絶望のアインクラッド   作:鏡秋雪

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時系列:ヘルマプロディートスの恋 第3話&第4話




WITHOUT CONSCIENCE

 思えば俺はふわふわとした現実感のない世界を生きてきた。

 毎日通う学校も、言葉を交わす友達も、俺を罵る両親も、俺を見て蔑む目の兄弟も……。なんだか俺の居場所はここではないような気がずっとしていた。

 生活の中でのなにもかもが空虚だ。――生きてる感じがしない。

 

 

 深紅のローブ姿をした茅場がデスゲーム開始の宣言をした時、心が高揚した。

 ヒットポイントがゼロになったら本当に死んでしまう。

 思いがけない形で突きつけられた命の重み。

 その事がゲームの世界でありながら圧倒的な現実感を俺に与えてくれたのだ。

 茅場からのプレゼントの手鏡の中の俺が微笑んでいた。

 そうだ、これは天佑だ。この世界を思いっきり生きよう。現実の世界など糞食らえだ。

 俺は喧騒に包まれる≪はじまりの街≫中央広場を後にした。

 

 

 

 

 さて、どういう風にこの世界を生きようか。

 俺はメインメニューで装備とスキルを見ながら考えた。

 普通に考えれば、剣技を高めレベルを上げて行くのが王道だろう。しかし、それでは面白くない。せっかくの新しい世界だ。他にはない生き方をしてみたいものだ。

 ベータテストの時のように生きていけないだろうか?

 考えあぐねていた時にふと、そんな考えが頭に浮かんだ。

 ベータテストの時、俺はいささか他人とは違う遊び方をしていた。

 他のプレーヤーにモンスターをぶつけて殺させたり、直接殺したりしてその装備を奪っていたのだ。

 つまり、この世界で俺は犯罪者。いわゆるPKとして生きていたのだ。

 当然、大多数のプレーヤーに嫌われていたのだが、とても楽しく充実した瞬間を味わう事が出来た。

 普通にこのゲームをクリアしたのでは面白くない。どうせなら自分らしく、思いっきり狡猾に生きてやるのがいいのではなかろうか。

 俺は心の中で頷くと走り始めた。

 

 俺は≪はじまりの街≫の中で一番さびれた街並みに足を踏み入れた。ここに、俺にぴったりのスキルを教えてくれるNPCのシーフギルドがあるのだ。

 シーフギルドの扉を開けるとすでに先客がいた。

 俺が中に入るとその男は鋭い視線をこちらに向けた。明らかにNPCではない反応だ。

 ゲーム開始早々、ここに来る奴なんて俺も含めて壊れているに決まっている。

 俺は横目に見ながらその男の近くをすり抜けてギルドマスターの所に向かった。

 その男の顔は非常に整ったイケメンだった。年齢は俺よりわずかに年上だろうか。現実の姿に戻されたというのにその顔はとても整っており、彫りも深くエキゾチックな雰囲気を醸し出している。きっと純粋な日本人ではないのだろう。

 俺はギルドマスターの前に立ったものの、その男が気になって振り返った。

 その立ち姿に何となく見覚えがある。顔が変わっても立ち方や振る舞い方は変わらないものだ。そして、なにより真っ先にこのシーフギルドに来る人間はそう多くないはず……。俺の頭の中はフル回転し一人の名前を口に出させた。

