それからしばらく、ツカサがアネモネに顔を出すことはなかった。
クリアに聞いても、学校も休んでいるようで本当にいなくなってしまったようだ。
それからというもの、ツカサがいなくなった後のハジメはまるで生気が抜けたように元気がなくなってしまった。
カイリは、そんなハジメを元気づけるために無理矢理アネモネに連れていったが、いつもの覇気がなく、ファイトをする度にため息をついた。
そしてあの嵐の日から一週間後。休みである今日も乗り気ではないハジメを無理矢理アネモネに連れていった。
10歩歩く度にため息をつくハジメ。少なからずツカサがいなくなったことにショックを受けているカイリもそんなハジメの姿を見て、出来る限りの笑顔を作り励ました。
「大丈夫だよ!今日はきっとツカサさん来てくれるって!」
「……どうしてそんなこと分かるんだよ」
「だって考えてもみなよ。今日は土曜日。休みなんだからツカサさん顔を出してくれるって!」
「……学校も休んでるのに土曜日とか関係ないだろ」
「うっ……たしかに……」
完璧なつっこみにカイリは返す言葉が見つからなかった。
負のオーラを纏う二人が歩いていると、アネモネの店内を見ているあからさまに怪しいスーツ姿の男性を見つけた。
ハジメはそれを見たとたんその男性に向かって走り出した。
「あっ、待ってよ!」
カイリも少し遅れてそちらに向かった。
「どうやらいない感じか……」
「おい!あんたそんなところで何やってんだよ!」
「うおっ!?」
ハジメに突然呼び掛けられた男性は、思わず飛び上がった。
「なんだ子どもかー。びっくりしたじゃないか」
「いや、子どもかーじゃないだろ!そんな外から店を覗いて何してるんだって聞いてるんだけど?」
「あー、ちょっと人を探しててさ。君たちはこの店の常連さんかい?」
「だったらどうするのさ?」
ハジメは食いぎみに言うと苦笑いを浮かべながら両手を前に出した。
「そんなに警戒するなよ……。常連さんなら、ここに『新田ツカサ』って子が来たりしてないか知らないか?」
「っ!?」
瞬間ハジメは男性の服を掴み、前後に激しく揺すった。
「やっぱりあの時店に来た男の仲間だな!言え!ツカサ先輩が何処にいるのか言え!」
「お、おい、落ち着けって……」
「そうだよ!ハジメ」
カイリは無理矢理、男性とハジメを引き剥がした。男性は乱れたスーツを直すと敵意剥き出しにしてこちらを見てくるハジメを説得し始めた。
「悪い、もっときちんと説明するから俺の話を聞いてくれないか?まず、俺は君たちの言っている男の仲間じゃない」
「……そんなこと、どうやって信じろって言うんだ」
「たしかに……。なら言い方を変えよう。俺は仲間ではないが、俺はその男が何者かというのを知っている。そして仲間ではないからそのことも気兼ねなく話すことが出来る。そうだろう?」
ハジメはその言葉を聞き、話を聞く気になったのか、食いぎみだった態度から普通に戻った。
男性はニヤリと笑い、説明を続けた。
「君たちが一体彼と何があったのかを俺は知らないが、ツカサ君の近くにいたというその男はおそらく、『アメージングドリーム社』の人間だろう」
「『アメージングドリーム社』?たしか、MFSを開発したあの……?」
「ああ、おそらく」
カイリが話についていけない中、少し混乱しつつもハジメは男性との会話を続けた。
「でも、どうしてそんな大企業が一個人であるツカサ先輩に付き添ってるんだよ。それにあの感じだとまるでツカサ先輩を護衛してるみたいだったし」
「みたいというより本当に護衛しているのさ。なんといっても彼はあの会社にとって非常に重要な存在。おそらく、彼がいなければあの会社はここまで大きくなることはなかっただろうからね」
この言葉にハジメはさらに混乱した。
