真・恋姫†無双 ご都合主義で聖杯戦争!?   作:AUOジョンソン

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zeroのアニメを見て、乖離剣の登場シーンに感動して鳥肌が立ったのは私だけではないはずです。

それでは、どうぞ。


第十七話 聖杯と泥と乖離剣と

「・・・っは!?」

 

意識が急に浮上し、体の感覚を取り戻した。

すぐに伏せていた体を起こす。

 

「・・・どう、なった・・・?」

 

くらくらとする頭を抑えながら、周りを見渡す。

目の前には・・・消えかけている、ランサーの姿があった。

原罪(メロダック)は命中しており、俺が気絶していたのは一瞬だったようだ。

弾丸を受けたせいか左腕に痛みが走り、動かしづらいが、帰るまで問題はないだろう。

 

「・・・良く、当てた・・・」

 

「偶然だ。・・・本当に、偶然だった」

 

剣はランサーの心臓に丁度刺さっており、傍目からでも霊核を破壊したのが分かった。

 

「成る程・・・幸運の持ち主と・・・いうわけ、か」

 

「済まないな」

 

「私のことは良い・・・。それよりも、マスターを頼む」

 

「お前の・・・か?」

 

「ああ・・・マスターは、此処ではない世界・・・異世界の日本より来たと言っていた・・・どうか、マス、ター・・・を・・・」

 

最後まで言い切ることなく、ランサーは消えた。

からん、と原罪(メロダック)が落ち、その向こうには倒れたランサーのマスターが見えた。令呪のブーストの他に、自身の魔力も流していたらしいランサーのマスターは、魔力が欠乏して倒れたのだろう。

俺は原罪(メロダック)を拾ってランサーのマスターの元へと歩く。

 

「・・・ふ、ふ・・・。負けた、のだな」

 

「ああ。俺が勝った」

 

「殺せ。サーヴァントがいなくなった以上・・・望みはない」

 

いともあっさりと彼はそう言った。目に迷いはなく、死ぬならそれまで、と言う諦めが見えた。

・・・だが、殺すわけにはいかない。聞かなければいけないことがある。

 

「ランサーが言っていた・・・あんたが異世界から来たというのは本当なのか?」

 

「・・・くく、ランサーめ・・・。おしゃべりな奴だ。・・・ああそうだ。俺は現代日本から此処へと来た」

 

「どうやって・・・。まさか、管理者達に?」

 

ランサーのマスターは苦しそうに体を起こし、船の上にどかりと座り込んだ。

そのまま、彼は語り出した。

 

「ふ、知らん。俺は忍者だった・・・現代に残った甲賀の一族なのだ。・・・忍術は魔術を応用したものでな。だから俺には魔術の心得が多少あった」

 

忍者・・・本当にいたんだなぁ。

 

「ある時、誰か・・・誰かは分からんが、そいつに俺は此処へ送り込まれた。目覚めたところは小屋で、俺の仕事道具とサーヴァントを召喚するための手順が書かれた本だけがあった」

 

彼はそれを元にランサーを召喚。聖杯に元の世界へ戻してもらえるように頼もうとしていたらしい。

成る程、彼もある意味北郷くんの様なものだったのだ。

 

「いや、最初は驚いた。三国志の武将の名前を持つのが、女とはな」

 

最初に曹操を見たときは驚きを隠すので精一杯だった、と彼は微笑する。

だが、次の瞬間には何の隙もない真剣な表情に戻り、俺に鋭利な視線を寄こしながら言った。

 

「・・・だが、それも潰えた。戻れぬのなら、今までの事も意味はない・・・さぁ、殺せ」

 

「それは・・・出来ないな」

 

「同情したのか? ・・・そんなものいらん」

 

そう言った彼の瞳には怒りが宿っていた。俺も逆の立場なら同情なんてされたくないだろう。

 

「そうじゃない。俺も同じ様な境遇なんだ。だから、諦めるなって言いたいんだよ」

 

「諦めるな・・・?」

 

