ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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第六項 救いようのない真実

 爆発を利用することで呉羽から逃亡することに成功した流砂だったが、状況は最善とは言えなかった。

 爆発の直後にまき散らされたアスファルトの破片は、呉羽に向かって撃ち飛ばされた。彼女の触手がその全てを吸収してしまったので傷を負わせることは出来なかったが、その防御に要する数秒を確保することには成功している。

 対して。

 流砂の身体はボロボロだった。

 

「が、ァ……能力不発で防御膜が発動しねーとか、どんだけ不幸なんだよ……ッ!」

 

 あの爆発の直後、流砂は爆圧を利用することによって遠くまで移動し、そこから走って逃走した。圧力の膜さえ身に纏っておけば無傷で飛ばされることができるし、その後の逃走もスムーズなものになると踏んだからだ。

 しかし、成功率六割の能力が仇となり、防御が不発。飛来した無数のアスファルトの破片が背中や両手両足、身体の至る所に突き刺さる結果となってしまった。

 誰もいない路地裏で、流砂は座り込む。ビルの壁に背中を預けていたせいか、壁には真っ赤な血の跡が描き出されていた。もし相手がまだ流砂を追っているとしたら、十分すぎるほどの手掛かりとなってしまうだろう。

 全身から発せられる激痛に耐えながら、流砂は演算に集中する。体の内部に圧力を働かせて皮膚に突き刺さっている破片を一気に取り除こうとしているのだ。

 演算の傍ら、ポケットからハンカチを取り出して口に咥える。舌を噛まないための保険だ。これから彼は、とんでもないほどの激痛に耐えなければならない。

 演算が終了すると同時に目を瞑り、歯を食いしばる。

 直後。

 肉体が千切れてしまうんじゃないかというぐらいの激痛が流砂の身体に襲い掛かる。

 

「ぐ、むゥッ……んぅ――――――っ!」

 

 下手をすれば気絶してしまうほどの痛みに、流砂の脳が警告を発する。的確な角度で刺さった針を抜くのとはわけが違う。ありとあらゆる角度で突き刺さった破片を無理やり引き抜く。その痛みは――想像を絶する。

 目尻に涙を浮かべ、流砂はハンカチを口から吐き出す。地面には赤く染まった無数の破片が確認できる。もちろん、彼の身体と服も真っ赤に染め上げられている。

 外から圧力を働かせることで出血を抑え、常備している包帯で無理やりな応急処置を行う。血が固まった時に包帯が剥ぎ取れなくなる恐れがあるが、今の状況でそんな贅沢は言ってられない。とにかく今は血を止めて復帰する。ただそれだけに集中しよう。

 上着とシャツを脱ぎ、慣れた手つきで包帯を巻いていく。暗部時代から生傷が耐えない生活を送ってきたせいで会得した、あんまり嬉しくないスキルだ。出来れば金輪際使わないでいいことを願うばかり。

 ズボンを脱いで下半身の処置にかかろうとするが、既に血は固まっていて、しかもジーンズが脚に密着してしまっていた。この状態で衣服を脱ごうとすれば、先ほどと同じぐらいの激痛に襲われることになるのは火を見るよりも明らか。傷の化膿を予防するためにもその痛みに耐える道を選ぶのが得策なのだろうが、今の目的は血を止めることなので流砂は見逃すことにした。

 血塗れになったシャツと上着を身に着け、最後に頭にぐるぐると包帯を巻く。こんな恰好で街を歩けば病院から抜け出してきたと思われるかもしれないが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 応急処置を終え、壁に体重を預けながらふらふらと立ち上がる。

 そこで流砂はポケットの中で携帯電話が震えていることに気づいた。包帯に包まれた手をポケットに入れ、携帯電話を取り出す。液晶画面には『新着メールが一件』と表示されていた。

 迷うことなく開封する。

 

「………………嘘、だろ……ッ!?」

 

 流砂の表情が一変する。

 メールは、知らないメールアドレスから送られてきていた。

 そして中には、こう書かれていた。

 

