窮天に輝くウルトラの星 【Ultraman×IS×The"C"】   作:朽葉周

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17 セカンド・コンタクト

 

 

 

「この馬鹿者共が……!」

 

そうして、そんな激しい激戦が繰広げられた翌日。逆巻く角、燃え滾る怒気を撒き散らす織斑千冬は、目に見えて怒っていた。激怒プンプン丸である。

然しそれを受けて項垂れる二人は、互いにバツの悪そうな表情で。

と言うのも先日のクラス代表決定戦、結局総合優勝者は織斑一夏で決定となった。

本来であれば、第三試合の後、クラス代表決定決勝戦が行なわれる筈だったのだが、然しその最終試合は結局行われる事無く終わってしまった。

何故か、と言うと実に簡単で、その時点で一夏の白桜以外にまともに動けるISが一機も存在していなかったのだ。

「特にモーゼス! 貴様はやりすぎだ! あれだけ派手に撃ちまくって穴だらけになったアリーナ、直すのは一体誰だと思っているんだ!」

「はっ、申し訳ありませんっ!!」

「申し訳ないと思うのならば放課後にアリーナの穴埋めをやってこい!」

「はっ、了解しました、s……織斑先生!」

思わず『サー』と敬称を付けかけ、途端ギロリと睨む千冬の視線に怯んだギル。

彼の機体、ソルグレイブによって損傷を受けた第三アリーナは、現在のところ前述の理由からグラウンドが穴ぼこになっており、現在使用禁止となってしまっている。

全力で戦った、といえば聞こえは良いが、如何見てもやりすぎであり、別口で本社の技術員にも怒られていたギルは、完全に萎縮してしまっていた。

(プークスクス、怒られてやんの)

(グギギギギ)

「貴様もだ木原ぁっ!!」

と、そんなギルを突っ突きおちょくる真幸だったが、千冬の猛火は真幸にも牙を向いた。

「貴様も貴様だっ! 貴様が使った打鉄、どうなったか知っているのか!?」

「えっと、中破、おまけして小破かな?」

「負けるな馬鹿者! 大破だ大破! コア以外は完全損壊! 寧ろ試合中に良く最後まで持ったなというような有様だ!!」

真幸の使用した打鉄。IS学園で利用されている教導用の第二世代量産型ISであるそれは、然しその強度自体においては下手な第三世代機に勝るとも劣らぬほどのものだ。まぁそもそもIS戦は受け止めて守るよりも回避が尊ばれるのだが。

問題は、守備力に定評があるとされる打鉄が、完全に大破してしまった、と言う点だ。

「仮に貴様の安全に関してはまぁ良しとしておいたとして、あそこまでぶっ壊れた打鉄、どれ程の金額になるか……」

そんな千冬の言葉に真幸の表情が引き攣る。ISと言うのは高価だ。それこそ乗用車など目ではなく、軍用戦闘機数機分。

TPCIS委員会によってコア自体の取引は制限されているが、逆にそれ以外の各種ジェネレーターや武装などは割と自由に流通が行なわれている。勿論武器である以上有る程度の制限は掛かるのだが。

TPCのSBFやSMSなどの宇宙開発技術が向上した事で、ISのパーツ単価あたりの価格は、IS登場期に比べ大幅に減額された。それでも、IS一機で家一軒は軽く建つほどの代物なのだ。

真幸としては、ISというのは割りと身近な物で、壊れたのであれば直せば良いや、位にしか考えて居なかったため、それほど深く考えて居なかったのだ。実際真幸であれば一からISを作るのも不可能ではないわけで、それ故に気軽に考えてしまっていたのだ。

「す、すいません」

「悪いと思うのであれば、整備科に手伝いに言って来い!」

「あい、まむ」

引き攣った表情の真幸。そんな真幸の脇を肘でツンツンと突くギル。如何でも良いがこいつ等仲良いな、とそんな二人をデイビッドは苦笑つつ後から眺めていた。

「……っと、そういえば、オルコットはどうしたんですか?」

そうして一区切り付いたあたりを見計らった真幸が、現状唯一昨日のクラス代表決定戦に参戦していて、尚且つこの場に居ない少女の名を上げた。

「オルコットは本日病欠だ。まぁ昨日の戦闘で身体的にもダメージを受けていたようだったのでな、私が許可した」

「なるほど、それじゃ俺達も……」

「貴様等のは自業自得だっ!!」

バシーン、という帳簿の一撃が鳴り響き、真幸のそんな意見は封殺されたのだった。

 

 

 

「……あれ、俺がクラス代表? え、なんで!?」

そして一夏のそんな呟きは、誰に届く事も無く風に流されていったのだった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「ワタクシが……敗北た……」

ザァザァと温水が床を打ち付ける音が響き渡る。タイル張りのシャワー室の中、温水の雨を浴びる少女、セシリア・オルコットは、ポツリとそう小さく呟いた。

「……ワタクシが……負けないと、誓ったというのに……」

そう呟くオルコットの瞳にはまるで光が無く、それは幽鬼の様にも見えるほどだった。

彼女の胸の内を占めるもの。それは、言い様の無い虚無感だった。

敗因は幾つかある。自らの慢心、機体性能、そして相手の覚悟。

特に覚悟に関しては目を見張る物がある。織斑一夏。教室で最初に見た彼は腑抜けそのものだったのだが、どうなったのかたったの一週間で彼は大きく化けた。そう、正に化けたと表現する他無いほどの変化だったのだ。

シャワーを止めて身体を拭い、バスローブに身を包んだセシリアは、そのままフラフラと前後もおぼつかないような足取りで、漸くたどり着いたベッドの中に身体を横たえる。

「織斑……一夏……」

自らが囁いた名前に、途端に胸のうちから湧き上がるものがある。それは激情だ。自らを下した敵に対する――いや、違う。強敵を侮り、そして無様を晒したおのれ自身に対する……。

「えぇ、ええ、確かに今回はワタクシの敗北ですわ」

認めよう、己が驕っていたことを。認めよう、彼が脅威に値する敵であったことを。

そして、戒めよう。此度は試合であったからこそ生き残れた。けれどもこんな事では己の本懐を遂げるには未だ遠い。

(お父様、お母様……)

