第一項 新たな物語
「フハハハハハ! ついに、ついにこの時がやって来た! 私が世界を支配する、最高の瞬間が!」
「――――――、な……ッ!」
「乙姫は捉えた。その部下の魚介類たちもすでに我が手中。地上には、つい一時間前に我が部下共が侵攻を開始している。もはや私を止められるものなどこの世にはおらぬ!」
「き、貴様ァ! 何者だ!」
「あえて聞かずとも、お前は私のことを誰よりも知っているハズだ。――そうだろう、浦島?」
「な、何故、オレの名を……――ま、まさか貴様は!」
「フハハハハハハハ! 今更気づいたところで、すでに世界は我が策略に囚われている! だがしかし、かつては私の策にどっぷりと浸かってくれた貴様に感謝の意を示してやろう」
「……ッ!」
「私の名は亀! この世界の神になる爬虫類だ!」
「なん……だと……!」
「世界を支配するためには、貴様のような偽善者は不要だ! ここで恩を仇として返してくれる!」
「そんなことは、オレが絶対に許さない! いくらリミッターが三段階外れようとも、貴様は所詮亀畜生、人間様に虐げられる存在だ! 貴様など、このオレの上腕二頭筋と総指伸筋、更には太腿四頭筋と下腿三頭筋だけで蹂躙してくれるわ!」
「やれるものならやってみろ! まぁ、リミッターを更に四段階外したこの私には、広背筋と外腹斜筋、更には半腱様筋と半膜様筋があるがな!」
「――世迷言はそこまでだ、亀ェェェェ!」
「――私は亀をやめるぞ、浦島ァァァァ!」
☆☆☆
巨大なスクリーンを呆然と見上げながら、草壁流砂はジュースの入れ物を能力未使用の握力のみで握り潰した。
あの野郎、わざと駄作を教えやがったな……ッ!
とある大能力者の友人から勧められた映画は、何で学園都市に輸入されてきたのかが全然分からないほどに駄作だった。というか、『世紀末URASHIMA伝説』という題名から内容を予測していれば、こんな無駄な時間を過ごすことはなかったのかもしれない。
「……まぁ、マニアさんが勧める映画なんて、こんなもの」
死んだ瞳でそう呟いたのは、隣の席に座っている一人の少女だ。因みに、『マニアさん』というのは、『絹旗最愛』というC級映画マニアのことを指している。
シルフィ=アルトリア。
自分に迫りくる危険だけを察知する、という摩訶不思議な能力――『
今日はシルフィの小学校編入祝いとしてこの映画館にやって来たわけなのだが、バカな知り合いのせいで凄くダメなスタートを切ってしまった。これは後でシメないと割に合わない。というか、シルフィの純粋な心に歪みに歪みまくった『浦島太郎』がインプットされてしまったらどうするんだ。……やっぱり後でぶん殴ろう、いつもの五割増しで。
九歳の女の子は絶対にしてはいけない感情ゼロの瞳でスクリーンを茫然と見つめるシルフィの頭をポンポンと叩き、流砂は椅子から立ち上がる。――直後、シルフィが素早い動きで流砂の肩に乗っかった。相も変わらず彼の肩はシルフィの特等席の様である。
まだ映画は『筋骨隆々の亀と髪が逆立って金髪になった筋骨隆々の浦島太郎がコサックダンス対決をしている』シーンの最中なのだが、二人は既に映画からは興味を軽く失っているらしく、
「……ゴーグルさん。この後、何するの?」
「んー、そーッスねー……今日は『アイテム』連中は何かと忙しーらしーッスから、とりあえず家にでも帰るとするッスかね」
それにしても、と流砂は思う。
スクリーンの中のバカげた戦争ではなく、自分が体験してきた本物の戦争を鮮明に思い出しながら、
「なんだかんだで叩き折っちまったなー……死亡フラグ」
誰が主役で誰がどうなるかなんて、意外と分からないものである。
☆☆☆
学園都市。
東京西部を開拓して作られたにもかかわらず、総人口二百三十万人という大都市にまで成長した――最先端科学の総本山。人口の八割は学生で、教育の一環として超能力開発を取り入れている、教育機関の結集都市。巨大な壁で周囲を囲まれていて、その壁を境に科学技術の差が三十年以上も広がってしまっているとかいないとか。
能力開発による学生たちの区分は、
そんな微妙な立ち位置の流砂だが、ガッカリするのはまだ早い。彼にはこの世界で唯一と言えるほどの秘密がある。
前世の記憶を引き継いでいる、というイレギュラーな才能。
『とある魔術の禁書目録』及び『とある科学の超電磁砲』の原作知識を有していた彼は、その記憶を頼りに第三次世界大戦までのイベントを全て切り抜けてきた。超能力者との戦闘でも生き延びたし、神の右席との戦いからも生き延びることができた。生還フラグ保持者、という称号が付けられる日もそう遠くはないだろう。