『第三学区で「新入生」から「卒業生」へと送辞を行います。急いでこないとフレメア=セイヴェルンが死んじゃうぞ☆』

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 黒夜海鳥。

 名前の奇抜さもさることながら、その少女の服装は絶対に街中に埋もれないほど奇抜なものだった。

 年齢は十二歳程度。肩甲骨の辺りまで伸びている黒髪で、耳元の髪だけがアクセントの為に金色に色を抜かれている。

 白いコートには腕を通さずにフード部分を頭に引っ掛けるようにして羽織っている。その下には、パンク系とでも呼べばいいのか、小柄な体を締め付けるように、黒い革と鋲でできた特徴的な衣服を纏っている。

 ビニール製のイルカの人形を抱きかかえた状態で、黒夜は第三学区のとある高層ビルの屋上でくつろいでいた。

 視線の先には、見るも無残に荒れ果てた個室サロンの建物がある。彼女の仲間の一人、シルバークロースと呼ばれる男が操る『エッジ・ビー』という殺戮機械によって作り出された、即席の地獄だ。

 だが、それだけではない。

 あの個室サロンの中には、もう一人の化物がいる。

 

「あーあ。結局先越されちゃったなぁ。大刀洗の奴、どんだけ張り切ってるんだよ」

 

 先ほどまで第七学区で戦闘していたはずの少女。一体どういう移動手段を使ったのか、第三学区の近くにいた黒夜よりも早く個室サロンを襲撃することに成功していた。能力の応用だろうか。とにもかくにも、黒夜海鳥は手柄を奪われてしまっている。

 ストレスを発散するためのプロセスなのか、黒夜はイルカのビニール人形を少し乱暴に撫でまわす。

 

(さて、シルバークロースのエッジ・ビーがフレメア=セイヴェルンを追い込むまでは私の方で増援を何とかしないといけない訳だが……一体どちらが先に来るのやら。シルバークロースが言っていた方だとしても、野郎の居場所ぐらいちゃんと伝えておいてほしいもんだな)

 

 その時だった。

 カツン、という音が耳を刺激した。

 邪悪な笑みを浮かべながら黒夜は後ろを見る。建物の中から屋上へと続く唯一の扉が開かれ、一人の少年が入ってきていた。

 草壁流砂。

 黒夜の仲間である大刀洗呉羽から逃走したはずの、どうしようもない負け犬だった。

 

「おや?」

 

 黒夜が声を上げると同時に、流砂は彼女に銃口を向ける。

 余裕綽々な黒夜とは百八十度違う、焦燥に満ちた表情で、流砂は黒夜を睨みつけていた。

 黒夜は言う。

 

「私が巻いた餌に上手いこと掛かってくれたみたいだな。シルバークロースの報告通りだと、初めに現れるのはアンタじゃなくて一方通行のはずだったんだが」

 

「……なんでフレメアを狙う? アイツは『闇』とは無関係の、ただの一般人のはずだ」

 

「この街に住んでいる時点で『闇』からは逃れられない。ってな感じの言い訳を並べれば、アンタは納得してくれるのか?」

 

「…………学園都市への反乱分子である浜面仕上と一方通行、それに草壁流砂()を一つのラインで接続させ、上層部から殺害命令が出るよーに仕向ける、ってトコッスか?」

 

「……チッ。もうそこまで探ってたのかよ。報告通り、情報収集が趣味だというのは本当みたいだな」

 

「御託はイイ」

 

 へらへらと笑う黒夜に、冷たい言葉が突き刺さる。

 流砂は拳銃のグリップを深く握りなおし、

 

「浜面と一方通行が関わっていると分かった時点で、俺はフレメアのことをアイツら二人に一任した。アイツラは俺以上の化物だ。あの二人が協力すりゃ、フレメアの一人や二人、簡単に救い出せる。俺が掴んだ情報は、既に浜面のケータイに詳細込みで送りつけているから問題はない」

 

「……それで? 私に何の用?」

 

「なんでこの件に大刀洗呉羽が関わっている?」

 