思い出すのは幸せだった日々。そしてそんな幸せを壊したあの怪物。空の上でオルコット家を襲った、金色の瞳。

嘗てオルコット家のプライベートジェットでEUを移動していた際、不意に日常を破壊したあの出来事。

それまでは母に媚びるだけの情け無い姿ばかりを見ていた父、そしてそんな父の隣に並び立って幸せそうにしていた母。

セシリアは今でも覚えている。情け無い父をしょうがない、と母と共に三人で笑っていたあの日。

飛行機を覆うおぞましい光。徐々に解けていく飛行機という恐ろしい光景に、幼い日のセシリアは恐怖に泣いたのだ。

けれどもそんなセシリアが今こうして生きているのは、全てあの両親の愛が故。

情け無いだけだと思っていた父は、セシリアとその母をあのおぞましい光から庇い、そのまま光の中に溶けた。

泣き叫ぶセシリアを、涙を堪えた母が抱えて走り、そうしてセシリアは一人脱出ポッドに押し込められたのだ。

「セシリア、幸せになりなさい」

片腕を光に犯され、徐々にその姿がぼやけていく母。そんな母は自らの死期を悟っていたのだろう。泣き叫ぶセシリアをポッドに押し込めると、そのまま彼女を一人機から脱出させたのだ。

(……ええ、えぇ、お母様。セシリアは必ず幸せになります。けれども、それは未だなのですわ……)

それからだ。セシリアは幼い身でオルコット家を一身に背負い、こうして今日この場所にまで生き抜いてきた。

オルコット家の為に、ISの国家代表を目指した――これがセシリアの公的なプロフィールだ。けれども彼女自身がそんな公式記録を目にすれば、失笑と共にその情報を投げ捨てるだろう。

彼女がこの場に――国家代表候補の座を得、ISを纏い、IS学園にこうして立ったことには、全てを通した一つ、たった一つの理由がある。

「……そう、今日ワタクシは敗北を一つ糧として、明日一つ強くなります。だから、今日くらいは許してくださいまし、お父様、お母様……」

――セシリア・オルコットには目的がある。

彼女の胸の内に残る、ジリジリと何時までも燃え続ける暗い炎。その炎の名は『復讐』。

何時の日かあの禍々しい光の怪物を討ち滅ぼす事を胸に誓ったセシリアは、一先ず身体に残る疲れを癒すべく、ベッドの中で心を安息に沈めたのだった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

さてそれから数日の事。教室の雰囲気は少し軟らかくなり、一夏が健闘した事でクラス全体の雰囲気は、男子と言う異物に対してある程度和らぎを見せていた。

「……うーん」

ただ少し、真幸には気に成る事が有った。というのも、セシリア・オルコット。彼女の行動が今一つ読めずに居たのだ。

本来の歴史……ISにおける原作であれば、今回の闘いにおける敗北を切欠に、セシリア・オルコットは織斑一夏に対して好意的態度に切り替わる筈なのだ。

一回戦って負けて、ソレを切欠に織斑一夏に惚れる――これが彼女の愛称「ちょろこっとさん」の由来なのだ。

ところがこの世界において、セシリアが一夏に懸想するという様子は未だ見て取れない。

コレが創作と事実の誤差かとも考えたが、然しコレまでの経緯を鑑みるに、この世界は基本ISの原作に忠実だ。ウルトラマンとクトゥルフという異物が混ざってはいるが、根っこの部分は基本同一に進もうとする。

故に考えられる原因としては、想定外因子の干渉によるもの(別フラグの発生)、あるいはイベントに至るフラグが不足している、という可能性が考えられる。

この世界における転生者らしき存在は、今のところ真幸以外にはギルとデイブの二人以外には確認されていない。とはいえコレはあくまで男性操縦者という特異性を観測しての話であって、案外TS転生者とかが紛れ込んでいる可能性も否定できない。別に転生者が全員専用機持ちとは限らないのだ。

話を戻して、セシリアが一夏に懸想していない以上、何等かの想定外なイベントが過去にあったか、あるいはフラグが不足しているという過程が成り立つのだが、だとするとこの後にその何等かのフラグを立てるイベントが起こる可能性、と言うのが出てくるのだ。

「嫌な予感がする……」

オルタを得てから鋭くなった第六感。それがビンビンと『事件が起こる』と真幸の脳裏に告げているのだ。しかも、割と近くに。

「っていうか、この予感を感じる事自体がフラグな気が……」

――ビーッ!! ビーッ!! 緊急事態発生! 緊急事態発生! 

「……だから予感が来るのが遅いんだよ!!」

直前に嫌な予感を感じ取っても仕方ないだろうにと、自らの能力に突っ込みを入れつつ、部屋の端末に向き直る真幸。

地球平和連合IS特殊条約の一つ。緊急時における専用機所持者の緊急災害対応義務、というものがある。コレは要するに、ISと言う強い力を持つ責任として、怪獣に限らず、人命の危機がある場合はその対処に協力する事を義務とする、というものだ。

国家所属のIS操縦者は勿論、緊急時にはIS学園から戦力を出す事も義務として定められていたりする。

――例えソレが、訓練を始めたばかりの素人だとしても。

「くそっ、TPCは何してるんだ!」

そう、コレこそが真幸――篠ノ之束が最も警戒する事態。織斑一夏の身の安全を守る為に預けられた最新型のM型IS。ただしソレを保有する事で生じる義務、というものがある。ソレがつまり災害出動であり、特殊災害――怪獣迎撃行動などに当る。

本来ならば素人に専用機が供与されることなど先ずありえないため、素人が怪獣迎撃に出撃するなどと言う事態はまずありえない。

然し織斑一夏はその出自と縁故の特殊性故に、素人でありながら最新型のISを所持するという特異な現状にある。つまり素人である一夏に対しても緊急時の出撃義務が課せられてしまうのだ。

まぁ風向き的にも男性IS操縦者には向かい風な部分がある。此処で出撃しておくのは世間体的にも利用できるのだが、幾らなんでも模擬戦闘一回経験しただけの素人を出撃させるのは不味い。とはいえIS学園の戦力にも幅はある。

