンサークルに置いた。
「メイデン・オブ・ブロッサムレインでガード。トレイリングローズを捨てて完全ガード」
「ほほう、やはりトレイリングローズをまだ握ってましたか。今までのガードは無駄にならなかったと思うとそれはそれは嬉しいかなってね。じゃあツインドライブ!!行きますぞ!」
デッキを捲っていくショウ。
「……っ!」
ガード後、トリガーが出るかどうかの瀬戸際に女性は致命的なプレイングミスをおかしたことに気づいた。
このアタック、クリティカルトリガーダブルを警戒したガードをしたもののもしダブルトリガーが出た場合、今の手札では次のシュビーラのアタックをガード出来ないということを。
であるならば、ダメージトリガーを期待出来るこのアタックをガードせず、ヒット時スキルをもつシュビーラをガードすべきだったと。
普段であればこんな単純なミスをおかすなんてない……。冷静を装ったがために注意が散漫になってしまったか……。
しかし、ドライブチェックは止まることなく、女性に対して残酷に突き刺していく。
「ファースト、レッド・ライトニング!クリティカルトリガーGET!効果は全てシュビーラに。セカンド、シャイニング・レディ!きたきたぁ!GET!クリティカルトリガーダブル!全てシュビーラに!」
ここでショウが完全にゲームを支配する。これがエグザイル・ドラゴンによるものかどうかはわからない。
しかし、はっきりしたことはこのターン、女性は四点目以降にヒールを引かなければ負けてしまうということだ。
こちらの手札は残り三枚。今のアタックを完全ガードした時点でこちらの手札に10000ガードを握っている可能性は薄い。
それを踏まえ、カイリ達もこの結果に勝利を確信したのだった。
しかし、ショウはトリガーが出た時点ではテンションが高かったが、若干複雑な顔をしていた。
「嬉しいは嬉しいけど、これじゃあエグザイル・ドラゴンのスキルを使った意味が……」
そう小さくぼやく。それでも、カイリ達の期待を裏切るわけにはいかないショウはシュビーラに手を添えた。
「これが、最後です!ドグーのブースト、シュビーラでヴァンガードにアタック!クリティカル3!」27000
「フフ……ノーガードですわ。ダメージチェック」
女性は小さく笑うと、デッキに手を添えた。
「これはいさぎがいい。やっぱり10000ガードがないんですね」
「一枚目……ダンガン・マロン。クリティカルトリガーGET。効果は全てヴァンガードに。えぇ、参りましたわ。まさかこのタイミングでクリティカルを二枚も出してくるなんて。ですが、私は十分戦いました。トリガーによる結末がこれだというのであれば、私はそれを潔く受け入れましょう。二枚目……グラスビーズ・ドラゴン」
二枚目のダメージをダメージゾーンに置く。ヴァンガードにおいてよくあることだ。悲観することもない。ただ惜しむらくは、最後にやりたかったことを成し遂げられなかったことがあるくらいか。
三枚目のダメージを捲る……。
「三枚目……」
その時、女性は目を見開く。
期待はしていなかった。だが、それが運命だというのなら全力でそのチャンスをいかして見せる。
「スイート・ハニー……ヒールトリガーGETですわ。ダメージを回復しパワーはヴァンガードに……!」
起死回生のヒールトリガー。落胆の声を上げるカイリ達とは対照的にショウはどことなく嬉しそうだった。
「ありゃー、ここでヒールトリガーとは……。ヴァンガードの神様は本当に気まぐれなようですなー」
「そうですわね。でも貴方、あまりショックを受けてるようには見えませんが?」
「そんなことはないさー。――っていうと嘘になるかな?これだけのいい勝負をクリティカルゲーで終わらせるにはもったいないからさ!だからこそ、次のターンは絶対に守りきる!シュビーラのスキル発動!」
ショウはソウルから三枚をドロップゾーンに置くと一枚ドローした。
「僕としてはエグザイル・ドラゴンの働きを無駄にはしたくないからさ。G1が出ないことを祈ってますよ」
「さぁ、どうでしょうか。私のスタンド&ドローですわ」
「あっ……」
女性がドローしたカードを手札に加えようとした瞬間、それは起きた。
ドローしたカードは女性の手からスルリと滑り落ち、ヒラヒラ回転しながらスタンディングテーブルに落ちた。
己の存在を主調するようにそのカードはイラストの描かれた表を向いていた。
「えっ……、アイリスナイト……」
思わず呟くカイリ。女性はサッとそのカードを手札に何事も無かったように加え俯いた。
