俺は真剣でダラッと生きたい   作:B-in

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二十八話

 

 

 

釈迦堂刑部は川神院の師範代である!!

 

彼は生まれながらの戦闘狂で在り、強い相手と思う存分闘って勝ちたいと言う困った性格の人間である!!

 

故に

 

「釈迦堂さ~ん、カチコミに行くから手伝って~」

 

「よーし、おじさん思う存分暴れちゃうぞ♪」

 

良いノリで川神百夜について行くのだった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなフザケタ会話から二時間ほどした日本海上空で、あずみは黄昏ていた。仕方がない事だろう。

九鬼家では新参の従者の癖して今回の本命部隊に居るのだから、否、入れられてしまっているのだから。

 

(くそっ!! アタシじゃない奴でも良かっただろうに!?)

 

ギリギリと胃が痛む。

 

それも、あずみ個人としては最悪な事に自身が苦手と断じれる化け物が一人と、その化け物が連れて来た自分より遥かに強い化け物と一緒なのだ。

 

一人は川神百夜。

 

今でも、ふとした瞬間にあの時に浴びた狂気を思い出す。

 

二人目は釈迦堂刑部

 

川神院の師範代。それだけで、その肩書だけで川神院を知る者達からすれば凶器だ。

 

(狂気に凶器が加わり最悪に見える…英雄様ー!! あずみは死にそうです…)

 

正しくその通りなので何も言わない。ヘリの操縦をしている従者部隊の男も冷や汗を掻いている。

 

「でさぁ、どうも達人級が百八人は居るらしいのよ」

 

「ほぉ、でもそりゃ一般で言う達人級なんだろうよ。裏社会に関わっているってんなら一般の連中よりは遥かに強いだろうが…最高でも師範代級が居ればいいんじゃねぇか?」

 

「だから、めんどくさいのよ?」

 

「百夜ぁ、お前ジジイに勝ってんだからもうチョイ自信持てよ」

 

(…川神鉄心に勝ったて…マジか?!)

 

更に胃痛が強く成るあずみに、世界はとても厳しかった。

 

「いや、アレは本当に何とか運よく勝てたってだけだよ…実際の所、あの一撃だけが本気でソレ以前も以降も本気じゃないから…爺様が葛藤しなかったら俺そのまま負けてたもんね。アレ、絶対にもう闘いたくない。」

 

「相手に本来の闘い方をさせないのも作戦だ…気を張れ、お前は強いよ今の俺よりかはな」

 

(まぐれ勝ちでも、アンタより強かったら化け物だ)

 

あずみの胃がギブアップを叫ぶも此処はヘリの中、外に飛び出せば下は海。逃げられない。

 

「いやいや、釈迦堂さんも無茶苦茶強いからね? 俺は闘いたくないからね!!」

 

「いやいや、顕現使える時点で俺より強いだろが、お前さんはよぉ」

 

「? ぶっちゃけ、近いのなら釈迦堂さんも使えるよ?」

 

「マジで?」

 

「マジでマジで」

 

あずみの胃は沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんわ、ただ今夜中の零時を回ったぐらいです。今、林の中に身を隠しております。百夜です。

藪蚊が多くて困る。

 

「達人の殆どが出払ってるってマジ幸運」

 

「俺一人でいいんじゃね?」

 

「だったら行って来い。達人が殆ど居ないだけで門徒が八十人強居るって言ってるだろうが」

 

いやぁ、あずみさんは口が悪いです。釈迦堂さんは態度が悪いです。でもまぁ、二人とも保険ですから良いんだけどもね。

流石に一人でこんな所に攻め入ろうなんて百夜さんは考えませんよ? だってキツイじゃない? 殆ど居ないだけで達人は居る訳だし。俺の目的は李招功。

 

なに、殺そうって訳じゃない。ただ、俺達の夢を潰したんだからそれ相応のモノを奪っていかなきゃ割に合わないじゃない?