IS学園で操縦技術を学んだ上級生や、地球平和連合TeamGUTS・IS学園支部も存在している為、一夏が出たとしても後衛で見学、あるいは直接戦闘は避けて、戦闘補助に廻る可能性が高い。

とはいえ万が一の場合を考えると、真幸としても行動しておく必要が有った。

「えーっと、織斑先生のコードはっと……」

『……そうだ! 二年生の整備科は汎用機を全機出撃可能な状態にしておけ! 現状出撃可能な専用機持ちはペリカン輸送艇へ! ブリーフィングは機内で行なう! 誰だこの忙しいときにっ!!』

「織斑先生、木原です」

室内の通信装置を織斑千冬個人に対する通信コードに繋ぐ。途端画面の向うから響いてくる怒号に若干眉をひそめつつ名を名乗る真幸。

『貴様か、如何やってこの回線に……いや、言うだけ無駄か。何の用だ』

「質問は一つです。織斑一夏の処遇はどうなりますか」

『……っ、その件か。織斑並び一学年の専用機持ちは後援部隊として出撃する事になっている』

「やっぱりそうなりましたか……」

予想通りの展開に、思わずそう声を漏らす真幸。然し織斑千冬はそんな真幸の言葉が気に入らなかったのか、少し眉を顰める。

『貴様らが無闇に高性能機を一夏に渡した所為で、周囲が一夏の出撃を強く求めた。私では抑え切れなかった』

「ま、まぁ、一夏は如何足掻いても結局こっちには来ざるを得ないんですから、その時期が早まった、くらいの認識ですよ」

如何してくれるんだワレ、と言わんばかりに殺気の篭った視線に、そう返す真幸。そもそも目立ちすぎたアンタが悪いんじゃねーかとか、色々言い返したい事はあるモノの、確かに一夏の現状に責任があるのも事実。

「因みに織斑先生、専用機を持たない一学年の扱いはどうなります?」

『もう直ぐ校内連絡が入ると思うが、基本シェルターで待機だ。素人にうろつかれても邪魔だ』

「それは一年の専用機持ちも同じだと思うんだけどね。……っと、確か出席確認はネットワーク管理ですよね?」

『ああ。……っ、そうだな』

「ええ。では、お忙しいところを失礼しました」

『すまん、頼む』

そういって真幸と千冬の通信は途切れた。ソレを確認して、さてと腕を上に伸ばす真幸。

「織斑先生も解ってるみたいだし、さっさとやっておくか」

そう呟いた真幸は、とりあえずとばかりに取り付いた端末からIS学園島のメインフレーム、中央ホストコンピューターにアクセスする。

このホストコンピュータ、IS学園島という島一つを丸ごと覆うネットワークのルートに当り、この島でやり取りされる情報は全て此処に集まることになる、いわばこの島の心臓部分であった。

当然の話だが、木原真幸のような一介の学生にこのホストにアクセスする権限は無く、無論其処から情報を引き出せるのは現地のTPC、それも最低で佐官レベルの権限が求められるほどの物だ。

では何故真幸がそんな代物に接続できているのかと言うと、事は実に簡単で――ハッキングである。

「ルートを中継して島の保安システム、名簿っと……有った有った。で、これに細工を……っておい、ナンダコレ」

そうしてたどり着いた保安システムの名簿。島に在籍する人間の戸籍と、シェルターの入出履歴を照らし合わせてチェックする保安システムだ。

この保安システムに接続する事で、入出チェックシステムを通さず、木原真幸と言う人間が既にシェルターに避難した、というデータをでっち上げる、と言うのが真幸の目的であったのだが。

「なんで俺の名前が無いんだ?」

島の戸籍リストには確かに木原真幸の名前は登録されている。ところが、シェルターの入出リストには何故か真幸の名前が最初から記入されていないのだ。

確かに、例えば軍属であるとか、TPCの職員であるとかの、民間人以外であるならばこの避難者用リストには名前が乗る事は無い。然し、『木原真幸』は間違いなく民間人として此処に居る筈なのだが……。

「……あっ」

もしかして、と真幸は早速データベースを洗っていく。そうして見つけたデータを見て、真幸は思わず眉間を顰めてしまった。

どうやらこの島の戸籍、というかメインフレームの中では、真幸は単純な学生としてではなく、特殊な条件を持つ人間として登録されているらしく、本来「学生」や「軍属」などの区分が記入されるデータ欄が空白になっていた。

多分コレは、真幸に対する配慮と言う奴なのだろう。一応真幸は一般の学生という事に成っているが、TPC上層部では同時に篠ノ之束博士直下の人間という事も知られている。

この島のメインフレームのデータを改竄できるのは間違いなくTPC本部クラスの人間しか居らず、成らばこれは間違いなくこの島で行動するであろう真幸に対する配慮と捕らえるべきだろう。

「……ただなぁ、これ、間違いなくログが残っちゃうだろうに」

例えばの話、この島の全てのデータを閲覧できる人間が居たとして、真幸のデータがなんらかの切欠で目に付いたとする。その場合、その人物は間違いなく俺と言う存在が怪しいと感じるだろう。

コレがTPC内部の人間であれば問題は無いのだが、例えばコレがいまだにTPCに反抗する裏社会の尖兵、亡国機業などに漏れた場合、間違いなく織斑一夏の護衛に際して相手を警戒させることになるだろう。

とりあえず自分のデータの所属を学生に変更し、入出チェックシステムに、木原真幸の入出チェックが警報発生から乱数の一定分後に自動的にチェックが入るようにプログラムを組み、それをチェックシステムに紛れ込ませ、更に今回の分に関しては主導で既に避難済みという事にしておく。

問題は監視カメラなんかをチェックされると、俺が本当に避難したかという物質的な証拠が欠けている事がばれてしまうという点なのだが、まぁこの島の住人はそこそこ数が居る。多少ならばばれる事は無いだろう。

第一緊急事態である現状、悠長にダミープログラムを組んでいる暇もない。とりあえずででっち上げたプログラムが実行された事をチェックし終えた真幸は、一息ついてソレまでのブラウザを一端全て閉じ、新たなウィンドウを開いていく。

