――貴方が消えた炎の海を見届けて、私の人生は再び一切の色を失いました。
私は必死に考えました。
一体何がいけなかったのか。
何が駄目だったのか。
何故貴方は私の小さな掌からすり抜けてしまうのかと。
献身的な愛は届かず、無条件の想いは伝わず、私はまた孤独の海に一人で揺蕩う。
――貴方は私に御自身を殺せと命じました。
けれども、そんな命令に従う訳にはいきません。
私は誰よりも貴方を愛し、誰よりも貴方に生きて貰いたいのです。
ただ傍らで一緒に居るだけで満たされるのです。
私を孤独の海から救い出せるのは、この世界で貴方しかいないのです。
――私が、最後の言い付けを拒否したからでしょうか?
今まで、私は貴方の言う事を何でも聞きました。
けれども、それだけは拒否しました。
もし、其処に原因があるのならば、私は徹底的に見聞しなければならない。
――殺す事が愛に繋がるのでしょうか?
貴方は私だからこそ、殺されて良いと考えたのでしょうか?
私も貴方にだったら殺されても構いません。この生命、いつでも差し出します。それは貴方も同じなのでしょうか?
ですから、殺せなかった私を、その程度の愛しか持ち得てないと判断して、見限って逝ってしまったのでしょうか?
――ああ、なるほど。愛を永遠のものとして完結させるには、愛する者をこの手で殺せば良いのですね。
それが証明となり、不変の愛は完成する。
殺して、貴方の存在全てを私のものにする。
私一人だけの想い出として、永久に補完する。
それが愛の証明の仕方であり――私は、根本的に間違えていたと泪したのでした。
39/最果ての詩
「これはどういう状況ですか?」
八神はやてを攫った誘拐犯が後方で気を失った彼女を抱いており、クロウ・タイタスとアル・アジフはあろう事か、『魔術師』の『使い魔』と交戦している。
理解に苦しむ状況だった。もっとも、シスターはクロウに襲い掛かった『使い魔』に容赦無く洗礼を浴びせたが――。
「誘拐犯が小娘を延命中、下手人はあの吸血鬼の小娘だ」
コンパクトなサイズになっているアル・アジフが的確な状況説明をする。
よくよく見れば八神はやての腹部には裂傷があり、出血していないのは誘拐犯である赤髪の少年の仕業と見て間違い無いだろう。
一応、同作品の出身ではあるが、超能力に関してはシスターの専門外である。
「あーやだやだ、踏んだり蹴ったりじゃないですかー」
摂氏三千度の炎に炙られた筈の『使い魔』エルヴィは無傷であり、ぷんぷんと不満そうに口を尖らせていた。
「……正気ですか? 八神はやてを狙うなど――」
「当然じゃないですか。蒐集を行う以上、貴方達は将来的に管理局に囲い込まれるのは目に見えてますし――」
とまで続けて「まぁあれらの脅威は、貴方達は正確に理解してないですからねぇ」と愚痴るように語る。
「まぁ此処で遭ったからには再起不能になって貰いますかな、先代の『禁書目録』さん」
「上等です。永久封印してやりますよ、吸血鬼――!」
「……昨日の味方は今日の敵か。何とも侘しい世の中だねぇ。その逆なら格好が付いたのだがなぁ……」
「潜在的な敵と言っても奴等の『デモンベイン』が復旧したら此方の陣営に打つ手が無いからな。『闇の書』の蒐集を原作通りに行うのなら、自動的に八神家及び教会勢力が『管理局』に取り込まれてしまう。我が陣営としては此処が正念場なのだよ」
一方その頃、『魔術師』神咲悠陽はランサーを引き連れてもぬけの殻同然の教会を目指していた。
復讐に燃えるリーゼロッテの誘導が面白いぐらい上手く行き、まさかの八神はやてを人質にして逃走という快挙を成した。
此処で『魔術師』にある選択肢が生まれる。この偶然の機会を物にして八神はやてという脅威を排除出来るのではないかと――。
『使い魔』を刺客に送り、更には後詰に自身とランサーを動員させる。目標は教会の彼女の部屋に転移しているであろう『闇の書』である。
