先導者としての在り方[上]   作:イミテーター

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ファイター達の頂

「もちろん知ってるっすよ!」

「「……知らないです……」」

 

「えっ!お前ら知らないの?ヴァンガードファイターならほとんどのやつが知ってるぞ?」

 

まるで知ってて当たり前のような口振りにハジメにタイキ達は少し機嫌を悪くした。

 

「ヴァンガードファイターなら知ってて当たり前かもしれねーが、俺らまだ始めたばっかなんだよ。勝手に決めつけんな」

 

慣れてきたとはいえ、まだヴァンガードを知ってから日が浅い彼らにはそのような情報以前に、カードのことを覚えることだけでも精一杯だった。

 

「あぁ、そういやそうか……」

 

カイリを含む彼らはみな、少なからず自分が影響でヴァンガードを始めたということを思い出し、説明を始めた。

 

「ヴァンガードはもともと、今ほど人気のあるカードゲームじゃなかったんだ。知名度的な意味でな。つっても今ほどってだけそれなりに人気はあったんだけど、あることがきっかけで爆発的に人気が出たんだ」

「へぇ、でもそれってその『ピオネール』ってのと何が関係あるんだ?」

「それはもうちょい後に説明する。で、ヴァンガードにも全国大会みたいなのがあるんだが……」

「おぉ!ヴァンガードにもそんな大きな大会があったんですね!ハジメさんは出たことあるんですか!?」

「いや……俺は出たことない……ってかお前ら聞く気あるのか?」

「「もちろん」」

 

話を中断させられ続けて思わずそう聞いたが、真顔で答えられ疑り深そうな表情をするとため息をついた。

 

「はぁ……ならいいんだけど……。その全国大会……まぁ、ヴァンガードチャンピオンシップって言うんだけど、その決勝トーナメントまで勝ち上がった四人のファイターが化け物なんだ」

「化け物……?」

「あぁ、そいつらは何十回とあるファイトをそのトーナメントまで無敗で勝ち上がったんだ」

「無敗!?勝ち上がったのってヴァンガードでですよね!?」

「そう……、運の要素の高いヴァンガードにおいて一度の敗北もなく勝ち上がるというのはほぼ不可能だ。けどそれをやり遂げたということもあり、彼らは色んなファイター達から畏怖の目で見られるようになった。そして決勝トーナメント戦。ここからある画期的なシステムが導入されたんだ」

「画期的?」

「そう、今じゃあそれなりに一般的になってきたがその時は全てのファイターを興奮させたものだ」

「それってもしかして……」

 

シロウの言葉にコクりと頷くとこう言った。

 

「MFSのことだ」

「ファイトのイメージを体感映像化する機械ですよね……。お兄ちゃんから聞いたことあります」

「詳しいな。これによってこの決勝トーナメントはネットで配信され、多くの人がヴァンガードを知るとともに今の人気をもぎ取ることが出来たんだ」

「ふーん、じゃあ結局その四人のファイターってのはMFSに隠れる形になったわけか?」

「いや、むしろ逆。所詮MFSもファイトを盛り上げる媒体に過ぎないからな。注目は必然的にそのファイター達に向けられたんだ。無敗のファイターという前評判にMFSによる迫力あるファイト。そこで初めてヴァンガードを知った人間の興味を引くには十分すぎる刺激だったわけだ」

 

さらにハジメは続けて言った。

 

「そしていつしか彼らはファイター達の中でも異彩の存在となり、今のヴァンガードを作り上げた立役者として祭り上げられた。MFSという新しい世界に最初に踏み込み、中高生と若いながら今のヴァンガードを開拓したことから『ピオネール』すなわち『若き開拓者達』という異名がつけられたんだ」

「なるほどな、それでそこに繋がるわけか。ってかハジメ詳しすぎねーか?」

 

あまりにも力説するハジメにタイキはそう言った。この疑問にハジメは自信満々に答えた。

 

「そりゃ俺もリアルタイムで見てたからな!まぁ、ネットでだけど。そこから噂は嫌でも入ってくるさ」

「ほーん、だからそのピオネールっていうのはファイターなら知ってて当然ってお前は言ったわけなのな」

「そういうこと、だから多分ほとんどのファイターがピオネールの名前を知ってると思う」

 

