ゴーグル君の死亡フラグ回避目録   作:秋月月日

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 今回は少なめです。


第十六項 シルフィ

 第三学区の高層ビルが、テロリストによって占拠された。

 そんな情報が野次馬経由で伝わってきた浜面仕上(はまづらしあげ)は、携帯電話片手に第三学区の歩道を駆け抜けていた。

 

「くそっ……何で繋がんねえんだよ! 草壁の野郎も音信不通だし、何がどうなってやがるんだ!」

 

 チッ! と吐き捨てるように舌打ちし、浜面は携帯電話を畳んでジーンズのポケットへと仕舞い込む。

 第三学区のデパートには、草壁流砂(くさかべりゅうさ)という少年と共に滝壺理后(たきつぼりこう)という少女も閉じ込められている。二人とも学園都市の中ではかなり貴重な大能力者なのだが、草壁は演算能力が不安定な欠陥品であり、滝壺に至っては戦闘力の欠片も無い能力者だ。様々な武器を取り揃えているテロリストを相手にするには、戦力も実力も足りなさすぎる。まぁ、それでも草壁単体の戦闘力は浜面よりもかなり上なのだが。

 壊滅した暗部組織『スクール』の正規構成員だった草壁が滝壺と一緒に居るので、二人ともテロリストに殺されてしまうという最悪の事態にはならないのだろうが、今の草壁は病み上がりだ。普段の実力をフルに発揮できるとはとても思えない。

 ここに絹旗がいれば一緒にデパートに強行侵入できたのだろうが、現在彼女とは別行動となっている。六枚羽と呼ばれる戦闘用ヘリに襲撃を受けたのが原因だが、果たして彼女は今もちゃんと生きているのだろうか。……いや、心配する必要なんてない。彼女は十二歳前後という幼さでありながら、浜面なんかじゃ相手にならないほどの戦闘力を誇っているのだから。

 そして、浜面の視界に件の高層ビルが現れた。ビルの周囲は警備員(アンチスキル)によって立ち入り禁止の状態にされていて、事件現場を表す黄色いテープが張られているのを見ただけでどうしようもない程の焦燥に駆られてしまう。

 「あぁくそっ! ごちゃごちゃ考える前にとりあえず今は俺だけでやるしかねえ!」叫ぶだけ叫ぶと、浜面は高層ビルから背を向けた。だが、別に逃走するためではない。彼は周囲を見回し、そして不自然な位置に駐車してある清掃車を発見した。迷うことなく即決して近づくと、助手席のドアを強引に蹴り破って中へと乗り込む。

 

「な、なんだぁ!? 強盗かテメェ!」

 

「無駄なやり取りは省こうぜ。テメェも俺と同じ裏稼業の下っ端だろ?」

 

 そう言いながら懐に忍ばせていた特殊警棒をジャキッ! と伸ばし、浜面は運転手の襟首を掴み上げながらその獲物を振りかぶった。

 怯えた様子で震える運転手を浜面は冷たい目で睨みつけながら、

 

「持ってる武器全部寄越せ。それと……そうだな。――あのビルにちょいとタックルでも仕掛けてもらおうか」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 駆動鎧から逃走した流砂と滝壺の二人は、高層ビルの七階にまで移動していた。このビルは全部で八階建てなので、これ以上の逃走は困難と言えるだろう。

 フロア全域に無数のスポーツ用具が置いてあるところから、ここはどうやらスポーツ用品店が集中的に配置されているフロアなようだ。商品棚が豊富にあるので隠れるのはさほど難しくはないだろう。金属バットやゴルフクラブなどの用具も、いざとなったら武器として利用できる。

 流砂は滝壺を背負ったまま一番近くにあった店へと入り、迷うことなく一番奥へと移動する。そこはキャンプなどのアウトドア関連の商品が並べられているエリアなようで、流砂はサンプルとして置かれていた寝袋の上に滝壺をゆっくりと横たわらせた。

 

「大丈夫ッスか、滝壺?」

 

「うん……さっきよりは、随分楽になったよ……」

 

 不器用な微笑みを浮かべる滝壺だったが、未だ彼女の顔色は真っ青と優れていない。冷や汗も止まっていないし、これは本格的に病院に連れて行った方がいいかもしれない。

 「とりあえずコレ着とけ。どーせ寒気も我慢してんスよね?」「……ありがとう、くさかべ」自分が着ていた黒白チェックの上着を滝壺の身体に掛け、流砂はすっと立ち上がる。――と同時に周囲を見渡してみたが、まだこのフロアにテロリストが辿りついた様子はなかった。おそらく、五階か六階で流砂たちを捜索しているのだろう。いつまでもここでうだうだしている時間はないが、それでもまだ少しだけ猶予が残されている。

 チッ、と吐き捨てるように舌打ちし、流砂は懐から拳銃を取り出して流れるように安全装置を解除した。駆動鎧相手にこんなオモチャで対抗できるとはとても思わないが、それでも気休め程度にはなるはずだ。接近戦以外では防御にしか使えないこの能力のことを考えると、どんなに弱くても遠くから攻撃できる武器を用意しておく必要がある。それがたとえ、敵には全く通用しない拳銃一丁だとしても、だ。

 寝袋の上で荒い呼吸を繰り返している滝壺の傍で膝立ちで待機し、流砂は周囲に注意を向ける。

 (とりあえず敵を殲滅する以外にココから逃げる手段はねー。しかも、こっちは滝壺を護りながらの戦闘だ。あーくそ……相変わらず災難だ)心配そうな表情を浮かべる滝壺に微笑みを返しながら、流砂は予想もしなかった最厄に巻き込まれてしまった自分と滝壺の不幸を呪いつつ、拳銃を握る両手に力を込める。

