窮天に輝くウルトラの星 【Ultraman×IS×The"C"】   作:朽葉周

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00 出会いと始まり。

「……なんだ?」

その日、いつものように自宅のデスクトップにデータを打ち込んでいた俺は、不意に脳に響く『何か』に、ふと作業を続ける手を止めて、視線を宙に向けた。

「………………」

脳裏に響くソレ。聞き覚えの無い、けれども馴染みのある感覚。俺がこの世界に生れ落ちたとき、何時の頃からか目覚めていた異能。脳量子波と呼ばれるソレ。

人類進化の可能性の一つ。生まれたときからその能力に目覚めていた俺は、直感に優れていたり、稀にこうして何かの『声』のようなものを聞き取ってしまう事があった。

けれども、何かおかしい。いつも聞こえてくるのは、例えば人間の『恐怖』だったりする強い感情、または動物的、本能的な『感情』を感じる事が多い。

けれども今感じているコレは、何故だろうか、『感情』よりも『理性』……違う、これは『意志』だ。人が漏らす『感情』ではなく、『意志』が伝わってきている。

そう考えて、思わず馬鹿なとその結論を斬る。

俺には前世の記憶がある。

ぶっ飛んだファンタジーな世界だとか、SFな世界から転生した、とかではなく、極々普通の日本人として過ごした前世の記憶だ。その前世の比較して、俺の生まれた世界を評するなら『現代』。

嘗ての世界との類似性はきわめて高く、少なくとも俺が『脳量子波である』と仮定しているこの能力は、決して一般的な能力ではない。

脳量子波を用いて『意志』を『発信』する? 少なくとも、脳量子波を扱いなれた俺ならできるが、それを受信できる『相手』の存在しないこの世界では無意味な行為だ。

……そう、存在しない筈なのだ。少なくとも、今までは。

ガラリ、と音を立てて窓を開ける。これほど強烈な脳量子波だ。あるいは近くから発信されたものかもしれない。そう考えて、感覚の伝わる方向へと視線を向けて。

「……あ?」

そうして、思わずそんな間抜けな声を上げる。

そらから降り注ぐ白い光。尾を引いて流れ落ちたそれは、そのまま近所の山へと墜ちていったように見えたのだ。そう、墜ちて。

如何いうことだと思わず首を傾げる。落ちたのが仮に隕石であったのだとすれば、余りにも静か過ぎる。隕石なんてものは、握り拳程度の石ころが落ちてきても大惨事なのだ。

だというのにあの光は、確かにあの山に落ちたように見えた。だというのに、爆音が聞こえるでもなく、ただ光が溶け込むように消えただけなのだ。余りにも不自然。むしろあれは着陸した、のか?

「……行ってみる、か?」

落着した光、脳量子波。この二つをあわせて考えれば、可能性としてありえるのは……ジョークとしても三流なのだが、『宇宙人』という事に成る。

脳量子波とはそもそも、宇宙に出た人類が人とより良く解り合う為、そして宇宙と言う広い世界に出るための最初の進化であるとされている。そんな脳量子波は、宇宙人とのコンタクトなどに使われたりもするらしい。

少なくとも宇宙進出など夢もまた夢の現状、地球人に俺以外のイノベイター……脳量子波を扱う存在が居るとは思わない。いや、俺と言う存在が居る以上、絶対にありえないとは言えないのだけれども。

仮に宇宙人であった場合。まぁ、俺に伝わる脳量子波からは敵対的なイメージは存在しない。多分、行ったとしても問題は有るまい。

内心で出た結論に小さく頷き、それでもちょっと恐かったので、自作のヘッドマウントディスプレイやレーザーガンを持っていくことに。

……この世界に生まれて以降、脳量子波だとかにくわえ、妙に頭がよくなってしまっていた。このレーザーガンやHMDもその成果で有ったりするのだが。

因みにレーザーガンは単純な集光砲で、出力は300mW程度。手に当てれば火傷する程度の威力だったりする。

「さて」

一通り服装を整えて、そのままこっそりと玄関を出て、自転車に乗り込む。

自転車に乗ってそのまま近所の山へと自転車を走らせる。山とは言っても所詮ご近所。自転車を少し飛ばせば、あっという間に目的の山、その中腹に存在する公園へとたどり着くことが出来た。

 

 

 