アメージングドリーム社はもともとそこまで有名なゲーム会社ではなかった。しかし、MFSの開発を基に台頭し、ヴァンガードと共に世界へ渡るほどの大企業に成長したのだ。
もしこの男が言っていることが本当ならツカサは……
「気づいたかな?そう、彼は――新田ツカサはMFSの開発に携わった人物の一人なのさ」
「MFSをツカサ先輩が……?」
ハジメは思わずそう呟いた。
「ああ。と言っても実際に彼は開発したわけではなく、彼の能力からMFSが生まれたと言ったほうが正しいだろう」
「能力?どういうことだ」
「君たちは知らないのか?彼の知り合いなのに?」
男性の言い方に前にクリアに言われたことを思い出したハジメは目線を反らして黙った。
「ふむ、彼の能力はアイデティック・イメージと呼ばれるもの。簡単に説明すると一度見たものを写真のように精密かつ長期に渡って記憶出来るというものだ。彼はこれをファイトでも利用しているらしいが、君たちは身に覚えはないか?」
カイリとハジメは、ツカサとクリアのファイトを思いだし、黙って頷いた。
「ふむ、ということは本人はそのことを出来る限り隠しておきたかったというわけか。とりあえず、そういう能力を持ってるってことだ。そして、今彼はその能力を必要以上に酷使している。それは自分の身を磨り減らすほどに」
「えっ!どうしてですか?」
「その能力は本来常人が到達出来ない限界に限りなく近づくことで使用出来るもの。彼はそのさらに上、限界を超えることで何かを成し遂げようとしている。そんなことをして身体に無害であるほうがおかしいだろ?」
「たしかに……ツカサ先輩は一体何をしようとしているんだ……」
「それを確かめるために俺はここに来たんだ。結果は空振りだったがな。さて、俺の知っているのはここまでだ。信用してもらえたか?後、もし君たちがツカサ君にあったら俺に報告して欲しい。俺は椎名(しいな)アキトシ。君たちの名前は?」
「上越カイリです」
「……里見ハジメ」
「ハジメ君とカイリ君だな。俺はまた明日、今日と同じ時間にここに来る。俺は今から帰るが、俺なり色々調べるつもりだ。その時にお互いの情報を交換しよう」
「明日って……ツカサ先輩はこの一週間一度も店に来てないんすよ?そんな短い期間で会えるとは思えない……」
アキトシは「ふむ」と少し考える素振りを見せるとすぐに口を開いた。
「いや、明日だ。近いうちに彼はここを離れるらしい。もし明日までにツカサ君が来なければ、諦めるしかない……。しかし、可能性がないというわけではない。だから君たちに協力してほしい。同じヴァンガードファイターとしてね」
「分かりました」
「分かったよ……」
それを聞いたアキトシは笑うとスッと振り返った。
「それじゃ後のことは君たちに任せた。俺は別の方法でツカサ君について調べてみよう。また明日、ここで」
そう言うと、アキトシは歩き出した。
「ちょっと待ってください!」
「ん?」
カイリの呼び止められ、アキトシはカイリの方に振り返った。
「あなたは何者なんですか?どうしてツカサさんにそこまで出来るんですか?」
カイリの言葉にアキトシは少し返答に困ると「ふっ」と笑うと拳をつき出した。
「さっきも言っただろ?俺も君らと同じヴァンガードファイター。それ以上言葉はいらないだろ?」
そう言って、手を降りながらアキトシは歩き出した。
「……全然答えになってないじゃん」
「そうだね。でも悪い人じゃなさそうだ」
不満そうな表情のハジメに、カイリは苦笑いをしながらアキトシを見送った。
「おっし、んじゃあ入るか」
「うん」
心なしか、先ほどに比べ明るくなったハジメとともにカイリは店内に入った。
店内にはやはりツカサの姿はなく、知り合いもあまりいなかった。
ハジメはとりあえず店長を見つけ、ツカサが来ていないかを確かめたが、やはりまだあれから一度も顔を出していないようだった。
