テロリストたちの標的は、どうやらこのシルフィという女の子らしい。
自分たちが隠れていたフロアにぞろぞろと複数の駆動鎧及びテロリストたちが侵入してくるのを眺めつつ、草壁流砂は小さく吐き捨てるように舌を打つ。
「チッ……予想よりも早いッスね。しかも人数が多すぎる……」
「どうするの、くさかべ? このままじゃ逃げられないよ?」
「屋上にヘリコプターでもあればイイんスけどねぇ……だが、その可能性に賭けるほど、俺にゃ余裕もねーッスし」
「……逃げられないの?」
ぎゅむ、と流砂に抱き着いているシルフィ=アルトリアの手に、少しばかりのチカラが込められる。おんぶの状態なので詳しい表情はつかめないが、シルフィがこの状況に怯えていることぐらいは容易に想像できた。いくら冷静で大人びていても、実際シルフィは九歳の子供だ。怯えないわけがない。
ぷるぷる震えるシルフィを背負い直し、「大丈夫ッスよ、シルフィ。お前は俺が絶対に護ってやるッスからね」と頭のゴーグルをカチャカチャ鳴らしながら流砂は優しく微笑んだ。流砂の気遣いの言葉に、シルフィは「……うん。ありがと、ゴーグルさん」と頬を赤らめて流砂の服に顔を埋めた。
「やっぱりくさかべって、ロリコ」「言わせねーッスよ!?」流砂の上着を羽織った滝壺理后の禁断の指摘を中断させつつ、流砂は「はぁぁー」と溜め息を吐く。
「とりあえずここから脱出しねーと駄目ッスね。……俺たちの中で戦えるのは俺だけだが、シルフィを背負ってっから動きが激しく制限されてる。せいぜいキックで敵を蹴り飛ばすぐれーしかできねーよ」
「私はもう大丈夫だから、一人で歩ける。だから、私の心配はしなくていいよ?」
「そんな訳にはいかねーッスよ。滝壺に何かあったら、俺が浜面に殺されちまうかんな。ま、俺と離れなけりゃ絶対に護ってみせるッスよ。滝壺もシルフィも、全部――な」
「……でも、脱出無理? あの人たちがいるから、抜け出せないんでしょ……?」
震える声で言うシルフィに「うーん。そーなんスけどねぇ……」と流砂はわざとらしく首を傾げ、
「ま、とりあえず正面突破で行くッスか」
直後、彼ら三人は物陰から飛び出した。
☆☆☆
高層ビルに車ごと突撃、という荒業で警備員の包囲網を突っ切った浜面仕上は、ビルの三階にある百貨店の商品棚に寄りかかっていた。手には拳銃が握られていて、息は激しく乱れている。ここまでほぼ休憩なしで走ってきたから、彼のスタミナは予想よりも大きく減少している。
「くそっ! 滝壺たちは一体どこにいるんだよ!」ガン! と床を蹴り付け、浜面は商品棚の陰から顔を覗かせる。
三階の中央通路には、銃を持ったテロリストが三人ほど徘徊していた。
「チッ……まだアイツは見つかんねえのか!? もう時間はほとんど残されてねえんだぞ!?」
「こ、この建物の中にいることは確実です! 『
「ですが、このビルにはあと二人ほど部外者が侵入しています! 我々の計画の邪魔になる危険性がありますが、如何なさいますか!?」
「決まってんだろ! 『回帰媒体』以外の人間は全員例外なく処理するんだよ! ほら、次は四階だ! さっさと『回帰媒体』を見つけてきやがれ!」
『りょ、了解です!』
リーダー格と思われる男に銃を向けられ、部下と思われる二人は四階へと続く階段へと転がるように駆けていく。二人が上へ上って行ったのを確認した男は、遠くにいる浜面にも聞こえるような大きさで吐き捨てるように舌を打った。
(『回帰媒体』? それが奴らの標的なのか?)それがどういう能力を持っていて、どういう価値があるのかは、頭が悪い浜面には分からない。ただ言えることは、コイツらは無力な年端もいかない少女を武力を駆使して拘束しようとしているということだ。そしてその捕獲劇に、滝壺と流砂が巻き込まれた。
ふざけんじゃねえよ、と浜面は拳銃のグリップを握りしめる。こんな理不尽な状況に二人の仲間を巻き込んだだけでは飽き足らず、更に幼い子供までもを自分たちの我が儘で拘束しようとしているのか。どれだけ希少な能力を持っているのかなんて知らないが、自分たちの都合で人の人生を狂わせていいはずがない。
しかし、
『もしもスキルアウトを結成するだけの力を使って、もっと弱い立場の人を助けていたら、それだけでテメェらの立場は変わったんだ! 強大な能力者に反撃するだけの力を使って、困っている人に手を差し伸べていれば、テメェらは学園都市中の人たちから認められていたはずなんだよ!』
