ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 ついに今作も三十話目。

 こんなに続けられているのは皆さまのおかげです。

 ありがとうございます、と感謝の言葉を述べるとともに、これからもよろしくお願いします、と我が儘な言葉を述べてみます。



第三十項 直接加圧

 流砂を見捨てれば、絹旗とシルフィは生き残れる。――さて、どうしたい?

 そんな悪魔の質問をファミレスのメニューを確認するかのように突きだされた絹旗は、心底怒っていた。今すぐ木原利分の顔面を殴り潰してやりたいと思ってしまうほど、絹旗最愛は目の前のマッドサイエンティストに怒りを覚えていた。

 ヘラヘラケラケラと笑う利分を睨みつけ、絹旗は肩を震わせながら言い放つ。

 

「っざけないでください……超ふざけないでください! 草壁を超見捨てて自分が助かりたい、なんてふざけたこと、私が超思う訳がないでしょう!?」

 

「ありゃりゃ? オマエは学園都市側の人間だから即決してくれると思ったんだけどなぁ。そんなにその欠陥品が大事か? 道具が無きゃまともな演算もできないその最悪の欠陥品が、そんなに大事なのかー?」

 

「超大事に決まってンでしょうが!」

 

 絹旗の口調が、豹変した。

 かつて、『暗闇の五月計画』という非人道的な実験に参加していた絹旗は、最強の超能力者の演算パターンを脳内に埋め込まれている。第一位の『防御性』を獲得した絹旗は、元が窒素を操る能力者だけあって『窒素を身体の周囲に纏わせ、防壁を展開する』能力を発現させた。全てのベクトルを反射する『反射の壁』なんかには到底及ばないが、それでも、十分に強力と言える能力を手に入れることができている。

 その実験の後遺症か副作用か、絹旗が本気でキレたときにはこうして口調が変わってしまうのだ。――あの最強の第一位と同じような、乱暴な口調に。

 肩に乗っているシルフィを流砂に預けながら、絹旗最愛は腹の底から声を荒げる。

 

「大事ですよ、超大事ですよ! 弱いくせにいつも一生懸命頑張って泥塗れになって、それでも私たちを笑わせるためにいつも飄々ォとしてるこの草壁流砂は、私にとって超世界で一番大事な人なンです! それなのに、自分が生き延びるために草壁を超見捨てる? 悪魔の選択? ふざけンのも大概にしてください!」

 

「なーにガチでキレちゃってんのぉ? あー怖、最近の若者は怖いわー」

 

「そのふざけた態度を、今すぐこの場で超叩き潰してあげますよ。――最近の若者の本当の怖さは、超これからです!」

 

 ギュオッ! という轟音が鳴った。

 それは、絹旗が両手に窒素を集束させる音だった。

 そして、絹旗の戦闘準備が完全に終了した合図でもあった。

 

「私の答えは二択のどちらでもありませン! 『木原利分をぶっ潰して三人で生き残る』っつゥ、超最高のハッピーエンドを選択します!」

 

 そう叫ぶや否や、絹旗は勢いよく地を蹴った。身体の周囲に展開された窒素によって地面が大きく抉られた。

 下手な小細工はせずに正面から叩き潰す。相手がどんな戦術を隠し持っているかなんて知らないが、絹旗の真骨頂は最強の盾と怪力だ。正面からの突撃で、彼女に勝てる奴なんてそうそういない。

 絹旗と利分の間にあった距離は、簡潔に言って五十メートルほど。絹旗の持ち合わせている脚力と能力を併用すれば、大して疲れることはない十分に短い距離だ。むろん、相手に圧迫感を与えることもできる。

 「ここで超死ね木原利分!」一気に五十メートルを駆け抜け、絹旗は右腕を思い切り振りかぶる。自動車を軽々投げ飛ばすことができるほどの怪力が、狂った科学者をぶっ潰すためだけに振るわれる。

 だが、その右腕が利分をぶっ潰すことはなかった。

 理由は難解。

 利分の拳が、絹旗の顔面を正確に捉え、彼女を思い切り殴り飛ばしたからだ。

 

「が、ァッ……ッ!?」

 

「うぷぷぷ。ボクの攻撃がオマエの顔面にクリーンヒットってか? ぎゃはははは! ひっさしぶりに殴られたって感じっすか絹旗最愛チャーン?」

 

 殴られた右頬を抑えながら、絹旗はふらふらと立ち上がる。

 どうして自分は殴り飛ばされた? もしかして、ギリギリになって能力を解除してしまったのか? いや、それは有り得ない。絹旗の窒素の壁は本人の意識の外で展開されるオートなものだ。どんなことがあっても展開され続けて全ての攻撃を防ぐ。それが絹旗の防壁なのだ。

 それじゃあ何で自分は殴り飛ばされた? 一方通行の『反射の壁』の攻略法では絹旗の『窒素の壁』は破れない。絹旗はベクトルを反射しているわけではなく、圧縮した窒素で壁を作り出しているだけなのだから。

