ハジメは靴を履き、玄関開けて空を見た。
今日は晴天。自分の気分とは裏腹に雲ひとつない青空が広がっていた。
「おしっ!行ってくる!」
ハジメは声を出して気合いを入れると、足早に玄関を出た。
歩道に出たハジメは昨日のことを思い出しながら歩き出した。
あのあと、普通にファイトしたクリアはそのまま何も言わずに帰り、結局クリアが何をしにきたのか掴めずにいた。
「クリア先輩、ツカサ先輩を止めるとかじゃなくて単純に俺を励ますためにあんなことしたのか……?いや……先輩がそんな気を使うような人だとは思えないし……」
ブツブツ呟きながら考えるが真意は本人にしかわからない。
色んな推測を並べるハジメは突然ハッとし、顔を振ると自分の目的を改めて思い出した。
今自分に出来ることはツカサに会ったという旨をアキトシに話すこと!
アキトシが何者なのかはわからないが、今ツカサのことを知るには彼に聞く以外に方法がない。
「早めに行くってカイリには言ってないから多分いないと思うけど、よく考えたらこの時間にアキトシさんがいるかどうかもわからないな……。ちょっと焦りすぎたか……?」
歩きながらそんなことを呟いていると、不意にアネモネの看板が見えてきた。
しかし、道路には街路樹が植えられ、ハジメの道は店の反対側の歩道であったため遠目からはアキトシがいるかどうかはわからなかった。
ハジメは歩を速め、横断歩道を渡るとアネモネの方へ目を凝らした。
そこには、昨日会った時と同じスーツ姿のアキトシが焦った様子で辺りを見渡していた。
ハジメに気づいたアキトシはこちらに走りよってくると安心したように口を開いた。
「あぁ、良かった……。やっときてくれたか」
何故こんなに焦っているのかわからないが、ツカサのことで何かあったと思ったハジメは急いでアキトシに真相を聞いた。
「いいか、落ち着いて聞いてくれ。実は、小野クリア君がアメージングドリーム社の人間に連れていかれるところを俺は見たんだ!」
「クリア先輩が!?」
ツカサに何かあったと思っていたハジメにとって、これは予想外の返答だった。
どうしてクリア先輩がアメージングドリーム社に……。もしかして昨日の負けられない戦いに関係があるのか……。
「連れていかれたって、もしかして誘拐っすか?」
「いや、何故かはわからないが、本人は彼らが来るのを知っていたようだ。彼らの車に自分から乗り込んでたよ」
アキトシはその時のことを思い出しながらそう答えた。
やっぱり……。クリア先輩は知ってたんだ。だから昨日あんなことを……
胸のうちにあったモヤモヤが少しずつ晴れていく。
それと同時に、自分にはあまり時間が残されていないということを感じ取った。
「それでクリア先輩は何処に!?」
「恐らく、ファイターズロードに向かったんだろう。あそこはアメージングドリーム社が運営している点からみても間違いない」
「ファイターズロード……」
ハジメは眉間を摘みながらそう呟いた。
ファイターズロード……全国各地に設けられた、数少ないMFSを有する施設であるとともに、第二回ヴァンガードチャンピオンシップの会場だった場所。
普段は基本的にオープンであり、MFSも無料で運営されているため、誰でも気兼ねなくMFSを体験することが出来る。
……のだが、あまりにも人気であるため予約は半年待ちというとんでもないことになっているため、ハジメはまだMFSの実物すら見たことなかった。
もしアキトシの言っていることがあっているのであれば辻褄があう。
クリアは既にツカサの秘密に気づいていた。しかも本人からそれを聞いたということだ。きっとそれはツカサが万全の状態でのクリアとのファイトを望んでいるため。
ましてや、もうすぐここを離れるとなればクリアとファイトするチャンスはもうこれっきりだろう。だからきっと、何かしらの方法でクリアを呼び出したに違いない。
そしてツカサにとって、クリアは特別な存在。実力を認めた唯一の存在だ。ツカサの性格上、ただファイトするだけでは満足いかないはず。