「忍術が使えるんだろ? ・・・だったら、それで甲賀を起こせばいい。あんたが忍者の頭領だ。・・・夢のある話しだろう」

 

「・・・ふ、ふふふふふ・・・面白いことを言う」

 

俺は遠くに飛んで行ってしまった絶世の名剣(デュランダル)と手元の原罪(メロダック)を鞘ごと宝物庫にしまう。

 

「俺は手を出さないし、助けない。・・・ま、ここも悪いことばっかりじゃないって事だけは知っておいて欲しいかな」

 

それだけ言い残して、俺は船から小舟へ飛び乗る。・・・痛い。傷に響くなぁ、これ。

苦労しながら本陣の船までたどり着くと、自分の部隊の兵士に手伝って貰いながら船の上へと登る。

 

「お兄さんっ!」

 

だだだっ、と焦ったように桃香がこちらまで走ってくる。

 

「おー、桃香か・・・。戦いはどうなった?」

 

「お兄さんが槍兵さんを止めててくれたから、勝てたよ! 今、曹操さんは撤退してる!」

 

「そっか・・・よっ・・・っと」

 

船によじ登った後力が入らなくなって膝をついていたが、気力で立ち上がる。

 

「起きあがって大丈夫なの!?」

 

そんな俺を見て桃香が抱きつくように俺を支えた。

心配そうな表情を浮かべる桃香を安心させるように顔に笑顔を浮かべ、笑いかける。

 

「はは、サーヴァントを舐めるなよ? 魔力さえあれば大体何とかなるんだよ」

 

最も、受肉している扱いらしい俺は魔力があっても治りにくいのだが。

桃香に手伝って貰って人気のないところへ移動した後、取り敢えず鎧を脱ぐ。着替えはライダージャケットにしようと思ったが、服に締め付けられ若干痛みが走るので神様サービスで入っていたフランチェスカの制服を身に纏う。

うん、傷に響かなくて良い感じ。温かいし。

取り敢えず立って歩けるぐらいまでは回復したので、立ち上がり、周りを見渡す。

 

「勝った・・・んだよな」

 

「うんっ! ・・・後は、曹操さんを追撃して、戦力を削るだけだよ!」

 

桃香の言葉にうなずきを返し、帰ってくる蜀呉の船を見つめる。

 

・・・

 

「・・・ランサーが破れたか」

 

「どうする? このまま魏の背後を突いて曹操と天の御使いを確保する?」

 

「そうした方が後々の・・・むっ!?」

 

「な、なんだこれは・・・! 聖杯が・・・暴走している!?」

 

「くそ、流石に魔法でも魔術でもないもので修復したせいか安定しないか・・・!」

 

「ランサーを取り込んだ所為かな・・・一端離れた方が良さそうだ」

 

「そうだな。バーサーカー!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

主に呼び出されたバーサーカーは、二人の男を抱えて船から跳ぶ。

流れ着いた小舟や木っ端を足場に、川岸まで跳んだあと、男二人を降ろした。

 

「・・・ランサーを取り込んだから、その分の泥を吐き出すつもりなのかな?」

 

「ま、これで魏は泥に取り込まれるだろう。その後で聖杯戦争を続ければいい」

 

「そうだね。後は収まるまで休憩かな」

 

・・・

 

撤退をしていく曹魏の背後に、それは現れた。

黒く、どろどろとしたコールタールを連想させるそれは、一隻の船から流れ出た。

船を黒く染めると、次は川に流れ始める。海かと見間違うほどの川を黒く染め上げながら、確実にそれは曹魏の軍団に迫っていた。

 

「あれ・・・は・・・!」

 

体が強ばる。間違いない。画面越しにしか見た事はないけど・・・今の俺には感覚で分かる。

あれは聖杯の泥だ。何故かは分からないが聖杯が暴走し、その内包する泥を解放しようとしている。

 

「な、なに、あれ・・・!」

 

「桃香、急いで全ての人間を川から離れさせろ!」

 

「お、お兄さんはっ!?」

 

「魏の奴らを見捨てられないだろ!」

 

