ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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第八項 リベンジ

 主人公三人のラインがちょうど一つになった頃。

 外人コンビは学園都市を駆け抜けていた。

 

「いやァァァあああああああああああああああああああああああああッ! どこまで追って来るんですか流石にしつこいんじゃないですかぁっ!?」

 

「……ふぁいとっ、すてふぁにぃ!」

 

「背中でくつろぎながら言われてもぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 アホ毛をぴょこぴょこ揺らしながらポスンと肩を叩いてくるシルフィに絶賛全力疾走中のステファニーはあらん限りの叫びを返す。両手に持つ軽機関散弾銃は、現在の状況では全くと言って良いほど役には立たない。

 彼女達二人の後方十メートル付近には、黒い触手を生やした住所不定(おそらく)無職の謎の黒山羊さんが一体。中々に良いフォームでこちらを狙って走ってきているが、本体の重量が重すぎるせいかあまり速度は出せていない。

 だが、それこそが不幸。

 追いつかれもしないし逃げきれもしないこの中途半端なチキンレースは、スタミナが切れた方が一気に敗者と化してしまうのだ。

 

「おぇえっ……あはぁっ……も、もう無理足が止まっちゃいます!」

 

「……あ! 黒山羊さん近づいてきた!」

 

 プツン、という音がステファニーの頭の中に響き渡る。

 そして直後、邪悪な笑みを浮かべたステファニーは軽機関散弾銃を構えた状態で後ろを振り返った。

 

「獣畜生の癖にいつまでも調子に乗りやがってふざけてんじゃないですかコラァアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!」

 

 怒りの方向が飛び出すと同時に軽機関散弾銃が怒りの火を噴いた。ドバババババ! という連続的な爆音を奏で、鋭い作りの銃弾が黒山羊目掛けて飛んでいく。

 あまりの騒音にシルフィは咄嗟に耳を塞ぐ。ステファニーの鼓膜もただでは済まないのだろうが、理性を繋ぎ止める大事な一線が引き千切れてしまった今、彼女に怖れるものなどない。

 良く言えば覚醒、悪く言えばお怒りモード。

 「あはははははははは!」イった目を浮かべながらステファニーは引き金を長押しする。装填されている銃弾を全て使い切るまでそれは続き、弾切れになった後もステファニーはカチャカチャと狂ったように引き金を引いていた。

 しかし、リュックサックの中にいるシルフィの言葉が、ステファニーの理性を強制的に呼び戻す。

 

「……黒山羊さん、平気っぽい」

 

「――――――、Why!?」

 

 無駄にネイティブな発音で衝撃を受け、ステファニーはそれを見た。

 黒山羊の身体に突き刺さったハズの銃弾が、背中に生えた触手に貪り食われている光景を。

 ひくっ、とステファニーの頬が強張り、それを後ろから見ていたシルフィがすごすごとリュックサックの中に身を隠す。ヤドカリかよ、というツッコミは心にしまっておいてもらいたい。

 触手が全ての銃弾を吸収する。

 ニタァ、と黒山羊の口が邪悪に裂ける。

 ――そして。

 先ほどとは比べ物にならないほどの初速で――黒山羊が走りだした。

 

「もうっ、もうっ、いやぁああああああああああああああっ! 助けて流砂さぁああああああああああああああああああああん!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 最初は混乱のせいで少々いざこざがあったが、流砂は一方通行と浜面に伝えなければならないことをしっかりと伝えることに成功した。

 『新入生』

 それも、『新入生』の目的についての情報を、だ。

 アシを調達してくる、と言って立体駐車場の方へと向かう浜面を一瞥しながら、流砂は一方通行に警戒を呼び掛ける。

 内容は、大刀洗呉羽についてだ。

 

「『新入生』の一人がお前の命を狙ってるッス。ソイツの名は大刀洗呉羽。理由は知らねーッスけど、ソイツは常識離れした触手を操る能力を持っている。お前の『反射』が効くかどーかは、試してみねーと分からねー」

