超古代の遺産、あるいは未来的な。
“バベルの塔”――不可思議な砂塵に隠された秘密の場所。かつて、BF団の本拠地であったここに、イングとアーマラ、イルイ、エクスが訪れていた。
油断なく辺りを見回すアーマラは後ろを振り返る。
「ここがバベルの塔……イルイは来たことがあるのか?」
「ううん、わたしはないよ。ナシムはすごく昔に、来たことがあるみたいだけど」
エクスを抱えたイルイが答える。
ガンエデン――ナシムの残留思念を抱えたイルイは、彼女の記憶を多少引き出すことができた。また、時折ナシムの意志が表に出て来ることもある。
とはいえ、地球と宇宙の命運をαナンバーズに託したナシムは、イルイに寄り添うように在る意志は言わば守護霊のようなものだ。
イルイに害を為すわけではないとして、イングは現状を看過している。
仲睦まじい姉妹のような二人の自然なやり取りに頬を緩ませつつ、イングは視線を上げた。
かつては十傑集が集った、その場所で――
「さぁて、オレを呼びつけるとはいい度胸だな――諸葛亮」
イングの見上げた壇上には、不敵な笑みを湛えた軍師の姿があった。
† † †
“封印戦争”が終わった。
αナンバーズは解散、皆それぞれの場所に帰っていった。
もとの生活に戻る者たちもいれば、広大な宇宙へと旅立った者たちもいる。
オレとアーマラはと言えば、イルイを預かり、次の戦いに備えた仕込みに世界中を駆け回っているところだ。
ちなみに、《エグゼクスバイン 》はテスラ研でオーバーホール中。無茶させすぎだとロブに叱られた。
ビッグ・ファイアが倒れ、BF団が事実上消滅したことで国際警察機構の黄帝・ライセがどう動くかが懸念だったのだが、「この星の未来を頼む、バビル二世」と妙に殊勝なことを言われてしまった。オレとしては国際警察機構を抜ける覚悟をしていたくらいだったのに、拍子抜けだ。
まあ、征服する地球が滅びてしまっては元も子もないものな。……ん?何の話だって?アカシックレコードに記された配役の話さ。
アメリカ地区、デトロイト。
かつての合衆国の重工業の中心地であり、宇宙に産業の舞台が移った今でもいくつもの有名企業が支社、あるいは本社を置いている。
オレは、アーマラ、イルイ、エクスを連れて、とある兵器関連の企業を訪れていた。
「イング、こんなところに何の用だ?」
「んっ? まあ、行けばわかるさ」
アーマラがもっともな質問をしてくるが、適当にはぐらかす。一から説明するのも面倒だし、何よりこいつが驚く顔が見たいってのが一番の理由だな。
イルイはいつものようにエクスを抱えて、テトテトと後からついてくる。かわいい。癒される。
ここに来た理由はわりと複雑で、単純だ。
だいぶ前から仕込んでた
受付嬢のおねーさん(金髪の美人だ)に話しかける。
「アポを取ってあるイング・ウィンチェスターだが。取り次ぎを頼みたい」
「アポって……お前、いつの間に」
いいんだよ、そういうことは。
呆れた様子のアーマラをスルーしつつ、おねーさんの問い合わせを待つ。
こういうことしていると、なんかオトナになった気がしてワクワクしてきた。こんな気分は、《エクスバイン》に初めて乗った日以来かもな。
無事アポイントが確認されたので、案内されたエレベーターに乗る。
と、しばらくして障る念を感じ取った。
「! お兄ちゃん……」
「イルイ、お前も感じたか」
「……何の話だ?」
この吐き気をもよおす邪念を敏感に感じ取ったのだろう、イルイが背中にひしっと縋ってくる。さすが、
アーマラは気づいていないようだから、説明してやろう。端的にな!
