憂鬱になりそうな曇り空の肌寒い早朝。まだ、多くの人が身支度を始め始めるそんな時間にトモキは欠伸をしながら歩道を歩いていた。
「ったくよー。せっかくの休みにミーティングとかで呼び出しとかすんじゃねーよっての。もうあそことは縁切ったほうがいいかな~。飽きてきたし」
そうぼやきながら歩くトモキ。彼は、部活の助っ人として多くの人から頼りにされているのだが、本人の飽き性が災いして決して一つのこと執着出来ず、このように途中で投げ出すことが多々あった。
「はぁ、正直もう寝る気も失せたし、かといってやることもない……。どーすっかなー」
後頭部で腕を組ながら歩いていると、トモキの視界にアネモネの看板が映った。立ち止まり、そのままじっと看板を見つめた。
「何考えてんだ俺ってやつは……。この時間じゃあまだ閉まってるだろうってのに……」
言葉とは裏腹に、店の方へと歩みを進めるトモキ。
「んー?誰だありゃ」
店の近くまでくると、店の前に車を止め、仁王立ちしている青年の姿があった。トモキの言っていた通り、アネモネはまだ閉まっており、その青年もおそらく開くのを待っているのだろう、とトモキは思った。
トモキは、出来る限りの笑顔を作るとその青年に声をかけた。
「おはよーございます、お兄さん。この店ならあと二時間くらいしないと開かないっすよー」
「あぁん?んだてめぇは」
ギロリと威嚇するようにこちらを見た青年は、かつてショップのパックを賭けてカイリとファイトをした黒柳コウだった。しかし面識のないトモキは、敵意むき出しのコウに対してヘラヘラ笑っていた。
「おー怖い怖い。こっちは親切で言ってあげてるってーのにずいぶんな言い方するなー」
「チッ……てめぇもこの店に通ってるファイターか?」
コウは何故か仕方さそうな表情をするとそうトモキに問いかけた。
突然の質問に目を丸くするトモキだったが、少し考えてこう答えた。
「そうともよ!何を隠そうこれでも第一回ヴァンガードチャンピオンシップに出たことがある実力者なんだぜ!」
胸を張りながらどや顔で言うトモキに、コウは「ほう」と感嘆の声を上げ、ニヤリと笑った。
「なら、てめぇのデッキ見せてみろ。そこまで大口叩けるなら断る理由なんてないよなぁ?」
「ウゲッ……」
トモキは困った様子で声を漏らした。ファイトそのものは出来るが、肝心のデッキを持ち合わせていなかったのだ。
「えー、まー、なんだかなー」
なかなか言い返す言葉が見つからないトモキにコウは追い討ちをかけた。
「なんだぁ?結局怖じけづいたのか。しらけさせんなよ……」
コウに急かされ、引くに引けない状況になってしまったトモキは苦し紛れにこう言った。
「あぁ~残念。よく考えたら俺デッキ持ってないんだよなー。あーあ、カードさえあれば俺の天才的な采配を披露できるんだがなー」
わざとらしく悔しそうな表情を取るトモキだったが、コウはまた感嘆を上げた。
「なら……一から作るか?」
「へっ?」
するとコウは車の方へ歩を進め、トランクを開けるとそこにはいくつものトランクケースがあった。
「ここにほぼ全ての種類のカードがある。てめぇがそれほどの実力者っつうならそれを示してみな」
コウは一つだけ選んで、トモキに中身を見せた。そこには、コウの言っていた通り膨大な量のカードが綺麗に整頓されて入っていた。
「うおぉ!すっごいな!これ本当に全部ヴァンガードか!」
興味津々にカードを取るトモキにコウは釘を刺した。
「あんまりカードを散らかしたらぶっ殺すから、そんつもりでなぁ。後FVは別に……」
そこまで言うとトモキはコウの言葉を遮るように口を開いた。
「あー、FVは持ってるから気にせんでいいよ」
トモキは自分の財布を取り出すと、その中に入っていた一枚のカードをコウに見せた。
