『■一……浩■……』
――声が、聞こえる。
『……目■■る■で■、■■――否、■ビ■二■よ』
――ぼく/オレを呼ぶ声が。
『■■ル■世よ……■界を救■■です』
――請うように、誘うように。
『無■力を超■し、ア■■リ■プ■■を防■■■す』
――どこか遠く、銀河の果てへと導く誰かの声が。
薄暗い室内。
オレはまどろみから目覚めた。
どこかぼやけた視界、前進を包み込むひんやりとした感触。
「――――ッ!?!?」
叫ぶ。
が、口が呼吸機らしいものに覆われていて声が出ない。
それどころか、オレの全身は何か得体の知れない液体に浸かっていた。
「――――ッッ!!」
もがき、のたうつ。
しばらくそうしていたおかげか、だいぶ冷静になれた気がする。……気がするだけだが。
やけに力の入らず、違和感だらけの身体は半袖七分のウェットスーツ的なものを着ていた。
鈍い身体に苛つきながら腕を伸ばすと、すぐ何かに阻まれる。堅い感触、これはガラスか?
周りに満たされた気色の悪い色をした溶液。どうやらオレは、ホルマリン漬けのようにされているらしい。
容器のガラスは分厚く、力の入らない腕でたたいてみてもびくともしなかった。
クソッ、訳も分からず標本のようにされてろってのか……!
理不尽に対する怒りと恐怖で、目の前が真っ赤になる。
「――ッ!?」
そのとき、ズキリと頭に――いや、脳に痛みが走る。
そして、唐突に視界に――ガラスに大きな亀裂が走り、仕舞いには派手に砕け散った。
バシャン!と音を立て、オレは容器の外に勢いよく放り出さる。
「がはっ! ゲホッ、ゴホッ……な、ん、だった、んだ……?」
地面に投げ出された拍子に呼吸器が外れ、呑んでしまった溶液を吐き出す。
立ち上がろうと両足を踏ん張るがうまくいかない。両手両足は鉛のように重く、まるで生まれたての子鹿だ。
「気持ち悪い……」
酷く怠い身体を持て余し、しばらくその場でうずくまることにした。
ついでに、周りの様子を観察する。
「……ここは、何かの研究施設なのか?」
何を研究してるかは知らないが、碌なモノじゃないだろう。
「“No.22nd typeーIng”……イングと読むのか、これ? まるで工業製品だな」
ネームプレートらしきものに眉をひそめる。二二と記されているわりには、オレの目覚めた水槽以外、部屋には見当たらないが。
未だ重たい身体を引きずるようにして、手近なデスクの端末に取り付く。先ずは何かしらの情報を手に入れるべきだ。
どうもオレの知っているPCとは段違いに進んだ技術を用いているらしく、動かせるか不安はあったが、身体が覚えていると言うべきなのだろうか、指先は淀みなく踊った。
自分の身体が自分のものではない不快感に苛まれながら、データを閲覧していく。
どうやらこの端末の持ち主は大層な自信家なようで、複雑なセキュリティーはかけられていなかった。
そして、オレはこの場所の名称を知る。
「……“アースクレイドル”!?」
施設の名前に驚愕する。
何故ならそれは、オレの知っているテレビゲームに搭乗する単語であったから。
そんなバカな! そう叫びたくなる衝動を、グッと抑えた。
冷静になって思う。だいたい、“オレ”とはいったい何者だ? テレビゲームとロボットアニメが好きな、どこにでもいるような普通の高校生だったことは認識できる。――だが、家族が、友人が、そして何より自分の名前が思い出せない。
さらに、この世界――正確を期すならオリジナルキャラクター等の設定――に関する記憶の大半が抜け落ちている。
虫食いの記憶に頭をかきむしる。
思い出そうとして思い出せないのだから、記憶喪失と言って語弊はないだろう。なんらかのキーワード――この場合は“アースクレイドル”――に刺激されて、関連するわずかな情報が開示されたと仮定すべきだろうな。何か、外部の何者から記憶にロックがかけられているような、そんな感じがする。
ふと、壁に掛けられていた姿見に目を向けた。
「“マシンナリー・チルドレン”、か」
鏡に映っていたのは前髪に青いメッシュが入った灰白の頭髪に、紅い瞳。幼さの残る顔立ちはまるで作り物のように端正だ。