「敵だよ、敵。ズール野郎さ」
「何っ!?」
アーマラが血相を変える。
と、エレベーターが目的の階に停止して、ドアが開く。
するとそこには、明らかに堅気の者じゃない黒服のみなさんがずらずらと待ちかまえているじゃありませんか。
「おっと、手厚い歓迎ご苦労」
「馬鹿っ! 言ってる場合か!」
それもそうだな。
「貴様っ、マーズの仲間のっ! どうやってここを嗅ぎつけたかは知らないが――」
「知るかボケ」
「――がはっ!?」
リーダーらしき(というか、コイツが“アレ”だな)が何やらグダグダ喋っていたので、超能力で炎を纏わせた跳び蹴りをかましてやったら一撃で爆散しやがった。脆いな。
アーマラが唖然とした。
「……おい、前口上くらい聞いてやったらどうだ」
「嫌だね。ああいう手合いは見つけたら即抹殺、サーチアンドデストロイが基本なんだよ」
「あれは害虫か何かか」
害虫だろ。宇宙の。
「で、結局奴は何だったんだ?」
このオレの超能力に恐れをなして、蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げていく黒服どもを軽く見やり、アーマラが訊いてくる。さもあらん、だな。
「ゲシュタルト。ズール皇帝の配下にして分身体、奴そのものだよ」
「……! やはり、ズールは滅びていなかったのだな」
「ああ。オレたちが倒したのは単なる分身、偽ズールってわけさ」
アーマラが愕然としている。
まあ、あれだけの死闘を繰り広げたにも関わらず、倒せてないってんだからその気持ちは分かるが。
まったくズールめ、ガンエデンと先代バビルが倒れたのを見て地球制服に乗り出したな。厚かましいし、いい面の皮をしてやがる。
しかしな、こちとらナシムとバビルからの記憶封印が解けたんだ。ネタはだいたい割れてるんだぞ、と。
「つまり、奴の分身がこの地球でよからぬことを企んでいた、と」
「そゆこと。別に奴らがいると踏んでたわけじゃないが、予想はしてたよ」
難しい顔のアーマラと受け答えしつつ、歩を進める。
あれを駆除したのはついでなんだからな。
この企業の社長室。
重厚なドアを開くと、そこには水色のスーツを着こなした金髪碧眼の紳士(胡散臭い)がいた。
その人物の顔を見て、アーマラが固まる。
「よおアズにゃん、元気してたか?」
「イング君、その呼び方止めてくれませんかネ?」
「ヤなこった」
からかってるんだからな。
思考停止していたらしいアーマラが、ここで再起動して声を上げる。
「ムルタ・アズラエル……! ブルーコスモスの盟主!」
「そういうあなたはアーマラ・バートン、“レディ・マグナム”としてその筋では有名なエキスパートですネ」
顔をしかめるアーマラ。このおっさん、相変わらず人を食ったような物言いをする。
ムルタ・アズラエル。「機動戦士ガンダムSEED」の登場人物、悪役だ。詳細はググれ。
所詮は小物だし、汎超能力者のオレならいくらでも処理できる相手なのだが、一応一般人であるし、まだ犯してもいない罪で裁くってのは烏滸がましい行為だ。なので、以前からちょっぴりテコ入れしていた。
つか、ぶっちゃけSEEDではわりと好きなキャラだったり。相対的に、だけど。
問答では埒が明かないとみて、我が相方はこちらに質問を振る。
「コイツが今日の仕事の相手だとはわかったが。イング、どういう関係だ?」
「ぶっちゃけて言うと、アズラエルは戦争の火種になるって前からマークしてたんだよ」
「いやはや、キミがこの執務室に突然現れたときは、寿命が縮むかと思いましたヨ」
アズラエルがげんなりとする。テレポートで無断進入余裕でした。
立ち話もナンだと、応接室に案内された。黒革のたっかそーなソファーはふかふかだ。
秘書のおねーさん(やっぱり美人だ)がジュースを持ってきてくれた。デレデレしてたらアーマラに睨まれた。プリプリ怒っちゃって、なんなんだアイツ。
「で、今回の用件は“プラント”の?」
「それもあるけど、とりあえず、妙な連中が身辺に紛れ込んでたろ?」
「あー、彼らね。どうもボクに洗脳かなにかをしたかったらしいですケド、キミに先を越されて残念でした、って感じですネ」
「つまり、フリだけしてたってことね」
「イエス、と言っておきまショウ」
不敵な笑みだ。食えんおっさんだ。
