ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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第七項 抵抗

 浜面仕上は息を潜めていた。

 フレメアを狙う敵から彼女を半蔵とフレンダと共に護っていた浜面だったが、個室サロンに移動した後から状況が一変、最悪な展開を迎えてしまった。

 一つは、エッジ・ビーという殺戮兵器の到来が原因。

 そしてもう一つは、正体不明の能力者の到来が原因だ。

 

「あの触手女……一体どういう原理で能力を使ってるんだ……?」

 

 一方通行ならベクトル変換、麦野沈利なら原子を曖昧な状態にして発射、絹旗最愛なら窒素を圧縮して身に纏う。そんな風に能力者の能力には何かしらの理由付けが可能、というのが学園都市の暗黙の了解だ。

 しかし、フレメアを狙うためにここまでやって来た能力者にそれは果たして当てはまるのか?

 黒く濁った触手を自由に操り、全ての攻撃を防ぐ。感情をそのまま具現化したかのように濁った触手を操り、全てを捩じ切り薙ぎ払う。何もないところからいきなり触手が現れているところから察するに具現化系の能力者なのだろうが、その構造が全く読めない。

 だが、浜面には一つだけ思い当たる節がある。

 

(第二位の垣根帝督の『未元物質(ダークマター)』。あれも具現化系の能力だった。ってことは、あの能力からヒントを得ることができるって訳か……?)

 

 同じ系統の能力者なら、弱点も同じであることが多い。そこを利用して攻撃すれば、無能力者の浜面でももしかしたら相手を倒せるかもしれない。

 しかし残念ながら、浜面は垣根の弱点を知らない。それ故に、触手女の弱点も分からない。

 カウンターの奥に身を隠しながら、先ほど調達したブロウパイプにダーツ状の矢を装填する。今彼の手元にある武器は、この電動補助式ブロウパイプ一つだけ。本当はロングボウも手に入れていたのだが、先ほど出会った中年のヒーローに献上した。今更四の五の言っても仕方がない以上、この武器だけでこの局面を乗り切る必要がある。

 ダン! と飛び跳ねるようにカウンターから外に飛び出す。

 ちょうど、触手女がこちらのフロアに入って来たところだった。

 

「見ぃぃぃぃつけたぁぁぁぁぁ!」

 

「チッ! 能力もそうだが言葉も気味悪りぃ!」

 

 ぶわぁっ! と翼を拡げるかのように触手が展開され、浜面目掛けて宙を駆ける。その速度は野球の投手が投げる球と同じぐらいで、ギリギリ目視できる程度の速度だった。

 浜面は電動補助式ブロウパイプを勢いよく吹き、ダーツ状の矢を少女目掛けて撃ち放つ。

 一直線に放たれた矢は少女に当たることなく触手が一瞬で吸収した。

 

「私にそんなオモチャは通用しない。というか、さっさとフレメア=セイヴェルンと合流してくれないか? こっちも暇ではないのでな」

 

「……ッ!」

 

「いや、それとも逆にお前の悲鳴であの子供をここまで連れてきてみるか? もしかしたらビビッて逃げてしまうかもしれないが、確率としては半々ぐらいだろう?」

 

 言葉に囚われる気はない。

 この武器を手に入れた理由をしっかりと認識し、自分ができる最良の選択をする。諦めずに必死に抗っていれば、いつかは突破口が開けるハズだ。

 浜面は両手で電動処理式ブロウパイプを構え、レーザーポインターの赤い光点を少女の踝に向ける。先ほど上半身への攻撃は防がれてしまった。だったら次は、下半身を狙って様子を見る!

 連続的に叩き込まれる触手を回避しながら、浜面はブロウパイプに勢い良く息を吹き込む。

 だんっっっ! という炸裂音が響き渡った。

 だがそれはブロウパイプの発射音ではない。ブロウパイプは弓矢と同じく、発射音よりも着弾音の方が大きいのが特徴だ。だがそれは、能力者の身体を貫いた音ではなかった。先ほどまで右脚があった場所。能力者は、右足を軽く上げて回避行動をとっていた。

 触手で防げばいいのに、少女はあえて回避行動をとった。どういう原理かは知らないが、とにかくあの位置は触手による防御の死角とみていいだろう。

 今も触手は少女の背中で蠢いている。上下左右にぐにゃぐにゃと蠢き、隙あらば浜面向かって突撃してきている。――しかし、少女の顔は何故か不思議なぐらい青褪めていた。

 先ほどの攻撃に恐怖したのか、それとも能力の副作用によるものなのか。

 馬鹿な浜面にはよく分からないが、今の相手の状況なら隙を突くことは困難ではないはず。

 つまり、

 

(チャンスが出来たら即行逃走! さっさとフレメアを見つけて半蔵たちと合流する!)