(リザードソルジャー コンロー……。こいつ、かげろう使いか)
その後、トモキはそれなりに時間はかかったが納得のいくデッキを作りあげた。時間がかかったのは、作るデッキを迷っていたのでは無く、自分の知らないカードを一つ一つ理解していたためである。
「おーし、こんなもんってかー?これでどうよ」
出来上がったデッキをコウに見せると、コウは自分の目を疑った。
「なんだぁ……このデッキは……」
FVからいくつかデッキタイプを予想していたコウにとって、このデッキはそのどのデッキにも当てはまらないものだった。
「おい、てめぇ。なんだこのデッキは」
「へ?俺が前使ってたデッキに最近のカードを入れた改良型マイデッキって感じ。これでも会心の出来なんだけど……だめ?」
長い期間ヴァンガードに触れていなかったため、自分の勘が合っているかどうかがそこまで自信が無かったトモキは、コウの反応に少し不安になった。
しかし、トモキの不安とは裏腹にコウは一枚一枚デッキの構築を確認していた。
(……最初は肝を潰されたが、見ていくとあながち悪くねぇ。いや、デッキの中の個々のスキルがきっちり完結している点を評価すりゃ、こいつの実力は上位クラスはある……)
デッキ作成後、不安になり再びカードを見ていたトモキを見てコウはそう思った。
(こいつなら……あるいは……)
「おい、てめぇ!」
「はいはい!?」
カードに集中していたトモキは、突然声をかけられ慌てて振り向いた。
「たしかにてめぇの言う通り、デッキの作成具合は悪く無かった」
「なんだ、よかったんだ。びっくりするじゃん?最初あんなにケチつけられたらさー」
「だが、あくまで構築面においてはの話だ。デッキが良くたって使う奴が出来損ないじゃぁ話にならねぇからなぁ」
安心したのもつかの間、再び舐められたような口振りにトモキはうんざりした。
「だー!じゃあ、どうすんの?ここで俺とファイトする?」
「焦んなよ。だいたい、外じゃあファイトなんか出来ねぇだろ」
そう言うと、コウは車の運転席に乗り込んだ。
「どうせ暇なんだろ?俺が丁度いい場所に連れてってやるよ」
「えー、知らない人についてっちゃ駄目ってお母さんがー」
「んなもん気にする歳でもねぇだろうが。つべこべ言わずさっさと乗れ!」
命令口調のコウにあまり気が進まないトモキだったが、それ以上に暇をもて余していたため、仕方なく車に乗り込んだ。
発車した車の中では、気まずい空気が流れた。トモキは気分を紛らわせるために一度車内を観察してみた。
特に装飾などは無く、まさに買った時のありのままの姿と言うのがしっくりくるだろう。トモキはそこまで車に詳しくないため、車種はわからないが……というよりそんなことは毛頭考えていなかった。ただトランクに積み上げられたトランクケースが異様なまでの違和感を発していたため、どうにもトモキの意識は自然とそちらに向けられた。
「あっ。そういえば、俺何処に行くかまだ聞いてないんだけど?」
思い出したように呟くトモキに、運転中のコウは面倒くさそうに答えた。
「着きゃわかる。ちょっと黙ってろ」
「黙ってろって……あんたなぁ、見知らぬ相手について行ってる俺の身にもなってくれよ……。そうでなくてもこんな雰囲気で黙ってるとか地獄でしかないんだし、もっとこう客人をもてなすみたいな対応は願えないもんっすか?」
「……こっちだって好きでやってるわけじゃねぇんだよ。客人なら客人らしくもう少ししおらしくしてろ」
「あんたも強情だな……。じゃあ後どれくらいで着くか教えてもらえない?」
「そんなにかからねぇよ。わかったな。よし、黙れ」
だめだこりゃといった様子でトモキは首を振った。それでも、ちゃんと答えてくれるだけまだましなのかもしれない。
そんなことを思いながらしばらくすると、車が止まった。
「おら、着いたぞ。さっさと降りろ」
