…………麦野が主役、だよな……うん。
十一月某日。
学園都市の第四位の超能力者である
朝六時ちょうどに起床した麦野は可愛らしい柄のパジャマを脱ぎ、だぼっとしたシャツと黒のジャージのズボン、という服装にコスチュームチェンジする。朝食後に更なるコスチュームチェンジタイムが待っているわけなのだが、あえてここで一手間入れるのが乙女としての嗜みだ。起きたら着替え、朝食を食べたら着替え、風呂上りに着替え、寝る前に着替える。洗濯物は異常に増えてしまうが、どうせ洗濯はパシリ浜面に全て押し付けているから大した問題ではない。だって自分には関係ないし。
ノーブラでシャツを身に纏っているせいで大きな双丘の形がそのままシャツの上に描き出されてしまっているが、麦野は気にしない。下着を着けていようが着けていなかろうが、肌の上に服を着ていることには変わりが無いからだ。
寝癖だらけの髪を櫛で簡単に整え、噛み殺すことも無く欠伸を零す。
そして部屋の扉を開け放ってリビングへの第一歩を踏み出し――
「浜面ぁ! さっさと朝飯作りやがれ!」
「開口一番に言うこともっとあるだろうが!」
――今日も世紀末帝王は扱き使われる。
☆☆☆
今日は日中晴れ、ところにより美しい快晴になるでしょう。あ、あと、いつもよりも暖かいからあまり厚着しない方がいいですよ☆
最近人気のお天気おねえさんがソプラノボイスでそんな予報をしているのを聞き流しながら、麦野は優雅な朝食を楽しんでいた。だぼっとしたシャツ(流砂の家から盗んできたもの。他にも十数枚ほどストックがある)のせいでとんでもないほどの色気を放っている麦野に鼻の下を伸ばしていた浜面が滝壺に殴られる、という光景が傍で広がっていたが、それも華麗にスルーする。いつもならば怒鳴り散らしているところだが、今日の麦野は機嫌がイイのだ。
パリッとした食感のトーストをあっさり完食し、浜面に用意させていたホットミルクで身体を芯から温める――と同時に視線で浜面にパンをもう一枚要求する。
ため息交じりで立ち上がった浜面を一瞥し、
「そういえば、絹旗たちはどうしたの?」
「んぁー? 今日はお前が起きるの早過ぎるだけで、あいつ等はまだ夢の国にダイブしてるぞー?」
「きぬはたとふれんだは、まだまだ子供だから」
「中学生の絹旗はともかくとして、女子高生のフレンダがその枠組みに入るのかは甚だ疑問だけどな。――ほれ、焼いてきたぞ」
「相変わらず手馴れてるわね、浜面。その調子で今日も下っ端人生を謳歌しなさい?」
「そんな人生歩むくらいならファミレスでバイトするわ! 金も稼げるし!」
朝からギャースカ騒ぎ立てる浜面を華麗にスルーし、追加のトーストをあっさりと平らげる。
ごちそうさま、と言って椅子から立ち上がる麦野に浜面は「ん?」と疑問の声を上げ、
「今日はいつもと様子が違うみてえだが、何か予定でもあるのか?」
「あ、やっぱり分かる? 分かっちゃう? 教えて欲しいなら教えてあげようじゃない! そう、今日はね――」
そんなに話したかったのかよ、という浜面のツッコミと滝壺のぼんやりとした視線を完全無視しながら、麦野はトリップしたように言い放つ。
「――流砂とショッピングデートをする日なのよ!」
☆☆☆
『セブンスミスト』
それは、学園都市で屈指の人気を誇るデパートであり、かつては爆弾魔事件の被害を被った、いろんな意味で凄まじい存在のデパートだ。相変わらず『何で七番目なの?』というツッコミを入れられてしまうようなネーミングだが、それを気にするような奴はこの学園都市には存在しない。楽しければそれでいい、という思想の奴らがほとんどだからだ。
さてさて。
朝から浜面を扱き使ったりいつもの数倍増しでおめかししたり、という最高のスタートを切った麦野は、セブンスミストのビルの入り口の前でとあるゴーグルの少年を待ち続けていた。因みに、今の時刻は九時五十七分。集合は十時なのだが、張り切り過ぎた麦野は八時には既にこの場に到着してしまっていた。バカなの? というツッコミは、心のシェルターにでも格納していてもらいたい。
生気の抜けた目で無心に携帯電話を弄る麦野を怖がってか、多くの通行人たちは彼女から遠ざかるように通り過ぎていく。なんか凄く黒いオーラが出てしまっているのが妙に恐ろしい。
そして、実はそんな通行人たちの向こう側からやってきていた
「集合時間ぴったしなんスけど……待たせちまったッスか?」
「遅い!」
原子崩しをぶっ放された。
☆☆☆
原子崩しを回避した流砂の鳩尾に渾身のボディブローとアッパーカットを決めた後、二人はセブンスミストに入店していた。
今日が休みということもあってか、店内はやけに賑わっている。この店の客層は主に女子学生なのだが、時折OL染みた女性客の姿もちらほらと確認できるのがこの店の強さなのか。年齢問わずに大人気、という売り文句はデタラメではないらしい。