先ほどの自分の失態を苦笑いで思い出しながら、ハジメは指を四本立てながら真剣な顔つきで言った。

 

「第三位、ピオネールの紅一点にして和服で大会に参加した才女。毛利ヒノワ」

 

「第二位、特殊な能力と物言いで相手を絶望に突き落とす異型のファイター。如月トキ」

 

「第一位、今なお最強の名が高い世界最高のファイター。狭間シンジ……あれ」

 

順番に指を折りながらそこまで言うと、ハジメはまた冷や汗をかきながら苦笑いを作った。

 

「……ん?おうおう、あと一人はどうしたよ。たしかピオネールは4人いるんじゃなかったか?」

「いや、そうなんだけどあと一人が誰か忘れちゃってさ。誰だったけかな……」

 

そう咎められ一生懸命考えるハジメを横目で見ると、ミヤコは目を瞑りながら散らばったカードを片付け始めた。

 

「氏名不詳詳細不明の謎のファイター、ハンドルネームを『リセ』。今あたしが探しているファイターよ」

「「リセ?」」

 

聞き慣れぬ名前にタイキとシロウの声が重なった。

 

「あー、そうそう。そういえばそんな名前でしたっすね。でもたしかリセっていったらあのかげろう使いのリセっすよね?あの人決勝トーナメントで第三位でしかも負けたのが第二位の人だったからピオネールの中でも一番弱いって噂っすけど……」

 

気まずそうにそう言うハジメだったが、ミヤコは特に気にしない様子で話を続けた。

 

「世間的にそうみたいだけど、正直そんなのどうでもいいのよ。問題はそいつがあたしに勝ったこと」

「あたしに勝った……ってことはミヤコさんもその時の大会に出場してたってことっすか!?」

 

ハジメは驚きながらそう言った。ハジメにとって、その大会は憧れの舞台であったからだ。

 

「まあね。あたしは友達に勧められて出ただけであまり乗り気じゃなかったんだけどさ。それで勝ち上がっていった先でそいつとファイトしたの」

 

ミヤコがそう言うと、不意にタイキはボソッと呟いた。

 

「……でもたかが負けたからって遠出してまでリセって人とファイトしたかったんすか?運要素の高いヴァンガードで……」

「あたしだってただ負けるだけだったらそんなことしないよ。……でもあの時は違った。」

 

ミヤコはその時のことを思い出すと、カードをとる手を止め、悔しそうに声を震わせた。

 

「決して悪い回りじゃなかった……いえ、むしろほぼ完璧とも言える回り方をしてたのに、そいつは……リセはまるでなんてこともないようにあたしを追い詰めていった……。運とは別にプレイングにおいて、あたしは苦汁を嘗めさせられることになったのよ……」

「あのミヤコさんすら軽く往なすなんて……ピオネールの名は伊達じゃないってわけっすね……」

「そこで負けた時点であたしは敗退が決定。でも納得いかなかったあたしは、もう一度リセにファイトを申し込もうと思ったの。でも気づいた時にはもうそいつは会場からいなくなってたわ」

「なるほど、だからこうやって探し回ってるんすね」(……だからってわざわざ訪ねてくるあたりミヤコさんはそうとう負けず嫌いなんだろうな……)

 

言葉とは裏腹にそう思っていたハジメだった。

 

「……俺、そういうのよくわかんねーんすけど、大会ってその第一回の後に第二回目の大会もあったんですよね?それに出れば良かったんじゃないですか?」

 

タイキは話を整理しながらそう言った

 

「当たり、そう考えたあたしは第二大会に出場した。でも、そこにそいつの姿は無かった。というより、ピオネール全員がその時の大会に出場して無かったみたいね。リセとファイトすることが目当てだったあたしはいないことがわかった後、大会をすぐに辞退したわ」

「辞退したんすか……なんかもったいない……ん?」

 

その時ハジメは一つ疑問を抱いた。

 

「本人とファイトしたことあるなら顔を知ってるってことっすよね?どうして違うとわかっててわざわざ俺とファイトしてくれたんすか?」

 

