ううっうぅうう!!俺の想いよありすへ届け!!惑星クレイのありすへ届け!
「はっ!?」
勢いよく顔を上げる。
青年は辺りを見渡すと、そこが見慣れた自分の部屋だということを認識した。
「夢か……。いい夢だったなぁ……」
目が隠れるほどまで伸びた前髪を払いながら目を擦る。
目の前にあるパソコンを見ると、ゲームが起動したままであることから自分が寝落ちしたのだとわかった。
とりあえず、ログアウトしながら自分の携帯を手探りで探した。
「おはよう、ありすちゃん」
手に取った携帯の待ち受けのナイトメアドール ありすに挨拶をすると、今が何時かを確認した。
9時前……。普通の民間人ならすで活動をしている時間だが、青年には思っていたより早起きしてしまったと寝ぼけながら思った。
携帯をパソコンの横に置き、ヘッドホンをつけるといつものように動画をチェックしだした。
「さすがに休日はエコノミー回避出来ないよなー……。けどプレミア登録するほどでもないしなー……」
頬杖を付きながらそう呟く青年。
すると不意に何者かが青年の部屋の扉をノックする音が鳴った。
しかし、動画鑑賞をしている青年に耳に届くことはなかった。
ノックの音が大きくなる。と共にシロウの声がドア越しに響いた。
「お兄ちゃん!ちょっと用事があるんだけど起きてる?」
大きな声で呼ぶが反応がない。側にいたカイリは不安そうな顔を浮かべていた。
「これだけ呼んでも反応がないから居ないんじゃないのかな……?」
「いえ、絶対居ますよ!車は家にありましたし、お兄ちゃんが外出するのは学校に行く以外有り得ないですもん!きっと寝てるか動画かゲームでもやってるんですよ!」
ノックしながらシロウはそう言うと、部屋の中で笑い声がした。
「やっぱり……」とじとーっと扉を見るシロウにカイリは苦笑いを浮かべた。
「お兄ちゃん、勝手に入るからね」
一応の断りをいれて扉を開き、中に入るシロウとカイリ。
部屋に入ったカイリは、何故シロウが初めヴァンガードを敬遠していたのか何となくわかった。
膨大な量のフィギュアやプラモ。至るところにポスターも貼ってあり、極めつけは如何わしい抱き枕がその存在を主張するかのようにこちらを見ながら横たわっていた。
シロウはそんな部屋の現状に慣れているのか、特に気にする様子もなくパソコンを見ている人影に歩み寄った。
「お兄ちゃん!」
「うおぉい!」
耳元で呼び掛けられた青年は飛び上がりながらシロウの方へ振り向いた。
「なんだ、シロウか……。ビックリしたなー」
「ビックリしたなーじゃないよ!ノックしても全然反応ないんだもん!」
ヘッドホンを外しながら言う青年にシロウは怒鳴った。端から見ていたカイリは、会話だけ聞けばどちらが兄なのかわからないな……と苦笑いを浮かべる。
「うん?こっちの子は……?」
振り向いた青年は、こちらを見ているカイリの存在に気づいた。
「あ……、えーっと」
突然声をかけられ、返答に困っているカイリにシロウが代わりに口を開いた。
「この人は上越カイリさん。前に話したと思うけど、僕にヴァンガードを教えてくれた人だよ」
「あぁ!そうか、君が!」
青年は突然立ち上がるとカイリに近寄り、カイリの手を取った。
「ありがとう!君のおかげで弟がヴァンガードを始めるきっかけになったようだね。本当に感謝してますぞ!」
「そ、そうなんですか……。あはは……」
突然お礼を言われたカイリはとりあえず愛想笑いをして誤魔化すことにした。
「もう、そんなことどうでもいいじゃん……」
冷ややかな目で見るシロウに青年は真剣な表情で言った。
「そんなことはないぞ!僕がどれだけシロウにヴァンガードをやってほしいと思っていたか知らないな!?」
「そんなの知らないよ……」
「あのー……」
熱く語る青年に遠慮がちにカイリは口を挟む。
「うん?なんだい?」
「実は俺、お兄さんにお願いしたいことがあって来たんですけど……」
