無線の向こうから声が聞こえる。
『我々はペイン…神だ!』
神…ねェ。察するに、ペインの本体である長門は、過去の喪失から何でもできる存在に憧れているのだろう。しかし、憧れは理解から最も遠い感情だと、なんちゃってヨン様も言っていた。彼は神の座には相応しいとは言えんな。
目の前にある機械、自来也様に渡したボイスレコーダーの電波をキャッチしてクリアな音で再生する受信機の音に耳を澄ます。
戦闘音がしばらく続いたかと思うと、突然音が途切れた。少し慌てるが、その正体に思い至る。原作では確か、結界トラップを使っていたハズだ。結界を使い異空間に入り込めば、電波を送受信し合うこの無線は使えない。異空間では、電波を送信してもその電波はこちらの空間まで飛ぶことはできないからだ。
俺の推測を肯定するように、機械に再び音が戻った。ゴボゴボと水の中で聞こえる。次いで、水の中から頭を出す様な微かなチャポンという音。一拍置いてボンという口寄せの術を行った時に出る特有の音がしたかと思うと、小さくザッという音が複数。俺が戦況を把握し切る前に戦場は急激にラストに向かって動き出した。
岩が砕ける音が機械から響く。
『自来也ちゃん!』
更にドッという音。何人もの人間が一斉に地面に着地した時の音だ。
そして、音は無くなった。
ペインがその場から移動したと思われるザッという音を最後に自来也様の音が消える。その隣では自来也様の肩に融合していると思われる仙人蛙のフカサク様が自来也様を呼ぶ声が続くが、自来也様の反応は無かった。
『ヴヴヴ…。』
『自来也ちゃん!?』
そう、最後だと思ったんだ。初めて原作を読んだ時は。
遠くの方から自来也様が死力を尽くして動く音がする。
『心の臓は止まっていたハズだが…。』
小さく冷たい声がした。
そのすぐ後に、チャクラを灯した時に出るブウウンという音とフカサク様の呻き声。
『くっ…。よし!確かに受け取ったけんの!!』
フカサク様の声を消す様に大きな音の奔流が機械から流れる。
ボシュ、ドガ、ゴボボ、ゴポポポ。
そんな音がした後に水音が流れた。今度こそ終わりだ。
影分身の印を組み、作り上げた影分身を木ノ葉の里に行かせる。
本体である俺は親指を噛み、自分の血を持って術を行う。自来也様に渡したボイスレコーダーには既に蛇を仕込んでいる。
「逆口寄せの術。」
煙と共に現れた自来也様は海水と血に塗れ、背中には何本もの杭を刺された無残な姿で横たわっていた。
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「うずまきナルト物語…ってのはどうでしょう?」
「うむ…それがいい…ってなんでお前が目の前に現れるんだのォ!?」
「おお、ナイスノリツッコミ。新鮮です。」
塵芥が舞う部屋で俺にズビシと指を突き付ける自来也様。彼は憮然とした表情で俺を見つめる。
「悪い予感しかせんのォ。ワシの前にお前が現れる時は決まって厄介事を連れてくる。」
「随分な言いようですね。」
「事実、そうだろうが。ワシを穢土転生で生き返らせるなんて何を企んでおるのかのォ?」
「おや、気付いていましたか。」
「当たり前だ。ワシを誰だと思っとる?」
「えーと…エロ仙人?」
「そう!忍術改め仙術使い!!数多の山谷踏破せし!!快楽の天上へと誘うエロ仙人!!…ってエロ仙術などないわ、ボケ!」
「まぁ、自来也様のエロ話は置いときまして…。」
「置いとくな!いや、エロ仙術の話は置いておいていいぞ!」
「…これからの話をしましょう。こちらへどうぞ。」
ドアを開き、隣の部屋に促す。そこは以前、穢土転生したリンと話をした場所だ。そこはあの時と家具の配置は変わっていない。強いて言えば、古くなった家具を新しく似たような物に入れ替えた程度だ。
自来也様をソファに案内して対面する様に座る。と、自来也様の顔付きが変わった。木ノ葉の三忍と呼ばれるに相応しい覇気を持つ表情の自来也様が重々しく口を開く。
「いいだろう、話せ。」
「では、まずはペインのことですね。彼の正体は分かりましたか?」
「…長門。」
「そうです。」
「お前、やはりペインの正体を知っておったな?」
「ええ。先日、自来也様にこの事実を伝えなかった理由は綱手様やシズネから秘密裏に暗部を尾けられるということが予測できますので。それじゃあ、俺にとって利益がない。」
「ワシの体が目当てか。」
「否定できないのが悔しい!」
もちろん、『大蛇丸様が舌なめずりをしてこっちを見ている』という方面の話ではない。手駒として自来也様を求めているという意味だ。
「で、ワシをどうするつもりだ?今の体では抵抗できんから何でもやり放題だぞ。」
「よく言いますね。さっきから抵抗しようとしているクセに。俺があらかじめ印を結ばせないようにセッティングしていなければ今頃、穢土転生を解いているでしょう?」
「気付いておったか。」
「もちろんです。それは置いておきまして、話の続きに戻りましょうか。俺が自来也様を手駒に加えたい理由。それはこれから起こる第四次忍界大戦で俺の切り札になって欲しいからです。」
「これから起こる…第四次忍界大戦だと?」
「ええ。それにはまず暁の裏のリーダーについてですね。実は長門の裏で糸を引いている人物がいます。それが、“うちはマダラ”。」