「せっかくクリア君に次ぐ実力者が来たっていうのに、どうして家はこうも運がないかなー……」
愚痴る店長を横目にハジメは荷物を置いた机に戻った。
「やっぱり来てなかった?」
「ああ……。たしかアキトシさんは今日来なければチャンスがないって言ってたよな。どっかに行くって」
「うん……。もしそれが本当ならツカサさん、俺たちに別れもなしにいなくなっちゃうのかな……」
「あぁもう!変に気にするのは止めよう!カイリ、ファイトしようぜ!」
「うん!」
さっきまで落ち込んでいたとは思えないほど元気そう言うと、デッキを取り出した。
クリアに言われ、何も出来ない自分に気づき、嫌気がさしたあの時から、ハジメはわだかまりを覚えていた。
しかし、その今までうやむやになっていたもどかしさが薄れたような気がする。ツカサに関する情報を聞いたハジメはそう思った。
アキトシと出会い、今自分にも出来ることがあると、それが些細なことでもハジメにとっては救いになったのかもしれない。
ツカサを待つこと。来るかどうかはわからないと言われたが、ハジメは来ると確信していた。
それは信憑性ゼロの思い込みに近いものだが、ツカサが自分達に黙って居なくなることはない、そう思うことで今までの自分を取り戻すことが出来た。
時はそんな彼らに関係なく進み、外は夕暮れ。
ツカサはまだ来なかった。
次第と焦りが募り始め、それはプレイングにも影響が出た。
「ヴェスパーをコール!スキルでデッキトップオープン!クソッ、またトリガーかよ!」
ハジメはその捲ったカードを机に叩きつけた。
カイリもそんなハジメのことを気づかいながら何度も出入口を見た。
不安ばかりが募り、視線が落ちる。
(もう本当に……ツカサさんは来ないのだろうか……)
そう諦めかけたその時、一人の客が店内に入ってきた。
カイリとハジメは同時にそちらを見た。
あまりにも目立つ銀髪の髪に、人を馬鹿にしたようなニヤニヤ顔。
二人はお互いの顔を見ると、ニヤリと笑いカードを置いたままその人物に駆け寄った。
「ツカサ先輩!」
「ツカサさん!」
「あ、こんにちは~。二人とも、久しぶりだね」
そう呼び掛けられた青年の返答は、カイリ達の知っているツカサそのものだった。
二人は安堵し、今まで何をしていたのかを聞こうとした瞬間、ツカサの口から思わぬ言葉……もっとも聞きたくなかった言葉が出てきた。
「良かった。二人がいてくれて、今日は君たちのお別れをしに来たんだ」
顔が強張る。ハジメは今ツカサが言った言葉を信じられなかった。
「ツカサ先輩……またそんな冗談とか笑えないっすよ!」
「冗談じゃないよ。名残惜しいけど、ボクはここを去らなきゃいけなくなったんだ」
ツカサは本当にそう思っているように俯きながらそう呟いた。
「ごめん、ボクこういう時なんて言ったらわからないんだ。いつもはこんなに楽しく遊べる友達とか出来なかったから……」
そんなツカサにカイリは同情を寄せたが、ハジメは違った。
「でも、君たちといた時間は本当に楽しくて……」
「なんでなんすか……」
ハジメは俯き、握りこぶしを震わせながらツカサの言葉を遮った。
「なんでって?」
「どうして……どういう理由で先輩はここからいなくなるって聞いてるんすよ……!」
「あぁ……う~ん……それは……」
ツカサは返答に困った。ハジメはここぞとばかりにツカサに言い放った。
「俺……俺たち知ってました。ツカサ先輩が何処かに行ってしまうこと。ツカサ先輩がここを去ることを。――でも、信じたくはなかった。だから俺たちはそれを確かめるためにここで先輩が来るのを待ってたんす」
「そうだったんだ……。でも、もうこれは決まったことなんだ……」
「決まったこと……?それは先輩が決めたことじゃないということっすか?」