頭にピリピリくる脳量子波の感覚は、この山の公園からさらに少し登った辺りから感じられる。自転車ではこれ以上いけないだろう。そう判断して、自転車を公園に止めて、感覚に従って山を昇り始める。

この山は昼間は近所のガキンチョの遊び場になっているような、危険性の低い人の手の入った山なのだが、現在のこの山は何処か不思議な気配に包まれていて、とてもではないが普段と同じ場所であるとは思えない。

「この雰囲気だと、宇宙人っていうよりも幽霊でも出てきそうな雰囲気なんだけど……」

完全に真っ暗な闇の中。HMDの暗視機能で視界の確保は出来ているが、それでもこの周囲に漂う妙な気配についつい緊張してしまって。

「ねぇ」

「うわっ!?」

そうして、不意に背後から掛けられた声に、思わずそんな声を上げて驚く。

慌てて背後を振り向けば、其処には年の頃で言うと、今の俺よりも幾つか年上に見える女性が一人。その背中には巨大なドラム缶のようなものを背負っていた。

「な、だ、誰?」

「私は篠ノ之束。自称発明家だよ。そういう君は? なんでこんなところに?」

「お、俺は柊真幸。此処にはその、落ちた光を探しに……」

HMDを取り、その背後に立つ女性――篠ノ之束と名乗った女性に顔を向ける。手に懐中電灯を持って此方を照らしている、紫がかった長髪にたれ目の、結構美人な女性。

――って、篠ノ之束? 何か何処かで聞いた事のあるような名前に、内心で小さく首を傾げる。何処で聞いたのだったか思い出せないという事は、大したことではなかったのかもしれないけど。

「ふーん、星を探しに?」

「そういう風に言うと、何かロマンチックな響きだけど」

「にゃはは、ってそうじゃなくて、此処は危ないから帰った方がいいと思うよ?」

女性――篠ノ之さんはそう言って、俺を此処から遠ざけようとする。という事は少なくとも、彼女は俺と同じかは別として、ここに何かがあると判断して此処に居る、という事なのだろう。

「えーと、篠ノ之さん? はなんで此処に?」

「束でいいよ。私は……ちょっと調査に来たんだけどね。この空間粒子運動計測装置が妙な信号をキャッチしたから」

そう言って背中のドラム缶――どうやら計測器の類だったらしい――を指し示す篠ノ之……束さん。自称発明家、というのは胡散臭いが、仮に機械で俺と同じものを感知したのだとすれば、それは結構凄い事かもしれない。

そんな束さんと向かい合いつつ、さて如何したものか、なんて考えていたら。不意に脳裏に強烈な刺激を受けた。何事かと視線を向ければ、その方向からうすぼんやりと白い光が零れているのが見えた。

「こんなところに光? ……って君、ちょっと待って!!」

舗装されていない山道。けれども脳量子波で大体の空間が把握で切る俺は、HMDを手に持ったままひょいひょいと木の根を飛び移り、光の方向へと向かって行く。背後から束さんが俺を止めようとしているが、悪いけど無視して先へと進む。

そうしてたどり着いた先。本来なら滅多に近寄る事はないだろうその山の中。隕石らしき光の落着点だろう其処。其処にあるものを見て、思わずぽかんと口をだらしなく開いてしまった。

「はぁ、ひぃ、ふぅ、束さん一応運動もできる筈なんだけど、君束さんよりも早……え……?」

そうして背後から聞こえてきた声が、途中で途切れる。彼女もまた、目の前の「コレ」を見て呆然としているのだろう。その様が容易に想像できた。

「う、ウルトラマン?」

なだらかな山の割れ目。唯一土肌の露出したその谷間に横たわる、光の巨人。俺の知る限りでは、多分ウルトラマンと呼ばれる存在、らしきものが、其処に力なく横たわっていた。

「う、ウルトラマンって、あの特撮の? え、なんで実在してるの?!」

背後で束さんがそう声を上げる。そう、前世、嘗ての世界だけではなく、この世界にもウルトラマンと呼ばれる特撮番組は存在している。時期的に平成シリーズの放送はまだなのだが、それでもウルトラマンといえば誰でも知っている程度の認知度はあるのだ。