泥は魏に近い所から流れ出している。蜀呉は逃げる時間があるが、魏はほとんど目と鼻の先に泥が迫って行っている。

あれを何とかしないと曹魏の部隊は壊滅状態・・・いや、もっと酷い状態に陥ることになる。

 

「お兄さん・・・。ごめんね、ずっと頼ってばかりで」

 

「構わないさ。月を助けてくれた恩を返したいだけなんだから」

 

そう言ってから乖離剣を取り出し、船の甲板を蹴るようにして空中へ跳ぶ。

体は余り言うことを聞かないが、魔力は十分だ。あの泥を何とかするのも一応手は考えてある。

船から船へと飛び移るように移動していく

 

「聞こえるかしらぁん?」

 

直後、声が聞こえた。脳に直接語りかけてくるようなこの感覚は、きっと念話だろう。

あまりの寒気に思わず立ち止まったのは悪くないはず。

 

「むふふ、何で念話が繋がるのか気になっちゃうようねん」

 

怪しい息づかいをしながら、貂蝉は何故念話が出来るのかを教えてくれた。

聖杯から泥があふれ出た瞬間、貂蝉は卑弥呼と魔法使い卑弥呼を連れて月の元へと向かったらしい。

そこで月に事情を話し、俺と月のパスを使って念話を送っているらしい。

・・・その船には月の他にも詠や響、孔雀もいたはずだが・・・うん、後でケアしておくとしよう。

で、何のようなんだ、と貂蝉に返す。

貂蝉は真面目な口調で、頼みたいことがあるの、と言った。

 

「聖杯の泥が流れ出したのはおそらく聖杯の修復が不完全で何らかの穴が開いたせいでしょうねん」

 

貂蝉は卑弥呼と共に聖杯の元へと向かい、管理者としての力を使って聖杯の穴を何とかするらしい。

・・・何とかってどういう事だ、と思ったが、前に俺と魔法使い卑弥呼を閉じこめた隔離された世界を作る技術を応用して何とかかんとかと説明された。

要するに、どうして欲しいんだ? と単刀直入に聞いてみると、短くこう返ってきた

 

「あなたの乖離剣で、泥を押しとどめておいて欲しいのよ」

 

何でも、泥は人を求めて移動しているらしく、一番近くにいる魏に向かってきているらしい。

その泥を乖離剣で押しとどめている間に貂蝉達は聖杯が積んであるであろう船へ接近し、修復を試みるらしい。

ふと、そこまで近づけるのなら壊した方が早くないかと聞いてみたが、聖杯を壊すことによって更に泥が流れ出したら手に負えなくなるから無理、とのことだった。

ああ、成る程納得。サーヴァントなら壊せるけど、この状況では近づけないし、だったら修復してでも泥を止めるのが先か。

了解した、と返事を返し、次の船を見つけ、飛び移る。

念話の時間は短かったとはいえ、泥は確実に曹魏に迫っていた。

いまだに水上で取り残されているような部隊もいるし、やはり時間稼ぎは必要だろう。

途中、沈む船に取り残されている人影を発見し、人数も二人と助けられそうなので、その船に着地。

その人影に声を掛けようとして近づいたとき・・・

 

「・・・え・・・!?」

 

がっつりばっちり北郷くんと目が合った。

・・・あ、俺フランチェスカの制服を・・・。

 

「・・・うん、気にしたら負けか」

 

取り敢えず、北郷くんともう一人・・・ネコミミフードの少女を脇に抱えて沈む船から脱出。

小脇に抱えた瞬間ネコミミフードが五月蠅かったが、我慢して貰うことに。この程度じゃ妊娠しないって。

曹の旗が立っている船まで運び、二人を降ろしてすぐに足を踏み出す。

背後でわーわーと何か騒いでいるようだが、気にせずに泥の元へと急いだ。

泥が迫ってきているギリギリまでたどり着くと、船から水中へと飛び込む。

 

天の鎖(エルキドゥ)!」

 