「っ!?……それは……」
再び言葉を詰まらせる。ツカサの反応を見て、ハジメは今まで推測だったものが確信に変わった。
「やっぱり誰かにそう命令されたんすね……。どうしてなんすか!どうして自分の身を犠牲にしてまでそれに従ってるんすか!」
「身を犠牲にって……ハジメ君、どうしてそんなことまで……」
「なんでも知ってますよ……。先輩がMFSを作ったことも、アイデティック・イメージっていう能力を持ってることも全部!」
ツカサは面食らった。何故彼らがそんなことまで知っているのかは定かではないが、少なくとも彼らが黙って返してくれないということは分かった。
「まさか……そこまで知っているとはね。ハジメ君……。じゃあ君はどうしたいんだい?君になにかしら思うことがあるようにボクにも決して投げ出せない事情というものがあるんだ」
「……そっすよね……。そんなに簡単にけじめをつけられるなら始めからそんなことしないっすよね。……なら、簡単に決める方法がありますよ」
ハジメは振り返ると先ほどまでファイトしていたカードの散らばっている机に近づいた。
「こいつで決めれば先輩も文句ないっすよね?」
ハジメはその中からツカサに見えるように一枚取り上げた。
ツカサはそれを見てハジメが何を言いたいのかを理解した。
「……君じゃボクには勝てないよ」
「そんなのわからないっすよ!ヴァンガードは運ゲー、たとえ先輩がデッキの内容がわかってるとは言ってもデッキを操作することは出来ない!俺が勝つ可能性は十分にあるんだ!」
「なるほど――わかっててボクに挑んでくるわけだ。いいね、君の挑戦、受けてたとう。でも、わかってるよね?もし君が負けたらボクとの関係は完璧に決別するということを……」
ツカサは表情が見えないよう俯きながらそう言った。
「もちろんっすよ!でも俺が勝ったらそんな危ない真似は止めてこれからもここに訪れると約束してください!」
顔を上げる。そのツカサの表情はかつてクリアとファイトした時と同じ、相手を飲み込むような威圧的な表情から一転、いつもの相手を馬鹿にしたようなニヤニヤ顔をした。
「もちろんさ~」
* * * * *
「スタンドアップ!ヴァンガード!」
「スタンドアップ、The・ヴァンガード!」
ファイトの準備を終えた二人は掛け声とともにFVを表替えした。
「幼虫怪人ギラファ!」
「案内するゾンビ!」
「んじゃっ、ボクのターンから行くよ」
ツカサはデッキからカードを引くと、手札からカードをVに重ねた。
「ふぅ、やっと一段落……あら?」
カウンターの奥にいた店長はそう呟きながら店内に戻ってきた。
「なんだ、ツカサ君来てるじゃない。ハジメとファイトしてるのかな?……これはなかなか見物ね」
店長がそちらのほうに近づき、声をかけようとしたが、慌てた様子のカイリに遮られた。
「あぁ!?ちょっと今話かけちゃだめですよ!二人とも真剣なんですから」
「えぇー、せっかく久しぶりにツカサ君が来たのに……。仕方ない、普通に見学させてもらおうかな」
カイリと店長は、ハジメの後ろに回るとファイトに視線を向けた。
ツカサの2ターン目、ツカサはVのロマリオの上にブルーブラッド(10000)を重ねた。
「さらに左上にキャプテン・ナイトミスト(8000)をコール」
メガコロ
前列
ファントム・ブラック/蛹怪人/
後列
//
手札6
グランブルー
前列
ナイトミスト/ブルーブラッド/
後列
/案内/
手札4
ダメージ表1
「ナイトミストでファントム・ブラックにアタック!」8000
「レイダー・マンティスでガード!」13000
ハジメはガード札をドロップゾーンに置くと、自分の場にあるファントムを見た。