そんな架空の存在である筈の光の巨人、ウルトラマンが、事実として目の前に存在しているのだ。そりゃ、誰だって驚きで硬直するだろう。

そうして少し硬直している最中、不意にその光の巨人に視線を向けると、身体の所々から金色の光を零れさせ、脳量子波からは力の無い声のようなものが聞こえていた。

「……もしかして、死掛けてる?」

おぼろげな前世の記憶を漁るに、確かあの金色の輝きと言うのは、ウルトラマンの命の光であったような気がする。つまりこのウルトラマンは、血を流して倒れ伏している、という事に成るのか。

「死掛けって……て、手当てしないと?」

「如何やってするのよ。人間ならまだしも、宇宙人の、それもこんな巨人の手当の方法なんて存在しないよっ!!」

「え、えーと」

そりゃそうだ。相手は山よりも大きな巨人であり、宇宙人なのだ。手当ての方法もなければ手段もないのだ。

だが、だからといって目の前で死にそうなその巨人を見捨てる事も出来ない。何か方法は無い物かと思考をめぐらせていると、不意に脳量子波から何かの声が聞こえていた。

「……光?」

「え?」

「光が要るんだな!!」

「え、ウルトラマンが何を言ってるかが分るの?」

束さんの言葉に頷きを返しつつ、聞こえてきたウルトラマンの声になるほどと内心で頷く。確かにウルトラマンは光であり、彼らに力を届けるのは何時だって光だった。

「えーと、何か光、光を与えられるものは……コレしかないか……」

腰に存在するソレ。護身用にと持ってきたレーザー。収束率を少し触り、熱量を抑えれば……でも如何考えてもウルトラマンを回復させるほどの光量を得るには電池が持たない。

「なになに、あのウルトラマンに光を当てたら助けられるってことかな?」

「そう見たいですよ。でも、俺が持ってるのって、このレーザーくらいで……」

「ちょっと見せてね。ふんふん、へぇ、結構確りした造りで……あー、こりゃバッテリーがたんないねー。よし、此処はこの束さんに任せなさい!」

そういって束さんんは、フンフン♪と鼻歌を歌いながら、俺のレーザーガンを解体し、背中に背負ったドラム缶から線を延ばし、ゴチャゴチャと改造していく。こんな所でいきなり改造しだす辺り、発明家と言う言葉の信頼性は意外と高いのかもしれない。

で、その内容なのだが、多分レーザーの出力調整と、バッテリーを電池からあのドラム缶へと繋ぎ変えているのではないかと思う。でも、それだけにしては妙にゴチャゴチャと弄ってるような?

「出来たー! 簡易型の光照射装置!」

「マジでっ!? じゃなくて、なら早速!」

「はいはーい、それじゃ早速、ポチッとな!!」

途端、「ビィィィィ!!」 という音と共に、束さんの背負うドラム缶に取り付けられたレーザーガンから白い光が放たれる。因みに「ビィィィ!!」という音はドラム缶から鳴っている。後付けかい。

そうして放たれた白い光は、ウルトラマンの胸部にあるカラータイマーらしきものへと当てられて。

「お、おぉ」

途端、ウルトラマンの胸部から全身へ向けて、光の波のようなものが伝わっていくのが見て取れた。光が当てられて行くに連れ、徐々にその存在感のようなものを増していく光の巨人。ちゃんと回復できているようだ。

このまま行けばこの光の巨人も回復しきるだろうと考えて、不意に何か肝心の事を忘れているような感覚に囚われた。

――なんだ、何が抜けているんだ?

俺の今回の目的は、『近所の山に墜落した光の調査』であり、その結果は『負傷したウルトラマンの発見』であった。

……負傷したウルトラマン?

「なぁ、そこの……ウルトラマン、でいいのか」

『…………』

おぉぅ。突然脳裏に響く声に驚きつつも、どうやらちゃんと言葉を交わす事はできるらしい。

「えっと……アンタ、なんで傷ついてるんだ? もしかして、『誰かと戦っていたのか?』」

――敵の存在。

ウルトラマンと言う存在は、仮にそれがあの特撮番組の通りであるのだとすれば、星の守護者とでも呼ぶべき存在だ。

『宇宙からの侵略者の撃退』『人類の外敵への対応』などを行なうウルトラマンと言う存在だが、それは『侵略者』の存在を逆説的に証明してしまっていないだろうか。

『………………』

「……おいおいマジか」

「何々、如何したの? って、顔真っ青だよ!?」

この光の巨人、名前はディラクというらしいのだが、彼は嘗てこの地球を旅立った光の巨人であるらしい。

彼は光の巨人として幾星霜もの星々を渡り旅を続けていたのだが、そんな最中、とある邪悪な宇宙人と戦う事になってしまったのだという。

彼らは自らをツトゥルヴィチと名乗り、彼らが神とあがめる存在と共に、その邪悪な魔術を以って宇宙の星星を滅ぼし、次にこの青い惑星、地球にその魔の手を伸ばそうと企んでいたのだとか。