「もしかして、PoHさん?」

「――ああ、よく分かったな。お前は?」

 こちらを怪しんだのか一拍以上の間を置いた後、PoHは顎に手をやりながら答えた。

「ZAPっす!」

 俺はPoHの疑念を晴らすように明るく答えた。

 ベータテストの時、色々なPKのテクニックを俺に教えてくれたのはPoHだった。何度か組んでPKしまくったから、俺の名前も憶えてくれているだろう。

 PoHもまた、依然と同じようにPKとしてやっていくためにこのシーフギルドに来たのだろう。それだけでなんだか嬉しくなった。

「ZAPか。それにしてもこんなに早くここに来るなんてな」

 俺の名前を聞いて、PoHは表情を緩めると近くにあった椅子に腰かけた。素晴らしい容貌と共にそういう仕草の一つ一つがとても美しかった。

「こんな事になったからには思いっきり楽しもうと思いましてね」

「そうだな。もし、茅場が言った事が真実ならこんなに楽しい事はないな」

 クククと小さい笑い声がPoHの口からこぼれた。

「はい。どうです? 一緒に組みませんか?」

 俺は同じような笑い声をあげながら提案した。「二人でやれば効率よく殺れますよ」

「そうだな」

 PoHが頷くのを見て、俺はメインメニューを操作してパーティー勧誘を行った。しかし、それは速攻でキャンセルされた。

「え?」

「今はスキル上げに集中する」

 PoHはニヤリと不敵な笑顔を浮かべつつメインメニューを操作した。「だが、準備が終わったら殺りまくろうぜ」

 目の前にフレンド登録要請のダイアログが現れた。

「はい!」

 俺は喜んでその要請を受け入れた。「スキル上げって何をするんですか?」

「まず短剣スキルだな。あと隠蔽スキル」

「え? 隠蔽からじゃないんですか?」

「ちゃんと鍛えておかねぇとMPKしかできなくなっちまうからな。お前は今日から殺りまくるつもりなのか?」

「もちろん! 俺は楽しみを後に取っておけないタイプなんで」

 そう言えばPoHはカウンターPK(PKKを返り討ちにする)をやる男だった。その実力はベータテストの攻略組をはるかに上回っていた。今回も同じスタイルをとるつもりなのだろう。

「無茶はするなよ。セーブできないクソゲーだからな」

 その言葉を聞いて俺は小さく笑ってしまった。不審そうにPoHが俺を見つめた。

「いや、リアルと一緒だなって思って。ホント、今までの人生クソゲーだったんで……。でも、今から最高のゲームにしてやりますよ」

 そんな俺の言葉を聞いて、PoHは俺と同じように低く笑った。

「じゃあ、生き残れよ。また会おう」

 PoHはひとしきり笑った後、俺に拳を向けた。

「はい!」

 俺はその拳に自分の拳を軽くぶつけた後、手を広げ小さく振った。

 PoHは小さく頷いた後、扉を開けてシーフギルドから出て行った。

 俺はNPCのシーフギルドマスターに顔を向けた。

「隠蔽スキルを教えてくれ」

「ほう。ものがものだけにただじゃ教えられんが、どうするね?」

 俺の言葉に反応してギルドマスターがニヒルに笑った。とてもNPCとは思えないその笑みに現実感を噛みしめながら俺はなけなしの100コルを手渡した。

 

 

 隠蔽スキル上げは地味な単調作業の連続だ。

 まず、街中の人目がつかない場所でスキルを使う。ある程度、成功率が上がってきたら今度はNPCに話しかけ、視線をこちらに向けさせた状態で修行を始める。視線対象の距離が遠くなればなるほど隠蔽スキルの成功率は上がる。徐々に近づいて行って、ほとんど目の前でも消えるようになったら次は複数のNPCに話しかけて視線の数を増やして難易度を上げる。

 姿を隠しては、NPCに話しかけ、また姿を消して……。そんな単純作業を俺はひたすら続けた。

 そんなこんなで一晩かけて、俺はようやく実用に耐える状態にまでスキルを上げた。

 

 

 次の日、俺は隠蔽スキルをモンスター相手に試した。どの程度の距離をとれば100%隠れる事に成功するか。それを何度も確かめた。

(よし)

 感覚は掴んだ。俺はいよいよ実戦に移る事にした。

 

 最初のターゲットはソロで青イノシシを狩っている奴だ。

 俺は狩場をめぐり、一人のプレーヤーに目をつけた。いかにも初心者っぽい。ソードスキルの立ち上げもなかなか成功せず、青イノシシごときに苦労している。具合のいいことに他のプレーヤーとも離れている。