ミヤコは集め終わったデッキを置くと、参ったようにため息をついた。

 

「まぁ、普通はそうなんだけどね……。あたしがファイトに集中してたっていうのもあるんだけど……、リセってやつサングラスをかけてて顔がよく分からないのよ。口数も少ないやつだったから声もよく覚えてないし……」

「室内でサングラスとか……。ちょっと厨二を疑うレベルだなー……」

「それは言わない約束よ。後々辛くなるから」(筆者が)

「だからそれをファイトして品定めしてるんすね。でもいくらなんでも無理ないっすかね……?一人一人ファイトして探すなんてどう頑張っても探し出すなんて不可能っすよ」

「あー、確かにそれ言えてるな」

 

ハジメの言葉にタイキ達も賛同した。

ミヤコは少し呆れたような表情をすると立ち上がった。

 

「そんな頭の悪い方法使うわけないでしょ?ちゃんとネットや聞き込みをして居場所探したのよ。で、ある人がここにいるって教えてくれたからこうやってわざわざ出向いたってわけ。さっ、あんたが違うなら本物のアネモネNo.1を紹介してもらいましょうか?」

 

ハジメは困った様子で店内を見渡した。

 

「って言われてもなぁ……。さっきはまだ居なかったし……あ」

 

すると、ハジメの視線に机でカードを並べているクリアの姿を捉えた。

特にファイトをしているわけではなく、一人でデッキの調整をしているようだった。

 

「クリア先輩いつのまに……。あの人っすよ、一番強い人。ただちょっと最近は分からなくなってきたっすけど……」

 

ハジメはツカサのことを思い出しながらそう言った。

 

「そう……あいつが……」

 

ミヤコはクリアを見つけると、その姿を観察した。

 

(学生服から見て恐らく高校生……それにあの風貌。これは当たりかも……)

 

ミヤコはデッキを手に取るとカードを並べているクリアの方へ向かった。

 

「うおー、早速いくかー。こいつは見物だな!」

「あぁ、ファイトが始まったら俺たちも観に行くか」

「はい!」

 

移動したミヤコを後ろから見ながらハジメ達もカードを片付け始めた。

 

「ねぇ、あなた」

 

「ん?」

 

ミヤコがそう声をかけるとクリアは気難しい顔をしながら振り返った。

 

「ちょっとあたしとファイトしてくれない?あたし、強いやつとやりたいんだけど」

 

ニヤリと挑発的な笑みを浮かべるミヤコに、クリアは、

 

「断る」

「なっ!?」

 

短くそう答え、再び何事もなかったようにカードを弄りだした。

呆気に取られたミヤコだったがすぐに我にかえり、不満そうに声を上げた。

 

「ちょっと!それどういうこと!どう見ても暇そうにしてるのに断る理由がどこにあるの?」

「気分が乗らない。ただそれだけだ。別にファイトがしたいなら他にいくらでもいるだろ」

 

ミヤコはイライラしながら机を叩いた。

 

「だから!あたしは強いやつとやりたいって言ったわよね!?クールぶるのもいいけど土が過ぎるとただうざいだけよ?」

 

さすがに鬱陶しくなってきたのか、クリアの声にも力が入った。

 

「何を言われようと俺はお前とファイトしない。そんな気分になれない。諦めるんだな」

 

これにミヤコは頭を悩ましながら唸った。

 

「あぁもう!ここまで来て諦めるとか言われるとは思わなかったわ!いいわ!今日は大人しく引き下がるけど、次会った時絶対にファイトして貰うわよ?それまでにせいぜい腕を磨いておくことね」

 

これ以上言っても無駄だと察したのか、クリアを指差しながらそう言うと音をたてながらミヤコは店内を出ていった。

 

「どうしたんすか?ファイトすると思ったらミヤコさん帰っちゃうし何かあったんすか?」

 

 

ミヤコが出ていくのを見た後、二人のファイトを楽しみにしていたハジメ達がクリアの方へ近づいた。

 

 

タイキとシロウはクリアとの面識があまり無かったので、ハジメとクリアの会話を後ろから聞いていた。

 

 

「何もない。俺がただファイトの申し出を断っただけだ」

 