 

それだけですよ

 

「んじゃま、俺が本命。釈迦堂さんは残ってる達人の相手。あずみさんはブツの奪取。OK?」

 

「おう、精々楽しませて貰おうかねぇ」

 

「火事場泥棒か…まぁ、英雄様の為なら何だってやってやるさ」

 

はい、改めまして今回の目的はテロのけじめと長~い歴史を誇る武術の総本山とも言えるこの梁山泊に在る秘薬等の資料の奪取が目的です。

 

やっぱりさ、無理かも知れなくても…アイツにもう一度野球をさせてやりたいってのが在る。

プロに成らなくてもやりようは在るんだしさ、社会人野球とか、九鬼家で野球チーム作って身内で楽しむってのも良いと思うんだ。

ちょっと豪華な賞金と商品とかを餌にすればメジャー釣れると思うしね。

 

「さてと…いっちょ気張って行きますか!!」

 

「「応」」

 

Side out

 

 

 

 

サァサァと木々を揺らす夏の風は、山の間をすり抜け里に入る頃になると適度な温度に成り熱い夜を優しく冷やす。そんな夜の事だった。

夜天に昇る欠けた月の明かりが、薄暗い里を薄っすらと照らす。

そんな里の中、在る明かりと言えば所々に並ぶ大きな家々の窓からちらほらと零れるモノか、一際大きな建物の門の両脇で燃え盛る松明位だろう。

小さな羽虫が明かりに惹かれて焼かれ死ぬ。

そんな明かりが照らす屈強な門番の顔は無表情とは掛け離れた、緩んだ表情だった。正面を見ながら退屈だ、眠い、俺も仕事に生きたかったと小さな声で会話を続けている癖に、意識は正面を警戒しつつも自身の視界の外も鍛えられた感覚で警戒している。

 

そんな中、風の音にまぎれて小さな、そして高く、低い、何とも言えぬ声が耳に入った。

 

門番が構える。

 

闇夜に紛れ、風邪に紛れ笑い声が聞こえてくる。

 

カカカ

 

互いに警戒し、闇に成れた目を凝らす。

 

その声を発して居るであろう存在は正面からゆっくりと近づいて来た。

 

子供だった。帽子を深くかぶり、長ズボンに長袖のTシャツ、その上から無地の黒い上着を羽織って居た。帽子から零れている長い髪は少年の肩ほどまで垂れて居て、癖が無い艶やかな黒髪が風に揺れながら月明かりを反射していた。

 

止まれ!!

 

何故こんな所に? と、考えが過るもそんな疑問よりも訓練された動きと言葉が紡がれる。

 

紡がれる筈だった。

 

開いた口が塞がらない。急激に水分が無くなった口腔内と喉が声を出す事を否定している。

肺が動くのを拒絶した。手足が後ろへ後ろへと動こうとしている。

 

冷や汗が止まらず、疑問も止まらず大の男二人が硬直した体を必死に動かそうとしながら逃げようとしていた。

 

其処で漸く気づく。

 

怖い。恐ろしいのだ。

 

カカカ、カカカカカカカカ、カカカカカカカカカカカ

 

聞こえる笑い声が恐ろしい。涙が浮かび始めた両眼の端が闇に蠢く何かを見た。

 

シュゥーとか細く息を吐く様な音が、耳に残る。

 

蛇が這って居た。一匹では無い、百には届かない。でも百に近い数の蛇が這って居た。

 

声も出せず体も動かせずに恐怖だけしか感じれない。

 

コレは夢だと言い聞かせ、コレは悪夢だと言い聞かせ、早く覚めてくれと懇願する。

 

カカカ、カカカカカカカカカ、カカカカカカカカカカカカ

 

助けてくれと叫んだ。叫んだつもりだった。何時の間にか男二人は、膝を折って顔を下げて両手を組んで涙を流していた。

 

笑い声だ。いや、笑い声では無い。嗤い声が聞こえる。嗤い声が止まない。

 

そして、唐突に…夢から覚めた様に声が止まった。

 

ゆっくりと顔を上げた、其処には何も無い。渇いた喉が水を求めた。恐怖に引き攣った全身が情けなく震えた。安堵の息が出たその瞬間。

 

「ごくろうさん」

 

肩を叩かれた。

 

反射的に振り返った。その視界に映るのは蛇、蛇、蛇。

 

悲鳴を上げる事も無く意識が遠のく。最後の瞬間に聞こえたのはやはり嗤い声だった。

 

 

 

 