最後のファイト、最高の演出でクリアに挑みたいというのであれば、MFSでのファイトがもっとも相応しいだろう。
しかし、ここで一つ疑問が浮かぶ。
「たしか……今日ってMFSの月に一度のメンテナンスの日っすよね……」
「ああ、そうだが……。どうしてそんなことを聞くんだ?」
「俺の推測にすぎないんすけど、多分クリア先輩はツカサ先輩とファイトするためにファイターズロードに向かったと思うんすよ。クリア先輩はアメージングドリーム社が来ることを知ってたのは何処かでファイトの約束をしたから……。わざわざそんなところでファイトするということはMFSを使ってのファイトをするためだと思ったからっすよ」
ハジメは簡潔に自分の考えを伝えると、「なるほどな」と腕を組みながらアキトシは呟いた。
「それなら問題ないはずだ。たしかに今日はメンテナンスで表向きでは使えないが、逆に言えば、誰にも邪魔されずにMFSを使えるとも言えるよな?たとえメンテナンスがあったとしても運営側の人間であるツカサ君ならなんの問題もなく使用することが出来るだろう。しかし、ただファイトするだけということをこんなに焦って君に伝えた俺が馬鹿みたいだな」
アキトシは笑いながらそう言ったが、ハジメはまだ深刻な様子で何かを考えていた。
そして何かを決心したように顔を上げるとアキトシに向かって口を開いた。
「俺……俺もファイターズロードに行こうと思います!」
ハジメの言葉を聞き、信じられないと言った様子でアキトシは聞き返した。
「君も向かうなんて……正気か?ただファイトするだけなら別に心配するようなこともないだろう」
「……もちろん正気っすよ」
ハジメはじっとアキトシを見つめた。
「昨日、俺たちはツカサ先輩に会えました」
「あぁ!そういえばまだその件について聞いていなかったな」
アキトシは手を叩きながらそう言った。
「会えました……。アキトシさんの言っていた通り、ツカサ先輩は俺たちに別れをしに来たみたいっす」
「やはりか……。俺の予想通りだな」
「それで……俺は聞いてみたんです。どんな理由でここを離れるのかって」
アキトシに構わずハジメは続けた。
「先輩は答えに迷ってたっす。だから俺は言いました。もし俺がヴァンガードで勝ったらその話をなしにするようにって」
「ほう、それはなかなか大きく出たんだな」
「それを先輩は受けてくれました。けど……」
ハジメはそこまで言うと拳を強く握った。
「そうか、ダメだったんだな。まあ、彼に勝つのはなかなか至難の技だからな」
「はい……。……俺にはツカサ先輩を止めることは出来ませんでした。けど、クリア先輩が俺の代わりに今挑もうとしてる。それをのんきに待ってられないんすよ!俺には……!」
「なるほどな……。だが、どうやってファイターズロードまで行く気なんだ?ここからだとかなりの距離がある。今から駅に行ってそこまで歩いていては彼らのファイトに間に合わないぞ」
「……それは……」
言葉につまるハジメ。そんなハジメを見てアキトシはニヤリと笑った。
「悪いが、俺はここで失礼するとしよう。これでお互い、情報は交換できたようだしな」
「えっ……あ……」
おもむろに踵を返すアキトシの突然の言葉に、ハジメはうまく返せずにいた。少なからずアキトシが協力してくれることを期待していたからだ。
だが、そんなのは当たり前だ。これはハジメの問題。あくまで情報交換という関係でしかないアキトシにとって、そんなことはどうでもいいことだ。
「はい、クリア先輩のこと……教えてくれてありがとうございます……」
「こちらこそ、君たちのおかげでツカサ君のことをより多く知ることが出来た」
振り向きながらアキトシは言う。
「君たちに会えて本当に良かった。初めて会った時はなかなかあれだったがね」
「あぁ……。すいません……あの時はもう色々とあって」
ハジメは俯きながら申し訳なさそうに呟く。それをアキトシは微笑みながら制した。