 

「何で俺がそンな奴に命を狙われる?」

 

「垣根帝督」

 

 流砂が名前を呼ぶと、一方通行の眉が微かに動いた。

 流砂は構わずに言葉を続ける。

 

あの(・・)垣根さんが命を懸けてでも守り抜こーとしていたのが、その大刀洗呉羽っつー女だ。お前は何も知らずにあの人を撃破しちまったんだろーが、結局はお前も垣根さんも同じ境遇だった。……お前はアイツに命を狙われる理由がある。一応は忠告程度に言っておくッス。――気を付けろ」

 

「……くっだらねェ」

 

「お前にとっちゃくだらねーコトかもしんねーが、アイツにとっちゃ自分の人生をぐちゃぐちゃに引き裂かれたのと同義なんスよ」

 

 冷静に言葉を放つ流砂に、一方通行は吐き捨てるように舌を打つ。

 数秒後、2ドアのスポーツカーが流砂と一方通行の傍までやって来た。運転席に乗っているのは、浜面仕上だ。

 「乗れ!」浜面は運転席から声を張り上げ、一方通行が面倒臭そうな顔をしながらも助手席に乗り込む。次は流砂が乗る順番なのだが、流砂はスポーツカーには乗らなかった。

 理由は簡単。

 倒壊寸前の個室サロンの中から、無駄に因縁のある少女が飛び出してきたからだ。背中に触手を従えたその少女の目には、学園都市最強の超能力者が捉えられている。もちろん、灯されている感情は『怒り』だ。

 

「行け」

 

 呉羽から視線を外さないまま、流砂は言う。

 

「アイツの狙いは一方通行だが、アイツの暴走の原因を作っちまったのは他でもねー俺自身だ。……俺がここで撃破する。お前らはさっさとフレメアを助けに行って来い」

 

「あの触手女にお前一人で立ち向かうってのか!? 能力の詳細もつかめてねえのに!?」

 

「大丈夫ッスよ。十分すぎるほどに時間はあったッスからね」

 

 それに、と流砂は付け加え、

 

「今の俺じゃお前らの足手まといになっちまう。足手まといは足手まといらしく、殿を務めさせてもらうッス。……っつーかさっさとフレメア助けて来い! 文句はその後にでも聞いてやる!」

 

「くそっ! 死ぬんじゃねえぞ!」

 

「互いにな」

 

 その会話を最後に、浜面と一方通行を乗せたスポーツカーが急発進し、弾丸のように街中を突っ切って行った。アクセルを全力で踏んでいるのか、十秒と経たない内に彼らの姿は見えなくなった。

 はぁぁ、と流砂は溜め息を吐く。包帯まみれの頭をガシガシと面倒くさそうに掻き、気怠そうな瞳を少しだけ吊り上げる。――その先には、大刀洗呉羽がいる。

 青ざめた顔で汗を掻いた状態で、彼女はいた。気のせいだろうか。彼女の背中の触手の本数が減っている気がする。

 流砂はへらへらとした調子で手を振り、

 

「ハロー、大刀洗。リベンジマッチのお時間ッスよ」

 

「お前に構っている暇はない。――五分で終わらせてやる」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そして、フレメア=セイヴェルンとはぐれたフレンダ=セイヴェルンは倒壊寸前の個室サロンの一室で――

 

「――――――、きゅぅぅ」

 

 ――巨大な本棚の下敷きになり、ぐるぐると目を回していた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 なるたけ時間を稼ぐ必要がある。

 そう判断した流砂は高電離気体での攻撃を選択肢から外し、純粋な圧力操作のみでの戦闘を選択した。言うならば、初心忘るべからず。

 地面に足を喰い込ませ、一気にスタートを切る。ドンッッ! という轟音の直後、流砂の身体がロケットのように一直線に発射された。

 馬鹿みたいに突っ込んでくる流砂を殺す為、呉羽の背中の触手が蠢く。一本、二本、三本……と徐々に数を増やしていきながら流砂の身体を何度も何度も突き刺そうとする。

 しかし、流砂はそれらを全て回避。最小限のステップのみで呉羽の懐にまで入り込む。

 そして右ストレート。

 ただそれだけの簡単な攻撃で呉羽の身体は『く』の字に曲がる。

 

