十月十七日。
秋も深まり昼の気温も「ちょっと肌寒い……か?」ぐらいには低くなってきたそんな秋の日。午後六時過ぎ。
第七学区にあるとある病院のとある病室に、一人の少年と一人の少女の姿があった。少年の方は左腕に包帯を巻いていて、少女の方はふかふかベッドで上半身だけを起こしているという状態だ。光景だけ見て判断するならば、少女のお見舞いのために少年がやって来たということになるだろう。
だが、実のところ、少年は先日退院したばかりの元患者であり、この病室で待機しているのは少女の護衛をするためである。ベッドにいる少女の相棒は、どこかの売店で買い物でもしている頃だろう。毒舌貧乳怪力少女と共に。
少年の名は
黒髪と白髪が混在した特徴的な無造作な髪の少年で、上には黒い長袖シャツ、下はダークブルーのジーンズと黒い運動靴という格好だ。上着としていつも着ている黒白チェックの上着は、病室にある上着掛けに掛けられている。頭に装備されている土星の輪のような形状のゴーグルと、そのゴーグルから伸びている無数のケーブルが接続されている腰の機械が異様な存在感を放っているが、この二つを取り外すのはなるべく避けたい。この機械が無いと、流砂の能力は制御が難しくなってしまう。気怠そうな目つきに反して顔立ちは結構整っていて、なんだかすごく残念そうな印象を感じさせる少年だった。
少女の名は
肩の辺りで切り揃えられた黒髪の少女で、上にはピンクのジャージ、下はピンクのジャージという桃色一色の格好だ。ジャージ自体は部屋着としても寝間着としても機能しているのか、いつも外で着ているジャージを彼女はベッドの上でも着用していた。眠たそうな目が凄まじいほどの保護欲をそそるが、驚くなかれ、この少女はテレビを両手で持ち上げるほどの怪力を隠し持っているヤンデレ少女なのだ。世紀末帝王HAMADURAという少年が自分以外の女に鼻の下を伸ばしてしまったとき、彼女の本当の実力が解き放たれる。
流砂は回転椅子の上でクルクルと回転しつつ、滝壺の眠たそうな顔を眺めながら、
「にしても、今日やっと退院できるみてーでよかったなー。これでまた浜面と一緒に居られるじゃないッスか」
「はまづらだけじゃない。くさかべときぬはたとも一緒に居られるよ」
「あははっ、こっちはからかったつもりなんスけどねぇ……こーもド直球で返されると、リアクションがとりにくいな……」
照れくさそうに頭を掻く流砂に、滝壺は優しい微笑みを向ける。
傍から見れば二人が恋人同士に見えるかもしれない。だが実際、流砂には心から愛情を向けているヤンデレ女がいるし、滝壺には心から大好きだと言える不良少年がいる。つまるところ、お互いに好きな人がいるので二人は恋人同士ではないということなのだ。
そして流砂のこの口調。本当はもっと乱暴な口調が彼の本来の口調なのだが、隠蔽の為にこの後輩口調で喋り続けていたことの後遺症か、乱暴な口調と後輩口調が混在するという特徴的な口調を手に入れることとなってしまった。別に日常生活には何の影響もないが、チャラい後輩みたいでなんかやだなーと流砂は密かに思ったりしている。
流砂はゴーグルをがしゃがしゃと鳴らし、
「にしても、浜面達はまだッスかねー。どーせ売店で見舞いの品でも選んでんだろーけど、約束の時間から既に十分も過ぎちまってるもんなー」
「はまづら達が遅刻するのはいつものこと。逆に考えてみると、それぐらいだらしない方がはまづら達にも愛着が持てるよ」
「ふーん……浜面ラブな滝壺さんは言うことが違うッスねーニヤニヤ。やっぱりその寛容な心は浜面への愛から来るんスかねーニマニマ」
「~~~~ッ!」
ニヤニヤニマニマと
理由は簡単。
流砂の背中にどこぞのバカが飛び蹴りをかましてきたからだ。
「窒素キーック」
「いッヅ……ぐぎゃめごぉ!?」
ドゴンガシャングギィ! と愉快に床を転がる流砂は、壁にぶつかったところで停止した。頭のゴーグルのおかげで顔面強打という最悪の状況は避けたようだったが、それでも全身に鈍い痛みが走るぐらいにはダメージを負っているようだった。というか、まだ彼の左腕は完治していないので、痛みの大半は左腕から発生しているようだった。