「それで、結果的に九歳の少女を殺して終わりだろう? 大の大人が情けねぇったらありゃしねぇ」
「そういえば話した事が無かったな――」
余りの行動内容に不貞腐れるランサーに、『魔術師』はとある重大な事を開示し、途端、不満の色が強かったランサーの表情が一変する。
「――マジかよ?」
「成功するかどうかは未知数だが、唯一の可能性がこの私とは皮肉なものだ」
出来る事ならば、自前の能力で『闇の書』をどうにか出来る能力者が生まれれば良かったのだが、と『魔術師』は意味の無い『もしも』を語る。
「最初からそれ込みで交渉しろよな……」
「誰が最重要事項の情報を開示するか。それに私が悪い『魔法使い』である事を忘れたのか?」
さも楽しげに邪悪に笑う『魔術師』に、ランサーは溜息しか出なかった。
「……魔術師が『魔法使い』を騙るとはねぇ」
「確かに魔術師風情が『魔法使い』を騙るのは御法度だ。……ふむ、季節外れのサンタクロースという処か?」
「その真っ赤な衣装が子供の血でなければ良いのだがな」
何方にしても、子供に夢を与える者の総称など『魔術師』には似合わないと自嘲する。
「分の悪い賭けだ。十中八九失敗するだろうし、もしかしたらエルヴィの方が先に仕留めているかもしれんな」
「……いや、其処は手を抜く場面だろうよ」
「これで生き残れるのならば、八神はやては天に愛されているという事さ。私程度では殺せないだろう。――どの道、成功しようが失敗しようが、私の目的は果たされる」
キリの良い処で話は終わり、『過剰速写』によって破壊されて真っ暗闇の状態になっている教会に辿り着き――立ち塞がった者の存在に感嘆の息を零す。
「――これは驚いた。一緒に八神はやてを探しに行ったものだと思ってましたが?」
「ガラ空きになった教会に直接赴いて『闇の書』を破壊する――それが現状での君の最善手だからね」
馬鹿デカい戦斧を片手に、穏やかな笑みを浮かべた『神父』は立ち塞がる。
流石は自身の養父だっただけあると『魔術師』は困り果てる。『闇の書』と『デモンベイン』だけは看過出来ないが、別に教会勢力を削りたい訳ではない。逆に、ある程度残っていてくれないと後々支障を来たす。
「御見逸れしました。ですが、此方にはランサーが居る。『闇の書』の破壊さえ出来れば貴方に用は無いのですが? 退いてくれませんか、『神父』」
「退く気があるのならば最初から此処に居まい――語るに及ばず」
一瞬にして阿修羅の如き鬼の形相に切り替わり、無言で「来い」と告げる。
ランサーは好戦的な笑みを浮かべ、魔槍を構える。その様子には一片の侮りも無く、人間でありながら英雄の域まで達した敵の技量を、彼の獣じみた直感はとうの昔に見抜いたのだろう。
「殺せ、ランサー。手加減出来る相手ではない」
恩人と言えども、立ち塞がるのならば敵でしかない。
命令を下し――地面に音も無く奔った温度の無い炎が彼等と『魔術師』を隔離する。
その一瞬で、『魔術師』はランサーと『神父』を見失う。
世界はがらりと豹変し、全ての法則が真新しく塗り替わる。その異変に、『魔術師』には一つだけ思い至る知識があった。
「――固有結界、だと?」
リアリティ・マーブル、空想具現化の亜種であり、術者の心象風景で現実世界を塗り潰し、内部の世界そのものを変えてしまう魔法に最も近い大魔術である。
型月世界の魔術師にとって最大級の奥義であり、到達点の一つ。『魔術師』神咲悠陽でも辿り着けなかった神秘の一つであり、人間の一部の最高格でしか使えないような禁呪を使える者など、この海鳴市には居ない筈である。
――世界は炎の海に覆われ、されども温度は無く、漆黒の天には幾多のオーロラが不気味に輝く。
何もかもが幻想的で、現実味の欠けた黄昏の終末世界、その支配者である十二歳の少女は炎の世界の中心に立っていた。
「――お久しぶりですね、お父様」
