「俺、シグナム先生と結婚する!」   作:Vitaかわいきつら

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感想、コメントありがとうございました。
意外すぎるほど好評で驚きました。
期待に応えようと張り切ったら微妙な作りに。何故だ。


プロローグ2

シグナムはたちまち道場内の人気者になった。

 

初日に居なかった中学生以上の門下生もひとたびシグナムの剣技を見れば夢中になる。

 

それほどにシグナムは強く。

 

そして、美しかった。

 

 

師範はすっかり慕われなく――ということはない。

 

単純に、シグナムは指導が上手くなかった。いや、指導のレベルが高すぎるために、合わなかったのだ。

シグナムが教えるのは言わば実戦方式。竹刀の振り方、足の運び方、そういうものを教えるのではなく。

 

「どうすれば竹刀を当てられるのか」

 

これを重点的に教えていた。隙の見つけ方、体勢の崩し方、また自らの隙を偽装し誘い込む、なんてものも教えていた。

まだまともに竹刀を振れない門下生にはハードルが高すぎた。

 

 

そこで師範は上級技術をシグナムにまかせ、自分は基礎を徹底的に教え込む、という形式をとる。

「基礎をしっかり身に付ける」ではなく、基礎も応用も、どちらも取った。

 

これにより、当時17歳だった門下生の少年は全国の頂点をとることになるが……今は語る必要はないだろう。

 

基礎も応用もと言ったが、全員が全員、5対5の割合で学ぶわけではない。

基礎に長けるもの、そうでないもの。

 

小学生のほとんどは基礎を9割以上だった。

 

1割はシグナムとの実戦で力試し。その程度だ。その僅かな時間の為に、子供達は自分の技を磨き続ける。そしてシグナムに少しでも暇があらば稽古を申し込む。

 

シグナムは、この道場の発展になくてはならない存在だった。

 

 

 

 

 

子供達がシグナムに指導を受けよう、試合をしようと持ちかける中、健はというと。

 

先日の一件以来、シグナムの胸に魅了されてしまった健はもちろん率先して頼みに行く。

 

 

そのはずだった。

 

 

実際、一度は自ら指導を受けに行った。

だがそこでまた、気付く。

 

「外から見た方が集中して見れる」

 

ということに。

 

以来、健はシグナムの動きに注目した。もちろん凝視するのは、胸。

 

健が好きだったのは竹刀を振り抜いたときの、大きな揺れ。

そのために胸だけを見るのではなく、シグナムが一撃を放つその瞬間を意識し「最高の感動」を得られるように視線を動かす。

このようなことを繰り返していた。もちろん、毎回視線の移動が成功するわけではなく、振り抜き終わった姿を見ていることが多かった。

 

右側から、左側から。

見る方向を意識して変えることもしていた。

シグナムは逆胴を使うことが多かった。初日の一件で子供達に使うよう懇願されていた為に。

右側から見る揺れと、左側から見る揺れでは別物のように健には感じられた。その為、意識して、視点を変えた。

前後から見ることがなかったのは、単純に胸が見えない為。

 

奇しくもこの涙ぐましい努力の結果は、健を一流へと成長させる。

 

 

 

 

 

 

 

シグナムは門下生の女児に非常に懐かれた。

全体の稽古の時間が終われば遊びに行こうと誘われない日は無かった。

シグナムは快諾する事はなく、女児達は寂しそうな表情で去っていく。コレが日課だった。

理由を聞けば、大事な人が待っているからと答える。

おマセな子供が「彼氏か」と聞けば、そうではないと。

「家族か」と聞けば、数瞬止め、わずかに頬を朱色に染め、あぁ、と頷いた。

 

それを聞いて結婚しているのだと思った者が大半だったが、お相手が自分達と同い年くらいの少女だと言うので黄色い歓声があがることはなかった。

 

ある日、ついに女児達の誘いにシグナムは頷いた。

なんでもその少女に促されたとか。

手を引っ張られ道場外へ連れて行かれるシグナムに、師範から待ったの声。

 

師範はシグナムに封筒を渡した。

勧められるがままに中を見て見ればお金が入っていた。

一万円札が、10枚。

 

師範はお給料です、と優しく微笑む。

シグナムは受け取れないと返そうとしたが、彼女がそうするのを予測していたのだろう。「だったらそれで子供達に美味しいものでも食べさせてあげてください」と素早く返した。

これに反応したのはシグナムではなく、周りの子供達。

ワッと道場内が声で満たされる。嬉しさのあまり飛び跳ねる者や、転がる者もいた。

流石の健も、この時ばかりはとある一点を凝視することなく、道場を走り回った。

 

 

 

20人近い子供達にお高いアイスクリームを食べさせ、それで一万円札は2枚減り、代わりに千円札が何枚か。

子供達はお礼を言い解散し、シグナムもそこで帰路につく。

お土産用の、アイスクリームを持って。

 

 

 

次の日稽古が終わる時間近くになった時に、見慣れぬ赤毛の少女が現れたのも、ここに記しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤毛の少女が道場に訪れる3回目の時、健は自らの行動の難易度を上げる。

「どうしたらあの胸に触れられるか」と。

触らせてもらえるよう頼み込む……却下。背後から気付かれないよう腕を伸ばす……却下。

 

既に何人もが試し、敗れている。

 

ならば。

 

 

「シグナム先生!」

 

突然道場内に響き渡る健の声に、シグナムだけでなくそこにいる全員が健に視線を向ける。

 

ちなみに門下生達はほとんどが彼女をシグナム先生と呼ぶようになっている。

 

健はシグナムがこちらに意識を移したことを確認し、深く呼吸を吐き、スッと腹に空気を送り、そして言い放つ。

 