「ほほう、他ならぬ君の頼みとあれば断るわけにはいかんなー!なんでも言ってくれたまえ!」
腰に手をあて、胸を張りながら言う青年。あまりのテンションの高さにカイリは愛想笑いを続けながら言った。
「は、はあ……。実は、俺をファイターズロードに連れていって欲しいんです……。今すぐ」
「ファイターズロード?あのMFSがあるあそこに?」
「……はい」
青年はそう聞き返すと少し悩むが、すぐに頷き笑顔で胸に手を当てた。
「そんなことお安いご用さ!急ぎの用ってことなら先に車のところで待っててよ。僕も支度を済ませたらすぐ行くからさ」
「はい!ありがとうございます!良かった……断られたらどうしようかと……」
「それなら大丈夫ですよ。お兄ちゃんどうせ暇だから断るわけないですもん」
「はっはっは!シロウは厳しいなー」
「そ、そうなんだ……。じゃあ俺は先に行ってるね」
そう言って、部屋を出るとカイリはため息をついた。
さすがに兄弟と言ったところか……。シロウのあんな厳しい言葉を聞けるとは……。それ以上に驚いたのはあのお兄さんだ。空回りして仕方ない……。とにかく……
カイリは歩を進め始める。
「これで俺も向かうことが出来る……。抜け駆けはさせないよ……ハジメ!」
その後、車についたカイリがしばらく待っていると、車の鍵が開く音と共に身支度を終えたシロウと青年がやって来た。
「お待たせー。ごめんごめん、ちょっと車の鍵がどっかにいっててさー」
「いつも家でゴロゴロしてるからそういうことになるんだよ。僕が見つけなかったら、カイリさんにどれだけ迷惑をかけることになるか……」
「まぁまぁ、とにかく行きましょうよ」
カイリはそう宥めると、三人は車に乗り込んだ。
鍵を差し込み、エンジンをかける。後部座席に乗っていたカイリは青年に声をかけた。
「すいません、今さらですけどお兄さんの名前教えてもらってもいいですかね?」
「あれ、言ってなかったっけ?僕は宮下ショウ。気軽にショウって呼んでよ。じゃ、行きますぞ!」
サイドブレーキを下げ、ハンドルを握りアクセルを踏む。
エンジン音を発てながらカイリ達の車は発車した。
発車した後の車内ではミラー越しから囁くショウの姿があった。
「さてさて、特に咎めるつもりはないんだけど、理由くらいは聞かせて欲しいなー」
「えっ、なんのことですか?」
唐突に話しかけられたカイリは思わず問い返した。
「さすがの僕でも気付くさ。今日はMFSの点検日。にも関わらずそこに向かうっていうのは理由があるんだろう?」
「……そうなんですか?カイリさん」
「あぁ……、えっと……」
返す言葉が見つからないカイリ。何故なら本人も今日が点検日だということを知らなかったからだ。
「理由……っていうか……。今日が点検日ってことを知らなかったっていうか……」
「あれ?……まさか本当に知らずにファイターズロードに向かおうとしてたんだ……。ごめんよ、ならさっき言われた時にすぐ言うべきだったね」
苦笑い浮かべ、謝罪するショウにカイリは慌てて否定した。
「そんな、謝らないでください!知らなかったのは俺の情報不足もありますし、たとえMFSの点検日だとしても俺にはあそこに向かわないと行けない理由があるんです」
「向かわないと行けない理由ねー……。誰かとそこで待ち合わせてるとか?」
「だいたい合ってます。……けど理由はそれだけじゃないんです」
カイリは、シロウとショウに全てを打ち明けた。
ファイターズロードにハジメがいるかも知れないと言うこと……。アメージングドリーム社とツカサのこと……。
ほとんど憶測に過ぎないが、ここまでしてもらったシロウとショウに対して何も言わないということはカイリの性格上出来なかった。
しかし、話した後カイリは少しだけ後悔した。
それは一種の羞恥心。こんな話をしたところで嘘に聞こえるに決まっている……。これを聞いた二人が一体どんなことを思っているのだろうか……。