うるうると涙を浮かべ、流砂は自分を蹴り飛ばしたバカの姿を確認する。先ほどまで自分が座っていた椅子の傍に、華麗な着地を決めているクソ生意気な十二歳ぐらいの少女の姿があった。
髪型は肩までかかるかかからないかぐらいの茶髪ボブで、格好はセーターのようなウール地の丈の短いワンピース。見ていて凄く危ういほどに太ももが露出しているが、先ほど流砂を蹴った時にはあの絶対領域の中が御開帳なさっていたはずだ。チッ、見逃しちまったか! と流砂は痛む左腕を抑えながらふらふらと立ち上がる。
そんな絹旗の後ろには、如何にも不良そうな少年が花束を持って立っていた。
茶色い髪の少年で、上にはフードがついた野暮ったいジャージ、下はジーンズという格好だ。不良の様な出で立ちながらにアホなチンピラみたいな顔つきをしているが、本当にアホなチンピラなのだから仕方がない。学園都市の第四位である
浜面が花束を分解して花瓶にザクザクと移し替えているのを横目で見つつ、流砂は額にビキリと青筋を浮かべて絹旗に食って掛かる。
「お前いきなり何してくれてんだ! 俺も一応はまだケガ人なんスけど!?」
「あ、すいません、超どちら様でしょうか? というか、超バカなどちら様でしょうか?」
「俺は今すぐにでもお前を泣かせてーんだがイイよなっつーか泣かせる今すぐ泣かせてやらぁ!」
「草壁の超貧弱でお粗末なモノじゃ一生かかっても無理ですよ」
「……お前今俺の人生史上ワーストワンにダントツで輝けるぐらいに最低な台詞吐いてっからな。っつーか正直、お前みてーなクソ生意気なガキにゃ興味もねーから安心しとけ。やっぱ俺にゃ麦野しかいねーッスよ。あのスタイルの良さがまたなんとも……」
「……死ね超死ね超崩壊しろ超爆発しろというか超早く死んでくださいこの超草壁」
「驚愕の罵倒!」
ギギギギ、と汚物でも見るような目で睨みつけてくる絹旗に流砂は底知れぬ恐怖を感じてしまう。微妙に拳の辺りに窒素を集中させているところが、彼女の怖ろしさを何倍にも膨れ上がらせている。
相変わらず犬猿の仲な流砂と絹旗だったが、そんな二人などお構いなしといった感じで浜面が滝壺に話しかけた。
「身体の具合はどうだ? 顔色とか大分マシになってきてるみたいだけど……」
「放っておいても大丈夫みたい。今夜には出ていけるように、くさかべが準備をほぼ終わらせてくれているし」
「随分と早いな! 何でそういう大事なことを先に言わねえんだよ!」
「ごめんね。はまづら達が買ってきてくれた花とかお見舞いの品とかはちゃんと家に持って帰るから」
心配そうな表情を浮かべる浜面に滝壺は優しく微笑みかける。
そんな相変わらずラブラブな浜面と滝壺に二人の大能力者は互いの頬を抓り合いながら、
「……超見てくださいよ草壁。浜面がまた滝壺さんに超色目使ってます」
「……バカ面が俺たちの女神の笑顔を独り占めとか、最早処刑されても文句は言えねーぐれーの罪だよな」
『死ねばいいのに』
「実はお前ら超仲良しだろ! 何で打ち合わせも無くそこでピンポイントに言葉が合わせられるんだよ!」
『バカ面は今すぐ死ねばいいのに』
「誰がバカ面だゴルァ!」
くそっ面白がってやがる! と浜面は心の中で舌打ちする。
しばし頬を抓り合ったところでトドメとばかりに互いの腹にコブシを撃ち込んだ絹旗と流砂は、ケロッとした表情で浜面の近くに椅子を移動させて腰を下ろした。絹旗は『
全員がやっと静かになったところで浜面が滝壺にお見舞いの品としてジグソーパズルを手渡すと、それを見た大能力者二人が再びグチグチと文句を言い始めた。
「チッ。バニースーツじゃねーのかよ。自分の本心に嘘つきやがって……」
「バニースーツじゃないまともな見舞いの品を上げる浜面って……超存在価値ありませんよね」
「俺は目を丸くして驚いているお前らを今すぐ泣かしてやりたいんだが良いか良いよな?」
「浜面の貧弱テクじゃ一生かかっても超無理ですよ。あ、因みに、私から滝壺さんへは超こんなもんを。じゃーん、ウサギの超ぬいぐるみでーす!」