コウは鍵を開け、外へ出るとトモキにそう言った。「へいへい」とはんば諦めを込めた返事をし、外へ出ると目の前に見知らぬカードショップが建っていた。
「カードショップ……【レッドバード】ねぇ……。ずいぶんとDQNな名前だな」
「無駄口叩いてないでさっさと来い」
コウはそのまま、店内へ入っていった。
「つっこんでさえくれないのかよ……」
そう呟くと、仕方なさそうにトモキも店内へ入っていった。
店内は思っていたより普通だった。壁にはアニメやカードのポスターが貼ってあり、ショーケースにはカードが展示されおり、大きなフリースペースも完備されていた。
強いて違う部分を挙げるとすれば、店員がおらず、大きなフリースペースにも場所をもて余したように人は二人しか居なかった。
当たり前だ。この時間では客は愚か、普通の店はまだ閉めているからだ。
そこに何食わぬ顔で入ってしまったコウ、そしてそこにいた二人にトモキは疑問を抱いた。
コウに付いていくようにその二人に近づくと、二人の内の一人がこちらに気づき、歩み寄ってきた。メガネをかけたその青年はまさにインテリな雰囲気を醸し出していた。
「お早い帰還だね、コウ。そっちの彼が前言ってた子かい?」
「ちげぇよ。けど、ある程度実力はあるっぽいみてぇだから連れてきた」
「そんなこと言って、どうせ自分に勝った相手を連れてくるには気が引けて連れてこれなかったんでしょ?」
もう一人のポニーテールの女性が笑いながらそう言うと、コウは食いかかるように声を上げた。
「ちげぇよ!勝手に決めつけんじゃねぇよ!リホ!」
リホと呼ばれた女性は「あらら、怖い怖い」と言っていたずらっぼく笑うと、メガネの青年が二人を静めた。
「客を差し置いて勝手に騒がないでくれない?ごめんね、無理に連れてきてしまったのにこんなもてなしで」
申し訳なさそうに言う彼に、トモキはヘラヘラ笑って見せた。
「構わんよー。俺としちゃああんたみたいなまともな人がいて安心してるって感じだし……」
「おい、てめぇ。その言い方じゃぁまるで俺がまともじゃないみてぇな言い方じゃねぇか?」
「あー、いや、そういうことじゃないんだけどさ……」
小声言ったつもりがコウに聞かれ、これ以上言うとややこしくなると思ったトモキは返答に困った。
「紹介が遅れたね。僕は工月ハヤト。君をここまで連れてきた顔つきの悪いのは黒柳コウ。そして残った彼女が紅野リホ」
「あっ、俺は梶山トモキって言います」
ハヤトの丁寧な紹介に自然と丁寧な口調になるトモキ。
「ところでトモキ君はどうしてここに連れてこられたか事情を聞いてるのかい?」
「いや、全然。ただ実力を見せろって言われて問答無用で連れてこられたって感じ」
やれやれといった様子で言うトモキにハヤトはコウの顔を見た。
「連れてこいとは言われたが、詳しいことまで説明しろとは言われてねぇが?」
ニヤリと笑うコウにハヤトはため息をついた。
「まぁ、しょうがない。それでは実際に実力を見せて貰おうかな。トモキ君は今デッキを持ってる?」
「あぁ、出来立てほやほやのやつがあるぜ!」
まるで自分のカードのようにトモキはデッキを見せつけた。
「それでは……」とハヤトはコウとリホの顔を見比べると、何かを決断したように頷いた。
「リホに相手をしてもらおうかな」
「なっ!?なんでわたしなわけっ!?」
「他にいないからに決まってるじゃないか。僕はトモキ君の実力を見定めないといけないし、コウは一応彼をここまで連れてきてくれたからさ。というわけでよろしく」
「ぐぅ……」
恨めしそうにハヤトを見るリホにハヤトは特に気にしない様子でトモキに歩み寄った。
「では、すまないけど一度君のデッキを見せてもらうよ」
「お、おう……」
最初にコウに言われたことを思い出したのか、トモキは少し躊躇しながらデッキを渡した。