記憶の蓋がまた開いたのだろう、この身が“オレ”のものではなく、またヒトならざるものであると認識することができた。
……考えていても仕方がない。ここが本当にオレの知っているアースクレイドルなら、長く留まるのは得策じゃないことだけは明白だ。
ようやく身体がもろもろに慣れオレは身を翻し、部屋を後にする。
端末の画面には、『新西暦一八七年』と記されていた。
† † †
オレはどこか真新しい印象の、人気のない閑散とした通路を息を潜めて進んでいた。ちなみに、ウエットスーツじみたインナーだけってのはいただけないと、研究室にあったオサレなデザインの黒いゆったりとしたコートをパチッて着ている。
目的地は格納庫、予め記憶しておいたマップによって難なくたどり着くことができた。……いや、マシンナリーチルドレンの頭脳はチートだわ。
というか難なく、というには語弊がある。なんというか、人の気配のする方を避けてきたからこそ何のアクシデントもなく到着できたのだ。……この力、まさか“念動力”とか、そんなんじゃないだろうな。
格納庫は、広大だがこれまた閑散としていた。まるで空っぽと言っていい。
メンテナンスベッドには、巨大な機械の人型がまばらに納められている。だが、それらはパーソナルトルーパーには見えないやや古臭いデザインで、だがどこか見覚えがあった。……《ジム》? まさかな。
疑問符を浮かべつつキャットウォークを素早く駆け抜け、オレは一機の機動兵器の前に辿り着いた。
「……紅いヒュッケバイン?」
オレの記憶にはない機体だ。
全体のデザインはパーソナルトルーパー、“バニシングトルーパー”こと《ヒュッケバイン》の後継機、《ヒュッケバインMkーII》にそっくりだ。
とりあえず、コイツを脱出の足として拝借していくことにするか。ヒュッケバイン好きだし。
コックピットハッチを――おそらく、刷り込み的な知識により――難なく開き、乗り込む。
これまた刷り込まれたであろう知識に任せてコンソールをいじり、動力に火を入れてアイドリング状態に移行させた。ついでに、この見知らぬ機体の情報に目を通しておこう。
「形式番号RTX-009C、スペックは……ンッ、ミノフスキー型核融合エンジン?」
ミノフスキー型核融合炉といえば、リアルロボットの代名詞《ガンダム》、それも
《ヒュッケバインMkーⅡ》とU.C.系モビルスーツが同居する世界観といえば――
「よりによって、αかよ……」
コクピットのシートにうなだれる。
何故なら、生前――こういう言い方はかなり不本意だが――のオレはこのシリーズをプレイしことがない。参戦している作品や、いわゆるオリジナルキャラクターの概要を伝聞で知るのみだ。あとは、過去作のトリビアをちまちまと摘み食いしているくらいだが……。
「携帯機派だったからなぁ、オレ」
とはいえ、プレイしたことのあるはずのOG、オリジナルジェネレーションのストーリーすら思い出せないのだからあまり意味がないだろう。
「ストーリーの知識も無しに、この状況を生き抜けっていうのか……?」
スーパーなロボットが古今入り乱れる大戦の最中を、である。
原作知識は《ジム》や核融合エンジンの件でもわかるように、多少は役に立ちそうだが。それにしたって全て参戦作品の全ての設定を網羅していたわけでもなし、使えればめっけもの程度に考えていた方が良さそうだ。
とそのとき、外部スピーカーがけたたましい警告音を捉えた。
「――感づかれたか!?」
《ヒュッケバイン》のエンジンに火が入っていることを知られたか、あるいはオレが目覚めた部屋の持ち主、おそらくイーグレット・フィフが警告を発したか。
「何れにせよ、ここから脱出する、それが先決だ」
レバーを握り、ペダルを踏み込んで《ヒュッケバイン》を発進させる。
機体をつなぎ止めていた器材なんかが引きちぎれたが、お構いなしだ。
閉じられたシャッターをこじ開けて、脱出をもくろむ。こちとら機動性が売りのリアルロボットなのだ、こんな狭いところで戦ってなどいられない!