イルイは退屈なのだろう、出されたオレンジジュースをちびちびと飲んでいる。かわいい。癒される。
「おい、イング。今、不穏な単語が聞こえたんだが?」
「洗脳ったって、ちょっとトラウマを取り除いてやっただけだぜ? 一応、精神防壁も敷いといたけど」
最初に接触したとき、コーディネーターに対するトラウマを催眠で風化させてやったのだ。
当時から深い考えがあったわけじゃないが、ともかくこの男の末路が哀れに思えたのだろう。それが幸をそうしたな。
「まあ、それでもティターンズ並みのアースノイド至上主義だったんだが」
「「商人なら、異星人とだって商売してみせろよ。そんなだから、アナハイムやネルガルに後れを取るんだ」と言われまして。まさしく目から鱗が落ちる思いでしたヨ。蒙が開くって感じですかネ」
「自明だろ?」
つーか、このおっさんもだけど、たまに新西暦生まれのくせに、時代錯誤も甚だしい考え方をしてる奴がいるんだよね。ティターンズとかさ。
これがアカシックレコードに記されたシナリオの内なのだとしたら、いけ好かない連中だ。オレに言わせれば、それすらも“神”の掌の内なんだが。
「まず、プラントってのが何かは知ってるよな?」
「ああ。第一次木星探査隊のメンバー、ジョージ・グレンの告白により誕生した“コーディネーター”たちの住むコロニー国家だな。連邦政府、いや各サイドのスペース・コロニーからも半ば無視され、孤立しているな」
「正確に言えば、彼らに工業コロニー群を乗っ取られたんですけどネ」
「当時の連邦は宇宙開発やコロニー統治に忙しかったし、コーディネーターたちはいろいろな意味で厄介な存在だった。だから、プラントをなかったことにして無視を決め込んだ。実に英断だったとオレは思うぞ」
「しかし、かつてのジオン独立戦争ではジオンに陰ながら協力していたらしいが。潜在的脅威を放置していたのは失策ではないか?」
「それはザビ家がバルマー戦役で倒れてから発覚したことだろう? それだけプラントの連中は狡猾で節操がないのさ」
む、とアーマラが唸る。
イルイがキョトンとしてオレを見てきた。オレの言い分に驚いたらしい。
「で、そのプラントが地球に戦争を仕掛ける、と」
「地球というか、奴らの言う“ナチュラル”に対してだな。ここでゲシュタルトを見て確信した。間違いない、向こうでもゲシュタルトが暗躍してるのだろうさ」
「だが、何故今になって?」
「アカシックレコード的には地球の強硬派により核攻撃がきっかけだが、そこはアズラエルの手腕に期待しよう。まあ、難しいだろうが」
「それがなくてもコーディネーターのことですシ、「我らを虐げるナチュラルに正義の鉄槌を」とかなんとか、見当違いなことを言い出すんじゃありませんかネ」
「まるでジオンじゃないか」
「まるでじゃなくて、ジオンそのものだよ。いや、劣化ジオンかな? 何せ奴ら、自分らコーディネーターを“新人類”と自称してるんだぜ?」
ついにアーマラが絶句した。
この新西暦、宇宙人と戦争したり友好したり、銀河に新天地を求めて旅に出る時代に何を戯けたことをと思っているのだろう。
たかが遺伝子をいじっただけで、何が新人類か。つーかあれ、単なる遺伝子の引き算であって、プルツーのような人体機能の足し算とは話が違う。引き算だからおそらく念動力に類する超能力は発現しないだろうし。
「また、地球人同士で戦争なんて……」
「そうならないように、オレたちは今いろいろがんばってるんだろ?」
「うん……ありがとう、お兄ちゃん」
声をかけて慰めてやると、イルイが微笑んだ。不謹慎だが、かわいい。癒やされる。
しかし、もしそうなったら、クスハやカミーユは気を病むだろうな……。
「しかしイング、どうも辛辣じゃないか。お前らしくもない。コーディネーターは嫌いか?」
「このおっさんと違ってコーディネーター全体が嫌いなわけじゃないが、プラントは嫌いだぞ」
アズラエルが「おっさんとは、心外ですネ」となどと首を竦めているが、無視無視。
「新人類名乗るなら、せめて生身で機動兵器解体してみせろってんだ」
「そんなこと出来るのはお前か十傑集くらいのものだ」
「わたしもできるよ?」
「む……」
イルイの思わぬインターセプトに、アーマラが押し黙る。忘れているようだが、ウチの妹様も完聖したサイコドライバーなんだぜ?