飛び込む前に鎧を装備して、天の鎖(エルキドゥ)で川底と足を固定する。

川の中まで黒く染め上げる泥と相対すると、恐怖心が心の底からこみ上げてくる。

あれには抵抗できない。逃げろ。此処で逃げても敵である魏が泥に飲まれるだけだ。

そんな逃げの考えに抵抗するように目を閉じ、手に持った乖離剣に意識を集中させる。

魔力は十分。先ほどの戦いで宝物庫にしまいっぱなしだったからか、エアもやる気十分のようだ。

 

「行くぞ、エア。対界宝具のお前なら、泥をかき消すくらい出来るだろう? ・・・サーヴァントとして、人を救ってみようじゃないか」

 

魔力を流すと、エアの刀身が回転を始める。

柄の部分からガスとも水蒸気とも取れない何かを放出し、周りの水を蒸発させながらエアは激しく回転していく。

回転する刀身に巻き込まれた水は水流を生みだし、エアの生み出した風と共に混ざり合う。

水の中でも回転数を落とさない乖離剣を構えながら、目の前の泥をにらみつけて真名開放を放つために右腕を引き絞る。

 

天地乖離す(エヌマ)・・・」

 

不思議と水の中でもきちんと発音できた。

このまま垂れ流された泥を押し返し、聖杯の中へ押し込む。

聖杯の修復が終わったときには残った魔法使い卑弥呼が念話を使って教えてくれるらしい。

ならば後は暴走が収まるまで俺が泥を押さえ込めばいいだけだ。

なんて簡単。

・・・だが、問題はこのランクEX宝具を残った魔力で長時間発動させ続ける事が出来るのか、と言う事だけだが、まぁ、そこは気合いで。

俺は引き絞った矢を放つように右腕を前に突き出しつつ、ため込んだエネルギーを前方の黒い泥に向けて放つ。

 

「・・・開闢の星(エリシュ)!」

 

川の水を回転させる竜巻が眼前の泥へ向かっていく。

宝具のバックアップに、保有する魔力を使い切る思いでエアに流し、右腕を突き出す。

擬似的な次元断層を作り出すこの宝具なら、泥をその断層へと巻き込んでいくことが出来、泥を飛び散らさずに済むだろう。

後は、魔力と天の鎖(エルキドゥ)がどれだけ持つか。それだけだ。

 

・・・

 

月は、瞑っていた目を開ける。

すでに貂蝉と卑弥呼は何処かへ消え、部屋には月と詠、響、孔雀、そして伝令として残った女性の卑弥呼だけになる。

部屋から二つの巨体が消えた開放感か、響がふぅ、と息をついた。

 

「・・・でかかったねー」

 

「なんでボクにふるのさ。・・・まぁ、おっきかったけど」

 

響は孔雀に先ほどの二人の外見についてでかかっただとか笑顔が怖かったとかキモさが一周回って逆にキモいだとか話しかけていた。

 

「あ・・・そうだ、ギルさんのために令呪使った方が良いよね」

 

月は誰に言うでもなく呟いた。

貂蝉の話しによると、アーチャーは自身の持つ最高の宝具を使い、流れ出る泥を押しとどめる役割になったと聞いた。

月はアーチャーの宝具を一つ(王の財宝)しか知らない。最高の宝具というのは見た事がないけれど、きっととても魔力を使うに違いない。

そう思っての発言だったが、それを孔雀が止めた。

 

「やめておいた方が良いと思うけどね。後二画しか残ってないんでしょ? 此処で一画使って、バーサーカーが攻め込んできた時どうするのさ」

 

そこでまた一画使ったら令呪無くなるんだよ? と孔雀は警告するように言葉を投げかけた。

 

「それに、貂蝉が確認してたけど、何とかなるくらいの魔力は残ってるんだってさ。危なくなったら月からごっそり魔力が引き出されるだろうし、その時に使えばいいと思うよ?」

 

「そう・・・ですか」

 

魔術師としては目の前に座る孔雀の方が先輩だ。素直にしたがっておいた方が良いだろう、と月は判断し、不安げに令呪を見るだけにとどまった。

 