「ぅグぁ、ォ……ッ!?」

 

「とりあえずは動けなくなるまでぶん殴るッス。話はそれからだ」

 

「ッ、っの!」

 

 左右から迫ってきた触手を両手で抑え、呉羽の足にローキックを決める。触手には触れない方がイイと浜面から予め警告されていたが、流砂はそれを無視することにした。

 つまり、熱さを我慢して無理やり押し通す。

 根性論かもしれないが、その根性を貫き通せば絶対に勝利はあっちの方からやってくる!

 「っっぁあああ!」ふくらはぎを蹴り飛ばされた呉羽のバランスが崩れる。その隙を見逃すことなく流砂は彼女の額に頭突きを喰らわせる。ゴッ! という轟音の瞬間、流砂の頭に信じられないほどの痛みが走る。……当たり前だ。彼の傷はまだ癒えるどころか回復の兆しすら見せていないのだから。

 しかし、だからと言って攻撃の手を止めるわけにはいかない。

 ここで呉羽を無効化し、ありったけの言葉で彼女を止める。偽善使いでも大嘘つきでもなんでもいい。どれだけ罵倒されようと、ここで諦めるわけにはいかない。この少女のためにも、垣根帝督のためにも――。

 触手が流砂の腹を襲うも、何故か皮膚は貫かれない。もはや触手の形を保つだけでも難しいのか、以前の時のような鋭い槍はどの触手にも見受けられない。

 だが、流石に体へのダメージは防げなかった。いくら圧力をゼロにして事なきを得たとしても、触手の高温による攻撃は止めようがない。一方通行の『反射』ならまだしも、流砂の『壁』はそこまで万能ではない。

 よって、流砂の腹部に強烈な痛みが走る。不幸にもその位置は応急処置をしたばかりの、現在時点における流砂の弱点の一つだった。

 

「がァァああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 

「いっ、いつまでもお前の好き勝手にやらせてたまるかァあああああああああッ!」

 

「い、ぎィァアア!」

 

 腹部のダメージのせいで一瞬だけ蹲る流砂の隙を突き、呉羽は彼の身体を触手で頑丈に拘束する。圧力操作で肉体への直接的なダメージは防いでいるものの、触手に触れているという現実はぶち殺せないために流砂の身体にそのまま直接焼かれたかのような痛みが走る。

 肌色から赤へ、そして青へと皮膚の色が変わる。それは肉体が示すレッドゾーン。これ以上好き勝手にさせておけば、流砂の身体は致命的な箇所まで焼き溶かされてしまう。

 しかし、流砂は自分の根性と能力に全てを託す。

 圧力操作で触手を無理やり引き剥がし、その内の一本を掴んで呉羽ごと地面に向かって叩き付けた。

 だんっっ! という音が鳴り、地面に僅かな亀裂が走る。――しかし、ただそれだけだ。触手をクッションにすることで衝撃をギリギリまで抑え込んだらしい呉羽は両手で流砂の頭をガッシィィィッと掴む。

 呉羽は大きく口を開ける。――その中から一本の触手が飛び出してきた。

 

「ッ!」

 

 反射的に顔を逸らす。肉体の無理な駆動のせいで背骨がバキバキバキィッと悲鳴を上げるも、流砂はそれを完全無視する。――直後、呉羽の下顎がフリーになった。

 流砂は右手をぎゅっと握りしめる。

 

「償いはする。お前を倒して全てを終わらせる。だから、その身を俺に預けろ。一瞬で終わらせてやるから」

 

「っの……やめろ……」

 

「聞けねーッスね、その言葉は」

 