「いやいや、もう気にしてないから大丈夫だ。君たちにとってツカサ君は大切な存在になってるみたいだしな。必死になるのは仕方ない。――これで俺は帰るが、また君たちに会えることを楽しみしているよ。なんて言ったって俺たちには……」
アキトシはいつの間にか指にヴァンガードのカードを挟み、それをハジメに指した。
「何処にいたって『これ』で繋がっている!その時まで……さよならだ!」
そう言うと、アキトシは右手を上げながら歩いていった。
「……ありがとう……ございました」
ハジメは深々とお辞儀をしながらアキトシを見送った。
アキトシを見送った後、ハジメはこれからのことを考えた。
アキトシの言っていた通り、ここからファイターズロードまではかなりの距離がある。今から電車で近くまで行き、そこから徒歩でいくにしても一時間以上かかってしまう。それではクリア達のファイトに間に合わない……。
ハジメは、アネモネの看板を見上げる。
今、ここで頼れる人は……。
ハジメは意を決して、アネモネに入った。
店内は、まだ開店したばかりということもあり人はほとんどおらず、店長や吉田君はショーケースにカードを並べていた。
ハジメが入ってきたことに気づいた店長はハジメを見て声をかけた。
「あら、おはようハジメ。今日はずいぶん早いわね。まさか昨日のことを引っ張ってないわよね?」
作業を続けながら悪戯っぽく笑う店長にハジメは真剣な顔で口を開いた。
「すいません、ちょっと店長に頼みたいことがあるんすよ……」
「頼みたいこと?金銭的なことじゃなきゃ大体聞いてあげられるけど……。何かあったの?」
いつもの調子と違うハジメに少しぎこちなくそう聞く店長。
「実はクリア先輩が……」
「……?クリア君がどうかしたの?」
ハジメは黙った。なんと伝えればいいのかわからなかった。そのまま連れていかれたことを言えば勘違いされかねないが、かといって真相を言わないければ逆に心配させてしまう。
「クリア先輩がツカサ先輩とファイトするらしいんすよ……!しかもファイターズロードのMFSで!これをファイターとして見ないわけにはいかないっすよね!だからそこに俺をつれてってほしいんすよ。今から電車で行ったんじゃ間に合わないっすからね」
ハジメは無理矢理テンションを上げてそう言った。自分が隠し事をしていることを悟られないよう。
しかし、そう事は上手くいかなかった。
「なるほど、たしかにそれは見物ね!ツカサ君ももうすぐここを離れちゃうっていうし、最後のファイトは盛大にやらないと……あれ、でも今日はMFSのメンテナンスの日じゃなかった……?」
再び黙りこくる。店長に全てを話すべきか……。いや、ツカサにはアメージングドリーム社が関わっている……。今、この企業が及ぼすカードゲーム界の影響は非常にでかい。下手に関わればこの店がただではすまなくなる可能性も否定できない……!
途方に暮れるハジメに店長はカードを並べる手を止め、ハジメに近づくとおもいっきり背中を叩いた。
「ぐうぇ!……何するんすか……店長」
「らしくないわよ!あんたはもっとハキハキ物を言ってたほうが似合ってるっていうのに何一丁前に悩んでるのよ。カイリ君じゃないんだから」
「カイリはよくて俺はダメな理由……」
「雰囲気よ。カイリ君はなんかかわいいけどあんたがそんな風な顔してても気持ち悪いだけ」
「なんなんだよ、それ……」
不機嫌そうに呟くハジメに店長はニヤリと笑うと、それまでカードを並べていたショーケースに近づき、少しカードを並べ直すとショーケースを閉めた。
「よしっ!こんなもんか」
そう言うと、店長はいつもの仕事中にかけているエプロンを解きながら、体をハジメの方に向けた。
「ほら、さっさと支度しなさい。行くわよ」
「えっ!いいんすか!?」
「誰がダメって言ったのよ……。まったく、勝手に決めつけて……」
あきれた様子で店長はそう言った。みるみるうちに今まで強張っていた顔が笑顔に変わっていくハジメに対して店長は釘を指した。
「ただし!帰ってきたら詳しい事情を話してもらうから、そのように!」