かつて、断崖大学のデータベースセンターで戦った無能力者の言葉が、頭に浮かんできた。
圧倒的人数差も圧倒的実力差も己が信念だけでねじ伏せたあの無能力者の、心からの叫びが頭に浮かんできた。
あの時確かに、浜面は御坂美鈴という無力な女性を武力を駆使して捕獲しようとしていた。今のあのテロリストたちと同じように、浜面も自分たちの都合で人の人生を狂わせようとしていた。
だが、今の浜面は違う。
大切な人を見つけ、大切な仲間を手に入れた彼は、もう二度とあのような過ちは繰り返さない。
すぅぅ、と息を吸う。新鮮な空気が肺を満たし、浜面の頭を冷やしていく。――これで、もう大丈夫。
浜面は拳銃をもう一度だけ握りなおし、吸った息をゆっくり吐いた。
そしてパァン! と自分の足を手で打ち、
「あんたの言葉にゃ、いつも助けられてばっかりだ!」
ダン! と物陰から勢いよく飛び出した。
☆☆☆
五秒で後悔した。
「のわぁあああああああああっ! 無理っ、流石にアレを突っ切んのは無理だって!」
「ちょ、くさかべっ、もう少しゆっくり走っ、て……」
「……ゴーグルさん、かっこ悪い」
「いろいろと申し訳ねーッスねぇえええええええええええええっ!」
ドバババババ! と放たれる銃弾の雨を掻い潜りながら、流砂と滝壺はビルの七階を駆け抜ける。流砂に背負ってもらっているシルフィは凄く残念そうな視線を彼に送っているし、流砂に腕を引かれている滝壺は既にスタミナが切れかかっている。なんというかもう、最悪なまでに詰み状態なのだった。
「オラ除けすぐ除け立ち塞がんなっ!」「ちょっ、いきなりなんだオマ――ごはっ!?」逃げ道に障害物として立っていたテロリストをフロア中央に向かって蹴り飛ばす。そのテロリストはノーバウンドで通路から飛び出し、そのまま真っ直ぐ一階に向かって落下していった。ビルの七階から一階までの落下とは、あのテロリストも無事では済まないハズ。ご愁傷様、と流砂は心の中で合掌した。
限界を越えながら駆け抜けること一分後、彼ら三人の前に遂に階段が現れた。見間違えるはずがない。これは六階へと続く天国への階段だ。いや、天国に行ったらいろいろとマズイのだけれど。
「っしゃ! 俺の作戦に狂いは無かった!」
「……ゴーグルさん、かっこ悪い」
「いやもーさっきのはこの功績でチャラっしょ! ちゃんと階段見つけた俺、偉いッスよね!?」
『いいから黙ってさっさと降りろ!』
「滝壺はともかくシルフィ性格一変してる!?」
ゲシゲシと二人の少女から蹴りつけられ、流砂は涙を堪えながら階段を駆け下りていく。意外にも、滝壺のキックよりもシルフィのキックの方が痛かった。やはり背骨を直接攻撃されたからだろうか。あの威力は下手すれば脊髄が破壊されていた。
幼女の新たな可能性に恐怖を覚えつつ、流砂は六階へとたどり着いた。流砂たちを追ってほとんどのテロリストたちが七階にいたためか、六階にはあの黒づくめの武装集団の姿はない。逃げるなら今しかないだろう。
とりあえず六階全域を見渡し、流砂たちはさらに下へ下へと階段を降りていく。このまま無事に一階まで下り切ることが出来れば、流砂たちは無事にテロリストたちから逃走できるはず。このシルフィという少女のことも考えなくてはならないし、とりあえずは一刻も早く逃走を成功させる必要があるだろう。
無事に五階を通過し、流砂たちは四階へと降りていく。
ここまでは至って順調だが、ここで油断をしてしまえば予想もしない死亡フラグに直面してしまうことになる。この世で一番死亡フラグに敏感な流砂は、全力の注意を払いつつ、下へ下へと降りていく。
そして四階までたどり着いたところで、とても聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「草壁! 滝壺! 無事だったんだな!」
「お、おーおー浜面じゃねーッスか! 救援に来てくれたんスか!?」
「はまづら!」
「滝壺! 良かった、本当に良かった……ッ!」
「って無視かいぃぃぃ! 俺の健闘を称える前に感動の再会始めちゃってるんスけど!? 何これなんの罰ゲーム!?」
「……ゴーグルさん、かっこ悪い」
「お願いシルフィちゃんそれ以外の言葉も話して!」
いろいろと自分に厳しい現実に絶望しそうになるも、流砂はぐっと涙を堪えてなんとか正気を保つことに成功する。こんなことで屈しているわけにはいかない。流砂はこの理不尽な現実を乗り越え、麦野沈利というバーサーカーをデレさせなければならないのだから!