その姿を遠目で確認しつつ、釈迦堂刑部は口笛を一度吹いた。

 

「おっかねぇ…姉ちゃんも蹲ってないでさっさと行くぞぉ」

 

「うるせぇ!! 畜生?! 何てモン使いやがるあの餓鬼…」

 

冷や汗を掻きながら涙交じりに言うあずみに刑部は、ヘラっと笑いながら言う。

 

「音波…音撃の類だろ? 口を呼んでみたが鬼哭啾啾だとよ」

 

「最悪じゃねぇか…裏の人間には効き目が強すぎる。言魂使いって言っても根本から違い過ぎる」

 

「まぁ、その辺は良く分かんねぇから俺は気にしないがね…ほら、とっとと行くぞ忍者の嬢ちゃん!!」

 

「嬢ちゃん言うな!!」

 

一直線に掛ける二人は正に風の様だった。

 

そんな中であずみは言葉の意味をしっかりと思い出し、昔居た傭兵部隊の仲間を思い出した。

 

(あのメリケン女が居たらさぞかし動揺しただろうなぁ)

 

現実逃避とも言う。

 

 

 

 

 

 

 

鬼哭:浮かばれない霊魂が声を上げて泣き悲しむこと

 

啾啾:しくしくと泣く声の形容

 

つまり、己が殺した分だけ怨嗟が、見ない振りをした僅かばかりの良心がその笑い声を聞いた相手に襲いかかる。百夜のブースト付きでである。

そんな愉快な嗤いを振りまきながら川神百夜はゆっくりと自分のペースで板張りの廊下を土足で進む。僅かな気を頼りに相手を避けながら、建物全体に声を響かせて闇夜の様に進む。

 

(此処意外だと向こうか…まぁ、隔離して在る向こうが本命だろうねぇ…でも)

 

確証が欲しい。確実性が欲しい。占い何てしてやらない。誰に何をしたのかを理解させてやる。

 

川神百夜はそんな事を考えながら、少しぼろい障子をゆっくりと開け、驚くほどの早さで中に踏み行った。

 

先に言って置こう。言魂とは本来の意味では呪術的な物であるが、人が使うのは、体系として残されている物は詐術・暗示の技術である。

良く例えにされるモノで言えば、目隠しをした人間に鉄の棒を握らせ、ソレが赤熱状態のモノだと思い込ませる事によって肉体が勘違いし、脳が勘違いし、傷を負うと言うモノだろう。

 

あずみが言った根本から違うのはその前者と後者の違いである。

 

後者で必要な大前提は、相手が理解できる言語を使用できかつ日常会話程度に話せる事である。

 

英語なら英語、ドイツなドイツ語か英語

 

しかし、前者には言葉の違いは強みにしかならない。

 

前者を使用できるモノが炎と言えば、英語圏の人間は炎とは違うモノを想像するだろう。しかし、前者の場合は使うモノが理解して居ればソレで良いのである。

後者の様に相手に理解させる事をしなくて良い。

 

ソレ故に、川神百夜の使う言魂とは一般の物とは大いに違い、その力は強い。相手に問答無用で理不尽を押し付けるこの行為は卑怯とも卑劣とも言えるだろう。

 

その為、川神百夜のカカカと言う嗤い声は非常に嫌な意味を持つ。

 

禍々しい

 

禍。この読みは「まが」でも「か」でも使われる。組合せの問題である。

 

禍々しいの「か」に過剰「か」が補正をしている。その逆も有る。

 

過剰なまでの禍々しさ。人は何を想像するか? 昔の人間は闇の暗さに夜の清浄さと恐ろしさに「鬼」を見た。

 

故に、川神百夜は鬼哭啾啾とその名を着ける。凡庸さもさることながら使い勝手が良い。

 

屋内の壁に反響し、独特の波長で恐怖を煽る声色の暗く高く低い呵々大笑は多くの人間の精神を苛んだ。寝て居る者には悪夢を、覚醒している者には恐怖を。肉体的には非殺傷の優しく恐ろしい技だ。

 

川神百夜は障子を開けた瞬間に中に居る人間を確認する。運の悪い事に中には三人の少女が寝て居た。その内の一人が置き上がり、タンスの引き出しを開けようとして居た瞬間だ。