少し距離の離れたカイリからでも確認出来たのだ、ショウもまた今引いたカードが何であるのかわかってしまった。
ん……んん?何が起きたのかちょっと理解出来ないな……。手が滑った?な訳ないよなー。あの人に限って……。いや……
ショウは自分のドロップゾーンにあるエグザイル・ドラゴンに視線を向けた後、女性に視線を戻した。
結構効いてたりするのかな。むしろクリティカルトリガーダブルのせい?――まぁとりあえず、
「私はヴァンガード裏にカローラ・ドラゴンをコール。ポップコーンのCBを二回使用し、バトルに入りますわ」
ローレル/トレイリングローズ/トレイリングローズ
カローラ/カローラ/ポップコーン
思惑通り。……しかし、流石だ。この配置はワンチャンクリティカルトリガーを出せば僕を仕留められる布陣。彼女はもう僕の手札を把握している。
冷や汗が頬に垂れ、自然と口が引き攣る。
このターン、クリティカルトリガーがでなければ自分の勝ち……。クリティカルトリガーが出れば彼女の勝ち……。
最後の駆け引きだ。
「私はローレルでレディ・ボムにアタックしますわ」10000
「ノーガード、レディ・ボムを退却!」
「カローラ・ドラゴンのブースト、トレイリングローズでヴァンガードにアタックしますわ」19000
ヴァンガードによるアタック。ショウは既にどうするか決まっていた。
一番ネックになっていたのはドローフェイズのドローで引いたカード。幸か不幸か、それも知ることが出来先ほどのガードで元からある二枚も大体予想はついている。
「ノーガード!」
後は祈るのみ。クリティカルトリガーは残り一枚。カイリ君の為にも耐える!
「ツインドライブ。ファーストチェック……」
女性のドライブチェックに釘付けになりながらカイリ達は唾を飲む。
デッキトップが捲られていく。
「木漏れ日の貴婦人。セカンドチェック……ブレードシード・スクワイヤ。トリガーなしですわ」
吐息を吐き出し、緊張を解く。
やってくれた……。きっとカイリ自身では勝てなかったであろうこのファイトにショウは王手をかけたのだ。
「ダメージチェック、ドグー・メカニック。ブランク。さてさて、勝負は決したようですな。長く続いたこのファイトにもようやく終止符がうたれたと……」「えぇ、そうですわね……」
ショウの言葉を遮るように女性は言った。今まで俯いていた顔を上げ、ショウの顔を見据える。
「……どうしたのかな?」
ショウは苦笑いを浮かべながらそう呟く。
女性の顔は、笑っていた。いいファイトができ、清々しい気分で終わったから笑っているわけではない。
これは……、
「勝利を確信した表情なんか浮かべちゃって……」
「フフフ、わかってるじゃありませんか。今私はまさに掴もうとしているということを。終止符をうつのが……」
女性は手札のカードをドロップゾーンに置く。
それに対し、ショウは見開く。まるで先ほどのお返しと言わんばかりに誇らしげに女性は宣言する。
「メイデン・オブ・トレイリングローズ。ペルソナブラスト。このユニットのアタックがヴァンガードにアタックがヒットした時に、同名カードを捨て、CBを一枚使い発動。私はデッキの上から五枚チェック。魁の戦乙女ローレルと左下のカローラ・ドラゴンを退却、五枚のカードの中から、左上にヘイヨー・パイナッポー、左下にメイデン・オブ・ブロッサムレイン(6000)をスペリオルコールしますわ」
パイナッポー/トレイリングローズ/トレイリングローズ
ブロッサムレイン/カローラ/ポップコーン
女性の場にスタンドしているラインが2つになった。トレイリングローズとポップコーンのパワーは20000。これが意味するものは……。
「ショウさん!」
「……いやはや、これは……。ちょっと説明が足りないな……」
思わず叫ぶカイリ。
忘れていた……トレイリングローズのスキルのことを。しかし、カイリ自身は忘れていたとしてもショウは覚えていたはずだ。なのに何故……、
「今のアタックをノーガードしていたんですか……?」
掠れるような声で問う。ショウは初めて困惑したように頭をかきながら口を開いた。
「――自分を棚に上げて言うのもあれだけどさー。こればかりは僕も理解出来ないな。さっきのガード。まさかあそこ完全ガードを使っておいて残りガードが10000しか無かったってことですか?なら端からヴァンガードのアタックを通してシュビーラのアタックを完全ガードすれば良かったんじゃないですかね?あなたともあろうものが、そんな浅はかな考えをしていたとは……」