ハヤトは一枚ずつカードを見ていくと、何度も感嘆の声を上げた。しかし、それが良いものなのか、それとも軽蔑してのものか判断出来ないトモキにとって、あまり心臓に良いものではなかった。
最後の一枚まで見終わるとハヤトは微笑んだ。
「素晴らしいデッキだよ。こんなに面白みを感じるデッキはそうはないからね。うん、コウの見る目に間違いはなかったようだ」
絶賛するハヤトにトモキは肩を撫で下ろすとデッキを返してもらった。
「後はこの難易度の高いデッキを本当に扱えるかどうか……それではリホ、頼むよ」
「仕方ないわね……。ほら!トモキとか言ったっけ?ちゃっちゃと終わらせるわよ!」
リホは数ある机の中でもトモキから一番近い席に座り、デッキを取り出した。
急かされるトモキは、「気の短い奴ばっかだな……」と誰にも聞こえない声でぼやくと、サッとリホの対面の席に座り、デッキを置いた。
ハヤトもトモキの後ろに回り、コウは近くの机をから椅子を取ってくると逆向きにして座った。
お互いはFVをセットし、お互いのデッキをシャッフルすると裏向きのままカードを五枚引いた。
「で、先攻後攻はどうやって決めるの?やっぱりじゃんけん?」
「僕としては、トモキ君からの先攻で行く形が望ましいけど……。それで大丈夫かい?」
「俺は別にどっちでも」
「わたしも別に構わないけど、理由くらいは聞かせてもらおうかしら?」
「大した理由ではないよ。ただ、アタックの出来ない先攻でトモキ君がどんな動きをするかを見てみたいからね」
ハヤトの理由に「ふーん」と興味なさそうにリホは返事をした。
「先攻第一ターンなんてやること同じだと思うけどねぇ……。っていうかよく考えたらあんたもよくこんな奴についてくる気になったわね。わたしだったら絶対に逃げ出すわよ」
本人の目の前でよくそんなことを言えるものだとトモキは感心した。チラッとこんな奴呼ばわりされた顔を除き見ると、「フン」と鼻であしらっていた。一応自覚はあるようだ。
「いやいや、これがまたコウさん、いい人なんだよ。なんてったってカードを持ってない俺にわざわざ提供してくれたってんだもん。いやー、本当にコウさんはいい人だなー」
再びチラッとコウの様子を伺うトモキ。しかし、コウは携帯を弄っていたため、トモキの媚びなど聞いていなかった。
「呆れた……。デッキも持ってない分際でよくやる気になったわね。本当に強いの?」
「それはやってからのお楽しみじゃない?」
ニヤリと笑うトモキに少し苛ついたリホはFVを掴んだ。
「まぁ、いいわ。わたしもやるからには全力でやらせてもらうから覚悟しなさい」
「臨むところ!」
「いくわよ、スタンド……」
「あ!ちょい待ち!」
突然制止するトモキにリホは不満の声を上げた。
「今度は何よ……」
「いや……なんだったかな……」
トモキは少し悩むと思い出したような手を叩いた。
「ごめんごめん。もっかいよろしく」
「まったく……それじゃ……」
「スタンドアップ ヴァンガード」
「スタンドアップ The ヴァンガード!」
「バミューダ△候補生リヴィエール」
「リザードソルジャー コンロー!」
二人がFVを表替えした瞬間、リホとコウは笑いを抑えたように呟いた。
「おいおい……Theっておま……」
「プッ……久しぶりに聞いたわよ。ここまで真面目なThe。最近じゃあ小学生でも言わないわよ……」
せせら笑い、馬鹿にしたような口振りをする二人にトモキはキョトンとした。
「?Theって基本的に言うもんじゃなかったっけか?」
「えぇ……まぁ漫画では絶対に言うけど、実際にTheって言う人はなかなか居ないね」
ハヤトも必死に笑いを堪えながら言うと、トモキは、