嘗ての母星たる地球。仮に彼らの手に地球が渡ってしまえば、間違いなく地球は『青い星』ではなくなってしまう。ソレを危惧したディラク達は、ツトゥルヴィチに戦いを挑んだのだという。

その結果、彼らは大半のツトゥルヴィチを殲滅することに成功したのだが、数体のストゥルヴィチが魔術を用いて『門』を形成、そのまま地球の傍へと転移してしまったらしい。

咄嗟にその門に飛び込んだティラクはそのツトゥルヴィチ残党と共に地球の近くへ転移。その後ツトゥルヴィチを殲滅したのだが、その直前に彼らは母星から神の一部を召還する事に成功してしまったらしい。

その名は『イブ=ツトゥル』。『溺者』とも呼ばれる邪神なのだとか。

……それって、俺の記憶違いでなければ、クトゥルフ神話に登場する神性――外なる神でしたよね? それと戦っていた? しかも、この状況を見るに、とても勝ったようには見えないのですが。

そんな話を束さんに話した所で、不意に凄まじい悪寒に思わず膝を付く。

背骨を氷の手で握り締められたかのようなおぞましい不快感。例えるなら死そのものへの恐怖。その感覚が、間違いなくすぐ傍に存在しているという狂気の如き違和感。

「ど、どうしたの!?」

突然しゃがみ込んだ俺を心配する束さん。どうやら束さんはこの違和感を感じていないようで、俺の背中をゆっくりと摩ってくれた。

が、その少し後、突如として束さんの背負うドラム缶がピーピーという音を鳴らし始め、ソレを聞いた途端束さんの表情が難しそうに引き締められる。

「この反応は、まさか……」

「き、来たっ!!」

束さんの声を遮り、そう叫びながら宙を見上げる。そうして、月明かりの振る暗闇の中、開けた森の空に佇む、その存在を目撃してしまう。

それは歪なヒト型をした怪物であった。テラテラと月明かりに光る粘液に覆われた頭部では、幾つもの紅い目玉がせわしなく動き回り、身体を覆う暗緑色の外套の下には、無数の乳房のようなものが見て取れた。

余りにもおぞましいその姿に、隣で束さんがひっ、と声を漏らすのが聞こえた。正気を削る狂気の力。まさか、本気でクトゥルフの邪神か。

今にも恐怖の悲鳴を上げて暴れだそうとする身体を律し、どうにかその場から逃げ出そうとしたところで、不意にその黒い異形、イブ=ツトゥルが黒い雪片のようなものを此方へ向けて放った。

「ひっ!?」「まずっ!?」

ぞっと背筋を這うその感覚。正に死そのものの気配に、悲鳴を上げて凍りついてしまった俺達の身体。

そんな俺達の前に、最早瀕死であろうディラクが膝を付いて立ち上がり、その手の先から黄金の光を迸らせた。黄金の輝きは黒い雪片を消し飛ばすと、そのままイブ=ツトゥルへと直撃し、その巨体を宙から地面へと叩き落した。

「や、やった、の?」

「ちょっ、ディラク、お前っ!?」

そんなイブ=ツトゥルの姿を見て、どうにか金縛りから開放された束さん。けれども俺はそんな束さんに声を掛けるでもなく、ふと視界に入ったディラクの姿に思わず声を上げてしまっていた。