期待を裏切られ軽蔑の意がショウの言葉には込められていた。
ショウの視点から、女性のガードはヴァンガードのアタックを完全ガードすることでトリガーによるパワーアップから増えるかもしれないガードを調節してきたと考えていた。
ショウのプレイングはトリッキーさはあれ、ギャンブル性の低いものだ。もし、ヴァンガードのアタックを15000でガードすればショウは最初のトリガーのパワーをリアガードに割り振る。
しかし、トリガーがでなければその5000分のガードが無駄になる。故にブランクトリガーによる手札の消費を抑える要因を期待しつつも、トリガー一枚であればリアガードのアタックも防げるガードをしてきたと。
女性はため息をつき、偽るように目を瞑った。
「――それに関しては否定はしません。私自身、ガードした後に気づきましたので。これがミスだということも。ですが、これも貴方のせいなのかも知れませんよ?自分で仰ってましたわよね?意外性でカバーすると」
ショウは真顔に戻ると、視線を反らしながら呟く。
「――計画通り」「いや、絶対嘘でしょ、お兄ちゃん……」
間髪いれることなくシロウはツッコミをいれる。
「つまり、あれですよね。さっきのカードを落としたのもわざとってことだよね。僕にトレイリングローズが無いことを知らせるためのさ」
「ご名答。これまでの流れから私がうっかり落としてしまうのも不思議では無かったようでしたので。見事に引っ掛かってもらえて嬉しい限りですわ」
「にゃろう……」
クスクス笑う女性にショウはニヤリと笑いながら呟く。
「……大丈夫ですかね。兄ちゃん……」
「……うん、大丈夫だと思うよ!見てごらん、ショウさんの手札を」
カイリは視線をショウの手札に向けながらそう言った。
「手札は三枚……。ドライブチェックで二枚10000ガードがあって、残りは……」
「シュビーラのスキルで引いたやつだよ。あの人の場には20000と17000のアタックが残ってるから、なんとかこのアタックは防げるよと思うよ」
「たしかにそうですね!だからお兄ちゃん、あんな風に笑ってるんですね」
残りの手札を盾のように胸の前握るショウ。手札の内容は女性も把握しているが、一縷の望みをかけて自ら矛をショウに突き立てていく。
「ブロッサムレインのブースト、パイナッポーでヴァンガードにアタックしますわ」17000
「シャイニング・レディでガード!」20000
消耗するお互いの戦力。力の限りを尽くし、ただひたすらに目の前の壁を貫かんとする。
「ポップコーンのブースト、トレイリングローズでヴァンガードにアタック!」20000
ショウは手札から一枚取り、額近くまで持ってくると、フッと笑いそのカードを手札に戻した。
「――ノーガード」
「ノーガードって……、これ通したら負けちゃいますよ!?」
「わかってるさ。でも防げないんじゃどうしようもないからさ」
「防げないって……。でもまだ手札が……」
そこまでいいかけると、ショウが手札をカイリ達に見えるようにし、カイリはそれを見て唖然とする。
「装甲妖精シュビーラ……。G3……」
「そう、僕にはもうこのアタックを防ぐ術がないのさ。いや、正確には僕が唯一存在していた勝利への道を過ってしまったって言ったほうが正しいかな?」
「いえ、貴方はなんらミスはおかしておりません。神の悪戯……と言えば大げさですが、時と場合、それらが噛み合わなかったというだけですわ。それに、まだ終わったわけではありません。そうでしょう?」
「――そう言ってもらえると気が楽だなー。そうさ、残された可能性。それがこのヴァンガードには眠っている。僕は試されてるってわけかな。屈することがいかに愚かなことか。まぁ、僕には無縁なことさ。目の前が真っ暗でも僕は今まで前を向いて歩いてきたんだ。この目標という光が見えているこの道を止まるかってんだ!」
ショウはデッキに手を添える。そして今までにないくらいに楽観な笑みを浮かべるとダメージチェックを行った。
「これが僕の最初の、みんなのダメージチェックだ!」
公開されていくカード。
カイリ達からはショウの手に隠れてよく見えなかったが、ショウはカードを見た後も笑みを絶やすことはなかった。
すると徐にショウは掴んだカードを真上めがけて投げる。
回転するカードが宙を舞う。皆の注目を集めたそのカードは重力に従い再びショウの元へ舞い降りる。
手を掲げ、指の間でキャッチすると笑顔でこう言った。
「カルマ・クイーン。ブランクトリガー。――ごめん、カイリ君。僕、負けちゃったよ」