「……神、那。お前、なのか――?」
――神咲神那(カンザキカンナ)、二回目の世界における神咲悠陽の一人娘であり、三回目の世界においては彼の六つ年下の妹である。
魔術師としての素養は八代目である神咲悠陽以上であり――固有結界に至ったのも不思議ではあるまい。だが――。
「……馬鹿な。お前はあの家で――」
自身を捨てた生家に厳重なまでに見張りの使い魔を配置したのは、その後に生まれた女児に付けられた名前が二回目の自身の娘と同一であった為だ。
法則的に在り得ない事だが、極めて異例な転生者であるか否かを疑った為であり――今の今まで怪しい素振りさえ無かった。
そう、あの家に居る娘は今はベッドで眠っている。それなのに――。
「家の周囲にしか監視の使い魔を設置してないのは手落ちでしたね。もう一年前から、贋物の人形に成り変わってますのに」
くすりと、さもおかしそうに神那は無邪気に笑った。
あの頃のまま、三十数年間に渡る二人旅をしていたあの頃と、何一つ変わらないものであり、言い知れぬ恐怖を彼に抱かせた。
(……何だ、これは……?)
――そう、何も変わっていない。
あれから二回目の世界で何年生きたか知らないが、それでも此方の世界では少なくとも十二年経っているのに関わらず、その挙動・仕草・癖に至るまで何一つ変わっていなかった。
「やっと、逢えた。逢いたかったです、お父様」
熱を帯びた口調で、神那は幸せそうに語る。
対する神咲悠陽に実の娘と対面した感動など微塵も無く、この世界の異常に眉を顰める。魔術は普通に行使出来るが、発火魔術に肉を焼き尽くすほどの熱量が一切発生しない。
物理法則そのものが根本的に入れ替わっている。この固有結界において炎には温度が生じず、独自の法則性に塗り替わった空間は些細な操作さえ受け付けない。
自身の魔術が完全に封殺された事を瞬時に悟り、この固有結界が自身にとって天敵たる世界である事を思い知る。
「……今更何をしに来た?」
「あれからずっと、ずっと考えたのです……」
時間稼ぎの為に、神咲悠陽は己が娘に問い質す。
この固有結界は彼にとって、英雄王ギルガメッシュに『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』をぶつけられるぐらい致命的だ。
英雄王の場合は慢心を捨てて乖離剣を取り出せば活路は見い出せるが、神咲悠陽にはそんな都合の良い切り札など持ち得ていない。
頼みの綱のランサーは『神父』との交戦中で援軍は期待出来ず、エルヴィとの念話は完全に途絶えてしまっている。
独力で天敵たる固有結界に挑まなければなるまい。だが、その前に、この娘が何を目的に此処に現れたのかを聞かずには居られない。
「何故、お父様は御自身を殺せと命じたのかを。私は、残りの人生の全てを費やして、その答えを導き出したのです」
神咲悠陽が娘に自身の殺害を命じたのは、自分自身が彼女の仇敵だったからだ。彼は彼女の祖父を殺し、母を殺した。復讐する権利が、彼女にはあった。
そして自身を殺せれば、聖杯も神咲の魔術刻印も受け継ぐに足る人物だと証明出来た。だが、この娘には出来なかった。
情に絆され、仇敵である自身を殺す事が出来なかった。だからこそ、死を呼び込む遺産を、娘に遺す訳にはいかなかった。
「――お父様。貴方を殺して、私は真実の愛を証明します。神咲神那は、神咲悠陽を永遠に愛していると――」
一瞬、思考が完全に停止する。
一体何を言っているのか、神咲悠陽には理解出来なかった。
「……何だ、それは」
何処をどう間違えれば、そんな巫山戯た結論に至るのか、彼には訳が解らなかった。
この身は間違い無く憎悪すべき対象だった。母を奪い、祖父も奪った。無情な殺人鬼に裁きの鉄槌を下す権利が、少女にはあった。
それなのに何故、こんな唾棄すべき自分を愛するなどと戯けた事を言えるのだろうか――?