「そう心配しなくても良いと思うわよ、弓兵の主人。わらわと戦ったときにその最高の宝具を見たけど、わらわとの戦いで消耗していた時に使っても世界を揺らす威力だったんだし・・・。更に状況が良い今なら、何の問題もなく発動できるでしょ」

 

「・・・あんた、ギルと戦ったわけ?」

 

詠が信じられないものを見る目で卑弥呼を見る。

 

「・・・っていうか、あの時の揺れってやっぱりギルさんだったんだね・・・」

 

響はもう驚かないよ、うん。と呟きながら自身の髪の毛をくるくると弄っていた。

 

「うん。戦ったわよ。・・・いやー、あれは調子が良いときに全盛の魔力でやられてたら、わらわも危なかったかもねー」

 

卑弥呼がそう言った瞬間、船が大きく揺れた。

 

「きゃっ!?」

 

「な、なにこれっ、なにこれー!」

 

少女達は近くにあるものに捕まり、揺れが収まるのを待った。

しばらくすると兵士が一人部屋に入ってきた。その兵士曰く、激しい波が起きていて、船がかなり揺れるとのことだった。

進めないほどではないけど、しばらくは我慢して欲しい。そう続けて、伝令の兵士は去っていった。

 

「これ、やっぱギルさん?」

 

「・・・だろうね。激しい魔力の奔流が前方から感じ取れる。月、ギルの様子は感じ取れる?」

 

「はい、パスから少しだけ感じ取れます。・・・このままの勢いなら、魔力は持ちそうです」

 

「そっか。・・・なら、後はボク達がこの揺れに耐えるだけだね。・・・おっとっと」

 

柔らかく微笑みながら、揺れる船の中で何とか体勢を整えようとする孔雀。

 

「金ぴかはわらわが認めた英雄だよ? このくらいやってくれないとね。・・・うわっとっと」

 

きりっとした顔で偉そうに胸を張った卑弥呼だったが、直後の揺れで危うく転びそうになっていた。

そんな締まらないやりとりをしながら、少女達の乗った船は着々と岸へと向かっていった。

 

・・・

 

はっきり言って、ライダーは焦っていた。

警備隊長のクセに前線に赴き、妙に張り切って前線に飛び込んでいった自身のマスターを守るために共に曹魏の船へ突っ込んでいったのはまだ良かった。

いくら肉弾戦が苦手だからといっても、人間の兵士は危険になり得ないからだ。

だが、曹魏が撤退を始めた頃。その背後から流れ出した黒い重油のような何かは、完全に自分の許容範疇を越えていた。

 

「ライダー!」

 

「分かってんよぉ!」

 

マスターのかけ声に、自分たちはまず負傷者達を遠ざけることから始めた。

魔術師ではないただの兵士達にもあの黒い何かの危険性は本能で察知できるらしく、声を掛けるだけですぐに撤退の準備は整った。

あの泥に触れてはいけない。もしスキル『直感』があれば・・・いや、無くても感知できるほどの危機感。

その危機感と助けなければならない人間の多さによる焦燥感が、ライダーを突き動かしていた。

 

「おい! まだ負傷者はいるのかっ!?」

 

マスターである多喜があたりを駆け回る兵士達に声を荒げて聞く。

それぞれからいない、との声を返して貰った多喜は、なら俺達も撤退だ、と駆けだした。

急いで逃げなければならないときは今乗っているような大きい船より、小舟を櫂で漕いでいった方が速い。

何隻かに分けて乗り込んだ兵士達は、かけ声を合わせながら力一杯櫂を動かしていた。

 

「マスター、先に行ってろ。俺はセイバーやアーチャーんとこ行ってみる」

 

警備隊長だから、と最後まで残ったマスターにそう言って、ライダーは背を向けた。

 

「・・・おう。無茶はするなよ」

 

「マスターと同じく、逃げ足だけは自信あるんだ」

 

「さすが、俺のサーヴァントだ。・・・全員乗ったな!? おら、漕ぐぞ!」

 