「南無三!」
手腕にサイドアーマーからプラズマソード《ロシュセイバー》を引き抜かせ、ブースト。ぶちかますようにしてシャッターに突っ込む。
少なくないGにも、このマシンナリー・チルドレンの身体は難なく耐え抜いてくれた。
シャッターに接触する一歩前、オレの入力によりOSに登録された剣戟モーションが発動、《ヒュッケバイン》はそれを忠実に再現し、袈裟懸けに剣を振るう。
超高熱の光線剣が、分厚いシャッターを切り裂いた。
† † †
「てっきり荒野かと思ったが、案外鬱蒼としてるな」
目の前、メインモニターには雄大な大森林が広がっている。
背部カメラの映像には、無惨にも切り裂かれたシャッターと半球体とはとても言えない中途半端な形をした白い巨大な建築物。どうやらこのアースクレイドルは未だ建造中だったようだ。
と、もしもすでに地下に潜っていたらと思いつき、背筋が凍りついた。……機動兵器を奪って脱出なんて、今思えば考えなしだったな。
「っ」
レーダーに感。アースクレイドルから機動兵器が発進したらしい。
格納庫でも見たロボットが四機、急速接近してくる。
コンピュータが敵の機種を判別する。赤い正規軍カラーの《ジムII》……“一年戦争”後、“グリプス戦役”相当の時代ってことか?
『そこのパーソナルトルーパーのパイロット、武装を解除して速やかに投降しろ』
「警備部隊のモビルスーツ……!」
『こちらは貴様の身柄の拘束を命令されている』
「……っ!?」
『返答がないのではあればやむを得ん。機体を破壊して拘束する!』
答えに窮していると、四機の《ジムII》が《ビームライフル》らしき火器を一斉に構えた。
「って、問答無用かよ!?」
飛来する粒子ビームの砲撃が、自動で展開した重力障壁《グラビティ・ウォール》に接触して弾ける。慌てて《ヒュッケバイン》に回避運動を取らせながら、ほぞをかむ。
生身のヒトの姿が見えないから戦える――なんて、馬鹿げたことを言うつもりはない。これが命がけの戦争だってことくらい、機体越しに感じるリアリティで理解している。そして、あの《ジムII》の中に、血の通った人間がいることも。
だが――!
「訳も分からず、殺されてたまるか!」
理不尽な状況に対する怒りを、迫る死の恐怖を叫びに変えて。
「死んでも恨むなよ! うおおおっ!」
ブースト全開。牽制に頭部バルカンを放ち、凄まじい速度で敵モビルスーツに接近する。
メインモニターに移る巨人の姿に恐怖は増大するが、押し殺しトリガーを握り込む。
「ひとつ!」
バルカン砲に怯んだ先頭の機体を、肩口から引き裂く。
「ふたああつ!」
続いて、その横の機体を駆け抜けざまに一閃。
「みっつ!!」
最後の機体を、構えたシールドの上から叩き斬った。
最後列、隊長機らしき四機目の《ジムII》がようやく反応し、ライフルを構える。
だが、遅い!