四十メートルを超える光の巨人ディラク。その腕が、徐々にではあるが灰色の石へと変化して幾のが見て取れて閉まったのだ。

『………………』

「どちらにしろ最期って……お前、それは……」

「ちょ、如何いうこと!? 最期って何!?」

「ディラクはどっちにしろ致命傷を受けてて助からなくて、だから今の、最期の一撃を撃ったって……」

「それって、まさか……」

そう、最後ではなく『最期』。つまり、ディラクはもう、助からないと、自ら宣言したのだ。

「でも、だったら、なんで……」

『…………』

「継ぐ、って、何を……」

ゴキリ、と言う音と共に、ディラクの右腕が中ほどから折れて地面へと落ちた。けれどもディラクはその様子には目もくれず、此方に向けて静かに言葉を続けていて。

『……………』

「なっ、まだ来るって……なら、尚更!!」

『……………』

「だから、俺はただアンタの声を聞いて来ただけの一般人だって言ってるだろ!?」

『……』

ソレもまた運命。そんな言葉が伝わってきたかと思うと同時に、ディラクのカラータイマーの部分から、黄金の光が飛び出してきた。

それはクルクルと俺の周囲を飛び回ったかと思うと、そのまま俺の胸の中心に飛び込んできた。

光が胸に飛び込んできた途端、その光は俺の中に溶け込み、俺の内側からは凄まじいほどの何か、『生命』とか『強烈な感情』とか、嘗て無いほどのそんな心が身の内から溢れ出してくる。

そんな湧き上がる感覚に身を焦がしていると、隣では同様にディラクが束さんにも光を託したらしく、束さんからも強烈な『輝き』を感じ取る事ができる。

ディラクは言う。それは切欠なのだと。

ヒトは誰しも光と闇を持っている。

故にヒトは闇に落ちることもあるが、だからこそ光にもなれる。だからこそ命は輝くのだと。

『だから、諦めるな。諦めをも踏破して進め』

そのディラクの言葉を噛み締める最中、不意に何かが割れる音が響き渡る。咄嗟に振り返ろうとして、視界の中でソレを目撃してしまう。

――ディラクを貫く、黒い闇を。

「でぃ、ディラク!?」

見れば其処には、既に全身をボロボロに焦がし、その暗緑色の外套をボロボロにしながらも宙に浮き、その腕の先から黒い闇のようなものを放つイブ=ツトゥルの姿があった。

黒い闇に撃ち抜かれたディラクは、今度こそそれを致命傷としたのだろう。ピキピキと音を立てながら急速に席かしていき、その姿を見たイブ=ツトゥルは名伏し難き叫び声を上げた。

けれどもイブ=ツトゥルは、それだけでは満足できないといわんばかりに再びその腕のような器官の先から黒い闇を放とうとして。

「や、やめろおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」

放たれた黒い闇はボコリとディラクの石像を叩き砕く。そうして砕かれたディラクの石像は、ソレを切欠にしたかのように全身からバラバラと砂になっていった。

「なんて、事を……」

砕かれたディラクの姿は最早原形を留めず、其処にあるのは只灰色の砂の山だけで。

愕然と呟き膝を付く束さんの姿を視界に入れながら、けれども俺は拳を握り締めて黒い怪物の姿を睨み付けた。

恐怖はある。絶望もある。人類には手の及ばない怪物、故に邪神。相対する俺と言う存在にしてみれば、相対した時点でゲームオーバーと言うような相手なのだ。

……けれども、それでもなお沸きあがる感情があった。

「……巫山戯るなよ手前」

胸の内側からあふれ出す熱いもの。全身を震わせて、背骨を鷲掴みにしていた氷の手を薙ぎ払い、それは全身を巡って血を滾らせる。

それは怒りだ。初めてであった宇宙の友達との別れ。その時何も出来なかった自分に対して。それを行なった『敵』に対して。

それは憤怒だ。ディラクの亡骸を叩き壊した黒い闇への。今にも此方に向けて黒い闇を放ち、俺達の命を消し飛ばそうとするイブ=ツトゥルへの。

何かに突き動かされるようにして、一歩前へと踏み出す。

身体の内側からあふれ出す滾り。それは黄金の輝きとなって、俺の躯を薄明るく輝かせ始めて。

そしてそれに呼応するかのように、大地が黄金に輝き始める。いや違う、ソレは大地ではなく、大地に砕け散ったディラクの石像の破片が輝いているのだ。

『戦え。生きる事が戦いだ』

何処からか響いたそんな声。それに答えるように、大地から黄金の光が立ち昇り、俺の視界は輝きに染まったのだった。

 

 

 

 

目の前に広がる光景に、彼女、篠ノ之束は思わず呆然としていた。

事の始まりは、いつものように自分の作ったPCに自分のアイディアや作りたいものの設計図を打ち込んでいる最中、不意に彼女の作った機械装置の一つが奇妙な信号をキャッチした事から始まる。