 こいつは甘い。この世界の厳しさってものを教えてやらなければいけないだろう。支払う授業料はその命ってわけだが……。

 俺は歪む口元を左手で隠しながら、そのプレーヤーのそばを駆け抜けて装備を確認した。ショートソードとバックラー。鎧は安物のレザーアーマー。青イノシシ相手なら十分な装備だ。

 俺はそのまま走り続け、別のモンスターがポップするポイントへ向かった。そんな事をしていると、青オオカミが走り回っている俺に狙いをつけて駆け寄ってくる。青オオカミが3匹ぐらい引き連れる状態になって俺はあのニュービーに向かって走った。

「だ、大丈夫ですか!」

 ニュービーは驚いた表情を俺に向けた。

 俺の後ろには凶暴な青オオカミ3匹が追って来てるのだ。びっくりして当然だろう。まあ、これから奴は地獄を見ることになるのだが。

 敏捷に初期ステータスを振っておいてよかった。俺は青オオカミに追いつかれることなくニュービーまで駆け寄ると≪隠蔽≫スキルを発動した。

 俺の目には自分の姿が透き通って見える。これは隠蔽が成功した事を示している。

「え?」

 ニュービーが戸惑いの声を上げた。

 その間抜けヅラが俺のツボを激しく刺激する。噴き出したら隠蔽スキルが解除されてしまう。俺は大きく歪んで開いた口に手を押し当てて必死に耐えた。

「ガルルル!」

 俺からニュービーへとターゲットが移動して、青オオカミは唸り声と共に襲い掛かった。

「う、うわあああ。助けて!」

 そう叫ぶニュービーのヒットポイントバーが青オオカミに噛みつかれるたびにその幅を減らしていく。

 そこで、俺の想定外の事が起こった。

 近くで狩りをしていたパーティー3人がニュービーの悲鳴を聞きつけ、救援に駆け付けてきたのだ。

(チッ)

 俺は心の中で舌打ちした。これではせっかくの苦労が台無しだ。

 そう思ったが、駆けつけてきたパーティーもニュービー並みに弱かった。

 ミイラ取りがミイラだ。

 カッコよく駆けつけておいて、そりゃねーぜ。

 その無様な行動に腹がよじれるほどの笑いがこみあげてくる。再び俺は声を上げないようにするのに苦労する事になった。行動は勇者だが実力が伴っていない。

「死ぬ! 死ぬ!」

 ニュービーが絶望的な表情で泣き叫ぶ。システムの神は無情だ。ニュービーの心情などお構いなしでヒットポイントバーは青オオカミに引き裂かれた。「ああああああ。死にたくない!」

 

 パリーン

 

 その身体が、恐怖で歪んだ表情がポリゴンのカケラとなって散った。

 俺の背筋に快感の震えが走った。

(すげー! 気持ちいい!)

 俺は青オオカミの殺戮をしびれながら見続けた。興奮のあまり心臓が止まりそうなほど高鳴っている。

 次々と青オオカミに噛み殺され、駆けつけたパーティーも残り一人となった。最後に残った奴はなかなかしぶとかった。どうやら、ソードスキルの使い方は他の奴らより一日の長があるらしい。奮戦して青オオカミ3匹を見事に葬った。

 生き残りの男の前にレベルアップを知らせるメッセージがポップアップした。

「くそ! いったい、なんでこんな事に!」

 その男はレベルアップのメッセージを気に留めることなく、涙を流して地に突っ伏した。「くそ! くそ!」

 大した勇者だ。本当に他人の死を悔しがっている。他人のために泣けるなんて俺にはまったく理解できない。

 3匹目の青オオカミを倒した今、彼のヒットポイントはぎりぎりになっている。それを見た俺の頭に名案が浮かんだ。

 俺はそっと、回復ポーションを地面に置いた。いかにも死んだプレーヤーのドロップ品のように。

 もし、こいつがアイテムの所有権に気づいてこの回復ポーションを飲まなかったら奴の勝ち。気づかずに飲んでしまったら俺の勝ち。

 果たしてこの勝負は?