(焦って攻めた結果がこれかよ……。ファントムのアタックでトリガーが発動、ヴァンガードのアタックが通らず、ツカサ先輩から見ればアイアンカッターとのブーストで20000が作れるファントムは邪魔だから狙われる始末……。っ!このままじゃだめだ!少なくともクランパワーではこちらが有利。相性は悪いけど、冷静に対処すれば勝ち筋はあるはずだ。どうにかして流れをこちらに引き寄せないと……。じゃなきゃ……)
ハジメは視線をツカサに向けた。
(先輩のデッキ把握能力に飲み込まれるっ!……けど対策がないというわけじゃない。無敵とも思えるその能力の欠点。そこさえつければ……)
ツカサはガードをされたことを確認し、ブルーブラッドに手を添えた。
「案内するゾンビのブースト、ブルーブラッドでリアガードのファントムにアタック!」15000
「クリアさんの時と同じヴァンガードによるリアガードへのアタック……」
「クリティカルがもし出たらもったいないってやつね」
カイリ達の話を聞きながら、ハジメは眉間を摘んだ。
(やっぱりきたっすね……。なら……)
ハジメは手札からカードを一枚取り、ガーディアンサークルにコールした。
「シャープネル・スコルピオでガード!」18000
ハジメのガードにツカサは感嘆を上げた。
「へぇ~。ガードするんだ」
「そりゃそっすよ。ファントムは潰したくないっすからね」
「ふ~ん、トリガー出るかも知れないのに?」
「出ないっすよ」
「ほほう、どうしてそう思うんだい?」
「前、クリア先輩の時も同じようなことしてたっすよね。もしここでクリティカルが出たらもったいない。俺もその時そう思ってました。……でも実際には違った。逆なんですよね、もしクリティカルが出ないならこのアタックは何ら問題ないアタックということ。先輩はデッキの中が見えてるんだから、そういうことを分かった上でアタック出来ますよね?だからドライブチェックでトリガー出ないと思ったんすよ」
すると、それを聞いていた店長は思わず声を漏らした。
「えっ!?ツカサ君、デッキの中見えてるの?イカサマ?」
「いえ、そうじゃないんですが……」
自信満々に言ったハジメの言葉に、ツカサは面白そうに笑った。
「なるほど、面白い考察だね。でもそれはあれだよね。あくまでクリティカルじゃなかったらって話で、もしボクがヒールやスタンドだと思ってアタックしてたらダメだよね?」
「まぁそっすね。でもスタンドならトリガーでナイトミストのパワーが上がらないからアタック出来なくなるっすよ?だからヒールが出ない限り問題ないっすよ」
「ふ~ん、じゃあドライブチェック」
ツカサはいつも通りニヤニヤ笑いながらデッキを捲った。
さっきはああ言ったが実際にトリガーがないことに確証がないハジメは冷や汗をかきながらドライブチェックを見届けた。
「ゲットォ!」
大声で宣言するツカサにハジメはビクッと震えた。
「……な~んてね。サムライスピリット、トリガーなしだよ。さっきハジメ君の言っていたことは概ね当たりだね」
ハジメは、安心したようにため息をつくと、ツカサは悪戯っぽく笑った。
「でも君は勘違いしてるよ。君はボクがデッキの中のカードを一枚一枚記憶してると思ってるかもしれないけど、ボクが出来るのはせいぜい種類を問わずトリガーの位置の把握と不特定のカード一枚のみ。警戒するのもいいけど、あんまり気を尖らせてると後々疲れちゃうよ?」
「そんなこと言ってられないっすよ……。このファイトでツカサ先輩がいなくなるかもしれないっていうのに気楽にやってられないっすよ」
「ハハッ、ボクのためにやってくれてるっていうのは複雑だな~。それをボクが否定してるんだもん」
「えっ!?このファイトってツカサ君本人をかけてファイトしてるの!?」
ハジメの言葉を聞き、先ほどと同じような反応を見せる店長はそうカイリに聞いた。
「言い方はあれですけどそうですね……。ツカサさん、もうすぐ引っ越しか何かでここからいなくなってしまうかもしれないんです」