「もう誰にも渡さない。何処にも行かせない。私の腕の中で、永久に眠りましょう? お父様」
温度の無き炎が荒れ狂い、静かに神咲悠陽の存在を焼いて行く。
物質的には作用せず、それは第二要素たる魂を焼く、痛みの生じぬ最優の殺害方法――。
「此処は私の固有結界『忘火楽園』。誰にも邪魔出来ない愛の揺り籠。一緒に添い遂げましょう、お父様――」
「――案外呆気無かったわねぇ」
初めから解り切っていた結末だった。
神咲悠陽にその娘・神咲神那をぶつければ、彼には滅びる道しかない。
『使い魔』とランサーを彼から剥ぎ取って投入すれば、後は二人一緒に近親相姦の果てに仲良く心中するという流れである。
『おやおや、我々が引き上げた間に決着が着いてしまうとは。相変わらずお見事な手際ですなぁ』
「もうちょっと食い下がると思ったんだけどねぇ。……しくじったなぁ、これじゃ戦略ゲームでの中盤から終盤みたいな消化試合だわぁ」
『曹操陣営を倒した後の呂布陣営みたいなもんですね、解ります』
共犯者に電話しながら、豊海柚葉は思わず愚痴った。
『過剰速写』の始末を最優先としたかったが、この予想外にも早く訪れた絶好の好機を逃す手は無かった。
同格の指し手は消え去り、斯くして魔都海鳴は彼女の独壇場となる。
「私達の謀略を『魔術師』が全部水際で阻止していた御蔭で、私達の脅威を『海鳴市』の連中は知らないんだよねぇ。謀略関連に関して完璧過ぎたが故の弊害よねぇ」
『すぐに思い知る事になるんじゃないですか? 後はゆっくり切り崩して美味しい処を手に入れるだけですし。ティセ一等空佐達が帰って来たら裁判終わらせて即座に再派遣しますよ』
「頼むわ。手持ちの駒が少ないのは詰まらないし、一人うざったいのが居て早く殺したいし……でも、介入者不在の『闇の書事件』はどれぐらい楽しめるかな?」
――温度の無い炎に成す術無く焼かれ続ける。
魂が焼けて、細部から欠け落ちて逝く喪失感に、抗う気力すら湧いて来ない。
元々この生命は復讐者である我が娘に捧げたものであり、彼女が殺すというのならば是非も無い。殺されてやるのが道理だった。
――『魔術師』神咲悠陽にとって、神咲神那は出遭ってはいけない天敵だった。
その固有結界もそうだが、一度死を約束し、焼死という結末を用意されれば最早死ぬしかあるまい。
一度目は事故で焼け死に、二度目は焼身自殺に終わり、三度目もまた同じ死因――考える事すら億劫になった神咲悠陽は意識さえ手放す。
――自分という観測者を失ったエルヴィは一緒に消え果て、マスターを失ったランサーは『神父』に討たれるだろう。
高町なのはは自分と関り深く無いので心配無いだろうし、思い残す事など何も無いだろう。
やっと全てが終わって、永遠の眠りに付く。今度こそ、彼女と一緒に――。
『――いいえ。貴方は此処で死すべきではない』
どくん、と。心臓が一際大きく鼓動する。
冷めた魂に熱が入り、それは身体中に駆け巡る。
『――私は、貴方に生きて欲しい』
思い出してしまった。最愛の彼女の言葉が、彼の胸に鮮やかに蘇る。
その情熱の炎は誰にも消す事は出来ず、世界の最果てから奏でられる愛の詩が全ての動力源となる。
「……え?」
温度無き炎に飲み込まれ、魂魄が残らず消える最中――炎を振り払い、神咲悠陽は自身の拳を握り締めた。感覚は生きている。まだ四肢は欠けずに残っている。
「――彼女は私に生きろと言った」
その言葉はどんな呪文よりも、彼に生きる活力を与える。
不本意なれども、彼女の言葉を違える訳にはいかない。胸の鼓動は熱く震える。魔術回路をフルに回転させ、魔術刻印さえ導入し、温度無き炎に抵抗する。