 

「えっ!クリア先輩がファイトの申し出を断るなんて……。やっぱり何かあったんすか?」

 

 

今までどんな相手でもファイトを受けてきたクリアがそう言ったのが信じられず、ハジメはもう一度そう聞いた。

 

 

「お前もしつこいやつだな……。俺がどうしようと俺の勝手だろ」

 

 

「まぁ、そうっすけど……。……じゃあ質問を変えます」

 

 

ハジメはミヤコと話していたことを思いだし、意を決してクリアに聞いてみた。

 

「クリアさん……ピオネールだったんすか?」

 

そう聞くと、少しの間沈黙が流れる。

「さぁな」

「ええ!そこまで溜めて濁らせるなんてえげつないっすよー」

 

息の詰まりそうな空気から出されたはっきりしない返答にハジメは困った様子でそう言った。

 

「でもまぁ乗り気じゃないなら仕方っすよね……。じゃあ俺らまた向こうで遊んでるんで乗り気になったらいつでも言ってください!」

 

そう言うとハジメ達はさっきまでいた机に戻っていった。

 

「はぁ、まったく騒がしい奴等だ」

 

一人になったクリアはため息をつくとカードを弄る手を止めた。

 

「チッ……ピオネールか何だか知らないが、あんなこと言われた後で普通にファイトなんかできるかよ……」

 

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

クリアがアネモネに来る数分前、クリアはツカサと共に帰路に就いていた。基本的にクリアが下校する時にツカサが無理矢理ついてくることがほとんどだったが、今回は珍しくツカサの言葉に耳を傾けていた。

 

「……というわけさ~」

 

ツカサの話を聞き終えたクリアは笑いだした。

 

「クックック……なるほどな。初めてだぜ、お前の言っていることに賛同したのはな」

「ははっ、今までボクのこと信用してなかったみたいな言い方だね~」

「いや、みたいじゃないんだがな……」

 

クリアの言葉もむなしくツカサには聞こえていなかった。

そんな感じで二人は歩いていると不意にツカサの携帯が鳴り始めた。ツカサはポケットから携帯を取り出すと、そのまま携帯を弄りだした。

 

それを見ていたクリアは、こいつでも連絡を取り合う相手がいるのかと思ってると、ツカサの携帯に女の子を模した小さなぬいぐるみがついていることに気づいた。

 

「今さらお前がどんな趣味をしても驚かないが、ずいぶんとそのぬいぐるみに思い入れがあるようだな。ボロボロだぞ」

 

ツカサは、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべると、その色褪せたぬいぐるみを見つめた。

 

「う~ん、実はボクもこのぬいぐるみが何なのかよくわからないんだよね……。昔から持ってる物なんだけどさ~」

「……本当にお前かわってるな」

 

少し引きぎみにそう言うと、ツカサは穏やかな表情で呟いた。

 

「わからない……けどこれが大切な物だということだけはわかるんだよね~。だから絶対に肌身離さず持ってたらいつの間にかこんな感じにボロボロになってたんだ~。ははっ。でも改めて言ってみるとやっぱりボクっておかしいね~」

「フン。あぁ、お前はおかしい奴だ。だが、」

 

クリアは横目でツカサを見ると、自分の表情が見えないようにツカサの先を歩いた。

 

「おかしいだけで悪い奴じゃない。それは俺が保証してやる」

 

思わぬ言葉にポカンとクリアの背中を見るとツカサはニヤリと笑い、クリアの隣に走りよった。

 

「今デレた?デレた感じ?デレたよね?」

「違う!そんなに近くに寄るな!鬱陶しい!」

 

嬉しそうに寄り添うツカサにクリアは邪魔くさそうに怒鳴った。

 

二人はそのまま横断歩道を渡ろうとしたその時、

 

 

「うわっ!」

 

赤い自動車が猛スピードで走ってすぎ、二人は間一髪のところで難を逃れた。その自動車は、その先の交差点を曲がり、姿を消した。

 

「うわ~、ビックリした……。もう少しでぶつかるところだったね~」

「お前がくっついてくるからこういうことになってきたんだろうが……」

「それは違うよ!だってさっきの車どう見てもスピード違反だったよ。もし警察に見つかったら……」

 