「……そういう要件なら止めるのはむしろ失礼なんじゃないかしら?」
「そうなんですけど、なんでもそれは誰かに無理矢理ツカサさんを連れてかれようとしてたみたいなんです。だからハジメはそれをツカサさんにきっぱり断るように言わせるためにこうやってファイトしてるんですよ」
カイリは、ハジメの言葉を代弁したように答えた。
「なんか複雑なのね……。でもそういうことならハジメに何が何でも勝ってもらわないといけないわね!」
店長はそういうと、ハジメに向けて背中をおもっいきり叩いた。
「ほら!私も応援してあげるから無様に負けるんじゃないわよ!」
油断していたハジメは一瞬息が止まる。そのあと咳をしながらニヤリと笑った。
「コホコホ……もちろんっすよ!」
店長に向けてそう意気込むと、ハジメはデッキからカードを一枚ドローする。
「俺のスタンド&ドロー!ど安定のエリート怪人ギラファ(9000)にライド!さらに、V裏にステルス・ミリピード(6000)。ミリピードのブースト、エリート怪人ギラファでヴァンガードにアタック!」20000
「ノーガード。エリート怪人のスタンド禁止は痛いけど、そんな高いパワーでアタックされたらいくらなんでもガードする気にはなれないからね~」
それを聞いたハジメは、ツカサの場を見たあとデッキに手を添えた。
「ドライブチェック!アイアンカッタービートル、トリガーなしっす」
「ダメージチェックだね。……ダンシング・カットラス。ボクもトリガーなし」
「エリート怪人ギラファのスキル発動!相手のリアガードを一体をスタンド禁止します。対象は案内するゾンビで」
ツカサはニヤリと笑い、「やっぱりね」と呟いた。
「まぁ、そうだよね。ナイトミストはファントムでアタックしないといけないからスタンド禁止にしても仕方ないからね~。でも、案内するゾンビはそのスキルでソウルに移動することも出来るから、今回のスタンド禁止はあまり機能してないみたいだね」
「まぁ、そっすね……。実際、エリート怪人のスキルはあくまで抑止力にすぎないっすから。攻めにきた相手であればこのスタンド禁止は刺さりますし、逆に恐れて展開してこないならこっちもガードに手札を使わなくてすむっすからね」
「ハハッ、君も理解してくれてて嬉しいよ。このファイトでボクはまたさらに強くなれそうだ」
「自分のデッキのことくらいは当たり前っすよ。少し話しすぎましたね、ファントムでナイトミストにアタック!」8000
ハジメはそう言ってレストさせたが、ツカサは素早くガーディアンサークルにユニットをコールした。
「サムライ・スピリットでガードだよ」13000
ハジメはドロップゾーンに置かれるサムライを見つめながらターンを終了した。
メガコロ
前列
ファントム/エリート/
後列
/ミリピード/
手札4
グランブルー
前列
ナイトミスト/ブルーブラッド/
後列
/案内/
手札4
ダメージ表2
「さて、ボクのターンだ。我らがテリトリーに入ったことを、後悔するがいい!ライド、The・ヴァンガード!魔の海域の王バスカーク!(10000)スキルでSC(不死竜スカルドラゴン)」
ツカサは案内するゾンビ以外のユニットをスタンドするとそうライドした。
「じゃっ、この案内するゾンビをまずどうにかしないといけないね」
レストしている案内するゾンビの近くをトントンと指で叩くと、おもむろにダメージを一枚裏返した。
「ドロップゾーンのサムライスピリットのCB!案内するゾンビを退却、サムライスピリット(7000)を右下にスペリオルコール!これでさっきのスタンド禁止を回避、さらに高いパワーでのブーストが出来るってわけさ」
ツカサは、そう言いながらサムライをコールした。
