多数の戦闘機及び戦闘ヘリが、集落上空に出現した。
その最悪な情報を位置的に最初に知ることになった麦野沈利とシルフィ=アルトリアは、たった二人という極めて少ない人数で迎撃に当たっていた。
というか、基本的に麦野一人で迎撃していた。
「……しずり、右からバタバタが二つ!」
「言われなくても分かってるっての!」
ビシッ、と小さな指を立てて空中の戦闘ヘリを指差すシルフィに軽口を叩きつつ、麦野は自らの能力『
集落の中からも銃声や爆音が聞こえてくることから、どうやら住民たちが麦野たちと同じように戦闘を始めているようだ、ということが予想できた。あの憎たらしい無能力者はどうなのかは分からないが、滝壺理后という少女への危険を少しでも減らすために地雷あたりでもブン投げているかもしれない。そもそもあれは踏みつけることで初めて最大の威力を発揮するものなのだが、常識が通じない無能力者はその常識を覆してしまうかもしれないのだ。
「次、左から小さなヒコーキがたっくさん!」
「具体的な数を言いなさいよバカヤロウ! 私は便利なラジコンじゃねえぞ!」
そんなことを言いながらシルフィが示した方角を見てみると、確かに数えきれないほどの戦闘機がこちらに向かって突っ込んできていた。あまりにも遠くにあるから本当に動いているのかが怪しくなるが、あれは速すぎて逆に動いているように見えないというパターンだ。あと数秒としない内に、この集落の上空を通過してしまうことは明白だった。
麦野の能力『原子崩し』は原子を曖昧な状態で撃ち放つ能力である。だが、彼女の『原子崩し』はわざわざ標的に狙いを定めなければならないので、弾幕を張ることができない。それが即ち何を意味しているかというと、麦野は物量戦にはめっぽう弱いということなのだ。
だが、麦野は学園都市の闇である暗部の人間だ。しかも、その暗部の中でも最機密暗部組織『アイテム』を率いるリーダーだ。自分が欲しいものを揃えることぐらい、造作もない。
「あーくそっ! 手間取らせてんじゃないわよ!」右腕で服の中をガサゴソと漁る麦野。こんな場面で銃を取り出したところでこの劣勢を覆すことは絶対にできない以上、麦野が捜しているのは拳銃でないことは明らかだ。
それならば、麦野は一体何を捜しているのか。
その答えは、とてつもなくすぐに提示されることとなる。
「っしゃあったぁ!」そう叫びながら服の中から右手を抜き取り、空中に向かって『ソレ』を投げ捨てる。トレーディングカードゲームなどにでも使われていそうな、手のひら大のサイズのカードだった。
カードが空中でひらひらと漂っているのをロックオンしつつ、麦野はそのカードに向かって自らの能力をぶちかました。
直後。
麦野の『原子崩し』によって生成された一本のレーザーが、無数のレーザーとなってロシアの空に縦横無尽に発射された。
「あはははははははっ! 学園都市の第四位をなめてんじゃないわよ、この三下共がァ!」
麦野の『原子崩し』の『照準を合わせるのに手間取るために弾幕を張ることができない』という欠点を補うためだけに製造された、学園都市の最先端技術の結晶体だ。因みに、お値段は少々お高いことになっている。
一昔前のインベーダーゲームのように、麦野は戦闘機と戦闘ヘリを撃墜していく。拡散支援半導体を使うことによって弾幕を張っている今の麦野は、誰がどう見ても『最狂』という二文字が相応しい状態となっている。
『最強』でも『最恐』でもなく、『最狂』。誰よりも強いということではないが、誰もが狂ってしまうほどの強さを持っている。――そんな、学園都市の第四位なのだ。
拡散支援半導体を宙に放り投げ、『原子崩し』を放ち、敵機を打ち落とす。そんな単純な作業を淡々とこなしていく麦野を見て、
「……なんでしずりとゴーグルさん、恋人になれたんだろ……?」
シルフィはとても素朴な疑問を浮かべていた。
☆☆☆
ミサカシスターズ、と呼ばれるクローン人間たちがいる。
学園都市の第三位の超能力者『
そのミサカシスターズを学園都市最強の超能力者が二万体殺すことで
その実験に参加していた学園都市最強の超能力者には、致命的なまでの深い傷が残ってしまった。
クローンを一万三十一体殺したその超能力者は、八月三十一日から九月一日にかけての二日間で、ミサカシスターズの司令塔ともいえるクローンの少女の命を救っている。その救済の過程で深い傷を負ってしまっているが、前に挙げた深い傷というのは別にそのことを言っているわけではない。
その超能力者は、そのクローンの少女たちを絶対に手に掛けることができない。