 

 浜面の目的はこの能力者を倒すことではない。フレメア=セイヴェルンと合流し、死ぬ気で彼女を護る。駒場利得が死んでも護りたかった少女を、全力で光の世界へと送り戻す。

 第二射を打つ為、浜面はズボンのポケットからダーツ状の矢を取り出し、装填する。

 そこで能力者の少女も動いた。

 いつの間に抜き取っていたのか。両手に構えた拳銃の銃口を浜面に向けていて、更には無数の触手がドームを形成するかのように迫ってきていた。

 え? と無意識に間抜けな声を漏らす。どこにどう逃げたとしても確実にどこかしらにダメージを負ってしまうこの状況。吹き矢一つで切り抜けられるほど甘い状況ではない。

 とっさにブロウパイプを少女の顔面目掛けて投げつけ、そのまま体当たりの要領で突撃する。流石に自分自身を攻撃することは出来ないだろう、という浜面なりの決死の作戦だった。

 少女は目を見開くが、迷うことなく拳銃の引き金を引く。扱いには慣れていないのか、放たれた弾丸は浜面の両肩を掠る形で通り過ぎていった。問題の触手は、今まさに浜面の身体を貫こうと身を縮めている。しかし、少女に当たるかもしれないという危険を怖れているような動きでいつまで経っても動こうとしない。

 ドンッッ! という轟音が鳴り響く。

 それと同時に少女の小さな体が宙を舞い、フロアの奥へとノーバウンドで飛んでいく。

 しかし少女もただでは済ますつもりはないようで、触手の一本を操って浜面の右腕を拘束する。

 直後。

 焼いた鉄を押し付けられたかのような激痛が走った。

 

「ぁぐっ……がァァァアああああああああああああああッ!」

 

 ぶよぶよした感触の触手から腕を無理矢理引っこ抜く。少女の体勢が崩れていたことが幸運となり、意外と腕は簡単にすっぽ抜けた。浜面はそのまま地面を転がり、背中から壁に激突する。

 触手に触れられた右腕は見るからに悲惨な状態で、酷い火傷のような傷を負ってしまっていた。というか、考えるまでもなくこれは火傷だ。

 余りの激痛で右腕から一気に力が抜けた。だらん、とだらしなく垂れ下がる右腕に舌を打つも、これを好機と浜面はフロアの出口から勢いよく外へと飛び出した。

 だが、油断できるような状況じゃない。

 まだこの建物の中には、多数のエッジ・ビーが徘徊している。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 第三学区のとある喫茶店に、その二人はいた。

 最強の超能力者、一方通行。

 『新入生』の構成員、黒夜海鳥。

 性格の凶暴性だけで言うならとてつもないほどに似通った二人は、片や邪悪な笑み、片や面倒臭そうながらも無表情、という極端な態度で向かい合う。

 間には、ぐちゃぐちゃに破壊されたテーブルが転がっている。

 

「『暗闇の五月計画』か。……一部を強引に改造しただけの小物と、第一位そのものの俺。わざわざ強さ比べをしなくちゃ実力の差が分からねェ程馬鹿なのか、オマエは」

 

「言ってろガキが」

 

「一つだけ忠告しておいてやる。――これは引き金だ」

 

 一方通行は肘掛を人差し指でコツコツと叩く。

 

「ここから俺が立ち上がった瞬間、オマエは無残な死体に成り果てる。それでも俺をここから立ち上がらせてみるか?」

 

「……私は今この場でアンタに勝つ必要がない。今この場に置ける勝利条件は、アンタとの真正面からの潰し合いなンかじゃない」

 

「――――、」

 

「アンタの能力は私と同じで、壊すことには向いていても守ることには向いていない。――だから、こンな真似をされると焦るしかねェってわけだ!」

 

 イルカのビニール人形を片手で抱え、空いた手を横に振る。

 圧縮した窒素を槍として撃ち放つ、というシンプル故に強大な能力が、何の関係もない野次馬目掛けて撃ち放たれる。テーブルなんていとも容易く引き裂けるほどの威力を持つ槍を、防御の手段すら持っていない一般人に突き刺すために。

 瞬間、一方通行が動いた。

 跳ね上がるように立ち上がり、野次馬と黒夜との間に割り込んで窒素の槍を一蹴する。

 

「引き金だ」

 

 一方通行は不愉快そうに眉を顰め、

 

「オマエが引いた。末路も受け取れ」

 

 本気の殺意が込められた一言。ありとあらゆる脅威から一人の少女を護り抜いてきたバケモノから発せられる、ただただ残忍な一言。

 しかし、黒夜は臆することも無く――逆に邪悪な笑みを浮かべる。

 彼女の周囲には、自らが吹き飛ばしたテーブルや路面、更にはカップの破片などが転がっていた。その中にある真っ二つに裂けた写真を顎で示し、黒夜は告げる。

 