まあ、まだプラントが事を起こしたわけじゃないから、今のところはオレの偏見でしかないが。……起きるんだろうなぁ、やっぱ。全力で阻止していくつもりだが。
「ともかく、方針は以前のままで?」
「ああ。ブルーコスモスの盟主として、主戦派を煽りつつ手綱をしっかり握っておいてくれ。くれぐれも、プラントに核ミサイルなんて撃たせてくれるなよ」
「努力しますヨ」
これは期待してもいいかな?
とはいえ、アカシックレコードの定めから逃れることは難しいかもしれないが。
アカシックレコードに刻まれた「シナリオ」を逸脱しないように、それでいて運命に逆らう。
アキトさんたちのときは、オレが甘かった。やるなら徹底的に、妥協はしない。手段は程々に選んで、最適でも次善でもなく最善を目指していく。
とりあえず、SEED勢には「お前らの出番ねーから」の方針で行くつもりだ。
フフフ……純粋な地球人勢力が、バビル二世に敵うと思うなよ。
「あともう一つ、国防産業連合理事としてのあんたに依頼がある」
「おや、商談ですカ?」
「いんや」
「それは残念」
またぞろアメリカンな仕草をするアズラエル。小癪な奴だ。
ある意味、今回のアズラエルのもとに訪問した本題を切り出す。
「ハマーン・カーンを、今度新設される地球安全評議会の議員として後押ししてほしい。出来れば、ジオン共和国選出で連邦上院議会の椅子もあれば完璧だな」
「ほう、あの鉄の女を……大丈夫なのですカ?」
「野心というか、連邦政府に対するくすぶりはまだ持ってるようだがな。それ以上に、シャアの代わりに地球の行く末を見るという意志の方が強いな」
封印戦争時やその後に、何度か面と向かって会話した印象だ。
多少憑き物は落ちたみたいだけど、やっぱ苛烈でおっかないお姉さんなことは変わりない。……まあ、そこは仕方ないだろう。どこぞの赤い奴のせいだ。
「なるほど。ですが、ボクは宇宙の方にはそんなに影響力はありませんヨ?」
「マオ社とアナハイム、ネルガル重工にも話は通してるから表だってはそっちが後援する。あんたには立場もあるだろうし、消極的支持、つまりは妨害しなきゃ何でもいい。ちなみに、本人もやる気があるみたいだぞ」
ここに来る前、現在ドレルを護衛代わりにロンデニオンへ身を寄せているハマーンさんに、このことを直接打診した。
最初は大いに渋っていた(俗物となれ合いたくなかったらしい。子どもか)が、「平行世界には、連邦議会の議員になったキャスバルだっているんだよ」と煽ったらやる気になった。ちょろい。
なお、我が家のかわいい妹様は友達とキャッキャうふふと戯れていた模様。かわいい。癒される。
「ずいぶん手厚く便宜を図っているのですネェ」
「何だかんだ言ってあの人、美人だしな。綺麗なひとの力にはなりてーじゃん?」
「ほうほう、イング君の女性の好みはあのようなタイプだト」
「かもな」
「……」
アズラエルの勘ぐりにノってみる。
結構タイプなのは否定しないが――って、
「イタッ! 何すんだよ!」
「ふんっ!」
突然オレの腿を抓ってきたアーマラはぷいっとそっぽを向いて、プリプリと怒ってる。
イルイとエクスがシラッとした目で見てくるし、アズラエルがやれやれと肩をすくめている。なんだってんだ、いったい。
「ところで、あの
「そこはあんたが何とかしなよ。得意でしょ、そーいうの」