サムライは、場のグランブルーのユニットとCBで入れ替わるスキルを持っており、その対象はナイトミストとは違い、Gに指定がない。
ハジメはわかっていたかのようにスキルの処理を見ていた。
(結局そうなるよな……やっぱり。案内するゾンビはソウルを貯めつつ、デッキからドロップゾーンにカードを増やすことが出来るスキルを持ってる。グランブルーにとってドロップゾーンを増やせば有利になるものの案内するゾンビ一枚分のアドを失うことになる。だったら確実に一枚分のアドをそのままに出来るサムライを使ったほうがいいよな……)
(こうなるなら確実にナイトミストを潰したほうが良かったか?いや、その場合は普通に通して来るだろうし、下手にあれをドロップゾーンに落とすとカットラスとのコンボでアドを稼がれてまずいことになる……)
ハジメは自分の手札を確認しながら考えていると、ツカサはさらに手札からユニットをコールした。
「右上にルインシェイド(9000)をコール、そしてバトルフェイズに入るよ!」
「ナイトミストでファントムにアタック!」8000
ハジメは苦い顔をしながら手札からカードをきった。
「蛹怪人でガード!」13000
「バスカークでヴァンガードにアタック!」12000
「……ノーガード」
ツカサは頷くとデッキに手を添えた。
「ツインドライブ!!だ!ファーストチェック……イービル・シェイド。セカンドチェック……荒海のバンシー!クリティカルトリガーGET!パワーはルインシェイド、クリティカルはヴァンガードに加えるよ」
カイリと店長は苦い顔をしながらトリガーを見ていた。
「うわ、もうなにもかもハジメが不利って感じね……」
「プレイングで上回れてるのはわかってますけど、運でも負けてますからね……。ここからハジメが挽回出来るか……」
当のハジメもこのゲーム展開に頭を抱えた。
(なんてえげつねぇ試合運びだ……。ダメージ的には五分五分だけど流れを戻すきっかけがこない……!せめてこのダメージチェックで流れを止めないと後がない……頼む……!)
ハジメは祈るようにカードを捲っていった。
「一枚目……アイアンカッタービートル。二枚目……レイダー・マンティス!」
「よしっ」と左手でガッツポーズをとるハジメだったが、ツカサは依然としてニヤニヤ笑っていた。
ハジメは一枚引き、場を見る。
(まだダメージは二点……ヒール、クリティカルを考えれば三点目をもらったとしても痛手は少ない。ファントムを守りきれれば次のターンからアイアンカッターによる20000でのアタックが狙える。そうなれば俺のほうが少なからず有利になるはずだ……)
「ドロートリガーによるパワーはファントムに加えるっす!」13000
そう宣言するとハジメはドロートリガーをダメージゾーンに置いた。
「ハハッ、なるほど、君はダメージよりもファントムをとったというわけだね~。ルインとサムライはトリガーでパワーが21000になっているからファントムにアタックすると10000でガード出来ちゃうわけだ。それともわざとトリガーをリアガードにのせてデコイとしているのか……」
呟きながらツカサはルインに手を添えた。
「まっ、なんにしても20000がホイホイ作られちゃあ困るからきっちり潰すけどさ!」
「サムライスピリットのブースト、ルインシェイドでファントムにアタック!ルインのスキルを発動するよ。デッキの上から二枚をドロップ(ナイトミスト、お化けのりっく)、パワー+2000。15000ガードを要求させてもらうよ」23000
「……ノーガードっす。ファントム・ブラックは退却」
ハジメは努めて無表情でファントムをドロップゾーンに置いたが、内心は苦汁をなめる結果となった。
「これでボクのターンは終了。さぁ、君のターンだ」
「俺のスタンド&ドロー……」
この一連の流れに店長も仕方なさそうに腕を組んだ。