「お前で最後だ! スラッシャー、アクティブッ!!」
コマンドを認識したFCSが、左前腕に内蔵された《リープスラッシャー》を起動させた。
突き出した左腕から円盤状の物体が発射、刃を展開したチャクラムがワイヤーを引いて飛翔し、《ジムII》をズタズタに斬り裂いた。
「はぁ、はぁ……ちくしょう……」
《ジムII》が次々に爆発していく。
こみ上げてくる不快感と吐き気を必死に押し込んだ。
腹の中に何も入ってなくて、助かった。
ようやくえずきがおさまった。追っ手は片付けたし、これで後顧の憂いなく逃げ出せる。――と思ったが、そう簡単にはいかないらしい。
オレがこじ開けたモビルスーツサイズのゲートとは違う、もっと大きなゲートがもったいぶったように開く。
そこから現れたのは――
『侵入者と聞き駆け付ければ、警備隊は全滅か』
「……ぐ、グルンガスト零式……!?」
オレの前に現れたのは、超闘士こと《グルンガスト》シリーズのプロトタイプとされる黒い
この機体、まさか――
「元戦技教導隊、ゼンガー・ゾンボルト少佐!?」
『ほう、この零式と俺を知るか。やはり、ただのテロリストではないようだな』
「……オレは、テロリストじゃない」
『ならば貴様は何者だ? 未だ建造中とはいえ、このアースクレイドルは人類の要衝の一つ。そう易々と進入されるほど、甘い警備を敷いていないつもりだが』
「……。ある意味、オレは内部の人間と言うべきかもな」
『何?』
誰何に対する予想外であろう切り口に、ゼンガーが訝しんだ声を上げる。
彼相手に下手に作り話で取り繕っても、すぐにバレてあのバカでかい出刃包丁で両断されるのがオチだろう。ならば、可能な限り真実を話すべきだ。
たとえどういう結果になろうと、上辺だけの嘘で生き様を偽りたくない。あるいは、この身体が一番の“偽り”だからこそそう思うのかもしれない。
「どこぞの誰かがこそこそやってた怪しげな研究の実験台、ってところだ。あなたにも、そんなことをやらかしそうな人物の心当たりがあるんじゃないのか」
『む……』
通信機越しに、うめきが漏れる。
今、彼の脳裏にはイーグレット・フィフの姿が過ぎったはずだ。怪しすぎるくらい怪しいもんな、あのおっさん。
「こんな辛気臭いところでモルモットをやるのは御免でね、とんずらさせてもらおうってわけさ。このヒュッケバインは、その駄賃に戴いていく」
挑戦的に言い放ち、余裕を見せてみる。内心は、極度のプレッシャーでガタブルだが。
『……貴様の言葉が仮に真実であろうとも、逃走を許す理由にはならん』
「っ!」
『このアースクレイドルの存在が外部に露見すれば、人類の命運は潰える事になるだろう。故に、ヒュッケバインを破壊して貴様を拘束する。真偽はその後に確かめればいい』
「やっぱ、そうなるか……!」
黒い機械の巨人は、斬艦刀を構えて戦闘態勢を取った。
どの道そんな気はしてたんだ。相手はあの“親分”、真面目実直で頭が固い漢の中の漢である。
『我が名はゼンガー・ゾンボルト、悪を絶つ剣なり!』
「こうなりゃヤケだ! やるだけやってやる!」
ゼンガー・ゾンボルトの代名詞とも言える口上に気圧されながら、オレはコントロールレバーを強く握りなおした。
『斬艦刀、疾風怒濤ッ!!』
「ぐぅうう!」
噴射材を吹き上げて振り下ろされたブロードソードの腹に《ロシュセイバー》を叩きつけて無理矢理いなし、辛うじて致命傷を避ける。すでに、《ヒュッケバイン》の左腕は斬り飛ばされていた。
圧倒的な質量による剣撃が強烈な風圧を巻き起こす。重力の壁を易々と貫く衝撃で、機体がギシギシと軋んで悲鳴を上げる。
「く、パワーが違いすぎる!」
設定通りなら、あの《グルンガスト》には艦艇用のエンジンが積まれているはずだ。その巨体に似合った馬力、推して知るべしである。
改修機らしいがあくまでもパーソナルトルーパーであり、それ以上にはなりようのないこの《ヒュッケバイン》では当たり負けするのは必然だった。
「せめて、フォトン・ライフルでもあれば……!」
放たれた鉄拳、《ブーストナックル》が機体のすぐ脇を通過していく。システマチックなゲームとは違うのだ、当たれば華奢なパーソナルトルーパーなど木っ端微塵だろう。