そこまで言ったところでまるで狙っていたように白バイがクリア達の近くで止まった。

 

「案の定だったね」

 

ツカサが苦笑いを浮かべると、警官が白バイに乗ったまま、こちらに声をかけてきた。

 

「っ!?と、突然すいません、この辺で赤い自動車が通りませんでしたか?」

 

ツカサの髪を見て、一瞬臆した警官は平然を装いながらそう言った。少し焦った様子の警官にツカサは安心させるように笑って答えた。

 

「ナンバープレートが○の○○-○○車ですよね。その車なら最初の交差点を右に曲がりましたよ~」

「その自動車で間違いありませんね、わかりました。ご協力感謝します」

 

軽くお礼をすると警官は音を発てて走り出し、ツカサは満足げにその警官を見送った。

 

「いや~、やっぱり良いことした後は清々しい気分になるね~。クリア君もそう思わない?」

「おかしい……」

 

真顔でそう呟くクリアに、ツカサはキョトンとした。なんのことかと少し思案すると一つ思い当たることがあった。

 

「おかしいってさっきの警官の人が驚いてこと?多分、というか絶対ボクのせいだろうな~。いや~、目立つって辛いね~」

「ふざけるな。お前、さっき自動車のナンバープレートを言ってたな」

 

クリアの言葉から何を言いたいのか、その時のツカサには読み取ることが出来なかった。

 

「ん?うん、そのほうが確実にその車かどうか分かるからね~」

 

決して惚けているわけではなく、ただその時の自分の考えを言うツカサをクリアは見据えた。

 

「ならお前は、自動車を避けたあの一瞬でナンバープレートを、それも無意識で覚えていたというのか」

 

ツカサの笑みが消えた。クリアはじっとツカサを見つめ、返答を待っていた。

 

沈黙が流れ、俯いていたツカサはチラッとクリアを見たが一向に引き下がる様子は無かった。

諦めたようにツカサはため息をつくと、参った様子で頭を掻いた。

 

「まさか、こんな形で君に追い詰められるとは思ってなかったな~。出来ることならもう少し、ロマンチックな感じにしたかったんだけどさ~」

 

開き直ったように言葉を並べるツカサに、クリアの眉がつり上がった。

 

「……どういうことだ?」

「どうと言うことはないさ。クリア君の言う通り、ボクは君に隠し事をしている。あまり知られたくないことだったんだけど……」

 

ツカサは視線を上げ、クリアと相対するように立つとこう言った。

 

「いずれ君には話そうとは思ってたんだ。少し時期が早まったと思えばどうってことはないよ」

 

クリアは、不意にツカサとのファイトを思い出した。相手を小馬鹿にしたような普段の様子から決して感じることはないこの緊張感。何を考えているか読めない目の前の青年が、クリアをよりツカサへの興味を誘った。

 

口を開かないクリアに対し、ツカサは不適に微笑んだ。

 

「たしか、ボクと初めてファイトした時にも君は言ってたよね。ボクにはデッキの中身が見えていたのかどうかってね。その時ボクは焦ったよ。こんなに早く核心を突かれるとは思ってなかったからね。しかもあの時ボクの誤魔化しにも君は納得いってなさそうだったしね」

 

そう、明らかにデッキの中身がわからないと出来ないあの言動は、ファイトが終わった今でも気がかりになっていた。

 

「やはり、お前にはデッキの中身が見えていたというのか」

「さぁて、それは難しい質問だな~。間違ってないけどかといって正解とも言い切れない」

 

焦らしたような口ぶりをするツカサに、苛立ちを覚えたクリアだったが、次のツカサの一言にそんな感情は消え去った。

 

 

 

「ボクはサヴァン症候群、いわゆる映像記憶能力を保有しているんだ」

 

目を見開きながらクリアはこの銀色のファイターの言った言葉を頭の中で整理した。

 

「映像記憶能力……。フォトグラフィック・メモリーやアイデティック・イメージと呼ばれるものか……」

「さすがクリア君、思ってたより詳しいね。そう、眼に映った対象を映像で記憶する能力のことさ。だから一瞬しか見えなかったさっきの車のナンバープレートを覚えていたことにも説明できるよね?」