俯きながら心配そうにそう考えているカイリの心境などお構い無しに、シロウとショウは声を大にして口々に言い出した。
「前々から思ってましたけど、やっぱりカイリさんはただ者じゃないんですね!」
「え?」
「いやはや、感服したよ。まさか君がそれほどまでにヴァンガードに深く携わっていたとはねー」
カイリには彼らが一体なんのことを話しているのかが理解出来なかった。ただ者じゃない?ヴァンガードに深く携わってる?どういうことなのか……。
「はっはっは!謙遜しなくてもいいよ!僕にとってさー、基本的にヴァンガードは人との繋がりを築くものでしかなかったんだ。こう見えてなかなか友達が少ないからねー。でも君はさらにその上、ヴァンガードという世界そのものに足を踏み入れたんだ。凄くないわけがないじゃないかー」
ショウは運転しながら楽しそうにそう語った。
「そんな……。世界に足を踏み入れただなんて……」
「ほほう。まぁ、そうことにしておこう」
困った表情をしているカイリをミラー越しに見ながらショウは悪戯っぽく笑った。
「任せておきなー。僕が全力で君をサポートするからさ。大船に乗ったつもりでいなよ!」
「大船でも穴が空いたら沈んじゃいますから気をつけてくださいね、カイリさん」
「こらこらシロウ、縁起の悪いことを言うんじゃないよ。はっはっはー!」
「あはは、そうだね。気をつけることにするよ」
「カイリ君も言うか!?」
カイリは笑っていた。今まで抱いていた不安を吹き飛ばすほど明るい表情で笑っていた。
* * * * *
「さぁて、着いたぞー」
車から降りたショウは、ある建物を見上げながらそう言った。
「ここが……ファイターズロード……」
それに続くようにカイリとシロウも車を降り、ショウの視線の先を見る。
ファイターズロードという看板の下にMFSのデモムービーが流れる大きなスクリーンが設けられた施設があり、それに面するようにドーム状の建物が建てられ、外観はあたかも少し大きめのプラネタリウムのようだった。
MFSは休みだが、施設そのもの運営されているため多くの人がファイターズロードを行き来していた。
「思ってたより人がいますね……」
面食らったカイリをクスクス笑いながらショウは車の鍵を閉める。
「当然さー。ここはこの地域一番のカード施設。ここら一体から人が集まるから多くの人とファイト出来るし、交流の場でもあるんだ。カードの相場や環境の流れ、特に最近なら次の第三回ヴァンガードチャンピオンシップに向けて色んな人が情報を交換してるんだと思うよ。まぁ、僕には関係ないけどね」
「なるほど……」
カイリはぼんやり眺めているとショウはそんなカイリの肩を叩いた。
「ほいほい、のんびり眺めてる暇は無いんでないかい?」
「あっ、そうでした。ハジメを探さないと……。でも……」
カイリは出入り口を行き来する人の山を見ながら心配そうに呟いた。
「あんな沢山人がいるなかから見つけられますかね……?」
「とりあえず、行きましょうよ!カイリさんが来ることをハジメさんは知ってるかもしれないですし、ここにいたってらちがあかないですよ!」
「うん、そうだね。ふぅ――じゃあ、行こうか!」
覚悟を決めたカイリは足を踏み出した。
ハジメを探すという目的のみを抱くカイリにどのような苦難が降りかかるのか。まだ、その時には知るよしもなかった。
人混みを掻き分けながら進んでいく。カイリはあまりこういった場所へ訪れることがなかったため、苦い表情を浮かべていた。
「……あれ?」
カイリは突然後ろを振り返った。
「どうかしたんですか?」
そんなカイリの様子に気づいたシロウが声をかける。
「うん、ちょっと知ってるような顔の人がいたような気がしたんだけど、多分気のせいだと思うよ」
「それってもしかして……」
「ううん、ハジメじゃないよ。もしそうだったらすぐわかるし、先に行ってるハジメがこんなところでうろちょろしてるわけないしね」