応、と元気な返事が聞こえる。満足げに頷いたマスターは、全員と協力しながら岸へと向かっていった。

さて、と気を引き締める。風が外套をはためかせ、その下にある暗闇が顔をのぞかせる。

 

「むむ、セイバーの戦場が一番近いな。まずはそっちを当たってみるか」

 

ふわりと浮かんだライダーは、飛行しながら船から船へと渡っていった。

次の船へと目を配り、飛んでいった瞬間。ライダー自身は気付かなかったが、その後ろをすれ違うように、アーチャーが船の甲板から次の船へと飛び移っていた。

 

・・・

 

「ちっ・・・銀よ! 大丈夫かっ!」

 

「一応な! 取り敢えず、こいつら運びださねえと!」

 

「分かっている! 手の空いた者はこちらを手伝え! 負傷者を岸まで運ぶぞ!」

 

「応!」

 

セイバーは自身も何人かを運びつつ、他の兵士達にも指示を飛ばしていく。

カリスマスキルのおかげか、他の戦場よりもセイバーの周りは撤退の速度が速く、余裕を持って岸へとたどり着くことが出来るだろうと判断できた。

 

「セイバー」

 

全員を船から小舟へと移動させ、誰か残されていないかを確認しているとき、聞き慣れた声がした。

 

「ライダーか。どうした? 何か異変か?」

 

「いんや、こっちの様子を見に来ただけだ。あの黒い何かは見たか?」

 

「・・・ああ。あれは何だ?」

 

「俺にも分からんよ。ただ、俺達に害なす物であることだけはしっかりと理解できるぜ」

 

「その通りだな。・・・アーチャーとアサシンには会ったか?」

 

「いや、まだだ。・・・どうする? いったん戻ってアーチャーとアサシンのマスターに確認を取ってみるか?」

 

「そうした方が良いだろうな。・・・マスター、先に船で戻っていてくれ」

 

「セイバーはどうすんだ?」

 

「私はライダーと共に本陣へと戻る。アーチャーならあの黒い何かを何とか出来るかもしれぬしな」

 

銀はしばらく考えた後、ま、あいつってなんか何でもありだからなぁ、と呟いた後、セイバーに許可を出した。

 

「ただし! 死ぬなよ?」

 

「もちろんだ。先に一人だけ除隊など出来る物か」

 

「それでいいぜ、セイバー。じゃ、またな」

 

そう言うと、銀は軽い足取りで走り去っていった。

 

「よし、なら行くぜセイバー。船の間は移動できるよな?」

 

「ああ。英霊としての私なら問題ない」

 

生前ならそんな無茶できなかったが、と苦笑しつつも、セイバーは全身を使って目前の船へと飛び移る。

そんなセイバーにおいて行かれまいと、ライダーもセイバーを追って飛び移った。

 

・・・

 

アサシンは迷っていた。自身のマスターである響の乗っている船の周りを警備しているのはいつものことだから良いとして、あの黒いのは何だ。

サーヴァントという神秘ですら太刀打ちできない黒い奔流。飲み込まれればただ取り込まれるだけだろうと感覚で理解してしまうほど。

他のサーヴァントが攻めてきたというのなら右腕を解放して戦えば倒すことが出来るが、あれは自身の宝具じゃ太刀打ちできない。

 

「・・・」

 

音も気配もなく船の上に移動すると、黒い何かの動きを把握しようと目をこらす。

黒い何かはゆっくりと曹魏の船団に向かっているように見える。

あの速度なら、自分たち蜀呉は逃げられるだろう。そう判断して視線を外そうとしたが、ちらり、と高速で動く何かが見えた。

こちらに向かってきている二つの影と、黒い何かに向かっていっている一つの影。

前者についてはだんだんと近づいてくるためにすぐに分かった。セイバーとライダーだ。

ならば、後者はおそらくアーチャーだろう。彼の宝具なら太刀打ちできると判断し、急いで向かっているのだ、とアサシンは推定した。

 

「ハサンか! ギルは!?」

 