 

そうツカサはクリアに問いかけた。

もし、ツカサが本当にその映像記憶能力を扱えるのであればたしかに理解出来る。しかし……

 

「なら、お前がデッキの中身が見えていたという事実にはどう説明する。映像記憶能力はあくまで自身が見た対象をそのまま覚えることしか出来ない。それがその能力の限界だ。あの時お前の行った行動はいわば透視に分類されるものだ」

 

ツカサは「ハハッ」と笑った。

 

「凄いな~。たしかに君の言う通りだよ。例えあらかじめデッキの中身を記憶しても、お互いがシャッフルしなければならないカードゲームにおいては意味を成さないからね。でも例えば……」

 

ツカサは人差し指を立て、クリアをこちらに注目させた。

 

「あらかじめデッキの中身を把握しておき、そのシャッフルした際のデッキのカード一枚一枚を逐一デッキの何枚目に入ったかどうかを記憶出来たとしたらどうかな?」

「なんだと?」

 

ツカサに言っていることにクリアは理解出来なかった。

ツカサは、49枚というカードの束を全て記憶し、更にシャッフルした時に分散するカードの束とデッキの何枚目と何枚目が重なるかどうかという一連の動作を全て記憶すると言っていたのだ。

 

「……不可能だ。たしかに肉眼では把握することが出来ないシャッフル時のカードの移動も映像記憶能力を駆使すれば駒送りで見ることが出来るかもしれない。だが記憶した映像からそれらを見分けることを、タイムラグなしに把握することは出来ない」

「そうだね。それも正しいよ。でも、それはあくまで世間的に広まっている能力の限界でしかないんだよ。サヴァン症候群っていうのは非常に広義の記憶に優れた能力のことを指している」

 

するとツカサは不意に微笑した。

 

「もっとも最初はボクも君と同じ考え方なんだけどね。事実、デッキの中身を記憶することには苦労したよ」

 

「ならば何故……」

「例えば……」

 

ツカサはクリアの言葉を遮って続けて言った。

 

「人為的にその能力を伸ばすことが出来たとしたらどうかな?」

「人為的に伸ばす……だと?」

 

クリアは言葉を繰り返した。

 

「そう、今の化学力をもってすればそこまで難しいことじゃないよね?なんてったってMFSだって作られる時代だ」

 

……不可能ではないのだろう。実際に目の前の男があの時に起こした奇跡を立証するにはそれしか考えられない。だが、しかし……、

 

「人はあらかじめ、ストッパーを設置することで人の限界に事前に近づけないようになっている。だが、映像記憶能力を持つお前は限りなくその限界に近い域にまで達し、更に人為的にそれを伸ばすということは脳に少なからず支障を与えることになるはずだ」

「その通りだよ。ただ、ボクの場合は疲労という形で蓄積するだけだからそこまで支障を来すわけじゃないのさ。まぁ、人為的に伸ばすことは出来てもそのリスクから記憶出来るのはあくまでトリガーの配置と少ない数種類のカードのみ。あの時はネグロマールを覚えてたから、途中でバスカークを引けたのは運が良かったよ」

「理解できんな……。何故わざわざそこまでのリスクをおかしてまでヴァンガードの勝利に執着する。お前がヴァンガードにかけている思いとはなんだ」

 

ツカサは黙った。言い返す言葉がないというより、言うか言うまいかを考えている様子だった。

 

「君にはいずれ話すよ。でもこれを話すにはまだ早いかな。君にも、色々と面倒をかけることになると思うしね」

 

ツカサはおもむろに歩き出した。クリアがその方向を見ると、一台の車が停車していた。

 

「待て、話はまだ……」

「大丈夫だよ。いずれボクはここを離れることになるけど、君とはまた何度か会う機会がある。その時、全てを話すから」

 

ツカサが背中越しにそう言うと、その車に乗ったのを合図に車は走り出した。

クリアはその影を呆然と見ると、ツカサが最後に言っていた言葉を頭の中で繰り返した。

 

「いずれここを離れることになるだと……?チッ、何から何までふざけた奴だ……」


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