次いでアクセスしたのは、メインフレームを経由した軍管制システムだ。

TPCのネットワークは割と開放的で、各支部同士はかなり積極的にデータ交換を行なっている。そのため、一度内部に潜り込む事ができれば、そのやり取りしているデータを横から観測するくらいはとても簡単に出来てしまうのだ。

勿論データの改竄なんかにはかなり厳しいプロテクトが施されている為、案外見せ付けている部分もあるのではないか? と真幸は思ったりしているのだが。

「……これか、大気圏電離層の黒雲」

言った途端、即座に嫌な予感が沸き上がってくる。というか、真幸は幾つかこの手の怪獣に心当たりが有るのだ。

一つ目に、過去何度か交戦経験のあるガゾート。クリッターと呼ばれる電離層に住むプラズマ生命体の集合体で、これが人間を餌にすることもある。

もう一つが姑獲鳥(こかくちょう)で、クリッターやガゾートと似たようなプラズマ生命体。但し此方は人間に対して悪意を持っているとか居ないとかで、しかも物理攻撃が効かなかったりする厄介な性質を持っていた、と記憶していた。

「どっちか知らないけど、厄介な怪獣が……」

思わずそう呟く真幸。何せこのプラズマ生命体、共にウルトラマンという作品内において、ウルトラマンが倒しきる事が出来なかった存在でもある。

ガゾートは倒したところでクリッターに分離するだけであり、最終的には地球から旅立って行っただけであり、姑獲鳥は異次元追放する事で何とか被害を遠ざけただけ。共に討つには至っていないのだ。

「どっちか知らんが、一夏め、初戦の相手がコレとは……ついてない。……いや、逆に運が良いのか?」

ガゾートにしろ姑獲鳥にしろ、共に馬鹿げた再生力を持つエネルギー生命体だ。……そう、両者共にエネルギー生命体なのだ。

一般的なISであれば、先ず間違いなくジリ貧に落ちるのは目に見えているのだが、出撃するのは一夏、単一技能『零落白夜』を扱える『雪片』、その発展形である『光雪片』を持つ『白桜』のドライバーである一夏は、エネルギー体に対して相性が良い。

問題は、プラズマ球をガンガン連射してくる怪獣相手に、何処まで接近できるか、かつどれだけ効果的なダメージを与えられるか、と言う話なのだが。

幸い出現地点は海上で、ゆっくりとIS学園島に向うコースを進んでいる。TPCジャパンが出撃していない理由は、現在最も近隣の部隊が既に出撃中である為というもの。

「……出る準備はしておくか」

TPCが出来、軍備が整って以降、アークプリズム……オルタの出撃回数というのは極端に減った。

というのも、ISと言う兵器は現段階において対怪獣・侵略者迎撃装備としてはかなりの代物で、第二世代型でも一個中隊――12機もあれば怪獣を倒す事は容易い。

これほどの代物が有る程度配備された現状、指揮系統に組み込まれていないオルタが自在に暴れまわるのは、逆にTPCの権威を傷つけ、悪戯に戦場を混乱させる原因になりかねない。

故に、現段階におけるアークプリズムの出撃というのは、それこそ既存のシステムでは対応しきれない、時間・空間を操るだとか、重力を操るだとか、かなり特殊な性質を持ち、尚且つTPCが対応し切れなかった場合にのみ限定されている。

今回は万が一の場合に備えて出撃準備を整えはするが、然し此処でもしアークプリズムを出してしまった場合、それはかなり不公平なのではないか、という気持ちもある。俺はIS学園の護衛としてではなく、織斑一夏と言う個人の護衛として動くのだから。

「ま、縛られても仕方ないか」

そう、俺が大切なのはあくまでも自分とその周りの人間。地球を守る為、ではなく、地球に生きる周囲の人間の環境を守る為なのだ。

小さく頷いた真幸は、次に新しいウィンドを開き、何処かの風景を映し出す。それは現在太平洋上空を飛行する、ペリカン輸送機の正面カメラ映像で。

「さて、お手並み拝見といこうか」

そう呟く真幸の視線には、ペリカン輸送機から次々に出撃していく、幾つものISが残す光の軌跡が映されていたのだった。

 

 

 

    ◇

 

 

 

『今回の任務は、IS学園島に接近しつつある黒雲、この調査と迎撃だ』

太平洋上を飛行する飛行編隊。そのうち周囲を飛行するガッツウィングとは少し形状の違う飛行機――ペリカン輸送機の中。

両脇に展開された簡易椅子に並ぶ幾人もの専用機持ちたちが、コックピット背部に設置されたモニターから響く織斑千冬の声に耳を傾けていた。

「然し、不運だな一夏」

V-TOL機であるペリカンの中。初めての出撃にガチガチに緊張していた一夏に、不意にそんな声が掛けられた。

「ぎ、ギル……」

「貴様の境遇には同情する。が、逃げ腰になると逆に危ない。……そうだな、何時でも逃げられるようにするために、と考えて身体を解しておけ」

本来は自らの力を示して、ソレを持って自らに有利な世界を構築しよう、と言う考えを持っていたギルだが、だからといって完全に不義理な男である、と言うわけではない。

彼は彼なりに自分の過ごしやすい世界を構築しようと考えていた。ソレは確かに彼以外の誰かにとってデメリットを与える社会かもしれない。――が、社会と言うのは結局何処かで利益と不利益が生まれ続けるものなのだ。

一般人程度には情もあるギルだ。改めて考えてみれば、この織斑一夏の境遇と言うのは、同情こそすれど、羨むような点というのは殆ど無い。

ギルやデイブのように背後に社会的権力があるわけでもなく、有るのは姉・織斑千冬の社会的影響力と、姉を通じて繋がりのある篠ノ之束博士との縁か。

然しこの二つ、ともに社会的な影響力こそあれ、直接的な権力には結びついていないのだ。これで織斑千冬がTPCの上層部に属してでも居れば別なのだが、織斑千冬は完全な体育会系だった。