 (考えてる暇は超ありませンね。超先手必勝一撃必殺!)利分にこれ以上攻撃させないためにとにかく攻撃することを選んだ絹旗は、地面を思い切り蹴って一瞬で利分の懐に入り込む。

 そして振りかぶっていた右手をアッパーカットの要領で利分の顎に撃ち込――

 

「にゃははーん。逆算諦めて突撃たぁオマエらしくないなぁ、絹旗クン? ――でもまぁ、そういう突撃魂とかボクは嫌いじゃないぜっ?」

 

 ――む直前に、利分が絹旗の腕をパシッと掴んだ。

 

「ッ!? な、何がどォなって……ッ!?」

 

「うーん、それはボクの秘密だから教えてあげられねえなぁ。でもまぁ、ヒント的なナニカをオマエに与えるとするなら――『木原』の技術は世界一ィィィ! ってことなんじゃねえの?」

 

 絹旗の右腕を左手で掴んだまま腰を屈め、右腕を思い切り後ろに振り被る。

 絹旗は拘束を解除するために必死にもがくが、怪力であるはずの彼女は何故か利分を振り解くことができなかった。――まるで、絹旗の怪力が失われたかのように。

 「ッ!? ま、まさかこれは……」「ネタバレはダメだぜ、絹旗チャーン?」今更気づいたところでもう遅ぇけどな、とわざわざ付け加えながら、利分は拘束の力を強める。

 そして振りかぶっていた右腕を思い切り振りきり、

 

「恋する乙女はここで退場だぜ、絹旗最愛チャーン!」

 

「ぐ、ゥ、がァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 直後。

 人骨の粉砕される音がロシアの大地に響き渡った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 正直、状況を理解するのに何十秒かかかってしまった。

 木原利分に胸元を殴られた絹旗最愛が、勢いよく宙を舞った。絹旗の小さな体は綺麗な放物線を描きながら、ドサッと人形のように落下した。遠目から見ても分かるほどに大きく痙攣している絹旗は、どう考えても無事ではなかった。今すぐ病院に連れて帰ったところで本当に助かるのかどうか甚だ疑問に思ってしまうほど、絹旗最愛は重傷だった。

 「ぁ……ぇ……?」蚊の羽音のようにか細い声が、流砂の鼓膜を刺激した。

 それは、地面でもがいている絹旗の声だった。

 

「き……絹旗ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 気づいた時には、彼女の傍に駆け寄っていた。

 口から大量の血を吐き出していて、ニットのセーターの胸元は大きく破れてしまっている。――その下に、赤黒く腫れた痛々しい胸元が見えた。人の拳のような痕が、絹旗の胸元に刻まれていた。

 「ッ……」流砂は顔に影を落としながら、着ていた上着をそっと絹旗の上に掛けた。直後に激しい寒さに襲われるが、正直寒さなんてどうでもよくなっていた。寒さなんてどうでもよくなるぐらいに――草壁流砂はブチギレていた。

 流砂は静かに立ち上がり、背中にしがみ付いていたシルフィを絹旗の傍に降ろした。

 

「……ゴーグル、さん?」

 

「絹旗のコト、頼んだぞ」

 

 心配そうに首を傾げるシルフィの頭を優しく撫で、流砂は後ろを振り返る。

 木原利分がいる方向へ、大きく体を振り返らせる。

 絹旗は言っていた。流砂は大事な人だ、と。流砂は人の感情の機微に疎い鈍感野郎だが、先ほどの絹旗の言葉で流石に気づいてしまった。――あぁ、絹旗(コイツ)は俺のコトが好きなんだな――と。

 だが、流砂は彼女の想いに応えることは出来ない。流砂は麦野沈利(むぎのしずり)という超能力者に恋をしているし、恋をされている。いわば相思相愛、恋人同士なのだ。――故に、絹旗の想いには応えられない。

 だけど、それがどうしたというのだろうか。想いに応えられないからなんだ。それが何か問題でもあるのか。

 いや、それ以前の問題だ。とっても在り来たりで当たり前な問題だ。

 草壁流砂にとって、絹旗最愛は唯一無二の仲間だ。麦野以上に時間を共にしてきた。この少女ならば、黙って背中を預けることができる。――そう思えるぐらいに、絹旗のことを流砂は大事に思っている。

 ……いや、そんな堅苦しい理由なんて必要ない。わざわざ言い訳のように言葉を並べる必要もない。

 ただ、木原利分をぶっ潰す。

 ただ、絹旗最愛の分まで殴り潰す。

 ただ、それだけのことなんだから――。

 

「おやおやおやぁ? ついにご本人のご登場ってか? 仲間の仇を打つために立ち上がるヒーロー、ってかぁ? いやはや、オマエはボクを絶望的に感動させたいのか? まぁ、そんな非現実的なヒーローなんて、『正義』とはとてつもなくかけ離れちまってる存在だけどな!」

 

「……黙れよ」

 

「あ? なんか言ったー?」

 

「黙れっつってんだよ、このクソ野郎!」

 