 その時だった。

 

「……そこで何してるの?」

 

 高い少女の声が聞こえた。

 「ッ!?」と一瞬心臓が止まりそうになりながらも咄嗟にそちらを向いた流砂は、キャンプ用のテントを見つけた。――その中から、十歳ぐらいの少女がひょこっと顔を出している。

 彼女は。

 十歳ぐらいの少女は、ぐったりとして動かない滝壺と拳銃を構えている流砂を交互に眺め、キョトンとした表情のまま首を傾げながら言う。

 

「……そこで何してるの?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「……シルフィ。シルフィ=アルトリア」

 

 テントの中から突然現れた十歳ぐらいの少女にとりあえず「な……なんでそんなトコにいるんスか?」と質問したところ、ただ簡潔にそんな言葉を返された。暗号か何かかと最初は思ってしまったが、すぐにそれが少女の名前だと判断することができた。

 ふわっとした長い黒髪で、頭頂に特徴的なアホ毛が御降臨なさっている。今にも眠ってしまいそうな無気力な目の中では、サファイアブルーの瞳が店内の灯りを反射してキラキラと輝いている。人形みたいな可愛さだな、と流砂はとりあえずの評価を付けてみる。

 流砂は拳銃の銃口を少女から外し、

 

「え、えーっと……シルフィは、何でそんなとこにいるんスか? もしかして、親と逸れちゃった……とか?」

 

 シルフィと名乗った少女は流砂の質問に首を小さく横に振り、

 

「……追われてるの」

 

 と、簡潔に一言だけ述べた。

 直後に襲い掛かる何とも言えない静寂に、流砂の顔から大量の冷や汗が流れ始める。一発芸を強要されて全力でスベリ倒してしまった時のような居た堪れない空気に、流砂はぱくぱくと魚のように口を開閉するしかできなくなっていた。

 早々にこの空気を何とかしなければならない。即座にそう判断した流砂はひくひくと頬を引き攣らせつつ、

 

「お、追われてる? それって、友達と鬼ごっこをしてるとか、そんな感じでの追われてるって意味ッスか?」

 

「……友達、いない」

 

「ぅぐっ。……じゃ、じゃー、親と鬼ごっこでもしてたんスか?」

 

「……私、置き去り(チャイルドエラー)だから」

 

「駄目だこの娘俺にはハードルが高すぎる!」

 

 ぽつぽつとした口調でとんでもない地雷を爆発させていく少女に、流砂はどうしようもないほどの絶望を覚えてしまう。とりあえず会話が成り立たないし、そもそもこの少女の境遇がイレギュラーすぎる。というか、少女からの不幸臭が半端ない。

 友達ゼロで親もいないらしいシルフィが誰かに追われている、という情報だけを得ることができたところで、流砂は話題を変えることにした。

 

「そ、そーいえば、シルフィは何歳なんスか?」

 

「……九歳」

 

「九歳でそんなに落ち着いていられるなんて、シルフィは偉いッスねー。もしかして、結構我慢強い方なんスか?」

 

「……怖いけど、我慢してる。ひぅぅぅ」

 

 ……………………………………え、なにこの可愛い生き物。

 ちょこん、と頭に両手を乗せてぷるぷる震えているシルフィに、流砂は思わずハートを射抜かれてしまう。子供は保護欲をそそるものだとはよく言ったものだが、あながち間違いではないのかもしれない。

 「だ、大丈夫ッスよー。事情はよく分かんねーけど、シルフィは俺が守ってやるッスからねー」そう言って優しく頭を撫でてやると、シルフィはくすぐったそうに身をよじりながら「……うん。ゴーグルさん、ありがとう」とお礼を言ってきた。僅かながらに、笑顔を浮かべながら。――直後、流砂の理性の第一防壁が完全に崩壊した。

 そんな流砂を見ていた滝壺さんから一言。

 

「くさかべ、ロリコンなの……?」

 

「ぶふっ!? ゲフゴホッ! な、なななななな何で俺がロリむぐっロリコンってことになるんスかァアアアアアアアアアアアッ!?」

 

「大丈夫。いくらくさかべがロリコンでも、そんなくさかべを私は応援してる」

 

「世界で一番最悪な応援をされちまったよコンチクショウ! ――って、なんか抱き着いてきてるしぃいいいいいいいいいいいい!?」

 

 いつのまにか流砂の身体に密着していたシルフィに流砂は目を白黒させながら驚愕する。今のこの状況で動きが制限されてしまうのはかなりまずい訳だが、流砂のシャツをむぎゅーっと掴んでいるシルフィを引き剥がすのはかなり手間と労力が必要となりそうだったので、流砂は「はぁぁー……しょーがねーッスねー」と早々に諦めることにした。動けないのは問題だが、ここで機嫌を悪くされて大泣きされてしまう方がもっと問題だ。

 右手で銃を構え、左手でシルフィの頭を撫でる流砂。腰の機械が邪魔で流砂に完璧に密着できないシルフィは、流砂の身体を攀じ登って彼の肩にぎゅむっとおんぶされるように張り付いた。寡黙ながらに行動だけは結構ガンガン来ているシルフィに、流砂は「あはは……」と苦笑を浮かべる。

 そんなわけで、滝壺さんから一言。

 

「やっぱりくさかべって、ロリコン……?」

 

「い、今のは不可抗力じゃねーッスかねぇ!? っつーか、苦笑もNGってもはや地獄の領域じゃね!? 子供を可愛いと思うコトのなにが悪い!」

 

 流砂のそんな叫びの直後、彼らがいる七階に耳を劈くほどの爆発音が響き渡った。

 




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 次回もお楽しみに!

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