 俺はニヤニヤしながら勇者の次にとる行動を待った。

 勇者はしばらく仲間の死を悼んで泣いた後、仲間のドロップ品を集めた。死んだ者のアイテムは所有権が喪失しているからこれは問題ない。

 そして、俺の置いた回復ポーションを見つけ手に取った。

(飲め。飲め。飲め)

 口から言葉が漏れてしまうのではないかと心配してしまうほど俺は邪念を送り続けた。

 勇者はそのポーションを何の疑問もなく口にした。たちまち、彼のカーソルが犯罪者を示す≪オレンジ≫に変わった。

 この勝負は俺の勝ちだ!

「アハハハ!」

 もう、こらえ切れなかった。激しい笑いが口から飛び出した。

 笑い声を出した途端、俺の隠蔽は解け姿を現す。

 勇者が驚いてこちらに視線を向ける。その心臓に俺は深々とショートソードを突き立てた。

「え?」

「人の物を勝手に飲むんじゃねーよ。カス! この犯罪者!」

 何が起こったか分からないと目を丸くする勇者に向かって俺は激しく罵った。こいつはもう勇者ではない。俺のポーションを飲んで犯罪者に転落したエセ勇者だ。

「俺は、俺は……」

「死ね! 犯罪者!」

 俺は呆然とするエセ勇者に再び切り付けた。

「俺は、犯罪者じゃ……」

 首を振って、情けない涙を流しながらエセ勇者はその身体を散らした。

 オマケに俺の目の前にレベルアップを知らせるダイアログが現れた。そう、モンスターよりも対人戦での経験値は高いのだ。ましてや、このエセ勇者はレベル2で俺はレベル1。これはとんだご褒美だ。

 俺はエセ勇者の無様な死にざまを思い出して、窒息で死んでしまうのではないかというほど爆笑した。

 最高だ! あの絶望に満ちた顔。あのエセ勇者、本気で泣いてたぜ。この世界は最高だ!

 俺はこの世界で生きている。リアルより輝いている。マジ、アインクラッド最高!

 

 

 

 俺はしばらく青イノシシ狩り狩りを楽しんだ後、毒バチMPKをたしなみ、先ほどのような罠で相手を犯罪者に仕立て上げた奴を倒したりしてレベル3になった。死亡した奴らから奪った装備を売って金に換えた。恐らく、現段階で俺以上の金持ちはいないだろう。

 そろそろ飽きてきた。狩場を移動しよう。次はホルンカあたりがいいだろう。

 そこの≪森の秘薬≫クエストの報酬品であるアニールブレードは初期段階での神装備。これを狙って多くのベータテスターが集まってきているはずだ。

 当然、ニュービー相手とは違って苦労するだろうが、それがいい。そろそろ、対等な相手を殺したくなってきた。

 ホルンカの近く、≪リトルネペント≫の湧く森にはやはり、クエストをやっているプレーヤーがいた。

 俺はその装備を確認するために少し近くを走り抜けた。

 それは男女二人組のプレーヤーだった。

 これといって特徴がない男が盾持ち片手剣で前衛を務め、腰まである長い黒髪の女が後衛を務めていた。

 男の装備はカイトシールドにリングメイル。武器は初期装備のショートソードのようだ。防御に重点を置いて武器はアニールブレードを手に入れる事を前提にしている。それだけでこの男が今までのニュービーと違って歯ごたえがありそうな奴だと分かる。

 女の装備は盾なしのレザーアーマー装備。武器はなんとスリングだ。投擲スキルカテゴリーであるスリングを使うとは珍しい。あんな使えない武器を使うなんて酔狂な女だ。相当にコアなゲーマーなのだろう。

 次に遠くから二人の行動を観察してみる。ポーションローテーションなどの連携はなかなかのもので初めて組んだ相手ではない事が伺えた。

(チッ。リア充かよ)

 さえない男と違って女の顔は非常に整っていた。絹のようにさらさらとした黒髪を揺らし適切な指示を出しながら戦うさまは狩猟の神、アルテミスのようだ。すべてのプレーヤーがリアルの姿に戻されている今、アインクラッドで1,2を争う美少女であろう。その美貌を使えば男どもを虜にして姫プレイも可能ではなかろうか。

 それなのにわざわざ危険な前線に出てきた勇気は称賛に値するが、すでに男がいるのなら用はない。

 俺はこの二人を次のターゲットにすることに決めた。

 滅せよ! リア充! 爆発しろ!