「うちはマダラか。」
「その反応から見ると、自来也様も勘付いていたみたいですね。そのうちはマダラなんですけど、木ノ葉を襲った九尾の襲来事件の黒幕でもあります。つまり、彼が四代目火影を殺害した様なものです。そうですよね?」
後ろに向かって声を掛けるとドアが開いた。
「ヨロイの言う通りだってばね。」
あらかじめ潜ませていたクシナさんだ。
「お前…クシナか?」
「お久し振りです、自来也先生。」
「その眼…一体?」
クシナさんの左眼に気付いた自来也様は唇を震わせる。
「自来也様。その説明は後程、俺からします。」
「…わかった。」
「少し私から説明させて貰います。私は前任の九尾の人柱力でした。」
「な!?」
自来也様は信じられないという目でクシナさんを見る。九尾の人柱力についてはトップシークレットであり、この事実を知っているのは今、生きている人間で知っているのは俺とダンゾウ様、ご意見番のホムラ様とコハル様だけだ。このことについての情報は徹底的に管理されていた。自来也様たち木ノ葉の三忍も知らない情報だったということだ。
「そして、彼は自らをうちはマダラと名乗ったそうです。ヨロイから聞いたことですが。そして、そのマダラと同じチャクラをした者が今の暁にもいる。面を被り、今度は“トビ”と名乗る男です。」
「次は俺から説明させて頂きます。推測になりますが、これから暁はナルトの中の九尾を狙うでしょう。そして、ナルトはそれに打ち勝ちます。忍界全てを巻き込む大戦という手段を以ってマダラと名乗る男はナルトを捕まえようとするでしょう。」
「なるほど。確かにそうなりそうな気配はあるが…。問題はナルトが長門、ペインに勝てるのかという話だ。」
「私はナルトを信じています。」
俺の後ろに立つクシナさんはハッキリと言う。
「どんな困難にも立ち向かっていける。それが、“ナルト”です。そうでしょう、自来也先生?」
「そう…だったな。ワシの小説のナルトはそういう人間だったし、ワシが見守ってきたナルトもそうだった。諦めねェド根性。それがナルトだ。」
「あ、そういうスポ根的なのより説得力ある説明があります。」
「なんでアンタは綺麗な形で話を纏まらせないんだってばね!」
スパーンと頭を叩かれる。
根性とかやる気とかはあまり信用しない性質なもんで。情報を集めてロジックを積み重ねてトラップを仕掛けないとソワソワするような心配性なもんで。
「まぁ、クシナさんはこう言ってますけど一応説明させて頂きますね。先祖が大ガマ仙人に受けた予言なんですけど、なんでも『九匹のケモノの名を呼びたわむれる碧眼の少年が世界を変える』と言われたそうです。大ガマ仙人の予言の的中率は100%。これから考えると、ナルトが暁に殺されるということは考えにくいです。」
「その少年が…ナルトだと言うのはなぜ言い切れる?」
「俺の今まで知識からの推察としか言えませんね。そういう訳で、来たる第四次忍界大戦に備えて、手駒を用意しておきたいんですよ。それも飛び切り優秀な人を。」
「それでワシに目を付けたということか。それは分かったが、なぜそんな説明をする必要がある?穢土転生ならワシを完璧にコントロールができよう。それに、お前の持つ輪廻眼でもワシを操れるハズだしのォ。」
自来也様は真正面から俺の眼を見る。レンズ越しに見る自来也様の顔は警戒の色が浮かんでいた。クシナさんの左目の輪廻眼、そして、代表として計画を話している俺の姿から推測したのだろう。そう、俺が輪廻眼を持っていることを。
自来也様の警戒を解きほぐす為に言葉を繋ぐ。
「確かに、操れることは間違いありません。しかし、そうなると俺の予測の範囲を超えた事態が起こった時に対応が遅れます。それだけは避けたいので、協力関係でペイン六道を運用していきたい。鬼札の一枚目としてのペイン六道の意識は奪わずにチームとして信頼関係を結びながら闘っていきたいんです。例え、輪廻眼を持っていたとしても負ける時は負けますからね。」
「なるほどのォ…。それで、ワシを選んだのか。お前が子どもの時からお前のことを知っているワシを。」
「はい。…お答えは?」
ソファに深く座り直した自来也様は不機嫌そうな声で答えを述べる。
「お前に協力するしかなさそうだのォ。ワシにはまだやり残したことがある。」
「イチャイチャシリーズの続編ですか?」
「うむ。次の作品はこれまでのシリーズよりもアブノーマルでアングラなエロに挑戦したいと考えておる。うむ、クシナよ。そんな目で見られるとワシ、泣きそうになるからやめて欲しいんだがのォ。」
軽蔑しきった目で自来也様を見下ろすクシナさん。もし、聖杯戦争に参加している状況で且つ自来也様がサーヴァントでクシナさんがマスターであったならば、彼女は令呪で自来也様を自害させることも厭わなかったであろう。そんな目をしていた。
自来也様はクシナさんの目線の向きを変えようとしたのか俺を呼んだ。
「しかしのォ、ヨロイ。一つ分からんことがある。お前、『うずまきナルト物語』と言ったが、それはワシが死の間際に考えていた続編の小説のタイトルをなぜ知っている?」
俺は唇の前に人差し指を持ってくる。
「それは秘密です。」