「うぇ……まじっすか……」
「当たり前じゃない。まあ、あらかた予想はつくけどね。ほら、特に準備することがないならさっさと外で待ってなさい。時間ないんでしょ?店の前まで車出すから」
ハジメは苦い顔で呟いた後、慌てて外に出ていった。
店長はハジメが店を出るのを確認した後、カードを並べながら一部始終を見ていた吉田君の側に近寄った。
「悪いわね。そういうことだから……またお願いね」
悪びれる店長に吉田君は安心させるようにニコッと笑った。
「そんな顔しないで下さいよ。いつものことじゃないですか。なんてことないですよ」
「わかってるけど……」
店長は右手で左腕をギュッと握りながら視線を反らした。
そんな店長を見て吉田君は鼻で笑い、作業を続けながら言った。
「心配なんですよね。あの子達のことが」
店長はうんざりしたようにため息をついた。
「ハジメにはああ言ったけど、私も踏ん切りがついてないみたいね……。でも私のわがままでいつもあなたに迷惑をかけちゃってるし……」
「何いってるんですか。言ったじゃないですか。決着がつくまで、俺は店長をサポートする。だから店長は自分のしたいようにしてください。店のことは俺がなんとかしますから」
ならび終えたショーケースを閉め、店長を見ながらに吉田君はそう言った。それを聞いた店長はクスッと笑った。
「――なんですか?」
「うん、ちょっとね。初めのころに比べてずいぶん変わったなぁって思ってさ」
吉田君はむすっとすると別のショーケースを開け、再びカード並べはじめた。
「こんな無駄話してていいんですか?ハジメ、待ってますよ」
「そうね。じゃあ後のことはお願いね!」
店長は急ぎ足でエプロンを脱ぎながらカウンターの奥に入っていった。
吉田君は静かに微笑みながらそれを見届けると、視線をショーケースに戻し、再びカードを並べはじめた。
業務用のマイクロバスで店の前まで出てくると、待ってましたと言わんばかりにハジメが車内に乗り込んできた。
後部座席に座ったハジメは、ミラー越しからでもわかるほど、不満そうな顔を浮かべていた。
「店長遅いっすよ!外で待っててって言ってからどれだけ経ってるとおもってるんすか!」
「ごめんごめん。吉田君に後のことを受け継いでもらってたらちょっと時間食っちゃってね」
「ほんとマジでつれてってくれてあざまっす!」
正当性のある理由にハジメは間髪入れずに頭を下げた。
「さぁて、じゃあ行くわよ。普通にファイターズロードに向かえばいいのよね?」
「そうっすね、出来れば急いでもらえたらありがたいっす。もうクリア先輩は向かったみたいなんでもしかしたらもうファイトが始まってるかも……」
ハジメは眉間を摘みながらそう呟いた。
それを聞き、店長はニヤリと笑う。
「おっけ!まだ時間的に混んでることも無いだろうから飛ばしていくわよ!」
店長はハンドルを握るとサイドブレーキを外し、アクセルを踏んだ。
「急いでとは言ったけどちゃんと交通ルールくらいは守ってもらわないと困るっすよ……」
発進した車の中からハジメはそう呟くと、窓を眺めた。
猛スピードで景色が後ろに移動していく……。落ち着いて考えてみると多くの懸念がハジメの頭の中でひっかかった。
時間に猶予がないということもあるが、とにかくファイターズロードに向かわなければならないという義務感のまま動いたハジメには着いた後のことを何も考えていなかった。
ただファイトを見るだけと甘く考えていたが、そう簡単にあちらの人らが通してくれるとは思えない……。
そして、カイリに何も言わずに行動に移してしまったこと。
カイリは自分のことをどう思うのだろうか……。
* * * * *
ハジメ達の乗った車が走っている最中、歩道からその姿を見ていた人物がいた。
「あれ……あの車、見たことあるようなないような……」
カイリは首を傾げながらそう呟いた。
(昨日と同じ時間に着くよう家を出てきたが、ハジメは既に家を出ていたらしい。先に行ってしまったのだろうか……?)