 今、協力し合って麗しい愛を見せている二人が死を目前にしてどのように変わるか……。俺は非常に楽しみになった。

 お互いに罵り合うだろうか? それとも、我先に逃げ出すだろうか? 相手を踏み台にして生き残ろうとしてもがくだろうか?

 いずれにしても――俺が二人とも殺すんだけどな。

 そう考えると自分の口が激しく歪んでいる事を感じた。

 先ほどから口角が緩みっぱなしになって困る。それだけ俺は楽しんでいる。充実している証拠だろう。

 まず、俺は周囲の地形を把握する事から始めた。同時に≪実つき≫のリトルネペントの位置を確認していく。

 ≪実つき≫はその実を破壊すると大きな音と嫌な臭いをふりまき、その音を聞いたリトルネペントが実を破壊した者をターゲットして襲いかかってくるという恐ろしい罠モンスターだ。つまり、MPKの俺にはうってつけなのである。

 地形を把握し、あの二人を葬るイメージが湧いた。

 俺は短剣を振り上げてソードスキルを立ち上げた。

 ≪アーマーピアーズ≫。このソードスキルなら多少リトルネペントが実を防御しようとしても貫通できるだろう。

「セイッ!」

 気合の声と共にソードスキルを解放する。

 俺の攻撃を感知して実を防御しようとするツタを切り裂いて、短剣は見事に身に突き刺さった。

「バァンッ!」

 耳をつんざく音が激しく辺りに響いた。実が破裂した事で不快なにおいがあたりにたちこめ、それに反応して20以上のリトルネペントが俺に向かってきた。

 俺はあの男女二人組のパーティーに向かって走り出した。

 走っているさなかにも二人の無様な死をあれこれと想像していまい、ついつい表情が緩んでしまう。

 駆け寄る俺に気づき、女はスリングから槍に武器を代えて男のそばに駆け寄った。そして、鋭い視線が俺に向けられる。どうやら、俺がMPKだという事に気づいているようだ。さすがにニュービーとは違う。

 しかし逆にニュービーでないだけに、この絶望的な状況を理解するのも早い。女は不安げな表情を男に向けて何やら呟いた。

 俺はそれだけで背筋に愉悦の震えが走った。

(そうだ、もっと俺を楽しませてくれよ)

 クククと笑い声がつい口から洩れてしまった。いけない、いけない。隠蔽スキルを発動する時に声を出して笑わないように気を付けなければ。

「大丈夫。私たちなら。負けない!」

 さらに二人へと距離を詰めると、男が精悍な顔つきで俺を睨みつけて叫んだ。

「うん! 僕たちは絶対、生き残る!」

 男の言葉に触発されたのか、さっきまで不安げで戦意を失っていた女の表情が変わった。

 二人は背中合わせになって防御に徹する構えを取った。

(おもしれぇ。こいつら、マジおもしれぇ!)

 俺の顔は楽しさのあまり、きっと激しく歪んでいるだろう。俺はその二人のそばを駆け抜けた。

 リトルネペントはターゲットに向かって移動している最中でも攻撃可能対象がいれば攻撃を加える。このようにして何度かこいつらにぶつければ死ぬだろう。

 ちらりと後ろを振り返り、二人のヒットポイントがどの程度減ったのかを確認した。女の方は少し減っていたが男の方はほとんど減っていない。

 これはリトルペネントを繰り返しぶつけるより、徹底的にそして確実にやったほうがいいだろう。

 俺は近くの袋小路に入り込み、隠蔽スキルで姿を消した。

 なぜここに駆け込んだかといえば、袋小路は木に囲まれていて俺の隠蔽スキルの成功率にプラス補正を期待できるからだ。案の定、隠蔽スキルは一発で成功した。

 俺が姿を隠すとリトルネペントの動きがぴたりと止まった。俺を見失ったリトルネペントはすぐ近くにいるあの二人に狙いをつけて殺到するだろう。いつからここで狩りをしてレベル上げをしているか知らないが、あの数はさばききれないに違いない。