「ちょいと遊ぼォか、第一位」

 

「あン?」

 

「このガキは近くにいる。今からこの写真みてェに首を真っ二つにできるかどォか、勝負をしない?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「見つけた……ッ!」

 

 ビルから飛び降りてさらにフレメアの行方を追っていた草壁流砂は、人でごった返した通りの中で苦しそうにしながらも叫んだ。

 彼の目の前には、人に埋もれながらも必死に誰かに手を振っているフレメア=セイヴェルンの姿がある。おそらくだが、彼女が手を振っているのは浜面だろう。先ほどからやけに聞き覚えのある声が耳を刺激してきている。

 大刀洗呉羽の暴走の原因が自分にあると分かり、一時は混乱して激昂して我を失った。何が何だか分からなく、何をどうすればいいのかの検討すらつかなかった。

 しかし、出血多量のせいで妙にクールダウンした今、流砂は正しい一手を選ぶことができていた。

 

(フレメアを保護して安全を確保し、その後に大刀洗を説得する! あの時の俺が与えた誤解を晴らせば、きっとアイツは止まってくれる!)

 

 あの時の誤解。

 それは、『垣根帝督が死んだ』という情報。あの時は焦っていたせいでそう思い込んでしまっていたが、真実は違う。

 

(垣根さんはまだ生きている! 『前世の遺産』が教えてくれる。垣根さんはまだ、能力を生み出す装置っつー状態でも生きているって!)

 

 十月九日に垣根帝督は肉体をぐちゃぐちゃに蹂躙されている。しかし、彼は学園都市に回収されて『未元物質』を生み出すだけの装置として今もどこかで扱き使われているハズだ。

 もう必要ないと思っていた『前世の遺産』が、ここにきて効果を発した。蛇足だと思っていたアドバンテージが、ここにきて草壁流砂に打開の一手を与えた。

 人の壁を押しのけながらも流砂は前に進む。フレメア=セイヴェルンを救うために。……そして、大刀洗呉羽を救うために。

 

「フレメア! 俺の声が聞こえてんならその方向に向かって手を伸ばせ! それでお前は救われる!」

 

「……! 大体……ーグルお兄ちゃん……来て……ッ!」

 

 必死に手を伸ばすも、流砂の手はフレメアには届かない。

 あまりにも人が多すぎる。能力使用で吹き飛ばしてもいいが、それだと何の関係もない一般人が傷ついてしまう。流砂はまだそこまで人間を捨てられない。

 合流できない。

 そんな、焦りの感情が顔に出た――その瞬間。

 

 

 ゴガァッ! という轟音。

 路上駐車の車両を蹴散らしながら現れた、駆動鎧の巨大な影。

 

 

 フレンダの情報通りの機体ではない。有り触れた二足歩行型の駆動鎧。――しかし、余りにもサイズが巨大すぎる。

 どう考えても人の手足が届くようなデカさではない。おそらく、あの体の中に更にスペースがあるのだろう。背中には無数の柱があり、そこには『Edge Bee』と表記されている刃の円盤がいくつも突き刺さっていた。

 男女ともに悲鳴が上がる。

 圧倒的なサイズの駆動鎧から少しでも距離を空けようと、野次馬たちがもみくちゃになりながらも逃走する。それによって流砂の視界からフレメアの姿が消えた。

 (チッ! どこまでも不幸だクソッタレ!)ここまで来たら四の五の言ってられない。流砂は能力を発動して人の壁を吹き飛ばし、フレメアを捜す。

 すぐにその少女は見つかった。

 しかし、その時は既にすべてが遅かった。

 いつの間にか現れていた最強の怪物によって先ほどの駆動鎧の腕がへし折られていた。衝撃は根のように浸食し、そのまま駆動鎧の右腕を強引に引き千切った。

 だが、その後が問題だった。

 バクン! と駆動鎧の前面のハッチが開き、中からさらに小さな駆動鎧が飛び出してきた。アルマジロの様に見えるその駆動鎧は空中で姿勢制御を行い、勢いよく回転する。

 天地逆さまの状態で、フレメアの上を通過する―――いや、違う!

 彼女の後ろ首を、アルマジロは正確に片手で掴みとる。

 そしてそのまま勢いよく地面を滑って行き、突如として現れた巨大な四本足の駆動鎧の中へと収まり、滑らかに地面を滑りながら凄まじい速度で突き進む。

 ブォン! という爆音の直後、後部のプロペラが勢いよく回転し出す。

 一方通行が装甲を掴むよりも早く、駆動鎧は加速した。

 その手が空を切った時には既に、駆動鎧は弾丸のように街中を突っ切っていた。

 間に合わなかった。

 そんな今更過ぎる現実を突き付けられた瞬間――

 

『ッ!』

 

 ――三人の主人公の道がついに繋がった。

 




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 次回もお楽しみに!

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