学校の帰り道。
ツカサは一人でふらふら歩いていると、見覚えのある後ろ姿が見えた。
ツカサはニヤリと笑うとその人影に走りよった。
「こんちわ~。いや~、ハジメ君と会えてよかったよ。クリア君もトモキ君も用事があるって言うからさ~」
「あ、兄さん、こんにちはっす。そういえば兄さんもクリア先輩達と同じ学校なんすね。転入してきたんですか?」
「そうだね~。だから全然知り合いがいなくて困ってるわけなんだ~」
(兄さんの性格ならすぐに友達出来そうだけど……見た目かな)
参ったようにお手上げのポーズをとるツカサにハジメは苦笑いを浮かべた。
「俺も結構前にこっちに引っ越して気持ちはわかるっすよ、はい。そういえば、このあとは何か予定あるんすか?」
「う~ん、今からアネモネに行こうと思ってたところだけど……」
「いいっすね!俺も行くところなんすよ。あっ、そういえば昨日はありがとうございました。あのあとファイトに夢中で……」
「いいよいいよ~。ボクもあのあとタイキ君とも仲良くなれたしボクは満足さ~」
「そうなんすか。後ちょっと兄さんに相談があるんすけど……」
「うん?ボクでよかったらなんでも言ってくれい」
「実は……カイリのことなんすけど……」
「カイリ君?」
ハジメは深刻そうに頷いた。
「実はカイリもタイキ程じゃないんすけど、ちょっとした癖があるんすんよ……」
ハジメの言葉にツカサは首を傾げた。
「ヴァンガードの話だよね?ボクが見る限りだとそこまで変なところは見当たらなかったけど?」
「はい……だからタイキ程では無いんすけど……。なんというか……カイリは勝ちに執着してないんすよね……」
「勝ちに執着してないって……本人に聞いたのかい?」
「いえ、厳密には勝ちよりもデッキの回りを重視してるんすよね……」
ツカサはまだ理解してない様子だったのでハジメは説明を続けた。
「あいつは特にパーフェクトライザーのスキルに拘ってるんすよ。とにかくソウルにライザーを四枚入れることを。まぁ、それがコンセプトなんでしょうけど、無理矢理狙おうとするから完成したころには手札も盤面もカツカツで結局じり貧で負けるということがよくあるんすよね……」
「ふむふむ」
「けど、カイリ自身はそれで満足してるみたいなんで俺も大きな声では言えないんすよね……」
「それでハジメ君はどうしたいんだい?」
「それを兄さんに聞きたいんっすよ。あいつがそれで満足してるのならいいんすけど、もし勝たないといけない状況になったらその事を言った方がいいんでしょうし……。俺は友達としてどうしたらいいんですかね?」
ハジメの問いにツカサはニヤリと笑った。
「別にボクに聞かなくて自分でわかってるじゃ~ん。カイリ君がヴァンガードを楽しんでいるのが一番だし、もし本当に勝たないといけないと時がきても、きっと彼ならなんとか出来るさ。あのクリア君とのファイトも勇敢に戦ったんだ。だから君も彼を信じてあげればいいんじゃないかな?」
ツカサの言葉にハジメは自然と笑みがこぼれた。
「そうっすよね!あいつならきっと大丈夫っすよね!兄さんに話したらなんか楽になったっすよ。それによく考えたら勝たないといけない状況なんてそうそうないっすもんね」
「そうだね~。楽しんでやるのが一番さ~」
ハジメとツカサは、そう笑顔で話し合いながらアネモネへ向かった。
* * * * *
「ヘクシュンッ!」
「すごいくしゃみですね……風邪ですか?」
「うーん、風邪じゃないけど……なんだろうね……」
カイリは待ち合わせしていたシロウと共にアネモネへと向かっていた。
「すいません……、僕に付き合ってもらっちゃって……」
「平気だよ。そういえば、シロウ君あのあとトライアルデッキを貸してもらってお兄さんとファイトしたんだよね?」
「はい!僕がファイトをお願いしたらお兄ちゃん、凄く喜んでたのかやってたゲームを止めてすぐにやってくれました。なかなか危なかったですけどギリギリ勝ちましたよ!」
(多分手加減してもらったんだろうなぁ……)「凄いね!俺にも勝ったしシロウ君、かなり素質あるよ!」