「うわっ……やっぱりか……。なんか前ファイトしててもTheって言ってたの子どもか、テンションの高い大きなお友達ばっかだったからまさかとは思ってたが……。クリアめ……」
顔では笑いながらも、握りこぶし作りながらそう言った。
「本当にTheが必要だと思ってたとは……やはり面白い人だ。それではトモキ君、君のターンからだよ」
ハヤトはメガネをクイっと上げると、そうトモキを諭した。
「よし、俺のドローだ!ドラゴンモンクゴジョー(7000)にライドTheヴァンガード!コンローはスキルで右下にスペリオルコール!さらに、ゴジョーのスキルでこのカードをレストし、手札のガトリングクロードラゴンを捨て、ドロー!まぁまぁってとこか、俺のターンはこれで終了」
「お前、結局Theつけるのな」
「あ……。へっ……へっへー、開き直ればどってこないってわけよ!」
癖になってたためか、無意識に言ってしまい鼻で笑うコウに対して、トモキは強がりながらそう言った。
ここまでのプレイでは非常に堅実な運用を見せ、そのためか納得するようにハヤトも無意識に頷いた。
(見事なまでに無難な立ち上がり……。先攻ではアタック出来ない分、ゴジョーにライドすることでそのデメリットを抑えてきたようだ。アタック出来ないと言うことは、ヴァンガードをレストさせることによるリスクはないし、ただの5000ガードでしかないドロートリガーを捨てることで手札の補充を行ったというところかな。ここまではレベル3以上の実力……これから彼がどのようなファイトを進めるかが楽しみだ)
* * * * *
「……うそ……そんな……」
六枚目のダメージともにリホは声を震わせた。
「あ~危ないところだったー。バミューダ△は思ってたより脳筋なんだな。一応バウンス(カードを手札に戻すこと)もあるっぽいけどさ」
ヘラヘラ笑いながらトモキはそう言った。
「こんなの……運ゲーじゃない……」
「いや、そうでもないよ」
悔しそうに言うリホにハヤトはそう否定した。
「確かに結果を見ただけじゃ運ゲーだけど、それを引き出したのはまぐれじゃない、彼の実力だ。ここまでのシチュエーションを作りだしたのはトモキ君のデッキ構築とプレイング……そして……」
「勝負強さ……ですか?」
不意に入り口のほうから声が聞こえた。
全員そちらに視線を移すと、帽子を被った青年が微笑みながらこちらに歩いてきた。
「セイギさん……いつからそこに?」
「フッフ、君たちのファイトが始まった時から……ですかね。こんな面白いものを最初から見れたのは非常に運がいい」
「顔が見えねぇと思ったら、今来たのか。俺が律儀に連れてきたってぇのによぉ」
「すいませんコウさん、私も些か忙しい身なので……。それで……彼があの?」
セイギと呼ばれた青年はコウに軽く会釈すると、呆然としているトモキを見た。
「いえ、違うそうです。しかし、実力は見ての通りですよ。第一回ヴァンガードチャンピオンシップに出場していただけのことはあるみたいですね」
「ほう」と感心した様子で頷いた。
「ちょっ!勝手に話し進めないでほしいんだけども!?」
トモキは、机を叩いて立ち上がると青年にそう言った。
「あぁ、申し遅れました。私は久我マサヨシ。この『レッドバード』のオーナーです」
「オーナー……ってことは店長ってことか?ずいぶんとお若くみえるけど……?」
トモキは疑り深く、マサヨシの顔を見るとそう言った。
つばつきの帽子が、優しそうに微笑むその青年の表情を覗かせるが、トモキはそんな彼に対して警戒を解かなかった。何がトモキをそのようにするかは本人にもわからない。ただ、ただならぬ存在感を放つ青年に本能的に身体が反応した。
マサヨシは、そんなトモキの態度に苦笑いすると帽子を取った。