それは彼女が何時か作ろうとした量子コンピューターの設計から派生した量子通信装置、その設計の為の下地として開発した空間量子計測装置から響き渡っていた。

簡単に言えば一定空間における量子や、その運動を観測する為の装置なのだが、量子通信を想定し、量子の動きを信号にした場合の伝達具合などを計測する為に起動させたまま置いてあったものだ。

ドラム缶のような姿のソレがキャッチしたもの。それは、量子を用いた何等かの法則性を持った信号であった。

有線通信が主流の現代において、量子を用いた信号。それは研究者である彼女の好奇心を大いに煽った。

即座にドラム缶のようなその計測器を背負った彼女は、最低限の装備を纏め、その信号の発信源へと向かったのだ。

――そうしてであった一人の少年と一人の巨人。

少年は極普通の、けれども何処か不思議な雰囲気を放つ、束よりも少し年下の少年だった。

束からしてみれば、量子の揺らぎを言葉にする宇宙人の言葉を聞き取っている時点で、少年はただの少年ではなかったのだが、けれどもその時束の興味は少年ではなく、大地に横たわる巨人に惹かれてしまった。

それはテレビの中に登場する、特撮の巨人。ウルトラマンなんて呼ばれるそれにとても類似していた。

案外実際に有った出来事をドラマ化したのかもしれないな、なんて束は思いつつ、少年の通訳を経てその傷ついた巨人を復活させようとした。

それは決して善意だけではない。人類を超えた存在、其処から齎される知識への好奇心。そんなものが多分に混ざっていた事は、彼女本人も否定しないだろう。

目の前にある可能性。ソレを求めて力を貸した束であったが、けれども続いて起こった出来事に、束は思わず悲鳴を上げてしまった。

其処にあったのは、奇妙なバケモノ。見ただけで正気を削るおぞましい姿のその怪物。光の巨人、ディラクの攻撃により一度は押し返されたそのバケモノだったが、その対価は巨人の命そのものだったのだという。

そんな瀕死の光の巨人。彼は石になり行く自らの腕を見て尚怯む事は無く、少年へ自らの胸から光を渡し、ついで篠ノ之束へも光を渡した。

けれども束は、ソレを受け取った途端、自分が受け取ったものは少年、真幸が受け取ったものとは別の物であったのだと理解した。

それは知識だ。外宇宙から来る悪意の脅威。そしてソレと戦う為、ディラクと名乗った光の巨人、彼が幾星霜の星を旅する中で蓄え続けたあらゆる知識だった。

そしてその知識を得てしまったが故に束はその場に立ち竦んでしまう。この光の巨人を打ち破った暗黒。イブ=ツトゥルは、如何足掻いても間違っても、決して人間の敵う相手ではない。

知識を持ってしまったが故の絶望に膝を付く束であった。

……けれどもそんな束の横に立って、尚闘志を消さず、それどころか一層滾らせる者がいた。

無知故の闘志。束は彼の姿を見て、若干の鬱陶しさと、ほんの少しだけ凍りついた心に灯る熱を感じた。

そんな束の前で、尚少年は前へと歩き出す。

気のせいか束には少年が黄金に輝いているように見えて、腕で目を擦る。けれどもその輝きは消える処か、その輝きを一層まして行き。

それに呼応するかのように輝きだす光。それは砕け散り大地に散乱したディラクの石像、その砕け散った砂。その砂が、夜の闇を鮮烈に照らし出すほどに輝いているのだ。

ソレを束は知らなかった。束の知識には勿論、ディラクの知識にだって記されていない。

けれども束は理解した。コレこそがヒトの、誰もが成れる光なのだと。それこそがディラクが彼に託し、彼が芽吹かせた希望であったのだと。

少年――真幸は黄金の輝きを纏うと、そのままゆっくりと宙へと舞い上がり、そのままその黄金の輝きはイブ=ツトゥルへと直撃し、そのままその胴体の中心に大穴を空けて見せた。