そう考えていると自然と歩く速度が上がる。
クリアのおかげでいつもの調子を取り戻したハジメだったが、自分のせいでツカサとの関係を完璧に断ってしまったことを気にしているのではないだろうか。
カイリ自身はそんなことは気にしていないし、ツカサにも事情があるということから、むしろヴァンガードで決着をつけることはカイリも賛成だった。
しかし、結果的に負けてしまい、ツカサとの繋がりはアキトシの情報に託された。
ハジメは少しでも早くそれを知ろうとするはずだ。
アキトシが一体どんなことを知っているかはわからないが、ハジメが無茶をしないことをカイリは願った。
アネモネの看板が見えてくる。足早に横断歩道を渡り、アネモネの前を見たが、アネモネに訪ねていく学生などはいてもアキトシの姿は見えなかった。
嫌な予感がしたカイリはすぐにアネモネに入っていった。
店内はいつものように賑わっており、レジには吉田君がカードの会計をしていた。
辺りを見渡す。しかし、そこにハジメの姿はなかった。
「あ、カイリさん!おはようございます!」
「あぁ……。シロウ君、おはよう……」
元気よく挨拶するシロウを横目に、ハジメを探しながらカイリは言った。
「誰か探してるんですか?」
「うん……。ハジメって今日見てないかな?」
「うーん、見てないですね……。そういうことなら吉田さんに聞くのが一番じゃないですか?」
「そうだね……。丁度レジも空いたし聞いてくるよ」
「あっ!僕も行きます!」
カイリ達が近寄ると吉田君も彼らに気付き、ニコッと笑った。
「やぁ、カイリ君にシロウ君。何か用ですか?」
「はい……。あの、今日ハジメってここに来てませんか?家にはいなかったのでいると思ったんですけど、見た感じではいないみたいですし……」
心配そうな表情で言うカイリに吉田君は「あぁ」と相槌を打った。
「ハジメならさっき店長と一緒にファイターズロードに行ったみたいですよ」
「ファイターズロード!?」「ファイターズロード?」
カイリとシロウは、その言葉を繰り返した。
前にハジメに聞いたことがある。たしかMFSが置いてある唯一の施設だとか……。ただその時は、予約が当分先で残念がってた記憶がある。
たしかにここから普通に行ったんじゃ時間がかかるだろうけど、わざわざ店長に乗せてってもらってまで急いで行く必要があるのだろうか?
何より、アキトシの不在が気になる。昨日は間違いなく今日の同じ時間に待ってるって言ってたのに……。
「どうしてファイターズロードに向かうかハジメは言ってませんでしたか?」
「特に何も……。でも凄く切羽詰まっていた様子でしたよ」
「そうですか……」
俯きながらそう返事をする。
シロウは横からボーっとしながら二人の会話を聞いていた。
切羽詰まっていた?何かアキトシから聞いたのか……。もしそうだとしたらツカサに関係すること……。ファイターズロードにツカサがいる……?
仮説を立てるものの、答えはでない……。一番手っ取り早く確かめるには自分もファイターズロードに向かうことだが……。
ハジメが急いで向かったあたり、あまり遅いと事が終わってしまう可能性がある……。
どうする……。
「吉田さん、あの……」
「先に言っておきますが、俺は連れていくことは出来ませんよ。面倒というのもありますが、この店をほったらかしにするわけにはいきませんからね」
「ですよね……」
苦笑いを浮かべながらカイリは言った。
お客がレジにきたため、カイリ達は吉田君から離れた。
わかってはいたが、実際に言われるとなかなかくるものがある……。どうしたらいい……。
諦めて電車に乗って行くか……。いや、この時間じゃあ次の電車に間に合わない……。かといって歩いて行くなんて選択肢はない……。
そう悩んでいるカイリにシロウは口を開いた。
「カイリさん、今からどこかに行くんですか?」
「ん、うん……。ちょっとね……」
深刻に考えているカイリを心配そうに見つめるシロウ。
何か自分にも出来ないものか……。シロウは、真剣にそう考えていた。
「急ぎの用事なんですか?」
「うん……。出来れば車で行くのが一番なんだけど、家の人は今いないし、この辺じゃあタクシーとかも捕まえられないし……」
「なるほど……。あっ!じゃあ家に来ませんか!」
「えっ!?シロウ君の家にかい?」
笑顔で言うシロウに驚きながらそう聞き返した。
「でも親御さんになんて言うんだい?いきなり連れていってほしいって言ってもあちらにも都合というのもあるだろうし……」
「問題ないですよ!お兄ちゃんならきっと連れててってくれると思います!」
「お兄ちゃん……、ああ!前言ってた……」
カイリは初めてシロウと会った時のことを思い出した。
「はい!お兄ちゃんにはカイリさんのことを話してあるのですぐに連れててってくれると思います!」
「そうなんだ。……他に案もないし、じゃあお願いしようかな」
「はい!」
元気に返事をすると、シロウはすぐに出口に向かっていった。カイリも遅れないようについていく。
「シロウ君の家にはどれくらいかかるのかな?」
「急いで行けば5分もかからないですよ!」
「い、意外と近いんだね」
前に待ち合わせした時は気を使って遠回りしてくれてたのか……。
カイリは走りながら苦笑いを浮かべた。