織斑一夏がISに乗れる理由として、IS開発途上期における織斑千冬の生体データがコアネットワーク間で流用されたのが理由ではないか、という仮説がある。

これは木原真幸を名乗る篠ノ之博士のエージェントから齎された情報では有るが、理屈としては矛盾点が見当たら無い物だった。

だとすれば彼は、ギルのように自らの利益の為でもなく、何の覚悟も無く、ただ織斑千冬という存在の弟であった、というだけで、こんな命がけの世界に飛び込む羽目に成ってしまったのだ。

コレを同情せずして何とすれば良いのか。

「で、でも……」

「大丈夫だ。今回一年生は基本バックアップ。一夏は近接装備しかないが――まぁ、最悪避難誘導なり流れ弾の処理なりをやっていれば終わる」

「……でもさ、俺、ISは持ってても素人だし、望んでこんな場所に立ったわけじゃないんだぜ?」

「ああ、それは理解している。哀れにも思う。が、これはな一夏よ、お前が織斑一夏である以上、避けては通れん事だ」

「……それは、俺が千冬姉の弟だからか?」

「そうだ。例えお前がISを棄てても、お前は常に姉の波紋に流され煽られ続ける事になるだろうよ」

「………」

実際、此処で織斑一夏が逃げて、ISを没収になったとして。それでも彼はきっとISから、そして織斑千冬の影響下から逃げ出す事は出来ないだろう。

「なら、どうすれば……」

「相手の波紋を打ち消せるほど、自らが波紋を生み出せば良い」

「俺の波紋……」

「織斑千冬という大きな船は、世界最強と言う名の下に世界に大きな波紋を生み出した。今のお前はソレに煽られるだけの小船でしかない」

故に貴様はそれに煽られる事の無い、大きな船に成る必要があるのだ、とギルは告げる。

「第一、貴様は家族を守るのだろう? 貴様の家族も最終的には戦場に立つ事になるのだぞ」

「……そう、だな。千冬ねえを守るって誓ったんだ。なら、そのために力をつけるのは必要なことだよな」

「まぁ、気張りすぎても仕方が無い。今日はデビュー戦で半分は見学みたいな物だ。気を抜きすぎてもいかんが、気張りすぎるなよ」

「ああ。ギル、ありがとう」

「ふん、すぐ傍で陰気になられていては鬱陶しかっただけだ」

もし此処に真幸が居れば小さく「ツンデレ乙」と呟いた事だろう。これこそが正しいツンデレと言うものだ、と。暴力を振るうのはツンデレではなくツンギレだ。

『……織斑先生、その言い様では、今回の黒雲は怪獣だ、と断定しているように聞こえますが』

『ああ。建前上調査とは言っているが、実質TPCジャパン、及びTPCIS学園島支部はこの黒雲を怪獣と判定している。どうやらこの黒雲に類似したデータが本部のデータベースに存在しているらしい』

『どのような怪獣がお伺いしても?』

『先入観を避けるために、判断は現場に任されている。が、まぁ問題は無かろう』

画面から聞こえてくる会話は、IS学園の指揮所につめている織斑千冬と、他のペリカンに乗った上級生の物だろう。

その会話にあわせて表示されたデータ。逆三角形の身体に羽のような腕、二本の脚と尻尾を持つ、奇妙な姿の怪獣。

『地球の原住生物、クリッターが電磁波を浴びて変質した怪物、で――』

「……ガゾート」

不意に、小さな声がすぐ傍から響いた。それに気付いたのは、同じペリカンに腰を下ろしている一年生の専用機持ちだけで。

「オルコット?」

「……なんでもありませんわ」

一夏の問い掛けに、然しセシリアは表情を変えることなく、それだけ返してそっぽを向いてしまう。そんな態度のセシリアに首をかしげた一夏だったが、過去に出たと織斑千冬も言っていた為、セシリアも偶々知っていたのだろうと自己完結してしまう。

故に、そっぽを向いたセシリアの表情が青褪め、しかし同時に妙な気配を纏っていた事に気づいたのは、彼女の傍に座っていた四組の代表である、青い髪の少女一人だけだった。

 

 

 

    ◇

 

 

『それでは部隊展開後、GW隊の先制攻撃を持って攻撃開始の合図とする。三年・二年がオフェンス、一年はバックアップ。教員各位は前線指揮と支援を』

『『『「『「「了解』』』」』」」

『では各自、出撃!』

モニターを通じて重なる声。織斑千冬の声を合図に、開いたペリカンの後部ハッチから次々に生徒達が飛び降りていく。

「ふん、先陣を切ってこそ我が覇道を示せるというモノだ!」

「それじゃ一夏、お先に」

「……」

真っ先に飛び出したギル、ソレに続くデイブ、そして黙って飛び出して行ったセシリア。

三人はISスーツのままペリカンから飛び降り、空中でISを展開してはそのまま陣を組む指定位置まで飛んでいってしまう。

「え、ええっ!?」

然し、残された一夏はと言うととてもではないがそんな真似はできない。何せ一夏は素人。着艦・離艦訓練もやった事の無い正真正銘の素人なのだ。離艦後に空中展開のような、何気にプレッシャーの掛かる技術は修得できていない。

「……どうしたの?」

と、そんな一夏に問い掛けたのは、最後にペリカンに残ったもう一人の少女。

「あ、いや……皆空中でISを展開してたけど、俺素人だから……」

そんな一夏の言葉にコクコク頷いた少女は、一夏の手を掴むと、そのまま開いたペリカンの後部ハッチへと移動していった。

「えっ、ちょ」

「大丈夫、補助する」

「っ――!!??」

言うと少女は、そのまま一夏に何の問答をも許すことなく、空中に向けて体重をかけ、そのまま一夏ごと空中へと飛び出した。

声にならない声で悲鳴を上げる一夏だったが、然し青い髪の少女は何の予備動作も無く、瞬間的に自らの水色のISを呼び出してしまう。

少女はそのままペリカンとの距離を少し開けると、相対速度を一定に保つ。

「ほら、展開して」

「っ、無茶苦茶しやがる! 白桜っ!」

きらきらと派手に光を撒き散らし、少女に抱えられていた一夏がその身に白桜を纏う。輝くエネルギーライン、脳に送り込まれる情報量、共に通常と同じ、何も問題は無い。

少女に抱えられていた一夏は、白桜を展開したことで自ら自立飛行を開始した。ソレを確認した少女は一夏から手を放す。

「コースはわかる?」

「あ、ああ。白桜が教えてくれてる」

少女の問い掛けにそう答えた一夏。一夏の視界――補助バイザーには、白桜がガイドラインを表示している。三次元における想定コースを表示するというシステム。機体丸ごと量子コンピューター並という無駄に演算能力を持つ白桜ならではの機能である。