 

一足。

 

寝て居た少女の一人のみぞおちを深く強く踏んだ。

 

エゲェッ

 

と蛙が潰れた様な声がした。

 

二足。

 

反射的に振り向こうとした少女の背に、同じく飛び起きた少女の体がぶつかりタンスとサンドイッチにした。少女とタンスに挟まれた少女は顔面を強く打ち「イギッ!!」と甲高い声を上げた。

少女にぶつかる形に成った少女はその足を天井に向け、顔面をもう一人の少女に押し付けた状態で気を失って居た。

顔面を蹴り飛ばされ、脳を揺らされて意識を失った。

 

三足。そのまま頭から落ちそうに成る少女の腰をもう一人の後頭部に押しつけるようにして強く推す。

 

川神百夜は中国語を習って居ない。知ってはいる、読み書きが出来るが聞きとりと成ると難しい。故に、ありったけの恐怖を与える事にした。

 

ただ一言告げる。

 

「李招功」

 

ビクリと震えるのが分かった。

 

意識の無い少女の後頭部に膝を押し付け更に上へと体をズラす。

 

挟まれている少女は、顔面をタンスに擦られながら三㎝ほど浮いた。

 

「李、招、功」

 

更に強く押しつけながら上げる。

 

挟まれている少女の口から、呻きとも嗚咽とも取れる声が漏れるが気にせず更に強く推す。

 

ゴリッと骨と骨がぶつかり擦れる音がした。

 

喋るに喋れない少女が手をメチャクチャに動かし、押している少女の体が弛緩したのを確認してから川神百夜は手を放した。

 

失禁した少女の命を確認し、尻を突き出すようにズルズルと膝を着く少女を軽く蹴る様にして仰向けにする。

 

初めての痛みと恐怖だったのだろう。

 

人を挟んで受けた、李招功に向ける殺気をたった一人の少女に向ける。

 

降って来たように現れた命の危機、少女の顔は涙と涎に鼻血の混じった鼻汁に、唇と額の皮が軽く捲れた状態で気を失って居た。

 

自然と頭から落ちる形になった少女の頭頂部に足の甲を当てて一度落下止めると、下着をするりと外して体を床に落とした。

 

「渇」

 

「!!?」

 

酷い顔の少女が目を覚ます。一瞬だけ顔に生気が戻ったその瞬間に、尿で濡れた下着を被せて視界を奪い腹に一撃を入れて落した。

 

相を見る為だけに恐怖を与えた。明確な情報を得る為にその事を知って居るだろう事を確認してから意識させてから、気絶させ。また覚醒させる。

相手からしたら堪ったものでしかない。やり過ぎと言われるだろうが…

 

過ぎた恐怖は、忘却するか奥底にガッチリと鍵を掛けてしまうのが人間である。

 

翌朝、顔面の痒みと鈍痛で起きた少女は何も覚えて居なかった。ただ、パンツを被って居ただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

場面を変えよう。釈迦堂刑部の氣と言うのは禍々しいと言われる。言うのは同じ川神院の師範代であるルー・イーだ。川神鉄心は獣臭いと揶揄する事も有る。

そんな強大な氣を放つ人物が現れたのだから、その氣を脅威と感じた者達は一斉に其処を目指した。

 

「よぉ、日本語分かるか? 分からねぇよなぁ」

 

そう歪に嗤いながら拳を振るう男の何と禍々しい事か。

 

この男の事を梁山泊は知らない。

 

技の名を呼ばず、闘う相手への礼儀も無い。ただ暴力を振るうその様は暴風であり、獣だった。

 

「まぁ、いいや。ちょっと俺と遊ぼうぜ…梁山泊!!」

 

嬉々とした声で、暴力に酔いしれた恐ろしい瞳で、獣が吠える。

 

釈迦堂刑部の頭の中には、ヘリでの会話が過って居た。

 

「餓え?」

 

「そう、餓え。飢餓、腹ペコ。」

 

川神百夜の言葉に、思い当たる事は多かった。

 

強い相手が少ない。自分が強く成って居るのかが良く分からない癖に、在る程度強い、昔よりかは強く成ったと言う自覚だけが在った。

 