 

「先生に剣道で勝ったら、俺と結婚して!」

 

 

道場内は、割れんばかりの声で満たされた。

 

 

 

 

 

健が考えたのは単純明快。結婚すれば胸を触らせてもらえる、そう結論を出しただけ。

 

一方、シグナムは困惑した。

 

このシグナムという女性、恐ろしいほどの美貌を持ちながら、健のように真っ直ぐな好意(実際は不純そのものだが)には今回初めて触れる。

健が自分を注視していることには気が付いていた。だがそれは自分の剣技を、だと思っていた。竹刀を振るその一瞬、視線が強くなるのを感じていたからだ。

 

だから、困惑した。

 

鳴り止まぬ歓声の中、しかしシグナムは健の言葉を冷静に考える。

 

彼は、自分に勝負を挑んでいる。

 

それだけで自分が受けるには十分過ぎる理由だ。

結論が出ればあとは早い。

 

「勝てるのなら、な」

 

その言葉に当人達以外は興奮をさらに高めた。すぐに試合会場が作りあげられ、あっという間に健とシグナムが対立する。

師範は巻き込まれ、審判になっている。

 

健を応援するもの、シグナムを応援するもの、だいたい半々程度が声援を送る。

その中師範が始まりの合図を出す。

 

しかし、1秒後にはシグナムの竹刀は健の面に打ち込まれていた。

 

健の記念すべき1敗目であった。

 

 

 

この日より健は本気で剣道に取り組む。

夜空に浮かぶ月のように、遥か遠くのものを手に入れるために。

 

 

健はそれから3度シグナムに勝負をけしかけた。結果は言うまでもないが、ここで異変が起きた。

 

 

シグナムは、全く道場に現れなくなった。10月の終わり、冬の始まりのころ。

 

 

門下生は見るからに落ち込んでいき竹刀を振る腕にも力が入っていない。

師範はそれを見て叱ろうと思うも、出来ないでいた。

共に過ごした時間は僅かだったが、門下生達はシグナムにすっかり惚れ込んでいたから。

 

 

しかし健だけは違った。

 

彼は懸命に竹刀を振り続ける。必ずもう一度会い、そして勝つ。そう決めたから。

 

一番惚れ込んでいたのは健だし、全員そう思っていた。

 

一番悲しいのは健だろう。

その健が落ち込むことなく錬磨する、その姿に周りの人は彼に対する評価を上げた。

 

一人、また一人と立ち上がった。

 

 

 

11月の終盤頃、健は何者かに襲われる。

浅黒い肌に、蒼銀の髪。

魔力がどうとか宣い、「てぉあ!」の一撃のもと、健は昏倒させられる。

 

当時の健には思い出すだけで震え上がるほどの恐怖だったが、大人になって思い返せばこう思う。

 

あの歳になって、アレはない、と。

 

 

 

 

 

 

シグナムが再び道場に顔を見せたのは3月も半ばにさしかかった頃のこと。

姿を消していた理由を尋ねても誤魔化されてしまったが、彼らには理由などどうでも良かった。

シグナムがまた来てくれた。

ただそれだけで良かった。

 

 

健は再びシグナムに挑み、5敗目を記する。

 

 

 

シグナムは道場に訪れる回数が減ったものの、時々彼女の家族を連れてやってきてくれた。

そのたびに健は挑み、敗れる。

 

中学校の最高学年にもなれば県の有力選手にもなっていたが、彼の刃は一度も届くことはなく。

黒星は40を越える。

 

 

とある高校に進学が決まった頃。

シグナムは突然別れを告げ、道場に訪れることはなくなった。

突然すぎる別れ。

健は当然悲しんだし、泣き叫んだ。

 

それでも、竹刀を振った。

 

いつか月に手が届くと信じて。

 

 

別れを告げられたその日は、血豆を見られて母親に止められるまで続いた。

 

 

高校は剣道の名門校ではなく、近場の弱小とも言えた所に進学した。

健にとって自分の師は、道場の師範とシグナムだけだと思っていたから。

もちろんそこの顧問の提示する練習はこなしていた。

その後、自らの師の教え通りに稽古。練習量だけで言っても人の2倍も3倍もこなす。

そんな健が強くならないはずがなかった。

高校2年時にはインターハイ個人の部で優勝。「現高校生最強」の位置までたどり着く。

 

 

だが健にとっては地位や名誉などどうでも良かった。

 

ただシグナムに勝ちたい。それだけ。

 

この時健はどうしてシグナムと結婚したかったのか、好きになったのか、その理由をすっかり忘れていた。

自分はあの強く美しい、凛とした姿に惚れたのだと、そう錯覚していた。特に自身の心に残っているのは、逆胴を放つその姿。

 

高校生活の半分はこの逆胴を追い求め、竹刀を振るう。

 

月には、まだ手が届かない。

 

 

 

 

高校卒業後はこれまた近くの大学に進学する。

 

 

私立聖祥大学。

 

 

ここで健に大きな転機が訪れる。

2人の女性との出会い。それが人生を変えることとなる。

 

 

女性達の名は、アリサ・バニングスと月村すずか。

 

シグナムの持ついくつかの「秘密」を知る者であった。

 

 

 

 

健は今日も竹刀を振るう。

 

月には、まだ手が届かない。




やたらと月、月と強調したのはアレとアレがやりたいからです。
皆さん恐らくわかっていらっしゃると思いますが、言わないでね。 いいか、絶対言うなよ! わかったな!

魔力もちにしたものの、魔力無しの短編ものにしたほうが綺麗にまとまった気がします。でもそうさせなかったのはきっとヴィヴィオのせい。

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