そんな一夏の言葉に頷いた少女は、ペリカンの機体下部を通り抜け、あっという間に予定ポイントへと飛んで行く。

『織斑っ!何時までかかっている!!』

「うわっ、ゴメン千冬姉!」

『織斑先生だ馬鹿者っ!』

と、そんな少女の見事な飛行技能に見とれていた一夏だったが、突如として通信機から響いた自らの姉の声に、慌てて少女の後を追って加速した。

途端光を撒き散らして加速する白桜。今回の出撃において、競技用リミッタを解除している白桜は、その出力が桁違いに上っている。それこそ零落白夜をオーバーロードさせて巨大化させられるほどのエネルギーをその身に持て余しているのだ。

それほどのエネルギーを持ってすれば、イナーシャルキャンセラーを併用し、人知を超える加速を搭乗者に負担無く掛ける事も可能となる。

瞬間加速した一夏は、あっという間に先行する水色の髪の少女に追いつき、その横を並走し始めた。

『……さすが最新機。凄い加速』

「ああ、白桜は凄い機体だよ。俺には勿体無いくらいのな。でも、その内ちゃんと使いこなして見せるさ」

そういってニヤリと笑う一夏に、並走する少女はクスリと微笑んだ。

「そうだ、自己紹介が未だだったな。俺は織斑一夏。コイツは白桜だ」

『……一年四組、日本国家代表候補、更識簪。この子は打鉄二式改』

「そっか、宜しくな、更識」

『簪でいい。苗字は嫌いだから。その代り……』

「おう、一夏でいいぜ。宜しくな、簪」

『うん、よろしく、一夏』

そうして遅まきながら自己紹介を済ませた二人は、互いに指示された指定ポイントへ向って飛行する。その最中、日本の国家代表候補と名乗った簪と、TPC系列の最新型を操る一夏という事で、自然と話題はISの事が中心となった。

打鉄二式改は、日本の国産量産型第三世代機『打鉄二式』を改造し、新式システムを組み込むためのテストベッドなのだとか、噂ではそれがTPCのISに用いられている物と同種の技術なのだとか。

一夏とそのIS『白桜』の所属は、仮にTPC所属という事に成っている。それ故にデータを多く扱う為、学園内のISに関してデータを調べていた簪は、ふとした切欠から一夏のISを知り、もしかして白桜は何か最新技術に関係のある機体なのではないかと睨んでいたのだ。

「なんだったか、エーテルコンピュータだっけ? エーテル粒子を機体に通す事で、機体自体を量子コンピューター化して、反応速度を上げるどころか、限定的な未来演算すら理論上可能とする超技術、とか」

『……何か胡散臭いね』

「まぁ、言葉にするとな。でも、後から聞いた話なんだけど、白桜は凄いお喋りで、俺を色々サポートしてくれるんだよ」

これってエーテルコンピュータが有ってこそなんだろう? という一夏の言葉に、簪は内心で驚き、同時に大いに好奇心を刺激された。

ISは心を持っている。これはIS搭乗者の間では、常識として語られる『知識』だ。だが、それを実際に感じられるのは、IS搭乗者の中でも、専用機を持ち、尚且つ専用機と深く絆を紡いだ操縦者のみとなる。

というのは、ISの『声』というのはとても小さく、それを聞き取ろうと思うと、かなりのIS適性か、機体との相性が必要と成る。そんな条件は、とてもではないが量産機で達成できる物ではない。

ところが一夏は専用機を得て未だ数日しか経っていないにも拘らず、既にISの心と交流しているのだという。

普通ではありえないが、これが仮にありえたのだとするならば、考えられるのは機体そのものの演算力によって、ISの声が強化されているのだ、というのが考えやすい。

『……それ、凄い技術』

ISにAIを搭載しよう、という実験は過去に何度か有ったらしいことを簪は知っている。何せ結局の所ISは戦闘兵器だ。ならば人命を重んじれば無人兵器という選択肢に行き着くのは、現代の戦場においては至極当然の事といえる。

然し現代において、ISの無人化というのは未だに達成されていない。何故か、という疑問に対する回答は、定説として『ISの意志とAIが反発を起す』と言うものだ。ISはISで完結しているというのに、そこに余分な物が割り込もうというのだ。ISはソレを嫌ったのではないか、と言うのだ。

ふと簪は考える。そこまでISの意志が強化されているのならば、AI無しにISが自立行動する事も可能なのではないだろうか、と。

でも同時に簪は、もう一つ情報を持っていた。ISが力を発揮するのは、人の心の輝きを映し出すからこそなのだ、と。その事を簪は知っていたから、自らのISである打鉄二式改との絆を深めて今日まで歩んできたのだ。

何れ一夏の言う最新技術が打鉄二式改に組み込まれるとして、その日になれば打鉄二式改の声がより良く聞こえるようになるのだろうかと、簪は胸の奥でワクワクしている自分に気付き、小さく苦笑したのだった。

「どうした?」

『ううん。……っと、そろそろみたいだよ』

と、そうして会話していた一夏と簪の視点の先。黒い雲に対して陣形を組む先輩達のIS。そろそろ攻撃を始めるらしいその様子に、二人の視線、いやハイパーセンサーがその方角へと向けられた。