この船へたどり着いたセイバーとライダーがこちらに声を掛けてくる。

その質問に、首を横に振ることで答える。

 

「そうか・・・。取り敢えず、月殿に話を聞くぞ。パスで居場所くらいは分かるかも知れないからな」

 

こくり、とうなずきを返して、二人の後を付いていくように船の中へと入ろうとした瞬間。

 

「ッ!? ・・・なんだこの魔力は・・・!?」

 

曹魏の船団の向こう。黒い何かと船団の間に、世界がずれるのではないかと思うほどの魔力の奔流。

思わず構えてしまい、船の中に入るどころではなくなってしまう三人。

セイバーとライダーの二人はアサシンと同じ所に立ち、何が起こっているのかを確認する。

視線の先には黒い何かの進行方向に回転する水面が見えた。

あり得ないくらいの魔力の流れ。その流れはせめぎ合う回転の中で次元にずれを起こす。

 

「あれは・・・ギルか・・・?」

 

「だろうな。あいつがいないときに起こる事件は大体あいつが原因だ」

 

コクコク、とアサシンも頷く。

黒い何かはそれ以上先には進めず、ずれた次元の先へと消えていく。

その間に曹魏の船団は9割方撤退を完了しており、後はあれが流れ出る大元を何とかすればこの騒ぎは終わる。

 

「・・・取り敢えず、月殿に詳しい話を聞こう」

 

三人は、今度こそ船の中へと入っていった。

 

・・・

 

「あ、正刃さん! 雷蛇さんにハサンも! 無事だったんだ!」

 

「ああ。・・・ところで、ギルはやはり・・・?」

 

「うん」

 

まず最初に三人に気付いたのは響だった。

ギルはどこに、と言う質問に、響はアーチャーが修復までの時間稼ぎを行っていることを説明した。

 

「なるほど、な。乖離剣の話は一度ギルから聞いていた。・・・だが、あれほどの威力とは・・・」

 

「そろそろ聖杯の修復も終わる頃だと思うんだけどね。あの筋肉達磨から連絡来ないのよ。・・・まったく、わらわをこんな雑用に使うなんて・・・」

 

「まぁまぁ。焦ってもあの人達の仕事が速く終わるわけでもなし、ゆっくり待とうよ」

 

「・・・ボクとしては孔雀のその落ち着きようが不思議なんだけど」

 

「ふっふっふ。これが大人の落ち着きってものさ。ギルに頭撫でられて子供みたいにはしゃいでる詠とは違うんだよ」

 

「なっ、なんでそこでギルが出てくるのよっ。それに、私ははしゃいでないっ!」

 

「べつにー? 特に意味はないけどねぇ。何を熱くなってるのかなぁ」

 

「く、じゃ、くぅー!」

 

今にもつかみかかりそうになっている詠に、おろおろとしながらも月は声を掛けた。

 

「落ち着こうよ、詠ちゃぁん・・・」

 

「うぅっ、ゆ、月がそういうなら・・・」

 

しばらくそんなやりとりを見ていると、卑弥呼が顔を上げた。

 

「報告来たっ、修復完了! 月、ちょっと接続借りるわよ!」

 

「あ、はいっ」

 

卑弥呼が月の手を取ると、月は目を閉じてアーチャーとのパスを意識して繋げようとする。

しばらくそのままでいると、卑弥呼が月の手を離した。

 

「これで大丈夫でしょ。・・・ふぅ、疲れたー・・・!」

 

卑弥呼のその一言に、全員が安堵の息を漏らした。

 

・・・

 

魔力も体力も尽きてきて、右腕ががたがたと震え出す。

乖離剣の真名開放の余波に体が耐えきれなくなってきているのだ。

宝物庫の宝具達のバックアップがなければとうに泥に飲まれていただろう。そこまで状況は逼迫している。

だが、まだ修復が終わったと連絡は来ていない。ならば、俺はやるべき事をやらなければならない。

天の鎖(エルキドゥ)も地面から抜け掛かっており、予断を許さない状況だ。しかし突き刺し直す余裕はない。

 