お腹と顎に物理的に傷を負った流砂の腕に抱き着いた状態で歩きながら、麦野は彼に声をかける。
「今日はお前の奢りだから、覚悟しておきなさい」
「集合時間ぴったしでぶん殴られて奢らされるってなんな――いやいや今日は俺が盛大に奢ってやるッスよ! 大船に乗った気分で買い物を楽しんでくれ!」
「フフッ。素直な流砂は嫌いじゃないわっ」
別に麦野が可愛いから奢ることを了承したという訳ではなく、単に顔の傍を何かすごいオーラが漂っていたのを見て恐怖したからなだけなのだが、流砂はあえて口にしない。基本的に鈍感でヘタレでクズな流砂だが、空気を読む能力だけは人一倍高かったりする。
「うぅ。また財布の中身が消えていくぅ……」と虚空を見つめる流砂くん。そんな彼の表情は言及されたサラリーマンのようにしか見えない。頑張れ、という言葉以外に彼に必要な言葉はない。
そんな訳で流砂の奢りが決定したことでテンションが上がった麦野は、自分の豊満な胸を押し付けながら店内を移動し――
「とうちゃくとうちゃーっく!」
「嫌だ帰る助けて一方通行!」
――ランジェリーショップにズカズカと入店した。
店内は(当たり前だが)女性客オンリーで、(当たり前だが)男性客の姿はどこにも見られない。(当たり前だが)店員も全て女性で(当たり前だが)売り物もすべて女性用下着。――つまるところ、流砂は完全無欠にアウェーな存在となってしまっていた。
これが絹旗やフレンダに連れてこられてしまったというのならまだ抵抗の余地があるのだが、今日の相手は学園都市が誇る第四位の殺戮兵器さん。拒否の姿勢を見せた瞬間に顔面に巨大な風穴が空いてしまうという可能性が捨てきれない以上、ここは素直に彼女に従っておくのが最善策だろう。下手すれば、殺される。
それでもやっぱり流砂はオトコノコなので、麦野に引っ張られながらも周囲を埋め尽くしている女性用の下着にちらちらと視線を向けてしまう。お客さんやら店員さんからの視線が凄まじく痛かったが、それでも流砂は欲望には勝てず、顔を赤らめながら女性用下着に夢中になってしまっている。
そんな、あからさまな不意を突き。
「こっちの黒の下着とこっちの赤の下着、どっちがいいと思う?」
「どっちも露出多過ぎ一体誰に見せる気だバカヤロウ!」
「お前に決まってるだろうが、バカヤロウ」
あまりにも反則過ぎる一言に、流砂の顔がトマトのように真っ赤に染まる。
麦野が手に取っているのは、『漫画とかでよく見る大人物の黒い下着(面積は通常の半分以下)』と『胸の先端とか下半身の大事な部分をギリギリでしか隠せないような赤の紐下着』という、完全に地雷だろそれと言わんばかりのダブルコスチュームだ。というか、明らかに後者は下着じゃない。そんなの着たところで何も隠せねーだろ!
正直どちらも選びたくはないのだが、ここで選択を放棄すれば……いや、そもそも選択を放棄するという選択肢が存在しない。この少女は流砂が答えを出すまで、絶対にしつこく質問攻めにしてくるに違いないのだから。
そんな訳で、諦めた流砂は真剣に考察を開始する。
黒の方は赤の方よりも面積は大きいが、色とか飾りのせいで十八禁としか思えないほどの色気を漂わせてしまっている。これを着けた状態で言い寄られたが最後、今まで護りに護ってきた貞操を素直に明け渡してしまうかもしれない。いやホント、冗談じゃなくガチで。
赤の方は赤の方で、麦野に着てほしい、という男性ならではの欲望が込み上がってきたりする。もはやこれは選ぶというよりも欲望に勝つか負けるかの戦いになってしまっているのだが、思考に夢中になっている流砂は気づかない。
考えれば考えるほどに決められない。どっちも色っぽすぎて理性が弾け飛んでしまいそうだし、そもそも着用者の麦野のスタイルが良過ぎるというのも問題だ。もう少し胸が小さかったらここまで興奮はしなかっただろうに。
そして最終的に流砂は「えとー」と恥ずかしそうにそっぽを向き、
「し、試着してみればイインジャナイカナー」
――欲望に屈服した。
☆☆☆
しゅるしゅるしゅる、という音が試着室から聞こえてくる。おそらくだが(というかほぼ確信している)、麦野が服を脱いでいる途中なのだろう。このカーテン一枚隔てた向こう側では、愛しの恋人があられもない姿でいらっしゃるという――……
「い、いやいやいやいやっ! べ、別にそんな変な想像とかしてねーし! 今日はどんな下着なんかな、とか、思ってねーし!」
試着室の前でセルフツッコミをする流砂に、「こほん!」という店員からの咳払いが襲い掛かる。
流砂は顔を赤くしながら、目の前にある試着室のカーテンから視線を逸らす。
と。
「くさか、べ……こんなところで、超何やってるんですか……?」
「うわ、ぁ……凄くミスマッチって訳よ……」
「――――――――、ッ!? き、絹旗!? それにフレンダまで!?」