「エヘヘ。それでお兄ちゃんが『僕がカードを渡してもいいんですがせっかくだからカードを当てる楽しみを知ってもらいたい』ってことでお金もらったんですよ!」
シロウは握っていたお札をカイリに見せた。
「へぇー、そうなんだ。じゃあシロウ君はそれでどのパックを買うつもりなんだい?」
「それがまだ決まってないんですよね。たしか五つ種類があるんでしたよね。どれにしようかなー」
シロウがウキウキしながら悩んでいるのを見て自分が最初にカード買った頃のことを思い出したカイリは自然と笑みがこぼれた。
「そうだね。まずはどんなカードでデッキを作るかを考えるといいよ。シロウ君はどんなクランを使いたいのかな?」
「うーん……。やっぱりロボットとかのやつがいいです!」
「それじゃあ俺と同じノヴァグラップラーがいいと思うよ。ほら、シロウ君も使ってたゴールドルチルの入ってたデッキと同じやつだよ」
「カイリさんと同じクランかぁ……。出来るのが楽しみです!」
そんな会話をしながら、二人はアネモネに入った。
二人が店内に入るとレジで何やらもめあってる声がした。
「おいっ!いつまで待たせんだ。 早くしろ!」
「ですからお客様……そういうのはちょっと……」
先に店内に来ていたタイキがカイリ達に気付き、近づいてきた。
「おう、カイリ。この子はお前の連れか?」
「うん、宮下シロウ君って言うんだ。こっちは宮本タイキ君だよ」
「よ、よろしくお願いします!」
「おう、よろしくなー」
「ところでタイキ君、あれ一体何を揉めてるの?」
「あぁ、なんかあの客がこの店にあるパック全部出せっていう常識はずれなことを言ってるみてーだぜ。今日は店長もいないから吉田君も大変だなー」
それを聞いてシロウは飛び上がった。
「パック全部!?じゃあ僕、カード買えなくなっちゃうじゃないですか!」
「あっ!シロウ君!」
シロウがレジの方に向かったのを見て、カイリも慌てて追いかけた。
「何が不満だってんだ?こっちはきっちり払うって言ってんだぞ!」
青年がそう怒鳴り散らすと、レジについていたバイトの吉田君は参ったように口を開いた。
「ですから、全部のパックを売るのは無理なんですよ……。店の信用に関わってきますし、現在店長が不在なので私だけでは判断しかねます……」
「ちっ、しけてやがんな……」「ちょっと待ってください!」
シロウは青年に向けて大声でそう言った。
「んだぁ?このガキは」
青年はイラついた様子でシロウを見た。
「ちょ、ちょっと、シロウ君……」
「ヴァンガードのパックを全部買うんですよね……。それを止めてほしいんです!」
シロウはカイリの制止にも構わずそう言った。
すると青年は面白いものを見るような目で笑ってみせた。
「ふっ、なんだ。てめぇ、ヴァンガードやってんのか?」
「うっ……まだ自分のデッキは持ってないけど……これから作るんです!」
シロウは一瞬臆したが力強くそう言った。
それを聞いた青年は少し驚いた後、嘲笑った。
「クックック、面白いことを言うガキだな。ちょっとカードゲーム舐めてんじゃねぇのか?」
予想外の言葉に戸惑うシロウ。
「えっ……?舐めてなんか……」
「ふっ、わかってねぇな。てめぇ。カードを手に入れるのにどれだけ金が必要か……。それこそ、強いものを作ろうと思えば一層だ。てめぇにそれがあるのか?」
シロウは黙って持っていたお札を握りしめた。
「おっ、なんだ。一応持ってんじゃねぇか」
「あっ!」
青年はシロウが握りしめていたお札を強引に奪い取った。
「ふん、5000円か」
「か、返してください!お兄ちゃんに貰った大切なお金なんです!」
流石の出来事に黙っていたカイリも声を出そうとするが、次の青年の行動に口が止まった。
「これじゃあ1ボックスしか買えねぇじゃねぇか。しけてやがんな」
「!?」
青年はシロウのお札を放り投げた。シロウは慌てて落ちたお札を拾う。
そして、青年はシロウを蔑んだようにして吐き捨てた。
「てめぇみてぇなやつがヴァンガードを始めようなんて10年はえーんだよ。ガキが」
プチッ
カイリの中で何かが切れた。