「仕方ないわね……。10000ガードならまだしも15000ガードを要求されちゃあね……」
「ですね……。そうでなくても次のアタックで手札を温存しておきたいですしね」
カイリもそれに賛同するようにそう言った。
5000と10000のガードと15000のガードでは決定的に違う点がある。
それはガードに手札を二枚使わなければならないことだ。
故にそれがトリガーなしで可能なデッキ、容易なデッキほど上位なデッキと呼ぶことが出来る。特にリアガードに於いてそれが出来れば尚更に。
メガコロニーはCBを使わずミリピード、アイアンカッターとファントムで到達でき、アイアンはG2であるため投入が容易であるのに対し、グランブルーはイービルシェイドのブーストとスカルドラゴンでしか達成出来ない。
しかもスカルドラゴンはアタック後にドロップゾーンに落ちてしまうため、ほぼFT(ファイナルターン)での運用が望まれ小回りがきかない。
さらに、メガコロニーは11000のヴァンガードを用意出来る点からグランブルーに比べてデッキパワーがあると言えるが、その本来の運用をツカサの巧みなプレイングにより遮られている上、得意のスタンド封じもグランブルーの復活能力により無効化されている。
「ライド……邪甲将軍ギラファ(10000)。ソウルにエリート怪人ギラファがいるからパワー+1000」
トリガーに頼るには安定性にかけるためハジメは、自身の力でこの流れを断ち切らなければならない。
「左上にアイアンカッタービートル(10000)、右上にレディ・ボム(9000)をコールっす。スキルはなしで」
ユニットを配置し終えるとハジメはツカサのデッキを見つめた。
(やっぱり潰されたか……。ここでこちらのダメージが三点になれば先輩のダメージチェック時にヒールが出ても発動しないから当たり前だよな……。でもさっきのルインのスキル、二枚目にヒールトリガーがあったな……。つまりこちらのダメージが三点でも発動は出来たのにそれをせずファントムにアタックしてきた。それほどにファントムが邪魔だったのか……)
瞬間、閃きとともに先ほどのツカサの言葉が頭になだれ込んできた。
(違う!発動しなかったんじゃない、そこにヒールがあるかどうかわからなかったんだ!たしかツカサ先輩は種類を問わずにトリガーの場所がわかると言ってたな……。最初は俺にデッキ把握能力の気を退けるために言ったと思ったけど、二枚目にあったトリガーはヒールかドローを除いてほぼ無駄トリガーになる……。グランブルーにはドローがないからヒールを除いて……。つまり本当に先輩にはデッキのトリガーがどれなのかわからないのか……)
思案を巡らせる。ここまでの条件から、自分が今何をしなければならないのかを。
そしてハジメはツカサの場にあるルイン・シェイドに視線を向けた。
(間違いない、あのルインシェイドが先輩のデッキ把握能力を補完しているんだ。デッキトップとその二枚目のカード、それらがトリガーじゃなかったらドロップ、トリガーがある場合にもルインのスキルは任意である以上使うかは選択出来るし、11000になれるからスタンドトリガーがきても問題ない……。先輩がグランブルーを使っているのはおそらくこのトリガーを調節する方法があったため……!もし、イービル・シェイドが出てきた場合でも……)
ハジメは自身のヴァンガードである邪甲将軍ギラファを見た。
(こいつのスキルで焼けばいい……。……こんな発想、昔の俺じゃあ生まれなかっただろうけど、ミヤコさんとのファイトで視野が広がったみたいだな)
ハジメは目を瞑り、その時のことを思い返すと、カッと見開き目の前の最強のファイターを見つめた。
(行ける……行けるぞ!対策さえ取れれば、先輩と対等に、そして勝つことも出来るはずだ!