複数の
木原利分に向かって高電離気体を投げつける。
そんな、在り来たりで当たり前な攻撃手段を、草壁流砂は迷うことなく選択した。
「うぉらぁああああああああああッ!」
空気が圧縮されることによって生み出された高電離気体が、凄まじい速度で空中を突き進んでいく。高電離気体に圧力を加えることで動かしているわけだが、その効果は絶大だった。圧力、という名の推進力を得た高電離気体は、速度を緩めることも無く利分に向かって突撃していく。
目では捉えることが難しいほどの速度で迫ってくる高電離気体を大きな動きで回避しつつ、利分は愉快そうに笑い声を上げる。
「きゃはははは! 攻撃がワンパターンだな草壁流砂! そんなんじゃボクは倒せねえぜ!」
「いつまでそんな余裕でいられるんスかね!」
十五個目の高電離気体を投げ終わったところで、流砂は勢いよく地面を蹴った。
大きな回避行動のせいで体勢を崩している利分の懐へと瞬時に入り込み、一瞬で高電離気体を生成する。防御を捨てたことで演算に余裕が出ているのか、とても大能力者とは思えないほどの速度だった。
だが、木原利分はあくまでも冷静に対処する。
高電離気体をぶつけられる前に流砂の肩に手を置き、曲芸のように跳躍する。そのまま勢いよく右脚を振りかぶり、流砂の背中にサッカーのシュートの要領でキックを叩き込む。
「ぐッ……ま、まだまだぁ!」背中の激痛を歯を食いしばることで我慢した流砂は利分の右腕を掴み、体を反転させる勢いを利用して本気の頭突きを喰らわせた。高電離気体の操作からそこまで時間が経っていないので、攻撃に能力は反映されていない。
「ごッ、ァアア!」
「こんな攻撃一発で音ェ上げてんじゃねーぞ!」
流砂の頭突きによって利分は極度の目眩に襲われる。
流砂はその隙を見逃さず、即座に高電離気体を生成。利分に回避行動の暇さえ与えず、自分のコブシに連動させる形で利分の腹部に高電離気体を叩き込んだ。
直後。
利分の身体が勢いよく宙を舞った。
「ぅぐっ……――っつぅぅッッッ!?」
腹部への強烈な一撃が影響してか、利分は受け身をとることもできずに勢いよく背中から地面へと叩き付けられる。直後に背中に激しい痛みが走り、利分は口を抑えることで絶叫を聞かれるのを防いでいた。まるで自分の負けを認めたくないかのように、利分は必死に痛みに耐えていた。
それでも意外とタフなようで、利分はふらつきながらも立ち上がる。ロシアの雪原にしっかりと足を踏み込み、妙に機械染みたグローブをはめた手をパキポキと鳴らしていた。
まだ戦える、とでも言いたげな表情の利分に冷たい視線を繰りつつ、流砂は言葉を紡ぎだす。
「そのグローブ、能力を弱める効果でも搭載されてるんスか? 本当なら今のでノックアウトだったハズなのに、お前に触れられた瞬間に俺の演算にノイズが走ったんスよ。――小型化したAIMジャマー、とでも言えばイイんかな」
「ぅぐっ……ごぼっ! ……凄いね、オマエ。まさかこんな短時間で、ボクの切り札を見破るなんてさ」
「別に難しーコトじゃねーッスよ。お前はそのグローブで絹旗の能力を弱体化させ、持ち前の戦闘力で絹旗を撃破した。そしてさっきは俺の能力を弱めるコトでノックアウトを免れた。正直言ってあの巨大な機械を小型化できるとはとても思えねーんスけど、そこはお前が『木原』っつーコトで無理やり納得づけた。――ここまでの解答に、矛盾した点はあるか?」
「…………ノープロブレム。大正解だよクソッタレ」
口から流れ落ちている血をペッと吐き出し、利分は格闘家のようにファイティングポーズをとる。まるで今までが茶番だったとでも言いたげな表情で、木原利分は両コブシを握りしめる。
「ホントはさっさと『回帰媒体』を回収して帰りてえんだけど、ここまでコケにされて素直に帰還できるわけねえよな。とりあえずここでオマエをぶっ潰して、ボクの研究用の実験動物にしてやる。大丈夫、オマエならどんな残虐な実験にでも耐えられんだろ」
「別にここで叩き伏せられてーっつーお前の意志を否定するわけじゃねーが、とりあえず俺からお前にワンクエスチョンだ」