「フッフ、そんな怖い顔しないでください。確かに未熟な身でありながらこれほどの店を任せられるというのは不思議に思うかもしれません。――が、それはまたいずれお話しましょう。今、私達は折り入ってあなたにお願いしたいことがあるのです」
「俺にお願い?会ったばっかの俺に何を求めるってんだよ」
「いえ、あなただからこそ……これほどの実力を纏うあなたにしか出来ない頼みです」
真顔で言うマサヨシにトモキは呆れたように頭を掻きながら言った。
「これほどの実力ってなー……。俺達がやってたのはヴァンガードだぜ?そんな運ゲーに今の一回のファイトで決めちまっていいのかよ」
「それについては問題ありません。確かに勝敗は運ゲーですが、ヴァンガードの実力はその過程がものを言います。ハヤトさん」
マサヨシがハヤトを呼び、トモキもハヤトの方へ視線を向けると、ハヤトの手にはいつの間にかノートパソコンがあった。
「あんた……そんなものどっから出したよ……」
「……まぁ、そういうキャラなんで」
ハヤトはクイッとメガネを上げるとそう言った。
「初心者を含め、全ての人にはそれぞれプレイングにおけるレベルというものがあります。基本的なものから誰も思い付かない発想の持ち主まで、それで分別することが出来ます。ハヤトさんにはその判定役になってもらってましてね。今回のトモキさんのファイトを見ていただいたのです」
マサヨシの説明を聞き、トモキは首を傾げた。
「プレイングのレベル?そんなものどうやって判断するんだ?」
その質問に、ハヤトはパソコンを弄りながら答えた。
「そんな難しいものじゃない。レベルは0から5まで存在しててね。レベル0は至極簡単、ルールそのものを理解していない人のことだ。初心者って言えば分かりやすいか。レベル1は大まかなルールを覚えたファイターのこと。一応ファイトできる形にはなってるけど、ラインの構築が出来なかったりトリガーを効率よく運用出来ないのが特徴。プレイングにもいわゆるセオリーというものがあるけど、始めた当初はそんなものは分からないからね。次のレベル2、3は少しややこしい。さっき言った基本的なプレイング、それらを問題なく運用出来るかつ、勝つために必要なギミック、そしてそれを高い可能性で確立出来るデッキ構築力、そのどちらか欠落したファイターはレベル2、そして両方とも持ち合わせたファイターがレベル3に分類される」
「デッキ構築力がありゃ基本的にプレイングは良くね?普通」
「実はそうでもないよ。デッキ構築力と言っても、判定はそのファイターではなく、デッキそのものを見ることになる。いくらなんでも外から見て『この人はこういう企みのもとにデッキを作った』なんて判断出来ないし、もしかしたら他の人にデッキだけを用意してもらったという可能性もあるからこういう判定の仕方になったわけ」
「あぁ、たしかにそうか……。なるほどな」
「そしてレベル4。ここまでこれば一人前のファイターとして扱われるレベル。場の状況から臨機応変にプレイングを変え、最善の方法を模索し、実行出来るファイターのこと。今のところ、トモキ君はここに分類してるよ」
「ありゃ、結構よいしょしてくれるからてっきり俺はレベル5だと思ってたのになー」
「レベル5は他とは別格なんだ。さっきも言ったようにファイターとしての実力はレベル4で完結。それから上はある特異な能力を持った者のみが踏み入れることの出来る領域、逆に言えば普通のファイターの限界点とも言える。こればかりは一度のファイトで見定めることは出来ないよ」
説明の途中でトモキは堪らず声を上げて笑い始めた。
「いやはや、まさかそんなファンタジーやメルヘンみたいなことをあんたみたいな人の口から聞くとは思って無かったぜ。なんだ、カードの声でも聞こえないとレベル5にはあてはまらねぇってことか?」
馬鹿にしたように言うトモキに特に気にしない様子でハヤトは続けた。
