なんか麦野の様子が超おかしい。
九月十七日、第七学区のファミレスにて。
ファミレス内には絹旗の他の三人の少女たちがいて、絹旗が気にしているのはその中でも一番年上なふわっとした長い茶髪が特徴の少女だった。
学園都市第四位の超能力者。
『
(昨日までは超いつも通りだったのに……日を跨ぐ間に超何かあったんでしょうか?)
絹旗が言ういつも通りとは、『普段はクールだけど戦闘が始まるとちょっぴりヒートアップ(はぁと)』な麦野のことを指している。自分の能力で敵を蹂躙することにだけ喜びを感じ、自分が気に入らない奴は容赦なく叩き伏せる。そんな鬼のようなバーサーカーこそが、絹旗が知っている麦野沈利なのだ。
だが、今現在、絹旗の目の前にいる麦野は――
「ねぇ、フレンダ。この服とか私に似合うと思わない?」
「んー……結局麦野は何でも似合うって訳よ」
「……ふーれんだぁ。真剣に考えろやゴルァ!」
「あべしっ!」
――え、なにこの乙女?
いつもは見向きもしないファッション雑誌片手に金髪美脚少女ことフレンダ=セイヴェルンときゃいきゃい盛り上がっている麦野を見て、絹旗の顔がさーっと青褪める。まるでパンドラの箱を空けてしまった時のような悪寒が背筋を走り、体中の毛穴から嫌な汗が噴きだしてくる。
――麦野がこんなに乙女乙女出来るなんて超知りませんでした――絹旗はC級映画のパンフレットを鞄にしまいつつ、偶然近くを通りかかったウェイトレスにイチゴパフェを注文する。
かしこまりました、とウェイトレスが遠くの方へ去って行くのを見送ったところで、絹旗はこの悪寒を取り払うための行動を開始する。
「麦野、ちょっといいですか?」
「んぁ? いきなりどうしたのよ絹旗。そんなに畏まって……らしくない」
「いや、私は基本的に超こんな感じですけどね。で、ちょっと質問いいですか?」
「別にいいわよ。でも、今ちょっと忙しいから早めに終わらせてくれ」
「超了解しました。……もしかして麦野――彼氏でもできたんですか?」
「ブふォお」
麦野の口から有り得ない音が吐き出された。
数秒と掛からないうちに顔を真っ赤にしていく麦野。顔が真っ赤になるのに呼応するようにファション雑誌を掴む手の力が秒単位で強くなってしまっているような気がするが、絹旗はあえてスルーする。麦野が何かを破壊するのはいつものことだし、今はファッション雑誌の運命など心底どうでもいいからだ。
あ、これは超ガチの反応ですね。顔を真っ赤にしてわなわなと震えている麦野に少し驚きつつも、絹旗はそんなことを思ってみる。隣の滝壺は相変わらず「……南南西から信号が来てる……」とか呟いているので気にしないとして、麦野の隣に座っているフレンダは麦野のリアクションにそれ以上のリアクションを返してしまっている。なんか魂が抜けている気がするが、あれは放っておいても大丈夫な感じなのだろうか。――いや、放っておこう。心配するのもメンドクサイし。
麦野の意外な一面が見れた、と絹旗はニヤニヤニマニマとこの状況を面白がっているかのような笑みを浮かべる。というかぶっちゃけ、絹旗はこの状況を面白がっている。
麦野は顔を赤くしたままファッション雑誌を思い切り握り潰し、
「な、なに全て理解したみてえな顔浮かべてんだコラァ! 誰がいつ彼氏ができたって言ったよ! 勝手な妄想で私のキャラを確立させてんじゃねえぞ絹旗ぁ!」
「だってさっきの反応は超ガチだったじゃないですか。現に今も顔が超真っ赤ですし。うーん、麦野の彼氏なんて想像もできませんけど……あえて可能性を上げてみるなら、昨日麦野がホテルに連れ込んだモノクロ頭のヘタレイメージなイケメンさんですかねぇ」
「む、むむむむむ麦野がホテルに男を連れ込んだァ!?」
あーもーまた面倒臭ぇ奴が話に入ってきやがった! 臨死体験の真っ最中だったハズのフレンダの復活に、麦野は額にビキリと青筋を浮かべて頭を抱える。
フレンダは凄い剣幕でテーブルから身を乗り出し、
「そんな衝撃的な事実、私は知らないって訳よ! え、なに、これって私以外の超共通認識って訳!?」
「私の口癖超盗らないでください。シバきますよ」
「ごめんなさい! で、で、結局、麦野の彼氏って一体全体誰な訳!? 私の知ってる人!?」