それは、ある意味では呪縛と言った方が正しいのかもしれない。
一万三十一体のクローンを殺した自分は、残りの九千九百六十九体プラス一体のクローンをどんなことをしてでも守り抜かなければならない――そんな、自分を追い込んでしまうような呪縛。
別に誰かからそうしろと言われたわけではない。ただ、自分でそうしたかっただけ。自分が犯した罪を償うために、自分に楔を打ち込んだだけ。
自分勝手なのかもしれない。我が儘なのかもしれない。ただの自己満足なのかもしれない。――だが、その超能力者はその楔をどんなことがあっても解除するわけにはいかない。自分が犯した罪の重さを忘れないように、最強の超能力者は自分で自分の首を絞め続けている。
そんな超能力者――
一方通行は
一人の少女を救う過程の犠牲者となったのが、この数人の黒い修道服を身に纏った数人の男女だ。一方通行は何故か彼らに襲撃され、ただ淡々とした感じで彼らを一瞬で気絶させたのだ。
彼らは一方通行の知識の中にはない攻撃を行ってきた。一方通行の『反射』が上手く働かない水の攻撃を行ってきた。それはそれで彼にとって凄く重要なことなのだが、今の時点ではそれについての考察をするべきではない。
一方通行の視線はとある人間に固定されていた。
その人間は、一方通行の前に立っていた。
「オマエは誰だ」
打ち止めを抱きかかえたまま、最強のバケモノは問いかける。
目の前にいる人間は、先ほど上空を通過した学園都市製の超音速爆撃機から飛び出してきた。ハンググライダーを複雑化させたような翼を纏っていた人間を、一方通行は自らの能力で撃ち落とした。
だが、その人間は空気を爆発させることで落下速度を調節し、ぐちゃぐちゃの肉片になることも無く無事に着地した。真っ白な一方通行よりもさらに白いロシアの大地に、その人間は舞い降りてきた。
その人間は、電気を使って空気を爆発させた。
一方通行は、その電気に凄く見覚えがあった。
その人間は、雪原用の白くてぴったりとした戦闘用のスーツを身に纏っていた。仮面のような形状の、頭をすっぽり覆うゴーグルのような仮面を装着している。目や鼻の位置は特定できない。そんな感じの、白いゴーグルだった。服の中に何か詰め物をされている場合があるのであまり第一印象は宛てにならないのだが、外見から予想するに、高校生ぐらいの少女のようだった。
その少女が装着している仮面の隙間から零れ落ちる茶髪を確認した一方通行の頭に、チリチリとした痛みが走る。
妙な緊張感があった。
目の前の少女が、どうしようもないほどに、今自分が抱いている少女と似通っているような――
「オマエは誰だ」
表情も何も見えない少女は、少しだけ仮面を上下に動かす。
そして一方通行に自分の姿を見せつけるように両手を開き、『とても聞き覚えのある声』で言い放つ。
「
一瞬、一方通行の呼吸が確実に停止した。
明らかに動揺の色を見せている一方通行に『ミサカ』と名乗った少女は、更に続けてこう言った。
「やっほう。殺しに来たよ、第一位。ミサカは戦争の行方とかそう言う小難しいことなんかには興味ない。そんな明らかな回り道であるオーダーはインプットされていない。ミサカは第一位であるあなたを殺すためだけに――体も心もぐちゃぐちゃに抹殺するために、わざわざ培養器の中から引きずり出されちゃったんだからね」
☆☆☆
右方のフィアンマの情報を持ってきた。
エリザリーナ独立国同盟の国境警備隊に絹旗経由でそのことを伝えた流砂は、広場にある四角い石の建物の中に連れて行かれた。元々は大きな教会の一つなのだろうが、今が戦争中ということもあってか、どうやら違う用途で使われているらしい。
軍事施設である。
乱雑に配置されたスチールデスクとやけに多い紙の資料が所々に並べられているのが凄く目に付くその軍事施設の中には、数人の男女が立っていた。
エリザリーナ、上条当麻、レッサー、草壁流砂。他にも数名の大男がいるが、彼らはあくまでも護衛としての参加だ。数に含むのは適当ではないだろう。因みに、絹旗は草壁の要望で外で待たせてある。「超絶対に私もついて行きます!」とかなりのやる気だったのだが、科学サイドが魔術サイドに関わるべきではない、と判断した流砂は彼女の意志を抑え込む形で無理やり外で待機させたのだ。「学園都市に帰ったら私の言うことを超聞いてもらいますからね!」という一方的な約束を押し付けられたわけなのだが、それについて思考するのはまたの機会にした方が良いだろう。今はとにかく、会議に集中しなければならない。