大声を上げながら絹旗が取り出した五十センチほどの大きさのぬいぐるみを見て、「うげっ」と流砂は露骨に嫌そうな声を上げた。
全体的にファンシーでモコモコなのに、何故か口元からは人間の髪のような物体が伸びている。
キモカワイイを通り越してキモ怖いの境地にまで達してしまっているそのぬいぐるみに流砂はちょっと心配だったのだが、当の滝壺はそのぬいぐるみに目をキラキラと輝かせながら、
「かわいい」
「女の美的感覚が全く理解できねーッス! こんな『え? 人食趣味?』っつーツッコミが万人から入れられちまうよーなウサギのドコがイイんスか!?」
「そ、そうだよな! 草壁もそう思うよな! 良かった、俺だけが別世界の住人になっちまったんじゃないかって絶望しちまうところだったぜ……」
「私は目を丸くして驚いているあなた達を超泣かせてやりたいんですけど構いませんよね良いですよねというか今すぐ超泣かす」
「浜面ガード」
「ちょっ、おまっ――どががががががががががっ!? 馬鹿やめっ、それ以上腕を捻ったら本当に折れちゃう!」
目にも止まらぬ速さで裏切られた浜面は得体の知れないプロレス技で床に転がされつつ、超涙目で制止要求を開始する。そんな浜面に恍惚な表情を浮かべている絹旗に顔を引き攣らせながら、流砂はふと何かを思いついたようにウサギのぬいぐるみを手に取った。そのまま滝壺の後ろに移動すると、ちょうど彼女の頭にウサギの耳が重なる形でウサギのぬいぐるみを配置する。
すると、無表情な滝壺がバニーガールになったような状態が完成するわけで。その状態を作り上げた流砂が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらトドメの一言を放った。
「じゃーん。当店自慢のウサギちゃんッスー。人寂しくて寂しーと路頭に迷って死んじゃうタイプの滝壺理后ちゃん。お前らがご指名のバニーちゃんはこの子でよろしーッスかー?」
直後。
迂闊にも、浜面仕上と絹旗最愛の鼻から何かドロッとしたものが流れ出てきた。
思わず鼻を抑え、それが鼻水で無かったことに驚愕する浜面と絹旗。だが、実際はそれどころではない。
『ッ!?』と二人して見ると、仕掛け人である草壁流砂とバーニーガール滝壺理后が見ただけで分かるほどに露骨にドン引きしている。
「いや、浜面はまだ分かんだけど、絹旗もかよ……お前の評価を改め直さなけりゃなんねーのかな、コレは……」
「ちっ違います! これは……そうっ、超浜面のバニー病が超感染しちゃっただけなんです! わ、私は超被害者だっ!」
「テメェなに人に責任押し付けてんだこの野郎! っつか、この鼻血は俺のせいじゃねえ! そ、そうっ、さっきの絹旗の攻撃が何らかの形で鼻にまで効いてきやがっただけなんだ! そうに違いないんだ! お、俺は別にバニーなんて……」
「……はーい、バニー滝壺ちゃんのご登場ッスよー」
『ぐぐぐっ……草壁テメェエエエエエエエエエエエエッ!』
「はン! お前らが俺に勝とーなんて百万年早ぇーんスよ!」再び鼻を抑えて蹲る浜面と絹旗に、流砂は勝ち誇った笑みを向ける。いつも絹旗に良いようにあしらわれている流砂の、僅かばかりの反抗だった。
必死に自分の責任を他人に押し付けようとしている浜面と絹旗の肩に、無表情癒し系女神の滝壺がそっと手を置いた。
「大丈夫だよ、二人とも。ここは病院だから、いくら鼻血が出たところでちゃんと治療してくれるからね」
「うぅ……こんな時にも俺を慰めてくれる滝壺はマジ天使だよ最高だよ!」
「なっ、なに言ってんですか超浜面! 滝壺さんの優しさはこの私にだけに超向けられてるんですよ!? 自意識過剰も大概にしてください!」
小さな優しさを前に再び意味不明な戦いを始める二人だったが、そんな二人に滝壺はおろか流砂までもが同時のタイミングで口を開き、
『大丈夫。この病院は精神的なケアも行ってるから、いくらバニーで鼻血を出しても問題ないって』
考えるまでも無く、二人の拳が流砂の顎にクリーンヒットした。
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