「いや、フレンダが知ってるかどうかなんて私は超知りませんが、麦野の彼氏的立場疑惑が浮上しているであろう男性とは、昨夜私と滝壺さんと麦野の三人が凄いベクトルで知り合ってます。……で、麦野はその男性をホテルに超連れ込んだわけですよ」
「お、大人の階段のーぼるー!?」
「なにふざけたこと言ってんだゴルァ!」
「びぶるちっ!」
ドゴグシャァ! とフレンダの顔面がテーブルに勢いよく叩きつけられる。麦野の超絶的な暴力行為に周囲のテーブルにいる客の顔が青褪めるが、彼女たちはさして気にした様子も無い。
フレンダが泡を噴いて再び三途の川に旅行に行ってしまったのを確認し、麦野は青筋を浮かべたまま絹旗に標的を変更する。
「で、お前もなにふざけたこと言ってんだ? 誰が何でどいつが私の彼氏だって!?」
「だから、昨日のモノクロ頭のヘタレイメージなイケメンさんですよ。全身から残念そうなオーラが超滲み出てた、あの七転八倒野郎のことですよ」
「誰が七転八倒野郎だ!」
「なんで麦野が反応するんですか。やっぱりあの人が彼氏なんでしょう? ホテルに連れ込むぐらいの仲みたいですし、今さら隠す必要なんて超ないんじゃないですか?」
「だから、アイツは彼氏じゃねえって言ってんだろ!? はぁぁ……ったく、勘違いにもほどがあるわよ。確かに私は草壁をホテルに連れて行ったが、あれは介抱のためであって疚しい気持ちがあったわけじゃない。っつーか、私と草壁は昨日知り合ったばかりなの。そんなすぐに恋人同士になんかなるわけないでしょ? 少女マンガじゃあるまいし」
そう言いながら、麦野は疲れた様子で肩を竦める。
確かに、出会って一日で恋人同士なんていう超驚愕急展開が現実で起こるなんてことは流石の絹旗も思ってはいない。絹旗の大好物であるC級映画の中にはそんな超驚愕級展開をさも当然のように出してくるものもあったりするが、それでもそれはあくまでも創作の世界での話であって現実での話ではない。
だが、そうだとしても、この麦野の慌てようが説明できない。彼氏でもなんでもない存在のことを指摘されて赤面しながら反論する今の麦野は、どこからどう見ても恋する乙女の状態だ。……少なくとも、絹旗が知っている麦野はこんなに動揺したりはしない。
だとするならば、彼女に一体何が起こったのか。あのモノクロ頭関連であることは間違いないにしろ、ここまで麦野が豹変する理由が分からない。おそらくは昨日のホテルで何かが起こったのだろうが、絹旗はそこに同席していなかったので詳細を知ることはできていない。
握りつぶしたファッション雑誌を拡げて再び熟考し始めた麦野に、絹旗は訝しげな視線を向ける。
そしてC級映画のパンフレットを鞄から取り出してさも夢中になっているかのように視線をパンフレットに集中させながら、
(…………これは超尾行の必要がありますね)
――ニタァと不敵な笑みを顔に張り付けた。
☆☆☆
「おい、大丈夫か草壁? 意識は定まってる? おーい、くーさかべぇ?」
「だ、大丈夫ッス……ちょっと綺麗な川が見えてるだけなんで……あ、死んだはずの曾爺ちゃんがいるッス……」
「それは見えちゃいけない川だバカヤロウ。おいコラ、さっさと起きなさいって、くーさかべぇ!」
「――ハッ! 曾婆ちゃんは!?」
「ついに夫婦の登場かよ。三途の川も人不足なのかねぇ」
今にも昇天しそうな流砂の肩を前後に勢いよく揺らし、麦野は流砂の蘇生に成功した。
当初の予定通りにフリーフォールに乗ったわけなのだが、学園都市の最新技術が結集したフリーフォールは普通のフリーフォールとは全く比べ物にならないほどに威力も破壊力も恐怖も段違いだった。とりあえず高さが三百メートルというのは一体どういうことだろう。東京タワーでも越える気か。
フリーフォールと言えば、落下中に女性が男性の手を握って「怖い……手、握っててもいい?」と涙目で呟く超ときめきイベントが発生するのがお約束なはずなのだが、学園都市のフリーフォール――通称『地獄への直送便』はそんなリア充なイベントが発生する余地も無いほどに強烈なアトラクションだった。とりあえず上がる時が凄く速く、落下中は風になったんじゃないかと勘違いしてしまうほどに速いのだ。乗り物には強い方である流砂が耐えられなかったぐらい、『地獄の直送便』は化物染みていた。