逃げるに逃げられず、かと言って飛び道具がバルカンしかないのではまともに戦えやしない。相手が捕獲を目的としていなければ、今頃オレはミンチになっていたに違いない。
さらに拙いのが、《グルンガスト零式》は巨大な見た目によらず以外に身のこなしが軽く、素早いこと。機動性こそこちらが優位だが、これは逃走戦であり、最大速度は出力の差で《グルンガスト零式》の方が圧倒的に有利。故にオレは、勝ち目のない近接戦闘を強いられていた。
「何か、何か打つ手は……」
必死に操縦桿を操り、片手でコンソールを叩いてスペックの細部を調べ、打開策を模索する。優れているであろう人工的に産み出された頭脳は、恐ろしいスピードで思考を展開した。
そしてオレは、《ヒュッケバイン》のスペックに記されたとあるデータに一抹の勝機を見い出した。
「これは……! これなら、行けるか?」
不安が過ぎるが、それを無理矢理振り払う。
即興で制御プログラムを組み上げるべく、備えつけのキーボードを操る。ここでもやはりマシンナリーチルドレンの身体は大いに役に立ってくれた。
『ム……』
「感づいた? だけど、やるしか……!」
さすがと言うべきか、ゼンガー・ゾンボルトは変化したオレの気配を機体越しに感じ取ったらしい。やることなすことがいちいち武人だ。
しかし、こちらのやることは一つ。柄じゃないが、“分の悪い賭”と言う奴だ。
「時限プログラムによるバイパス解放、主機のパワーを右手腕に集中……!」
極度の緊張と死の恐怖で乾いた唇、もはや舌なめずりする余裕もない。
「真っ向勝負だ、ゼンガー・ゾンボルト!」
『その意気や良し! 受けて立つ!』
雄叫び、フットペダルを思いっきり踏み込んだ。
グラビコン・システムでも相殺できないほどの凄まじいGを発生させながら、《ヒュッケバイン》が斬艦刀を振り上げる《グルンガスト》に吶喊した。
「おおおお――ッ!!」
『チェエストォォォオオッッ!!』
精神を極限まで研ぎ澄ませ、真一文字に振り下ろされた斬艦刀を跳躍しつつかいくぐる。が、避けきれずに左半身をえぐり取られる。
そんなもの関係ない、この渾身の一撃が決まれば!
「ここだ!」
右手腕に充填されていたエネルギーを、《ロシュセイバー》に全てぶち込む!
「砕け散れぇぇぇッッ!!」
裂帛の気合いが自然と口を吐く。
込められた過剰なエネルギーにより刀身が急激に伸びていく。《ロシュセイバー》のスペックを眺めていて気付いたこの特性により、鋒が向かうのは《零式》の頭部だ。
《グルンガスト》のメインコクピットは頭部に位置している。この《零式》とて同じだろう。
そこを直接潰せば……!
『ヌゥ……!?』
驚愕の呻き。
取った! オレはこのときこの瞬間、そう確信した。
しかし――
「そんな……!」
『良い太刀筋だったが、今一歩踏み込みが甘かったな』
ゼンガーの、目の前の光景に言葉を失う。
渾身の斬撃は、《グルンガスト》の左のメインカメラを奪うに止まっていた。目測を誤った訳じゃない、奴の反応がオレの一歩先を行っていただけのこと。あるいはPTの剣撃モーションを見切られたか。
明確な技量と経験の差――、それが勝敗を分けたとでも言うのか。
とそのとき、ドンッと背後から少なくない衝撃が襲い来る。無茶が祟って《ヒュッケバイン》の背部ウィングが爆発したらしい。
散々に警告していたコンソールが無情にも機体の限界を告げていた。
「オーバーヒート……!? うわっ!」
突如、正面のコンソールがスパークを上げて小爆発を起こす。
満身創痍の“凶鳥”はその場に崩れ落ち、オレも腹部に深い傷を負った。
受けたこともない激痛に、意識が朦朧とする。
「ク、ソ……ッ! ――わけもわからず、なにもできずに、死ぬ、ってのか……?」
悠然と歩み寄る黒い巨人。状況は、絶体絶命としか言いようがない。
急速に薄れゆく意識の中、最後に見た光景はコックピットを照らす翠緑の不可思議な輝きだった。
† † †
極東、日本近海。
《Gホーク》形態に変形した青いスーパーロボット、《グルンガスト弐式》が黒いパーソナルトルーパー、《ヒュッケバインMkーII》を背に乗せて海上を飛行している。