商品棚の間の通路からこちらを見て絶句している、女子中学生と女子高生を発見してしまった。というか、逆に向こうから見つけられてしまっている。
二人でいるところから察するに、おそらく二人は自分の下着の購入に来たのだろう。年頃の女性の買い物遍歴なんて知りたくはないが、それぐらいの予想ぐらい簡単に立てられる。
だが、まさかこの最悪なタイミングでばったり遭遇、なんていう予想は出来なかった。しかも男子禁制の絶対領域――ランジェリーショップでなんて。
早く彼女たちの誤解を解いて自分の社会的地位を奪還しなければならない。あの絶句顔はどう考えても『変態がいる……ッ!』と心の底からこの店に来たことを後悔している顔だ。今までも何度か見たことがある表情なだけに、すぐに察しが付く。
立ち上がれ、そして言葉を並べろ。今のこの状況を打破するには、もうその手段しか残されていない! そう自分に言い聞かせながら流砂は腹に力を込め――
「ねぇ流砂。まずは赤の方を着てみたんだけど――って、どうかしたのか?」
「別に何でもなくはないけどなんで相変わらず最悪なタイミングなんだよお前はァあああああああああああああああああああああああああああッ!」
――シャーッと、試着室のカーテンが開け放たれた。
ツッコミと共に彼女の方を見てみると、そこには異性には絶対に見られてはいけない箇所のみを隠した凄まじいほどにエロい少女が一人。豊満な胸は完全に露わになっていて、なんか太腿もギリギリを越えて露出しすぎてしまっている。この下着を設計した奴にガチで文句を言いたい気分だが、それ以上に「設計者グッジョブ!」という欲望に屈服した感情が――口に出てしまっていた。
だが、気づいた時にはもう遅い。肌面積九十九パーセントのまま首を傾げる麦野から視線を外し、ギギギ……と絹旗とフレンダの方に首を向ける。
――そこ、には。
『――――――――――、』
感情の欠片もない瞳で冷たい視線を送ってくる、絶対零度コンビが爆誕していた。
まるで台所の隅に溜まった生ごみを見るかのような目に、流砂は心の底から恐怖する。第三次世界大戦中ですら見ることはなかった凍てつく視線に、流砂の体中の毛穴から大量に汗が噴き出してくる。今動けば、殺される……ッ!
カツン、カツン、という靴音が店内に響き渡る。店の中はBGMや話し声などで騒がしいハズなのに、何故か流砂の耳はこちらに近づいてくる二人の少女の靴音のみを捉えてしまっている。そして相変わらず身動きが取れない。今すぐにでもこの場から逃走しないと殺されてしまうというのに、何故か流砂の体は動かない。
そしてついに麦野は絹旗とフレンダの存在に気づき、キョトンとした表情を浮かべた。良かった。ここで我に返った麦野が彼女たちに状況を説明してくれさえすれば、この巨大すぎる死亡フラグをとりあえずは叩き折ることができる。思ってもみなかった幸運に、流砂は心の中で安堵する。
しかし、流砂の期待虚しく――
「――いっやーん! 見られちゃった恥ずかしいー!」
何を思ったのか、ほぼ全裸な麦野が流砂の腕に抱き着いてきた。しかも、彼の右手を自分の胸を鷲掴みさせるように操作してしまっている。絹旗とフレンダの怒りゲージ、二十パーセント上昇。
しかも、放ったセリフが麦野だったら絶対に言わないようなセリフであるせいで、流砂の背筋に極度の寒気が爆誕した。今自分は何を見ていて、この少女の頭は何で突然ぶっ壊れてしまったんだ? という摩訶不思議な思考をぐるんぐるんと回転させながら、草壁流砂は混乱する。
目元に影を落として静かに拳を握る絹旗とフレンダ。なんか顔全体に無数の青筋が浮かんでマスクメロンみたいになっている。あの影の向こうにある双眸には、もしかしなくても怒りの炎が絶好調なのかもしれない。
あ、これもう終わった。
絶対に避けようがない死亡フラグを確信する流砂。
そして、その直後。
『し……し……新世界の星になれこの鈍感ヘタレ変態クソ野郎がァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!』
通報を受けたツインテールの風紀委員が来た頃には、血だまりの中で気絶するボッコボコに傷ついた少年しか残されていなかったというが、それはまた、別のお話。
次回は人気投票第二位、フレンダ=セイヴェルンの記念短編です。
一応ですが、絹旗とフレンダの短編はそれぞれ、『絹旗IFエンド』『フレンダIFエンド』という仕様になっています。
この短編シリーズは本編に関係したものオンリーとなっていましたが、まぁせっかくツートップなんだし感想欄でもよく言われてたので、この仕様でいってみようと思います。
それでは、また次回。
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!