あの光の巨人を葬った暗黒のものを、余りにも容易く葬った黄金の輝きに呆然としながら、けれども目の前に下りてきた黄金の輝きに慌てて駆け寄る。

目の前に下りてきた黄金の光。それは地面に触れた途端解ける様に消え去り、光のあった場所には真幸が地面に横たわっていて。

『この少年を頼む。私と合わせたとはいえ、初めてで力を使いすぎた』

「……私も身勝手な方だって自覚はあるけどさ、貴方も大概だよね。私その子と初対面の他人だよ?」

そんな私に、赤の他人であるその少年を押し付けるのか? 問い掛ける束に、その光、ディラクの『残滓』は申し訳無さそうに頷いた。

「ま、いいよ。対価はちゃんと貰ったしね」

『よければ私の残骸も使ってくれ。きっと役に立つだろう』

そういい残すと、その光――ディラクは、風に溶けるようにして消えてしまった。今度こそ一切の気配を残さず、その場に彼が居たという証拠も無く。

後に残されたのは、荒れた山肌と、ディラクの折れた右腕。そして束と真幸の二人だけだ。

「……さて、それじゃ如何しようかな」

束は少しだけ悩む。何せ束は真幸とは初対面の赤の他人だ。真幸が何処にすんでいるのかなんて一切知らない。近くの交番にでも連れて行くのが安全なのだろうが、その場合束のほうが面倒な事になりかねない。

「よし、連れて帰ろう」

少し悩んだ束は結局そう結論付け、背中に背負ったドラム缶――もとい、ドラム缶のような空間粒子計測装置を地面に置くと、空いた背中に倒れた正樹を背負い上げた。

その外見には見合わないほど、束は真幸を背に担ぎながら、自宅へ向かって確りとした足取りで帰っていったのだった。

 

 




妄想を抑え切れなかった結果がコレだよ。

■柊 真幸 Masaki Hiiragi
本作主人公。本文中には明確に表記されていないが、作者がたまにやる「三つの特質」系主人公。極普通の、けれども同時に利益も求める極普通の凡人。
真幸の能力は「天才的頭脳」「イノベイター」「奇運」の三つ。
春先の夜、落ちた星を追いかけて行った結果、光の巨人と暗黒の邪神を目撃する。その結果、彼から『力』を託され、邪神を撃退した。

■篠ノ之 束 Tabane Shinonono
本作の改変キャラにして重要人物。立ち位置的にはドクターウェストか香月夕呼先生辺り。但しコレでもかと言うくらいいい人になってしまっている。
自分が周囲と比較してかなり違うという事を理解して、諦め半ば独自路線を進み、何時か名を残すことを目指していた。
彼女の研究品のひとつが1420Mhzっぽい何等かの信号をキャッチ。その信号を追って行った結果、光の巨人と暗黒の邪神を目撃し、光の巨人から邪悪と戦う為の『知識』を与えられた。

■光の巨人/ディラク
嘗て地球を旅立った光の巨人。人類の選択から地球を旅立ったが、その後も地球を愛したまま幾人かの仲間と宇宙を旅していた。
その果てにとある惑星の邪悪な種族『ツトゥルヴィチ』の地球侵攻作戦を察知し、その仲間達と共に地球侵攻を阻止すべく活動。然しツトゥルヴィチ数体が逃亡、ヨグ=ソトースの門を通り地球へ。ソレを追い単独地球へ戻るが、その結果ツトゥルヴィチを撃破。しかしその間際でイブ=ツトゥルを召還されてしまう。
一度はイブ=ツトゥルを撃退するも、連戦に次ぐ連戦で消耗し、運の悪いことに地球の夜の側に落ちてしまったため回復しきれず、辛うじて束と真幸により一息ついたものの、イブ=ツトゥルの追撃により光に還る。
モチーフは平成ウルトラマン色々で、主にネオフロンティア世界系列から。

■イブ=ツトゥル
本来はディームドラの北方に住まう民族の神に崇拝される邪神。『ツトゥルムの仔』を自称する邪悪な存在により、本来は地球上にて多数の人類を人質に、完全な姿で顕現する筈であった。
が、光の巨人達の活躍により本星を強襲され計画は失敗。辛うじて地球衛星軌道上に転移したツトゥルヴィチが自らを犠牲に召還。ディラクと壮絶な戦いを繰広げ、墜落地点が『夜であった』為、多少有利に戦い、ディラクを撃破。然しその直後ディラクの残滓と共に輝く真幸の体当たりで射抜かれ、闇に還った。
元ネタはクトゥルフ神話の邪神イブ=ツトゥルから。

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