 吼えた。吠えた。咆えた。

 目の前で飄々としているクソ野郎に向かって、草壁流砂はありったけの怒りをぶつける。

 

「俺はお前が掲げてる『正義』なんつーモンにゃ露ほども興味はねーし、今後も興味を持つつもりは一切ねー。俺はそんな大それた人間じゃねーかんな」

 

 だけど、と流砂はコブシを握ると同時に付け加え、

 

「大事な仲間に傷をつけやがったテメェを、俺は絶対に許さない。絹旗でも敵わなかったテメェを倒せるかなんて俺にゃ分かんねーけど、絶対に俺はテメェをぶっ潰す。肉片すら残さずに――俺はお前を破壊しまくってやる!」

 

「くきゃきゃ。くきゃきゃきゃきゃ! おっもしろいな、オマエ。最高に絶望的に面白いよ!」

 

 利分は腹を抱えて大笑いする。

 流砂の怒り自体が娯楽だと言わんばかりの表情で、満足そうに大笑いする。端正な顔を絶望的に歪ませながら、木原利分は抱腹絶倒する。

 そしてピタッと急に笑うのを止め、

 

「――調子に乗ってんじゃねえよ、実験動物。学園都市を牛耳ってるボク達『木原』がオマエなんかに負けるわけねえだろうが。常識以前に現実を知れよ、バーカ」

 

「現実を見ずに幻想を見るからこその『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』だ。故に、俺はお前をぶっ潰すっつー幻想に縋る。不可能とかチカラ不足とか、そんなコトはどーでもイイ。ただ純粋にお前を殴り潰して、俺はシルフィを自由にする。絹旗を助ける。――そして、俺自身の未来を掴んでやる!」

 

「…………え、それマジで言ってんの?」

 

 あーやだやだ、と木原利分は肩を竦める。

 そもそも、利分は流砂を殺すためにこのロシアにやって来たのだ。もちろん、そのための準備は十分に終えている。今の利分には流砂を殺すための手段が何個も存在するし、その全てを今この場で全て披露することも可能だ。それほどまでに利分のポテンシャルは高く、それほどまでに利分は絶望的に残虐な人間なのだ。

 だが、それ以前に、利分の目的はシルフィ=アルトリアだ。

 だからこそ絹旗にああいう質問を投げかけたわけなのだが、まさか一発で断られるとは思わなかった。学園都市の暗部と言っても結局は甘ちゃんかよ、と瞬間的に絶望してしまってもいた。

 しかし、そこで草壁流砂が刃向かってくるなんて面白すぎた。というか、予想通り過ぎて爆笑してしまった。

 赤子の手を捻るように殺せる獲物が、自ら罠にかかってくれた。これでパパーッと任務を終え、すぐに学園都市へと戻ることができる。シルフィを捕獲して、今度こそ世界を救うための研究に没頭することができる。

 

 

 そう、数秒前までは思っていた。

 

 

 最初に感じた違和感は、流砂の両手の辺りからだった。

 心成しか、その空間だけ空気が歪んでいるように見えた。

 次に感じた違和感は、またしても流砂の両手の辺りからだった

 心成しか、光球の様な物体が出来上がっているような気が――ッ!?

 

「ま、まさかオマエ、そいつは……」

 

「やっぱり俺は、空気の槍とかそんな精巧なモンは作れねーんスよ。演算能力が不安定とかそーゆー堅苦しー問題以前に、俺は能力をそこまで細かく使うコトができねーからな」

 

 そう言う流砂の手の中では、コブシ大ほどの高電離気体(プラズマ)が形成されていっている。かつて一方通行が形成したモノよりははるかに小さいが、それでも、人間一人ぐらいなら軽く消し飛ばせるほどの威力は持っているハズだ。――むろん、それは木原利分も例外ではない。

 両手に一つずつの高電離気体(プラズマ)を形成した欠陥品の大能力者は、静かに目を瞑る。

 憎たらしいマッドサイエンティストをぶち殺して全員を救う、という選択をした草壁流砂は、防御を捨てて新しい攻撃に全てを賭けることにした。

 いわば、命がけの反撃。言うところの――

 

「――パワーアップ、っつーヤツッスよ。いつまでも殴る蹴る破裂させる押し潰すの応酬だけじゃ地味すぎてつまんねーだろ? だから――華やかな攻撃っつーのを選んでみたんスよ」

 

 直後。

 流砂の周囲に、複数の高電離気体(プラズマ)が姿を現した。

 身に纏うかのように高電離気体(プラズマ)を形成した流砂は、ニィィィと口を三日月のように裂けさせ、

 

「『直接加圧(クランクプレス)』改め『電離加圧(エアリアルプレス)』ってか? まーとりあえず、最近の若者の恐ろしさを体験させてやんよ――木原利分!」

 

 新たなチカラを得た欠陥品は、全てを救うために立ち上がる。

 麦野沈利との約束を今度こそ護る為に、草壁流砂は、『電離加圧』は立ち上がる――。

 




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 次回もお楽しみに!

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