だが、そもそもこの場に流砂が参加していること自体が理解できない上条は、「なぁ、アンタ」と訝しげな表情で流砂に声をかける。
「どうして学園都市の人間であるアンタが、フィアンマのことを知ってるんだ? 科学サイドは基本的に、魔術サイドとは一線置いているハズだろ?」
「俺の趣味は情報収集なんスよ。ンで、その趣味をエンジョイしている最中に『神の右席』っつーローマ正教の暗部に辿りつき、そのままの流れで『右方のフィアンマ』についての情報を得た。ただ、それだけのコトッス」
「どんな情報収集能力だよ、それ……下手すりゃ美琴よりも優秀だぞ……」
「まぁ流石に超電磁砲よりは劣等生ッスけどね。…………どーせそろそろ使い物にならなくなるし」
「あ? なんか言ったか?」
「いや別に」
流砂の情報収集能力の正体とは、前世で得た『とある魔術の禁書目録』及び『とある科学の超電磁砲』の原作知識のコトだ。
その知識が適応されるのは、旧約二十二巻――つまり、この『ロシア編』までだ。流砂はこの戦争の行く末を完全に把握しているし、フィアンマの目的も十分に知識として所持している。……まぁ、忘却していなければの話だが。
それはつまり、この『ロシア編』が終わった後は今回のような変則的な動きをとることが出来なくなるということだ。今の行動はあくまでも原作知識が適応される期間限定での話であり、知識の外に世界が進んでしまった場合、流砂のアドバンテージは流れるように焼失してしまう。灰が風に飛ばされて散って行くように、流砂の知識の価値はゼロに等しいものへと変化してしまうのだ。
だが、それでも、この戦争が終結するまでは役立たせることができる。使用期限はすぐそこまできているが、それでも、流砂はその期限までこの無駄に有り触れた知識を人のために使うと誓っているのだ。
全ての悲劇を喜劇に変えるためなら、流砂はどんなズルでもイカサマでもしてみせる。
流砂はゴーグルのプラグの一つを弄りながら、エリザリーナに言う。
「で? 今後の作戦はさっきの通りでイイんスか?」
「ええ。上条当麻とレッサー、そしてサーシャ=クロイツェフをこの国の外まで追いやり、フィアンマに対する作戦を実行する。冷酷だと言われてしまうかもしれないけれど、私はこの国を護る為ならどんな汚名も被ってみせる。――それぐらいの覚悟ができるほど、この国は私にとって凄く大事なものなのよ」
「別に冷酷だなんて思ってないさ。俺とレッサーもインデックスを助けるためにアンタ達を利用しようとしてたんだ。逆に、まだこの場で手錠すら掛けられていないこと自体、アンタの優しさが滲み出ている証拠だと俺は思う。月並みな台詞かもしれないけど、アンタは自分が思っているより凄く強い人だよ」
ともあれ。
流砂としては一刻も早く麦野や浜面達と合流しなければならない。原作における浜面の動きはある程度頭に叩き込んであるが、この世界が正史とは少し異なる流れで動いている以上、その知識を無闇にあてにするわけにはいかない。
流砂の目的はフィアンマを倒すことではない。しかし、この戦争を終わらせるためには、上条がフィアンマをより楽に倒せるように動かなければならない。時間が経過するごとにその動きは制限されていくので、行動するなら早い方がいいだろう。
だが、流砂は失念していた。
この後に訪れる流れを、流砂は不幸にも忘却してしまっていた。覚えているだけで回避できたかもしれない直後の展開を、流砂は普通に平凡に在り来たりに忘却してしまっていたのだ。
「具体的にどう動く?」「こちらへ。……とはいえ、あまりにも急ピッチだから、勝算は確約できないわよ」上条の問いを受け、エリザリーナは上条とレッサーと流砂を自分の方へと近寄らせる。そしてそのまま部屋の隅にあるホワイトボードの方へと移動していく。
その時だった。
『そうだな。まだこの段階で作戦会議をしている時点で、遅すぎるぐらいだな』
瞬間。
流砂の呼吸は確実に停止していた。
予想もしていなかった展開に、流砂の心臓が破裂してしまうのではないかという程の勢いで脈動する。頭の中にチリチリとした痛みが走り、やっと復活した呼吸もフルマラソンを終えた直後のように乱れ切っていた。
そんな流砂に気づいているのかいないのか、外から聞こえてくる声は、あくまでも淡々と言葉を紡いでいく。
『いきなり襲いかかってきた茶髪の女はとりあえず叩きのめしたが、別に構わなかっただろう? 何分、俺様は忙しい身の上でな。三下なんかに時間を割いている暇はないのだ』
その言葉の直後、流砂の頭の中でブツンッと何かが切れる音がした。
感想・批評・評価など、お待ちしております。
次回もお楽しみに!