「二回目の最期の時なら、お前に殺されて良かった。『ワルプルギスの夜』の前なら、お前の手で殺されても悔いは無かった。だが、今はもう駄目だ。――私は彼女に生きろと言われた」
その宣戦布告に、この世界の支配者である少女は震えた。
「……誰? お父様は、私だけのものなのに」
機械的なまでの呟きには、悍ましいほどの憎悪が燃え滾っていた。
「誰が、奪った。私の、お父様を――!」
苛立ちの声は世界に波紋を齎し、際限無く温度無き炎を噴出させる。
子供の癇癪に似たようなそれを、『魔術師』は退屈気に嘲笑った。
――未だに絶体絶命の状況は変わらない。
だが、神咲神那が神咲悠陽を絶対的に打倒出来るのは、彼に実の娘を打倒する意志が無いからであり――全てを台無しにする『切り札(ジョーカー)』を、使っていなかっただけの話だった。
「――そういえば、お前にも私の魔眼の正体が何なのか、教えていなかったな。家族の好だ、最期に教えてやろう」
満を喫して、『魔術師』は両眼を開く。
麗しき真紅の色合いが強い虹色の瞳が、初めて我が娘を捉える――。
「――魔眼『バロール』。私の起源に引き摺られて若干変異しているが、正真正銘、視ただけで死を齎す神代の邪眼よ」
死の魔眼に映るは赤髪の少女だった。水色の着物を纏った十二歳の少女、右側で髪を縛ってサイドテールする少女であり、見て無事だった事への感慨が湧いてくる。
「……『バロール』? 『直死の魔眼』――?」
ケルト神話に登場する魔神、見たものを誰でも殺す事が出来る邪眼の持ち主――かの有名な、対象の死期を視覚情報として観測出来る『直死の魔眼』の原型とも言える神の眼の名前である。
――確かに、見ただけでほぼ全ての者が焼死する魔眼であったが、『バロール』の名を冠するとはとても思えない。
現に神咲神那は生きている。あの魔眼に見られて尚、焼死せずにいる。
本来の魔眼『バロール』は問答無用に見た対象を殺害する神代の大神秘であり、焼死限定でしかない彼の魔眼がそれに匹敵するなど与太話も良い処だ。
(はったり、なのかな? この固有結界にいる限り、全ての炎は無力と化すし――)
神咲神那はただの戯言と判断し、即座に温度無き炎を繰り出し――視覚されると同時に跡形も無く消え失せてしまう。
自身の固有結界に抑止力以外の綻びを、神咲神那は今、初めて自覚した。
「だから、私の起源に引き摺られて若干変異していると言っただろう。魔力・幸運・対魔力がB判定以下の者は確定で死亡――運が悪ければ、その内の二つがA判定でも即死するがな」
神咲悠陽は指を鳴らして一工程(シングルアクション)の発火魔術を行使する。
回避行動を取るまでも無い。此処ではあらゆる炎が温度を失い、無力以外の何物でも無い――それに、魔術回路に魔力を漲らせて対魔力を向上させている同格の魔術師相手に、単なる一工程の初等魔術が通用する筈が無い。
「……っっ!?」
薙ぎ払うように一工程の発火魔術が被弾し、彼女の皮膚を無慈悲に焼いた。身を焼き焦がす激痛が神咲神那の甘い認識を覆させた。
「そん、な……!? 私の固有結界の中ではどんな炎も無力化されるのに……!?」
「正確にはこの魔眼に魅入られた者の死因を『焼死』に変えるだけだ。いつまで滅びずにいられるかな――?」
この魔眼の副次効果として炎に対する耐性を数段階下げる事であり、視られただけで焼死する者は単に100%に近い『偶然』によって自然発火しただけの話である。
――彼の起源である『焼却』と『歪曲』に相応しい歪みっぷりである。
ただし、問題があるとすれば魔眼使用中は莫大な魔力を常に消費する事であり――固有結界という大魔術を展開し続けている神咲神那との壮絶な魔力の削り合いが始まった。