浜面が滝壺を背負うのを確認しつつ、流砂は浜面のすねを蹴りつけながら声をかける。
「ほら、さっさと逃げるッスよ。ぼやっとすんな置いてくぞ!」
「その前に嵐のようなキックを止めてくれよ! しかも逃走を促してんのに足蹴りつけるって、お前頭おかしいんじゃねえの!?」
「おかしくないッス。お前よりは数十倍も頭イイッス」
「そういう対応が頭おかしいって言ってんだよ!」
『………………はぁぁ』
バチバチバチィ! と火花を散らす不良とゴーグルに、二人の少女は心の底から残念そうに溜め息を吐いた。今の状況を本当に把握しているのか、二人の少年は互いの身体に攻撃を加えあっている。
『いい加減にしろ!』『ごっ!?』とりあえず冷静さを取り戻させるため、滝壺とシルフィはバカ二人の後頭部に頭突きを喰らわせる。因みに、シルフィは流砂のゴーグルをわざわざ押し上げながらの頭突きだった。この少女、年の割には意外と油断も隙もない。
頭からしゅぅぅぅぅ……と煙を上げながら、流砂と浜面はビルの一階目指して階段を降りていく。
「浜面! 下にはどれぐれーの敵が残存してんスかっ?」
「少なくとも十人は残っていたはずだ! ついでに言うと、駆動鎧が二体ほど残ってる!」
「最高に絶望をくれる最悪の情報をありがとう!」
駆動鎧がいんのは厄介だな、と流砂は小さく舌打ちする。
両手が塞がっている以上、流砂には二本の足による攻撃しか発動できない。相手に触れて圧力を操作し、外側の圧力で相手を圧死させる――という芸当ができないわけではないのだが、銃火器を持っている奴ら相手にその荒業は自殺行為にも等しいだろう。やるなら一瞬。それも、なるたけ敵が単独行動をしている時が望ましい。
敵をなるたけ簡単に倒すための最善策を考えつつ、流砂は階段を下って行く。もはやここまで来たら各フロアの確認なんて必要ないわけで、流砂たちはただ真っ直ぐに一階だけを目指していく。
そしてついに、彼らは一階にたどり着いた。
「っしゃ! 後はこっから外に出るだけッスね!」
「油断すんじゃねえぞ草壁! ほら見ろ、
浜面の声に反応した流砂がフロア全域を見渡してみると、こちらに向かって十五名ほどのテロリストたちが銃を構えて接近してきていた。――その内、駆動鎧は五体ほどいる。
「は、話が違ぇーぞ浜面!」「俺だって予想外だよ悪かったな!」使えない情報を与えやがった浜面に愚痴を叫びつつ、流砂は「はぁぁぁ」と本日一番の溜め息を吐く。
そして何を思ったのか、流砂はシルフィを浜面の肩の上に座らせた。
「……ゴーグル、さん?」
「浜面ぁ、シルフィのこと頼んだッスよ?」
「はっ!? お、おい草壁! お前何をする気なんだ!?」
「んー? ま、そーッスねぇ。俺にゃ麦野を取り戻すっつー目標があるわけで、その為にゃそれ相応の実力が必要になるんスよ。――で。今回の戦闘でその実力を頑張って開花させてみよーかなーって思ったわけだ。デューユーアンダスターン?」
「だったら俺も戦う! お前一人だけに任せておけねえよ!」
「ははっ、大丈夫大丈夫ッスよ、浜面。――俺を信じてくれ」
「お、おい!」という浜面の制止の声を完全無視し、流砂はテロリストに向かって一歩足を踏み出す。
それを合図として無数の銃弾の雨が流砂の身体に突き刺さるが、流砂は死ぬどころか血の一滴すら流さなかった。というか、銃弾が彼の体に触れたところで勢いを失くしている。
予想にもしていない光景を前に、テロリストたちは騒然とする。だが、彼らと同じように、浜面達も困惑していた。
そんな浜面達に背中を向けつつ、流砂は指の関節をパキポキと鳴らし、
「御片付けだ。変身ヒーローよろしく、三分でケリを付けてやる!」
ダン! と勢いよく床を蹴った。
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