三途の川から生還した流砂は「はぁぁぁ」と深く溜め息を吐き、
「っしゃ! 次はどれに乗るッスか? ジェットコースター? バイキング? はたまたバンジージャンプ?」
「もはや私がそんなアトラクションしか望んでねえって決めつけての提案はやめろ。私だって流石に激しいアトラクションを連続で乗ったらキツイわよ」
「じゃー何に乗るッスか? 激しくないのっつったらあんまり思いつかねーんスけど……」
「ちゃんとあるじゃない、激しくないアトラクション」
「え? どこに?」
手で庇を作りながら流砂は周囲を見渡すが、彼女が言う激しくないアトラクションはどこにも見当たらない。周囲にあるのはジェットコースターとか空中ブランコとかだけであり、コーヒーカップのような激しくないアトラクションなんてどこにも存在しちゃいなかった。
だが、「どこ見てんのよ、あそこにあるのが見えないのか?」と麦野はビシッと流砂の後方に向かって指を突き出し、
「世界で三番目に怖いって言われてるお化け屋敷。あそこに行きましょう」
☆☆☆
「む。なんか二人仲良くお化け屋敷に行っちゃったよ絹旗! どうする私ってお化け苦手な訳なんだけど!」
「超黙っててくださいフレンダ。というか、お化けなんてこの世にいるわけないじゃないですか。科学の街に住んでるくせになんて非科学的なこと言ってんですか、バカフレンダ」
「バカって言った! 絹旗が結構真面目な顔で私にバカって言った!」
「大丈夫。バカなフレンダを私は応援している」
「結局、バカを否定して欲しかったって訳よ!」
お化け屋敷近くのベンチの陰にて。
暗部組織『アイテム』の三人はごちゃごちゃとしながら小さい身体を必死に隠していた。まぁ、隠していると言っても他のお客さま方から不審者を見るような目で見られているわけなのだが、今はそんなことなど気にしていられない三人はあえてスルーすることにした。
麦野が遊園地で異性とデート、という情報をキャッチしたのでこうして三人仲良く遊園地で隠密行動をとっているわけなのだが、これが意外と楽しかったりする。麦野が周囲をちらちらと見ているのを隠れながらやり過ごし、麦野が他の方向を向いた瞬間に無音カメラで麦野のプライベートな写真を激写する。なんともパパラッチ顔負けな早業は、周囲を歩いていたプロのカメラマンが涙ぐんでしまうほどだった。
麦野とモノクロ頭の少年――
「ったく……なんで私がこんな茶番に超付き合わなくちゃいけないんですか」
「そんなこと言ってるけど結構乗り気だよね。主に盗撮は絹旗が行ってるって訳よ」
「乗り気じゃないですよ。……ただ」
「ただ?」
「麦野を脅すためのネタが超手に入るから超仕方なくやってるだけです」
「乗り気じゃん! しかも凄い不敵な笑顔を浮かべちゃってるし!」
ぐふふふ、と妖しいオーラを放つ絹旗にフレンダの顔がサーっと青褪める。
存在自体が怖ろしい麦野を脅すためのネタが手に入るから、という理由でついて来るのもどうかと思うが、それ以上に「仕方なく」と言い訳をしてしまっているところが何とも残念だ。というか、絶対に嘘だし。
そもそも、この尾行を計画したのはフレンダでも滝壺でもなく、絹旗最愛本人だったりする。「麦野の超面白い姿が見られるかもですよ」という甘言につられてここまでやって来てしまったが、この尾行が麦野にばれた瞬間にフレンダはこの世から消されてしまうかもしれない。上半身と下半身と切り離され、愉快なオブジェに変えられてしまうかもしれない。
だが、そんな危険を冒してでも遂行するほどの利益が、この尾行には存在する。いつも自分をボッコボコにしている麦野の弱み。これさえ握れば自分の思うとおりに麦野を扱えるかもしれない。ゴスロリを着せたりレースクイーンの格好をさせたり……グヘヘヘ。
カメラを構えてほくそ笑む絹旗と、妄想に溺れてニヤけるフレンダ。
そんな同僚二人の変人っぷりに辟易しつつ、
「……お化け屋敷の方向から信号が来てる……」
直後、お化け屋敷の中から二人分の悲鳴が響き渡って来た。
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次回もお楽しみに!