微笑みながらそう言うと前を進んでいたショウがこちらを呼んだ。
「何やってるのさー?早く行くよ?」
「あっ!はい!今いきます!」
カイリはそう言うとシロウと共に店に入るショウを慌てて追いかけた。
店内は二階建て構造になっており、一階はカードやグッズなどの売店。二階はファイトスペースとなっていた。
心なしか二階のほうが人が多くいるように感じたカイリはそちらへ足を運ぼうとする……。
「カイリ君、あれを見てみなよ」
肩を掴み、その歩みを止めたショウはある方向に指を差した。
つられてそちらに視線を向けると、そこには通路があり、上には外の名前と同じようなロゴで【ファイターズドーム】と書かれていた。
しかし、通路には点検中と書かれた仕切りが引かれてあったため、あまりそこへ向かおうという気にはなれなかった。
「あそこがどうかしたんですか?」
「ん?うん、ファイターズドームっていうのはあそこに書いてある点検中でわかると思うけどMFSが置かれているところなのさ。もしかしたらその友達はあっちに行ったんじゃないかなって思うわけさ」
「……たしかにそれは一理ありますね……。でも実際に点検中みたいですし、もし行って見つかりでもしたら……」
「大丈夫大丈夫。何食わぬ顔で行けば以外とばれないもんよ。最悪そのツカサって子の知り合いって言えばなんとかなるでしょ。嘘じゃないし」
「そんなもんですかね……?」
疑り深そうに呟くカイリに構わず、ショウは足を踏み出した。
「よし、そうと決まれば早速行こう!いやー、こういうのってワクワクするなぁ!」
ニヤニヤ笑いながらそう言うショウを後ろから見ていたシロウはため息をつき、カイリも苦笑いを浮かべるとショウについていった。
誰にも見つからずにファイターズドームへの通路に侵入することに成功したカイリ達は、周りを警戒しながら通路を歩いていた。
「警戒しても仕方なくないかい?どうせ一本道だし、見つかっても隠れるところもないんだし」
「むしろお兄ちゃんは無警戒過ぎるよ!ねえ、カイリさん」
「えっ、あ、うん。そうだね……」
前を進むショウのお気楽な発言に反応するシロウにふられ、カイリはぎこちなくそう返事をした。
幸い、近くに人の気配はなく順調に進んでいたカイリ達だったがしばらくして分かれ道に突き当たった。
「右と左に別れてますね。どっちの進んだほうがいいんですかね?」
「ここは左……という人が統計的に多いから右に行こう!」
「統計的にっていつそんなのとったのさ」
「いや、そんなようなことクラ○カが言ってたなーって思ってさ」
意気揚々に先に右へ歩いていったショウだったがすぐにまたこの分かれ道に戻ってきた。
「なんか話し声が聞こえたから左に行こう。うん、そうしよう」
何事もなかったかのように左に歩いていくショウを見てカイリとシロウは呆れていた。
「さっきの自信はどこにいったんでしょうね……」
「ショウさんってちょっと……どころじゃないね、かなりマイペースなところあるよね」
仕方なく二人もショウの後を追うように左に曲がった。
目の前を歩くショウを見ながらカイリは思った。
前にシロウから聞いていたイメージとは違い、思っていた以上にテンションが高いことにカイリは驚いていた。普段から家に閉じ籠っているから自分と同じ人種だと少し期待していたのだが……。
しかしここまで一緒にきて、カイリはこういう人格の人で良かったと思っていた。
彼の言葉と気さくな性格が無ければ、自分は今ごろ不安で押し潰されていただろう。
カイリは静かに心の中で感謝の意を唱えながら先を急いだ。
しばらく歩いていると道が途絶え、右手に大きな扉がカイリ達の前に立ちはだかった。
曲がった後の通路は円形を描くように右に曲がっていたため、この通路は外から見えていたドームの外側に位置する場所なのだろう。
この扉の先にもしかしたら……、
「ハジメとツカサさんがいるかもしれない……」