『ねぇ、一夏』

「ん、なんだ?」

と、そうして視線が黒い雲へと向きなおされたところで、簪が顔を向けずに一夏に声を掛けた。

『一夏は、オルコットさんと仲はいいの?』

「ん、まぁクラスメイトとしての付き合いは普通にある。ちょっと揉めたんだけど、戦った後からは普通に会話する程度には和解したからな」

一夏のクラス代表就任パーティー。その場にてセシリアは一夏に対する行き過ぎた態度を詫び、一夏も少し態度が悪かったとしてセシリアと和解していた。

まだ苗字で呼び合う程度の間柄ではあるが、それでも普通のクラスメイト程度の付き合いはある。

『そっか。……一夏、オルコットさん、様子が変だった』

「オルコットの?」

『うん。思いつめたみたいな顔してた。多分、あの怪獣と何か有ったんだと思う』

簪は思う。偶に姉が見せる不安げな表情を。完璧超人な姉の、偶に思い出したように歪む恐怖の顔。

怪獣、怪異、宇宙人。この世界の裏に蔓延るという邪悪。その闘いに姉は巻き込まれてしまったのだという。

――彼女は強い娘だから、きっとこの先も強く生きていくと思う。でも、きっと傷は残る。それはふとしたときに彼女を苛むんだろう。

彼はそんな事を言っていた。戦いと言うのは、戦場が終われば全てが終わりではない。その後始末と延々と付き合っていかなければ成らないのだ、と。

そんな彼の言葉で簪は理解していた。簪の姉が稀に見せるあの弱々しい表情。姉はきっと未だ心の中に傷を残していて、それが癒し切れて居ないのだと。

そしてそんな姉を見ていたからこそ、簪は何となく察していた。あのセシリアの顔は、きっと姉と同じ、過去の戦いで心に傷を残した人のものなのだと。

『他の二人にも伝えたほうが良い』

私は面識が無いから、一夏に中継して欲しい、と言う言葉に一夏は素直に頷いていた。幾ら過去に敵対していたからといって、ハイそうですかと本調子ではない仲間を見捨てられるほど一夏は擦れてはいない。

即座にコアネットワークを介してギルとデイビッドに連絡を取った一夏。簪から聞いた話を伝えると、ギルとデイブは目を細めて了解と合図をして。

『……っ、全員、来るぞ』

と、そんな会話の途中、不意にギルが声を上げた。コアネットワークを介して伝わる声に反応し、全員の瞳がその瞬間黒い雲に集中する。

途端雲は全員の視線が揃った事を合図にしたかのように、急激に縮小・一点に集中する。

――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!

そうして其処に現れた怪獣。それはペリカンの中で事前に確認された怪獣、『変型怪獣ガゾート』そのもので。

チラリと一夏が視線をセシリアに向ける。簪の忠告からセシリアの動向に意識を向けたのだが、然しセシリアの様子は特に変わったところも無く。セシリアも代表候補。まだ大丈夫なのだろうと、一夏はその時少し油断してしまっていた。

 

 

 

    ◇

 

 

 

「部隊編成をチェック、三年、二年は特に問題ないな」

織斑千冬は、IS学園島本当作戦司令部にて、今回の作戦に参加することとなった生徒達のデータを確認していた。

今回の作戦は緊急事態ゆえのものであり、本来ならばこれはTPC極東支部なりが対処する筈の仕事だった。出撃義務があるとはいえ、IS学園に属するのは基本学生。彼女等の出撃はあくまでもイレギュラーなものでしかない。

そんな彼女等の出撃。緊急時の出撃故に、本来は幾つも行なわなければ成らない手続きを大幅にカットしての出撃だ。

それ故に千冬は彼女等を送り出し、具体的な作戦立案を済ませ、ソレを彼女等に伝えた時点で本来必要と成るはずの出撃手続きや、作戦参加者のプロフィールチェックを行なっていたのだ。

とはいえ、作戦に参加している主力である二年と三年。彼女等は既にIS学園に一定期間属しており、実力者でもある彼女等の事は千冬もある程度知っていたため、チェックはザックリとで済ませてしまう。

問題は一年生だ。国家代表候補や企業・国家所属などが多数居るとはいえ、実戦経験などあるかどうかも怪しい、素人に毛が生えた程度の小娘とガキが五人。

然し男性操縦者、国家代表候補と相まって、其々のプロフィール情報は膨大。ソレを全て読み込むのは、脳きn……体育会系の千冬にとってはかなりの労力を要する仕事となってしまう。

かといってこの案件における臨時司令官として任命されたのは、最もIS搭乗経験の豊富な千冬であり、コレを読み込むのは彼女の義務だ。面倒だからと後輩の麻耶に押し付けることも出来ない。

故に一つ一つメンバーの履歴をチェックしていたのだが……。

「これは……案外一年を前に出したほうが早くカタが着くか?」

イスラエルのギル・モーゼス、オーストラリアのデイビッド・コナー。

其々最新型と言っても良い第三世代機を駆る二人。彼らの能力は訓練生としては高いほうだが、突出しているというわけではない。問題は彼らの駆る機体性能だ。

ともに第三世代後期型――怪獣出現頻度が上昇し始めた時期に作られた、対人戦よりも対怪獣・侵略者戦を想定した、高い攻撃力を有する機体だ。

これらの火力が万全に運用されたのであれば、事はもっと早くに済ますことが出来るかもしれない。

「我が弟はなぁ」

機体性能は最新鋭。しかしそれを補って、と言うと言葉が可笑しいが、その補正を振り切って操縦者がド素人。寄って斬るしか出来ない一夏では、鉄砲玉以外に使い道が無い。

本音を言えば戦場に出す事すらしたくないのが千冬の心情ではある。だがIS学園の教師として、TPCの職員としての職業倫理が、弟に対する贔屓というモノを彼女に許す事は無い。

「逆にコイツラは……」

更識簪と、セシリア・オルコット。ともに国家代表候補生であり、前期生産型の――対人戦を想定しているとはいえ、第三世代機を駆り、更に怪獣との戦闘経験も有するという傑物だ。

