ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 今回から最終章の始まりです。

 この最終章の後は、ついに第二回の人気投票がががががが。



第十八項 一端覧祭前日

 十一月の寒空の、とある病院のとある病室での事だった。

 紅葉シーズンも終盤に差し掛かり、枝と幹だけの寂しい木々が歩道や道路を彩る――そんな十一月の中盤の事だった。

 病室の窓からは第七学区の歩道を行き交う大勢の人々が確認できる。今が学園都市の二大イベントの一つ『一端覧祭』の真っ只中という事もあり、第七学区を徘徊する人々の数は通常の休日に比べて大分多くなっている。

 明るい太陽に少しばかりの雲がかかった午後の事だった。

 多くの学生たちが楽しそうに自分たちの学校をアピールしている、通常比三割増しぐらいに活気だっていた学園都市での事だった。

 

「あ、あの、沈利さん? 今あなた、一体何と申しましたか……?」

 

 そんな中、草壁流砂という少年が驚愕を露わにしていた。

 彼が上半身を起こしているベッドの傍のラックにはぐしゃぐしゃに拉げた土星の輪のような形状のゴーグルが置いてあり、彼の視線の先には麦野沈利と呼ばれる少女の姿がある。現在進行形で驚愕している流砂の前の沈利は仄かに頬を朱く染めているのだった。

 麦野沈利はきっちりと揃えられた膝の上で両手をぎゅっと握り締めていた。

 

「……は、恥ずかしいから何度も言わせないでよ」

 

「いや、その、スッゲー信じ難い事を言われた気がしたからさ」

 

 完全に居辛い空気が充満していた。新手の能力者の仕業だと言われても容易に信じてしまいそうなほどの居辛さだった。互いに顔を赤く染めながらもちらちらと視線を交わす二人は、どこからどう見ても初心なカップルそのものだった。――いや、これでも彼らは正式な恋人同士なのだけれど。

 

「と、とりあえずさ、沈利。もう一度だけ言ってくんね? 今度は絶対に聞き返したりしねーッスから」

 

「…………あと一回だけだからな」

 

 沈利が頷くと、流砂はゴクリと固唾を呑んだ。

 真剣な表情で心構えも身構えも終えた流砂の瞳を真っ直ぐと見つめ、沈利は顔を紅蓮に染めながら今世紀最大の衝撃発言をぶっ込んだ。

 

私と結婚(・・・・)してくれ(・・・・)!」

 

 さぁ、これはやっぱり説明しておかなければなるまい。

 この『一端覧祭』で、流砂と沈利の間に一体何が起こったのかをっっっ!

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 殻錐白良は懐かしい顔に出くわした。

 

「あれは……上条さん?」

 

 『一端覧祭』の前日であるために忙しさがピークに達してしまっているとある高校の一年七組の教室に、その少年はとてつもなく無残な姿で運ばれてきた。

 上条当麻。

 『上条属性』とか『一級フラグ建築士』とかいう多種多様な称号を与えられている少年であり、何故か結構な頻度で学校を休むことでも有名なツンツン頭の少年である。

 スズメバチの巣に顔面を突っ込んだような状態になっている上条を簀巻きにして持ってきたのは吹寄制理という実行委員大好き少女で、予想もしなかった上条の連行にクラスメイト達はハサミやカッターやトンカチなどといった凶器・鈍器のオンパレードを即座に準備し、とてつもなくイイ笑顔で彼を心の底から歓迎していた。

 

「今まで連絡も寄越さずにサボってたくせによく平気そうな顔でやってこれたな上条……ッ!」

 

「どうせどこぞの美少女とか美女とか相手にハッスルしてたんだろうがこの上条属性野郎がァ……ッ!」

 

「とりあえずこのツンツン頭をスキンヘッドに劇的ビフォーアフターしちゃわない? それぐらいしないと腹の虫の怒りが収まらないんだけど」

 

「祭りじゃーっ! 血祭りじゃーっ!」

 

「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!? 自分でも仕方がないとは思うけどそれ以上にクラスメイトの皆さんの目がマジな件について上条さんは本気で恐怖していますのことよ!」

 

「自覚があるなら欠席しないようにしなさいよ貴様!」

 

「ま、まぁまぁまぁまぁみなさん落ち着いて! こうして上条さんも無事に到着してくれたんですし、ここからはみんな仲良く張り切って作業に勤しもうじゃないですか! はい、上条さんはそっちの屋台の壁を作って! 吹寄さんたちは看板作りを再開してください! 『一端覧祭』は明日なんですからーっ!」

 

 場の混乱を抑え込むべく殻錐白良は慣れない大声を教室中に轟かせる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 シルフィちゃんが自室から出てこない件について。

 

「……何があったんスか?」

 

「いやー。なんか虫歯が出来ちゃったみたいで……私としては今すぐにでも歯医者に連れて行った方が良いと思うじゃないですか? でも、シルフィは全力で歯医者がイヤの様で……幼いながらに籠城戦を始めちゃったみたいなんですよねー」