流砂は目にかかるほどの長さの前髪を右手で掻き上げながら、
「シルフィを捕獲して、お前はその後何がしてーんだ?」
「世界を救う」
「…………は?」
「ボクは『回帰媒体』を使って世界を救うんだ。『回帰媒体』をクローン化して量産して、全世界に配布する。宇宙からの隕石だろうが民衆のテロ行為だろうが、『回帰媒体』ならそんな全ての危険を予知して予測して予期することができる。――つまり、人々はもう恐怖に脅える必要はねえんだ!」
世界を救う? と流砂は脳内に大量の疑問符を浮かべる。
シルフィの能力は確かに便利なものだが、それを量産しただけで本当に世界を救えるのか? 全ての危険を予知したところで、この世界に絶対に平和が訪れるとはとてもじゃないが思えない。
というか、それ以前の問題として、シルフィをクローン化したところで、彼女の能力が引き継がれるわけじゃない。
だが、流砂の心配を他所に木原利分は恍惚な表情を浮かべる。
「クローンにシルフィ=アルトリアの能力を発現させるためには、彼女が能力を発現することになった環境と同じ環境を用意する必要がある。それが母体なのか生まれ育った環境なのかはボクは知らねえ。――だけど、時間はたっぷりあるんだ。用意できるすべての環境を一回ずつ試していけば、いつかは『回帰媒体』と同じ能力を発現させられるはずなんだ!」
「……その過程で、何人のクローンが犠牲になると思ってんだ。環境を試すなんて簡単な話じゃねーぞ。生まれたから成長するまでの何年間を、そのクローンたちはお前の興味関心のせーで棒に振ることになっちまうんだぞ!?」
「うん、そうだな。――で、それが何か問題でも?」
「なっ…………ッ!?」
平気な顔で即答する利分に、流砂の呼吸が一瞬だけ停止した。
困惑する流砂に笑顔を向けつつ、利分は自己紹介をするかのような気軽さで自信満々に言葉を続ける。
「第一、クローンはボクが作り出す予定の人形だ。製造者であるボクがクローンをどういう風に扱うなんて他の奴らには関係ねえだろ? っつーか、文句を言われる筋合いもねえ。別に珍しい話じゃねえだろ? 芸術家は自分が作り出した芸術作品を、気に入らないからの一言で叩き潰す。それと一緒だ。ボクは、クローンが気に入らねえ成長をしたら、容赦なく使い潰す。――ただ、それだけのことだろ?」
「オーケー分かった。クソと一緒に埋めてやる」
「その言葉をそっくりそのまま返すが、それよりも先にぶっ殺してやるよ」
☆☆☆
最初に動いたのは、木原利分の方だった。
高電離気体を生成しながら身構えている流砂の背後に一瞬で回り込み、両コブシを握った状態で勢いよく彼の背中に振り落とした。高電離気体の維持に演算を集中させていた流砂は利分の攻撃を防御できず、そのままベクトルに従う形で地面に叩き付けられた。
だが、流砂は即座に地面を転がることで体勢を立て直し、利分に足払いをかける。今度は能力を込めた一撃だったので、利分の身体は勢いよく一回転した。本当なら足が消し飛んでいてもおかしくないのだが、瞬時に跳躍することで力を逃がしたようだった。
(チッ! 触れた瞬間に破裂させときゃよかった!)今更遅すぎる後悔をしつつも、蹴り上げられた利分の身体に流砂は即座に手を伸ばす。――直後、彼の右手が何かを掴んだ。
だが、それは利分の身体ではなかった。
正確には、利分が脱ぎ捨てた白衣だった。
「攻撃が大振りすぎて予想できちまうぜ、実験動物!」
「ぐっ……っっっ!」
両目を刈り取るかのように振るわれた利分の手を、流砂は寸でのところで回避する。利分の指に引っかかった前髪が何本か抜け落ちたが、流砂は痛みを我慢しながら彼女の右腕を本気で掴む。
ここで能力を使えば、全てが終わる。
圧力を増減させることで利分の身体を爆発させてしまえば、流砂はこの戦いに勝利できる。
だが、ここで流砂に予想もしなかった不幸が降りかかる。
最初に感じたのは違和感だった。
予め分かっていた、流砂の欠陥がここにきて発動してしまった。予想はしてたが予期していなかった、最悪の欠陥が発動した。