何故入学したての一年生が怪獣との交戦経験が有るのかと言うと、其々二人とも過去に闘いに巻き込まれたりした経験があるのだとか。

更識簪に関しては、過去巻き込まれた際、スペシウム弾頭ミサイルを運用し、中学生ながら単独で怪獣を撃破したというとんでもない経歴を持つのだとか。

そんな簪の経歴に舌を巻きつつ、セシリアの経歴を眼で追っていた千冬。そんな千冬の視線がとある文字を通り越し、一瞬固まった。

「……なに?」

そうしてもう一度その文字を見直して、千冬の顔から一気に血の気が引いていく。

――両親を怪獣災害で亡くし、幼年にてオルコット家の当主となる。尚当人の報告から後年、オルコット家を襲った特殊(怪獣)災害の対象は、クリッター変型体ガゾートである事が判明している。

――セシリア・オルコットのIS操縦者への立候補の理由として、当人はお家復興の為としているが、その実、対怪獣訓練における異様な集中振りから、その目的が復讐なのではないかと代表候補内では専ら噂となっていた。

「……不味い」

怪獣を憎む、と言うのであれば未だ良い。怒り、憎しみは時として人に生きる力を与える。

けれども深すぎる憎しみは憎悪となり、それは時に人の目と判断を曇らせてしまう。特にセシリアのような、生まれて未だ二十年も経っていない小娘では。

「いかん、麻耶、オルコットを引き返させろ!!」

「駄目です、オルコットさん、戻ってください!!」

と、彼女の声に重なるようにして、通信機に向かい合っていた麻耶が悲鳴を上げて。

遅かったかと歯軋りしながら千冬が向けた管制モニターには、三年生達が対処しているガゾートとは別に、一年生の陣に向って襲い掛かるもう一体のガゾートの姿があった。

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

戦いが始まった直後、不意に感じた違和感に視線を向けると、その視線の先にはガゾートが居た。

「……え?」

改めて視線を変えれば、其処には現在進行形で三年・二年のグループと空戦を交えるガゾートの姿が。首を動かせば、然し其処にも宙を泳ぐガゾートの姿が。

「……っ、もう一体居るぞ!!」

「「「「ッッ!!??」」」」

一夏の叫びが即座にコア・ネットワークを介して周囲に伝播する。

その途端、その場に居た一年生の行動は二手に分かれた。その場で武器を構え直すものと、武器を手にもう一体のガゾートへ向けて飛び出した者とに。

「オルコットさん駄目!!」

簪の声がコアネットワークに響くが、然しオルコットはそんな声で止まる事は無かった。

スラスターから粉塵を撒き散らしながら二匹目のガゾートに接近したセシリア。一匹目のガゾートへと近付いていた二匹目は、突如として攻撃を開始してきたセシリアに気付き、その矛先を彼女へと振り向けた。

「なんてことを!」

言いつつ、続いて飛び出す簪と、ソレを追う一夏、ギル、デイブ。

もうあの二匹目のガゾートは完全にセシリアを標的として捕らえている。

「何を考えているんだ!」

「……あのまま二匹目を見送れば、一匹目と合流されてしまいますわ。それでは先輩方が持ちませんわ」

「だからって俺達でひきつけるのは無理だろうがっ!!」

「ワタクシ一人で結構です!!」

「ばっ!?」

そうして、その時点で一夏は漸く気付く。様子が可笑しいどころではない。通信画面に映るセシリアの表情は、目は、何処かの螺子が外れてしまったかのように濁っていて。

「ガゾートは、我がオルコット家の怨敵! ワタクシ一人でも討ち滅ぼして見せましょう!!」

その言葉とともに放たれるBT、そして放たれる七本のレーザー。それらは見事にガゾートを直撃し、ガゾートを怯ませ……。

「コレでも喰らいなさいまし!!」

そうして、腰部にマウントされた弾道型BT。スペシウム弾頭に変更されたそれが、ガゾートに向って飛翔、直撃し、大爆発を起した。

「すごっ、即殺だよ……」

「ばっ、フラグを立てるでないわっ愚か者がっ!!」

と、そんな爆炎をみて呟くデイブに、ギルが怒鳴り声を上げて。

「オルコット避けろおおおおおおおおおお!!!!!!」

「――えっ」

その瞬間だった。爆炎の中から、紫電を纏う球体が飛び出し、セシリアへ向けて飛び出してきたのは。

然しセシリアはといえば、BTに加えスターライトで牽制をかけ、更にトドメのスペシウム弾頭という即殺コンボをきめた直後の硬直で動く事ができない。

一夏の咄嗟の叫びも空しく、紫電の光はセシリアの視界を覆いつくしたのだった。

 

 

 

 




■アリーナ
広域殲滅砲撃でボロボロ。
■打鉄(真幸機)
旧式化感の否めない第二世代型で無茶した為、コア以外ボロボロ。
但し某所からの横入りでコアは新型機に入れ替える事に。
■織斑一夏
しらなかったのか だいまおうからは にげられない !
■オルコットさん
未だだ、未だオちんよッ!!
■ペリカン輸送機
ISをより効率的に戦場へ送り込むために開発された輸送降下艇。
武装は20ミリ機関砲とレーザー。機内には汎用機用の格納庫や、簡易ブリーフィングルームなどが設置されている。元ネタはマスターチーフのアレ。
■更識簪
原作と違い、過去にいろいろ有って姉の弱いところとかも見ている為、コンプレックスは弱め。勿論姉に劣等感はあるものの、自分と姉を切り離して考えられている。実は過去のアレコレで真幸とは知り合い。
■打鉄二式(改)
真幸の影響で技術開発の速度が跳ね上がっていたため、既に完成していた打鉄二式。改と付いてはいるが、基本は現状の打鉄二式と同じで、今後最新技術を組み込むための、打鉄算式を開発するためのテストベッド機のための素体。
因みに八連装ミサイルポッド《山嵐》に搭載されているのはスペシウム弾頭弾。
■織斑一夏
・初めての実戦。
・素人に毛が生え始めた程度の操縦技術
・いきなりガゾート二匹。
・友軍に妙に感情的になってる奴がいる。
=ヤバイ。
■ギル
そりゃ、生存フラグって奴でしょォォォォオオオオッッ!!!!!

※きたッッ!! 麒麟ッッ――サクヤッッ!!! 勝ったッ、降臨系完ッッッ!!

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