 右腕を思い切り下に振り被り、腰を低くする。

 呉羽の触手が両脚に巻き付くが、今の流砂はそんなことでは止まらない。やるべきことが分かっている今の草壁流砂を止められる者など、この世界のどこにもいない。

 「お前は俺が止めてやる」だんっっっ! と無理やり左脚を一歩踏み出す。

 「そして、お前の怒りとか憎しみなんてものは――」呉羽の目を真っ直ぐ睨みつけながら、

 

「――ここで塵も残さず殺し尽くす!」

 

 ドゴンッ! という轟音が第三学区に響き渡る。

 呉羽の華奢な体が宙を舞う。綺麗な放物線を描き、呉羽は背中から地面に勢いよく叩きつけられ、そのまま数秒間の痙攣を経て、ついには動かなくなった。

 第一ステップは終わらせた。

 次は、第二ステップに足を踏み入れなければならない。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 黒山羊さんから追われること約三時間後、ステファニーとシルフィは遂に第三学区にまでやってきていた。

 無尽蔵のスタミナを持つと自負している流石のステファニーも三時間耐久マラソンはきつかったようで、途中で学生から奪った自転車をヘロヘロになりながらも必死に漕いでいる。因みに、自転車を奪う際には警備員権限を使った。まだ現職復帰したわけじゃないが、どうせ復帰するから問題はないだろう。前借だと思えば気は楽になる。

 右へ左へと車体を揺らしながらステファニーは大通りを突き進む。いつになったら終わるんですか……? と悲壮な顔を浮かべながら。

 と、リュックサックの中に篭っていたシルフィがもぞもぞと顔を外に出し、

 

「……あれ? 黒山羊さん、いなくなってる……?」

 

「なんですとぉ!?」

 

 さっきまでのスタミナ切れはどこへやら。あまりにも衝撃的すぎる宣告をされたステファニーは急ブレーキと共に旋回。顔の汗を服の袖でごしごしと拭い、無駄に続く大通りをねめつけるように見る。

 そこには、ただただ無機質なアスファルトの道だけが拡がっていた。――というか、なんか未知の中央辺りに黒い水溜りができている。

 あの水溜りに変身したとかじゃないですよね? と嫌な予感に襲われながらも、とりあえずは終わったんだなと安堵の息を漏らす。

 しかし、シルフィ=アルトリアは更なる爆弾を投げ入れる。

 それは、ステファニーがハンドルに体をぐでーっと寄りかからせた――まさにその時だった。

 ぴく、とアホ毛を天高く伸ばしたシルフィの額から、ビキリという非現実的な音が聞こえてきたのだ。

 何だ何だ何事だ!? 真後ろからのまさかの破裂音にステファニーは身を強張らせる。

 そんなステファニーの首を小さな手で掴み、シルフィは彼女の視線を右側に固定する。――そしてステファニーの額に青筋が浮かぶ。

 

 

 そこには、彼女たちが想い慕う少年の姿があった。

 

 

 ぐちゃぐちゃに荒れた道路の中で、疲れたようにしゃがみこんでいる少年。服の中から伸びている手足には乱暴ながらも包帯が巻いてあり、それ以外の箇所は青く変色してしまっていた。服のあちこちもボロボロでどう考えても戦いの後と言った状態だ。

 しかし、ステファニーとシルフィが怒りを覚えているのはそんなところではない。

 ……なんか、流砂の隣に美少女が寝かされている。しかも、互いに疲れ切ったような様子だ。

 瞬間。

 ステファニーとシルフィの頭の中で何かが切れた。

 「……すてふぁにぃ」「了解です」そんな簡単なやり取りの直後、ステファニーは自転車のハンドルを本気の握力で握り締め――

 

「なにこんなところで女の子襲ってんですか女だったら誰でもいいのかあなたはァああああああああああああああああああーッ!」

 

「ええっ!? な、ナニナニどーゆーコ――びぶるちっ!」

 

 ――前輪で流砂の顔面を轢き潰した。

 




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 次回もお楽しみに!

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