川神鉄心には及ばず。同じ師範代のルーよりかは強い。

 

比べるモノが少なかった。世界にはまだ見ぬ強者が居ると言うのに、自分は其処を目指さず。ただただ川神鉄心を目指していた。

 

(武神が最強だから…前の俺ならそう思い込んでたんだろうけどなぁ)

 

川神百夜と川神鉄心の闘いを見てしまって気づいてしまった。川神百夜の心の一端に触れてしまい恥ずかしく成ったから、弱い自分が余計に情けなく成ってしまった。

 

(憧れだ。あぁ、そうさ。俺は川神鉄心の様に強く成りたい)

 

暴力に酔いしれて、井の中の蛙だった自分を叩きのめして外に連れ出したあの小さい癖に大きな背中の老人に憧れたのだ。

 

(あぁ、強く成りてぇ!!)

 

「釈迦堂さんはアレだよ。強く成る事に餓えてるんだ。まだ、足りない。こんなもんじゃ足りない…でしょ?」

 

したり顔でそんな事を言う川神百夜と言う自分の弟分の言葉に確かにと刑部は頷いた

 

「でもさ、ルーも爺様も他の門徒も強さに餓え過ぎてはいけない。高潔な精神を宿してこその武人であり、川神流…みたいな事を言うじゃない?」

 

その言葉にも頷く。常日頃のルーとの問答はそんなモノだ。

 

「確かに川神流はそうなのかもしれないけど、川神鉄心は違うでしょ? なら、俺はそうで良いと思う。まぁ、釈迦堂さんはアレじゃん? 姉ちゃんと違って川神流の後継者候補って訳でも無いし、俺と同じで自由に強く成って良いと思うんだよ。」

 

その言葉に気づかされた。自由に強く成ると言う言葉に共感した。川神鉄心は違うと言う言葉に憧れを思い出した。

 

(あぁ、やっぱりお前は怖い。百夜よぉ…俺の相を見たって訳じゃ無い癖に、俺の忘れたモノをひょいと拾い上げて持ってくる。)

 

昔から、川神百夜と言う小僧は自分に気易く話しかけて来た。鯱鉾ばったり、汚ない事を顔の裏に隠しきれず此方を見やる奴等とは違い。完全に自然な状態で近づいて来た。

本当の兄弟の様に近づいて来て、こっちの手を握ってくる。

驚くほど自然に釈迦堂刑部と言う外れ者に親しんで来る。慕ってくる。

 

(流石に気づくぜ。俺でもよ。)

 

川神百夜は釈迦堂刑部に憧れて居る。

 

川神百夜は釈迦堂刑部の真似をする。嘗ての釈迦堂刑部が川神鉄心に憧れた様に、今も憧れて居る様に。

 

「だからさ、餓えに任せて解き放っちゃえば良いんだよ。顕現も似た様なものだし、馬鹿に成った者勝ちだよ。」

 

「自由人に言われると無茶苦茶説得力あるなぁ」

 

「事実だし」

 

馬鹿みたいに強く成りたい。

 

川神鉄心の様に、あの武神の様に、強く成りたい!! 川神百夜の憧れで在るならば、あの自由な糞餓鬼が憧れるなら!!

 

無頼の儘、強く成りたい!!

 

頼れるモノは自分自身!! 己が体験した経験!! 己が喰らった技と技術!!

 

「そう言う事だろ!! 百夜!!」

 

達人が振りかぶった昆を正面から叩き折る。そのまま、その顔面を蹴り上げて、浮いた体を蹴り飛ばす。

ソレを避ける様に脇をすり抜けてきた二人の檄と青龍刀をしゃがんで避け、足払い。

 

「名乗りな!!」

 

言っても解らないだろうと理解しながらも叫ぶ。

 

気分が高揚し、精神が研ぎ澄まされる。集中力が増す。

 

自分よりこの達人達は弱い。その技術では自分には届かない。元より武器は使わない。素手が性に合っている。

だが、その足運び、重心の置き方。

何故、今まで気づかなかったのだろうか? ソレは自分にも使える筈のモノだった。

そう、自分なら、釈迦堂刑部ならば見て、使える。使う事が出来る。

 

闘いこそ、成長の場だ。ソレを再認識する。

 

此処には糧しかない!!