「そうだね。しかしこんな大層な扉の前に誰もいないなんてのひさすがに無防備すぎやしないかね……」
「さっきはあんなこと言ってたのに……?」
「いやいや、事情が違うからさ。この中にMFSがあるんだとして、これじゃあ簡単に部外者が入ってこれちゃうじゃん?それってどうなん?って思ったわけさ」
「……たしかに」
冷めた目で見ていたシロウは真面目なショウの返答にそう言った。
「えっ、ショウさんここに来たことあるんじゃないんですか?」
「なんで?」
「いえ、ここに何があるかわからない様子だったので……」
「ふぅん」
それを聞いたショウは壁に手をつき、もたれるように体重を壁に預けた。
「あぁ、ここに来たのはこれが初めてさ。でもファイターズロードにはカードを買いに来たこともあるから、来る機会はいくらでもあったんだけどさ……」
すると突然、ショウの体から何やらどす黒いオーラが発した。
「ヴァンガードって……一人じゃできないじゃん?行っても仕方ないじゃん……」
「……」
俯きながら呟くショウにカイリは返す言葉がなかった。そして思った。
聞かなければ良かったと……。
「ショウさんがどうしてシロウ君がヴァンガードを始めてあんなに喜んでたのがわかった気がするよ……」
「なんの話ですか?」
「いや、こっちの話だから気にしないでいいよ!とりあえず行こうか、ショウさんはこのままで大丈夫かな……?」
「平気ですよ。さぁ、ハジメさんを探しに行きましょう!」
俯くショウを気にせずにシロウは扉に手をかけた。
扉を開き、中に入る。
中は半月上の構造で、円を描く部分には観客席が設けられ、中央には二台のスタンディングテーブルが置かれていた。
異様な内装に驚くカイリ達だったが、ぼんやり辺りを見渡す暇はなかった。
スタンディングテーブルのうちの一つ、カイリ達から見て向かい側の位置に女性がまるで待っていたように笑っていた。
「あら、やはり来たようですわね。ようこそ、私達の世界へ。貴殿方の来訪、歓迎いたしますわ。上越カイリ君に宮下シロウ君?」
「あなたは……。いや、そんなことよりどうして俺たちの名前を……」
女性はカイリ達の反応が面白かったのか、クスクス笑いながら口を開いた。
「知っていますとも。貴殿方のことはツカサから嫌というほど――ね?」
「ツカサさんから……ということはあなたもアメージングドリーム社の……」
「それは少し勘違いですわ。そんなことより――いいのかしら?貴方、わざわざ私とおしゃべりしに来たわけではないのでしょう?」
カイリはハッとし、顔を引き締めると、手を握りしめ女性に言い放った。
「ここにハジメが来たはずです!どこにいるか教えてもらいます!」
それを聞いた女性は惚けた表情で長い金髪の髪を払った。
「ハジメ君?――えぇ、来ましたよ。貴殿方と同じようにここへ。でも、予想外ですわね。てっきり貴殿方もツカサとクリア君とのファイトを観に来たと思っておりましたのに」
「えっ!?クリアさんがここに来てるんですか!?どうしてクリアさんが……」
女性は少しあきれた様子でカイリを見つめた。
「何も知らずに来たようですわね……。でも、ここへ来たことには評価し、いくつか貴殿方に選択肢を与えましょう」
「選択肢……?」
カイリは困惑していた。目の前の見ず知らずの女性が何を考えているのか皆目検討がつかなかった。
それ以上に驚いたことはクリアがここに訪れていたということだ。昨日、クリアが言っていたことはこのことだったのだろうか。
何を企んでいるかと身構えるカイリとシロウに女性は微笑んだ。
「そんな警戒していただかなくてもよろしくてよ?これは私の良心。まぁ、それを受け入れるかどうかは貴殿方次第です」
「待ってください!一体どういうことですか。あなたは一体何を……」
「――どうやら、先に提示したほうがよろしいようですわね」
すると、女性はスタンディングテーブルに寄り添い、おもむろに右手を胸の辺りまで挙げ、指を二本立てた。