「・・・く、ぅ・・・」

 

思わず口から苦悶の声が漏れる。

目の前に迫る黒い泥。取り込まれればどうなるか分からないそれを目の前に、精神力もすり減っていく。

終わりの見えない行為ほど、苦痛に感じる物はない。

まだ、終わらないのか・・・。

右腕の感覚が麻痺し、乖離剣を握る握力すらなくなる寸前。

 

「修復完了よ金ぴか! 今あるそれ(・・)を片付けて、撤退しなさい!」

 

頭の中に、魔法使い卑弥呼の声が響く。

その声を聞いた瞬間、体中が再び力を取り戻す。

 

「ラスト・・・スパートだ・・・! エアっ!」

 

エアは俺の言葉に応えるかのように紫の紋様を一際強く輝かせ、目の前の泥を次元断層へと送り届ける。

追加される泥がないからか、すぐに泥は消えていき・・・目の前には、ただ渦巻く水だけになった。

 

「・・・ふぅ・・・はぁ・・・っ!」

 

回転を止め、エアを突き出していた右腕を降ろす。

呼吸は荒く、心臓は暴走するように血液を送っている。

水中なのに呼吸が出来るのはおそらく鎧の力だろう。それか宝物庫の中の宝具のバックアップだ。

今はそれを確認する気力すらない。

 

「お疲れ・・・天の鎖(エルキドゥ)・・・」

 

下半身を固定していた天の鎖(エルキドゥ)を宝物庫に戻し、地面を蹴る。

弱々しい一撃だったが、自分の体を水面まで浮かせることは出来たようだ。

そこから何かの木っ端を見つけ、それに掴まって岸までたどり着いた。

・・・幸運がA++じゃなければ、おそらく生き残れなかっただろう。最近ステータスを確認したら幸運があがっていたのには驚いたが。

 

「やりきったぞー・・・」

 

岸に上がった後にすぐに地面に仰向けになって倒れ込み、空を仰いだ。

鎧すら顕現する力をなくしたのか、自動的にフランチェスカの制服に変化した。いや、濡れてて水が溜まってたからちょうど良いけど。

達成感を感じて、右手を空に突き出すも、力なく地面に落ちてしまった。

 

「・・・あー」

 

消耗している。

俺の状態を表すのに、これほど的確な言葉はない。

ランサーとの制限状態での極限の戦い。船を飛び移り、水の中を泳ぎ、挙げ句の果てにはEXランク宝具の長時間使用。

これらが合わさり、フルマラソンでも走った後のような消耗が俺を襲っている。

魔力、気力、体力・・・ありとあらゆる力が希薄だ。

 

「い、よ・・・っと」

 

だが、倒れてばかりはいられない。蜀呉の陣地まで帰って、月と詠をはじめとする蜀の子たちの頭を撫でなくてはいけないのだ。

彼女たちは心配性だから、俺が居なくなると多分泣いてしまうし。・・・泣いてくれるよな? 

 

「・・・起きたのは良いけど・・・ここ、何処だよ」

 

上半身だけを起こして川とご対面しつつ、呟く。すると・・・

 

「此処は私たち・・・曹魏の駐屯所よ」

 

なんだか怖ろしい単語が聞こえた気がする。いや、うん。何を心配することがあるんだ俺! 俺は幸運A++の持ち主だぜ!? 

そんな簡単に悪いことが起こって・・・

 

「取り敢えず、事情を聞きましょうか? ・・・もう一人の天の御使いさん?」

 

振り向いたその先には、良い笑顔をした曹操さんの姿が。

・・・うわ、夏候惇さんもいらっしゃるんですね。はっはっは・・・

 

「・・・なんでさ」

 

あ、この台詞は違う・・・アーチャー違いだった・・・。

 

・・・




「幸運A++・・・だと・・・?」「具体的な例を挙げると、適当に蹴りを入れた富豪のお嬢様となんやかんやで結婚までいけるくらいの幸運らしい」「幸運って括りに入れていいものじゃないだろ・・・」

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