 

「あー……」

 

 警備員に超低価格で与えられるとあるマンションの一室にて。

 ステファニー=ゴージャスパレスと草壁流砂は押し開き式の扉の前に立っていた。今が家の中だからか流砂の頭にはチャームポイントである土星の輪のようなゴーグルが装着されておらず、拘束を解かれたモノクロ頭が無造作に跳ねてしまっている。

 ステファニーから事情を聴いた流砂は扉を三回ほどノックし、

 

「おーい、シルフィー。そのまま虫歯を放っといたら、口が腐って無くなっちゃうッスよー?」

 

『……別にその程度、怖くない』

 

「ヤベーこの幼女、心の耐久度が達人クラスだ」

 

「そんなに感心するところですか?」

 

 おぉぅ、と大袈裟なリアクションを取る流砂にステファニーのジト目が突き刺さる。

 ステファニーは小さく溜め息を吐き、

 

「シルフィ。あなたがこのまま籠城を続けるというのなら、私が実力行使に出ても文句は言われないとは思いませんか? 私は基本的にテロリスト脳なので扉をぶち壊すのは大歓迎って感じですからね」

 

『…………』

 

 扉の向こうから帰ってきたのは沈黙と静寂。ここからでは確認できないが、この扉の向こうでは現在進行形で屈するか籠城を続けるかの二択に悩まされている少女の姿があるはずだ。歯医者という地獄から逃れるために戦う、一人の勇者の姿が。

 ステファニーは溜め息交じりに手榴弾を取り出し、そんな彼女を流砂は全力で羽交い絞めにする。こんな所で爆破事件なんて起こしたらいろいろと面倒な事になるのは目に見えている。というかそもそも、警備員に復帰予定のステファニーが事件の当事者だなんてばれたら復帰自体が無かった事になるかもしれない。

 彼女の為に彼女を止める流砂をステファニーが全力で振り解こうとした――その直後。

 

『……すてふぁにぃは年増だから我慢が出来ないの?』

 

「…………………………ッツツ!」

 

「お、落ち着け、落ち着くッスよステファニー! 今のシルフィはちょっと正常じゃねーから仕方がねーんスよ!」

 

「おかしくないですかおかしくないですか!? いくら正常じゃないと言っても流石にこの言われようを我慢するのはおかしくないですか!? 二十代の乙女として今の発言は看過できないのは当たり前じゃないですか!?」

 

「大人の余裕をもっと持って! 相手は小学生ッスよ!?」

 

「自分がピチピチの少女だからって調子に乗ってるんじゃないですかぁああああああああああああっ!?」

 

「ええい、何で今日だけはそんなに沸点が低いんだよお前は!」

 

 家と幼女を護る為、草壁流砂は能力全開で元テロリストを全力で抑えにかかる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 かつて『第二位人工創造計画』というプロジェクトがあった。

 学園都市の中でもかなりマッドな科学者たちが全力で実施したものだ。学園都市第二位の超能力者である垣根帝督の演算パターンを解析し、無能力者に埋め込むことでどれだけの能力を発揮する事が出来るのかを試した、というのが大まかな概要だったりする。

 計画としては失敗した。

 というか、実験の元凶ともいえる垣根帝督によってその計画は打ち止めにされた。

 奇跡的に死者がいない計画だったが、その代わりに心も体も深く傷つけられた一人の少女の姿があった。――しかし、最終的には、その少女は垣根によって身も心も救われた。

 最終的には当初の計画通りに能力を発現させることに成功した。――しかし、それでもまだ完璧と呼ばれるまでのレベルには至らなかった。

 大能力者級の『焦熱物質』。

 常に沸騰している物質を自由に想像して操る能力を発現させた少女の名は――

 

「大刀洗呉羽さん、だっけ?」

 

「…………はい」

 

 『一端覧祭』の準備で賑わう第七学区の歩道の隅で、茶髪のポニーテールと豊満な胸と黒のツナギが特徴の少女――大刀洗呉羽は警備員の男性から職務質問を受けていた。

 彼女たちの周りには傷だらけの不良たちが五人ほど意識を失った状態で倒れ伏していて、それをちら見した警備員はもはや何度目かも分からないぐらいの溜め息を吐いてしまっていた。

 しゅん、と落ち込んでいる呉羽に視線を戻し、警備員の男性は言う。

 

「こんな公衆の面前で大の男五人を能力でかるーく粉砕した、という事情を君が話してくれたわけだが…………僕の言いたいことは、分かるかい?」

 

「……申し訳ございませんでした」

 

「別に反撃するなと言いたいわけじゃないんだ。僕が言いたいのはね、喧嘩に能力を使わないようにしてほしい、ということなんだよ」

 

「おっしゃる通りだと思います」

 

「一応は目撃者からの証言で君に否はない事は分かっている。――しかしだね、大刀洗くん。僕も一応は学校の教師だから、過ちを犯した学生を素知らぬ顔で解放してあげるわけにはいかないんだ」

 

「…………」

 

 くどくどくど、と教師特有の説教タイムに入った警備員から逃げるように呉羽は視線を落とし、

 

(う、うざい! 学校の先生と話したのは生まれて初めてだが、まさかここまでうざいものだったとは! と、とにかく今はこの場を離れないと! せっかく帝督の情報がつかめたのだ。こんな所で油を売っている場合ではない!)