 まず防御力が低い女が死に、後を追うように男も死ぬだろう。その時、どんな表情を見せるのか……。そう考えただけで、頭が焼き切れそうなほどの快感が襲ってくる。

(イッツ・ショウ・タイム)

 俺の頭の中でPoHの殺戮前の決め台詞が響いた。

 一瞬の静寂。

 動き始めたのは俺のすぐ近くにいたリトルネペントだった。シュウシュウというリトルネペント特有の音を出しながら俺に近づいてきて目の前に止まった。

(え?)

 次の瞬間、リトルネペントは俺にそのツタを振り下ろした。それは俺の肩に激しく打ち下ろされた。

 めくら打ちか?

 俺はこみあげてきた悲鳴をのどの奥に飲み込むと、自分の腕を見て隠蔽スキルの状態を確認する。半透明――すなわち、隠蔽スキルは今も発動中だ。俺の姿は見えているはずがない。

 だが……。

 動きを止めていたリトルネペントは一斉に俺が隠れている袋小路に入ってくる。俺はすっかり取り囲まれ、ツタを振り下ろされ、腐食液を吹きかけられた。たちまち俺のヒットポイントがイエローゾーンの危険域に落ちて行く。

(こんな、馬鹿な!)

 俺は隠蔽スキルが解けるのも構わずその場から逃げ出そうとしたがもう遅かった。通り抜ける隙間もないほど袋小路にはリトルネペントが殺到している。

「なぜだああああああ!」

 呆然と俺は急速に幅を減らしていくヒットポイントバーを見つめた。

 もしかして、こいつらには隠蔽スキルが効かないのか? ここから逃げなきゃ。死にたくない! まだ二日目だ。もっと、俺はこの世界で生きていきたい!

 俺は這いつくばるようにしてわずかに開いたリトルネペント同士の隙間を狙って駆け出す。しかし、すぐに目の前には他のリトルネペントが立ちふさがった。もう、俺のヒットポイントは数ドットしか残っておらず、視界が瀕死の危機にある事を知らせるようにマゼンタ色に染まった。

 その向こうにあのスリング女が袋小路の入り口まで来ているのが見えた。

 俺を助けてくれるのか?

 一瞬、視線が合ったような気がした……。いや、あれは俺を見ていない。

 女は大きな机を実体化させて通路をふさごうとしていた。

(助けてくれ!)

 その言葉を叫ぶ前に俺の身体はカシャーンという破砕音と共に砕け散った。

 視界が暗転する。

 そんな中、俺はこれまでにない快感を味わっていた。

 すげぇ。これで俺は本当に死ぬ。

 俺はこの世界で生きていた。生きていたから死ぬのだ。

 この世界はリアルより輝いていた。マジ、アインクラッド最高!

 やがて暗闇に鮮やかに浮かび上がる簡潔なフォント。

 

≪You are dead≫

 

 ああ、もうちょっとやりてぇな。このゲーム――。

 体験したことがない激しい熱と痛みを感じながら俺は強く願った。暗闇の中できっと俺の顔は満面の笑みを浮かべているだろう。

 




シャイニーン! あたし、輝いてる!
YES!! マキシ様の言う通り!!

あくまで自己中。某聖帝のセリフのように「引きません!」「こびへつらいません!」「反省しませーん!」みたいなキャラクターを書こうとしているのですが、うまくいっている気がしません><

書いている自分が不快になるキャラクター……。まったく誰得だよって感じですが、引き続き書き続けます。

ヘルマプロディートスの恋の時と描写が異なっておりますが、後付け設定のためです。どうかお許しをorz
でも、コーとジークは書いていて楽しいです。ほんと、いいキャラクターです。

次は第7話あたりから引っ張ってこようと思っています。犠牲者多数ですからね。誰を主役にしているか……お楽しみに!(してる人がいるのか? というツッコミ待ち)

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