「さて、カードの声が聞こえるということが本当に存在するのか僕たちにも分からない。しかし、レベル5は現に存在する」
ハヤトは動かしていた指を止め、ある方へ視線を向けた。
トモキもつられてその方向を向くと目を見開いた。
「セイ……いえ、マサヨシさんこそその数少ないレベル5にあてられたファイター。その実力は、第二回ヴァンガードチャンピオンシップにおいて、優勝を勝ち取るほどのね」
「へぇー……第二回優勝……あんたが……」
視線を向けられたマサヨシは照れ臭そうに苦笑いを浮かべた。
「フッフ、そんなに気になさらないでください。たしかにそんなこともありましたが、第一回に比べては注目されませんでしたし、あのピオネールの方々も出場してなかったようですから、さして自慢出来るようなことではありませんよ」
「ピオ……?まぁいいや。そんなことより、マサヨシさんだっけか?あんたはどんな能力をお持ちなんです?ちょっと興味があるなー」
「フッフ、それに関してもまた後々お話しましょう。今はそんなことどうでもよいことですからね。レベル4ほどの実力があれば、およそ全ての力に対抗出来、それほどの実力者もあまりいません。それを踏まえて私たちはあなたにお願いしているのですよ」
熱心に語るマサヨシだったが、「ふーん」と言うトモキ自身はまだ興味を見せなかった。
「じゃあ例えば、俺があんたらのその頼みってのに答えたとして俺に何のご利益があるん?俺も暇じゃねぇからさー、慈善活動になるんだったらお断りしたくなっちゃうんだよね」
マサヨシはニヤリと笑うと、その質問に答えた。
「もちろん、あなたにとってのメリットはあります。……いや、むしろこの中ではもっともあなたがそれを望んでいるかもしれませんね」
「もっとも……俺が?一体どういう……」
トモキの言葉はふてきに微笑むマサヨシによって止まった。
「フッフ、たしかトモキさん、第一回大会に出場していたようですね。素晴らしい経験です。――ですが、あまりあなたにとっては喜ばしくない出来事があったようだ」
思い当たる節のあったトモキは険しい表情でマサヨシの言葉を聞いた。
「おそらくあなたは、その第一回大会以降、ヴァンガードを引退していたのではないですか?」
「……どうしてそう思うんだ?」
「先ほどのあなたのファイトを見ていてそう思いました。あなたのプレイングは素晴らしい。一つ一つの手が相手を着実追いつめる会心のものです。しかし、それほどの力を持ちながら、あなたの動きには躊躇している節がありました。明らかにテンプレである局面でも本当にそれが正しいのか模索しているように見える。ヴァンガードに慣れている者であれば素早く処理出来るものを慎重過ぎるまでに確かめていた」
「……俺は神経質な性格だからさ、少しのミスもしたくないってわけよ」
「それだけではありません、あなたは自分のデッキのスキルを逐一確認していましたね?使いなれたであろう、デッキをわざわざ確かめる必要はないはずです」
「それは……俺のデッキじゃねえし……」
「それも気にかかりました。コウさんが言うには、あなたはデッキは持っていなかったが、FVであるコンローは持っていたようですね。それは何故か。何故ならあなたは既にヴァンガードにかける意欲が薄れ、デッキそのものを既に売ったかして処分し、FVであるコンローは記念にでもとっておいたのでしょう。違いますか?」
トモキは黙った。言い返す言葉が見つからない……何故なら、目の前の男の言っていることが全て正しかったからだ。
トモキはその異常なまでの青年の洞察力を恨めしく思うとともに、出来る限りそれを悟られないように平静を努めた。
「フッフ、別に隠す必要はありませんよ。それが普通の判断です。私は知っています。記念すべき第一回大会の裏の顔を。栄光ある出来事に隠された、陰の結末を」