 簡潔な一言。そして、流砂が現在時点で最も知りたい情報。

 垣根帝督がずっと大切にしてきた少女は、一体どんな理由でこのイベントに参加しているのか。かつては友人だった流砂を容赦なく攻撃し、あまつさえ殺そうとした理由は何なのか。

 その全てを、黒夜海鳥が握っている。あくまでも予想でしかないが、この暗部があの少女に関わっていることは考えるまでもない。

 故に、流砂はもう一度問いかける。

 

「なんでこの件に大刀洗呉羽が関わっている?」

 

「簡単な話さ」

 

 黒夜は一瞬の間すら置かず、持ち合わせている答えを提示する。

 

「私達とアイツの利害が一致した。ただそれだけのこと。言っておくが、私がアイツを誘ったわけじゃないぞ? アイツが自分で私たちを見つけ、『新入生』に入ったんだ。――自らの意志で、ね」

 

 そこまで告げると、黒夜は何かを思い出したように「そうそう」と言い、ゆっくりと立ち上がった。マジックテープの効果でもあるのか、彼女がイルカのビニール人形を頭上に放り投げると、そのままコートの背中にぴたっと張り付いた。

 

「なんかアンタは大刀洗が『闇』に染まった原因は私達にあるみたいに思ってるみたいだが、それはとんだ誤解だ。というか、身勝手な責任転嫁と言ってもいい」

 

「……何だと?」

 

「あーら、まだ気づかない? そりゃ随分と重傷だな。ほら、思い出してみろよ。大刀洗が(・・・・)いつからああ(・・・・・・)なっちまったのか(・・・・・・・・)()

 

「――――――、まさか」

 

 思い当たる節はある。

 呉羽は元々、明るくて無邪気な女の子だった。垣根を前にすると素直になれない、純情な恋する乙女だった。垣根に心の底から惚れていて、垣根のことを四六時中考えているような少女だった。

 そんな彼女と連絡が取れなくなったのは、確か、十月十四日以降のことではなかったか。

 そしてその前日、流砂は彼女にあることを告げたはずだ。責任を感じていたのと義務的な報告として、流砂は彼女にこう告げたのではなかったか?

 

『……垣根さんは、第一位との戦闘に置いて――殉職したッス。……俺にもっとチカラがあれば、俺がもっと頑張ってりゃ、垣根さんを救えたハズだ。――本当に、ごめん』

 

 欠けていたピースが、元ある場所へと的確に嵌った感じだった。

 それと同時に前身の毛穴からどっと汗が噴きだし、体温を見る見るうちに低下させていくような錯覚に陥った。心成しか、顔がいつもよりも青褪めている気がする。

 まさか。

 そんな、まさか。

 呉羽がああも狂ってしまい、更には平然と人を殺せるほど凶悪になってしまったのは――

 

「――俺が原因、だってのか?」

 

 ご名答、と黒夜の口が小さく歪む。

 自分が予想もしなかった真実に直面したことで絶望しているヒーローを前に、黒夜は邪悪な笑みを浮かべる。

 そして。

 黒夜は憐れな偽善者にこう告げる。

 

「アンタのせいで誰かが死んでしまうかもしれない。私なんかに構っている余裕、今のアンタはちゃんとしっかり持ち合わせているのか?」

 

「ッ!」

 

 気づいた時には駆け出していた。

 取り返しのつかない未来を防ぐためだとかフレメアを助けるためだとか、そんな大層な理由じゃない。

 自分が蒔いた種だから、自分で摘まなければならない。

 今の状況を心の底から楽しむような笑みを浮かべている黒夜の横を通り過ぎ、走る速度を落とすことなく屋上から飛び降りる。能力が不発になったらただでは済まないが、今はそんなことなどどうでもいい。

 とにかく急ぐ。そして呉羽を止める。

 空気抵抗により発生した風に顔を顰めながら、流砂は苦々しい表情でこう呟く。

 

「ちっくしょうがァァァァアアアアアあああああああああああああああああああああーッ!」

 

 自分が犯した罪を償うために、草壁流砂は勝ち目のないギャンブルに身を投じる。

 




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 次回もお楽しみに!

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