だが、そんなイレギュラーな才能も、今となってはただの蛇足。『旧約編』と呼ばれる範囲の原作知識しか有していない今の流砂は、これからのイベントに対して何の策も有していない。つまるところ、第三次世界大戦を切り抜けたことで、流砂のアドバンテージは文字通り消失してしまったということだ。
しかし、それでも流砂は一応は第三次世界大戦を切り抜けた。
それは凄く誇れることであるし、そもそも誰でも成し遂げられるようなことではない。
ロシアでは神の右席に牙を剥き、更には能力の新たな可能性を開花させたあの男。
世紀末皇帝KUSAKABEが取り戻した日常はと言えば……
「ロリコン兄貴死ねぇええええええええええええええーッ!」
「っぶねぇええええええええええええええーッ!」
数メートル前方から一気に跳躍して飛燕脚を決めてくる黒白ショートヘアーの少女を転がるように回避しつつ、流砂は渾身の叫びを上げる。
結局のところ、第三次世界大戦を乗り越えていようがなんだろうが、彼の死亡フラグ人生に変化など訪れるはずがないのだ。そんな簡単に消えてくれるほど、『
ちなみに、たった今見事な武術を披露した少女の名は
名前から分かる通り、草壁流砂の実妹だ。能力強度は無能力者なのだが、通信教育で鍛え上げた戦闘力と流砂譲りの行動力はもはや超能力者級だと言える。あー後、凄く暴力的だ。
映画館から帰路に就いた流砂は、その途中で彼氏と仲睦まじそうに歩いている琉歌を発見し、兄貴としての立場を利用して彼女をからかおうとした。――しかし、状況と立場が一変。可愛らしい幼女を肩車していた流砂を見た琉歌の額に青筋が浮かび、先ほどの飛燕脚へとつながるわけだ。
謝罪系男子の
「い、いきなり何すんじゃボケェ! 俺じゃなかったら今の直撃してたぞ!?」
「ワザと当てなかったんですよ、このバカ兄貴! っつーか連絡も寄越さずに最近まで何してやがったんですか!? そしていつの間にか引き連れているその幼女! アンタはいつからロリコンに成り下がっちまったんですか!?」
「酷い言い掛かりつけてんじゃねーぞ、この暴力娘! っつーか俺にゃダイナマイトボディの彼女がいるんだよバーカ! つまりぃ、俺はロリコンじゃなくて年上好きということになるッッ!」
「それがわざわざドヤ顔浮かべてまで言うことかぁああああああああっ!」
「効かんわぁっ!」
叫びと共に振り下ろされた踵を圧力操作能力を駆使して防御する。攻撃を塞がれるのは予想通りだがやっぱり納得いかない様子の琉歌は、「ちぃっ!」と吐き捨てるように舌打ちしながら数メートル後方にまで宙返りする。翻ったスカートの中から、スパッツが一瞬だけ確認できた。
そんな訳で、今まで色々な女性の下着を(偶然)見てきた流砂くんから一言。
「…………色気の全く感じられねースパッツなんて、需要ねーと思うぜ?」
「ッッッツツツ!? き、気安く見てんじゃねーですよバカ兄貴! べ、別にいいんです! 白良君にさえ需要があれば、私は大大大満足なんですぅーっ!」
「その彼氏に需要があるかどーかも微妙なトコだろーけ……甘い!」
「ちぃっ!」
凄まじい速度で撃ち込まれた右ストレートを、流砂は最低限の動きだけで回避する。
「避けんな大人しく当たりやがれDEATH!」
「今語尾にスゲー怖ろしー言葉ついてなかったッスか!? っつーか今の罵倒、お前の特徴的な口調で隠し通せるとか思ってんじゃねーだろーなぁ!」
「鈍感なのに定評がある兄貴だったら、聞き逃してくれると思ってます。……下着売り場で星になるよーな、ダメエロクソ兄貴なら」
「オイちょっと待てコラそれ一体誰情報だ!」
「白良君の高校の同級生の、語尾が『にゃー』の人です」
「未だ他人の土御門ォオオオオオオオオオオオッ! 何でお前はそんなに迷惑属性なんだァアアアアアアアアッ!」
金髪サングラスの多角スパイがニヒルに笑う光景を頭に思い浮かべつつ、流砂は天に向かって咆哮する。
琉歌が蹴って流砂が防御し、何かを思い出したように流砂が絶叫する。そんなやり取りを何度も何度も繰り返し、二人は傍から見ても分かるほどに疲弊してしまっていた。肩を大きく上下させ、首元からは蒸気のようなものが上がっている。
そして汗が引くとともに冷静さを取り戻していった草壁兄妹は『ふんっ!』と鼻を鳴らしながら互いに背中を向け――
「行きますよ、白良君!」
「え、ちょ、琉歌さん!? お兄さんとのやり取り、あれで終わりでいいんですか!?」
「構いません!」
「ほら行くぞ、シルフィ!」
「……ゴーグルさん、妹とは仲良く、ね?」
「分かってるッスよ!」
『そんなの、俺(私)が誰よりも分かってる!』
――微妙な兄弟愛を披露した。
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!