能力の不発。
不安定な演算能力故に補助演算装置を与えられていた欠陥品の大能力者は、ここにきて最悪の不幸に見舞われた。
直後、利分の顔が大きく歪んだ。
自分を殺せなかった欠陥品をしっかりと瞳に映しながら、木原利分は獰猛な笑みを張り付ける。
「やっぱオマエは欠陥品だな。役立たずで不良品で欠陥品だ」
「く、そ……まだ、俺は!」
「無理だよ、
ガシィッ! と利分は流砂の身体をロックする。ありったけのチカラを込めて、草壁流砂の背中に両手を回す。豊満な胸が圧迫されて大きく形を歪めるが、両者ともにそんな些細なことに気を回している様子はない。
ジャキィッ! という音がした。それは、利分のグローブの指先から小さな刃が出現した音だった。
「ここで散れよ、
ザンッッッ! という轟音が鳴り響く。
それと同時に、ロシアの雪原に鮮血が舞った。
☆☆☆
流砂の背中が利分に切り裂かれた。
それは覆しようのない事実であり、誰がどう見ても否定しようがない現実だ。
だが、その現実は草壁流砂の敗北には繋がらなかった。
覆しようのない現実は、木原利分の腹部に風穴が空いたことだった。
それは、鋭い造りの銃弾だった。
「な……ん、で……?」
背中の痛みで崩れ落ちる流砂にもたれかかりながら、利分は糸の切れた人形のように倒れ込んだ。両者ともに激痛と疲労と出血のせいで身体が動かせなくなっていて、距離はゼロなのに互いに戦闘を続行できないでいた。
痛みのせいで気絶することもできない流砂は、利分を打ち貫いた銃弾が飛んできた方向に視線を向ける。流砂の行動に同調するように、利分もそちらに視線を向けた。――むろん、それは絹旗の傍にいるシルフィも同様だった。
そこにいたのは、長身の女と金髪の少女だった。
白黒の迷彩模様の服に身を包んだその長身の女性は、自分の身長に匹敵するのではないかというほどの大きさを誇る機関銃を持っていた。狙いを定めることよりも全てを薙ぎ払うことに重点を置いたようなその機関銃に、流砂は酷く見覚えがあった。
その女の名は確か、ステファニー=ゴージャスパレスではなかったか。
「いやー、義手の調子が思ってたよりも中々良いですね。発砲の際の衝撃にも耐えられるし、これは逆に腕を失って良かったって感じじゃないですか?」
左腕をぐるんぐるんと回しながら、ステファニーはニシシッと子供のような笑顔を見せる。
だが、流砂の目はステファニーの隣に立っている、金髪の少女に集中していた。――正確には、驚愕しすぎて茫然としてしまっていた。
その少女は、黒の帽子を頭にちょこんと乗せていた。紺のブレザーと白のワイシャツと赤いチェック柄のスカートを身に着けていて、足は黒いストッキングで覆われていた。ロシアの寒さに耐えるためか、だぼっとした白のジャンパーを羽織っている。
その少女は確か、十月九日に殺されていたはずだった。暗部組織『アイテム』を裏切った彼女は、リーダーである
「はぁぁ……なんで私がこんなさっむーい国に来なきゃいけないのかなぁ」
「来たくなかったんなら来なけりゃよかったんじゃないですか? 別に強制したわけじゃないですし」
「それをツッコむのは野暮って訳よ!」
その特徴的な口調と声には、凄く覚えがあった。
髪も顔も服も体つきも態度も性格も、流砂は酷いくらいに覚えていた。視界の外にいる絹旗が、驚愕に身をよじった気がした。――いや、実際に絹旗は驚愕していた。満身創痍で今にも意識を手放してしまいそうな絹旗だったが、予想もしなかった人物の登場に心底驚愕していた。
金髪の少女はスカートの中からミサイル型の爆弾を数本取り出し、ニカッと歯を見せながら笑顔を浮かべる。
そして流砂と絹旗を交互に見てバチン! と華麗なウィンクを決め、
「結局、このフレンダ=セイヴェルンがいないと草壁たちは本領発揮できないって訳よ!」
フレンダ=セイヴェルン。
十月九日に死んだはずの少女が、十月九日に死ななかった少年の目の前に見参した。
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