「はぁ……ま、何とかしまショウ」
アズラエルは肩を竦める。こういうからには、何とかするだろう。
うむ。頼もしいことだな。
「しかし、なんと言いますか、今回のやり口はアナタらしくありませんネ。どなたか、アドバイザーでも付けましたカ?」
「んっ……まあ、な」
「おやおや? もしかして図星?」
なかなか勘の鋭いことで。生き馬の目を抜く業界でのし上がってきたいっぱしの商人だけはあるか。
オレはその“アドバイザー”との出会いを思い出し、ちょっぴりげんなりした。
† † †
黄緑色のデカいリボンがついた赤いベレー帽を被る、金髪ショートの幼女だった。
「――って、孔明ちゃんかよっ!?」
「あわっ、あわわ……!」
あわわ軍師かっ!そこまでやるか!
いかん、いかんぞ。奴のペースに乗せられてる。これが孔明の罠か。
「この子どもが諸葛孔明? 私が聞いた人相とはかけ離れているが」
「見た目に騙されるなよ、アーマラ。あれは確かに正真正銘、BF団のナンバー2、軍師・諸葛亮孔明だ」
「何……?」
「そ、その通りでしゅ……です。あわわ、噛んじゃった」
噛むところまで再現してんのか。あざといなっ!さすが孔明あざとい!
つーか、その姿の情報ソースはどこからだよ。
「あれの正体は、このバベルの塔を管理する超高性能コンピュータ、その対話用アバターだ」
「なるほど。故に姿形も自由自在、と」
アーマラが納得したように頷いた。
気を取り直し、諸葛亮を問い詰める。
「で、諸葛亮。とりあえず、何でそんな格好をしてるのかを話せ」
「はい。ご主人さまの知識の中に、私がお仕えするのに相応しいものがありましたので。……えっちいのはいけないとおもいましゅ」
「失礼なこと言うなっ」
情報ソースはオレかっ!
「あわわ。以前のアバターよりも、こちらの方がご主人しゃまもうれしいかと思いまして。あわわわっ」
「余計なお世話だよっ!」
まあ、むさ苦しいおっさんよりはかわいい女の子の方が遥かにマシだが。
「……」
「なんだよ、アーマラ」
「ふんっ」
指すような視線を感じて、後ろを向く。
なんか、相方さんが急にご機嫌斜めなんだけど? 意味わからん。
「まあ、いい。で、本題は?」
「はい」と答えた諸葛亮は居住まいを正し、刃のように鋭い視線を投げかけてくる。やはり、さっきまでの拙い振る舞いは擬態か。
「ご主人さま……いえ、バビル二世。あなたはこれから何を為すのでしょう?」
「……」
「先代から受け継いだその神にも等しい力を、あなたは何のために奮うのです? 富? 名誉? それとももっとほかの何かかもしれませんが」
「……確かに、この力を使えばどんなことだって叶えられるかもしれないな」
「はい。そしてあなたはバビル二世、このバベルの塔とその戦力をも継承しています。世界を支配するのも、滅ぼすのも自由自在です」
「なるほど、ね」
諸葛亮を囲むように、みっつの影が姿を現す。
地を駆ける豹、アキレス。
空飛ぶ怪鳥、ガルーダ。
海を行く巨人、ネプチューン。
――ビッグ・ファイア三つの護衛団。《ガンエデン》のクストースに対応する《ガンジェネシス》、バビルのしもべだ。
αナンバーズとの決戦に持ち出してこなかったのはやはり、オレにあれらを引き継がせるためだったか。
背中にアーマラとイルイからの視線感じる。ったく、オレがそんなに信じられないってのか?