 

 その情報に信憑性があるかないかはさておくとして、愛する第二位に関する情報をおいそれと無駄にするわけにはいかない。草壁流砂によって垣根帝督が生きている事を知らされてから毎日のように彼の消息を捜している呉羽にとって、彼に関する情報は何よりもの宝なのだ。

 警備員の男性からの質問に空返事を返しながら、呉羽は逃走の隙を窺う。一時的とはいえ暗部組織に所属していたのだ。こんなど素人の男から逃亡することぐらい造作もないハズ!

 ――そして。

 警備員の男性がくしゃみの為に呉羽から顔を背けた、まさにその瞬間。

 

「三十六計逃げるに如かず!」

 

「っ!? ちょ、ちょっと君、待ちなさい! 顔と名前が割れているんだから逃亡しても無駄だという事をその身にしかと思い知らせてあげてもいいんだぞーっ!」

 

「やっぱり大人って卑怯だ!」

 

 結局は捕獲される未来しかない逃亡劇が幕を開けた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ステファニー=ゴージャスパレスと策を練ってシルフィ=アルトリアを部屋から引きずり出した後、流砂はシルフィをステファニーに預けて第七学区へと躍り出ていた。因みに、ステファニーは嬉々とした表情でシルフィを歯医者に連れて行った。あの時のシルフィの絶望に染まった表情を一生忘れることはないだろう。

 

「……にしても。相っ変わらず『一端覧祭』前日でもこの学園都市は盛況ッスねー」

 

 その一言をティッシュ配り中のミニスカメイドを見ながら言わなければ趣深いものになったのだろうが、流砂は基本的に花より団子精神の持ち主なため、そんなことを期待するだけ無駄なのである。

 服装的にどこぞのメイド育成学校じゃねーな、と無駄にマニアックな知識を披露する流砂は何食わぬ顔でメイドの少女たちの方へと方向転換。どこぞの第四位が見たら無表情で原子崩しをぶっ放してしまいそうな程に目をキラキラとさせながらメイドたちの前を少しばかり遅い速度で通り過ぎ始めた。

 そして。

 ちょうどふわふわ金髪の美少女メイドが差し出したポケットティッシュを受け取った流砂はちらっとそのメイドの顔を確認し――

 

「……こんな所で何やってんスか、フレンダ?」

 

「…………………………人違いです」

 

「いや、どー見てもフレンダじゃねーッスか。フレンダ=セイヴェルンその人じゃねーッスか」

 

「結局、それは人違いって訳です。私はただのメイド。ティッシュを配って生計を立てている薄幸なメイドって訳よ!」

 

「お前正体隠す気ねーだろ」

 

 ふわふわとしていた無駄に派手なメイド服に身を包むフレンダに流砂は肩を竦め、

 

「常日頃からドジッ娘だとは思ってたけど、まさか自らドジッ娘メイドの道に足を踏み入れるとは……辛い事があるなら相談に乗ろーか?」

 

「何でティッシュ配りのバイトをしてるだけでそこまで言われなきゃならないの!? 普通にアルバイトとしてメイドの格好をしてるだけだから! 別に私にメイド願望なんて無いって訳よ!」

 

「いや、別にそんな無理して否定しなくてもイイッスよ、フレンダ。沈利とか絹旗とかにいつも虐げられて辛いんだろ? 浜面と滝壺のイチャイチャを見て心が腐っちまったんだろ? 大丈夫、大丈夫ッスよフレンダ。お前に何があっても俺だけはお前の味方ッス。――だから、自分の心に従って全力でメイド修行に勤しんだらいいんじゃないかな?」

 

「だーかーらー! 別に私にメイド願望なんて無いって訳よ! これはただのバイト! お小遣い稼ぎ! そんな意味不明なマジ反応なんて誰も期待してないって訳わきゃぁあああああああああああっ!?」

 

 突然の突風でフレンダのスカートが翻り、水色と白のストライプ模様の下着が流砂の前で露わとなった。メイド服にしまパンとか、レベル高すぎッスよフレンダさん……ッ!

 ティッシュが散らかる事よりもスカートを抑えることを優先した赤面涙目フレンダの肩に流砂はポスンと手を置き、慈愛に満ちた表情を浮かべて言う。

 

「お前なら世界最高のドジッ娘メイドも夢じゃねーと思う!」

 

「最高の笑顔で意味不明な事言うな!」

 

 フレンダ=セイヴェルンのドジッ娘メイド人生はこれからだ!

 

 




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 次回もお楽しみに!

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