 

武人達が構えた。其処に油断は無く。純粋な殺意が満ちている。

 

「天微星!!」

 

「天暗星!!」

 

「あぁ、そうだ!! ソレで良い!! お前等全部喰ってやらぁ!!」

 

釈迦堂の中で、何かが確実に形を生した。

 

 

 

 

 

 

 

死刑囚と言う存在は、一体何を考えるのだろうか?

 

懺悔だろうか? 後悔だろうか? 諦念を感じ諦めるのだろうか?

 

少なくとも、李招功と言う人間はそんな事は考えなかった。

 

ソレもそうだろう。多くの人を殺した。殺して来た。圧倒的な暴力を持って、金の為、名誉の為、個人的な理由の為に人を害し、また殺して来た。

自分より強い人間が居る事は当たり前だ。自身が匿われている梁山泊の達人の中でも自分の力量ならば中の上程度。そもそも、此処に匿われているのは李招功自身の梁山泊入りが事前に決まって居たからだ。

あのテロリストの護衛は梁山泊入りになる前の最後の仕事だった。

 

其処で悪魔と出会った。出会ってしまった。更には虎狼まで現れた。

 

橘兄弟、川神鉄心、伝説のZINNAI。闘ってはいけない達人達。絶対に勝てないであろう化け物。

 

故に一目散に逃げた。足止めすらできない。直に見て理解できる強さがある。だが、あの悪魔が最後に放った言葉が呪いと成って体を蝕んだ。

 

正に枯れ木。筋肉で覆われて居た手足、胴、削ぎ落ちて行った。積み上げてきたモノが驚くほどの早さで落ちて行った。

 

幸運だったのは此処に、梁山泊に行くまでのルートに乗れた事だった。以前より伝手があった天暗星がアメリカに居た事が幸運だった。

そして、梁山泊と言う安全な場所に有る。秘薬の類と治療法。効果は直ぐに現れた。抜けて行くだけだった気力・体力が少しずつだが回復していくのが分かる様に成った。

少しすれば動ける様に成るだろう。それから数年かけて筋力を取り戻す。

 

(あの餓鬼を見つけ、殺す)

 

絶望しかけたのだ。積み上げた、磨きぬいた肉体が目に見える速度で徐々に徐々に削げ落ち萎んでいく様を。

 

(見せつけられた!!)

 

怒りが憎しみが沸き上がる。己が伸し上がる為に鍛えたモノを奪われる。何の抵抗も出来ず奪われる。そして、ソレを見せつけられる!!

侮辱等生易しい。凌辱だ。

 

何倍にもして返してやる。

 

(だが今は…休み蓄えるのが鍛錬だ。)

 

衰えた体は、他の器官にも悪影響を及ぼしておりソレを回復させなくては日常生活すら危うい。

視力・聴力、嗅覚が衰え、触覚ですら鈍い。

 

そして、ソレが李招功最大の不幸だった。

 

ギシギシと板張りの上を誰かが歩く音がした。こんな夜更けに珍しいと思い、瞳を開ける。

音の発生源はおよそ十メートル以上離れている筈だ。元より、侵入者等が来た時の為に梁山泊の廊下は音が成るように設計されている。

そして、その音を聞き分けて達人達は相手の身長等を判断する。

今の衰えた肉体ではそんな事は分からないが、李招功はその音の軽さから子供だろうと判断した。普通なら、何故に子供? と成るが梁山泊では達人達が才在るモノを見極め弟子として育てて居る。

故に、それなりに子供は居るのだ。

達人達によって何人を弟子にするかわは変わるが、途中で諦めたり、自分の限界に気づいた物がそのまま此処の傭兵稼業に参加する。それが梁山泊の一番の稼ぎでも在るからだ。

再び目を閉じようとし、李招功は布団を被り直す。

 

それがいけなかった。

 

 

足音が突然消えた。その事に気づくも、体は緩慢にしか動かない。

 

バリッと障子が破れ小さな影が、飛びこんだ。

 

「俺の踵を喉仏にシューーーーーーー!!!」

 

喉が潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 




ねぇ、僕は何時まで仕事wしないといけないの? 何でお休みがないの?

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