「だけど、オレが憧れた存在は、なりたかったものはそうじゃない。彼らは……物語の中のヒーローたちは、見返りなんて求めてなくて。目には見えない大切な何かのために戦っていたんだ」
幼い日にみた鮮烈な記憶。
一番のヒーローが誰かなんて、決められない。だってオレは、どんなヒーローだって大好きだったから。
今はもう会えない両親に、幼いころのオレはしきりに「ぼく、大きくなったらヒーローになるんだ」って言っていた記憶がある。いつだって憧れたヒーローに恥じることがないように生きてきたつもりだ。
普通、そういった憧れは成長するうちに現実を知って薄れていくものだろう。所詮、幻想は幻想でしかないのだから。
けれどオレはまだまだ子どもで、そういう夢みたいな憧れを捨てるにはいろいろと足りてなかったし、捨てるつもりもなかった。
そりゃ、あの平和な世界で「世界の危機」と戦うことなんてありえない。だいたいオレは十把一絡げの平凡な高校生で、ゲームとかアニメとか特撮とか、そういうので夢を疑似体験してる――きっとどこにでもいる。
だけど、ここでは違う。
憧れたヒーローたちみたいになれる。いや、ならなくちゃいけないんだ。
この手には贈られた力がある。
この胸には託された願いがある。
この背には背負った未来がある。
だから――
「オレは“運命”と戦う……そして勝ってみせる。戦えない全ての人たちの代わりに、オレが戦うんだ」
地球の平和を守るため。
世界の未来を拓くため。
どんなにツラい戦いも、仲間たちとなら乗り越えられる。
「オレはヒーローになりたい。正義の味方なんて陳腐なものじゃなくて、ただヒトを、命を、世界を救うヒーローに」
「まるでガキだな」
「ガキで悪いかっ! オレは子どもだ、子どもでたくさんだ」
なんだかなま暖かい視線を向けてくる相方に言い返す。
アーマラめ、せっかくいいこと言ったってのに横から茶々入れやがって。お前、口では憎まれ口叩いてるけど気持ちはだいたい裏腹だって知ってるんだからな。
「わたしは、ステキな夢だと思うよ?」
「ありがとう、イルイ」
「イングさんならなれますよ、絶対!」
「エクスもありがとうな」
優しいイルイとエクスは撫でてやる。素直じゃない相方さんとは大違いだ。
改めて、諸葛亮に向き直る。
「そういうわけだ諸葛亮、いやバベルの塔。お前のその頭脳、平和のために使え」
「それがご主人さまのお望みなら」
こちらの意志など最初からお見通しだったのだろう、諸葛亮の表情は澄ましたものだ。
諸葛亮は一礼すると壇上から降り(背がちんまいからだろう、その際かなり難儀してアキレスに助けられていた)、いそいそとオレの後ろ、右手側に立つ。
あれか、主より頭が高いのは臣下的にナシなのか。右腕アピールなのか。
振り返る。
そこには、口は悪いが頼もしいパートナーと、賢くかわいい妹と、素直で心強い相棒。それから腹黒いが頭の切れる参謀がいた。
ふ、と口元には自然に笑みが浮かぶ。
コイツらとなら、できるかもしれない。夢みたいな理想も、実現できるかもしれない。
オレは、ぜんぶ一人で出来るって思い上がるほど馬鹿じゃない。
仲間が欲しい。
特別な力なんてなくたっていい。同じ理想を抱いてくれる仲間が欲しいんだ。
ヒーローたちだって一人で戦ってたわけじゃないんだ。
少なくない仲間に支えられて、時にはヒーロー同士が垣根を越えて力を合わせて、巨悪を打倒することだって珍しくないんだから。
「さあ、新生BF団の旗揚げといこうじゃないか」
「新生BF団、か。イング、その活動理念、大目的はなんだ?」
「そいつはもちろん――」
アーマラが問う。
オレはニヤリ、と笑みを返した。
「――宇宙の平和、さ」