周囲には、丸みを帯びた赤い飛行機、赤・白・黄色の三機の戦闘機、かモビルスーツが飛行している。それぞれ《マジンガーZ》のコックピット《ホバーパイルダー》と《ゲッターロボ》が分離した三機の《ゲットマシン》、それに
『それで、“強い念”って奴がこの近くに
「うん。そうだと思うよ、甲児くん」
《ホバーパイルダー》を操縦する青年、兜甲児がわずかに訝しげに問う。応じるのは青いショートヘアの美少女、クスハ・ミズハである。
『俺とリョウトも、クスハと同じ強い“念”を感じた。あれは異常だ、この世にあっちゃいけない――とは思えないのが不思議なんだ』
『うん。まるで太陽みたいな、そんな暖かで、けれど苛烈な印象を受けたよ。あと、助けを求めてるような、そんな感じもしたな』
《ガンダムMkー2》のパイロット、カミーユ・ビダンがクスハの意見に同意を示し、《ヒュッケバインMkーII》を操るリョウト・ヒカワが補足を加えた。
どちらも抽象的な意見であるが、それは彼らが種類は違えど特別な“能力者”であるからだ。
『“強い念”、ねぇ……おれたちにはなんも感じられねぇけどな』
『ともかく、現場に向かってみよう。もしもその“強い念”の持ち主が、地下勢力やティターンズなどに捕まりでもしたら大変だ。急ごう』
ゲッターチームの巴武蔵と流竜馬が口々に言う。最後の一人、神隼人がニヒルな笑みを口元に浮かべた。
『フッ、リョウがまたリーダー風を吹かしてやがるぜ』
「もう、隼人くんたら」
皮肉屋な僚友のコメントに、クスハが苦笑を漏らした。
クスハたちが協力している地球連邦軍極東支部と、リョウトたちが所属する反連邦組織“エゥーゴ”は連邦軍の過激派“ティターンズ”や地球制服を企む数々の地下勢力に対抗するため、協力関係を結んでいた。
そこに至るまでには複雑な事情と経緯があったのだが、それはさておき。
現在、彼らがこうして海上を飛行している理由はこうだ。
あるとき、クスハ、リョウト、カミーユの三人が同一のタイミングで頭痛を訴え、近くに強力な“念”の持ち主が突如として現れたことを感じ取った。そして、“それ”が自分たちを呼んでいると口を揃える。
それを聞きつけたエゥーゴの機動戦艦《アーガマ》の艦長、ブライト・ノアとエゥーゴ実働部隊の実質的リーダー、クワトロ・バジーナの両名は彼らの感性を信じて原因の究明を決定、護衛付きで送り出した、というわけだ。
『あっ!』
「どうしたの、リョウトくん?」
『見つけたっ、五時の方向』
おそらくこの中で一番探知能力に優れているであろう《ヒュッケバインMkーII》を駆るリョウトが、異変を察知した。
一足遅れて《グルンガスト弐式》のレーダーマップが金属反応を捉える。
『行ってみよう。クスハ、お願い』
「うん」
リョウトの要請を受け、クスハは《Gホーク》を反応のする場所に向けた。
岩礁らしき浅瀬に、座礁したように一機の機動兵器が
乗降用ラダーを駆使してそのコックピット付近に降り立つクスハ、リョウト、カミーユの三人。
「真っ赤なヒュッケバイン……」
「MkーIIに似ているな」
「うん。というか、見る限り瓜二つだね」
クスハのつぶやきにカミーユが感想を述べ、リョウトが補足する。
甲児とゲッターチームの三名は、機体に乗ったまま周囲の警戒を続けていた。
「動力は……どうやら生きているみたいだ。どうする? 人の気配はするが……」
「僕が開けるよ。これでも、PT乗りだからね」
「ああ、任せた」
「リョウトくん、気をつけてね」
「わかってる。――同じヒュッケバインなら、たぶんこうして……」
パーソナルトルーパーのパイロットであり、なおかつ多少なりとも機械工学についての知識を持つリョウトが代表してコックピットハッチに取り付いた。
幸い非常レバーは生きており、ハッチの開放に問題はないようだ。
大破に近いダメージを受けているにも関わらず、紅い《ヒュッケバイン》のコックピットはひしゃげることなくも原形をほぼ留めていた。
「開けるよ?」
無言で頷く二人。
リョウトが緊張した面もちで、レバーを引いた。
「うっ!?」
「これは……!」
「ひどい……」
光景に彼らは息を飲み、絶句する。
彼らの目の前には、腹部に深い傷を負い、血塗れになった少年がパイロットシートに力なく身体を預ける姿だった。