「貴殿方には二つ選択肢があります。一つはここから大人しく帰ること。歓迎するとは言いましたが、あまり勝手な真似をされては困りますものね。ですが、そういうことであれば最低限のことを話しましょう。そうですわね、クリア君が来た理由とハジメ君の居場所くらいは教えましょう。まあ、聞いた後にもどかしさを覚えるかもしれませんが。もう一つは……」
立てていた中指を折り、女性はニヤリと笑った。
「私とファイトをすること。もし勝てば、全てを話し、クリア君とツカサのところへ案内いたしますわ。ただし負けたら何も得ることなく帰還していただくことになりますが。選択肢は貴殿方に委ねますが、ここは私達の領域。絶対的な主導権はこちらにあることをお忘れなく」
言い終えると、右手を右に動かす。瞬間、向かい側の扉から前にアネモネにやって来た黒服の男達が現れ、まるで威嚇するように腕を後ろに組み仁王立ちしていた。
それに臆したシロウは後退りし、
「カイリさん……」
と不安と期待を要り混ぜたような声で呟いた。
……どうする。いや、ここはもうファイトをするしかない。ここで大人しく帰って真相を聞いたのではここへ来た意味が無くなってしまう……しかし……。
カイリは自分のデッキを取りだし、一番後ろにあったパーフェクトライザーを見つめた。
自分の思い描く最高のデッキ。これ以上改良の余地がないまでに考え尽くしたデッキだ。しかしそれはカイリの実力の上での構築。何より、このデッキの安定性が限りなく少ないという事実がカイリの決意の妨げとなっていた。
なかなか返事をしない二人に女性は煮えを切らした様子でため息をついた。
「どうせ帰る気なんてないんでしょう?それならさっさとどちらがやるか決めたらどうかしら?黙ったままでいられてはこちらも待ちくたびれてしまうというものです」
急かされたカイリは顔を歪ませる。
こんなシチュエーションのファイト、シロウには無理だ……。まだ始めたばかりというのもあるが、既にシロウ自身の戦意が失ってしまってる。
カイリは再びパーフェクトライザーを見ると、意を決し顔を上げ足を一歩踏み出した。
「ここは……俺が……!」
「ちょい待ったぁ!」
カイリの言葉を遮るように部屋全体に響き渡った。
今まで余裕の表情を浮かべていた女性もイレギュラーの事態に顔を強張らせる。
そしてその声の主へ視線を向けると、不敵な微笑みを浮かべながらこちらへ歩いてくるショウの姿があった。その姿は先程までorzであったことを思わせないほど凛々しかった。
「ショウさん!」
「お兄ちゃん!」
声を揃えてショウの方へ走り寄るカイリとシロウ。
「いやはや参った参った。気付いたら誰もいなかったんだもんさー。はっはっはー」
「あ、なんかすいません……」
そう言いながら笑うショウ。長すぎる前髪でよく見えないが涙目になっているということだけわかったカイリは苦笑いを浮かべながらそう謝った。
「まあ、でも事情は把握したよ。用は、ファイトして勝てばいいんでしょ?簡単なことじゃん!任せときなって」
気楽そうに言うショウにカイリは深刻そうに言った。
「そんな単純なことじゃないですよ。ヴァンガードである以上、運が絡んできますし、わざわざ勝負を仕掛けてくるということはそれだけ自信があるということ。それにこれは俺の問題。つれてきてもらったのは感謝してますが、ここは俺が……ッ!?」
カイリは目を見開き、ショウを見る。ショウはカイリの頭に手を乗せニヤリと笑って見せた。
「最初に言ったやん?任せときなってさ。心配しなくても平気さ。それより、どうやら彼女は君らのことを知ってるみたいだね。ということは君らの実力も把握されてると考えるのがまぁ普通かな。となると、全く知られてない僕が行ったほうが得策だと思わない?」
「たしかにそうかもしれません……。けど……」
「まぁ見てなって」
ショウは構わずスタンディングテーブルに歩み寄る。
「友達に会わせるという約束、果たしてみせるさ」